※この小説は小説家になろうとノベルアップ+にも投稿しています。
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炎は天を焦がさんばかりに立ち上っていた。
異形のものどもは己の存在を誇示する様に咆哮を上げていた。
「飛竜が二匹……か。残りの兵士と魔物はどうとでもなるだろうが、空から竜に襲われるのは勘弁して欲しいもんだな」
幾度も破壊槌や投石器の攻撃を防ぎ、原型を留めぬほどに崩れ役割を果たせなくなった頼りない城壁を背に、赤毛の騎士は内心を隠すように軽い調子で呟いた。
敵に魔術師は居ない。居たのならば、この城はとうの昔に陥落していただろう。奴らときたら、人が攻城兵器を苦労しながら組み立てている間に、ちょっと呪文を唱えただけで壁の一つや二つ吹き飛ばしてしまうのだから。
「そろそろ突破しましょうか」
騎士がこの絶体絶命の状況をどう切り抜けようかと考えていると、隣からそれが決定事項であるかのように語りかけてくる声があった。
振り返ったそこには、白い衣装に身を包んだ神官らしき者が居た。衣装ばかりか髪まで白いが、その容姿は老人のものでは無くむしろ若すぎるほどで、戦場に似つかわしいとはとても言えない風貌だった。
「あのな巫女様よ。あんたにはあの馬鹿みたいに並んで棒立ちしてる野郎どもと、洗濯もんみたいにヒラヒラ飛び回ってる爬虫類が見えないのか?」
「今は見えますが? 私が以前は盲目だった事をお話しましたっけ?」
遠回しに「おまえは馬鹿か?」と聞いたのに、瞳を丸くした相手から返ってきたのはズレた答え。それを聞いて騎士は吐息を漏らし、遅れて胸の奥から不快感と怒りがこみ上げてきた。
こんな年齢不相応に内面の幼い子供を、戦場に連れて来てしまった事に。力があるとは言え、こんな子供を頼らなければならないほど追い詰められた、不甲斐無い大人(自分)たちに。
「大丈夫ですよ」
大きな手で顔を覆い俯いていた騎士に、巫女は先程よりやわらかい声で、微笑みながら言って見せる。
その顔は間近に迫った死の恐れは無く、むしろ見るものを安堵させる聖母の笑みのようだった。
「兵はあなたが何とかしてくれるのでしょう? なら私とあなたの二人なら、この包囲を突破できない道理はない」
それは自信に満ち、聞くものにも確信を持たせる不思議な声だった。
その声を聞き騎士はしばし呆然とした後、一番性質の悪いのは目の前の巫女だと気付き苦笑した。もしこの巫女が死ねと命じれば、自分はそれが正しいのだと妄信して首を切るかもしれない。
それほどまでに、巫女の言葉には力があった。
「巫女様の言いようでは竜を何とかする術があるようで。俺は兵士だけ蹴散らせば良いのか?」
「ええ。あなたに渡したのは騎士の剣。あなたが高潔にして公正なる騎士である限り、その身は折れることも欠ける事も無いでしょう」
その言葉を聞き、騎士は自らの剣をためつすがめつ立ち上がった。
巫女の言葉を全て信じたわけでは無い。信じてなどやるものか。ただ本当にこの巫女が自分たちに勝利をもたらす女神なのだとしたら、この程度の奇跡起こしてくれなくては困る。そんな言い訳をしながら、騎士は巫女を信じるために剣を握った。
「ならば俺はおまえの先を駆け、立ちふさがるもの全てを斬り捨てよう。この背をゆるりと追って来い」
「ええ。頼みますクリストファー」
自らの名を呼ぶ巫女の声に押されるように、騎士は走り出す。
後ろに気はとめない。あれほど自信満々ならば、自分の身くらい守ってくれなくては困る。故にただ前のみ目指して駆け抜け、障害を排除するのみ。
まず最初に立ちはだかったのは、豚のような顔をしたオークの兵士。鈍重な動きで剣を振り上げるオークの首を、赤い騎士は一切の容赦なく切り裂いた。