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No.16894の一覧
[0] 隔離都市物語(完結)[BA-2](2010/07/10 14:34)
[1] 01 ある勇者の独白[BA-2](2010/03/02 23:23)
[2] 02 とある勇者の転落[BA-2](2010/02/28 20:44)
[3] 03 隔離都市[BA-2](2010/03/16 20:54)
[4] 04 初見殺しと初戦闘[BA-2](2010/03/08 22:41)
[5] 05 過去の過ち[BA-2](2010/03/16 20:55)
[6] 06 道化が来たりて[BA-2](2010/03/28 22:23)
[7] 07 小さき者の生き様[BA-2](2010/04/15 16:09)
[8] 08 見えざる敵[BA-2](2010/04/20 15:46)
[9] 09 撤退戦[BA-2](2010/04/20 15:52)
[10] 10 姫の初恋[BA-2](2010/05/09 17:48)
[11] 11 姫様達の休日[BA-2](2010/05/09 17:53)
[12] 12 獅子の男達[BA-2](2010/05/09 18:01)
[13] 13 戦友[BA-2](2010/05/26 22:45)
[14] 14 形見[BA-2](2010/05/26 23:01)
[15] 15 王達の思惑[BA-2](2010/06/16 08:08)
[16] 16 マケィベント戦記[BA-2](2010/06/16 08:09)
[17] 17 名声と弊害[BA-2](2010/06/16 08:10)
[18] 18 連戦[BA-2](2010/06/12 16:12)
[19] 19 まおーと勇者[BA-2](2010/06/15 18:33)
[20] 20 自称平和な日々[BA-2](2010/06/18 23:45)
[21] 21 深遠の決闘[BA-2](2010/06/23 23:24)
[22] 22 最後の特訓[BA-2](2010/06/26 12:14)
[23] 23 故郷への帰還[BA-2](2010/06/27 22:44)
[24] 24 滅びの王都[BA-2](2010/06/29 20:34)
[25] 25 これがいわゆる"終わりの始まり"[BA-2](2010/07/01 19:18)
[26] 26 決着[BA-2](2010/07/03 20:59)
[27] 27 勇者シーザー最期の戦い[BA-2](2010/07/06 18:37)
[28] エピローグ[BA-2](2010/07/10 14:33)
[29] 魔王召喚したら代理が出て来たけど「コレ」に頼んで本当に大丈夫だろうか[BA-2](2018/04/02 23:28)
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[16894] 07 小さき者の生き様
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/04/15 16:09
隔離都市物語

07

小さき者の生き様


≪勇者シーザー≫

あの魔王ラスボスの尖兵との戦いより数日。

色々散々な目にもあったが、戦うべき者が現れたことにより私の心はむしろ軽くなっていた。

……私は世界を蹂躙する魔王の軍勢と今も戦い続けている。

決して逃げた訳でもなければ諦めた訳でもない。

不謹慎極まりないが、そう言える事のなんと心強い事か。


それに私の作った地図に値が付いたとクレアさんから連絡が来て、

私は前日に銀貨の詰まった袋を受け取っていた。

それを使って市場に並ぶ迷宮探索用の便利な道具類を一揃い買い集めたが、

買い集めた高品質の品々を見ていると、何処かこの先に進む自信が湧いて来る。

……私は少しづつだが先に進んでいるのだと、この地で得たその品々が教えてくれるのだ。

そう、諦めぬ限り道は決して無くなる事は無い。


例え、リンカーネイトの国王陛下の手によって魔王ラスボスが倒される事になろうとも、

あの方達はこの世界の住人。

祖国アラヘンを救うのは私しか居ないのだから。


「とは言え、何とも遅々として進まぬ道のりである事か」

「まあ、気にしても仕方ないっす。それで多分一通りの道具は揃ったし後はそっちの腕次第っすよ」


「はっ。感謝しますレオ将軍。折角の休暇を買い物に付き合って頂いて助かりましたが……」

「気にしない事っす。そっちは自分等を祖国解放の為に利用する、そして」


「そして、貴殿等は私を魔王ラスボスと戦う尖兵として利用する、そう言う事でしたね?」

「そう言う事っす。気に病むほど一方的な関係ではないって事っすね」


先日、あの地下空洞を守備している息子さんの様子を見に来たというレオ将軍と出会った際、

話の流れで収入が入りそうな旨を話したら、こうして買い物に付き合って頂ける事となったのだ。

コンパスと言う自身の向いている方角のわかる道具や荷物を背負うのに適した背負い鞄など、

見るだけでその有用性が一目瞭然の物から、

貼り付けるだけで細かい傷を止血する事の出来る絆創膏と言う地味だが有効そうな物まで。


「これだけの素晴らしい品物の数々があれば、魔王との戦いも楽になります」

「ああ、そうっすね。ラスボスとの戦いに……いや、むしろこれは迷宮を潜る助けになる物っすよ」


世話になっている宿の"首吊り亭"まで戻ると、

地下の視察も終わったので本国にそろそろ戻らねばならないというレオ将軍に別れを告げた。


「感謝します。私も特訓を重ね、この国の騎士達のような強さを身に付けねばなりませんので」

「……もしその気と実力があるなら迷宮地下四階に詰め所があるからそこで鍛えてもらうと良いっす」


実は今も将軍旗下の精兵の内100名が迷宮地下で魔王ラスボスの軍勢を押しとどめていると言う。

あの大軍勢を僅かな兵で抑え続けるとは尋常ではない実力と胆力の持ち主に違いない。

彼らはまさしく精鋭の中の精鋭なのだろう。

私はその勇気と力を見習わねばと思う。


「……では、いずれ己の力に自信が付いたらその時はお願いします」

「了解。じゃあ話は通しておくっすよ……でも、半端な実力で行ったら命の保証は無いっすからね?」


そんな話をしながら将軍と判れた私は、買い込んだ荷物を抱えながら首吊り亭のドアを開ける。

しかし、何か雰囲気がおかしいような?

良く目を凝らすとそこには、


「アルカナを可愛がるお!可愛がるんだお!」

「何をしているんだアルカナ君……」


テーブル上の木箱に入った文字通りの"箱入り娘"が居た。

自分の入った木箱をバンバンと叩きながら、何処か憮然とした表情で"可愛がれ"を連呼している。

一体どうしたというのか?

ガルガン殿も困り果てているようだし。


「おお、シーザーか。いやアルカナがの……」

「最悪だお!お小遣いを騙し取られたんだお!珍しいカラーひよこなんて嘘っぱちだったお!」

「……一体何が……」


話を聞いてみると、綺麗な色のひよこが売っていたので大量に買って来たのは良いが、

風呂に入れたら全部色が落ちてしまったらしい。


「コタツを探してるお!見つけ次第フルボッコにしてやんお!」

「あの牢人殿か……」

「良くコテツを信じる気になったのうアルカナ……」


「だって"信じてくれ!とらすとみー!"って言ってたんだお!騙されたお!」

「……信じろと他人に自分から言う輩ほど信用ならないものも無いのだが」


しかし、子供からお金を騙し取るとは相変わらず不届きな事だ。

因みに騙されて買ったひよこが何処に居るかと言うと、

木箱にアルカナ君と一緒に数十羽ほど一緒に入っていて、

今もピヨピヨと元気に声を上げている。


「因みにこれ全部普通のひよこだったのらーっ!」

「一体幾ら突っ込んだんじゃ……」

「銀貨12枚、ってこの子は言ってます」


良く見ると店の隅でクレアさんががっくりと肩を落としている。


「どうするのアルカナ?今月のお小遣い殆ど使い切っちゃったんでしょう?」

「だぁおおおおおおおっ!可愛いし転売すれば大儲けだと思ったんだおーーっ!」

「自業自得だの」


……泣き叫ぶアルカナ君と苦笑しながら宥めるクレアさん。

そして頭を抱えるガルガン殿。

さて、私はどうすれば良いのやら。


「しかも一羽だけやたらとデカイんだおっ!」

「その大型犬のような鳥は本当にひよこなのか……」


本当に大きな鳥だ。

確かにひよこのようにも見えるが、明らかに小鳥の大きさではない。

アルカナ君なら背中に乗せて歩けるのではないだろうか?


「でかいお!まるでコケトリスだお!」

「……まるで、って言うか。ねえアルカナ?この子、コケトリスの雛じゃない?」


「こけとりす?コカトリスの間違いでは……?」

「いや、コケトリスで良いんじゃよ」


因みにコカトリスとは伝説に名高い鳥の怪物で、

石化するくちばしを持つと伝えられる。


そして聞いてみると、

コケトリスとはこの世界の魔王の手によってニワトリを元に生み出された魔物の一種であり、

名の由来であるくちばしの強力な麻痺毒と強靭な足腰、

そしてニワトリにあるまじき飛行能力を持つ馬ほどの大きさの巨大怪鳥との事だった。


……毎度の事ながら、この世界の異常さ加減には辟易とさせられる。


「とーもーかーくー!コタツを見つけたら教えて欲しいお!……ピヨちゃん。なんだお?」

「「「「ピヨピヨ!」」」」

「お腹空いてるんじゃないかな?」


「だおー……残り少ないお小遣いがえさ代に消えていくのら……トホホだお」

「世話が出来ないのなら処分するという選択肢は無いのか?」


少し非情ではあるが、現実的な提案を私がするとアルカナ君は首をブンブンと振った。


「駄目だお!アルカナの保護下にある以上アルカナには世話をする義務があるんだお!」

「うん偉い偉い。はぁ、しょうがないな……私も少し協力してあげるから。だから泣いちゃ駄目だよ?」

「何とも真っ直ぐな事だな」

「シーザー、お前も人の事は言えんわい」


ひよこの命を必死に主張するアルカナ君に、それを見て妹の頭を撫でるクレアさん。

私は微笑ましくそれを眺めていたが、それと同時に牢人殿に対する怒りも湧いてきた。

私だけならともかく、こんな子供を騙すとは大人の風上にも置けない。


「済まないがガルガン殿……この荷物を部屋まで運んでおいて頂けないか?」

「構わんが。もしやコテツを追う気か?」

「やってくれるお?流石はシーザーだお!」

「すみませんシーザーさん、何時も何時もご迷惑ばかりかけて……」


当然だ。

幾らなんでもこんな事が許されて良いはずも無かった。

誰も止めないというのなら、私が止める外無い。

買い込んだ荷物をガルガン殿に手渡すと、

私は剣を片手に街に飛び出そうとして……固まった。


「しかし。あの牢人殿は一体何処に居るのだろう?」

「……だおー……」

「それについてはわしが知っておるぞい?」

「……来たか!キャラ被りの爺様め!」


この声は……ここでの初日に出会った新竹雲斎武将(あたらしちくうんさいたけまさ)殿!

あれから中々会う機会が無かったが……。

ああ、そうか。趣味で迷宮に潜っていると言っていたな。

ならば牢人殿がよくいる所も知っていてもおかしくは無い。


「案内して頂けるのですか?」

「うむ。いいぞ……これ以上被害者を出す訳にもいかんしのう」

「そうか、じゃあ早速行ってくれ。似たような言葉遣いの人間が二人居ると何が何だか判らんからの」

「アルカナも行くお!」

「ふう、それじゃあ私も行かないといけないよね……この子を放っておく訳にも行かないし」


そんな訳で私とクレアさんにアルカナ君。

それに竹雲斎殿を加えた四人は、


「……行き先は迷宮ではないのですか?」

「そうじゃ。今あ奴がおるのは……そこじゃ!」


中心街にある広場に向かったのである。

そしてそこには、


「よお!そこのアンタ新入りだろ?良い出物を扱ってる店を知ってるんだけどよ?」

「……何やっておるのだお前は」

「だおっ!だおっ!だおっ!嘘つき発見だお!」


何時ぞやのように怪しげな店の近くをうろつき、

何も知らない人間を連れ込もうとする牢人殿の姿があった。


……。


牢人殿はこちらを見かけるとピタリと一瞬停止し、

そして数瞬ほどで精神の再構築を終え、無駄ににこやかに近づいてきた。


「よお!どうした?何か問題でもあったか?」

「あのひよこ、お風呂に入れたら普通のひよこになったお!詐欺だお!」


口火を切ったのはアルカナ君だ。

怒り心頭のようで牢人殿の目の前でぴょこぴょこと飛び上がりながら荒ぶっている。

ところが、牢人殿は全く表情を崩さずにこう言ったのだ。


「違うぜお姫様!俺はひよこは売ったが別に生まれながらに色付きだなんて言った覚えはねぇ!」

「ひどいお!"しんじてくれとらすとみー"は嘘だったのかお?」


「信じてもらえるよう頑張ったじゃねぇか……結果はどうあれ、よ」

「過程は良いから結果出せお!」

「そんなに軽い言葉だったかのう、あれ」


一見遠い目をしているように見えるが……あれは違う。

あれは内心目の前の相手を小馬鹿にしている目だ。

アラヘンの宮廷にも沢山居たのを覚えている。

ああいう場合、本人は気付かなくとも周囲には隠し切れない侮蔑の感情が滲み出ているものだ。

……醜い、な。


「ああ、判ったぜ……じゃあこれで仲直りだ」

「銅貨一枚で誤魔化されないお!」


「ところがこれは珍しい銀貨模様の銅貨なんだぜ?そうそう無い代物だ。俺のお詫びの気持ちよ」

「コタツ……アルカナはコタツの事を見損なっていたお!言われて見れば凄く珍しい気がするお!」

「嘘……うちや商都の造幣局がそんな不良硬化を見逃して世に出してしまうなんて」

「と言うかわしには騙す気満々に見えるがのう……」


ふむ。


「牢人殿。その珍しい銅貨、私にも見せて頂けるか?興味があるのだ」

「シーザーか。まあ良いぜ、穴が開くほど見てみな」


手渡された銅貨は確かに本来銀貨に施されるべき模様が印字されていた。

不良品といえばただの不良品だが、珍しい物ではあるのだろう。

物好きな好事家なら高い金を出すかもしれない。

話からすると、不良品が世に出回るのはあり得ざる大問題のようだしな。

だが、そんな代物をどうして彼が持っているのか。


……裏側を軽く指の腹で擦り……確信する。


「へへっ、どうだい珍しいだろ?なあお姫様。これで機嫌直してくれや」

「呆れた。コテツ……あなた、私達が文句を言うに来る所まで計算済みだったんですか?」

「確かに珍しいお……こんなのが世に出回ってたのが知れたら大問題なのら……なら……」

「少し待ってくれ」


持っていた自前の銅貨とその"珍しい銅貨"を激しくぶつける。


「な、何をしやがる……ああっ!?」

「嘘……メッキ!?」

「なるほどのう……まさか銀貨に胴メッキで一番安い硬化に偽装するなぞ、普通は思いつかぬからの」

「この銅貨、重さがおかしかったんでね。まあ、最初から疑ってかからねば判らないほどの差だが」


以前この手の詐欺が流行った事がある。

まだ見習い騎士だった私が逮捕したその詐欺師は、安価な銅貨に金箔を貼り付けて金貨だと謳ったのだ。

無論洒落にならない粗悪品だったが、

それでも金貨はおろか銀貨すらまともに見たことの無い郊外の寒村の者達は見事なまでに騙された。

結局、暫くして金箔が剥がれた事により全てが発覚したのだが、

捕縛する為に乗り込むと当の詐欺師は詐欺で手に入れた本当の金貨から型を取って、

今度は普通の贋金作りに手を染めていたのだから驚きである。

……ともかく、その当時の記憶が役に立った訳だ。


「畜生……騙されると思ったのによ……」

「銀貨を銅貨に見せかけたんだからまだ良いが、逆ならとっ捕まるぞい。判っておるのかコテツよ」

「いえ、これも立派な犯罪です……人の先入観に付け込んだ分、よっぽどたちが悪いですよ」

「いっそ一度牢に閉じ込められて心を入れ替えた方が牢人殿のためかも……そう言えば死刑囚か」


「……許すお!」


騙された事に全員が憤慨している……と思ったが、突然アルカナ君が予想外の声を上げた。

驚いて全員がアルカナ君のほうを向く。


「良く考えたけど、許すお!」

「ほ、本当か!?許してくれんのか!?」


「だお。ただし、騙し取ったお金は全部返せお!代わりにひよこは全部引き取ってやるお!」

「わ、判った!ほれ、お前が払った銀貨11枚だ!」


「……12枚だお」

「あ、あはははは……悪い、間違えたぜアハハハハハ!」


そうして財布から銀貨をアルカナ君に握らせた牢人殿は、

気持ちが変わる前におさらばだ、とでも言わんばかりに走り去ろうとして……、


「「「「備数合介大将(そなえかずあわせのすけひろまさ)、参上!」」」」

「げげっ!叔父貴!?」


備殿達に取り囲まれた。

……しかし、叔父?


「どういう事でしょうか?」

「ん?ああ……コテツはかつて備一族の麒麟児と言われた男だったそうじゃ」

「だと言うのに」「こ奴は」
「派遣なんて嫌だなどと抜かして」
「家を飛び出したのです」


と、なると牢人殿は備一族の方だったのか。

まあ、家業に嫌気が差して逃げ出すなど良くある話だが。


「お陰でこの歳になるまでまだ元服(成人の儀式のようなもの)もしておらんのう……」

「その通り」「40過ぎで」「幼名で名乗りを上げるの」「辛くないか?」


「五月蝿ぇええええっ!第一何でこの俺が出来ない奴に合わせにゃならんのだ!?」

「我等の中で誰よりも優秀なお前なら」「誰にだって合わせられたはず」
「備一族は人材派遣の大家」「一律なる能力の持ち主を多数用意できるのが自慢」
「周りが真似できぬ高い能力は不要」「出来る奴が居れば次からそれが当然とされる故に」
「具体的に言うとオークを倒せてはいかん」
「あくまで数合わせ」「緊急時に人が足りない時だけご用命下さい」
「それが備一族だ」


……切ない。

何だろうその生き方は。


「やっほい!お金かえって来たお!ひよこは手元に残るお!結果的に得したお♪」

「……ねえアルカナ。だとしても、今後はもう少し気をつけようね?」

「そうじゃのう。何時も何時も上手く行くわけではないぞ」


後、アルカナ君。

少しは空気を読むようにしてくれ。

そしてお願いだから義憤に燃えたのを後悔させないでくれ……。


「おいシーザー!お前もそう思うよな!?」

「……え?」


何か知らないが、突然コテツ殿が肩を掴んで来た。

しかも半分泣いている。

一体どうしたと言うのだろうか?


「自分の人生は自分で決めるもんだよな?主君とかしきたりとか糞食らえだよな?」

「いや、私は騎士なのだが?」


何かと思えば。

忠誠とは全てに優先されるべき物だろうに。


「くっそーーーーっ!聞く奴間違えたあああっ!」

「さあ、コテツよ」「帰ろう」
「そして立派な備大将になるのだ」
「今からでも決して遅くない」
「何、駄目なら死ぬだけよ」


いつの間にか集まって来ていた備殿のご一族、総勢数十名に取り囲まれる牢人殿。

涙目で壁に追い詰められているが、どう考えても逃げられそうも無い。

まあ、あれだけ馬鹿な事を続けているのだ。

そろそろ一族の恥を雪ぐと言う事になってもおかしくは無いな。


「さて、帰るとするぞ」
「コテツ、お前も数合介を名乗る時が来たのだ」
「まず髷を結うか」
「いや、まずは一族の心得を仕込む方が先でありましょう」

「嫌だっ!俺は俺として生きるんだっ!その他大勢として死んで行くのは嫌だっ!」


……とはいえ。

例え騙すつもりであったとしても。

心がズタズタだったあの時。

声をかけられて私も内心嬉しかったのは間違いない。


「仕方ない……今回だけは助けておくか」

「人が良いお」

「でも、シーザーさん?どうやって助けるのですか?他人の家の事情に余り踏み込むのは……」


それに、あのまま帰って家業を継いだところで良い結果になるとはとても思えない。

備殿には初日に良くして頂いた。

あのまま牢人殿を連れ帰っても決してお互いの為にならないだろう。

ならば。


「牢人殿……では契約は破棄と言うことで宜しいかな?」

「へ?契約……?」


「前に言ったのではなかったか。何時か一緒に迷宮に潜ろうと」

「……?……あ、ああ!そうだった!悪い叔父貴達、俺こいつの迷宮探索に付き合う事になってたわ!」


「なんと!?」「それは初耳!」
「ぬう!備一族にとって契約は命より重いもの……」
「その契約がある間は下手に手を出す訳にも行かぬか」
「一族の者に契約破棄などさせる訳には!」


今回だけは、助け舟を出してみよう。

それを生かせるかどうかは、牢人殿次第だがな?


「ほほう?これは面白い事になってきたのう」

「そんな約束してたのかお?知らなかったお。世界は不思議で満ちてるお」

「シーザーさん、優しいんですね……でも、シーザーさんに付いて行くって事は……まあいいか」


まあ、私とて共に潜る仲間が欲しかったのは事実だ。

本人の言を信じれば腕前は相当の物のようだし、一緒に探索してみるのも面白いかもしれない。

それに……あの迷宮なら牢人殿の性根を叩きなおすにも丁度良いと思う。


「では、明日にでも行った事の無い迷宮に潜ってみる事にしよう……牢人殿、道案内を頼めるか?」

「え?あ、判ったぜ…………こりゃ、運が向いてきたかも」

「では、わしも同行させていただこうかの?」


「竹雲斎殿も?それは構いませんが」

「なっ!?ご隠居……正気かよ!?」

「コテツよ、お前が本当に真面目に仕事をするか……この目で確かめさせて貰うぞい」


「「「それは良いお考えです竹雲斎様!無論我等もお供します!」」」

「あちゃーーっ……こりゃ駄目だな……ちっ、仕方ねえ。真面目にやるか」

「シーザーさんが恩人になってもまだ騙す気なの?……コテツさん本当に最低ですね」

「あのハー姉やんに喧嘩売っただけの事はあるお。頭悪過ぎるお!」


まあ、そんなこんなで私の新しい冒険が始まる事になったのだ。

多少ゴタゴタはしているがこれはもう仕方ないと割り切るべき事なのだろう。


「それで牢人殿。行き先はどうする?」

「……そうだなぁ……まあ、無難な所で"トロッコ坑道"にでも潜るか。金と力が同時に手に入るぜ」

「鉱石掘りだお?あれは良い運動になるお」

「あそこは巨大ミミズやら人食いモグラどもの巣じゃな……まあ悪くは無いのう」

「では、明日の朝に首吊り亭に集合ですね。私達は準備があるので先に帰ります。さ、アルカナ?」


行き先はトロッコ坑道。

確か迷宮の地下一階にそう言う名前の区画に向かう道があったはずだ。

さて、牢人殿は……心強い味方か大きな不安要素か。

それともその両方かもしれない。まあ、自分で決めた事だ。

やってみる他無い、か。


……。


そして、翌日。

私達はトロッコ坑道の入り口付近までやって来ていた。


「さて、今までは入り口が開かなかったが……」


私が前に立つと入り口の鉄格子が上がって行く。

どうやら本当に他の区画にも進入出来るようになったようだ。


「そら、そこにトロッコがあるだろ。これに乗って先に進むんだぜ」

「ここから先は自然洞窟なのか……」

「そうだお。トロッコでずーっと先まで進んだ所に坑道があるんだお」

「今でも鉄鉱石や銅鉱石などを産出する現役の鉱山でもあるんですよ」

「と言うか、現役の鉱山に迷宮を繋げた物だのう」


現役の鉱山?

と、なると工夫と出会う事もあるだろう。

しかし同時に巨大なミミズなどとも遭遇するとなると……、


「成る程、作業者の安全を確保する為に迷宮から私達のような者を呼び寄せているのか」

「そうです。そして、呼び寄せる為の"餌"も用意してありますよ」

「宝箱があるんだぜ、ここにはよ」


宝箱?


「ああ。金目の物が入った鍵付きの箱だ。開けられたなら勝手に持って行って良いのさ」

「それが報酬代わり、と」


しかし、それなら最初から普通に人を雇っても良いように思うが。


「宝箱は奥の方にあります。辿り着く前にはある程度成果が上がっているという寸法なんですよ」

「だお!害獣をぶっ飛ばさないと先に進めないから、手に入る頃にはお仕事は終わってるんだお!」


「まあ、そこは敵をいかに避けながら先に進むかが俺の腕の見せどころよ……楽に行こうぜ」

「いや待てい。それでは駄目ではないかコテツよ……」


竹雲斎殿の言うとおりだ。

第一私の場合訓練も兼ねているのだから避けて行くなど論外。


「避けられるなら、見つけるのは容易いだろう?」

「ああ、そりゃそうだが。まさか!?」


「そうだ。見つけ次第全て教えてくれ牢人殿……全て討ち果たして先に進む故!」

「信じられねえなあ……」

「コテツはそこでそう言う考え方するから駄目なんだと思うんだけど」

「おねーやん。そこで頑張れたらコタツじゃないお」

「お主等さり気なく酷い言い草じゃのう。まあやられた事を考えれば甘いくらいか」


笑顔を引きつらせながらトロッコに乗るよう促す牢人殿。

洞窟内は緩い坂道になっていて、止め具を外すとそれだけで先に進んでいく。


「……しかし、早くなり過ぎたりはしないのか?」

「ああ、大丈夫だ。時折平坦な所もあるからそこで速度は落ちるからよ」

「明らかに計算されてるからのう、ここは」


後ろを見ると、他のトロッコ数台で後ろを追走する備殿達。

ここに来た時の、あの怒涛の罠による大攻勢に比べれば何ともゆったりとした……。


「ん?なんだこれは」

「蝙蝠だお」

「……痛い。ねえアルカナ、これってもしかして」

「ど畜生ーーーッ!なんでこんな時に限って血吸いコウモリの大群が!?」

「困ったのう……」


……ゆったりと出来る筈も無いか!

血吸いコウモリ?

くっ、そんなもの私の剣で追い払ってやる!


「とおっ!はあっ!たあっ!」

「何やってんだ!?当たる訳無いだろうに!」

「第一数が多すぎるのう。ほれ、三匹ほど叩き落せたようじゃが、何の意味も無いじゃろ?」

「痛いお!痛いお!カジカジしちゃ駄目だお!」

「痛っ……このままじゃ!?……仕方ないよね、なら!」


コウモリの大群にたかられる中、突然クレアさんが立ち上がる。

あれではまるで的だ……何と言う自殺行為な!

私自身も立ち上がり、マントでクレアさんを庇うが余り意味は無さそうだった。

……耳を少し噛み千切られた。

僅かな出血も長く続けば致命傷だ。


確かにこのままでは何も出来ずに殺されてしまう。

そう焦りを覚えたときである。


『竜王の名において!火山の火口より来たれ!"召喚"(コール)!』

「な、何だ!?」

「おねーやんの召喚魔法だお!……何を呼んだんだお!?」


突然、コウモリ達の動きが乱れる。

そして凄まじい熱気を感じ、


「ぎゃああああああああっ!?」

「な、何だ!?赤くてドロドロした何かがシーザーの奴の頭にかかったぞ!?」

「え?きゃあああああっ!?ご、ごめんなさいシーザーさん!?」

「溶岩を召喚したお!?」


「……アルカナ?はいこれ、超回復薬であります」

「とろっこのれーる、もうすこしで、おわるです。そこでつかってあげる、です」

「久しいのう。しかし十数年前に魔王城で助けられた時からお主等全然変わっとらんのじゃな……」

「ひえええええっ!?嫌だっ、死にたくねええええええっ!」


私は、気を、失った。


……。


そして目を覚ました私の目に飛び込んできたものは……。


「ご、ご、ごめんなさいシーザーさん!当てるつもりはなかったんです!」

「いや、おねーやん……あの乱戦時に正確な場所に召喚とか……出来る訳無いお」


私を膝枕して泣いているクレアさんと、

全身歯形だらけでまだ一匹コウモリに噛み付かれたままのアルカナ君。


「まあいいじゃねえか!助かったんだしよ?」

「コテツはもう少し勇気を出して欲しかったのう」


そして自分で薬を塗る竹雲斎殿と、一人だけ無事な牢人殿の姿だった。


「どうして牢人殿は無事なんだ……」

「こ奴、一人だけトロッコの床に伏せておったからのう」

「はい、焼けた兜は直しておいたであります。じゃ」


そして突然現れ、「熱で破壊された兜を修復した」と置いて去っていくアリスさん。

……もう、これに関しては追求する事自体が間違っているのだろう。

直して貰えなくなる事の方が大きな問題だと自分に言い聞かせ、

私もあえて何も言わない事にする。


「しかし牢人殿。あそこで伏せていても何の問題解決にもならないと思うが」

「仕方ねえだろうが!俺に何が出来るって言うんだよ!?」

「お前が伏せたせいで隠れる場を失ったわしらがこのざまなのじゃが?」

「逃げ場が無かったお!」


うっ、と唸った後で牢人殿は少し慌てたように口を開く。


「ま、まあ先に進もうじゃねえか!よし、確かこの先の小部屋に良く宝箱が置いているんだが!?」

「本当だお!?じゃあ早速行くお!」

「あっ、ちょっとアルカナ!?危ないから勝手に一人で行かないの!」


何か騙されている気もするが、

あの牢人殿の事だし気にしても仕方ない事なのかも知れない。

気を取り直して先に進む事にしよう。


「本当にあったお!」

「当たり前だろうが。俺もここの箱には良くお世話になったもんだぜ」

「ふうむ。コテツよ……お前が自分の稼ぎどころを人に教えるとはのう。成長した、のか?」


進んだ……と言うほど先に進んだ訳でもないが、

少し先にあった小部屋の中に確かに宝箱はあった。

丁度アルカナ君が寝転がるとすっぽりと納まる程度の大きな箱だ。


「この中に定期的に金銭や財貨が入れられているんだぜ」

「……でも、ここって何もしなくても辿り着ける場所だよね」

「すぐそこにトロッコ乗り場が見えるお」


しかし、あからさまに怪しいな。

今までの例から言うと、楽をして得られる物は少ない。

さもなくば罠だ。


「へへへ、この箱には罠が仕掛けてあるんだ。知らない奴はそれでお陀仏って訳さ」

「おいおい。コテツよ……ならばここに始めて来た者はここで皆死んでしまうではないか」

「「「「全く持ってその通り」」」」


どうやら備殿達が追いついてきたようだ。

しかし全員コウモリにやられて酷い有様だ。

そう言えば、最初に付いて来た数より数名ほど減っている気がするが……。

あー、ここは危険な者は戻ったと考える事にしようか。

己の精神衛生のためにも。


「おい、シーザーも良く聞けよ?まあ、確かに普通ならそうなるわな?けど……これ、開けられるか?」

「ふぇ?鍵かかってるお」


……大事な話から気が逸れていたな。

もう少し真面目に話に参加せねば。


「そう言うこった。で、この箱の合鍵は洞窟のかなり奥においてあるんだが……それがここにある」

「驚いた!真面目な探索もしていたんですね」

「一度取った鍵で開く箱は何時でも開けられる……これは一度奥まで行けた者への褒美と言う訳だな」


そう言う事か。

一度奥地まで行ったのなら相当な危険も冒しているだろうし、害獣も多数討ち果たしているに違いない。

そう言う者達に対してなら入り口付近に報奨を置いておくのも意味がある。

新しく入った者達への励みにもなるだろうしな。


「しかし、それは今の私には不要の代物だな……私が奥地まで行けた時に初めて手に出来る宝だ」

「そう言えば、お金目当てじゃないんだからここで開ける意味が無いお。何で連れてきたお?」

「……あははははは!まああんまり気にすんなよ!?」

「コテツが皆が危険な時に一人して隠れてたのを誤魔化す為じゃろ?」

「「「「まったく、人としての器の小さい事よ」」」」

「そう言えばそうでしたね……すっかり誤魔化されてましたが」


「まあ、なんだ。気にすんな。それよりもよ……開けるよな?」

「勿論だお!」

「やっぱり開けられる物を開けないのは勿体無いしのう」


「じゃあ、行くぜ」

「だお?何でアルカナの襟首を……だおおおおおおおおっ!?」


ともかく、開けられるなら開けてしまえと牢人殿が箱を開け、

アルカナ君の襟首を掴んで手前に押し出した。

当然罠が発動し、箱から数十本の針……いや尖った鉄の棒が飛び出してアルカナ君を貫いていく。

……いや、待ってくれ!?


「痛いお!?痛いお!体中穴だらけだお!?血がビュービュー噴き出してるお!」

「よおし、罠は回避したぞ」

「アルカナあああああっ!?なんて事を!」

「とは言え自発的にやるかやらされるかの違いだけで盾にしてるのはお主もなんら変わりないぞ?」


と言うか、いいのか?

誰もアルカナ君を心配してる人が居ないのだが!?


「ふう、痛かったお。死ぬかと思ったお」

「ふふ。そう言う言い方が出来るなら問題ないね……コテツ?余り妹を虐めないで下さいね」

「こんだけ丈夫なら何の問題も無いだろ。マジでヤバイならカルマの奴が血相変えて来るだろうしな」

「コテツよ。その場合お主の命は保障されんぞ?」


しかし、まるで平気そうにしているし、

クレアさんも慣れた手つきで棒を抜いている所を見ると、

これはいつもの事であり、心配している私のほうが間違っているのか?と言う感覚に囚われる。

いや、そうは思うまい。

例えそうだとしても人を盾にして良い事にはなるまい。

無論、私の価値観を他人に押し付けたりも出来ないし、

クレアさんを庇う時のように本人が望んでいるのなら話は別だろうが……。


「ともかくだ!まずは獲物を確認するぜ!」

「だお!」

「泣いたカラスが、か……本当にものを考えない子なんだから」

「まあ、だからこそこんな奴とでも仲良くやれるんじゃろ。これも一種の才能じゃよ」


大きな箱にもそもそと潜り込んだアルカナ君が次々と中の物を取り出していく。

金細工の美しい水がめやビードロ(硝子)のボウル。

銀貨の入った皮袋に……。


「おいおいおいおい!今日は何でだか色々入ってるじゃねえか!」

「……何処か、おかしいのう」

「「「「そうなのですか?」」」」


めぼしい物はこれぐらいだが、箱の下のほうに入っている物が明らかにおかしい。

干し肉や干し葡萄などの保存食に火打石。

毛布が数枚に鋼鉄製のいやに丈夫そうなカンテラ……。

これは……どう言う事だ?


「明らかに金目のもんとは言い難いな。どうなってんだ?」

「さあ、な」


とにかく手に取ってみようと箱の中に手を入れる。

すると。


『ごあんない、です』

『次はサバイバルでありまーす』

「誰だ!?」


箱の中から伸びてきた腕に手を取られ、

私は、箱の中に引きずり込まれる。


「なっ!?箱の底が開いただって!?知らねえぞこんなん!」

「し、シーザーさん!?今助けます……くうっ、駄目、引きずり込まれる!」

「おねーやんの腕力じゃ無理だお!手を離さないと巻き込まれるお!?」


そして、私は……。


「下は真っ暗だぜ……ありえねえ……これじゃあもう、この箱おっかなくて開けられねえや」

「ほっほっほ、残念じゃったのう。しかし……」

「シーザー、落っこちちゃったお」

「……そんな……どうして……何か、何かおかしいよ?おかしいよ絶対!」


真っ暗な闇の中に、落ちていった。

……何か、意図的なものを感じながら。


……。


ぴちゃん、ぴちゃん。

水の滴る音がする。

……額が何か冷たい。


「……目が、覚めたか?」


誰かの声が聞こえる。

薄く開いた瞳に見えるのは、私の装備と良く似た全身鎧の光沢。


「まあ、今は休んでおけシーザー……目が覚めたらまた悪夢が始まる」


誰だろう。

この声は……随分前に死んだ父さんだろうか。


「薄ぼんやりとだけど、聞こえているよな。確か」


それとも。

魔王との戦いで死んだ兄さん?


「さて、私もそろそろ準備をするか……」

「アオーっ。敵の配置はオーケーでありますよー」

「あぶら、みず、たべもの……よし。です」


グギャリ、と空恐ろしい音がする。


「ぐうっ……があっ!?…………これで、良し」

「はい。ほうたいと、そえぎ、です」

「じゃ、頼むでありますよ」


「では、後は台本どおりに。姫様?」

「よろしく、です」

「よーし、あたし等全員撤収であります!」


しかし、眠い。


「シーザー。もう暫く寝ておけ……」

「……あ、ああ……」


寝ていても良いのだろうか。

ならば。もう暫く……。


……。


「……はっ!?夢か!?」

「残念ながら夢ではないな」


ぴちゃり、と言う音で目を覚ます。

私は兜だけを取った状態で寝かされていた。

確か、宝箱に引きずりこまれた後、闇の中を落下していたような気がするんだが……。


「随分うなされていたが、何かあったのか?」

「い、いえ……っ、そうだ。助けて頂いたのですか?私はシーザーと言います」


気が付けば、目の前に居る見知らぬ男性が額の濡れタオルを交換してくれていた。

私と同じような装備を身につけたこの人は何者だろうか?


それに、今まで会話をしていて全く違和感が無かったが、

良く考えるとこの人とはまったくの初対面。


まったく、騎士が礼を失してどうするのか。

慌てて礼と自己紹介……我ながらなんと情けない事か。


「私はアオ。リンカーネイト王国守護隊副長のアオ・リオンズフレアだ」

「リオンズフレア……レオ殿のご一族ですか」


「聖俗戦争前に生まれた息子だ。一応長男坊と言う事になる」

「そうでしたか。お父上にも大変お世話になっております」


私の自己紹介に対し、向こうも自己紹介で返してくれた。

武人肌で礼儀正しい御仁のようだな。

丁寧な略式礼で迎えられたのでこちらも深々と礼をする。

……よく見ると、アオ殿は足に添え木と包帯をしていた。

まさか。


「私もここに落ちた口だ。足を折ってしまい身動きが取れない所に君が落ちて来たと言う訳だ」

「……それは……」


「君の怪我は軽いようだ。すまないがここは協力して脱出の手段を整えるべきだと考えるが?」

「ええ、無論ですアオ殿」


そう応えるとアオ殿は少し苦虫を噛み潰したような顔をして口を開く。


「……シーザー。君は確かリンカーネイト王家の方々と面識があったな?」

「え?ああ、ありますが……」


「実は故あって普段は出自を隠している……いつもはブルーと名乗っているよ」

「でしたらそちらで呼んだほうが良さそうですね。了解しました、ブルー殿」


色々理由はあるのだろうが、命まで助けてもらってそれを追求するのは人の道に外れる。

それにこの僅かな期間だけでもレオ殿の悪い方の噂は聞き及んでいた。

……女殺しな20人の子持ち。口さがない者は彼をそう呼んでいる。

その息子だと言うのならその関係を隠しておきたいと思うのは人の常だろう。


そう思っているとアオ殿、いやブルー殿は私と同じデザインの兜を被ると、

先ほど落ちた時に一緒に落ちてきたらしい見覚えのあるカンテラに火を入れた。


「さて、ここも完全に安全とは言い難い。これからどうするか案はあるかな?」

「……それ以前に今目を覚ましたばかりで状況も良く理解出来て居ません」


周りを見回すと、少しばかり乱雑に役立ちそうな物資が集積されているのがわかった。

中には私と共に落ちてきた道具類も見受けられる。

……ふむ。そうなるとこの状況は……。


「そうですね。ブルー殿……待っていれば救援は来ると思われますが、私は出口を探そうかと思います」

「ふむ。救援が来るという根拠と、それでも道を探す意味は?」


「ひとつ。私がここに落ちる前、宝箱にこれ見よがしに物資が満載にされていた」

「つまり、シーザーは人為的に落とされたという訳か」


「恐らく。そして人為的に落とされたが故に、危なくなるまでは救援が来ないと想像しています」

「それが自力で出口を探そうと思う理由だな?」


頷くと、ブルー殿が水差しから水を木製のコップに取ってくれた。

……そう言えば喉が渇いていた。

ありがたく頂く。


見ると、岩壁の割れ目から僅かに水が滴り落ちていて、

それを水差しで受けているようだった。

足が動かない為に、助けが来るまで長期間の耐乏生活を見越しての事だろう。


「まあ、私は見ての通り、暫く歩ける状態ではないのでな。こうして先を見越して備えている」


……そうだ。

今目の前に歩けない怪我人が居るではないか。

それを見捨てて先に進んで良いものだろうか?

悩んでいると、それを察したのかブルー殿は別な会話を振ってきた。


「シーザー、ところで気付いているか?」

「何をです?」


「この滴り落ちる水が、段々とその水量を増しているという事に」

「そう言えば、夢うつつに聞いた音は水滴の音でしたが」


今は、僅かとは言え湧き水といって良い水量だ。

……水かさが増し続けている?


「恐らく、遠くない未来この辺りは水没するのではないかと思っている」

「なっ!?」


「そこでだ。すまないが私が移動できそうな場所を探して欲しい。取りあえずの拠点、と言っても良い」

「移動準備を整えるのですか?」


「ああ。このままでは長期戦用に用意した食料品が腐ってしまうしな」

「……そうですね……む?」


なんだろう。この感覚は。

違和感?いや、違うな。


「とりあえず、鉱物を運んでいた荷車がこの階の何処かにある筈だ。それと荷車で進める坂道がな」

「……何故、そんな事を知っているのです?」


まさか……。


「一つ上の階に休憩所だった部屋がある。そこならドアも分厚いし物資を逃がすには丁度良いだろう」

「まさかブルー殿、貴方は」


ブルー殿はこくりと頷いた。


「そうだ。気付いたな?私は本来君に同行し、訓練を手助けするように言われていた者だ」

「考えたのは国王陛下ですか?」


「……細かい事はいいんだ。問題は用意された水の勢いが予想より遥かに激しかった事、そして」

「あなた自身の不慮の怪我、と言う訳ですか。手の込んだ事をしてこの体たらくとは……」


何もここまでしなくても。

魔王と戦う為の試練なら幾らでも自ら受ける覚悟はあるのだが。

……もしや、私はあまり信用されていないのだろうか?


「信用云々の問題ではないな。勇者を名乗るなら想定外の事態に対応する力が必要なのだ」

「そして、その"想定外の事態"を鍛える為の準備を更に想定外の事態が襲った、と?」


私を鍛える為にここまで大掛かりな仕掛けを用意して頂いたのには感謝するが、

これでは訓練どころではない。

確かに、部屋が水没する前に上の階に脱出しなければならないだろう。


「判りました。ですが脱出の手伝いはして貰いますが宜しいですか?」

「無論だ。だが、言うまでも無いが置いていく事は無いな?勇者ならば」


無論言われるまでも無い。

何故なら私は……勇者だからだ。


「さて、右手側の迷路のような坑道の何処かに上階に進む為の鍵がある。場所は流石に知らないが」

「それを見つけ出せば良いのですね?」


「ああ。そして坑道の一番奥に荷車が居る筈だからそれを引いてここまで戻ってきて欲しい」

「上の階に続く道は知っているのですよね?」


これも何かの試練だろう。

訓練が期せずして実戦になった訳だが、訓練だと知らねば本人にとっては実戦と変わらないのだ。

私からすればどちらも本当の危機には違いない。

いずれにせよやる事は同じ。

何とかして乗り越えてみせようではないか。


「知っているさ。ともかくシーザーが戻る前に物資の移動準備はしておく。頼んだぞ」

「心得ました」


私は走り出した。

……長期戦の備えと言う言葉、そして食料を水に濡らしたく無いという事実。

これだけでも数日中に助けが来る可能性が低いのは明白だ。

となると、これからは時間との勝負になるだろう。


「シーザー!原生する野獣や隠れ住む賊どもがうろついている筈だ。気をつけるんだぞ!?」

「ええ。そちらも気をつけて!」


兜を身に着け剣を腰に下げる。

そして盾を手に取ろうとした時、その盾が私の今まで使っていた物で無い事に気付いた。

今まで使っていた物より明らかに立派な、獅子の紋章入りの盾。


「私の盾だ。助けてもらう礼の前渡し……丈夫な品だ。生かしてみせろ!」

「承知しました。ありがたく使わせて貰います」


そして私は盾を手に取ると迷路のような坑道に走っていく。

……零れ落ちる水は、更にその水量を増しているようであった……。


(おーけー、です。こそこそ)

(迫真の演技でありましたね、アオ?)

(……ところでシーザーの装備ですが、グリーブの下が中古の革靴のままなのですが)


(わかった、です。よういする、です)

(次来る時までに何か見繕っておくであります。頼むでありますよ、アオ?)

(はっ。騎士の名誉とブルー・TASの異名に恥じぬ行動を誓います)


急がねば。

……この地が水没する前に。


……。


《一方その頃 旧アラヘン王宮・魔王殿にて》

かつて、この世界を統べていたというアラヘンの王宮。

我等はここを改装し我が宮殿たる第三の魔王殿としている。

……そう、第三だ。

彼らの故郷の世界にあった第一、第二の魔王殿は既に失われた都に過ぎない。


「……故郷の状況を報告せよ。四天王主席、竜人ドラグニールよ」

「はっ、異変は広がるばかりです。昨日、古代に滅んだ筈の巨大な生物が闊歩していると報告が」


「古代生物の復活だと?……時間すらおかしくなるとは。もう何が起ころうが驚くに値せぬな」

「地震が断続的に続き、大陸が一つ沈み始めています。代わりに隆起した島々もありますが」


笑えもしない。

それに長らく海の中にあった陸地では雑草すらすぐには満足に生えない。

それはラスボス達も理解しているのか、その顔に喜色は無かった。


「……その話はもうやめましょう魔王様。気が滅入るだけです」

「うむ……では、彼の世界の侵略作戦の侵攻具合を誰か報告せい!」


魔王が声を上げるが周りの者どもは黙り込む。

つまり、進みは悪いという事だ。

愚かしい事ではある。

その沈黙がラスボスの機嫌を損ねるのは火を見るより明らかだというのに。


「ええい!誰でも良い!早く話さぬか!」

「仕方ないですな。それもこの私が……」


ドラグニールは嘆息しながら口を開く。

軍の再編成、装備の調達。やらねばならぬ事は沢山ある。

しかし魔王ラスボスに面と向かって話が出来る臣下は、今や彼以外には殆ど居なかった。

イエスマンばかりの側近衆。そんな中で魔王の傍を離れるのには抵抗があったのだ。


「ヒルジャイアントですが、またも敗北した模様です」

「……四天王も質が落ちたという事か」


10年前の被害は大きく、今の魔王軍にはまだ魔王の側近と言えるような者は育っていない。

それ故本来後方任務向きではない彼が仕切らねばならない状況に陥っていたのだが、

現状はそれすらも許さないのであった。


「そうかも知れません。ここは奴に任せましょう……これ以上の部隊を送る余裕はありません」

「ふむ、ならばそうしよう」


故に、彼らは大きな間違いを起こそうとしていた。

本人が出向いて確認しておけば、すぐに判る事だったのだが。


「ヒルジャイアントは現在占領した洞窟の奥地で傷を癒しているとの事」

「不甲斐無い事だ……まったく、かつての四天王が懐かしい」


兎も角、彼らは対処を怠った。情報を集めようともしなかったのだ。

まあ将はともかく兵数は既にかつてを凌駕していたし、普通なら何の問題も無かったろう。


だが、今戦っている相手が10年前に大敗した魔王ハインフォーティンの一党であり、

ヒルジャイアントを倒したのがロケットランチャーを筆頭とする重火器と言う恐るべき武器である事。

それを知る事が出来なかったのが彼らの不幸だろう。

無論この時点で気付いていれば、何らかの対処もあったかも知れない。


『でも、たいしょさせない、です』

『気づいた時には既に遅いでありますよ、にやにや』


『しかし、ぐんたいの、うちがわぼろぼろ、です』

『まあ、あたしらがやった、ですが。ぬすみぐい、うまー』

『そろそろ嫌がらせも次の段階に行くでありますかね?』

『じゃあ、さっそく食料庫にネズミを放すであります』


もっとも、どう転ぼうが気付かせてもらえたかどうかは定かではない。

個人的な戦闘能力だけで戦いが行われる訳ではないのだ。

小さき者には小さき者なりの戦い方があるのである。

今日も拡大する蟻の一穴が、巨大な堤を破ろうと今日も地下を蠢いている……。

続く


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