夜も更け、多くの者たちが仕事を終え家路へと急いでいるであろう刻限。食事や酒を求めて人が集うランライミアの外街の酒場の中は、一種異様な雰囲気に包まれていた。
その原因は、酒場の中央のテーブルに陣取った、大柄な二人の男だ。
客たちはジョッキを手にしたまま話し、カードに興じていた者たちは新たな賭け事の登場に興奮し、給仕の女は注文をとりながらもチラチラと視線を二人に向けている。
酒場に居る全ての人間の注目を浴びている内の一人は、元ピザン王国の騎士コンラートだった。コンラートは肩のこりをほぐすように腕を何度か回すと、少し離れた場所でクロエが吐息を漏らすのに気付き苦笑する。
コンラート自身、自分は何をやっているのかと少し呆れているのだ。静寂を好む気質のクロエだから、内心では「何やってんだこのおっさんどもは」と苛立っているのかもしれない。
「さーて、巨人コンラートのお手並み拝見といこうぜ」
丸いテーブルに、木の幹のような腕を勢いよく乗せ、男が言った。
これから始まるのは男同士の戦い。もっともその内容は腕相撲なのだが、その参加者はどちらも名の知れた戦士。娯楽に飢えた客たちからすれば、騒ぐなという方が無理な話だ。
「歳なのでな。手加減してくれよ、鉄拳のロッド殿」
口ではそう言いながら、挑戦的な笑みを浮かべコンラートもテーブルへ腕を乗せる。そしていつの間にか現れた審判役に互いの手を取られながら、両者は決闘さながらの気合を漲らせ、開始の合図とほぼ同時に右手に力を込めた。
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キルシュ防衛戦で名を馳せたリーメス二十七将は、例外無く通り名を持っている。これはそれなりに有名な人間ならば珍しいことでは無く、歴史に名を残すような人間ならば通り名を持っているのが当たり前と言えるほどだ。
その理由の一つは、余程独創的な名前でも無い限りは、過去の偉人、下手をすれば同世代の有名人と名が被るためだと言われている。
例えば「巨人」あるいは「白の騎士」と呼ばれるコンラートも、同じリーメス二十七将の一人に「隻眼」あるいは「悲恋の騎士」と呼ばれるコンラード・マラテスタという同じ名の人間が居る。そういった紛らわしい人間同士を区別するために、二つ名で区別する習慣ができたのだ。
「いやー参った。ちょっと酒を奢るつもりが、余計な金が出ちまった」
テーブルの上で残った硬貨を並べ数えながら、心底困った様子でロッドは言った。
「自業自得です。いい加減に、その場の勢いで行動するのは自重してください」
言いながらクロエが視線を向けた先には、台が真っ二つに割れ、足が根元から折れた残骸。少しばかりムキになった、大人気ない男二人の真剣勝負によって破壊された、哀れなテーブルの末路だ。
怪力と馬鹿力で知られる戦士たちの戦いの舞台は、酒場の古びた木製のテーブルでは荷が重かったらしい。一度コンラートが押され、即座に巻き返しを図り、ロッドも負けじと本腰をいれ両者が拮抗した所で、バキッと小気味良い音をたててテーブルは三分割されてしまった。
「かー。可愛くねえ。ミーメに甘える時の万分の一でもいいからよぉ、少しは兄貴分にも愛想を向けてくれよ坊主」
「いつ私が姉さんに甘えましたか?」
千切ったパンを手に持ったまま、射抜くような視線を向けるクロエ。しかし流石は英雄の一人に数えられる男か、それとも単に慣れているのか。ロッドは殺気混じりのそれを気にした風も無く、むしろ「かっかっか」と愉快そうに笑う。
そんなロッドの態度に、クロエは頭痛を耐えるように眉間を押さえる。コンラートはそんな二人のやり取りを見て、何となくではあるがクロエの性格というものが掴めてきたと感じた。
真面目で感情を表に出さないように見えるが、心を許した者が相手ならばその限りでは無い。逆にコンラートに対するような丁寧な対応は、警戒を解いていない表れだろう。
例えそれが怒りや嫌悪だとしても、感情を素直に出している時点で、クロエはロッドという男にそれなりに甘えているのかもしれない。
「失礼だが、兄貴分という事は、二人も義兄弟ということだろうか?」
「私はこんな兄を持った覚えはありません」
「まあミーメが姉だってんなら、俺も兄貴だろうな」
正反対の答えに、ロッドは首を傾げる。
自分は知らないとばかりに首ごと視線を反らすクロエに、ロッドは苦笑しながらも説明してくれた。
「兄弟弟子ってやつだ。まあ俺は三年ほど、殺す気としか思えない扱きを受けただけだがな」
「私は七年ほど共に居ましたが、師よりも姉に教わった事の方が多いですね」
それは果たして兄弟弟子といえるのか。そもそも弟子である三人が、魔女に神官に戦士と一貫性が無い。
その混沌とした弟子たちを鍛えた師の正体は預言者なのだが、それをコンラートが聞けばさらに首を傾げる事となっただろう。
「まあそれは置いといてだ。ドラゴンなんぞに喧嘩売ったってのに、生き残れておめでとさん。あと犠牲になった奴らに、安らかに眠れるようにと祈ってやってくれ。こっちは坊主の役目だな」
ロッドの言葉に、コンラートは今更ながら自分がどれほど無茶をしたのかを自覚した。
ガーゴイル一体でも、並の人間では手に余る怪物なのだ。ドラゴンともなると、例えリザードマンと大差ない大きさだとしても、その戦闘能力は桁違いなレベルに跳ね上がる。
まして中心街に現れたのは、大通りを占拠するほどの巨竜だ。動けなくなった所にトドメをさしたのはコンラートだが、ミーメ・クラインという魔女の大魔術が無ければ、あそこまでドラゴンを追い詰める事すらできなかっただろう。
「そういえば……マリウスさんが亡くなったと」
「ああ。部下を庇ったらしくてな。そっちも虫の息だったんだが、生きてはいたから奴も本望だろうよ」
ロッドがかつて所属していた傭兵団は、名を黒刻傭兵団と言い、フローラと行動を共にしていた事で、ジレントではそれなりに名が知られている。キルシュ防衛戦の終結と同時に解散し、団員の殆どがフローラに誘われジレントへと流れてきていたが、今でも軍人を続けている者は少ない。
キルシュ防衛戦の始まりから終わりまでを戦い続けた傭兵団。あの地獄を生き延びたが故に、平穏な暮らしを求める者が多かったのだろう。
「先の大戦以来ロッド殿の噂は聞かなかったが、ジレントに仕官していたとはな」
「仕官……ねえ」
コンラートの言葉に、ロッドは悩むように眉を寄せる。
「……坊主、俺って兵士なのか?」
「……何で私に聞くんですか」
顔を寄せ合っての内緒話は、騒がしい酒場の中だと言うのにコンラートに丸聴こえだった。
「ロッドさんは荒事専門ですが、一応は外交部の所属ですよ。まあどちらにせよ国に仕えていますから、仕官という表現に間違いはありませんが」
「そうか! いやー、隠密って外交に含まれるんだな」
「厳密には外交部の下部組織として諜報局があるだけで、実質的には大統領が直轄する組織のはずです。あと堂々と隠密と名乗るな」
呆れたように説明をしつつも、最後には丁寧な口調も捨てて注意するクロエに、コンラートはこみ上げる笑みを隠すために陶器のカップへと口をつけた。
ロッドは先ほどクロエに可愛げが無いと言っていたが、なかなかどうして愛らしい。恐らくロッドも、半ばわざとクロエに注意されるような態度をとっているのだろう。
「しかし……こちらはあまり昨日の事件は気にしていないようだな」
酒場で騒ぐ客たちを見て、コンラートはどこか複雑な思いでこぼした。
「ああ、良くも悪くも、中心街と外街は別の街だって事だ。貴族が居ないから、ジレントは身分の区切りの薄い国だとは言われてるがな、実際は魔術の才能と頭の出来で区切られちまってる」
「魔術はともかく、学力で区別するのは合理的だと思いますが」
「坊主みたいにお勉強ができる奴はそう思うだろうよ」
どこかからかうようなロッドの言い方に、クロエは納得いかないのか胡乱な目を向ける。
「……貧乏人には学問を修める暇も金も無いだろうな」
しかし反論は思わぬところから来た。髭を撫でながら、どこかしみじみとした様子で言うコンラート。それにクロエは驚いたように、ロッドは面白そうに視線を向ける。
「何だ、アンタも似たような経験ありか?」
「特別学ぼうとしたわけでは無いがな、学ぶ暇や場所が無かったのも確かだ。ジレントでは無料で子供を学校に通わせる事ができるそうだが、それでも大学に行くには足りないのではないか?」
「ご名答」
コンラートの言葉が余程我が意を得ていたのか、ロッドは嬉しそうに両手を叩いてみせる。
「生まれってのはそう簡単には覆せねえもんなのさ。貴族が幅利かせてる大国で、成り上がったアンタに言うと説得力が無いかもしれねえがな」
「いや、己が運が良かった事は自覚している」
ドルクフォード王に拾われた事。ヘルドルフ家に迎えられた事。そして騎士に抜擢された事。
無論コンラート自身の努力と力が認められた部分もあるだろうが、それでも運が良かったのは間違い無い。この広い世界で、埋もれていく才能など掃いて捨てるほど居るのだから。
「それに陛下や殿下たちを見ていると思うのだ。生まれながらに生き方を決められるのは、さぞ不自由だろうと。人の上に立つ事を望まずとも、あるいはそのための能力が無かろうとも、泣き言を漏らして逃げる事は許されない。
幸い俺の知る方々は優秀な御仁ばかりだが、もしそうでない人間が地位ある立場を継がねばならないとすれば、それは本人にとっても周囲にとっても不幸な事だろう」
「王侯貴族がそんな殊勝な考え方するかねえ。キルシュだって、元はローランドの愚王にキレた、甥だか叔父だかがぶっ建てた国だ。無能が上に立てば、下に居る奴らが何とかしようとするもんだ」
最悪無能なら引き摺り下ろされる。そう告げるロッドに、コンラートは思い当たる事があり渋面を作った。
「ま、おまえさんもこの街に居る内に身の振り方を決めるこった。近々ピザン国内で一騒
動起きるぜ。大陸の端っこまで行ってたら、いざって時に間に合わねえぞ」
言外にアルバスへ行くなと告げるロッド。それにコンラートは訝しげに眉をひそめ、クロエは不機嫌そうに目を細める。
「私の仕事の邪魔をするな。機密情報を漏らすな。どちらからつっこむべきでしょうか?」
「坊主もコンラートを案内してる所じゃなくなるぞ」
「何をどこまで知っているのですか貴方はッ!?」
「ハッハッハ。んなもん言えるわけねえだろ」
掴みかからん勢いで詰め寄るクロエを、ロッドは豪快に笑って片手で制する。
そんなロッドにコンラートは呆れながらも、助言をくれたことに感謝し、何も言わず静かに頭を下げた。
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「だから、菓子作りは計量が命だというのに、何で大雑把に砂糖をぶち込むんだおまえは?」
「砂糖くらい大雑把でいいじゃない。それ以外はなるべくレシピ見て量ったし、何より美味しいんだから問題ないでしょ?」
「この砂糖をそのまま固めたみたいなクッキーのどこが美味いんだ?」
「アハハ、本当に字の通りの砂糖菓子みたいだねそれ」
クロエが眉間に皺を寄せながら問い、レインが目を泳がせながらも反論し、カイザーが笑いながら言うのを、コンラートは居心地の悪さを感じながら眺めていた。
司教殿と王弟殿下がこれまでの印象と違いすぎるのは、彼らの年齢を考えれば戸惑いよりもむしろ納得する思いが強いので良い。しかしこの若者三人と自分が、何故宿の一室で同じテーブルを囲んでいるのか。
どうしたものかと同じくテーブルに着くティアへ視線を向ければ、彼女は三人のやり取りを微笑ましそうに見守っており、完全に保護者兼傍観者の立場を貫くつもりらしい。もっともその外見は二十代前半にしか見えないため、三人に混じってもあまり違和感は無さそうなのだが。
「コンラートさんはどうですか? 美味しいですよね?」
しかしこの場で一番浮いている存在に、レインは当たり前のように……むしろ縋るように話題をふってくる。
聞かれたのは彼女の作ったクッキーの感想だろう。確かにテーブルの上は、皿に盛り付けられた、少々歪な形のクッキーが占拠している。しかし場の状況を受け入れるのに神経を使っていたコンラートは、それに手を伸ばす余裕など無かった。
クロエの言葉を信じるならば食べたくは無いが、拗ねたような上目遣いで「食え」と訴える少女を無視する事もできない。部屋中の視線が集まる中、コンラートは無言で楕円に歪んだクッキーを一つ摘むと、じっくりと味わうように咀嚼した。
「……」
言葉にできない。
見た目は何の変哲も無いクッキーは、その実一部の人間に対する兵器であったらしい。少なくともコンラートの味覚に依る判断を下すならば、先ほどのクロエの言葉を全力で支持する事になるだろう。果たして自分の舌は再起可能なのかと、本気で心配になってくる甘さだ。
「……濃いコーヒーに合いそうだな」
「大人ですねコンラートさん」
少女を傷つけまいと、精一杯に気遣った評価は、即座にクロエに見抜かれた。
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「さて、今更ではあるけど、久しぶりだねコンラート」
「ハッ。カイザー殿下もご健勝でなにより」
子供三人によるクッキー談義も一段落し、ようやく場の空気が落ち着いたところで、カイザーは改めてコンラートへ向き直ると微笑みながら言った。それにコンラートも応えると、椅子に腰かけたまま、頭をテーブルに着きそうなほど深く下げる。
本来ならば、椅子から降りて跪きたい所なのだが、先ほどまでのお茶会のような雰囲気が残っていたため、そこまですると場が白けそうだった。そのためコンラートとしては最大限譲歩し、椅子に座ったまま礼をしたのだが、カイザーはそれでもまだ不満であったらしい。気だるそうに椅子の上で体を傾け、どこか呆れたような視線をコンラートへと向ける。
「そこまで硬くならなくても良いよ。僕は出奔したも同然の身だし、コンラートも既にピザンの騎士じゃ無い。ただの子供にそこまで気を遣わなくてもいいだろう」
「お言葉ですが、私が騎士で無くともピザンへの忠誠は変わりませぬし、例え出奔しようとも、カイザー殿下がピザン王家の血に連なるお方である事実もまた変わりませぬ」
「まったくもってその通り。丸め込まれてはくれないか」
降参するように両手を上げるカイザー。しかしその顔には、何とも内心を読みがたい笑顔が浮かんでいる。
そのカイザーの様子に、コンラートは王弟に対する評価を改める必要があると感じた。
人伝に聞き、自身が見た限りでは、幼いながらも隙の無い、良く言えば大人びた人柄だと思っていた。しかし今目の前に居る少年は、年齢相応以上に幼く、しかし油断ならない狡猾さを感じさせる。
そのアンバランスさは、幼き頃の第二王子ヴィルヘルムを思い起こさせる。それにカイザーの頭の名はヴィルヘルム。命名者は、両者の性質を予見していたのだろうか。
「しかし……忠誠ね。じゃあもしゾフィー姉様じゃ無くて、兄上がもう一度仕えてくれと言ったら、コンラートはピザンに戻るの?」
「その時は喜んで陛下の下へと参りましょう」
「……なるほど。話に聞いた以上の義理堅さのお人好しだね」
皮肉にも聞こえる言葉は、どこか嬉しそうな声色で放たれた。しかしそれでもまだ納得いかないものがあるのか、カイザーは尚もコンラートを試すような言葉を重ねる。
「騎士の位の剥奪は、多分コンラートが思っている以上に不名誉な事だ。事情を知っている人間なら同情するだろうけど、そうじゃ無い人間はコンラートを騎士になるに値しない人間だと判断する。そんな烙印を、兄上はコンラートに押したんだ。だのに何故兄上を恨まない?」
「騎士の位の剥奪は、陛下の期待に応えきれなかった私の不甲斐無さが招いた事。それに私もまた、陛下が何故そこまでお怒りになったのか事情を知りませぬ。恨むべきは、本当に陛下であるのか……」
「そうだね。事の元凶は僕だ」
そう言ったカイザーの声は、悔恨か後悔か、どこか沈んだ色が見えた。しかしそれでも、カイザーは視線を反らさずコンラートの言葉を待っている。
「……私はあの時ティアに負けました。故に殿下を追う事はしなかった」
「そうだね」
「しかし、殿下が私をこの場に招かれたという事は、お話しするつもりだと判断してよろしいのでしょうか?」
「うん。僕も全ての理由を知っているわけじゃ無いけれど、コンラートは信用できそうだし、何よりもう巻き込んだも同然だからね」
そう自嘲するように言うと、カイザーは順番に眺めるように、視線をクロエとレインに向ける。それだけで二人は察したらしく、無言で席を立つと部屋の外へと出て行った。
バタンとドアの閉まる音がして、室内の空気が変わる。カイザーの顔にも、先ほどまでのような子供らしさは無く、引き締まった顔は凛々しさすら感じられた。
「さて。事の始まりは、何故僕が国を出なければならなかったか。その理由は、ある時突然、前触れも無く、兄上がある事に気付いた事に端を発する」
「ある事?」
「そう。十四年前。厳密には十五年前かな。その頃の事を当然僕は知らないけれど、コンラートにとっては色々と印象深い頃だね。リカム帝国と連合三国、及び大陸中から集まった義勇兵たちの戦い。戦場がキルシュ王国に限定されていたとはいえ、参加した人間だけ見れば正に大陸を巻き込んだ大戦だった。
そんな戦争が終わってしばらくしてから、僕は先代であるブルーノ王の妃エリスの子として生を受けた」
「はい。終戦と同じ年の生まれであるために、その象徴として国中から祝福を受けたと記憶しております」
終戦の際のお祭り騒ぎも、コンラートには見たことも無い規模であったが、カイザーの生まれた時はそれすらも越えていた。
街に出れば誰もが王弟の誕生について話し、それにあやかろうとしたのか、多くの親が自らの子にカイザーに因んだ名をつけた。王都の店は王弟の誕生を記念して商品の値を割り引くか、あるいは王弟の名を冠した商品を作り出し、商魂逞しい様子を見せていた。
当事を思い出し、コンラートは自然と口元に笑みが浮かぶ。カイザーもまた笑みを浮かべたが、その笑みにコンラートは何か違和感を覚えた。
「終戦を前に、ブルーノ王は亡くなったよね?」
「はい。そのためにドルクフォード陛下は、戦中でありながら王都に戻らざるをえませんでした故、よく覚えております」
「ブルーノ王は突然死んだわけじゃ無い。数年前から体調を悪くして、亡くなる一年前には病床についていたんだ」
「はい。故に王子であったドルクフォード陛下自らが、キルシュへ諸侯と共に出陣いたしました」
「そこまで聞いて、コンラートは本当に気付かないの?」
そう言うカイザーの顔には、相変わらず笑みが浮かんでいる。しかし何故だろうか、その笑顔がどこか無理しているような、泣いているような風に見えるのは。
それに先ほどからカイザーは、一度もブルーノを父と呼んでいない。まるで生まれる前に死んだ王は、自らの父で無いというように。
そして次に放たれた言葉に、コンラートは思考を止めた。
聞かされた言葉には、怒りか恨みか悲しみか、様々な負の感情を煮詰めたような、聞く者の心胆を寒からしめる悪意があった。
「死に損ないの爺に、母上を孕ませる元気があったと思う?」