女神教会の新教皇による女神同盟の締結宣言は、大陸に大きな影響を与えた。
リカムを敵と定め、同盟の名には女神を冠したのだ。悪く言えば「この同盟に協力しないものは女神教徒ではない」と脅しているとすら言える。
さらに人々を驚かせたのは、その女神同盟に真っ先に参加を表明したのが、魔法ギルドを擁するジレント共和国だという点だろう。
女神教会と魔法ギルド。国を越え大陸全土に影響を持ちながら、不倶戴天の敵とも言える二つの組織が手を組んだ。
もうどちらが勝ち馬かなど馬鹿でも分かるだろう。
今まで傍観を決め込んでいた小国家群は一斉に女神同盟への参加を決め、ピザンとリカムに次ぐ大国であるカンタバイレも重い腰を上げた。
もっとも、今までほぼ単独と言える状況でリカムと対峙していたピザン王国の人間は、自分たちも参加することとなった女神同盟を勝ち馬などとは思っていなかったのだが。
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「おめでたいことだな。有象無象が出てきたところで敵が増えるだけだろう」
「殿下」
女神同盟が成立してからの諸国の動きを聞き、吐き捨てるように言ったゾフィーにコンラートは咎めるように声をかけた。
今二人が居るのはピザンへと戻る馬車の中だ。
賓客を乗せるような上等なものではない軍用の馬車の中には雑多なものも一緒に詰め込まれ、ガタゴトとよく揺れるそれは尻を痛めつけるが、確かに馬そのものに乗っているよりは幾分か楽ではある。
ただその揺れのせいで固定もされていない荷物が雪崩落ちそうになるため、コンラートはその大きな体躯を生かして防波堤の役割を果たしていた。
別に殊更強く押さえつけているわけではなく、ただもたれかかっているだけなのだが、怪我人にさせることではないと文句を言っても罰は当たらないだろう。
「事実だろう。これからの戦場には間違いなくイクサのアンデッドが出てくる。アレに対処できる人間は限られるし、殺されたら死に損ないの仲間入りだ。ろくな士気も練度も装備もない連中が来たところで生贄にしかならないだろう」
「それはそうですが」
そのことを一番よく分かっているのは、コンラートを含むキルシュ防衛戦に参加した者たちだろう。
キルシュのロドリーゴ枢機卿の手回しで神官たちが派遣されるまで、各軍はアンデッド相手に徐々に磨り潰されるような戦いを強いられていた。
だがだからこそ今回の女神同盟の話はピザンにとって益ではあるのだ。
神官と魔術師たちが戦線に加わってくれるならば、アンデッドへの対処も容易となる。
「そんなことは分かっている。私が気に食わないのは、その『女神同盟』などという御大層な名前を使って、ほぼ強制的に大陸全土を巻き込んだことだ。アンデッド対策の援軍ならば女神教会か魔法ギルドのどちらかでも十分なほどだったのだ。だというのに、何故その双方が参加した上で他の国を巻き込む必要がある」
「何故でしょうなあ」
そうとぼけるコンラートだが、直感的にその意味を悟っていた。
これは聖戦だ。
女神の名の下に魔王を倒す神話の時代の再現。
そのための「目撃者」は多い方がいい。
女神の名を広めたいのか信徒を増やしたいのかは分からないが、そういう「演出」のためであるのは恐らく間違いないだろう。
もっとも、そんなことをコンラートが考えてしまうのは、巫女の再来としか思えない少女の存在を知っているからかもしれないが。
「それにしても言葉はお選びください」
「何だ。今日はやけに小言が多いな。いつもは苦笑いで流しているだろう」
「それはそうですが……」
ゾフィーの言葉に、コンラートは困りながら視線を馬車の一角に向ける。
「……」
軍用の粗末な馬車には似合わない、薄水色のドレスを纏った少女がそこに居た。
今は亡国となったローランドの王女であるシドニーだ。
当初彼女の身柄はキルシュが預かるという案もあったのだが、当のエミリオが「うちにそんな余裕はないなあ」と言うのでそのままピザン預かりという形になった。
そのためこうして赤剣騎士団の帰還に合わせてピザン王都へと護送しているのだが、随分と聞きわけがよくこんなボロ馬車に詰め込まれても文句の一つも言わない。
だが仮にも他国の王女様である。
うちの色々と規格外な王女様から何か悪い影響を受けないかと、コンラートは気を使っているのだ。
「そういえば先ほどから何度もコンラートを見ているなシドニー。やらんぞ。これは私の騎士だ」
「はあ?」
突然何か言い出したゾフィーに、コンラートは思わず間の抜けた声を出していた。
先ほどからシドニーがちらちらとこちらを見ていたのには当然気付いていたが、それが何故そんな話になるのか。
「あら。それは残念です。護衛をつけてくださるなら是非とも白騎士コンラート様をお願いしたかったのですが」
「むっ」
しかし当のシドニーは突然のゾフィーの言葉に動揺した素振りも見せず、むしろ挑発するようにそんなことを言いだす。
「何故だ。ピザンには二十七将なら他にもいるぞ」
「叔父様……ジェローム陛下が何度か口にしていたのです。コンラートという騎士はおまえの父と同じ種類の馬鹿に違いないと」
「そなたの父――ロラン王子か」
ロラン・ド・ローラン。
策謀王子ジェロームの兄であり、騎士の中の騎士と謳われた英雄。
キルシュ防衛戦に二人の王子が参加したことで勘違いされているが、元々ローランド王国はキルシュへの派兵に消極的であった。
しかしそんな中で王命を無視する形で飛び出したのがロランだ。
自分に従った少数の部下だけを引き連れて、アンデッドの蔓延るキルシュへと乗り込んだ。
王命に背き義のために立ち上がった姿と、皇帝を討ち戦いを終焉へと導いたこと。
そして終戦から時を置かず何者かの狙撃により命を落としたことにより、その名は英雄として祭り上げられ大陸全土へ広がった。
リーメス二十七将の中でも最も偉大な勇士であったと言っても過言ではない。
そんな英雄と似ているというなら本来なら喜ぶべきなのだろうが……。
「そうか。ロラン王子も馬鹿だったか」
「……」
その似ている部分をして「馬鹿」と言われたのでは喜べるはずもない。
いやジェロームの言いたいことも分かるのだ。
義のために王命に背く。それが称えられたのは結果を出したが故のことであって、一般的に言えば間違いなく咎められるべきことであり馬鹿のやることだろう。
そしてそういう馬鹿の同類だと言われれば、コンラートに反論する余地などあるはずがない。
「かつての敵国へと連れていかれ、誰が味方とも知れぬ立場へと置かれ籠の鳥となるのです。せめて信頼できる騎士に傍に居てほしいというのは我儘でしょうか?」
「そなたしおらしく言っているが、楽しんでいるな?」
「……バレましたか」
儚げな、容易く折れそうな空気を纏いながら言うシドニーだったが、ゾフィーにつっこまれるとあっさりとかぶっていた猫を脱いだ。
「……」
その姿を見て一瞬庇護欲のようなものを感じたコンラートだったが、見事に裏切られ女は恐いと改めて認識する。
少なくともこの姫様方は、コンラートの頭の出来でどうこうできるような方々ではない。
もっともそれでも請われれば姫を守る騎士として傍に侍ってしまうのが、コンラートがコンラート(馬鹿)である由縁なのだが。
「どうせならヴィルヘルムの兄様を口説いてくれないか。神職についているわけでもないのにあの歳で未だに独身というのは流石に外聞が悪い」
「無理でしょう。ヴィルヘルム様がゾフィー様を溺愛しているというお話は有名ですもの」
「……そうか。ローランドにまで伝わっているのか」
自分の兄の醜聞がかつての友好国とはいえ大陸のほぼ反対側にまで伝わっていると知り、遠い目をするゾフィー。
そんなゾフィーを横目に、どうやらシドニーもこの様子ならばあまり心配せずともピザンでやっていけそうだと、コンラートは少し安堵した。