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No.16894の一覧
[0] 隔離都市物語(完結)[BA-2](2010/07/10 14:34)
[1] 01 ある勇者の独白[BA-2](2010/03/02 23:23)
[2] 02 とある勇者の転落[BA-2](2010/02/28 20:44)
[3] 03 隔離都市[BA-2](2010/03/16 20:54)
[4] 04 初見殺しと初戦闘[BA-2](2010/03/08 22:41)
[5] 05 過去の過ち[BA-2](2010/03/16 20:55)
[6] 06 道化が来たりて[BA-2](2010/03/28 22:23)
[7] 07 小さき者の生き様[BA-2](2010/04/15 16:09)
[8] 08 見えざる敵[BA-2](2010/04/20 15:46)
[9] 09 撤退戦[BA-2](2010/04/20 15:52)
[10] 10 姫の初恋[BA-2](2010/05/09 17:48)
[11] 11 姫様達の休日[BA-2](2010/05/09 17:53)
[12] 12 獅子の男達[BA-2](2010/05/09 18:01)
[13] 13 戦友[BA-2](2010/05/26 22:45)
[14] 14 形見[BA-2](2010/05/26 23:01)
[15] 15 王達の思惑[BA-2](2010/06/16 08:08)
[16] 16 マケィベント戦記[BA-2](2010/06/16 08:09)
[17] 17 名声と弊害[BA-2](2010/06/16 08:10)
[18] 18 連戦[BA-2](2010/06/12 16:12)
[19] 19 まおーと勇者[BA-2](2010/06/15 18:33)
[20] 20 自称平和な日々[BA-2](2010/06/18 23:45)
[21] 21 深遠の決闘[BA-2](2010/06/23 23:24)
[22] 22 最後の特訓[BA-2](2010/06/26 12:14)
[23] 23 故郷への帰還[BA-2](2010/06/27 22:44)
[24] 24 滅びの王都[BA-2](2010/06/29 20:34)
[25] 25 これがいわゆる"終わりの始まり"[BA-2](2010/07/01 19:18)
[26] 26 決着[BA-2](2010/07/03 20:59)
[27] 27 勇者シーザー最期の戦い[BA-2](2010/07/06 18:37)
[28] エピローグ[BA-2](2010/07/10 14:33)
[29] 魔王召喚したら代理が出て来たけど「コレ」に頼んで本当に大丈夫だろうか[BA-2](2018/04/02 23:28)
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[16894] 08 見えざる敵
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/04/20 15:46
隔離都市物語

08

見えざる敵


≪勇者シーザー≫

薄暗い坑道を、等間隔に吊るされたカンテラが照らし出す。

……良く考えればおかしな話だ。

工夫も居ない坑道に、明かりを灯し続ける油が供給される訳も無く。


「これも、私のためだけに用意された配慮だというのか……」


ありがたい事だがそれ以上に重い。

僅かな縁があっただけの私に対して、坑道を一つ潰して訓練の場を用意して頂いている。

だと言うのにそれに報いる物を私は何一つ持っていない。

ただただ恩を重ねるだけなのだ。


手違い、不運、思惑。

様々な状況が重なったがゆえの配慮であろう事は疑う余地も無いが、

王のあの戦いを見て思う。

……こんな事をする必要は、本来この世界には無いのだと。


「恩を返そうにも、私に出来るのは戦う事だけだ」


だが、それすらも私本来の目的、魔王ラスボス打倒と祖国解放の為に必要な事に過ぎない。

あの一時の野犬の群れとの戦い……とも呼べない邂逅だけでは、

借りを返すどころか逆に恩が重なるばかり。

……今の私に出来る事と言えば、


「やはり、ブルー殿……この国の騎士殿を無事に送り返す事か」


そもそも彼自身が私の訓練の為に遣わされた人物なのだが、

この状況下だ。救い出せれば少しは借りも返せるだろう。

……そう思いたい。


……。


「そういえば巨大ミミズが出ると聞いていたが……」

「グオオオオオオオオオオオッ!」


そうとも思わねば、

この……私の身長ほどもある巨大な……、

恐ろしい声で何故か吼える……その……。



「こんな巨大ゴキブリが出るとは聞いていないのだが!?」

「「「「「グアオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」



黒い悪魔の大群と戦う勇気が、湧いて来ないのだ……!

神よ。

私を救い給え、とは言わない。

……せめて勇気を!

このまま彼の黒い悪魔に斬りかかる勇気を私に!

あんなのにじっと睨みつけられていると気が狂いそうだ……!


「うむ、頑張ってたもれ?」

「うおおおおおおおおおっ!」


必死に己を叱咤し、眼前に迫る巨大で油っぽいガサガサと動く何かに斬りかかる。

……首が飛ぶ。そして、


「ま、まだ動いているっ!?」

「シーザー、それより上だ」


「上!?」

「シギャアアアアッ!」


坑道の天井から落ちてくる。

沢山落ちてくる。

私の頭目掛けて落ちてくる。

腹を見せながら落ちてくる。

テカテカと、光っている。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「うむ。見事なローリングだな」


間一髪……間一髪で回避する。

落ちてきたそれはひっくり返って足をバタバタと動かし、

そしてクルリと回転し、ほこりを払うかのように翅を高速で動かした。

……見ているだけで吐き気がする。


「どうすればいい……どうすればこの場を切り抜けられる?」

「わらわなら火を使うな」


火?火か。

しかし腰に下げたカンテラから火種を取り出している暇は無い。

……どうすれば。


「あー、全く見ていられんわ。良いか?一度しか言わんぞ?"火球"だ……炎で敵を焼き払うのだ!」

「そうか!」


天啓の如く響いた声に従うままに、後ろにステップして両手を組み上げ、詠唱。

そして先日教わったばかりの魔法を、放つ!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「「「「「「グオオオオオオオオオッ!?」」」」」」


鼻をつまみたくなる様な焦げ臭さを残したものの、

黒き悪魔どもは蜘蛛の子を散らしたように一目散に散っていく。

……ふう、どうやら一息つけそう、


「残心だ。まだ来るぞ、わらわの期待に応えてたもれ?」

「……!?」


と、考えたのが間違いだったか。

はっとして周囲を注意深く見渡すと、敵は周囲に散っただけで遠巻きにこちらを伺っている!


「ならばっ!」

「……ちょ!?待ってたもれ!」


周囲の潜めそうな場所に"火球"をばら撒く。

自分の周囲を含め周囲は炎に包まれたが、

こちらを遠巻きにしていた黒い悪魔どもは流石に逃げ去ってくれた。

これは好機!


「このまま突っ切る!」

「ふむ。まあまあだと言っておこうぞ。一時は自分を焼く気かと思ったがな」


熱にやられたのか少しばかり頭痛がするが、気合を入れ直すと一気にその場を走り去る。

時間の制限がある以上わざわざ全てを相手にする必要は無い。

……出来るだけ広い道を選んで走り続ける。


「意味はあるのか?」

「無論!」


意味は無論あった。

荷車、これが今回の鍵となる。


「荷車があるということは、当然それを運べるだけの広い通路沿いにあるはず」

「うむ、その通りだな」


しかも、あの場所まで持っていけるとしたら、

当然あの部屋に通じる通路で、一度も狭くならない場所に無ければならない。

……もしかしたら、道を広げる作業なども考えられていたのかも知れないがこの緊急時、

まずは可能性の高い方を優先する!

そして走る事暫し……。


「当たりだ!見つけたぞ!」

「ふむ。予想以上に早いな……だが」


視線の先には一台の荷車。

恐らく暫くの間放置されていたのだろう、埃が積もったそれを軽く叩いた。


「これを持っていけば良いのか」

「持っていければな」


そして荷車に手をかけ、押そうとして……止まる。

何か良く判らない不安を感じ周囲を見渡すが特に何がある訳ではない。

今一度荷車に手をかける。

……車輪が外れ軸が折れた。


「古すぎたのか?」

「埃が厚く積もるほど放置されていたのだから当然だな」


これが不安の正体か。

成る程、これほどボロボロでは使い物にならない。

私はその荷車を置いて走り出した。


「ならば、他を当たるのみ!」

「おい、急ぎ過ぎではないか!?」


こんな時にとは思うが、

軸まで壊れてしまったのでは、直すより別な物を探した方が早い。

しかし壊れた罠の荷車まであるのでは時間が幾らあっても……。

……炸裂音!?


「ギャアアアアアッ!」

「っ!?」

「ふう。巨大ミミズ、とは言っても実質は人食いミミズだ……慌てるからそうなる」


まるでこちらの緊張の糸が切れるのを待っていたかのように、

側面の壁を食い破り現れ、私の体に絡みつく巨大ミミズ。

……口にあたる器官を開けてこちらを丸呑みにしようとするその姿はミミズと言うよりまるで蛇だ。

体に力を入れても殆ど動けもしない。

くっ、このままでは……!


「体で動く場所は……片腕だけか!?」

「これは蘇生準備か?余り手間はかけないでたもれよ?」


剣を振るうも、体を締め付ける巨大ミミズにはあまり効果が無い様子だ。

火球を使えれば良いのだが、生憎片腕は腹の辺りに埋まっている。

締め付けから逃れようにもしっかりと押さえつけられていて指先がようやく動かせる程度。

そして、鎌首がもたげられ口に当たる器官が大きく広がって……、

いや、待てよ?


「その瞬間こそ、好機っっ!」

「なんだと!?」


私を頭から飲み込もうと襲い掛かってきた瞬間を狙って剣を突き出す。

狙うは開かれた口!

そんな知恵があるかは不明だがこちらを完全に封じたと思い込み無警戒に迫るその口元に、

相手の向かってくる力をも利用して剣を突き刺す!


「!?」

「自分の力で体を貫かれた気分はどうだ!?」

「あえて喉とは言わんのだな……まあ、喉など無いとは思うが」


のた打ち回る巨大ミミズ。

そのまま私を締め付けていた体を緩め、自分の空けた穴の奥へと逃げ去ろうとする。

だがそれは早計だったな。

そのまま行かせてやる訳には行かないのだ。

私の両腕を自由にした事を悔やむが良い!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「グギュアアアアアアッ!?」


狭い所ならこの炎は効くだろう!?

怒涛の勢いで狭い穴を蹂躙する火の玉。

まず凄まじい振動が起き、

そして暫くして今度は不気味なほどの静寂が広がる。


「ふむ。良くあの状況を覆したな」

「……まだだ!」


だが、私はその焼け焦げた穴の奥から原始的な殺気のようなものを感じ取った。

まだだ、まだ生きている。

生きて、こちらに反撃する機会を伺っている!

ならば!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「……!?」


焼け焦げた穴を照らし出しながら進む火の球。

それは穴の奥で息を潜める満身創痍の敵を捉え、紅蓮の炎で焼き尽くす。

断末魔の絶叫が周囲に響き渡り、今度こそ本物の静寂が周囲を包んだのである。


……私の、勝ちだ!


「はぁ、はぁ、はぁ……っ、頭痛が……」

「魔力の使いすぎだ。幾ら適正のある一族とは言え無理がたたったな。これを飲むがよい」


安堵感と共に、無理が祟ったのか頭に激痛が走る。

意識が飛びかける中、手渡されたのは一瓶の薬……いや、酒か?


「それを飲むが良い。普通の人間の場合、魔力は自然回復しないようになってしまったからな」

「回復薬?あ、ありがとう御座います……しかし、貴方は一体?」


そういえば、先ほどからこちらを追走してきたり助言をくれたりしていたが、

この声の主は一体誰なのだろう?

何処かで聞いたような気もするのだが……。


「誰でも良かろう。わらわの正体など」


しかし、それを確認する余裕は無かった。

意識が朦朧として視界が定まらない。

眠いとか眠くないとかそう言う問題ですらない。

今にも自分が霧散してしまいそうな不思議で不安な感覚が全身を覆う。


「ふむ、倒れる前に飲んでおけ。ここで寝たらそのまま目覚めん。いずれは死ぬぞ?」

「う、うぐっ……」


不審に思う余裕も無く、必死の思いでビンの栓を開けて飲み干す。

すると眠気は酷くなったが頭痛は消え、

何か峠を越したようなゆったりとした倦怠感に包まれた。


「まあ、暫く敵が来ないよう人払いはしておくぞ?さて、わらわは忙しいゆえここまでだ。頑張れよ」

「は、はい……かたじけない」


私は力尽きてドサリとその場に崩れ落ちる。

そして巨大ミミズを片付ける余裕すらないまま、

うつ伏せに倒れそのまま眠りに落ちていった。


「……まったく、クレアの為とは言えこの男も災難だな。どれ、ミミズの死体は片付けてやるか」


完全に意識が落ちる前、

私の焦点の定まらぬ瞳に写ったもの、

それは。


(……アルカナ君?)


アルカナ君を大きくしたような、

そして何処かで会った事がある気がする、一人の女性の姿であった。


「そうそう、後一つ」


何故彼女が私を助けてくれたのかは判らない。

なんと言っているのかも判らない。


「わらわの妹どもと、今後とも仲良くしてたもれよ?大事な家族なのでな」


だがただ一つ確実な事がある。

私が助かった事実。

それだけは間違いない。

その絶対的な安堵感の下、私は意識を手放したのである……。


……。


一体どれだけの時間が経ったろう。

私の眠りを妨げたのは敵の刃でも時の経過でもなく、体を這う何かの感覚。


「……虫?蟻の行列か……蟻の行列!?」


思わず体を起こすと、体の上を並んで進んでいた蟻達が一斉に逃げ出し、

そして私から少しだけ離れた場所で行列を作っていく。

何かを咥えながら蟻達は歩いているようだった。

そう、何かを咥えながらだ。


「……ならば近くに食べ物。それも長期間放置されたもので無いもの……がある可能性が高いな」


そっと壁を撫でる。

長らく放置されていたような汚れ具合。

果たして蟻達がそれだけ長い間放置されていた食料を見逃すだろうか?

私はそうは思わない。


「お前らはそんな間抜けではない。お前ら自身もそう思うだろう?」


普通なら無意味な問いかけ。

だが……少なくとも、私の故郷の蟻と言う生き物は、

人の言葉に反応してこっちを一斉に向いたりはしなかったと記憶している。

あまつさえ、こっちに向かって手を振る奴や、それを叱りつける奴まで居るのだ。

少なくとも人間の子供並の知能のある個体が存在するのは間違いない。


「だと、したらだ……」


続く行列を遡って歩く。

何故ならその先にあるはずなのだ。

物資の供給先が。

そして、これが元々私の訓練の一環だった事を考えると……、


「あった……」


その行列の始まりにそれはあった。

明らかに不自然に放置された一台の荷車。

周囲にはおあつらえ向きに、

採掘中に出来たと思われる岩がまるで障害物のように散乱している。


……あからさまな罠。

この状況でまだ訓練が続いているとは思えないがここでブルー殿の言葉を思い出した。

そして、まだ出て来て居ない敵対者の事を。


「賊が居るという話だったが……気配くらい消さないのか?」

「ちっ!」

「「「「同じ事だ、やっちまえ!」」」」


かまをかけると周囲の遮蔽物からゾロゾロと賊が現れる。

ここで思うのは、敵ながら考えが足りないと言う事。

まあ、これで全員では無く伏兵が居るという可能性もあるが、

少なくとも敵が居る事がハッキリするだけでこちらとしては対策が立て易い。


「アラヘンの騎士!シーザー、参る!」


ここ暫くの迷宮生活で身に付いた知恵……決して後ろだけは取らせない位置取りを心がけ、

敵と己自身に対し、高らかと名乗りを上げた。


「へっ!英雄気取りの騎士様か!?」

「地の底を這う俺達を舐めんじゃねえぞオラ!」

「「「久しぶりに肉が食えるぜっ!」」」


敵の数は5。

それが我先にと突き進んでくる。

大局を見る戦略も、その場を支配する為の戦術も無し。

……今までに無い、迂闊さだ!


「はああああああっ!」

「ぐあっ!?」


裂帛の気合と共に一人目を袈裟懸けに切り伏せ、


「とぁあああああっ!」

「ぐふっ!」


返す刃を振り上げてもう一人を真っ二つにする。


「「「ひいいいいいっ!?」」」

「まだやるか……?」


残る三名はその場で固まった。

ここで全員一斉に切りかかられていたら多少厄介だったが、

やはりただの賊徒。

折角の優位を生かす事も出来ず、ただ無駄に立ち呆けている。


「下がるか斬られるか、好きな方を選べ!」


切っ先を揺らすように突きつけ、最後の決断を迫る。

……従うか抗うか。

どんな結果になろうと、この連中に負ける気はしない。


だが小さな確信があった。

先ほど最初に斬った男は装備が少しばかり豪華だった。

もし、あれが頭なら既に彼らに戦意は残されていないだろうと。


「あ、や、その……スイマセンしたーっ!」

「アニキいいいい一っ!」

「もうこねぇよーーーーーーっ!」


そして、その予感どおり、賊徒達は思い思いに逃げ出していく。

……私は周囲を見回し、問題が無い事を確認すると荷車に手をかける。

積荷は小麦粉と、砂糖。

湿気の多い所に放置しておけるものではない。

やはりここに配されていた物をあの賊が見つけたのだろう。

……大半の荷物は置いて行く。

何となくあの蟻達に残しておいてやりたい気持ちになっていたし、

どちらにせよ、他に運ぶべき物も多いのだ。


「さて、荷物が濡れないうちに戻らないと……」


周囲を油断無く見回しながら荷車を押していく。

……広めの坑道を進み、坂道を下る。

途中での襲撃があったらと思うと恐ろしかったが、

幸い何に出会う事も無く、

私はあの落ちてきた広間まで戻る事に成功したのである。


……。


「戻ったようだな……その分だと多少は苦労したようだが?」

「ええ……賊に襲われたり巨大ミミズに締め付けられたり。散々でしたよ」


戻るとブルー殿は既に移動準備を終わらせていた。

荷物は比較的高台に集められ、

余った時間で作ったのであろう松葉杖を片手にこちらへ向かって来る。


「荷物を載せるぞ。水の増える勢いは早くなるばかりだ」

「……既に池と化していますね」


恐ろしい事に私達が最初に座っていた地点は既に水に浸かり、

膝丈ほどの深さの池となっていた。

……この僅かの時間でこうならば、果たして上層にあがっても助かるのかどうか。


「心配するな。ある程度の高さが稼げれば地下水脈に水を逃がせる……それまでの辛抱だ」

「地下水脈が近くに?」


「そう。浸水時に完全に水没しないよう、遥か下層の地下水脈に水を逃がす穴があるのだ」

「……けれど、その穴はもっと上層にある、ですね」


ブルー殿は折れた足を引きずり、杖に頼りながら荷車の前に立つ。


「済まないが私は荷を押せる状態ではない……せめて警戒はさせてもらうが」

「ええ。ですが戦える状態でもないでしょう?ブルー殿、敵を見つけたらすぐ後ろに」


「そうでもないさ……これがある」

「弓、ですか?」


松葉杖を脇で支えるようにして番えられた弓。

かなり不安定そうだが本当に大丈夫なのだろうか?

とは言え、そう選択肢は多くないのだが。


「浸水が知れればこの坑道内も大混乱になるだろう。それまでに拠点は確保しておきたい」

「はい」


考えてみれば、もし坂道で襲われたら荷車が落ちていかないようにせねばならない。

私も戦えるかどうかは判らないのだ。

しかもこの大荷物。

食料なども何時手に入るか判らない以上、置いて行って腐らせるのは論外だ。

もし余裕があったら後で乗せきれない事を見越して破棄した砂糖袋も回収せねばならない。

この現状でさえ誰かに見つかったら襲われる可能性は大。

迅速な行動が出来ない以上、出来る限り行動開始を早めねばならない……。


「さて、では行くか……私の後を付いてきてくれ」

「ええ、先導は任せます。ただ、無理はされないように」


こうして、私達の気の休まる暇も無い大移動が始まったのである。

背後では今も水かさが増え続けていた……。


……。


《戦闘モード 坑道内移動戦闘》

勇者シーザー
生命力70%
精神力50%

騎士ブルー
生命力30%(重症)
精神力80%

特記事項
・シーザー、荷車輸送中により行動阻害
・ブルー、片足骨折により移動力激減


ターン1

シーザー達は移動をしている……。


……。


ターン2

移動が続いている。

坂道に入った。

シーザーに状態異常、即応不可!


「意外ときついですね」

「荷車は私が死んでも放さないようにな……一度坂道を下り始めると止められない」


ブルーは警告と共に弓を構える。


「確かこの辺で……居たっ!」

「……ちいっ!」

「天井に潜んで居ただと!?」


存在を看破され、

天井に張り付いていた賊が下りて来る。


「逃さん!」

「ぐはっ!」

「手前ぇええええっ!?」


その降りて来た隙を突き、ブルーの弓が敵の一人を射抜く。

喉を射抜かれた賊はそのまま息絶えた。


……。


ターン3

敵確認!

死刑囚盗賊団
残存11人
士気80%


「けっ!中々やりやがる……だが!動けない荷物持ちに怪我人。俺達の敵じゃねぇ」

「ぐっ!ブルー殿、下がってください!ここは私が……!」

「そうか?」


ブルーは三本の矢を一度に番え、無造作に放った!


「ぐふっ!?」「ざ、ザクッ!?ざくって俺の頭に!」「ぎゃん!?」

「んな馬鹿な!?」

「ブルー・TASの異名、伊達では名乗れん……!」


杖に寄りかかりながら、しかも三本同時射ちにも関らず、

ブルーの射た矢は三人の賊の額を正確に射抜く!

……賊の士気が大幅に下がった。


……。


ターン4

賊の士気が下がり続けている……。

現在の頭らしき男が声を張り上げた!


「おいお前ら!何かを盾にして一気に攻めろ!」

「「「「お、おおおーーーーっ!」」」」


賊の一行は一度後退。坂道の上へ走っていく。


「シーザー!荷車をずり落ちないように壁に密着させろ!戦闘準備だ!」

「判りました!」


シーザーは荷車を壁に寄せ、剣と盾を装備した!

行動阻害、解除!

二人は敵が戻るのを待ち構えている。


……。


ターン5

賊の一行が戻ってきた。

戸板や椅子、壁板などを材料に作られたらしい盾を装備している!


「荷物は頂くぜっ!」

「どうせ死ぬまでここから出られない身だ……せめて好き勝手くらいしても良いじゃねえか!」


「……愚かしい事だ。それでは絶対に恩赦は出んぞ」

「出る事があるのですか?いや、私もそうか……」


賊の一行は上から数個、丸めの岩を落とした。


「くっ、ブルー殿!?」

「シーザー、右の壁に張り付け!私はこのままで良い!」


シーザーは右へ飛んで回避!

ブルーはその場で弓を構えた。


「……残念だが外れだ」

「「「「そんな馬鹿なーーーっ!?」」」」


岩はブルーの脇を通ってそのまま下へ落ちていった。

ブルーの反撃!容赦ない射撃が賊の一行を襲う!


「へぶっ!?」

「ああっ!戸板の隙間から矢が!?」

「ドンだけ運が良いんだコイツは!?」


戸板でできた盾の隙間から侵入した矢が、容赦なく賊の頭に突き刺さる!


「残り、7人」

「奴は怪我人だ!近寄って仕留めるぞ!」


「ブルー殿はやらせん!」

「「お前の相手はこっちだぜ!」」


残存する賊の内5名がブルー、2名がシーザーに向かう。

ブルーは弓を背負い、剣を抜いた!

片腕は松葉杖に取られているので、片腕のみで大上段に剣を構える。


「囲めええええっ!」

「「「「おおおっ!」」」」


「「挟み撃ちだああああっ!」」

「させるかっ!」


シーザーに左右から迫る敵。

シーザーは片方を盾で受け、もう片方を剣で切り払う!


「うぐっ!?」

「ぐっ、手前えええっ!」

「お前達など中途リアル迷宮第一階層の番人にすら劣る!」


更に返す刃で逆側の敵をも斬り捨てた!


「ブルー殿!」

「心配は無用だ。既に終わっている」


ブルーの側に向かった五人は既に討ち取られている。

……シーザー達の勝利だ!


……。


≪勇者シーザー≫

足に怪我をしたままのブルー殿に5人もの敵が向かって行った。

こちら側に迫っていた敵二人を倒した私が急いで駆けつけようとブルー殿のほうを見ると、

既に5名の敵は息絶えている。

ブルー殿自身は、敵の死体の中央に座り込んでいた。


「あの数秒間の間に一体どうやって……」

「私自身が倒したのは一人だけだ」


良く見ると、ブルー殿の剣は前方の一人に突き刺さったままだ。

そして、周囲の四人の体に刺さっていたのは……味方の武器。

ブルー殿は不適に笑って言った。


「一人目に剣を突き刺した所で残り四人が一斉に攻撃してきたのでな。そのまましゃがみ込んだのだ」

「だからってそんな見事に四人とも同士討ち!?そんな馬鹿な……」


驚愕、としか言いようが無い。

恐ろしいのはそれだけの無茶な行動をさも当然のように言ってのける事だ。

あの表情はどう考えても同士討ちを狙ったとしか思えない。

リンカーネイトの騎士とは全員が全員こんな猛者ばかりなのだろうか?


「シーザー。お前はもう少し頭を柔らかく考えた方が良い」

「と、言いますと」


「敵は私を四人で囲んだ。上手く体を動かせば攻撃半径に別な敵をおびき寄せる事も可能だとな」

「あの……確かに理論上不可能ではないですが……」


だが、事実上不可能ではないだろうか?

時間差で切りかかられる可能性もあったろうし、誰かが飛び道具でも持っていたらそれで終わりだ。

第一、普通味方の攻撃が迫っていたら避けようとするだろうし、

四人全員が味方の攻撃に当たる?

そんな都合良く全てが上手く行くわけが……。


「TASとはそう言うものだ。確率がゼロで無ければそれは100%にほぼ等しい」

「なんなのですかそれは……」


その後TASと言うものについて軽く説明してもらったが、さっぱり意味が判らなかった。

良く判らないがとにかく凄まじいものだと言う事は判ったが。

ともかく、危機を乗り越えた私達は上層の階へと向かう。

そして私達の目に飛び込んできたものは……。


「シーザー、あの金網を見てみるといい」

「……下は真っ暗ですね。暗くて何も見えない」


「そう、ここが排水溝……下は地下水脈だ」

「と、言う事は……」


「そうだ。ここまで来ればとりあえず水没する事は無い」

「……ふう……」


背後を振り返ってもまだ水は見えない。

ただ、あの増え方からすると明日にも下の階は水没するのではないかと思う。

だが、どうやら間に合ったようだ。


「そして、この少し上に休憩所が……ああ、確かここだったな」


ブルー殿が懐から取り出した鍵で部屋のドアを開ける。

とりあえず、ここが最初の目的地と言うことだろうか?


「本当なら、ここでシーザーに鍵を探す課題をやって貰う予定だったんだが……」

「そんな事を言っている場合じゃなくなりましたからね」


分厚いドアの向こうには、机と幾つかのドア。

それ以外は何も無い割りに妙に綺麗に掃除してある部屋がそこにはあった。


「さあ、荷物を運び込むか……配置は私がやる。とにかく運び込んでくれ」

「判りました」


ごそごそと持ち込んだ荷物を部屋の中に入れ、

明かりを手持ちのカンテラから部屋備え付けのランプに変える。

最後に用心の為ドアに鍵をかけて、取りあえずの安全な空間を確保した。

ようやく一息をついて椅子に座り込む。


「しかし、まさかこんな事になるとは」

「そうだな」


「そうだ。ブルー殿?ここからの脱出の手筈はどうなっています?」

「……それが、だな」


そして、ブルー殿に今一番気になっていた事を問いただしたのだが、

……何処か歯切れが良くない。


「どうかしたのですか?」

「予定の展開では、知恵をつけるためのパズルを解きながら上に登って行く筈だったのだが」


なにか、問題でもあるのだろうか。

言い辛そうにしながら、それでも決意したかのように口を開いた。


「……あの人はこんな気持ちだったのか……」

「え?」


「いや、何でもない。ところが問題が持ち上がったのだ」

「問題ですか」


「そうだ。上層をある"侵略者"に占拠されてしまったのだよ……シーザーも良く知っているはずだ」

「魔王軍四天王……ヒルジャイアント!」


私が思わず上げた声に合わせ、ブルー殿が首を縦に振る。

なんと言うことだ。

奴等の侵略は着実に進んでいるという事ではないか!


「これは、急がねばなりませんね。しかし、今の私に奴を討ち果たす事など出来るのだろうか?」

「そうだな。急がねばとんでもない事になる。時間が無い……そこでだ」


ブルー殿は私に一枚のメモを手渡してきた。


「パズルの答えだ。実際、謎解きなど魔王ラスボス打倒の役には立たないからな、問題あるまい」

「ありがたい……勝機があるかはわかりませんが最善を尽くします」


感謝の言葉を述べるとブルー殿は何か懐かしい物を見るように目を細め、

今度は首を横に振った。


「無駄死には止せ。シーザーには地上に戻り、あるものを取って来て貰いたいのだ」

「あるもの?」


「アリシア様かアリス様を探して、私の足を治す薬を貰ってきて欲しい」

「成る程。ブルー殿がまともに戦えれば心強い」


「その時現状の報告もして貰えると助かる。そこで増援を呼べればそれが最善だ」

「判りました」


立ち上がり、部屋の外に飛び出そうとする。

だが、そこに待ったの声がかかった。


「シーザーまずは休め。坂道を荷物満載の荷車で延々と押してきたんだぞ?」

「この状況下で休んでいられますか!?」


「……必勝を求められる勇者の割りに無茶な事だ。成る程、傍から見ていれば心配にもなるだろう」

「どういう意味です?」


のんびり休んでいる場合でもあるまい。

それはブルー殿も良く判っている筈ではないか?


「なあ。この世界でアラヘンを救いたいのはシーザーだけだ……判っているだろう?」

「……ええ。あなた方はどうやったってこの世界の住人。そこまで考えて欲しい等と言える訳も無い」


がしり、と肩を掴まれる。


「そうだ。ならば、お前が倒れればお前の世界はお終いだぞ?お前は負けてはいけない」

「しかし、現実は負け続けています」


そう。実際の私は敗北を重ねている。

だからこそ、気持ちだけは負けたく無いと思うのだ。


「……気持ちだけで勝てるなら汚い手を使う奴など居なくなる。いいか?最善を尽くせ」

「最善なら何時も尽くしています!その時に出来る最善を!」


「お前の最善は今の所、その時持っている力をどう使いきるかで終わっているのではないか?」

「全力を尽くす事の何処がいけないのです?」


「闘争とは戦いが始まる前に八割がた決する!準備不足で未知の土地を行くのがお前の最善なのか?」

「……!」


傷ついた体を引き摺って見知らぬ土地を行くのが最善……そんな訳は無い。

いや、しかし敵の存在を地上に知らせるのは早ければ早いほど良い筈だ。

私の個人的な事情で、この世界の危機を放り出して良い物なのか?


「……シーザー。お前の忠誠は故国の王に向いている筈、この世界の事など二の次で良いだろう?」


確かにそうなのかも知れない。

だが……。


「それでこの世界を見捨てるのも勇者としてどうかと思うのです」

「……ならば今すぐ元の世界に戻って玉砕して来い」


取り付く島も無い。

しかし考えてみれば、今の私は故国を取り戻す力を得るために現在の故国を見捨てているも同然。

そんな私にこの世界の事をどうこう言う資格等無いという事なのだろうか?


「……そんな顔をするな。いいか、私は優先順位を間違えるなと言っているだけだ」

「優先順位?」


「勇者らしくありたいと願うお前は目の前の悲劇に過剰に反応しすぎるきらいがある」

「大局を見ろと?しかし、だからと言って手の届く物を見捨てて勇者を名乗れましょうか」


ブルー殿は私の言葉に苦虫を噛み潰したような、それで居て何処か嬉しそうな顔を見せた。

……やはり兄や若い頃の父に似ている……だがこの人はこの世界の住人、父や兄の筈も無い。

そんな感想を私が持つと、彼は先ほどの戦闘で使っていた弓を取り出し私に手渡してきた。


「ならば、全てを正面から叩き潰せるだけの力を持つ事だな……これはその一助となるだろう」

「頂いて宜しいのですか?」


「ああ。我意を通したくば力を持て。力が足りないなら知恵をつけろ。私から言えるのは以上だ」

「……はい」


私は貰った弓を軽く弾く。

一応王国で弓の訓練はしていたし使えない事は無いだろう。

良く見ると矢には油が塗ってある……手段は選ぶな、と言うことだろうか?


「シーザー」

「はい。なんでしょうか」


その時、ブルー殿がまた声をかけてきた。

酷く真剣な声に思わず顔を上げる。


「今まで言ってきた事とは矛盾するがな。お前は手段を選んでいいんだ」

「え?」


「勇者シーザーよ。例え非合理だろうが何だろうが、命を賭して己の意地を貫くという選択肢もある」

「何故そんな事を?」


「さあな。ただ……お前の最大の武器は技でも力でもない。勇者の誇りでもない」

「では、何だというんですか?」


「不屈の魂、折れぬ心さ」

「折れぬ心?」


ブルー殿は笑った。

何処か自嘲気味な笑みだと思う。


「普通、お前の置かれた現状に普通の人間が陥ると自暴自棄になる物らしいぞ?」

「しかし、私は勇者なのです!」


「そう。そこだ」

「そこ……ですか?」


「お前の不屈の志は、勇者と言う肩書きに支えられている」

「そう、なのでしょうか」


ブルー殿は頷く。

そう言えば、私自身も良く"私は勇者だ"と言う物言いをしていたように思う。

もしかしたら、彼の言う様に勇者であるという事が心の支えになっていたのかも知れない。


「……だからお前は真っ直ぐ生きて良い。自分を肯定しきれなくなったら心が折れてしまうからな」

「しかし先ほどの言い分だと、それでは私は近いうちに優先順位を間違え、倒れるのでは?」


そう。彼の物言いは自分で言うように矛盾している。

私の今のあり方では先が長くないと警告しながら、

そうでなければ私は私で居られなくなるから止めておけといっている様に聞こえる。

これはどう言う事だろうか。


「どう言う事だ、って思っただろう?簡単だ。お前の生き様はお前が決めるしかないって事だ」

「……自分らしく生きてのたれ死ぬも、志を曲げて心折れるも私次第。と?」


考えてみれば当たり前だが、

そうなると私は既に詰んでいるのではないだろうか?


「そうだな。で、その場合お前はどうする?」

「……そう、ですね……やはり、勇者としての有り様は捨てられないでしょう」


そうだ。私はアラヘンの騎士にして勇者シーザー。

例え叶わぬ相手だとて戦いもせず無様に逃げ出せるものか。

しかし、それで無駄死にし故国を救う事も出来ず倒れるのが本当に正しい勇者の道なのだろうか?

そう問われると……応えに窮するのもまた事実だ。


「ならば……良いとこ取りするしかないな」

「え?」


ブルー殿は今、何と言ったのか?


「簡単だ。壁にぶつかったら打ち破れば良い。勇者らしく戦っても勝てるならば問題は無い」


簡単に言ってくれる。

それがどれだけ無茶な事かは彼も判っているのではないだろうか?

だが、勇者らしくありながら勝利する為にはそうならざるを得ないのかも知れない。


「それでだ。お前はラスボスの軍勢と出会ったら戦わざるを得ないだろう。心情的にも名誉の為にも」

「当然です」


「唯でさえ力の差がある相手にボロボロのまま向かうのは、名誉ある行いか?理に適っているか?」

「……名誉も勝利も遠ざかる選択、ですね……」


その言葉と共に私は毛布に腰を下ろしていた。

結局ブルー殿が言いたかったのは"何でも良いからまずは休め"と言う事だったのだ。

確かに休む余地があるのに自ら死地に赴いて敗北するのが勇者の行いかと言うと、違うだろう。


まだアラヘンが健在ならば後に続くものが居るのだから無意味ではないだろうが、

今の私に無駄死には許されない。


「一度眠ります……警戒をお願いして宜しいですかブルー殿」

「ああ。早く寝るんだ勇者殿」


目を閉じる。

程なくして睡魔に誘われ、私は眠りへと落ちて行った。


「頑張れよ……お前の行く手には幾多の試練が待ち構えてるのだからな」

「そう、でしょうね。ですが負けません……私は、勇者シーザーなのですから……」


だから、彼の最後の言葉が妙に意味深な事に気付きもしなかったのだ。

もっとも気づいた所でどうしようもない事ではあったのだが。


……。


翌朝、と思しき時間帯。

私が目を覚ますとブルー殿は折れた足の包帯を取り替えている所だった。


「行くのだな?」

「ええ。薬を取ってきたら共に魔王軍退治と参りましょう」


剣を腰に下げ、盾を構える。

背中に弓矢を背負って立ち上がると、一枚の紙が手渡された。


「地図だ。簡単だがお前が寝ているうちに用意しておいた……手書きだが役には立つだろう」

「助かります」


「……後、細かい事だが決して諦めるな。心が折れても無理やり繋ぎなおせ。その事を忘れなければ」

「忘れなければ?」


ブルー殿は不敵に笑う。

そしてある種の確信のような何かと共に檄を飛ばしてくる。


「何時か必ず、魔王ラスボスにその剣が届く日が来るだろう。絶対に!」

「はい!」


最後の激励に礼をもって応え、私は部屋から踏み出す。

内側から鍵がかかったのを確認し、坑道の上層へと歩き出した。


……。


ハシゴに手をかけ登り続け、時には坂道を進み続ける。

……そうして暫く進んでいると、何者かによって殺害されたばかりの賊の遺体を見つけた。


「これは……とうとう来たのか……」


少しだけ嗅ぎなれた獣の匂い。

坑道の坂道の上で、一頭のワーウルフが目を血走らせながら周囲を警戒している。

幸か不幸か先ほど見つけた賊の遺体から発せられる血の匂いのせいで、

私の存在は察知されていないようだ。


「この先に、あのヒルジャイアントが居る」


呟きながら先日の無様な負け戦の事を思い出す。

リンカーネイトの国王陛下が一緒でなかったら、間違いなく殺されていた。

……そして、残念ながらこの短期間で彼の者を超える力を得る事が出来たとはとても思えない。

今戦いを挑めば、ほぼ確実に殺されるであろう。


「だが、だからと言って逃げ出しては……私は一生逃げ回る羽目になる!」

「き、キャイイイイイン!?」


剣を抜き斬りかかろうとすると、見張りだったらしいワーウルフは明後日の方向に逃げていった。

あれではヒルジャイアントに報告も出来ないだろうに……、

まあ細かい事だ。

どちらにせよ、私は正面から突き進むのみ!


……。


「四天王ヒルジャイアント!勝負…………だ?」

「ふははははは!母の仇、弱すぎるのだナ!」

「ぎぃやあああああああっ!お前は人間だって名乗ってたよな!?化け物かよ!?」


……の、筈だったんだが。

何だこれは?


「食らえミサイル!自走砲より主砲発射!更に火炎放射器で汚物は消毒なのだナーーっ!」

「熱い!痛い!反撃の暇がねえええええええっ!魔王様!お助けーーーーーッ!」


まるでこの為にあつらえたかのような巨大な地下空洞に凄まじい爆風と轟音が轟き続け、

ヒルジャイアントのぬめぬめした巨体は無様に天と地を行き来している。


「ミニガン行くのだナ!ガトガトガトガトっ、なのだゾ!」

「畜生おおおおっ!一発一発は大した事無いが攻撃が途切れやしねえええっ!」


「それにしてもしぶといのだナ。レーザーライフルでトドメなのだゾ!」

「ぎゃああああああああああっ!お母ちゃああああああああああん!?」


「お前にも母が居るのカ。私にも居たのだナ……今日こそ敵討ちだゾ!」

「お前の母ちゃん殺したのは少なくとも俺じゃねえよっ!?」


……圧倒的じゃないか。

私の出番など元から無かった、と言うことか?

気負っていた分、落胆が酷い事になっているのだが。


「私はフリージア。シバレリアの冬将軍ジェネラルスノーの一人娘なのだナ!」

「あ、その名前は聞いたことが……いや、違う!俺じゃない!俺じゃないんだっ!」


そう言えばブルー殿の言った幾多の試練とはまさか……。

いや、幾らなんでもそれは無いだろう。

しかしどうしたものか……もうこのまま横を通って上層に上がってしまえば良いのだろうか?

だが、ここでヒルジャイアントが倒されたら私の報告は半ば以上無意味なものの様な気もするが。


「関係ないのだナ!死ねラスボス!」

「いや、待て!そこからして違うんだが!?」


とは言え、ブルー殿の救援は要請せねばならない。

全てが無意味にはならないのが救いか。


ああ、なんと言うか緊張の糸が切れてしまった。

……もういい。とにかく上にあがるか。

あの戦っている女性の目的は敵討ちのようだし邪魔をしても仕方ない……。


「今度こそトドメなのだナ!トドメのロケットラン……ああっ!弾切れなのだな!?」

「何か知らんが、好機!くたばれ、圧し掛かりからの尻尾攻撃!」

「……え?」


そう考え、戦いの邪魔をしないようにと部屋の脇を通り上層へと向かっていた私の後ろから、

何か人影のような物が吹っ飛んでいく。


「ふ、ふ、ふははははは!勝った!何か知らないが勝ったぞ!?」

「い、痛いのだナ……きゅう」


「ま、全く脅かしやがって!あの黒い鎧の男みたいな化け物がそうそう居てたまるかよ!」

「…………(気絶中)」


え?あれだけ優位に戦闘を進めていたのに……負けたのかあの少女は?

シャクトリムシのような格好でうつ伏せに倒れたまま動かないのだが。


「しかし、手強い人間だった……万一の事もあるし復活できないように食ってしまおう」


ヒルジャイアントはずるずると胴体だけの体を引き摺りながら、

気を失って倒れている若い女性の下に向かっていく。

……このままだと……。


「まあ、肉は締まってて美味そうだ。いっただっきまーす!」

「させるかーーーっ!」


彼女が食われてしまう。

そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。

思わず叫び、向こうの注意を引き付けた上で油の付いた矢を岩壁にぶつけて発火させ、弓を引く。


「お前、あの時のへっぽこ勇者!?何時の間にそんな所に!?」

「今度は私が相手だ!四天王ヒルジャイアント!」


あの時点では気付かれていなかったのだから、見知らぬ人など放って置けばよかったのだ。

ここで負けたら私だけではなくブルー殿の生死をも左右するのだから。

……だが、それは出来なかった。


しかしこれで判った。私は何処まで行ってもこうする他無いのだろう。

例え愚かしくとも、目の前の誰かを見捨てる事は出来ない。


「なんだ。今度こそ死にに来たのか?あの黒い野郎は居ないようだが」

「最初から諦める事はしない!」


火矢がヒルジャイアントに突き刺さり、小さく燃え上がって……消えた。


「熱ううっっ!?……だが、その程度か?大した被害じゃないな」

「……ふっ」


「何がおかしい!?」

「いや、今度はダメージを与えられたな、と思ってな」


思わず笑ってしまった。

前回は一瞬で回復してしまうような軽い切り傷を与えるのが精一杯だったが、

今度与えた火傷はどうやら治りが悪いらしい。


「馬鹿な奴め!また押しつぶしてやる!」

「くっ!」


突進してくる巨大な軟体を横っ飛びで辛うじて回避する。

壁にぶち当たったそれはそのまま跳ね返り、また私を狙って転がってきたが、

回避に専念すると今度もまた紙一重でかわす事が出来た。


「避けるのが精一杯か?」

「そうみたいだな」


だが、私の口元はまだ笑っている。


「それにしちゃあ、随分嬉しそうじゃないか。恐怖のあまりとうとう気が触れたか?」

「いや、嬉しいのさ。純粋にな」


そう、先日は初撃を回避する事すら出来なかった。

それに比べればなんと言う進歩か。


「私は進んでいる……一歩一歩でも先に進んでいるのだ!……それが嬉しい」

「ふん。それはいいが、そもそもお前はここで終わりだ!役を終えた役者はさっさと引っ込め!」


私はそれに答えず、無言で弓を引いた。

ここに私の雪辱戦が始まったのである。

無論、勝率は限りなくゼロに近かったのだが。


……視線の先では、先ほどの少女が未だ目を覚まさず倒れていた。

少なくとも、私は彼女が目を覚ますまで粘らねばならない。

彼女を生かして帰す事。それが今回の勝利条件だ!


続く


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