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No.18136の一覧
[0] もしもあなたが悪ならば(異世界騎士物語)[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/11/22 21:53)
[1] 一章 白騎士1[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/05/15 16:30)
[2] 一章 白騎士2[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/08/31 13:51)
[3] 二章 裏切りの騎士1[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/09 13:18)
[4] 二章 裏切りの騎士2[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/10/26 15:26)
[5] 二章 裏切りの騎士3[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/08/08 13:39)
[6] 二章 裏切りの騎士4[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/08/08 13:39)
[7] 三章 女神の盾1[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/03 12:43)
[8] 三章 女神の盾2[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/09/29 13:45)
[9] 三章 女神の盾3[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/09 13:16)
[10] 三章 女神の盾4[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/25 12:48)
[11] 三章 女神の盾5[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/13 12:19)
[12] 三章 女神の盾6[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/12/16 11:45)
[13] 三章 女神の盾7[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/12/27 17:48)
[14] 三章 女神の盾8[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/01/04 13:40)
[15] 四章 黒の王子・白の娘1[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/01/09 15:03)
[16] 四章 黒の王子・白の娘2(一部改訂)[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/12/27 17:47)
[17] 間章 騎士と主[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/12/25 11:36)
[18] 五章 黄昏の王[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/07/20 22:25)
[19] 五章 黄昏の王2[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/01/28 14:28)
[20] 間章 王女と従者[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/03/02 21:42)
[21] 五章 黄昏の王3[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/03/25 08:40)
[22] 五章 黄昏の王4[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/07/01 11:53)
[23] 五章 黄昏の王5[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/07/01 14:43)
[24] 五章 黄昏の王6[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/09/02 10:17)
[25] 五章 黄昏の王7[ガタガタ震えて立ち向かい](2012/09/03 12:40)
[26] 登場人物設定等[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/03/17 08:16)
[27] 五章 黄昏の王8[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/09/15 12:26)
[28] 五章 黄昏の王9[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/10/31 16:48)
[29] 五章 黄昏の王10[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/11/01 23:27)
[30] 五章 黄昏の王 終局[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/09/04 00:29)
[31] 間章 夏戦争の終わりと連合の崩壊[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/11/25 20:01)
[33] 断章 選定候[ガタガタ震えて立ち向かう](2013/07/07 21:28)
[34] 断章 ロード[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/26 21:29)
[35] 断章 継承[ガタガタ震えて立ち向かう](2013/09/01 08:25)
[36] 終章 アンファング[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/07/20 22:38)
[37] 第二部 一章 赤の騎士団[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/09/02 21:37)
[38] 一章 赤の騎士団2[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/09/02 21:38)
[39] 一章 赤の騎士団3[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/09/09 01:00)
[40] 一章 赤の騎士団4[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/19 22:33)
[41] 一章 赤の騎士団5[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/19 22:34)
[42] 一章 赤の騎士団6[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/25 01:56)
[43] 一章 赤の騎士団7[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/26 21:28)
[44] 二章 再来[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/30 20:30)
[45] 二章 再来2[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/11/06 13:06)
[46] 二章 再来3[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/11/13 12:58)
[47] 二章 再来4[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/11/20 12:52)
[48] 二章 再来5[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/11/27 12:03)
[49] 二章 再来6[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/12/04 14:08)
[50] 二章 再来7[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/12/11 15:17)
[51] 二章 再来8[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/12/25 15:03)
[52] 二章 再来9[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/12/25 15:02)
[53] 三章 王都ルシェロの戦い[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/01 12:34)
[54] 三章 王都ルシェロの戦い2[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/08 12:00)
[55] 三章 王都ルシェロの戦い3[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/21 12:30)
[56] 三章 王都ルシェロの戦い4[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/22 11:45)
[57] 三章 王都ルシェロの戦い5[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/23 19:52)
[58] 三章 王都ルシェロの戦い6[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/24 19:39)
[59] 三章 王都ルシェロの戦い7[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/25 22:42)
[60] 三章 王都ルシェロの戦い8[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/26 20:02)
[61] 三章 王都ルシェロの戦い9[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/27 19:24)
[62] 女神同盟[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/11/22 21:52)
[63] 女神同盟2[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/11/22 21:52)
[64] 女神同盟3[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/11/29 21:30)
[65] 女神同盟4[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/12/06 21:29)
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[18136] 二章 裏切りの騎士4
Name: ガタガタ震えて立ち向かう◆7c56ea1a ID:e700d56f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/08 13:39

 ふと空を見れば、山のように盛り上がった雲が、西の空に陣取っているのが目に入った。その見事と言っていいほどに立派な白い塊を見て、コンラートはほうと息をつき、ここ数年ほど、このように空の景色を眺める事すら無かったのだと思い至り苦笑した。
 後ろを振り返れば、彼方に朝日を受ける王都が見えた。視線を前へと戻せば、眼下には大地がコンラートを迎え入れるようにどこまでも広がっていた。もしコンラートがあと十も若ければ、同じ光景を見て、抱く思いは違ったのだろうか。

「しっかりしろ」

 自らを叱咤するように言うと、コンラートは固定された左腕を労わるように撫でる。
 歳をとればとるほど変わるのは難しくなる。かつて上司であった兵士長は、コンラートたち若手の兵を前にそう零していた。変わるという事は、今ある何かを捨てる事と同義。歳をとればとるほど持ち物が多くなり、そしてそれを捨てる事は難しくなるのだと。
 それと同じだろうか。光に満ちた明日への希望より、先の見えない未来への不安の方が勝るのは。歳をとり何かを得るたびに、何かを失い先は短くなるばかり。しかしそれでも――

「行ってまいります。殿下」

 帰ってくる場所がある。託された思いと、預けられた期待がある。
 それらの思いを胸に、コンラートは旅立った。





「コンラート。おぬしの騎士の位を剥奪する」

 諸侯を集めての場にて、玉座に座る王からその言葉は放たれた。それに即座に反応できたものは居らず、玉座の間は沈黙に包まれる。
 コンラートは騎士としては有能であるが、平民出であるために疎ましく思うものも多い。騎士でなくなるならば、神妙な顔をして、さも残念そうに「いた仕方無し」とそれを支持する者も居たことだろう。しかし王が突然下した罰は、そういった人間が喜び勇んで受け入れる事ができないほどに、唐突であり理不尽であった。

「お待ちください陛下!」

 誰もが動けない中、しわがれ声と共に進み出る者がいた。驚いた諸侯が一斉に目を向けたそこに居たのは、つい最近まで病に伏せっていたアルムスター公であった。
 魔女の薬が余程効いたのか、その体は相変わらずの皺だらけではあるが、生気に満ちている。その姿は、王国を支えてきた重鎮の一人が、未だ健在である事を示していた。

「王の心、私には痛いほどに分かります。もしも我が子が何者かにさらわれ、部下がそれを救えずおめおめ戻ってくれば、私とて怒り狂いその者に罰を下すでしょう」

 王にとってカイザーは弟にあたるが、その年齢は実子である三人の子よりも離れている。そのため王はカイザーに兄として接することに慣れず、我が子同然の扱いをした。
 故に王のカイザーに対する親愛の情は親としてのそれに近く、それこそ氷のように冷え切った瞳の奥では、業火の如き怒りをたぎらせている事だろう。

「しかしここに居るコンラートは先の大戦での英雄。戦無き世においても王と国と民のために働き、多くの功を上げております。一度の失態で、挽回の機会も与えず罷免するなど……」
「控えよアルムスター公。そなたの意見を許した覚えは無い」
「……ハッ。申し訳ありません」

 射抜くような眼光といっそ冷淡と言っていい王の言葉に、アルムスター公は歯噛みしながらも下がった。
 王は本気だ。ここで強く意見した所でその決定は覆せないであろうし、何より自身とコンラートの立場をより悪くしかねない。納得がいかずとも、口をつぐむしかなかった。

「コンラート。何か申し開きはあるか?」
「……ありませぬ」

 跪いたままコンラートは短く答える。その左腕は肩からつり下げられており、服の下には折れた肋骨を庇うように布が巻かれている。
 コンラートがティアを逃がしたと知れた直後、彼がわざとティアを逃がしたのでは無いかと言う噂が流れた。二人の関係を考えれば、そのような噂が流れる方がむしろ自然であっただろう。
 しかしそんな噂も、全身に傷を負ったコンラートの姿を見れば、誰もが間違いだと理解した。だがその事実も、王の決定を覆すのには何の役割も果たさない。

「恐らくカイザーは既に国外へ出ているだろう。今後の捜索はロンベルク侯に一任する。よいな?」
「仰せのままに」

 王に応えて恭しく頭を下げたのは、背も体格もそれなりで、ひょうひょうとした笑みを浮かべる中年の貴族。その姿を見るなり、アルムスター公を始めとした幾人かの貴族が、他人には分からぬ程度に顔をしかめた。
 ロンベルク侯爵家は代々子沢山であり、国内外を問わず婚姻――あからさまな政略結婚を行ってきた一族だ。各国に人脈があり、国外に逃亡したティアとカイザーを探すには適任と言えるであろう。しかしその言動の節々には、国への忠節よりも自らの家の繁栄を願う思いがにじみ出ている。
 信用できない。それがこの場にいるほぼ全ての者の判断であり、そのロンベルク候を頼る王に、余裕が欠片も無い事を思わせた。





「コンラート殿!」

 玉座の間を辞し長い廊下を歩いていた所に、自らを呼ぶ声が耳に入り、コンラートは足を止める。振り返れば宰相閣下――第二王子であるヴィルヘルムが息をきらせながら走って来ていた。その様子を見て、コンラートは慌てて歩いてきた廊下を駆け戻る。

「閣下。そんな体で無理をなさいますな!」
「はあ……余計な世話です。子供の頃とは違うのですから、これくらいで倒れたりはしません」

 渋面で放たれたヴィルヘルムの言葉に、コンラートは「はあ」と気の抜けた声を返すしかなかった。それが気に食わなかったのか、ヴィルヘルムはさらにムッとした様子で、息を整えながらも言葉を放つ。

「大体……呼び止める間も無く出て行った上に、即座に姿を消した貴方のせいで私は走り回る破目になったのです。王宮を走って移動しているのですか貴方は?」
「いえ、普通に歩いておりますが……」
「ならばその無駄に長い足のせいですか。さすが『巨人』と呼ばれるだけの事はある」
「よくそんな古い呼び名をご存知ですな」

 巨人というのは、キルシュ防衛戦からしばらくの間、コンラートのあだ名となっていた呼び名だ。単にコンラートの体躯を褒めるだけのものでは無く、でかくて邪魔だという揶揄も含まれており、あまり呼ばれて心地良いものでは無い。
 ヴィルヘルムが何を意図してその名を呼んだかといえば、単に嫌がらせのためだと本人に聞けば答えるだろう。王と諸侯の調整役となっているヴィルヘルムからすれば、コンラートの存在は頭痛の種の一つ。自重を促すためにも、厳しい言い方をしてしまうのだろう。
 その言い方を省みれば、やはり単に嫌われているという可能性も高いのだが。
 
「しかし私めに何か御用で?」
「兄上から伝言を頼まれたのです。まったく伝言程度その辺の兵にでも任せれば良いでしょうに」
「それは、お手を煩わせ申し訳ありませぬ」
「煩ったのは足と肺ですがね。王都の東の城壁沿いにある教会に行き、そこにいる神官に会えだそうです。確かに伝えましたよ」

 伝言が終わるなり、ヴィルヘルムは踵を返して走ってきた廊下を戻っていく。その後姿を、コンラートは困ったように眉を下げつつも、頭を下げて見送った。





 ヴィルヘルムの伝言に従いやってきた教会は、王城からは離れた位置にあるこじんまりとしたものであった。窓の無い壁際には、奇妙に捻れた木が寄り添うように生えており、建物自体が古い事もあり、どこか独特の趣のようなものを感じさせる。

「このような所にな」

 御世辞にも立派とは言えない教会の様子に、コンラートは意識せずそんな事を口にしていた。ここにいる神官が何者かは知れないが、クラウディオが指定したという事は彼の知り合いなのだろう。それだけで会った事のない神官に不安を覚えるのは、クラウディオの日頃の行いのせいであろうか。

「御免」

 中に人の気配があったため、コンラートはその人物に聞こえるように、断りを入れながら入り口を開く。

「お、いらっしゃい」
「……」

 しかし中に居た人物を見て、扉に手をかけた状態のままその動きを止めた。
 猫を思わせる左目に、半ばまでしか開いていない右目。そして自分同様に教会には不似合いな剣をぶら下げたその人物は、コンラートの一番の友人とも言える女性であった。

「……何をしているリア?」
「殿下に頼まれてね。良いからとっとと懺悔室に入りなよ」

 有無を言わさず背中を押され、コンラートは無理やり懺悔室へと押し込まれる。その強引さに眉をしかめながらも、変わらぬ彼女を嬉しく思う。
 ティアが逃亡し、コンラートが騎士でなくなった今、かつて白騎士と呼ばれた騎士はリア一人。そのリアも、伯爵家に嫁いだ以上、厳密に平民騎士とは言いがたい。
 ピザンにはもう平民騎士は居ない。自分たちを目標とし、夢を見て兵になったものたちの事を思うと、コンラートの胸は悔恨で押しつぶされそうになる。

「さあ、迷える子羊よ。自らの罪を告白しなさい。慈悲深き女神はあなたの罪を許し癒すでしょう」

 しかしその思いを吐き出すべきであろう場所に、コンラートの罪を許す神は居なかったらしい。網の張られた小窓の向こうから聞こえて来た、重々しい男の声。その声を聞き、コンラートはようやく伝言の目的と、リアがこの場に居た理由を悟った。

「どうしました?」
「いえ、あの方が勧めるだけあり、頼りになりそうな神官殿だと」
「ハッハッハ。そうだろう。俺ほど頼りになる男はこの国には他に居ないぞ」
「でしょうな」

 それまでとは打って変わって軽い口調となった声に、コンラートはつられるように笑った。そうして二人してしばらく笑うと、小窓の向こうの神官役は悔しげに謝る。

「すまなかったなコンラート。親父の様子がおかしいのは分かっていたが、まさかおまえから騎士の位を取り上げるとは思わなかった」
「いえ、クラウディオ殿下に頭を下げられては、こちらとしてはむしろ居心地が悪い」
「そうか。だがおまえも悪い。俺は何度もうちの騎士団に誘っているというのに、あんな頑固親父の下にいつまでも居るのだからな」

 拗ねたようなクラウディオの言葉に、コンラートとしては苦笑いするしかなかった。クラウディオ以外にも、コンラートを欲しがる騎士団はあった。それらを断わり王の下に居続けたのだ。
 それは内実はどうあれ、賞賛されてしかるべき忠誠の形であっただろう。にもかかわらず、王はコンラートから自らが与えた最たるものを奪い取った。コンラートが王を恨んでも、殆どの者は納得し、同情するかもしれない。

「俺は失態を犯し、それに罰が与えられた。当然の事でしょう」
「アルムスター公が反論したのを聞いていなかったのか。おまえは自分を過小評価しすぎだ。親父もらしくない。ボケて脳が腐ったか。コンラート、隙があったら親父の臭いをかいでみろ。腐臭がするかもしれんぞ」
「そんな隙などありませぬよ」
「だろうな。今の親父は老いをどこかへ捨ててきたようだ。色々と抗議しようと思ったが、気迫で負けた。……我ながら情けない」

 小窓の向こうで肩を落としているであろうクラウディオを想像し、コンラートはそれも仕方ないと思う。

「それで、本題はいかなるものでございましょう。雑談をするために、このような場所に呼び出したわけではありますまい」

 話が止まったのを見計らって、コンラートは問うた。
 表立った話をできない人間が、懺悔室で密談を行うというのはよくある事だ。クラウディオも何か話しづらい事があるのだろう。そう思い、コンラートは話の先を促す。

「ああ。カイザーとティアだがな、今はジレントに居る」
「ジレントに?」
「それを公表しなかったのは、ジレント相手に無茶はできんからだ。今の親父ならば、ジレント相手にでも戦をしかけかねん。矢の代わりに炎だの雷だの降ってくる戦場は御免だ」
「確かに」

 魔術師が作り上げた国であるジレントは、当然魔術師が多く国軍の二割が魔術師であると言われている。その上魔法ギルドの本部はジレントにあり、議員の多くは魔法ギルドの党員で占められている。
 即ちジレント共和国と魔法ギルドはほぼイコールの組織であり、ジレントに危機が迫れば、党員の多くは自国よりもジレントを優先する。下手をすれば、大陸全ての魔法ギルドに所属する魔術師を敵に回しかねない。

「ともかく、ジレントに居るティアとカイザーは身の安全を保障されている。それを伝えておこうと思ってな」
「なるほど。しかし何故二人はジレントに?」
「さてな。もしかしたら、俺たちには想像もできん陰謀でも動いているのかもしれんが、その辺りは慎重に探りをいれていくしかあるまい。さて、その話は置いてだ。コンラート、おまえに頼み……というか提案がある」
「提案?」
「騎士を辞めたついでに軍を辞めてくれないか?」
「……何故?」
「リカムが怪しい動きをしているのは知っているか? そのリカムとの国境にあるリーメスに、おまえを派遣しようと言い出した連中が居てな。もしリカムが本当に動いたならば、援軍にお前一人をやっても全滅するのは目に見えている。要するに親父の後ろ盾の無くなったおまえを潰すつもりだ。親父もそれを止める様子が無い。親父がその気なら、俺でもおまえの立場をどうこうするのも不可能だ」
「……」

 コンラートは返事を返すこともできず、右手で顔を掴むように覆った。
 例え騎士の位を剥奪されようとも、王に仕え忠を尽くす気持ちは変わらないつもりであった。これまで通り仕え続ければ、騎士の位は与えられずとも王の信頼は取り戻せると思っていた。
 しかし王はコンラートを見捨てた。それほどまでに、カイザーを連れ戻せなかった事に怒りを覚えているのか。

「俺の方で別口の援軍をねじ込むくらいはできるだろうが、それでは後が続かん。親父が生きている限り、俺やアルムスター公を始めとした者がおまえを買っていても守りきれん。今すぐにでも、この国を離れろ」

 クラウディオの声が、コンラートにはどこか遠く聞こえる。結局コンラートは、明確な答えを返すこともできず、しばらくの間懺悔室から動く事ができなかった。





 どれほどの時間がたっただろうか。祈るように両手を組み、混濁する思いを整理していたコンラートは、気の晴れぬまま立ち上がった。
 答えは出ない。このままでは確実に命を落とす、無謀とも言える任につかなければならないと分かっていても、逃げるようにこの国を出る事がコンラートには不誠実に思えた。国のために使い潰されるのも、己の役割では無いか。そんな事を思いそれが異常だと分かっていても、コンラートは他の選択肢を選べそうに無かった。
 そもそも、今更この国を離れ、どのように生きていけば良いのか。子供の内に故郷を失い、軍人としての生き方しか知らない。国を出ても、自分はすぐに野たれ死ぬのでは無いか。コンラートにはそう思えてならなかった。

 考えるのは一旦止め、雑念を払うように頭を振る。久方ぶりに意識を外に向けてみれば、クラウディオはとうの昔に向かいの部屋からは消えており、外にある気配は一つだけであった。
 恐らくはリアだろう。ティアとの事もあり、話す事は多い。何から言うべきかと悩みながら、コンラートは懺悔室から足を踏み出す。

「……そなたは」
「む?」

 予想外の、聞きなれぬ歳若い女性の声に、コンラートは伏せていた顔を上げる。
 そこには寂れた教会には不似合いな、白いドレスを纏った令嬢が佇んでいた。意表をつかれたように見開かれた目の色はアメジストを思わせ、背中に流れる髪は炎のような赤色。その作り物のように整った顔にコンラートはしばし見とれたが、特徴的な瞳と髪の色を見て、目の前の人物が何者か悟り慌てて跪いた。

「失礼しましたゾフィー殿下」
「良い。このような所で私と会うとは思っていなかったのであろう。私もここにそなたが居るとは思っていなかった……というより兄上が謀ったのだろうな。御互いあの人には苦労するな、シュティルフリート卿」

 ゾフィーの口から紡がれた、滅多に呼ばれぬ己の家名を聞き、コンラートは顔を地面へ向けたまま微笑を浮かべる。
 山村の生まれのコンラートに元々家名は無く、騎士となったときにアルムスター公より送られたそれが唯一のものであった。しかしシュティルフリート――「穏かなる守護者」を意味するその名は、コンラートには少々重く、気恥ずかしいものであった。故に自らそれを名乗る事は無く、周囲の者も必要が無ければ呼ぶ事も無く、そのうちにコンラートの家名を知っている者の方が少ないという状態になってしまっていた。
 しかしゾフィーは、その家名をあっさりと口にした。顔を合わせた機会も少ない王女に、それなりに目をかけられていたのだと思うと、コンラートは内心の喜びを抑えきれずにはいられない。しかし今の己にそれに浸る資格は無いと思い直し、意識して硬い声で話す。

「……殿下。ぶしつけながら、献上したき品がございます」
「何か?」
「この剣を」

 コンラートがゾフィーの前に跪いて差し出したのは、カイザーから受け取った剣であった。それを見たゾフィーは、しばし黙考した後に口を開く。

「それは?」
「カイザー殿下より賜ったものです。わたくしめにゾフィー殿下の支えになって欲しいと。しかしわたくしはこの国を離れねばなりませぬ。故にこの剣を持つ資格無く、殿下にお渡しすべきと思い至った次第にございます」

 本音を言えば、手放したくは無かった。夢と符合するカイザーの言葉が気になったという事もあるが、それ以上に託されたものを手放す事が口惜しかった。
 しかし言葉にした通り、既にコンラートではゾフィーを支える事ができない。故に自らの感情など置き去りにして、コンラートは剣をゾフィーへと手渡した。

「そうか……カイザーが私の事を」
「ハッ。どうかゾフィー殿下の頼りとする騎士に、カイザー殿下の思いと共に、この剣をお渡しください」

 コンラートが言い終わると、ゾフィーはゆっくりと頷き剣を手に取った。さすが騎士としての訓練も受けているだけはあるのか、他の貴族の令嬢ならば地面にぶつけていたであろうそれを、ゾフィーは慣れた手つきで受け取った。そして手の中の剣をためつすがめつ眺めると、どこか納得し感心したような声を出した。

「カッツバルゲルか」
「カッツ……? その剣の名でございましょうか?」
「うむ。かつて蒼槍騎士団と対を成した、赤剣騎士団の団員が用いた剣だ。赤剣騎士団の消滅と共に姿を消した剣だが、カイザーもどこで見つけてきたのか」

 そっと窺ったゾフィーの顔は、穏かな笑みを浮かべていた。子供の悪戯を見つけた、母親のようなどこか暖かみのある笑み。それを見ただけで、ゾフィーと面識の浅いコンラートにも、二人の仲がどのようなものであったか想像できた。

「この剣に相応しい騎士ならば、丁度一人心当たりある」
「どなたでしょうか?」
「そなただ。シュティルフリート卿」

 自らの名を呼ばれ、コンラートはハッとしたように顔を上げた。それを見つめるゾフィーは、先ほどまでとは違い力強い視線をコンラートへと向けており、見つめられたのが歳若い兵士ならば、思わず平伏してしまいそうな威厳を背負っていた。

「しかし、わたくしは……」
「国を離れるのだろう。今の父の事を思えば、それがそなたにとっての最善であろうと私も思う」
「ならば」
「なればこそ、私はそなたがすぐに戻れるよう、玉座を譲られるのを待つのでは無く、奪い取ってやろうと思う」

 告げられた言葉の意味が飲み込めず、コンラートは唖然としながらゾフィーを見上げる。するとそれまでのともすれば威圧的とすら言える空気が途端にやわらぎ、クスクスと笑う一人の少女の顔がそこにあった。

「父の存在が国の危機を招くならば、早々に隠居してもらうのも手であろう。このままでは、ジレントに戦をしかけかねん」
「ジレントに?」
「兄上に聞いたかもしれぬが、カイザーは今ジレントに居る。一応私と兄上で情報は止めてはいるが、ロンベルクならば調べ上げるのも時間の問題であろう。そして今の父がジレントへの侵攻を躊躇うとは思えぬ」
「……陛下はそこまで」
「焦って……いや、病んでいるというべきか。父のあの様子は、後先を考えぬ破滅主義者ように見える。きっかけが何かは分からぬが、それを探っている暇も無い。そなたも長年仕えた主の豹変に思うところもあるだろうが」
「……」

 気遣わしげに視線を向けるゾフィーに、コンラートは言葉を返せずにいた。村を焼き払われ、死にかけたところを拾ってくれたのは、他ならぬドルクフォード王だ。命を救われ、騎士として採りたてられた恩を返しきれたとは、今でも思えない。
 しかし……。

「……陛下が王としての道を踏み外そうとしておられるならば、止める事が救いとなりましょう」
「それがそなたの忠義か。ならば私は、そなたの忠義が自らへの刃とならぬよう、気をつけるとしよう」
「わたくしはそのような大層な者では……」
「大層なのだ、そなたは。先の戦にてリーメス二十七将に数えられたのは伊達ではあるまい。他国に引き抜かれないかと、私は心配でならぬ」

 心配といいながらも、ゾフィーの表情には歳相応の笑みが浮かんでいた。
 キルシュ防衛戦において主戦場となったのは、リーメスと呼ばれる大陸を横断する古代の城砦跡であった。故にその戦にて名を上げた戦士や魔術師を、人々はリーメス二十七将と呼んだ。
 大陸を巻き込んだ戦で名を上げ、その功績、あるいは武を讃えられた者たち。ゾフィーのような年若い者からすれば、正に生ける英雄。最初から英雄として己の世界に存在した故に、嫉妬や侮蔑の感情などあるはずも無く、無条件にその力を認め、あるいは実態以上にその力に畏怖してしまう。

「私は、自らの力で玉座を勝ち取る事で、そなたの主足ると示したいと思う。だからその時は、私の預かったこの剣を、どうかそなたが受け取って欲しい」

 十以上も歳の離れた、未来の王たる少女の願い。それはコンラートにとっては複雑であり、重いものであった。
 しかしそれでも、コンラートは己の心が震えるのを感じていた。それは歓喜。己を認め、必要としてくれるものが居る事に感激し、仕えるべき主が王たる片鱗を見せたことに対し欣喜する。そしてその湧き出る感情に、コンラートは己の中に騎士としての生き方が染み付いている事に気付き、そして受け入れた。

「……御意。その時が訪れれば、例え地の果てにあろうとも、何者よりも早く殿下の下に馳せ参じましょう」





 王都から少し離れた、小高い丘を越えて、コンラートは歩き続ける。彼女がその姿を見つけたのは、意識して探したから。幸運にも見つけることのできた、豆粒ほどに小さくなった騎士の姿を、城壁の上から無言で見送る。

「行ったか」
「はい」

 不意に背後からかけられた声に、ゾフィーは驚く素振りも無く答える。そのゾフィーの様子を面白そうに眺めながら、クラウディオは彼女の隣に立ち彼方の騎士を見やった。

「それで、話してみた印象はどうだ?」
「私が知る通りの、誠実な人柄でした。その上腕もたつのでしょう?」
「ああ。俺には劣るがな」

 肯定の後、ニヤリと笑いながら言うクラウディオに、ゾフィーは呆れ、困ったような笑みを向ける。

「しかし、何故おまえはそこまでコンラートに入れ込んでいるのだ? 接点など無かったはずだが」
「……」

 クラウディオの問いに、ゾフィーはすぐには答えなかった。遠い昔の記憶を反芻するように噛み締めると、ゆっくりと語り始める。

「……些細な事です。十五年前の、戦が終わったばかりのあの時、祭りのように騒がしい城下を見て、お転婆な私は当然のように城を抜け出した」

 今にして思えば、随分と無茶をしたとゾフィーは思う。父や城の者達は心配しただろうし、抜け出したのに気付けなかった付き人は罰を受けたかもしれない。
 しかしそんな事に気が回らないほどゾフィーは子供で、恐いもの知らずであった。庭を散歩するような気軽さで、弾むように城下の石畳の上を駆けていた。

「馬車に轢かれかけただとか、暴漢に襲われそうになっただとか、特に衝撃的な事件が起きたわけでもありません」

 そんな事が起きていれば、父や兄の耳にも届いたであろうし、今もゾフィーの付き人をしている老騎士は首を吊っていただろう。

「ただ私が躓いて、当たり前のようにそれを受け止めた騎士がいた。それだけです」

 まるでゾフィーが転ぶのを予期していたように、その騎士はゾフィーの前に居た。戸惑いながら、ガラスの調度品を扱うように慎重にゾフィーに触れる手の平は硬く、見上げた顔はひょろりと伸びた背の割には幼さが残っていた。
「気をつけなさい」と優しい声で言って、騎士は呆然としているゾフィーの頭を撫でた。威張りちらし、しかし彼女や彼女の家族には媚びへつらう、嫌な騎士。礼節を重んじ、幼いゾフィーにまで過度に恭しく丁重に接する騎士。そのどちらとも違う、騎士らしくない騎士。抱いた印象は、それだけ。

「きっかけがあり、よく見てみれば、あとは誰にでも分かる。私が入れ込んでいるのではなく、彼が誰よりも騎士らしい騎士であった。それだけの話です」
「ふん……まあそういう事にしておくか」

 引っかかりのある言い方をするクラウディオ。それに抗議するように、ゾフィーは鋭く細めた目を向ける。しかし彼女の兄上は、ニヤニヤと嫌らしい笑みを引っ込めようともしない。

「初恋か?」
「違います」

 先ほどの語り口の熱が冷めたように、無愛想にゾフィーは否定した。それを見て、クラウディオは声を上げて笑う。

「ハッハッハ。まあいい。カイザーの逃げたジレントに暴発寸前のリカム、そして親父。やる事は山積みだというこの面倒な時期に、わざわざ玉座を取りに行く物好きな妹のために、俺も気張るとしよう」
「ええ、頼りにしています兄上」

 下の兄とは別の意味で対処に困る兄に、ゾフィーはひっそりと吐息をつきながらも言う。
 視線を再び彼方の丘へと向けたが、そこには既に人の姿は無く、ただ緑色の地面がどこまでも広がっていた。この別れはしばしのもの。そうあることを願い、ゾフィーは城へ――自らの戦場へと戻っていった。


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