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No.16894の一覧
[0] 隔離都市物語(完結)[BA-2](2010/07/10 14:34)
[1] 01 ある勇者の独白[BA-2](2010/03/02 23:23)
[2] 02 とある勇者の転落[BA-2](2010/02/28 20:44)
[3] 03 隔離都市[BA-2](2010/03/16 20:54)
[4] 04 初見殺しと初戦闘[BA-2](2010/03/08 22:41)
[5] 05 過去の過ち[BA-2](2010/03/16 20:55)
[6] 06 道化が来たりて[BA-2](2010/03/28 22:23)
[7] 07 小さき者の生き様[BA-2](2010/04/15 16:09)
[8] 08 見えざる敵[BA-2](2010/04/20 15:46)
[9] 09 撤退戦[BA-2](2010/04/20 15:52)
[10] 10 姫の初恋[BA-2](2010/05/09 17:48)
[11] 11 姫様達の休日[BA-2](2010/05/09 17:53)
[12] 12 獅子の男達[BA-2](2010/05/09 18:01)
[13] 13 戦友[BA-2](2010/05/26 22:45)
[14] 14 形見[BA-2](2010/05/26 23:01)
[15] 15 王達の思惑[BA-2](2010/06/16 08:08)
[16] 16 マケィベント戦記[BA-2](2010/06/16 08:09)
[17] 17 名声と弊害[BA-2](2010/06/16 08:10)
[18] 18 連戦[BA-2](2010/06/12 16:12)
[19] 19 まおーと勇者[BA-2](2010/06/15 18:33)
[20] 20 自称平和な日々[BA-2](2010/06/18 23:45)
[21] 21 深遠の決闘[BA-2](2010/06/23 23:24)
[22] 22 最後の特訓[BA-2](2010/06/26 12:14)
[23] 23 故郷への帰還[BA-2](2010/06/27 22:44)
[24] 24 滅びの王都[BA-2](2010/06/29 20:34)
[25] 25 これがいわゆる"終わりの始まり"[BA-2](2010/07/01 19:18)
[26] 26 決着[BA-2](2010/07/03 20:59)
[27] 27 勇者シーザー最期の戦い[BA-2](2010/07/06 18:37)
[28] エピローグ[BA-2](2010/07/10 14:33)
[29] 魔王召喚したら代理が出て来たけど「コレ」に頼んで本当に大丈夫だろうか[BA-2](2018/04/02 23:28)
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[16894] 03 隔離都市
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/16 20:54
隔離都市物語

03

隔離都市


≪シーザー≫

潮の香りがする。

ここは隔離都市エイジス。

荒くれ者と犯罪者。そして"迷宮"を隔離する為に作られた街だと言う。


「着いたぞアラヘンのシーザー。では、確認する。この時刻を持って汝はこの街に隔離された」

「護送官殿、承知した。私はこの街の、この壁の内側にいればよいのだな?」


「そうだ。正確に言えばその首輪を付けたままで壁の内側に居れば良い。ま、その首輪は外れんがな」

「……ああ。元より私には外す気も無い」


私はコボルト族の集落で大量殺人を行った現行犯で捕らえられ、

この街に連れてこられた。


……魔物であるが故に討ち果たすが当然と考えていた私にとって、

善良に暮らす魔物と言う存在は脳天に巨大なハンマーを落としたような衝撃を今も私に与えている。

人並みの情を持つのなら、人と同じ営みを送るものも居るかもしれない。

そんな事は、考えた事も無かった。

そしてここではそれが実現している。

……その事実がここは本当に私の知らない世界なのだと、私に教えてくれた。


「まあ、個人的には同情する。普通ならただの死刑で済むんだがな……最上級犯罪者扱いとは」

「集落を一つ勘違いで壊滅させた男には丁度良い肩書きだろうさ」


彼等の外見は犬そのものだった。

だから私は疑問に思わなかった。

……だが、彼等を人と定義すれば、私のした事とは、つまり……。


「おい、余り考えすぎるな。勇者にはよくある事さ……さあ行け。まずは歩くんだ……」

「……そうだな。では、世話になった……」


「うん……ではまず、引き取り先の宿に向かえ。身元引受人のガルガン殿に挨拶をしておくんだ」

「……ああ」


ゆっくりと歩き出す。

……城の如き門を潜り、隔離都市へと足を踏み入れる。

背後で重々しく閉じていく門の音も気にせずにただただ重い足を引きずっていく。


「よーお。お前さんも囚人かい?」

「……誰だ?」


人通りの多い大通りを半ば惰性で歩いて行くと、突然横から声をかけられた。

キナガシとか言う東方のサムライの装備を身に着けた、

年季の入った風貌の壮年の男だ。

……首に私と同様の、銀色をした第一級犯罪者用の首輪を付けられている。


「俺か?俺はここいらのモグラで一番の古株。コテツって牢人だ。よろしくな」

「……シーザーだ。ゆ、いや、き……そう言えば、今の私は一体何なのだろうな」


今更勇者などと名乗れはしない。

かといって騎士……?

ありえない。これ以上もなく不名誉な男が騎士などと。

だが、だとしたら私は一体何なのだろうか。


「ゆ、ねぇ……ま、予想はつくか。とりあえず迷宮に潜るんだろ?装備の当てはあるのか?」

「いや、無いが……」


伝説の武具はクレアさん達の屋敷に預けたままだ。

伝説の剣の宝石と愛用の剣は、没収されてしまい今は無い。

裸足でボロ布を纏い這いずっている。それが今の私だった。

勿論装備の当てなどある訳が無い。


「へっ、当たりだ。なあ、知り合ったのも何かの縁だ。良い所に案内してやるぜ」

「良い所?」


「ああ。迷宮ってのは危険極まりないんだぜ?装備無しじゃあ死ぬだけさ。だから、ここだ!」

「……オーバー・フロー金融?」


幸い、元から言葉は通じたし、

未知の言語を翻訳する魔法をかけてもらったお陰で読み書きには苦労していない。

……しかし、ここは……。


「名前からして、高利貸しだな?」

「おおよ。十日で一割は当たり前ってな……けど、罪人に種銭を用立ててくれるのはここだけだぜ?」


成る程。確かにそうだ。

まともな商人が重罪人に資金を融通してくれる訳が無い。

……このまま迷宮に入って野垂れ死にも良いかと思ったが、

今となってはどこまで落ちても同じか。


「借金漬けか……毒食わば皿まで、だな」

「いよおおーーっし!じゃあこの俺が紹介してやるから安心しな!」


そして、私は一年以内に返せば無利子だがそれ以上なら返済額が千倍に膨れ上がる。

と言う暴利なのか温情的なのかよく判らない利子で銀貨十枚を借り、


「今度は武器屋を紹介してやるぜ!俺の知り合いでな、防具も少し置いてるぜ」

「……ああ」


「予算は銀貨10枚?じゃあ中古のレイピアだな。先が折れてるが仕方ないよな」

「防具はこの木の胸当てがお勧めだぜ、俺の紹介料的に……ああ、お前が払うんじゃないから安心しな」

「いや、まずは靴が欲しい……」


折れたレイピアと胸当て、そして鍋の蓋のような盾と革靴を手に入れる事が出来た。

私が一つ物を買うたび、何故か牢人の手に店主が小銭を握らせているのが少々気になったが、

まあ、犯罪者に善意で手を貸すものなど居ないと言う事だろう。

気にしても仕方ない事だ。


「じゃあな!もう会う事も無いかもしれないが、達者でな、あばよーっ!」

「会うことは無い、か」


しかし、少しは疑うべきだったかも知れない。

コテツと言う名の牢人は、私が買い物を済ませると風のように去って行った。

そして。


「ここが盗品専門の……!」

「警備隊だ!店主、両手を挙げてそのまま出て来い!」

「おい、そこのお前!その剣、少し見せてもらおうか!」


「これは、この店で買ったものだな?」

「あ、ああ……そうだが、まさか……これも盗品!?」


……やられた。

盗品を掴ませた挙句自分だけ逃げたのか!?


「店主、どうなのだ?」

「あー、いや。これは違うな……実はゴミ箱から拾ってきたんだが……」

「ご、ゴミ、箱……」


結果から言えば、何も知らずゴミをつかまされた私は程なく無罪放免と相成った。

購入物を没収される事も無い変わりに払った金も返ってこなかったが。


ただ一つだけ言える……私の心はこの街に来た時以上に冷え切っていた。


とにかく、早く目的地に急ごう。

何か、長居するたびにろくでもない事に巻き込まれるような気がする。


……。


「ここか……」


中央の大通りから少し離れた路地にある宿、名前は略して"首吊り亭"との事。

不吉極まりない名前だが今の私には相応しいかも知れない。

軽くノックをしてドアを開けた。


「おう、お主がシーザーかの?遅かったのう」

「貴方がガルガン殿ですか?」


それ程広くない店内に、何人かの武装した男達と初老の店主がいた。

そして。


「……げっ」

「牢人殿。確かコテツとか言ったか」


先ほどの牢人がいた。

そして、


「なんじゃ、こ奴に会っていたのか?変な店を紹介されてはおらんじゃろうな?」

「あははははははは!いや?それ程でも無いぜ?ちょっと金貸しと武器屋を……」


「あー!シーザー来たお!生きてるお!良かったお!」

「なんて言うか……ごめんなさい!私達のせいでとんでもない事になっちゃって……」


どういう訳か、アルカナ君とクレアさんまでここに居た。


「まさか、帰り道であんな事になってるなんて……」

「勇者にはよくあるミスだお!余り気にしちゃ駄目だお!」

「良くある、事?なのか……?」


いや、問題はそこでは無い。


「ところで二人ともどうしてここに?」

「シーザーがここに放り込まれたって聞いて急いで家出して来たお!心配したお!」

「家出じゃないでしょうアルカナ!お父さん達の許可はキチンと取ってるのに家出だなんて……」


何故ここに居るのか気になって聞いてみると、

アルカナ君が背中に背負った箱を手渡してきた。


「装備一式入ってるお!剣も裁判所から取り戻しておいたお!」

「もう、送り届けてあげられる状況じゃ無くなってしまったから……私達に出来るのはこれが精一杯」


そうか。責任を感じていたのだな。

だが、気にする事ではない。

思えばあの時、余計な事に首を突っ込んだ理由の半分は、

己の誇りと自信を少しでも取り戻したかったから。

……実際の所、私の自業自得なのだ。


「おい、ちょっと待て……お姫さんの知り合いなのかよ……」

「コテツよ。歯がガチガチ言っておるぞい」

「装備か……」


どうやら牢人殿も知り合いらしく顔を青くしている。

しかし借金までしてようやくボロ装備を用意したと思ったら、

既に装備は用意されていた、か。

……嬉しいような、悲しいような……。


「……どうしたお?装備のお金はアルカナのお小遣いから何とかしたお。心配するなお?」

「あら?そう言えばその剣と鎧……何処で手に入れたのかしら」

「う、う、うわああああああっ!」


「あ、コタツが逃げたお」

「まさか……」

「昼間、あの人に出会って……金貸しと武器屋を紹介されたよ。まさか盗品市だとは思わなかったが」


……ぴしり、と周囲の空気が凍る。


「盗品市、だお?」

「……違うでしょ、アルカナ」


違う?訳が判らない。

結局問題にならなかったとは言え、盗品市は大問題だろうに。


「のう、シーザーよ。その金貸し……何という?」

「……確か、オーバー・フロー金融と……」


ガタン、と姉妹が席から立ち上がった。

顔色が青い。

……一体なんだと言うのだろう。


「急ぐお!まだ間に合うと思うお!」

「シーザーさん、お金は私達が立て替えるから証文をこちらに!」

「え?」

「ああ、やはりか……こりゃ無利子の罠じゃ!」


……罠!?

今の私を陥れても何にもならないと思うが?

それに、幾らなんでも一年以内なら同額を返済するくらい出来ると……。


「あの店、明日から一時休業するんじゃ!もし明日以降金を返す時は本店まで行かねばならぬ」

「本店は別な街にあるし、別なお店に返す時は本人じゃないといけない事になってるお!」

「だから、今日中に返済しておかないといけないの。明日以降じゃあなたは返済しに行けない!」

「そして、高利貸しは来年また戻ってくる、のか……この街の住民は悪魔ばかりかっ!?」


確かに、それでは街を出られない私では返済に行けない事になってしまう。

そうなれば、向こうはこれ幸いに、来年千倍に膨れ上がった借金を取り立てに来ると言う訳か。

……結局、クレアさん達に立て替えを頼み、

私自身は無言で差し出された紅茶のカップに口をつけている事にした。

冷え切った心にそれは余りに温かく、思わず泣きそうだ。

騎士の見習いになった時から、涙は己に禁じていた筈なのだが……。

と、ここまで考えて未だ騎士道を捨てられないでいる自分に思わず苦笑する。


「ままならない、ものだな……」

「そりゃそうじゃ。一度の過ちが一生後ろを付いて来る事もある……災難じゃったのう」


そして、そっと手渡される部屋の鍵。

手に取ると、店主が声をかけてきた。


「4989号室がお主の部屋じゃ、が……一つ聞いてよいかの?」

「なんでしょうガルガン殿?」


「いや、お主……何者なんじゃ?」

「と、言いますと?」


店主は怪訝そうにしている。

きっと、私も怪訝そうにしていることだろう。

……何者と言われても困るのだが……。


「うむ。お主への対応じゃが、何処かおかしいと思うんでの……厚遇と冷遇が極端でな」

「厚遇と、冷遇が……極端?」


「クレアとアルカナは父親の溺愛を受けておる。罪人一人無罪放免にするなど容易い筈なのじゃ」

「……だが私の件に限り断られたと?」


「そうじゃろうな。そのくせ装備の贈与は誰も止めず、こうして会いに来る許可はあっさり下りた」

「そちらは望外の厚遇なんですね」


「そうじゃ。しかも件の事件に使われた剣も、王家の強権を行使して取り戻しておる」

「……そんな事、普通、許される訳が無い、か」


そう考えると、確かに怪しい。

思えば全てのタイミングが出来過ぎていたような気もする。


「ああ。要するにじゃ、お主……何かの陰謀に巻き込まれた可能性が大じゃ」

「この地に来たばかりの私が?どうして?」


「さあ。わしは所詮宿屋の親父に過ぎんからの……さて、今日はもう遅い」

「ええ、それでは失礼します」


「うん。それとな。わしを相手にするのに敬語は要らんぞ。もっとざっくばらんで構わん」

「判った。ならばそうする」


一通り会話を終え、先ほど渡された装備一式の入った箱を抱えた。

そして私は地下にある個室に向かう。

……確かに考えてみれば死刑囚以下の扱いな筈の私に個室が与えられる事がまずおかしい。

しかも、それ以上を確かめる術は今の私には無いのだ。


「生き延びねばならない理由が出来たか……」


だが。彼のコボルト族の集落での出来事が誰かの陰謀だったとしたら。

そして私が誰かに嵌められたのだとしたら?

……私は真相を知りたいと思った。


「私の罪は罪、だが……」


もし、私にコボルトの言葉が理解できたのなら。

もしくは最初に出会ったコボルトが家畜小屋を燃やし畑を荒らしていたのではなかったら。

そう。例えば最初に見た時隣の集落の人々と仲良くやっている姿だったら私はどう思ったろう。

……今となっては詮無き話だ。

だが、こちらの選択肢を奪った何者かがいると言うのなら、

その意図は何処にあるのか?

疑問は尽きない。


「だが……もし、黒幕がいると言うのなら……借りは返してもらわねばな!」


朧げながらに見えた敵の影。

その存在に私は……。

……敵!?


「まさか……魔王ラスボス!?」


ありえる。あり得るぞ。

魔王の最後の言葉を思い出せ。

……疫病神を楽しめ。

そうだ、奴はそう言ったのだ。


「……そうか、そう言う事か」


成る程、そう言う事なら負けていられん。

いいだろう、

この惨めな境遇が魔王の差し金だと言うのなら、

諦めない限り私は未だ……勇者なのだ!


「私は必ずこの境遇を打ち破り、お前を打ち滅ぼすぞ!待っていろ、ラスボス!」

「五月蝿いぞい!」


ごつん、と杖で殴られた。

……しまった、他人の部屋の前で叫んでしまっていたか。

振り向くと怒り顔のご老体が居たのでとりあえず謝罪をする。


「申し訳ありません。少し興奮していました。重要な事に気付いてしまいまして」

「そうか。じゃがのう。地下では声が響くから気を付けるんじゃよ」


喋り方が先ほどのガルガン殿と似ているな。

年の頃が同じ位だから仕方ないのかも知れないが。

何にせよ、近所迷惑だったのは確かだ。


「ご老人、重ね重ね大変申し訳無い。私の名はシーザーと申します」

「わしは隠居の身でな……竹雲斎。周りからは含蓄爺さんと呼ばれておる」


「それは、妙なお名前ですね」

「本名は新竹雲斎武将(あたらし ちくうんさい たけまさ)と言う……趣味で迷宮に潜っておるよ」

「某は備数合介大将(そない かずあわせのすけ ひろまさ)」

「「「「「「「「「「某も備数合介大将なり!」」」」」」」」」」


お互いに自己紹介をしていると……いつの間にか同じ顔の男達に取り囲まれていた。

ええと、ひろまさ殿におおまさ殿にたいしょう殿におおしょう殿……?


「わしの家の家臣どもじゃ」

「備(そない)一族は祖国では名の知れた人材派遣の大家なのです」


成る程。竹雲斎殿の配下の方々か。

しかしどうやら地下一階でかなりの部屋から人が出てきて集まってきたようだ。

五月蝿くて敵わない。

いや、五月蝿くしたのは元々私なのだから文句も言えんが。


「昼は大抵こやつ等と迷宮に潜っておる。もし会う事があったら宜しく頼むぞ」

「貴殿は……どうやら迷宮に潜らねばならぬ境遇のようでござるな」

「時に部屋は何処ですかな?某が案内して差し上げよう」

「それはありがたい。4989号室なのですが……」


「ふむ。ならば地下49階の89番目……最奥部の近くだな」

「モグラの化け物やミミズモドキの怪物がたまに出現するが部屋にまでは侵入できぬ筈」

「負けるでないぞ?まあ、その首輪を見るに、例え負けても問題無いのだろうがな」


その言葉に地下の余りの深さに目を見開き、

宿だと言うのに魔物が出る事に唖然とし、

……命の軽すぎる自身の現状に唇を噛んだ。


「有難う御座います」

「うむ、精進せいよ?」


魔王に負ける訳にも行かない。

だが、私の目の前には遥かな関門が待ち構えていたのである。

……具体的に言うと、まずはこの地下49階までの階段降りが。


……。


「はぁ、はぁ……装備を抱えてこの距離は……地獄だ……」


ようやく部屋に辿り着いた。

流石にこんな所まで案内までさせられないと断ったが、どうやら当たりだったようだ。

少なくとも、まともな人間なら降りる時は兎も角あの階段を好んで昇ろうとは思わないはず。


延々と続く階段を下り続け、ようやく辿り着いたその部屋は、

地下深くだというのに天井の一部が発光し、昼間のように明るく照らし出されている。

備え付けの説明には、天井から伸びる紐を軽く引っ張ると明かりが灯ったり消えたりするとの事だ。


室内には備え付けのベッドが一つとクローゼット。

そして小さめの机が一つ。

囚人に対する設備としては過大すぎる程だ。


とりあえず装備の入った箱を開ける。

重いと思ったら、鎧が二着も入っている。

しかもその片方は故郷で着用していた伝説の鎧ではないか。

その上完璧な修理が施されている。

伝説の剣も宝石を含め破損していた装備がまるで新品同様だ。


「……いや待て。それはおかしい」


だがおかしい。あれから数日は経過しているとは言え、

伝説となった武具をそう簡単に修理できるものなのだろうか?


【彼等の用意した鍛冶屋の腕が尋常ではありませんでしたね】

「この声は剣の守護者!無事なのか!?」


疑問に思った時、伝説の剣の守護者が声を上げた。

砕けかかっていた宝石は今やかつての輝きを取り戻している。

……だからこそ空恐ろしいものを感じてしまうのだが。


「しかし、伝説の武具がそう簡単に修理できるものなのだろうか?」

【そんな筈は無いのですがね……まあ、修復された事は良い事です。問題はもっと別な所にあります】


「別な所?」

【……もう一着の鎧をよく見てみなさい。勇者よ、私は暫く現実逃避していますので……】


何処か遠く聞こえる剣の守護者の声。

こんな笑えもしない状況の私に声をかけてくれたことに感謝しつつ、

件の鎧を手に取った。


「鋼鉄製のフルプレートか。思ったより重くは無い。鋼板の厚さはそれ程でもないが……え?」


硬く、そして柔軟な鉄。

私は気付いた。気付いてしまった。

その防御力の高さに。


「素晴らしい出来だ……何と言うか、その……今まで着ていた鎧がおもちゃに見えるほどに」

【ですよねぇ……信じられませんよ。だってそうでしょう?これでもそれ、伝説の鎧ですよ?伝説の】


「しかも、値札が付いている」

【量産品に負けたとかありえませんよ。銀貨50枚?なにそれ、高いの?安いの?……こほん】


【ともかく、悲しい事ですが良い方に考えましょう。伝説以上の武具が手に入ったのだと】

「そう、だな……まあ、その……私は暫く帰れそうにも無いのだが」


……どうやら剣の守護者もその鎧の余りに出来に混乱をしていたようだ。

だがこの際はっきりさせておかねばならない事もある。

もしかしたら私の現状を知らない可能性もあるし、

この場を借りて言っておかねばならないだろう。

そう考え、私は剣の守護者に今の自身の現状を語って聞かせたのだ。


「……そう言う訳で私はこの地の法に引っかかってしまったのだ」

【ふむ。それで私に何が言いたいのです】


「魔物だからと彼等の真意を問う事も無く攻撃した私は勇者として失格かもしれない」

【だから?】


「幸い、召喚主は上の階に来ている。守護者よ、貴方だけでも元の世界に帰れるのではないか?」

【そして、新たな勇者の手に渡るのを待てと?】


「そう言う事になる。私の解放を待っていては何時まで経っても魔王を倒せない……」

【……そう言う事なら待ちましょう】


一瞬、何を言っているのか判らなかった。

……待つ。そう言ったのか?


「しかし放っておけばアラヘンは……!」

【もう、手遅れです】


て、おくれ?


【シーザー。貴方が勇者に選ばれたのは何故だか判りますか?】

「遺憾ながら。私が騎士団最後の生き残りだからだ……かつては私以上の男はごまんと居たのだが」


【ええ、その通り。未熟な貴方が適任になってしまうほどアラヘンは追い詰められていた】

「しかし!未だ居る筈だ、伝説の武具を扱える勇者の素質を持つものは!」


【辛うじて使える、などというレベルの相手に何を期待できます?貴方とて最低限の実力しかない】

「……ぐっ!」


元々見習い騎士で、この一年で騎士の数が激減したが為に正規の騎士に叙任されていた私だ。

確かに実力不足は否めない。


【アラヘンには数百もの伝説の装備が存在していました。しかし……】

「この一年、送り出された勇者達と魔王軍との戦いでその大半は失われた」


【そう。そして敗北の理由は……ひとえに使用者たる勇者の実力不足にあります】

「言われてみれば最初の勇者達十数名が倒されてからは負け続ける一方だったが……」


思えば魔王ラスボスとの戦いで、開戦直後は善戦する勇者も何名か存在していた。

武運つたなく魔王の元まで辿り着く前に倒されてしまっていたが、

その反省を生かし、私達は囮が戦っている内に魔王の元に直接向かうという戦術を取ったのだ。

もし、開戦当初の百戦錬磨の勇者達が魔王の元にたどり着いていたらどうなったか。

……詮無き事だが思わずそう考えてしまう。


【これも何かのお導きでしょう。勇者シーザー、貴方はこの地で戦闘経験を積むのです】

「待て、守護者よ!アラヘンはどうなる!?」


【破壊すると彼の魔王は言っていますが、幾らなんでも皆殺しにはされないでしょう】

「……勝てる算段が付くまで、待っていてくれと、そう言えと!?」


【どちらにせよ、王国軍は壊滅しているでしょう……この安全な地で力をつけるのです】

「……時間をかければラスボスはこの地に向こうからやってくる。この地の人々を巻き込めと!?」


故郷を見捨て、この地も混乱に巻き込めとでも言わんばかりの剣の守護者の言葉に流石に反発を覚え、

思わず声を荒げた。

……しかし、帰ってきた返答は冷徹そのもの。


【ええ。むしろこの世界の人々の援護を受けられるであろう分、その方が都合が良いかも知れません】

「勇者が人々の不幸を望めと!?」


【勘違いしないで下さい。私は剣……勝利への最適の回答を述べただけです】

「そうだな。そうだ……別に無理に巻き込まねばならないわけじゃ……」


【それも勘違いです。今の貴方に選択の余地などあるのですか?勇者シーザー!】

「……!」


確かに、確かにそうかもしれない。

……どちらにせよ、今のままでは街から出る事すら出来ない。

そして、罪人たる私の言葉に耳を傾けてくれるものは稀だろう。

必然的にこの地の人々も巻き込まねばならないのだ。


「もし、巻き込まない可能性があるとしたら……それは」

【魔王がこの地にやって来る前に腕を磨き、元の世界へ続く門を見つけ出す事……それぐらいですね】


「希望はまだ、ある訳だな?」

【貴方が諦めない限り】


その言葉を胸に刻み、軽く目をつぶり精神を集中させる。

そして伝説の剣を鞘に戻し、クローゼットに立てかけた。


「……明日から迷宮に潜る。剣の守護者よ、貴方を満足させられる使い手になった時また手に取ろう」

【その日が一日でも早く来る事を祈ります】


天井から伸びる紐を引くと、確かに部屋の明かりが消えた。

私はベッドに戻ると静かに手を組んだ。

成すべき事。

そして成さねばならぬ事を考えつつ。


「……そうだ。クレアさん達には魔王侵攻の事を話しておかねば。例え無駄だとしても」

【そうですね。もしかしたら、迎撃準備を始めてくれるかも知れませんしね……】


考え事をしながら静かにベッドに横たわる。

そして、何時しか私の意識は溶けていった……。


『こそこそ。まじめ、です』

『うんうん、さすがあたし等の見込んだ男の子でありますね』

『まあ、げいげきじゅんびはとっくにおわってる、ですが』

『10年前の大侵攻の時は兎も角、今のはーちゃん達がラスボス風情に苦戦はしないであります』

『……あだうちのひはちかい、です』

『やむなし、であります。勝った上で誰かが倒れないと、後々慢心が敗北を呼ぶでありました』

『そう。あれが、さいぜん、だったです……』

『まあ、シーザーにはくーちゃんの問題を解決してもらえばそれでOkでありますがね!』

『とりあえず、さいしょのいべんとのしこみ、できた、です』

『りょうかい。では、きょうは、このへんでかえる、です』


妙な音が断続的に聞こえるせいか、

微妙に寝苦しかったが。


「……地下のせいか?何かささやくような妙な音が聞こえるんだが……」

【そうですか?私には何も聞こえませんが】


……。


そして、翌日の朝……と思われる時間帯。

暗闇の中起き出した私は、部屋の明かりを付けると早速迷宮に潜る準備を始めた。


「愛用の剣とフルプレート……はは、あの店で購入して役立ったのは結局この革靴だけか」

【伝説の武器はきちんと仕舞いこんで置くのですよ?】


「ああ、それじゃあ行って来る」

【こほん。勇者よ、汝の行いが故郷とこの世界の命運を握っている事を忘れないよう……さあ行け!】


そして、私は迷宮に赴くべく、

……まずは地下49階から地上目指して階段を昇り始めた。


「よお!新顔かい?精が出るな」

「お、おはよう御座います」


重い鎧を纏い、汗を流しながら長い階段をただ無心に昇っていく。


「いい運動になりますよねこれ。貴方は地下何階にお部屋を?」

「よ、49階です」


「……大した坊やね……尊敬するわ、わざわざこんな……」

「だな。普通はそこまでやらないぜ」

「?」


何故か行き交う人たちに声援を受けつつ。

そして私はようやく太陽の光の差し込む扉の前までやってきていた。

……朝に部屋を出てもう昼近く、のような気がする。


とりあえず朝と晩の食事は賄われるらしいが、

果たして昼に朝食を取る事など出来るのだろうか……?

等と考えつつ、私はガルガン殿の待っているであろう地上一階の酒場兼食堂のドアを開け、


「ひ、姫様ぁあああああっ!あ、アンタがいけないんだ!そんな風に俺達を誘惑するから!」

「そ、そうだそうだ!いや、そうじゃねえ!ちがう!そうだ!」

「だから俺達は……軍にも居られなくなっちまって!くそっ!くそっ!くそっ!があああっ!」


「待つお!おねーやんには指一本触れさせないお!あ、剣を頭に刺しちゃ駄目だお!痛いお!」

「ご、ごほっ……待て、待つんじゃ……お、落ち着かんかお前ら……!」

「嫌!嫌、嫌ああああああっ!来ないで、来ないでえええええぇぇぇぇっ!」


「「「ごほっ、がはっ……」」」

「く、くそっ……魔道騎兵が馬無しでは無力だと思ったら……ぐうっ……」


血みどろになった店内、

倒れ臥す戦士達。

壁に叩きつけられた口から血を吐くガルガン殿。

そして店の隅に追い詰められ、怯えながら丸めた絨毯を盾のように突き出すクレアさんと、

それを取り囲もうとする目を血走らせた何人かの男達。

更にそれを阻止しようと、脳天に剣を突き刺されたながらも仁王立ちを止めないアルカナ君。

……そんな余りの惨状に呆然とする羽目に陥っていた。


「な、一体何が!?」

「し、シーザー……奴等を、奴等を止めてくれい!」

「シーザー!おねーやんを助けるお!何でか知らないけど護衛の追加が来ないお!おかしいお!」


「なんだよお前……止めてくれるのか?」

「言っておくがな。俺達は被害者なんだぜ?ひ・が・い・しゃ!今にも加害者に化けそうだけどな」

「このお姫様が眩しすぎる笑顔なんか見せたりしたから俺達はよ……いや、いい笑顔なんだぜ?」


い、一体何なのだ!?

真っ昼間、それも客の居る店内とはとても思えない。


「く、クレアさんが何かしたのか!?例えそうだとしても怯える女性に乱暴を働こうとは何事か!?」

「微笑んだんだよ」


「は?」

「だから笑ったんだよ。三年前に!いや、判ってるんだ!仕方ない事なんだ!」

「俺達が未だ城で警備をしていた頃の事だ!ああ!駄目だ!もう駄目だ!」

「そのせいで俺達は死刑囚扱いよ!悪いのは姫様だ!ああ……俺のもんにしたい……したい……」

「ち、ち、近寄らないで下さい!帰って!お願い!」

「おねーやん!そんな怯えたような声じゃ逆効果だお!もっと覇気を持って言うお!」


男達は異常なまでにヒートアップしている。

このままでは惨状は必至。

……訳が判らないのは変わらないがどう考えてもコイツ等はおかしい。

そもそも、目の焦点が合っていないような気もする。

まるで、何かの術にかかっているかのようだ。

そう、精神操作の術を食らったような……。


「くっ!止むをえん……少々乱暴になるが、許せ!」

「……あーん?なんだそりゃ!」


咄嗟に走り寄り、剣を抜き放つ。

そのまま峰打ちを、


「畜生!それじゃ駄目だ!遅すぎらあああああああっ!」

「ぐぼっ!?」

「し、シーザーのみぞおちに膝が入ったお!痛そうだお!?無事だお!?」


しようとした瞬間。

私は逆に丸太のような腕で頭部を押さえ込まれ、鳩尾に手痛い膝蹴りを食らっていた。

……脚の動きが見えなかった、だと!?


「格好つけんなよ。こっちの事情も知らないくせに……」

「誘惑されたんだよ……誘惑されたのはこっちなんだよ……畜生……!」

「正気に戻らんか!ごほっ……こ、後悔するぞい!?後悔するのは自分でも判ってるんじゃろ!?」

「あ、あ、あ……やだ……来ないで……何で、私は……そんなの望んでないのに……」


こちらへの興味を失った男達がクレアさんの元に向かう。

そしてその手が彼女の肩に……!


「駄目だ!止めるんだ!」


もう、手加減している場合ではなかった。

剣を構えなおすと裂帛の気合を込めて振り下ろす。

……死刑囚以下の現状で殺しなどしてしまったら最早助かる筈も無い。

昨晩の誓いも何もかも消えてなくなってしまうだろう。

だが、目の前のこの暴虐を黙って見過ごせる訳も無い。

……後の事は……後で考えるだけだ!


「おおおおおおおおっ!真っ向、しょううううぶ!」

「五月蝿いんだよ!それに遅えよ!それじゃあ俺達は止められねぇ!とまれねぇ!」

「元守護隊、舐めんな!」



あれ?

私の剣が、飛んでいる?

手放した覚えは無いが。


「にゃああああああ!?シーザーの腕が飛んでるんだおーーーっ!」

「ちっこい姫様も五月蝿いんだよ……アヒャヒャヒャ!ほれ、もう一本くれてやる」


「ふぎゃあああああっ!?目ん玉串ざしにされたおおおおおおおおっ!?」

「やあああああああっ!アルカナああああああああっ!?嫌ああああああっ!」


私の腕が、飛んだ?

いや、待て、それはつまり……。


「さあ、お待たせだぜ姫様……逃げてくれよ……じゃないと、もう」

「駄目だお!アルカナが相手……ぷぎゅっ!?踏んづけちゃ駄目だお!痛いお!痛いお!」

「へへ、へへ、へへへへへへへへへ!」


……!


「止めろと言っているーーーーーーーッ!」

「何度も五月蝿いんだよ!止めてくれるなら頼むからもっとそれなりの実力で来てくれや!」


思考は戻っていなかった。

腕が切り飛ばされた事に気付けなかった事もそうだが、

その後のクレアさん達姉妹の危機に勝手に体が動いて突撃し、

……だが空しく太い腕で首を掴まれた。

圧倒的な技量と腕力の差にどうすれば良いかすら判らなくなったその時、

ボキリと言う音が己の首から響いて来る。


「ふん。格好付けるからそうなるんだぞ?ああ、やっちまった……!」

「首輪があるから首への攻撃は無いとでも思ったか!?」

「ヒヒヒヒヒヒヒ!もう、我慢できねぇ!ぐ、ぐぐぐ……姫様……も、申し訳ありません!限界だぁ!」


さすがにもう、体の何処からも力が湧いてこない。

ただ、抜けていく。

穴の空いた水がめから水が噴出すかのように。

力が入らない。

ありえない方向に首が曲がっている……。


でも、片腕が動いた。

だから私は、

必至に男の一人の足を掴んだのだ。


「何だ?」

「お、コイツ……未だ動けたのかよ」

「大した、根性……だ、な……」


だが、力が入っている訳ではない。

僅かに向こうの気を逸らすのが精一杯。


「ひひひ、ひひひ!限界だ!気を紛らわせないともう限界だ!丁度良い、殺そう、こいつ殺そう!」

「そうすりゃ、破滅までのカウントダウンは遅らせられるか……」

「まあ、なんだ……許せや……!」


稼いだ時間は僅かに数秒。

既に痛みは無い。

ただ、視界が赤く染まって、誰かの叫ぶ声が聞こえた。

それだけ。

……誰も逃げられない。

逃がす時間も稼げなかった。


「なさけ、ない、な……」

「そうでもないっすよ。上出来っす!」


「あ、あああああああ!」

「た、隊長だあ!よく来てくれたぁ!」

「は、早く俺達を吹っ飛ばしてくれ!ケヒヒヒ!て、手遅れになる前に!」


だけど。

どうやら本物の英雄の登場までの時間は、稼げたようだ。


「お前達も、良く……耐えたっす、ねっ!」

「「「ぐああああああああっ!」」」



気を失う直前、頭上では、

数回の打撃音……と呼ぶには余りに衝撃的な炸裂音が何度か響いていた……。


……。


「そうだねー。期待以上の根性だったよー。偉い偉い」

「かいふくざい、どばー、です」

「予想以上の逸材であります」

「何言ってるお!おねーやんの貞操が大ピンチだったお!傷物になったら世界が滅ぶお!」

「…………あーちゃんも、きずのてあて、するです」


「ひっく、ひっく……ぐずっ……」

「ほら、くーちゃんも泣かないででありますよ……遅くなってゴメンであります」

「何考えてるかは知らないっすが、姫様のトラウマを酷くしてまでやる価値のある事なんすかこれ?」

「お前ら……今度は何を企んでおるんじゃ……」


気が付くと、私は店の床に……そこに敷かれた絨毯に寝かされていた。

テーブルクロスを丸めたらしい枕で目覚めた私は、周囲を取り囲む人数の多さに目を見開く。

更に、その中には……。


「おう。なんつーか……悪かった。済まん。謝る。それと、ありがとな……」

「まさか発作が起きた時に近くにクレアパトラ姫様が居るなんて思いもしなかったんでな……」

「クソックソックソッ!何でだよ!もう三年だぜ!?なんでまだ……なんでだよ畜生!」


先ほどクレアさんを襲おうとした男達まで居た。

何故だ?さっきと全く雰囲気が違う……。


「……おねーやんの異能のせいだお」

「自分と本質的には同じ力の筈っすが……いや、女の子だとここまで悲惨な事になるとは」

「「「うおおおおおおっ!ひ、姫様、申し訳ありませんーーーーッ!」」」


「ひいっ!?……い、いえ。元を正せば私の不注意のせいで……」

「駄目だお!そこはもっときっぱり叱るお!そうでないといつまでも力に負けたままだお!」

「そうっすね。克服しないといつか魅了した男どもに押し倒されるっすよ……」


「い、一体何の話なんだ……」

「問題なのは"魅了の微笑"(ニコポ)と呼ばれるくーちゃんの先天性能力であります」

「こうかは、ほほえみかけた、いせいを、とりこにする、です」

「くーちゃんは、それを生まれながら持っていたんだよー」


微笑みかけた異性を虜にする能力?

それは凄まじい……。

いや、何でそんな能力を持っていながらあんな目に?


「……虜にした後精神的に優位に立てないから、逆に支配されそうになるでありますよ」

「要するに"惚れた!俺の物になれ!"って事だよー。そんな訳でしょっちゅう襲われかかるんだよー」

「せいしんてきゆういにたてれば、ぎゃくに、しはいも、かのう、です。……はいひーる!」

「性格的に、難しいみたいでありますがね……」

「魅惑した相手を足で踏まれれば幸せ状態!に出来れば何の問題も無いでありますが」

「たりないのは、はき、です」


……成る程、クレアさんは先天的に微笑みかけた相手を魅了してしまう特殊能力の持ち主なのだ。

ところが気の弱い所があって、魅了した相手の虜にされかかってしまうと言う訳か。

先ほどの男達の様子を見る限り、

一度受けると中々効果が抜けず時折耐え難い衝動に襲われるようだし、

何の対策もしていないとまさしく狼の群れの中に子羊、となってしまう訳か。


今回は護衛が間に合わず危ない所だったようだ。

……私の足掻きが彼女を救ったのなら、これほど嬉しい事は無い。


「しかし、大変だな……今後も同じ事が繰り返されるのだろう?」

「本当は最終解決しちゃえば楽チンなんでありますがね」

「……彼等のような者達は百名単位で居るけど、私のせいで極刑なんて……」

「一応、笑顔時の素顔を間違って見ちゃった被害者ではあるからねー」


「けどそこで"そうだね"と言えないから舐められるんだお!でも、優しいおねーやんは大好きだお」

「あながちまちがってない、です」

「そうだよー。そこで非情に徹する事が出来るならとっくに能力を制御できてる筈だよー」

「まあ、それが出来るようなら姫様じゃないっすけどね」


ふむ。しかし、だとすると。

彼女は一生このような悪夢に怯え続けるのだろうか?


……ふと、出会った時の事を思い出す。

クレアさんは前のアルカナ君を抱くようにして後ろに居た。

そして、その表情は覆面で隠されていた。

だが、今思えば彼女はあの時怯えていなかっただろうか?

アルカナ君を抱き抱えていたのではなくて後ろに隠れていたのではなかったか?

そして、あの感情を抑えた表情もただ間違って笑ったりしないように自制しているだけでは無いのか?

そう思うと、目の前で怯えている彼女が酷く不憫に見えた。

それはきっと、彼女にとっては野犬の群れに食い殺されるよりずっと身近な脅威なのであろうから。


ことん、と横で音がした。

……先ほどの戦いで早速破壊された鎧がもう修復されている。

修復で思い出したが私は腕をもぎ取られた筈だが、それも元通りになっていた。

一体どうやって、とは聞かない方が良い様な気がする。

多分魔法なのだろうが、そんな強力な魔法は聞いた事が無いし。


「とりあえず、くーちゃん顔色悪いし、今日は宿舎に送っていくよー」

「とりあえず、しーざー。よくやった、おもう、です」

「じゃ、あたし等はこれで行くでありますね」


風のように去っていく子供達。

……誰なのか聞く暇も無かった。


「俺達も行くよ」

「……暫く部屋から出ない方が良さそうだしな」

「はぁ……気が滅入るばかりだ」


とぼとぼと去っていく元兵士達。

そして、


「シーザー、良くやったお!おねーやんと世界は助かったお!レオも大義であったお!」

「ははは、どんと来いっすよ」

「そう言えば、貴方はあの村で戦った……レオ殿と仰られるのか」


「そうっす。リンカーネイト近衛騎士団長、レオ=リオンズフレアっす。よろしく」

「こう見えて、20人以上の子持ちだお!」

「……それはまた……」


若いように見えたが実はかなりの歳なのだろうか。

まあ、あれだけの剣術を使うのならご婦人方に人気があるのも頷けるが。


「そうそう。今日はアンタに迷宮の入り口付近を案内しようと思ったっすよ」

「本当はおねーやんも付いてきたいって言ってたけど、アルカナだけで我慢だお!」

「……アルカナ君も付いてくるのか?」


そう言えば、結局未だ迷宮の位置すら知らなかった。

……案内が付く、しかも騎士団長?

それを疑問に思わないでもなかったが、

この場合ワガママを言い出したアルカナ君の護衛と言う意味合いが大きいと考えた方がいいだろう。

まさか目の前の騎士団長が、魔王ラスボスの暗躍にかかわっているとも思えないしな。


まあ、最低限の警戒だけはしておくべきだろうが。

おっと。それと挨拶も忘れずに、と。


「では、今日は宜しくお願いします」

「いやいや此方こそ。まあ、お手柔らかに行くっすよ……まずは迷宮入り口のエリア」

「行き先は入り口付近の王国管理下の場所だお。その名も"中途リアル迷宮"なのら!」


こうして、私は付き添いの騎士と姫君と共に迷宮に挑む事となったのである。

……初日、それも迷宮に潜る前から厄介事に巻き込まれすぎている気もするが、

きっと今は不幸が纏めて来るような星のめぐり合わせなのだ。

だからもうすぐ運の開ける時も来る。

せめてそう信じて先に進もうと思う。


いずれ来るであろう魔王ラスボスとの決戦。

その前に出来る限り実力を付けねばならない。

いや、その前にする事があるか。


「そうだ……レオ殿。実は……」

「魔王ラスボス?今の我が軍にかかれば恐れるに足りないっす。心配無用っす」


……駄目か。やはり脈絡も無く危機を説いても何の効果も無い。

彼の魔王が来ればその余裕など吹き飛ぶのだろうが……。


いや、私が早急に力を付け、こちらから向こうに出向いて倒せば良いだけの事。

こちらの世界に迷惑をかけることもあるまい。

まずは実力を付け、そして故郷に通じる門を探す。

……それが私の成すべき事。


「さあ、この先にある灯台が見えるっすか?」

「……ええ」

「あの地下に入り口があるお!周りの屋台は美味しいけど割高だから気をつけるんだお?」


ここは隔離都市エイジス。

遥かなる異郷の地。

私の新たなる冒険は、今、ここから始まるのだ。


「ああ、そうだアルカナ君?」

「なんだお?」


「さっき、目玉をくりぬかれていた様な気がするが……」

「あのくらい唾付けとけばすぐ治るお!心配要らないお!」

「まあ、ご兄弟でまともな生き物はクレア姫様だけっすからね」


……おかしな知人達と共に。

続く


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