真っ白に染まった視界の中で、俺はゆっくりと落ちていく感覚を味わっていた。
物理法則に真っ向から喧嘩を売る事態。本来ならどんどんと落下速度が速くなっていくはずだ。
しかし、ここは仮想世界。いわゆるヴァーチャルリアリティの中なのだ。
21世紀初頭からブームを起こしたネットゲームの市場。多くのゲームが開発され、淘汰されていった。
世界的なブームの熱が冷め始めてしばらくしたとき一つの大きな技術革新が起きた。
仮想現実、ヴァーチャルリアリティの発明である。
もともとのコンセプトとしては古くからあり、多くの研究がなされてきた分野だ。
新技術はすべて軍事から発達するとの言葉通り、兵士の訓練用のシステムとして開発されたこのシステムが一般に出回るようになったのは最近のことである。
黎明期では、VRシステムを家庭で導入するにはなかなか大きな投資が必要だった。
しかし、平面での擬似的な3Dに飽き飽きしていたコアな人間どもは一般発売をされるや否や新車が買えるような値段だったにもかかわらず飛びついたのだ。
その初期の滑り出しよさが次の生産に繋がり、VRシステムのよさが広まることによって需要も順調に伸びた。
大量生産によってコストが下がるのは自明であり、いまやVRシステムはちょっと高級な家庭用ヴィジュアルシステムとしての地位を確立するにいたったのだ。
そのような大きな市場もあり、VRシステムの特性を最大限に生かす娯楽として注目されたVRを用いたゲーム産業が活性化するのは当然だろう。
その中の1ジャンルとして既に斜陽にかかっていたネットゲームの市場も新たな産声を上げ多くのゲームが開発される現在の状況に至る。
白い光に囲まれる中、落下していた俺の足は地面の感触を思い出した。
着地したその場所から、波紋のように石畳が広がっていくさまは圧巻だ。
10mほど広がったその波紋は次に無数の石の柱を生み出して止まった。
「ロードトゥゴッドオンラインへようこそ!」
そんな鈴を鳴らすような声とともにいつの間に現れていたのか天使の姿を模した美しい少女が目の前に下りてくる。
「貴方は一人の旅人として、この世界を旅し、力を付け、やがて神に至る力を得ることができるでしょう。
この世界は新たな神の誕生の可能性として、貴方の来訪を歓迎します!」
雨後のたけのこのように多く出てきたVRを用いたMMORPGだが、なかなか設定に凝ったものが多かった。
VRの発達の前に発表された無数のゲームがそれぞれ差別化を図るために用いた手法がそのまま残っていたのだ。
しかし、今プレイを始めようとしているゲームの目的はしごく単純である。
――強くなれ。
ただそれだけだ。俺はこの割り切りっぷりが逆にすがすがしく好感を覚えた。
ネットでの評判をみると同じように考えるものは結構いるらしく、下馬評も悪くなかった。
そして、来るクローズβ。俺も当然βテスターに応募したが、残念ながら落選してしまった。
それからは、オープンβが始まる今日までネットで情報を集めながらプレイするときを待ちわびてきたのだ。
クローズからオープンへのデータの引継ぎはキャラメイクの外見グラフィック設定のみ。
スタート地点は同じ状態からはじめることができる。
俺は不良大学生という地位を最大限に生かしてプレイするのだ!
「現在のキャラクターデータを用いてゲームを開始しますか?」
実は俺はオープンβからのプレイだが既にキャラクターの外見設定を終えている。
なぜなら、このゲームでは他のVRゲームの外観設定を引き継ぐことが可能だからだ。
この外観の引継ぎが可能という点は、他ゲームからの移住組みの敷居を大きく下げるのに多大な効果を発揮した。
実際にキャラに乗り移ったかのようにプレイするVRゲームは自キャラへの思い入れは、昔の平画面時代とは比べ物にならない。
事実、俺の周りでいろんなゲームを渡り歩いている奴もおおむね同じような外観にしていると言っていた。
そこを引継ぎ可能にしたことで新しい外観を作る手間を省き、さらに細かな違和感も無くなるのだからすばらしい。
ただし、このゲームでは種族がヒューマンしかないためそれを大きく逸脱する外観は使用できないのだが。
ということで、当然俺の返答は「YES」だ。
「では、プレイヤーネームを登録します。希望するプレイヤーネームを入力してください」
その言葉と同時に、俺の目の前に半透明のキーボードが浮かび上がる。
いくら時代が進んでもこういうインターフェースは変わらないなと愚にも付かないことを考えながら決めていた名前を入力する。
[ジスティア・ネイシー]
名前に自体には特に意味はない。
初めてやったVRRPGでキャラを作ったときに思いつきでつけた名前を使い続けているだけだ。
「ジスティア・ネイシー様ですね。了解しました。重複を確認いたします、少々お待ちください」
ここで、漢字やアルファベットなどを用いた名前だと読み方を登録するステップがあるらしいが俺の場合は自明なのでスキップしたようだ。
ここで重複があるようだと別の名前を考えなければならないので少々面倒だ。かぶらないことを願う。
「確認完了しました。重複は存在しません。
ジスティア・ネイシー様、ようこそロードトゥゴッドオンラインの世界へ!」
名前が決まり、いよいよ冒険が始まると思うとわくわくしてくる。
「チュートリアルを開始できます。参加いたしますか?」
流石にはじめたばかりのゲームではいくら調べていたとはいえ、経験不足は否めない。
チュートリアルの存在は渡りに船だ。
「了解しました。それではチュートリアルを開始いたします」
その宣言と共に周りの景色が一変する。
今までいた荘厳な神殿がもやに消えるように姿を消し、変わりに浮き上がってきたのは円形の木造建築に囲まれた中庭のような場所である。
俺は足元の赤茶けた土を踏みしめ、これからの冒険に胸を躍らせるのだった。