さて、VR空間から戻ってきた俺は時計を確認する。大体夕方の5時ごろ。
朝10時のサービス開始からずっと入っていたのだから7時間ほどずっとやっていたわけだ。
現実に戻ってくるとさすがに生理現象が気になってくる。
トイレに行った後、メシを適当にでっちあげてかきこむようにして食べる。
一応、VR空間に滞在中でもこういった生理現象はシグナルとして認識することが出来る。
だが、集中していれば感じにくくなるものだからログオフ直後に襲ってくるのはしょうがないだろう。
生理現象のシグナルを意図的に無視することは当然可能で、平画面でも廃人といわれるほどゲームに没頭する人たちがVRゲームでどのような行動をするかなど想像したくも無い。
VRMMORPGが稼動し始めた当初、その衝撃と共に『大人用オムツ会社の株が上がるに違いない』というジョークが流れたが、現在実際に上がっているのが恐ろしい。
いや、きっとVRは関係ない、高齢化社会による影響だろう。
少なくとも俺はそう信じている。そうであってほしい。
他のゲームで同じPTを組んでいた人が不自然に動きを止め、なぜかやりきった表情をしたことがあったことも無いではないが、きっとこの件とは関係ないに違いない。
少なくとも俺はそう信じている。そうであってほしいなぁ…。
ちなみにVR空間での擬似的な飲食は厳しく制限がかかっている。
これはVR空間で飲食したことによって物を食べたと勘違いし、現実世界で食べ無くなっての栄養失調や、拒食症などが頻発したせいだ。
これは、どちらかといえばゲームがというよりも、いつの時代も大儲けが出来る業界であるところのダイエット法の一つとしてVRが持て囃されたからだ。
男の俺には、なぜそれほど必死になるのか理解できないが、世の女性たちには大きな問題であるようで、VR黎明期にはワイドショーに大きく取り上げられ盛んに有用性が喧伝されたのだ。
多くの女性たちがこれに飛びつきVRシステムの一般普及の大きな推進力の一つになったらしい。
ちなみに世の男どもがVRシステムに飛びついた理由となるコンテンツなどわざわざ言うまでも無いだろう。
男にはエロ、女にはダイエットを餌にすれば物が売れるといったのは誰だったか…
そんなこんなでいろいろと法整備が進み、制限が多くなってきたVRだが、当然世の中には違法だと言ってやめるような善人ばかりではないため地下では違法コンテンツが多くあるらしい。
通信は発達したために、そういったものを比較的簡単に手に入れられるようになっているのも減らない原因なのかもしれない。
まぁ、エロにはお世話になっているけど。
そうそう、VRは体感時間をいじることも出来る。
それによって、睡眠を時間を稼ごうと考えたやつも当然いたようだ。
研究では2倍ほどまで体感時間を早めることが出来たそうだが、結局これも規制され一般には流れなかった。
脳への負荷が非常に高く各種脳神経系の疾患に陥る確率が跳ね上がることが医学的に判明したからだ。
まぁ、普段の2倍の処理を脳がしなければならないのだから当たり前といえば当たり前の結果である。
ちなみに、2倍時間状態での睡眠も脳が実際に休んでいる時間は変わらないので全く意味が無い。
むしろVRへの接続でノンレム睡眠まで入ることが出来ず、意味が無いどころか害悪ですらある。
これも睡眠時間に対して疲労の回復が出来ず、不眠症や慢性疲労などを引き起こすらしい。
流血表現の過剰反応事件で、こういったことに神経質になったメーカー各社は問題が起こらないようにいろいろ対策をしている。
その一つとして、現在のVRシステムでは脳波計測によって睡眠と判定されると強制的に接続が切られる。
オンラインゲームのように常時サーバーセーブが効いているゲームならともかく、オフラインのゲームでは地味に痛い。
何度となく寝落ちによってセーブ前のデータに戻され涙を飲んだ事か…。
閑話休題
メシを食って、腹がひとごごちついたところで携帯端末を用いて現実での掲示板を確認してみる。
案の定大した情報は無い。俺を含め、攻略するようなやつがわざわざVRの外に出て掲示板に書き込むはずが無いからだ。
掲示板の関連スレッドは、何らかの理由で現在プレイできない人たちが愚痴を言い合って憂さ晴らしをするだけの場になっている。
そういえば、今日は無理だと言って血の涙を流していた某VRゲーム仲間を思い出す。
特に示し合わせていたわけではないが、お互い同じ名前を使い続けているのを知っているので、そのうち連絡があるかもしれない。
一時間半ほど仮眠を取ってからVRに戻ることにしよう。
この一時間半の仮眠が寝落ちするか否かを決める重要な一手なのだ。
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仮眠から覚めたおれは早速VRシステムを起動しRtGoにログインする。
眠るときとはどこか違う意識が遠くなる感覚があり、気がつけばログオフした宿屋の一室に立っていた。
早速机に座り、ログオフ前に書き込んだスレッドがどうなっているか確認する。
熟練度の上昇に関して
4: ジスティア・ネイシー 20XX/6/22 16:23:16
いいことを聞いた。情報提供感謝。
俺からも一つNPCから聞いた話を書いておくよ。
武器を使うと熟練度が上がるわけだけど、動作補助に胡坐をかいて漫然と振り回してるよりも、
ちゃんと自分で考えながら使ったほうが武器熟練度の上がりが良いらしいよ。
俺は槍使ってるんだがいろいろ試しながらリビ狩ってきたら熟練度の上がりが良いって、
武器屋の親父にほめられた。
5: Adalbert 20XX/6/22 17:12:52
武器屋の親父にほめられたって何だよ。NPCほめられて喜ぶとか馬鹿じゃないのか?
6: キャリー ボルネオ 20XX/6/22 17:33:03
このゲームのNPCのAIはほんとにすごいよ。
意識しないとNPCって思えない。わたし、気持ちは分かるな
7: Luda 20XX/6/22 17:49:51
>5,6
スレ違い。
>4
情報提供THX
ちょっと意識して動くようにしてみるよ。
他にもいろいろと隠し要素がありそうだよな。
何だか変な流れになっているが、取り合えずめぼしい情報の追加はないようだ。
掲示板を閉じて、当初の目的どおり倉庫を求めて中央公園へと向かうことにする。
部屋を出て、カウンターにいるオバちゃんに声をかけて外に出ようとする。
そこでふと疑問が浮かんだため、足を止めてオバちゃんに聞いてみることにする。
「なぁ、技量を上げやすくする為には定期的に宿で休んだほうが良いと聞いたんだが、宿の中でなにをしたら休んだことになるんだ?」
「へぇ、あんたさんなかなか耳が早いねぇ。そうさね、部屋の中で幾らかすごしてたら十分だったと思うよ」
「なるほど、参考になったよ。それでは、出かけてくる」
「あいよ、気をつけて行ってくるんだよ」
思ったよりも条件が緩い。
つまりさっきまで部屋で掲示板を見ていた時間もシステム上では休んでいたことになるようだ。
宿で休むというとベットで寝るというのが真っ先に思い浮かぶが、ご存知の通りVRシステムでの睡眠は強制ログアウトを食らう行動だ。
それに、リセットのために長く時間を拘束されるのは正直苦痛であるのでなんらかの特定行動で回復すると思ったのだが。
短時間部屋の中にいればいいのなら掲示板でも見てすごせばいいだろう。
さて、中央公園まで来た。
倉庫番を探さないといけない。
自分で歩き回ってもいいのだが、せっかくここまで来たのだし、最近減る一方だった何かを補給するためにも彼女に聞くことにしよう。
チュートリアルの後、神殿への道を教えてくれた花売りの少女に向かって歩き出す。
「こんばんわ、花を一輪もらえますか?」
「ありがとうございます!2cになりますっ!」
元気いっぱいに返してきてくれる姿を見て、俺の中の何かが満ちてくるのが分かる。
コインを渡し、花を受け取りながら話を続ける。
「さっきはどうもありがとう。おかげで神殿に辿り着けたよ」
「いえ…、そんなたいしたことじゃないですよ」
「いやいや、本当に助かったんだよ。ところでまた聞きたことがあるんだ。
倉庫を管理している人がこの近くにいると聞いてきたのだけど、どこにいるか知っているかい?」
「そうこ屋さんですか?それなら、あそこにいるおんなのひとがそうこ屋さんですよ」
「ああ、彼女か。ありがとう、とても助かったよ」
少女に礼を言って、倉庫番と思しき女性の元に向かう。
うむ、実に有意義な時間だった。
さて、倉庫番の女性に話しかけることにする。
「こんばんわ、ガーデン倉庫サービスにようこそ!
ガーデン倉庫サービスは旅人さんたちの荷物を安全に保管し世界中どこにでも転送するサービスです!
使用するための条件はただ一つ、神の加護を受けていることです。
このサービスはこの世界におわす神々が力を出し合って成立しております。
どこで預けた荷物でも、貴方の目の前にある倉庫口から取り出すことができるでしょう。
また、貴方が預けたものは貴方にしか取り出すことできません。
普段持ち歩くのに不釣り合いであるアイテムも安全に保管することできるのです。
安心してご利用ください!」
RPGではおなじみの利便性だけど、その理由すら神の力か…何と便利な口実だろう。
不敬なことを考えつつ説明を聞く。
「アイテムの預け入れや引き出しは、このような倉庫ボックスの口を介して行います。
現在、この街にはこのような倉庫ボックスがここ中央公園のほかに、東西南北の街門近くに設置してあります。
冒険を始める前に倉庫ボックスを用いてアイテムの整理を行うと良いでしょう。
ガーデン倉庫サービスは、貴方様のご利用をお待ちしております!」
彼女の横には大きめの箱が鎮座していた。
思い出してみると、確かに南門の近くにこんな箱があった気もする。
あれが倉庫ボックスだったのだろうか。
そうだとすると、ここまで足を伸ばしてきたことに若干むなしさを感じる。
まぁ、ここにくるまでにいろいろあったのだから無駄ではなかったが。
それはさておき、倉庫ボックスを早速使用してみる。
腰の袋からふるい槍を引っ張り出す。なんだろう、この光景をどこか別のところで見たことがある気がする…
…ああ、思い出した。動画ライブラリの片隅に有ったのを暇つぶしに見た前世紀に作成されたという青い狸のアニメだ。
そう思い起こすとまさにそんな気がしてくるから不思議だ。
取り出すときにアイテムの名前を叫べば完璧だろう。
一発芸として使える気がするが、分かる人がどれ位いるかは不明ではある。
俺は目の前でやられたら爆笑する自信が有るが、分からない人にはただの頭のねじが緩んだ人にしか見えないだろう。
俺は取り出した槍をボックスの中に入れる。
やはりボックスの中は謎空間が広がっているらしい。
基本的な使い方は袋と変わらず、触って内容のリストを取得。
取り出したいものを考えながら手を入れることによって引っ張ってくるようだ。
倉庫の使用法を覚えた俺は残った素材を防具屋の爺に持っていくことにした。
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蛇足
本文内で大人用紙おむつが~というネタが分からない人は正常です。
純真な貴方のままで居てください。
どうしても知りたい人は「ネトゲ オムツァー」「FF11 ボトラー」
などの単語をぐーぐる先生に聞いたら分かるかも知れません。
激しく下ネタなので、そういったものが嫌いな人はスルーすることをお勧めします。