俺は街に戻るために歩き始めた。
この状況は、前回ドスリビリオンに追い掛けられたことを思い出す。
周りを見渡してみるが、あの特徴的な巨体はいないようだった。
階位が先行しているであろうスタダ組みにでも狩られたんだろう。
いつか俺もあれを狩れる日が来ると思うとわくわくしてくるな。
南門すぐ前の草原はいも洗いの状況がさらにひどくなっていた。
時間を確認すると大体よるの10時ごろ。
南門から街に戻り、階位の確認のために神殿に向かっている途中に唐突に頭の中に少し高めな女の子の可愛らしい声が響いた。
『よう、ジスか?こっちはベリトだけど、合ってるよな?』
『なんだ、武か?バイトは終わったのかよ?』
『ゲーム内でリアルネームで呼ぶんじゃねぇよ!
まったく…、何度も言わせるなよな。 バイトはやっとさっき終わって帰ってきたところ。
なんか今日は人がぜんぜん居なくて帰れなくてよ。マジで勘弁してほしいかったよ…』
『ああ、すまん。ベリト…だっけ?
でもな、お前を女の名前で呼ぶのはいつまでたっても抵抗がな…』
『ゲームの中じゃ見た目は女なんだから問題ないだろうが』
相手は大学の友人であるところの武…、いや、ベリト・ヘルツベリ嬢だ。
会話の内容から分かるようにネカマである。
ネカマとは「ネット・オカマ」の略称で簡単に言えば、現実世界での男が仮想世界で女性のキャラクターに成り切ることである。
ちなみに、ベリトをネカマと呼ぶと「俺は成りきってない!」と猛反論を食らうので注意が必要である。
ベリト…いや、武とは大学での悪友でゲーム仲間である。
大学生活ではお互いに世話になっている。
具体的には代返とか代筆とかシケタイのノートとか。
それはさて置き、この武だが、なぜかVRRPGでは女性キャラを使用する。
ネカマ自体は平面画面のネトゲ時代から結構多く生息していたと思われるが、VRゲームではだいぶ数を減らした。
ここでも画面の向こうで操作するのと、自分の体のように動かすこととの差だろう。
VRゲームでのネカマが出来る人は、本質的に女装趣味があるとしか俺には思えない。
基本的にゲーム内でリアルのことを詮索するのはマナー違反だが、もともとリアルの知り合いなのだからどうしようもない。
初めて一緒にVRMMORPGをプレイすることになって、少女の姿でプレイしているのを知ったとき俺は真剣に友達付き合いを考え直そうかと悩んだりもした。
我ながら偏見であることは分かっているのだが、実際の姿が結構体格のいいやつであるからギャップに苦しめられたのだ。
奴がなぜそんな姿をしているかと言えば、初めてやったVRMMORPGでヒーラーをやっていたらしく、「男に癒されるよりも女の子に癒されるほうが如何考えてもうれしいだろうが!」という思考でやり始めたらしい。
まったく持ってその意見に賛成するのは吝かではないのだが、現実を知っている俺としては非常に微妙な心持だ…
それでやり始めたらその姿に愛着を持ってしまい、今に至るまで使い続けているということらしい。
彼曰く、ロールプレイで女の子を演じているわけではないので口調は変えないらしい。
女言葉をしゃべると気味が悪くて背筋が痒くなるらしい。
姿が良くて言葉ダメというその線引きは俺にはもはや理解不能だ。
ちなみに、彼が自分がネカマというのを否定する理由はそれだ。
別に女の子をロールプレイしてるわけではないのでネカマではないというよくわからん理論だ。
まぁ、人の趣味にけちをつけるほど無粋ではないし、実際に気が合うのは確かだからいまだ友人として成り立ってる。
『で、このゲームのジスの感想はどうよ?』
『よく出来てると思うぞ。一週間ほど自主休講しようかと思う程度にはな』
『…、お前は相変わらずやることが極端だな…。今入ったところだがお前がそうまで言うなら期待しておくとするか』
『チュートリアルは終わったのか?信仰神は何にするんだ?』
『僧侶系を受け終わったところだ。クールビューティなシスターが優しく教えてくれたぞ。
ま、とりあえずはいつもどおり回復系かな。このゲームで言うなら治癒神シャルライラだな。
そっちの進み具合はどうよ?』
『マジかよ、うらやましい。戦士系のチュートリアルなんて声の馬鹿でかいおっさんが相手だったぞ…
進み具合については、まぁ、それなりってところかな。アラナス信仰の3-3ってところだ』
『はぁ!?3-3って…、お前一日中入ってたんじゃねーのかよ?
お前、それにしちゃ低すぎるだろ』
ベリトは素っ頓狂な声を上げて、指摘してくる。
自分でも遅いほうだとは確かに思うが、それを他人に指摘されるとむかつくのは何故だろうか…
『うるせぇなぁ。別にいいだろ。あと、このゲームは自動レベルアップじゃない。
今狩り終わって神殿行くところだから多分いくつかあがると思うぞ』
『まーた、何時もどおりマイナーなビルドでやってんだな。
ビルド考えながらにやけるお前の顔が浮かぶようだよ』
『余計なお世話だよ。それはいいとして、目的の神殿の場所は分かるのか?』
『いや、まったく分からん。どこにあるか分かるか?』
『俺が分かるわけ無いだろう…。そこら辺にいるNPCにでも聞いてみな。多分教えてくれるぞ』
『は?NPCがそんなファジーな質問に答えられるわけ無いだろ。常識的に考えて。』
『その常識が通用しないんだよ。俺も初めは驚いた。
NPCはみんなむちゃくちゃ人間くさい。どんなAI積んでるのか非常に疑問だ』
『ふーん、まぁいいや、聞くのはタダだしやってみるか。終わったらとっとと追いつきたいから促成栽培でレベル引き上げてくれよ』
『やだよ。他人に頼り切って育てるのは良くないぞ。せめてファーストキャラぐらいまともに育てるべきだろう?』
『まぁ、お前ならそう言うと思ってたけどな。さしあたって、困ったことがあったらまた連絡するわ』
『了解。そのときは遠慮せず連絡してくれ。
もっとも街の用事終わらせたら、いったんログアウトして仮眠取るからなんかあったら携帯に連絡してくれたほうが早いかも知れんぞ』
『分かった。後なんか気をつけることあるか?』
ベリトにそう聞かれた俺は、武器屋の親父どものことを思い出した。
一つの指針として教えて置くのもいいだろう。
『そうだな…。一応俺が使ってる武器屋とか防具屋なんかの施設の位置を教えとくよ。
確かマップにマーカー飛ばせたよな』
『お、それは助かるな。よろしく頼むよ』
『武器屋、防具屋に関しては俺の名前出したら多少は安くなるかも知れんぞ』
『なにいってんのお前。そんなことあるわけ無いじゃん』
『だめもとでやってみな。それがありそうなぐらい人間くさいから』
『ふむ、覚えてたら試してみるか。ありがと助かったよ』
『じゃ、また後でな』
『おう、またなー』
どうもだいぶ話し込んでしまった。
話しながら歩いていたためもう神殿は目前だった。
神殿に行き階位を確認すると、階位と信仰ともに5にあがっていた。
序盤は一気に階位が上がるから正直自動レベルアップシステムじゃないのは面倒だ。
何でわざわざこんなシステムなんだろうか。
20世紀台にテレビゲームが開発された当初は、ゲームに使用するコンピューターの性能の問題で負荷をなるべくかけないようにするために拠点レベルアップ方式が主流だったと聞いたことがあるが、今ではそんな理由はありえないだろう。
製作者がそういった時代のゲームが好きなのか、はたまたVRの規制に関する対策なのかどちらかだろうか。
そういえば一定時間以上、精神に負荷をかける状態は好ましくないとか言う条文が有った気もする。
なるべく頻繁に街に帰ってこさせようという意図なのかも知れないな。
本当かどうか知らないが、取り合えずそう思っておくことで心の安寧を計っておこう。
さて、また新たに種を6個得ることが出来た。
まず俺はSTRに二つ使う。これで素のSTRが10になったのだが、もう一個使うかどうかは悩みどころだ。
なぜならこういったゲームは値が大きくなれば消費するポイントも多くなるのが通例だからだ。
そして大抵の場合10区切りでかわることが多い。
序盤だし、確かめる意味を込めてSTRに振ってみるか。
すると、やはり一個使っただけでは値が上がらずもう一個使ってやっと素が11になった。
これは、取り合えずAGIとDEXを素10まで先にあげるほうが正解だったかもしれないな…
まぁ、過ぎたことはしょうがない。
残った二つをAGIとDEXに一個ずつ使う。
---ステータス----------------------
名前 ジスティア・ネイシー 位階5
信仰神 戦神アラナス 信仰5
STR 11+5(17)
VIT 1+2(3)
AGI 7+4(12)
DEX 8+3(12)
INT 1+1(2)
MND 1+2(3)
-----------------------------------
さて、次はスキルだ。
今回も二つ信仰をあげることが出来たので2つ習得することが出来る。
今覚えているスキルのランクを上げてもいいのだが、取りえず不満は無いので新しいのを2つ習得することに決める。
一つは前回から取ろうと思っていたエンチャント技であるバトルスタンスを取得することにする。
もう一つは盾や篭手でのブロック率が上昇する防御修練にしよう
防御修練:篭手、盾でのブロッキング成功率にプラス補正。
バトルスタンス:エンチャント技 回避力と攻撃力にプラス補正。
バトルスタンスはパッシブではなくエンチャント技なので常時発動ではない。
使うことによって自動回復が停止する代わりに効果が発動するタイプのものだ。
取得する前は戦闘前にバトルスタンスを発動、終了時に解除して自動回復を繰り返せばデメリットがまったく無いと妄想してたのだが、流石に運営はそれぐらい予期していたのかリチャージタイムが10分ついていることに取ってから気づいた。
情報を集めてからだったら取得する前に気づけたはずなので少々早まったかも知れない。
防御修練は篭手や盾のブロック率を上げるものだが、回避に失敗して篭手でのブロックを多用するため取得することにした。
次からの信仰度上昇は今もって居る4つのスキルを伸ばしていく方向で進めることにしよう。