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No.18136の一覧
[0] もしもあなたが悪ならば(異世界騎士物語)[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/11/22 21:53)
[1] 一章 白騎士1[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/05/15 16:30)
[2] 一章 白騎士2[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/08/31 13:51)
[3] 二章 裏切りの騎士1[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/09 13:18)
[4] 二章 裏切りの騎士2[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/10/26 15:26)
[5] 二章 裏切りの騎士3[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/08/08 13:39)
[6] 二章 裏切りの騎士4[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/08/08 13:39)
[7] 三章 女神の盾1[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/03 12:43)
[8] 三章 女神の盾2[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/09/29 13:45)
[9] 三章 女神の盾3[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/09 13:16)
[10] 三章 女神の盾4[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/25 12:48)
[11] 三章 女神の盾5[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/11/13 12:19)
[12] 三章 女神の盾6[ガタガタ震えて立ち向かう](2010/12/16 11:45)
[13] 三章 女神の盾7[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/12/27 17:48)
[14] 三章 女神の盾8[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/01/04 13:40)
[15] 四章 黒の王子・白の娘1[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/01/09 15:03)
[16] 四章 黒の王子・白の娘2(一部改訂)[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/12/27 17:47)
[17] 間章 騎士と主[ガタガタ震えて立ち向かう](2011/12/25 11:36)
[18] 五章 黄昏の王[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/07/20 22:25)
[19] 五章 黄昏の王2[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/01/28 14:28)
[20] 間章 王女と従者[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/03/02 21:42)
[21] 五章 黄昏の王3[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/03/25 08:40)
[22] 五章 黄昏の王4[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/07/01 11:53)
[23] 五章 黄昏の王5[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/07/01 14:43)
[24] 五章 黄昏の王6[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/09/02 10:17)
[25] 五章 黄昏の王7[ガタガタ震えて立ち向かい](2012/09/03 12:40)
[26] 登場人物設定等[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/03/17 08:16)
[27] 五章 黄昏の王8[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/09/15 12:26)
[28] 五章 黄昏の王9[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/10/31 16:48)
[29] 五章 黄昏の王10[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/11/01 23:27)
[30] 五章 黄昏の王 終局[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/09/04 00:29)
[31] 間章 夏戦争の終わりと連合の崩壊[ガタガタ震えて立ち向かう](2012/11/25 20:01)
[33] 断章 選定候[ガタガタ震えて立ち向かう](2013/07/07 21:28)
[34] 断章 ロード[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/26 21:29)
[35] 断章 継承[ガタガタ震えて立ち向かう](2013/09/01 08:25)
[36] 終章 アンファング[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/07/20 22:38)
[37] 第二部 一章 赤の騎士団[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/09/02 21:37)
[38] 一章 赤の騎士団2[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/09/02 21:38)
[39] 一章 赤の騎士団3[ガタガタ震えて立ち向かう](2015/09/09 01:00)
[40] 一章 赤の騎士団4[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/19 22:33)
[41] 一章 赤の騎士団5[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/19 22:34)
[42] 一章 赤の騎士団6[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/25 01:56)
[43] 一章 赤の騎士団7[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/26 21:28)
[44] 二章 再来[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/10/30 20:30)
[45] 二章 再来2[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/11/06 13:06)
[46] 二章 再来3[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/11/13 12:58)
[47] 二章 再来4[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/11/20 12:52)
[48] 二章 再来5[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/11/27 12:03)
[49] 二章 再来6[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/12/04 14:08)
[50] 二章 再来7[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/12/11 15:17)
[51] 二章 再来8[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/12/25 15:03)
[52] 二章 再来9[ガタガタ震えて立ち向かう](2016/12/25 15:02)
[53] 三章 王都ルシェロの戦い[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/01 12:34)
[54] 三章 王都ルシェロの戦い2[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/08 12:00)
[55] 三章 王都ルシェロの戦い3[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/21 12:30)
[56] 三章 王都ルシェロの戦い4[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/22 11:45)
[57] 三章 王都ルシェロの戦い5[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/23 19:52)
[58] 三章 王都ルシェロの戦い6[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/24 19:39)
[59] 三章 王都ルシェロの戦い7[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/25 22:42)
[60] 三章 王都ルシェロの戦い8[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/26 20:02)
[61] 三章 王都ルシェロの戦い9[ガタガタ震えて立ち向かう](2017/01/27 19:24)
[62] 女神同盟[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/11/22 21:52)
[63] 女神同盟2[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/11/22 21:52)
[64] 女神同盟3[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/11/29 21:30)
[65] 女神同盟4[ガタガタ震えて立ち向かう](2019/12/06 21:29)
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[18136] 二章 裏切りの騎士2
Name: ガタガタ震えて立ち向かう◆7c56ea1a ID:e700d56f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/26 15:26
 戦の後には略奪と陵辱が行われるのが当たり前であった。むしろ碌な対価も与えられない兵士達には、略奪こそが戦場における報酬であり、誰もがそれを目的に敵陣へ我先にと切り込んだ。
 そしてそれは騎士たちも同じであった。後に騎士道と呼ばれる精神が形作られるまでは、高潔なはずの騎士の中にも蛮行を働く者は絶えなかったのである。

「酷いなこりゃ」

 かつて一つの集落があった跡を眺めて、赤い騎士は嫌悪の表情を隠そうともせずに言った。周囲には焼け落ちた家々を見回る兵士たちが何人か居たが、彼の言葉を聞いても特に反応は見せない。
 集落を囲む木々は黒い骨のような姿を晒していた。焦げた地面には無残な骸が襤褸切れのように打ち捨てられていた。
 戦争だからと言って捨てるには、あまりに酷いその有様。赤い騎士の言葉に賛同する事はあっても、反論などできるはずが無い。

「位置的に両軍から無視できない位置にあるから、最悪の場合は占領するのも検討……って俺は聞いてたんだが。先走った上に殲滅かよあの馬鹿ども」
「どうするのですか兄上? この事が広まれば、エルフたちが本格的に敵対する可能性も……」
「考えたくねえなあ」

 自らを兄と呼んだ女騎士の言葉に、赤い騎士はうんざりといった様子で返す。
 焼き払われたのは、人では無くエルフたちの集落であった。元々友好的とは言えない彼ら相手に何度も言葉を重ね、ようやく理解者が現れ始めたときになってこの惨劇だ。今までの苦労を打ち消し、さらにお釣りもくるだろう。

「というか何で俺があの狸どものフォローを考えなきゃならんのだ。敵よりも先に殺したくなってきた」
「発言には気をつけて下さい。兄上にもしもの事があれば、巫女様の周りに俗物ばかりが侍るようになります」
「俺も結構な俗物だと思うんだが、確かにまずいな」

 守ると誓った少女の姿を思い出し、赤い騎士は顔をしかめた。
 この惨状を知れば、あの少女の表情は曇るだろう。しかし泣かない。自分の役目を果たすため、弱音も吐かずに気丈に振舞うに違いない。
 泣いて良いのだと、甘えてくれて構わないのだと何度言っただろうか。その度に少女は大丈夫だといって笑う。それを見た人間が、さらに心配するのにも気付かず笑うのだ。

「隊長! 生存者が……うわあ!?」
「どうした!?」

 呼びかけてきた兵の声が悲鳴に変わる。見ればまだ歳若い兵士が、他の家よりはマシといった程度に原型を留めている屋敷から慌てて距離をとっていた。そして崩れた壁の残骸を掻き分けるように、黒い人影が冬眠から覚めた熊のようにゆっくりと這い出してくる。

 闇が人の形をとったような。そんな印象を受ける女だった。煤に汚れた肌は褐色であり、毛先の焦げた髪は墨を吸ったような漆黒。見慣れないヒラヒラとした衣装までも、合わせたように黒色だった。
 影の女王。その姿は、以前エルフの仲間に聞いた古き存在を思い起こさせた。

「貴様ら……」
「ん?」

 女に吸い寄せられるように、無意識に歩みを進める赤い騎士。しかしその赤い騎士に向けられた闇色の瞳には、明確な憎悪と殺意が込められていた。

「貴様らがあぁっ!!」
「うをっ!?」

 何処に隠し持っていたのか、女が横薙ぎに振るった剣を赤い騎士は後ろに飛び退って避ける。そしてなおも女が追いすがり斬り下すのを、抜き放った剣で受け止めた。
 受け止めた衝撃で腕が痺れる。その細身のどこにそれ程の力があるのかと、赤い騎士は半ば呆れながら女へと視線を向ける。

「話を……」

「聞け」とは続けられなかった。
 間近で見た女の服は、所々が裂かれ血が滲んでいた。
 そして何よりその瞳。様々な負の感情を宿した瞳が、この女が死ぬまで止まらないだろうことを赤い騎士に理解させた。

「兄上! 退いてください!」
「んな暇あるか! 下手すりゃ俺より強いぞこの女!?」

 剣を打ち払い距離をとろうとしても、女は張り付くように追ってきて斬りつけてくる。そして足を止めてしまえば、襲ってくるのは剣の嵐。相手が怪我人だからと手加減する余裕などありはしない。

「チッ! 死んだら俺たちを存分に怨みやがれ」

 誰にも聞こえないように呟く。様々な覚悟を決め、赤い騎士は剣を強く握りなおした。





 薄っすらと開けた目に入ったのは、見慣れた自室だった。エルフの集落でもなければ、焼き払われた跡も無い。その事に安堵し、そして失望した。
 そんな自分に呆れながら、コンラートはベッドから下りて小さな窓を開ける。僅かに明るくなり始めた空は濃い雲に覆われており、降りしきる雨の雫が窓辺に伸ばしたコンラートの手を濡らした。
 最近になってコンラートが早起きになったのは、なにも歳をとったことだけが原因では無い。目覚めの早いときには、決まって赤い騎士の夢を見るのだ。そして不気味なほどに現実感のある夢を夢と認識する前に、唐突に目覚めて現実という世界へと放り出される。

 もしかしたらあの赤い騎士こそが現実であり、今の自分こそが夢なのではないか。そんな背筋が寒くなるような事を思い、少しして鼻で笑った。
 もしコンラートが夢であり赤い騎士が現実だとすれば、赤い騎士は夢で出会った人間と瓜二つの存在に出会ったという事になる。コンラートの良く知る人間が、夢に出てきたと考えた方が自然だろう。
 そもそもいい歳をした男が、夢が現実ならばなどと考える事がおかしい。ようやく完全に目覚めたらしい頭で、コンラートはそう考え苦笑した。

「少なくとも、彼女と敵として相対したくはないな」

 気づかぬ内に漏らした言葉は雨音にかき消される。
 夢の中に出てきた黒い女は、髪や瞳の色こそ違えど、コンラートの思い人そのものだった。





 叙任式から数日後。コンラートはとある屋敷の一室へと足を運んでいた。
 前日から降り続けている雨のせいか、春とは思えないほど外の空気は冷たかったが、その部屋の暖炉には薪がくべられており、室温はコンラートには暑く感じられるほどであった。しかしそれも仕方ないと、部屋の主を見れば誰もが思うだろう。

「……」

 コンラートの隣には、叙任式で賜った武具を身に着けたカールがいた。そしてそのカールを寝台の上で上半身だけ起こして見つめるのは、彼の父であるアルムスター公。
 王ほど高齢でないアルムスター公が老いて見えるのは、その体が病魔に蝕まれているからに他ならない。事実以前にコンラートが対面したときに比べれば肉は落ち、残った皮が皺をより深いものにしていた。ときおり咳き込む口を押さえる手は、枯れ枝を思わせる。
 そんな父を前にして、カールは凛々しく眉を上げ、口元を引き締めて微動だにしなかった。言葉には出さずとも、自分は一人前なのだと、もう心配しなくても大丈夫だと、その姿が父に向かって告げていた。

「はは、あのお調子者のカールがこれほど立派になるとはな。礼を言うコンラート」
「いえ。俺は少しばかり手助けをしただけの事。カール殿の努力があればこそです」

 コンラートに他人行儀な呼ばれ方をされ、カールの顔が少しだけ歪む。
 平民出身であるにもかかわらず、もしかしたら平民出身だからこそ、コンラートは相手の立場というものを常に考えて行動する。既にカールがコンラートの従騎士でなくなった以上、以前のように気軽に話す事は無いだろう。
 もっとも話し方が丁寧になっただけで、本質的な付き合い方は変わらないのだが、カールがそれに気づくのは少し後になってからだった。

「試合での奮闘は聞き及んでいる。おまえには兄であるフランツの助けとなって欲しかったのだが、恐らく他の騎士団からも誘いが来る事だろう。家の事は心配せず、おまえの好きな道を選ぶといい」
「はい。父上」

 いくつか言葉を交わした後、カールは一礼して退室する。それを確認したアルムスター公は、ゆっくりと起こしていた上半身を寝台へと横たえた。

「すまんなコンラート。話の続きはこのままさせてくれ」
「構いませんが……一体どうなさったのですか?」
「ただの風邪だと医者は言っていたがな。これが中々性質が悪く、一ヶ月たっても治る気配も無い」

 そう言って咳き込むアルムスター公の姿は、先程よりもさらに弱弱しく見えた。息子が父を安心させようと振舞っていたのと同じように、父も息子を心配させまいと無理をしていたのだろう。

「このままでは徐々に弱って死ぬと、あの医者遠慮なく言い切りおった」
「な……薬は飲まれておらぬのですか?」
「飲んでも治らんのだ。私の体自体が、弱りきっているらしい」

 元々風邪というのは、人体の治癒力だけで治せる病気だ。しかし逆に言えば、人体が弱りきっていては治るものも治らない。子供や老人が風邪で死ぬ事は、さして珍しいものでは無い。

「……コンラート。ジレント共和国に住む魔女のもとへ使いに行ってもらえんか?」
「魔女ですと?」

 思わぬ要請に、コンラートは眉を寄せながら聞き返していた。
 魔女と呼ばれるものは、大抵の場合は曲者だ。そもそも普通の魔術師ならば、魔女などと呼ばれるはずはない。

「ミーメ・クラインという名だ。魔術だけでなく様々な知に通じ、薬の類も扱っているという」
「なるほど。あるいは公爵閣下の体を治せるかもしれぬということですか」
「うむ。幸い後継には恵まれた。だがカールは放っておいても大丈夫だろうが、フランツの方にはまだ領主として教えねばならん事が山ほどある。生きながらえる事が出来るならば、僅かな希望でも縋りたい」

 アルムスター家の領地は広大だ。コンラートには分からぬが、いかに優秀な配下を揃えても、その上に立つ領主には苦労も多いのだろう。

「では、すぐにでもジレントへと参りましょう」

 しばらくの間は好きにして良いと王には言われている。国外とはいえジレントは隣国だ、行って帰ってくるのにそれほど時間はかからないだろう。

「よろしく頼む。気難しい方だと聞くが、おまえならば大丈夫だろう」





 ジレント共和国は大陸の北西部に位置する小国であるが、その在り方から周辺各国は過度な干渉を控える重要な国でもある。
 元は行き場をなくした魔術師たちが集って出来た国であった。しかし彼らが独立を勝ち取ると、戦禍によって書物や知識が散逸する事を恐れた学者たちまで集まり始めた。そうして魔術師たちの国は、いつのまにか学問の国になっていたのである。


「ミーメさんに用ね。アンタみたいなのが来るのは珍しいな」

 道を尋ねた魚屋の店主にそう言われ、コンラートは困ったように笑みを返した。

 ジレントの主要都市は全て海に面しているが、コンラートが訪れたネスカという港町は特に物の往来が多く活気がある。
 行き交う人々の顔は皆晴れやかであり、路上に物乞いの姿も見られない。それだけで、このピザン王国の百分の一ほどの人しか住まない小国が、大陸でも無二の豊かさを誇る事が知れた。
 そんな町に魔女と呼ばれる者が住んでいるというだけでも驚きであるのに、店主の様子からして住人とも交流が深いらしい。森に住む魔女というのは、童話の中だけの存在なのかもしれない。

「ミーメさんなら二つ向こうの建物の二階に住んでるよ。でも覚悟しときなよ、あの人初対面の人間の依頼なんてまず聞かないから」
「忠告感謝する」

 頭を下げて踵を返すと、コンラートはきびきびとした動作で店主の示した白い建物を目指す。しかしその内心ではどうしたものかと悩んでいた。
 気難しいとは聞いていたが、初対面では信用されないほどだとは思わなかった。場合によっては何度も訪ね、拝み倒す事になるかもしれない。アルムスター公の事を思えば苦では無いが、病状の事を考えれば少しでも早く話を聞いて貰う必要がある。
 何か良い方法は無いか。コンラートは考えたが、結局何も思い浮かばず目的地へと着いてしまう。とりあえず誠心誠意話すしかあるまいと結論し、コンラートは目の前の頑丈そうな木の扉をノックした。

「……はーい! ちょっと待ってください」

 聞こえて来た声は、予想していたよりも澄んでいた。その事をコンラートが不思議に思う暇も無く、目の前のドアが開き妙齢の女性が顔を出す。
 腰に届く髪は空色で、白いワンピースのような衣装に包まれた体は平均的な女性のそれ。その辺りを歩いていても違和感が無いであろう程に、現れた女性は「普通」であった。

「どちら様でしょうか?」
「あ……ああすまぬ。ピザン王国の騎士コンラートと申す。アルムスター公の命にて、ミーメ・クライン殿に薬の処方を依頼したく参った」

 出てきた人物が予想外の姿をしていたため、呆気にとられるコンラート。それに女性は髪と同じ色の瞳を訝しげに向けてきたが、コンラートの話を聞くとその警戒も次第に解けていく。

「ああ……アルムスター公の」

 思いあたる事があるのか、納得したような様子を見せる女性。恐らくは、事前にアルムスター公からの手紙なり先触れなりが届いていたのだろう。

「中へどうぞ。居心地の良い場所では無いけれど、外ではまずいでしょう」
「それでは失礼する」

 女性に案内された室内には、何かの材料であろうか様々な植物や乾物が吊るされており、部屋の隅にそびえ立つ二つの棚からは本が溢れかえり地面にまで堆く積まれていた。
 その不気味とも言える有様を見て、コンラートは不安になるどころか逆に安心していた。もしかしたら同姓同名の、魔女では無い別人の家を訪ねたのではないかと思っていたのだ。

「それで、何の薬を所望でしょうか?」
「その前に確認したいのだが。失礼ながら貴女がミーメ・クライン……魔女殿で間違いありませぬか?」

 コンラートの問いに女性は目を丸くする。その反応にコンラートは魔女という呼び方は不味かったかと焦ったが、その焦りごと吹き飛ばすように女性はクスクスと笑い始める。

「なるほど。さっきから戸惑っていたのはそのせいね。私がミーメ・クラインで間違いありません。てっきりレインから、私の事を聞いたのかと思っていたんですけど」
「レイン……?」
「グラウハウ村だったかしら? そこで貴方と会ったレインは、私の教え子なんです。髭が素敵な騎士様と、生意気な騎士見習いの男の子と一緒に戦ったって手紙が来て。あの子は人との繋がりを大事にする子だから、手紙をくれるたびにどんな人と知り合ったか教えてくれるんですよ」

 髭が素敵と言われて、コンラートは苦笑しながらそれを撫でた。元々は周囲に見くびられまいと若い時分に生やし始めたものだが、素敵などと評されたのは初めての事だ。
 歳をとったせいか、それとも髭が似合う程度の威厳のようなものが身についたのか。自分の半分ほどの年齢の少女に褒められたと思うと、光栄であると同時にどこかむず痒かった。
 ともあれ、偶然会ったレインに信用された事で、気難しいという魔女にまで信用されたのはありがたい。王が常々言っている通り、コンラートの運はかなり強いらしい。

「いや、師がいるとは聞いておりましたが、これほど若い方とは思いませんでした。それに魔女と聞いては、俺のような無学なものはお伽噺に出てくる老婆を想像してしまいましてな」

 コンラートの言葉にミーメは再び笑みを漏らす。その姿は魔女と呼ばれるにはあまりに邪気が無く、そして美しかった。

「魔女という呼び名の意味も様々ですから。数百年前なら人類に敵対的な魔術師。さらに起源を遡るなら、その名は「境界の上に立つ者」を意味します」
「境界?」
「生と死の境界。産婆のようなことや傷の治療、あるいはコンラートさんの今回の目的のような薬の作成まで。人々の生と死に立ち会うのが、私たち魔女の仕事だという事です」

 だからこそ、魔女は人々に忌避されたのだろうとミーメは付け加える。人々には理解できない知識や技術でもって、人々の生死の場に関与する。人によってはその姿は死神のように見えたに違いない。
 時代が移り変わり、悪の魔術師を「魔女」と呼ぶようになってからは、本来の意味での魔女たちも人々に排斥されるようになった。ミーメが魔女を名乗りながら人々と暮らすのは、ジレントという特殊な国だからこそ出来ることなのだろう。

「少し話がそれましたけど、どんな薬をお求めかしら? 風邪薬から毒薬に惚れ薬まで、作れというのなら作りますけど」
「詳しくはこれを、依頼主であるアルムスター公の詳しい病状が書かれております」

 コンラートが懐から丸めた紙を取り出して渡すと、ミーメはすぐさまそれに目を通す。

「風邪……食欲不振に微熱続き。高齢なため体力の低下……。なるほど、普通の薬ではダメねこれは」

 所々を口に出しながら読み終えると、ミーメはすぐさま立ち上がり何かの根っこや皮のようなものを机の上に揃え始める。そして材料が揃い椅子に腰かけた所で、慌てた様子でコンラートへと向き直った

「すいません、すぐにできますから。どこかで時間を潰してきてもらっても構いませんよ。あまり居心地の良い場所では無いでしょう?」
「いや、待たせてもらいましょう。よそ者が剣をぶら下げていると、どうにも警戒されるようでしてな」

 面と向かって何かを言われたわけでは無いが、この町の人々は明らかにコンラートの事を気にしていた。
 一目で異国の人間と分かる、騎士然としたコンラートを注視するのは、この国の成り立ちを考えれば当然である。しかしそれが理解できるからと言って、視線が気にならなくなるはずも無い。

「じゃあ、少し待っていてください」
「承知」

 短く応えると、コンラートはミーメが作業する様子を眺める。白い陶器の中で磨り潰される植物の中には、コンラートの知っている物もあった。まだ田舎の村で暮らしていたときに、近くに住んでいた老婆が、体に良いからと湯で煎じて飲んでいた記憶がある。
 今にして思えば、あの老婆もある意味では魔女だったのかもしれない。弱った家畜の子供を瞬く間に元気にしたり、嵐が来るのを予知したりと、幼いコンラートからすれば魔法としか思えないことをやってのけていたのだから。

「コンラートさんも顔色が優れませんね。どこか悪いなら薬を出しますけど?」
「は?」

 ミーメの呼びかけに、コンラートは間抜けな声で応えた。それも仕方ないだろう。ミーメは作業を始めてから、一度も振り返っていないのだから。コンラートの顔色など分かるはずがない。

「……最近朝早くに目が覚める事が多いので、そのせいかと」
「不眠では無さそうですね。騎士としての習慣ですか?」
「いや、どうにも妙な夢を見るのです。お伽噺の英雄の夢を……」

 言ってからコンラートはしまったと思った。英雄の夢を見るせいで寝不足だなどと、子供ではあるまいに恥ずかしい事だ。少なくとも、人に話すような事では無い。
 しかしミーメはコンラートの思いなど気付かなかったように、茶化す様子も無く言葉を紡ぐ。

「夢は啓示であると神官や一部の魔術師は考えていますけど、本人の無意識の欲求や願望を表しているとする学者もいます。それらを強く大きく反映しすぎて、支離滅裂なものになってしまうとか」
「願望?」

 だとすれば、それは随分と歪んだ欲望だとコンラートは思った。英雄になりたいなどと、自分には思う資格すらないのだから。

 彼の初陣であり最大の戦場は、隣国のキルシュに侵攻したリカムという帝国との戦いであった。罪の無い民をも蹂躙するその非道に、多くの名高い騎士や戦士、魔術師らが憤り義勇兵として立ち、仕舞いにはピザン王国の正規軍までも参戦し、まだ成人していなかったコンラートもそれに加わった。
 英雄たちに並び立ちたいと思わなかったわけでは無い。しかし彼が無謀とも言える戦の場へと赴いたのは、国境近くにあったために戦渦に巻き込まれた、故郷の人々の仇を討つためであった。

 仇討ちといえば聞こえは良いが、実際のコンラートは憎しみと自棄に駆られて暴走していたにすぎない。だが並の大人よりも頭一つ背が高く、本来両手で扱う戦斧を片手で振り回すほどの怪力を誇るコンラートは、幾度もの死線を乗り越え生き残った。
 リカムの魔術師によってアンデッドたちがはびこり、殺された仲間がすぐさま起き上がり襲いかかってくるという悪夢のような戦場。
 誇る事などできなかった。仲間の死体を潰した自らの両の手を切り落としたいとすら思った。戦後になって冷静になると、コンラート本来の生真面目で甘い性分が、己の罪を責め立てた。

 騎士の位こそ返上しなかったが、コンラートは出世を望まなかった。むしろ望めなかったのかもしれない。
 自分のような者が騎士などとおこがましい。より良い地位を欲するなどもっての他だと、潔癖すぎた当時のコンラートは思ってしまった。

 しかしそれは昔の事。今のコンラートはそれほど思いつめてはいないし、戦場での事を割り切る程度には成熟している。そうでなければ、ティアに代わって王弟の指南役となる事も断わっていただろう。
 あるいはそのためだろうか、英雄と呼ばれた騎士の夢を見るのは。もっと高みを望めと、夢を通して自身へと言い聞かせているのだろうか。

「まあそれほど気にしない方が良いんじゃないかしら。夢は夢でしかありませんから」

 もっともな言葉に、コンラートは苦笑を返すことしか出来なかった。





「ご苦労だったなコンラート。何度書状を送っても無視されたというのに、こうもたやすく薬を持ち帰ってくれるとは。さすがと言うべきか」
「偶然に過ぎませぬ。しかしそういうことは事前におっしゃってください」

 寝台に横たわったままではあるが上機嫌なアルムスター公に、コンラートは苦言を漏らすと疲れたように吐息をついた。
 最初にミーメと顔を合わせたときの反応からして、初対面では信用されないというのは事実だったのだろう。事前に思っていた以上に、今回の任務は困難なものであったらしい。己の強運に感謝してもしきれない。

「薬が効かぬようなら、直接診断するので連絡するようにと申しておりました」
「ほう。随分と優しいな。一体どんな魔法を使ったコンラート?」
「俺は何もしておりません。魔女には魔女の矜持があるのでしょう」

 一度引き受けたからには最後まで面倒を見る。そうミーメは言っていた。彼女なりの仕事に対する誇り、そんなものが感じられた。

「アルムスター公!」
「む? 何事だ?」

 突如部屋に踊りこんできた配下に、アルムスター公は鋭い視線を向けた。しかし余程余裕が無いのか、配下は一礼するとコンラートを無視するように寝台へと歩み寄り、手にした封筒を手渡す。

「……王からだと?」

 封をした蝋の上に押された印章を見て、アルムスター公は訝しげに声を漏らす。しかし封をあけ中に入っていた手紙を読み進めるにつれて、表情が厳しくなり皺が深くなっていく。

「すぐに領内の港を閉鎖しろ。ゼザの山道にも兵を置け。例え相手が王侯貴族であっても、絶対に通すな!」
「は……? な、何故でございますか?」
「詳しい事は追って知らせる! しらみ一匹見逃すな!」
「は、はい!!」

 病に臥せっているはずの主の強い言葉に従うため、配下は慌てて退室して行った。それを見送ると、アルムスター公は勢いよく咳き込む。

「無理をなさいますな。一体どうしたというのですか?」
「事はおぬしにも……いや、王国全土に関係する。……王弟殿下がさらわれた」
「……なっ!?」

 それはまったく予期していなかった言葉であった。王族なれば危険に巻き込まれることもあるだろう。だが少なくとも王位継承権を巡った争いではあるまい。
 明言されたわけでは無いが、次代の王が第一王女であるゾフィーであることはほぼ決まっている。王弟であるカイザーが、その手の理由から狙われる事はまずありえない。

「まさかリカムの手の者が?」
「いや、首謀者はこの国の人間だ」

 その言葉にコンラートは信じられないといった顔を向ける。
 一体どこの誰が、何のために王弟殿下をさらう必要があるというのか。

「ナノク卿……ティア・レスト・ナノク。王弟殿下を拉致したのは彼女だ」

 それはまったく想定の埒外にあった名前。
 しかしコンラートの心のどこかには、彼女の裏切りに納得する自分が居た。


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