大分、見慣れた町並みを横目に南通りを下っていく。
防具屋にたどり着くが、夜の時間に入り周りが薄暗くなったせいか、えらく不気味な様子だ。
中に入ると、相変わらず埃っぽい空気が俺を迎える。
「いらっしゃい…」
中では陰気な爺さんが、蝋燭一本に照らし出されてカウンターの向こうに座っていた。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎に照らされた爺さんは正直いって大分不気味だ。
昼にあっていなければ即座に出口に向かって他の店を探していたことだろう。
雰囲気に呑まれて自失していると、向こうから話を降ってきた。
「…おや、なんだ、昼間に来た坊やかい…。どうした、何か防具でも壊れたのかね?」
「…ああ、いや、狩りで拾った素材を見てもらいに着たんだ。
ステファンの所にも持っていったんだが、皮と毛はこっちのがいいと言っていたんでね」
「ほう、ステファンの洟垂れはすぐにわしに仕事を押し付けるからいかんな。
まぁ、いい…。その素材とやらを見せてみな」
俺は袋から出した素材をカウンターに置く。
「ふん、リビの素材か…。まぁ、今の坊やにかれるのはこれぐらいしか無いしのう…。
…ふむ、物自体は悪くないな。
だがいかんせん今は出回る量が多い。大した値段は付けれんの…。
一般価格で、毛が10c、皮が15cといったところだな…。
高く買ってやることは出来んが、うちで何か買うってなら少しは勉強してやるぞい」
「今手持ちで40cほどあるがそれとあわせて、鎧や盾なんかでいいのは有るか?」
「そうさな…、1sほどの皮鎧ならあるぞい。
どうやら、おぬしは力も増えたようだし何とか使えるだろ…。
それと、盾といってもおぬしの獲物は両手槍だろうが…、盾なんぞ持てるわけが無かろう」
「片手武器だったら使えるのか?」
「だから、そういっとる」
盾は防御力が上がるほかにも、篭手よりも優秀なブロック効果がついていた筈だ。
回避だけでは苦しくなってきたときの選択肢としては有りだろう。
盾と片手槍か…、見た目的には両手槍の方がかっこいいよな。
まぁ、現状は両手でいいだろう。
この槍も新調したばかりなのだし。
「なら、その皮鎧とやらを見せてくれ」
「ふん、そこで待ってな…」
爺は鼻を鳴らして奥へと引っ込む。
客にその態度とは…、さすが爺、世の中に怖いものは無いようだ。
暫くして爺が皮の塊をもって奥から戻ってくる。
「着てみな…」
「着方が分からん」
爺がぶっきらぼうにそれだけ言うと皮の塊を渡してくる。
それに対して俺は偉そうに返してみることにする。
爺はよく分からない視線で俺をしばし見ていたが、やがてため息をつきながらカウンターの前に出てきた。
俺が持っていた塊をカウンターに置き分解し始める。
「今着てる服を脱いで後ろを向け…。ついでにこの下着を着ておけ…」
塊から真っ先に分離した所々に金具の付いた皮製の服をこちらによこしながら言ってくる。
逆らってもしょうがないので言われるとおりにする。
しかし、爺に言われても全くうれしくない台詞だ。
これが女の子だったら…と思うと、女装した爺を思い浮かべそうになりあわてて思考を中断する。
危ない…。とんでもないグロ画像が脳内に展開されるところだった…。
精神安定のために、花屋の少女、神殿のシスター、倉庫番のお姉さんを思い浮かべる。
くだらないことを考えているうちに爺は塊の分解を終えたようだ。
次いで爺は、分解されたパーツを俺の体に当ててベルトで繋いでいく。
なるほど、こういう風に着けるのか。素直に構造に感心する。
これなら確かに極端に体型が違わない限りフリーサイズで通用するだろう。
いや、感心していないで付け方を覚えておかなければ…
爺は見た目に似合わず手際よく鎧を付けていく。
パーツをすべて付け終え、最後にベルトの調整をして体に合わせていく。
最終的に違和感を感じないほどフィットするまでになる。
さすがに本職ということだろう。
素直に爺さんに感嘆の念を覚える。
「どうだ。どこか違和感がある場所はあるか…?」
「いや、全く無い。すごいもんだな」
せっかく褒めたのに、爺は面白く無いように鼻を鳴らすだけで答える。
ここでうれしそうにしてくれれば、この爺にも萌えら…、いや、さすがに無理だ。
危うく2枚目のグロ画像を製作するところだった。
これ以上は俺の心に傷を作りかねない、気をつけよう。
「いくらだ?」
「1sだな…」
「おい、負けてくれるんじゃなかったのか?」
「ふん、負けてやっただろう。鎧の着方の指導料で相殺だのう」
指導って、お前一言もしゃべらなかったじゃねぇか…。
しかし、助かったのも事実ではある。
長い付き合いになりそうだし、ここは俺が折れておくか。
「分かった…。それでいいよ。次ぎのときにはちゃんと負けてくれよ」
「まぁ、考えておいてやろう…。ほれ、差額の50cだ」
そういって50cのコインを投げてくる。
「今まで着ていた防具は如何する?下取りするなら5cだが」
「いや、予備に取っておくよ。普段から鎧姿でいるわけにもいかないだろ」
旅人の服の安さに驚きながら断り、脱いだ服は袋に放り込んでおく。
結構、資金に余裕ができた。装備可能な枠は埋めておいたほうがいいだろう。
「他にそろえた方がいい防具ってのはあるのか?」
「そうさなぁ、腰はその皮鎧に含まれ取るし、後は肘当て位だのう。
他に首輪、指輪、腕輪などがあるが、装飾屋の領分であるからうちでは扱っとらん」
「なら、適当に肘当てを見繕ってくれ」
「ふん、まとめて言わんか…。二度手間だろうが」
爺はぶつぶつ言いながら奥からいくつか肘当てとその他もろもろを持ってくる。
「ついでに額当てもまともなものにしておけ。まぁ、お前が使うなら、これとこれだろう」
そういって、出してきたのは見た目はあんまり変わらない額当てと肘だけでなく腕全体を覆うような形の肘当てだった。
肘当ては腕の動きを邪魔しそうな見た目ではあったが、つけてみるとそんなことも無く問題なく動く。
「あわせて50cに負けてやるぞい。俺が約束を守る男で良かったな…」
その言葉に先ほど受け取り持ったままだった50cコインを爺に投げることで答える。
「世話になったな、また金がたまったらくることにするよ」
「ふん、せいぜい頑張るんだな…」
「あー、そうだ爺さん、何処かいい道具屋を知らないか?」
「道具屋だと…?門の近くに行けばいくらでもあるだろうが」
「ステファンがボラれるから気をつけろといっていたんでな。一応聞いて置いてみようかと思ったんだ」
「そんな悪どい商売してるやからが一等地に店を構えられるわけが無かろ。
もっとも、ここら辺にある店は怪しいがな…。
門の近くなら特に安くも無いだろうが、高くも無い値段で売ってるだろう。
とりあえずおどかしておけば騙されるやつも減るだろうから、洟垂れ小僧はそんなことを吹いたんだろうよ」
「なるほど、参考になった。またな」
俺は爺に後ろ手を振りながら店を出た。
俺を見送ってくれたのは相変わらず埃っぽい空気だけだった。