隔離都市物語
エピローグ
≪ 私 ≫
気が付いたら乳飲み子になっていた。
……私の現状を言い表すには他に丁度良い言葉が無い。
「あ、お……こえあ……い、あい」(あの、これは一体?)
「あ、坊や。目が覚めたのかしら?」
厳密に言えばこの目の前の女性の腹から生まれた時からはじまり、
今日この日まで普通に赤ん坊として何の疑問も無く生きてきたのだが、
ようやく頭が冴えて段々と状況が掴めて来た、と言うところか。
「ほう。この子が、アンタの子供かのう?ほい、お届け者じゃぞい」
「ああ、手紙の配達ですか。こんな朝早くから有難う御座います。冒険者って言うのも大変ですねぇ」
「別に冒険者と言っても魔物と戦ってばかりじゃないんじゃ。特にわしの様なCランク程度だとのう」
「そうなんですか?あ、あの人からだ……よし、今月もキチンと仕送りしてきてる」
まだ頭がボーっとしていて良く考えが纏まらないが、
考えてみれば普通の赤ん坊ならまだ自我の芽生えにすら至っていないだろう。
私は生まれ変わったのか誰かに憑依したのか?きっともう少し育てば……。
と思いつつ、何処かで見たような初老の戦士を見送る。
「ありあおー、おあいあいあ」(有難う御座いました)
「おや、元気じゃな……さて、マスターから最近やりすぎな若造を懲らしめろ言われておるし行くかの」
「そうですか。じゃあお気をつけて」
……時折聞こえる"商都"やら"トレイディア"と言う単語にどうも聞き覚えがある。
私は一体誰だったのか?何故このような状態に陥っているのか?
考え込んでいると熱を出してしまうので余り長くは出来ないが、頭の中の記憶を必死にほじくる。
そして一つ思い出した。
「おお、おえいえああ?」(ここはトレイディアなのか……そう言えば一度門だけ見た事がある)
「あら?お腹空いたのかな?ふふ、貴方のお父さんに早く見せてあげたいわね」
……更に暫しの時が流れる。
私が違和感に気付いたのは、母親と近所の女性達のとある噂話を聞いたときだ。
「聞いた?奥さん……最近大公様と教会の仲が急激に悪化してるって噂!」
「聞きましたよ。教団が隊商に通行税を吹っかけるようになって、お陰でうちの家計も火の車よ」
「裏では異端審問会と聖堂騎士団の対立問題があるとか……」
私は母に抱きかかえられながらその井戸端会議を傍聴していたのだが、
その余りの不穏さに驚きを隠せない。
第一あのハイム様が自らの使徒達を押さえられない筈が無いのだが?
……だが、次の台詞で私は呆然とする事になる。
「大司教クロス様辺りがどうにかしてくれないかしら。あ、お隠れになったんでしたっけ」
「最近名の知れるようになったカルマって冒険者になにやら弱みを握られたって噂よね」
「怖いわね……門外のスラムの連中もだけど、ああ言うのって追い出せないのかしら?」
「うーん。うちの人はあの連中相手の商売してるし居なくなるのは困るわぁ」
冒険者、カルマ?
それに大司教クロスとは確か五大勇者の一人で20年も前に亡くなった人の名ではないか!?
まあ、不審ではあるが今の私に何が出来る訳でもない。今はただ情報を集めるだけだ。
「この子もまだ小さいし……不安ね」
「そう言えば旦那さんはまだ帰ってこないの?」
「どうせ今も浮気の真っ最中よ。いい所のお坊ちゃんみたいだし……生活費が届くだけマシかもね」
「酷い話ねぇ」
「……そう、ね……アハハハハハハハ」
井戸端会議の参加者の一人から、必死に場を取り繕おうとするオーラが出ていたのが気にはなるが、
おおかたその父親の浮気相手なのだろう。
だが……この母親は怒りをを感じさせず私にも良くしてくれる。
また大人になる事があったら、どうにか恩返しをしたいものだ。
「じゃ行こうか坊や……そうだ、今晩貴方のお父さんが来るらしいの。お祝いのお酒を買いましょう?」
「あぃ」
年の頃は死ぬ前の私はおろか、クレアさんよりも年下かもしれない。
しかし、余り宜しくない相手に引っかかったようである。
……まだあどけなさの残る母親に私は少し同情していた。
「いらっしゃい」
「マスター。お酒を分けて欲しいんですけど」
だが人の心配をしている場合ではなかった。
その母が向かった店の名で私はまた驚く事となる。
"日照りの首吊り人形亭"略して"首吊り亭"……私の良く知る名だ。
だが、マスターは全くの別人だし店構えも随分と違う。
正直な所、余りの一致と不一致に私は混乱を始めていた。
「どうしたで御座るかお嬢さん……以前ここで働いてた人で御座るよね?」
「ええ。主人が帰って来るそうなのでお祝いのお酒を買っていこうかと思って」
「応、あんたか……まったく、悪い男に引っかかったそうだな……自分は大事にしろや?」
「心配要らんわいライオネルよ。その男からはきちんと毎月仕送りが来ておるよ」
……しかも、知り合いに似ている人達は居るがやはり違う。
なんと言うか、若いのだ。
これはもしかしたら、私が体験しているのは生まれ変わりと言うものなのかも知れない。
あの時代から何年経ったのだろうか?……そして私がここに生れ落ちた理由は?
私の価値観からすればあれだけの事をしでかした以上地獄に落ちても足りない。
だと言うのにこの現状はぬるま湯以外の何物でもないのだが……。
いや、もしかしたらその罪悪感を抱えて生きよと言うハイム様辺りのメッセージかも知れんな。
「応、そうだ!ちょっとその赤ん坊貸してくれや!」
「え?何でですか」
「ああ、なるほどのう……」
その時、突然ライオネル殿に似ている方が私を母親の腕からつまみあげた。
「いやな。ほら、そこの奴」
「……うわぁ、何あの不穏な空気……」
「カルマの奴が……ああ、お前さんが辞めてから来た男じゃがな、奴が居なくて拗ねておるのじゃ」
そして言われて見た視線の先には……漆黒の闇を背負う丁度クレアさんと同い年程度の少女の姿。
何故だろう。その人を見ていると似ても似つかないのにアルカナ君を思いだした。
……私はどうしてしまったのか?
「……先生、まだ帰ってこない……」
「ほれ、ルン。ちょっとコイツ持ってみろ」
「うあ!?」
「ええっ!?な、何をするんですか!?坊や!?」
いきなり押し付けられた赤ん坊に、少女も面食らったようであった。
目を白黒させながら私を見ている。
「……赤ちゃん?」
「カルマの奴もその内帰ってくるだろ?新しい魔法習ったんだよな?今はそれ覚えるのに集中しろって」
「そうじゃな。あの森での一件で……奴も厳しい立場になった……身を隠して当然じゃ」
「ガルガン殿!?目が遠いで御座るよ!?ガルガン殿ーーーーっ!?」
騒がしい酒場の店内で、母親の心配そうな視線を受けつつ私は少女に抱きかかえられていた。
……しかし、まるで虫でも見るような目だな。
余り気持ちの良いものでは……む?急に視線が柔らかくなったのだが。
「……赤ちゃん。可愛い」
「応、そうだろ?俺も娘が、ちびリオが生まれた時は……」
少女は暫く抱きかかえた私の頬を突付いたり引っ張ったりしていたのだが、
その内ジッと私の顔を覗きこんで呟いた。
「……赤ちゃんは可愛い……だって、私を馬鹿にしない……」
「暗っ!?」
「……苦労しておるのう、ルンも」
何だろうあの台詞は。
余りの内容と雰囲気に思わずヒッと声が漏れると母親が過剰に反応し、少女の腕から私をもぎ取った。
正直ほっとしたのは自分だけの秘密だ。
……ところでまた聞いた名前が……ルン、となると……。
その名はもしや……そしてそうなると、ここは、まさか……いや、だがそれは流石に……。
なお、私の父親はその日結局家に戻ってくる事は無かった。
言い方を変えるとどうやら別の女の家に行っていたらしい。
……人間のクズなのだろうか?今回の私の父親は。
まあ、どちらにせよ私は現状を享受するほか無い。
せめて親孝行が出来たら良いのだがと思う。
……前世で両親が早死にした私としては切にそう思うのだ。
……。
と、そう願う事自体が間違っていたのだろうか。
「ぼう、や、逃げて……にげ……ガハッ!?」
「ぶっひいいいいいっ!」
それからそう遠くないある日。
……母が死んだ。
豚顔の化け物……オークに殺されたのだ。
先日から起こっていた戦争はその戦火を拡大し続け、遂にこの街の中にも敵の侵入を許している。
それは突然の出来事であり、逃げそこなった市民も大勢居た。
そしてあろう事か敵は街で飼われていた魔物を見つけ出し……そのまま放ったのだ。
ともかくその逃げ遅れた人々の中に私と母も居た。
やむなく家の中で隠れて居たのだが、食料の匂いを嗅ぎつけた魔物に見咎められ、この始末だ。
……私は何も出来なかった。
「ぶひひっ、ぶひひひひっ!」
「……」
出来る訳も無い。こちらは床を這うのが精一杯の赤ん坊なのだ。
そして不意に思う。そうか、これが罰かと。
生まれてきてすぐ何も出来ず殺される。それが私への罰なのだろうか?
「ウガアアアアアアアッ!」
「ぶひ?」
死を前にしているにも拘らずそんな事を考えていると、突然床か巨大な腕が生えてきた。
そして私の目の前の豚顔の魔物が襲われていく。
地下の下水から伸びてきたらしいその腕はオークを無造作に掴み上げ、連れ去る。
しかも……悲鳴と租借音が聞こえ、すぐに静かになった。
「それ、ちがうです」
「オーガ。もう少し右であります。握りつぶすのは禁止でありますよ?」
「あまり、さわいじゃ、だめ、です」
「はーちゃんがうまれるまでの、がまん、です」
そして更にもう一度伸びてきた腕は、今度は私を捕まえて地下へと引きずり込む。
……抵抗は意味が無いし、そもそも不可能であった。
覚悟を決めるほかあるまい?何せそれ以外何も出来ないのだから。
「やっほい、です」
「初めまして。もしくはお久しぶり、であります」
そして、私は遂に私の事を知る見知った顔に出会う事になる。
「うがあああああっ!」
「しーっ、です。みつかったら、また、おりのなか、です」
「さ、**を連れてさっさと撤収であります」
懐かしい顔に抱きかかえられ、私は下水を進んでいく。
この先への不安は頭に浮かばない。ただあるがままを受け入れる他無いのは良く分かる。
ただ、この変わり果てた私を彼女達が何故認識できたのか。それだけが疑問だった。
……。
私は地下の一室に閉じ込められていた。
……壁際の机の上には哺乳瓶が置いてある。
どうやらこれを飲めと言う事らしいが、四つん這いにすらなれない赤ん坊にとって、
これは絶壁の崖に等しい。
一体あの方達は何を考えているのか?
そう考えていると、突然天井に穴が開き、そこからあの方達が……アリシアさん達が降りて来た。
壁伝いに降りてくるその姿はやはり人間ではありえない動きである。
いや、そもそも、だ。
「くわっ、です」
「さて。現状は理解してるでありますか?」
「この、まるとばつで、こたえる、です」
回答用の○×の形をした人形を手にした彼女達が3セット合計6人居る事自体がおかしいし、
その瞳も人間のものではない。
……まあ、それは私にとっても予想の範疇ではあったが。
「じゃ、だいいちもん……ここが20ねんくらいまえって、しってた、です?」
私は○を選んだ。何年かは兎も角ここはどう考えても過去の世界だ。
何故そうなったのかは置いておくとして、
その程度の事はリンカーネイトの人々ならやりかねないとは思う。
何せ何一つ常識と言うものが当てにならない方達なのだから。
「じゃあ、うまれかわったところで、こんごは、あたしらのために、はたらく、です」
「……うー」
「うわ。一瞬で×を選んだであります。流石は元シーザー」
とは言え、この選択肢を選ぶ訳には行かない。
わたしは何処まで行ってもアラヘンの騎士。
何故なら私は……!
「じゃあ、くーちゃん、しんじゃう、です」
「それでも良いのでありますか?」
「!?」
なっ!?今何と!?
思わず×の人形から手を放してしまう。
「……だって、分かってると思うけど誰かが守らなきゃ生きのびれる子じゃ無いでありますよ?」
「もしや、そんなの、ブルーが、まもればいい、おもった、です?」
そしてその言葉を聞いて、今度は一瞬の狂いもなく○を選択する。
そうだ。あの方さえ居れば正直な所私など居なくても……。
……と、ここで私は気付いた。
アリシアさん達がニヤニヤとしている事に。
「じゃあ、がんばる、です」
「自分で言ったんだから絶対上手くやるでありますよ……アオ?」
ポンポンと叩かれる肩。
そして、同時に否応無く理解してしまった事実がある。
今の私が……他ならぬアオ=リオンズフレアその人である事に。
いや、ある意味これからそうならざるを得ないという事実にだ。
もし私があの人にならないとなると、数年後にクレアさんは死んでしまう事になる。
5歳のお披露目の際の混乱はそれほどの物だったらしいと聞いている。
「アオ。アオはもうシーザーじゃないでありますよ!」
「あらへんに、ぎりだて、するひつよう、ないです」
「それに。もし、できないと、くーちゃん、あぶない、です」
「……やってくれる、です?」
……私は改めて○を選んだ。選ばざるを得なかった。
そして決意する。
やる以上は私の記憶に残るあの人そのものに成らねばならないと。
恐らくそうでもしなければ足りないし間に合わない。
そうでなくば、ブルー殿があのレベルに至るまで己を鍛え上げた理由が判らないではないか。
「……じゃあ、さいしょのしごと、です」
「出来るだけ早く自分を鍛え上げるであります。ノルマは三ヶ月以内に剣を振れる様になる事」
「これは、つぐない、です」
「普通は出来ないと言う言葉は認めないでありますからね」
私は返答の代わりに目を閉じると、己の意識を切り替えた。
……。
アリスさん……いや、アリス様の言うとおり、今の私に無理や無茶と言う言葉を使う権利は無い。
私が論理的に出来うる全てを行ってようやくブルー殿……あの人に追いつくと言うのなら、
最早瞬きほどの時間も無駄には出来ないではないか。
「……うーっ、あーっ!」
「あ、さっそくはじめた、です」
「これなら守護隊結成までに間に合うでありますかね?」
「これが、ほんとうにブルーなら、できる、です」
私は壁に近寄ると、まず立ち上がる訓練を開始した。
行軍も出来ないのでは話にならない。
剣を振るのが目的と彼女達は言うが、つまり戦力になれと言う事だ。
少なくとも走れなくては軍人失格なのだ。そしてその為には基礎体力と反復練習が必要になる。
剣を振る事より、立ち上がって走れるようになるのが私の急務だ。
まともに体が動くようになれば、剣も勝手に振れる筈。
「そうだ、なにかほしいもの、あるです?」
「こっちも無理を言う事になるし多少の無理は聞くでありますよ?」
それを聞いて私はアリシア様に近づいた。
……勿論よろけそうになる足を必死に叱咤して、だ。
今更、楽だからと言う理由で床を這いずる訳には行くまい。
「……あー」
「て?どうした、です?」
「指で何か書いているで……お墓でありますか?」
そして私は罪人である。
だから、私の望みは己の事であってはならないと思う。
故にアリシア様の手に字を書いた。
……母の墓を立派に作って欲しい……と。
「……うん。わかった、です。おかーさんは、だいじ、です」
「わざわざあそこで死ぬはずだったアオを助けた甲斐があるってもんであります」
アリス様達はそれに感動を覚えたようだ。
にこりと笑って、次に全員で顔を見合わせてこくりと一斉に頷き、
ある物を私に手渡してきたのだ。
『『『『だおだおらー♪アルカナらー♪』』』』
「!?」
「ちっちゃい、あーちゃん、です」
「20年先から送られてきた、生前のシーザーの体内に寄生してたあーちゃんの血肉であります」
……アルカナ君の血が体内に入り込み、その辺りから時折頭の奥より声がする事には気付いていた。
しかし、指先サイズとは言えまるで当人のように見える所を見ると、
本人の行っていた"ちっちゃなアルカナ"は真実であったのだろう。つまりこれはアルカナ君の血肉。
『さあ、ちっちゃなアルカナを食べるのら』
『ハー姉やんからぱわーを授かって来てるお!』
『アルカナが居ればガンガン育つお?』
『帰る本体がここには無いから宜しく頼むお。今日も大義であったのら!』
それらがそう言いつつ、勝手に私の口にもぞもぞと入り込んでくる。
苦しいが文句を言うのも申し訳ない気がするし、
そもそも意味のある言葉をまだ喋れず、私は目を白黒させる羽目になった。
「!?」
「因みに基本効果は"死亡時に体力を極僅かに回復"と"自然治癒、超回復率の向上"であります」
「さらに、しんわざ"追記"(リトライ)もついか。おめでとう、です」
脳内に力が入り込んでくる。必死に転ばないようにしていると、
いつの間にか私の頭の中にトンテンカンテンの音と共に新しい力の内容が流れ込んで来たのだ。
技の名は"追記"(リトライ)と言い、
脳内を活性化させて周囲の時間を自分の認識上遅くする事が出来るようだ。
更に、行動が致命的な失敗を招いた場合、
自分の全存在と引き換えに意識を過去の自分に転写すると言う凄まじさ。
無論、過去の自分はそれを元に行動を最適化しようとする。
それを続ければいずれは必ず目的に手が届く。しかも意識を転写して消滅した自分とその歴史は、
転写された時点で書き換えられ消滅し、無かった事になるという凄まじさだ。
これがブルー・TASを名乗ったあの人の根拠か。
この"追記"と言う魔法そのものがあの人の使っていたアシスト用ツールなのだろう。
何にせよ……これだけの力があれば、あるいは……!
そう思っていると、アリシア様が横から私を突付いた。
「……あたしらから、ちゅうこく、です」
「人の頭は何度も同じ情況を繰り返すのに耐えられないであります」
「だから。これ、きけんすぎて、きほんてきに、だれにも、つかわせられない、です」
「アオ?言っておくけど……擦り切れる事だけは無いように。でありますよ」
……良く判らないが、とりあえず○を選んでおく。
なんにせよ、あの人はそれに耐え切ったのだ。
私が限界までやればそれに届くと言うのなら、やるしかない。
そう、全てはあの笑顔を守るため。
最後に私が泣かせてしまった彼女の為ならば……今の私は何だってやり遂げてみせる。
何故なら……今の私は、彼女の為に存在しているのだから!
……。
その後の事は記憶がかなり擦り切れていて良く覚えていない。
昼も夜も無く、ひたすら闇の中で己を鍛え上げる日々が続く。
分かるのは時間的余裕が全く無いと言う事実のみ。
「ある瞬間までは歴史を書き換えたくないから、まだ余り派手に動けないのでありますよ」
「そう、れすか」
スコップで小突かれ、体当たりで天井に叩き付けられる。
頭の奥からドンデンガンガンと音が響く中、私はようやく持てるようになった小枝を必死に振り回す。
「ほら!折角鍛え上げられた剣技の記憶があるんだから、それを有効に使うであります!」
「あたしらは、あまり、おもてに、でられない、みのうえ、です」
「だから、アオには人間としてガンガン派手に暴れて貰わないといけないのでありますからね?」
「はひ!」
ならばそろそろ一撃入れられねばおかしいだろう。
そう思い"追記"(リトライ)を発動させる。
……満足に動かない体を補うべく最善の動きを模索する。
一回目、失敗。
二回目、失敗。
百回目、まだ失敗。
千回目、まだだ、まだ届かない!
一万回、何故だ、これならいける筈なのに!
……10万回を越えた辺りで諦めの気持ちが湧いてくる。
だがその直後にあの時の記憶が、クレアさんの泣き顔が脳内を駆け巡っていく。
そうだ、こんな事でくじけている場合では無い!
……気を取り直し百万回、二百万回、五百万回……。
そして数えるのを止めた頃、遂にその一撃がスコップを弾きアリス様に届いた!
「はああああ……あ!」
「痛い!?であります」
「……いっぽん、です」
「うわーい、まだ乳離れ出来てない赤ちゃんに一本取られたであります!」
ようやく事を成した安堵感に私はその場に倒れこんだ。
現実での時間経過はたった3秒。出来た事は木の枝で相手の額をぺちりと叩いた事のみ。
だがその為だけに一体どれだけの時間を経験した事か。
……これからのあまりの遠さに気が遠くなりかけるが、そこで一つ気が付いたのだ。
成る程、これが私への罰か。人に勧められない力を与えた理由か、と。
「これなら、いける、です」
「アオ、今日からブルーを名乗るであります……守護隊結成までに一般兵位までは強くなるであります」
「……にいちゃの、そばに、さいきょうぶたいを、しゅつげん、させるため。です」
「あい!」
これから先の私の人生に失敗は何一つ許されない。これはその為の力だ。
だがそれは即ち、成功するまで先に進めない事も意味する。
だが構うまい。何故なら私は……!
「りんかーねいとの騎士として、さいぜんをつくします!」
「……あ、まだ、けんこく、してない、です」
「その名乗りはもう少し待つでありますよ?」
「……あい」
「あんまり落ち込まないでであります……」
どうやら私には、格好良く決める権利すらないらしい。
まあ、それも止む無しだが。
……。
その後は必死に体を鍛え上げ、
離乳食から卒業する頃には辛うじて兵士と呼べるだけの肉体が完成していた。
私も努力はしたが幼児の身での訓練は体に負担が大きすぎる。
多分アルカナ様の血の力による所も大きいのだろう。
「おつ、です」
「ブルーもすっかりガチムチ幼児でありますね」
「有難う御座います。で、遂に……ですか?」
どさりと地面に置かれる全身鎧。
私の体にあわせて特注されたそれは、まだ不完全な骨格を補うものであり、
子供であると言う見た目のハンデを覆い隠すためのものでもあった。
「もうじき……レキ大公国が、建国されるであります」
「いまごろ……にいちゃ、むらまさに、さされてるころ、です」
「竜王の誕生ですね」
今まさに地上では、カルマ陛下が王妃様や千名の精鋭とともに南下をしている最中らしい。
そして、この戦闘で致命的な負傷を負った陛下は人ならぬ存在に昇華なされるとの事だ。
……アリシア様達も人ではない。それ故内心喜んでいるのかも知れない。
いや、敬愛する"父にして兄"の身に起こった不幸に怒り狂っているのか?
だがまあ、そんな事は細かい事である。
これで虐げられていた三万もの人々と、後に百万を超える奴隷階級の人々が助かるのだ。
まだ歴史を変える訳には行かない私達は、せめてその事を幸いとせねばならないのだ。
「じゃあ、れきに、いくです」
「久々の太陽に目を焼かれないように注意でありますよ?」
「はっ!」
そして、久々に太陽の下を歩いたその日。
私は"歴史"を目撃する。
「ウィンブレス!ライブレス!並んで叫べ!」
新たなる"大公"の命の元、二頭の巨竜が天を舞う。
「聞け!レキ大公国の忠勇なる臣民諸君!」
「彼の竜達は我が友人。この良き日のためわざわざ集まってくれた者だ」
「聞け、我こそは戦竜。人であり、竜でもある!」
その宣言に人は驚き、そして納得した。
陛下のして来た事は普通の人々にとっては遠い御伽噺に過ぎなかったのだから。
人間ではないと言われた方がまだ納得できた筈だ。
「諸君、聞いてくれ。我々は世界の負け組。三万程度の敗残者の群れに過ぎない。だが!」
「今は俺という庇護者が居る。……俺に従え!そうすれば生きる為の糧はくれてやる!」
そして同時に畏怖と安堵が広がる。
この土地に集った彼らは流浪の身の上であり、奪われるのを恐れる弱者でもある。
普段であれば嫌悪が先に立つであろう宣言も、
彼らにとっては絶対の守護者が生まれたと言う福音に他ならない。
「この地に俺達の理想郷を作り上げる!異論は認める!が、気に入らないなら出てけ!」
「従う物には幸いを!抗う物には滅びを!世界の動乱をこの世界の果てで嘲笑うのだ!」
「敗者にも再起の機会を!底辺より這い上がるチャンスを!それを与えられる社会を目指して!」
段々と高まる周囲の熱気。
「ここに、カール大公の名の下にレキ大公国の建国を宣言する!」
私はその建国宣言に被せるように声を張り上げた。
いずれ王となるお方とそのまだ生まれぬ姫君達の為に。
彼らは……あの方達は……こんな所で躓かれてはいけないのだ!
「カール大公殿下、万歳!」
私の声に引き摺られるように、周囲から万歳の声が上がり、周囲の熱狂は最高潮を迎えた。
殿下か。そう言っているのも今の内なのだがな。
……聞きようによっては不穏ですらある内心を押し殺し、私は訓練場にむかった。
休んでいる暇は無い。既に戦乱はすぐそこまで迫っているのだ。
そして私に出来るのは戦う事と、戦うものを用意する事だけなのだから。
……。
まあ、後は特に語るまでも無い。
子供に志願されてもなと困る係員や兵士を薙ぎ倒し実力を認めさせた上でアリス様の紹介状を手渡し、
正体を隠した上で極普通の志願兵としてレキ大公国軍に入隊。
続いて鎧で誤魔化しているとは言え見た目の小ささでどうしても侮られる所を、
文字通り実力行使で挽回していく。
……普通ならばこれで嫌われる所だろうがそこはアリサ様以下の情報操作と、
昼も夜も無い訓練漬けの生活を見せ付ける事で周囲を納得させた。
「……言葉ではない……行動で語るのみ」
「それでいい、であります。守護隊の構想がにいちゃから降りてきたから、さっさと行くであります」
「ここから、ほんばん。です」
そして遂に守護隊が結成された。レオ殿……父が隊長を勤める部隊である。
元の時代では間違いなく最強の存在であったが、残念ながら今ここに居る者達は違う。
「支給品を見たか?凄い鎧だよな……」
「それに殿下から直接凄い力を貰えるそうだが、それだけで勝てるのかねぇ?」
「勝てるではない。陛……殿下を勝たせて差し上げるのだ!」
「へいへいお坊ちゃん。まあ、適当にやるさ」
この時点ではまだ彼らは僅かながらの魔力の際を見出されただけの一般兵に過ぎなかった。
文字通り守護の為、硬くてしぶとい部隊であれば良い。陛下の期待もその程度だろう。
……だが、それは認めない。
何故なら私は……あの最強部隊の姿を知っているからだ。
そうでない姿など、見ていられん!
「なあ、サンドールの大軍相手に本当に勝てるのかよ」
「勝てる。カルマ様の元であれば必ず勝てる!……私が先頭を切る。貴方がたは後に続けばいい」
「へっ、ガキが……とは言え、お前は本当にやっちまうからな」
「そうだな。こんなチビ助に負けてる場合じゃない。俺達だってもう負け犬じゃないのさ!」
ある時は怖気づく兵達を必死に叱咤し、
「1に訓練、2に訓練だ!」
「意味有るのか……そこまで鍛え上げなくとも……」
「貴方がたとして、馬に乗った貴族様に大きな顔されても良いのならそれで良いがな?」
「……それは、余り面白くないな」
「仕方ない、やるか。チビ助一人だけ頑張って俺達がだらけてるのも問題だしな」
丁度良い比較対照もあるので、適度に煽って向上心を高める。
「な、なあ……マナリアが滅ぼされたとか……」
「勇者相手に勝てるのかね、新副長」
「恐れるな。我等が王は何ものぞ!?そして私達は……その王の最強の盾なのだぞ!」
そして……最強の敵を前にして遂に……、
「そうっすね。ブルーの言うとおりっすよ……自分等が王国を支えるんす!やるっすよ皆!」
「私達が規範となるのだ!リンカーネイト万歳!国王陛下万歳!」
「「「「万歳!万歳!」」」」
私の知る最強部隊は完成したのだ。
……。
その後も私の戦いは続く。
「ふふん。今や守護隊こそが王国の顔だ!」
「王妃様の直属とは言え、代々貴族だってだけで偉そうにされてたまるか!」
「愚か者が!その考えこそがお前達の嫌う"貴族的"な"選民思想"である事に気付かないのか!?」
「副長?ではどうするので?」
「連中、段々付け上がってますぜ……貴方程の男がそれを見逃すのか!?」
「行動で高尚さを示せ!私達の主君は絶対にそれを見ていて下さる!……と言う事でお願いします」
「あい、さー。です」
「実際威張ってるのは魔道騎兵でも竜騎士団でもないけどねー」
「とりあえず、何もしないで威張ってるのはねえちゃに告げ口、であります!」
「……と言うか、入国させないでありますよ。多分その方が早いし」
リンカーネイトが強国になるや否や増えてきた旧マナリア系の貴族階級の横暴を阻止し、
同時に守護隊が偉ぶらないよう誘導し続けた。
こんな事で崩れて欲しくは無い。慢心は堕落の温床なのだから。
「「「「「うおおおおおおおおおっ!」」」」」
「ひっ!?」
「なんだこれーーーーーーっ!?」
「姫様をお守りする!手すきの者は姫様を視界に入れないように円陣を組めっ!」
「ぶ、ブルー……来てたんすか?ってアオーーーーーーッ!?何やってるんすかお前はーーーーっ!?」
クレアさんが生まれた時は、私自身が挙動不審にならないよう出来るだけ離れていた。
だが逆に5歳のお披露目……運命の日には前日から壇上の下で待機しその御身を守る。
……非番?それがどうした。休んでいる場合ではないだろう?
「アルカナだお!」
「誰だよ!?」
「おとうさん。この子……いもうとだよ!呼んだの!」
「いや、何言っておるんだ末妹?」
「失礼します!アリサ様よりお話がありました!かのお方は未来から来た正真正銘の姫君です!」
「またお前っすかア……いやブルー」
「だまってれば、おもしろいのに、です。……いたい、です」
「いやブルー!?怒らないでであります!ゲンコツは駄目でありますよ!?」
「……これは別問題です。食事抜きを提言されたくなかったら、早くアルカナ様の事を陛下に!」
「「「「ひええええええええっ……です」」」」
「「「「ブルーが怖いでありますよ……」」」」
突然アルカナ君……いやアルカナ様が降って来られた時は、
いち早く駆けつけ混乱する前にその所在と生まれを明らかにしたりもした。
……そう、色々な事が有ったのだ。
……。
だが、それもまた、今や良い思い出だ。
結局不甲斐無い過去の自分は何もかも私と同じ選択をし、二日ほど前に消え去った。
計画は完遂された……私は"あの人"に。ブルー・TASになれたのだろうか?
疑問は残るが何にせよ、これで予定は完了。
舞台に上がっていた方達にも全てをお話しする事が出来る……。
「そして、今……こうして閉じた時の輪が再び開いた訳です。姫様」
「……ふーん」
「おねーやん不貞腐れてるお。でも気持ちは判るお!」
今私は、姫様がたと共に首都アクアリウム屋上の大噴水の傍に居る。
クレア姫様は軽く頬を膨らませながらベンチに座って足を揺らしている。
……まあ、当然だろう。
結果的に私は姫様が生まれてからずっと、嘘をつき続けて居たのだから。
嫌われても仕方が無いのだ。きっとそれも私に対する罰の一環なのだろう。
「ですが、あの時話した事は全て事実です。姫様が毅然と対処されていたらアレは死なずに済んだ」
「……分かってる。分かってるよブルー。でもね。やっぱり納得行かないよ!?」
「騙され坊主をしてたアルカナ達の怒りを食らうお!てやっ!」
とはいえ折角の成長を無にしたくないと苦言を呈した所、怒りを買った様だ。
アルカナ様の全力パンチがぽふっと飛んでくる……が全然痛くは無い。
むしろ微笑ましくて泣きたくなるほどだ。
……なお、アルカナ様が本気で殺しに来る時は大声で叫んで来る。
歌を極めるという事は逆説的に音痴も極めていると言う事。
周囲に広がる超振動で全てを破壊する必殺技が使われる事も無く終わったのはとても喜ばしい。
とは言え、どういう結果にせよ彼女達の心に傷を付けてしまった。
私はその責を負わねばならないのだろうし、それだけの対価を払わせた以上、
それ相応の成長を出来るよう促さねばならない。
だが、姫様達は分かってくれたようだ。
頬を膨らませながらもじっと遠くを見て考えている。
「本当に納得は行かない……でもね。皆にそこまで心配かけてたのかな、って悲しくもなるな」
「それがお分かりなら立場に見合った強いお心をお持ち下さい。貴方なら出来る」
「それが本当に出来ると思ってるのかお?元シーザーの癖に」
無論、簡単ではないだろう。
表向きの表情を取り繕う事は出来ても、本人の性根は変わり難い物なのだ。
だが、アルカナ様は一つ忘れてはいないだろうか?
「無論、このアオがお手伝いします。いえ、ご迷惑でも勝手に手伝います!」
「言い切ったお!」
「え?いえ、迷惑って訳じゃ……でもいいのシーザーさん……じゃなくてブルー?」
困惑したようにクレア様は言う。
だがクレア様もお忘れのようだ。
「今の私はリンカーネイトの騎士ですから」
「……ああ、そっか」
「でもその割にアラヘンの存続には尽力したお?」
それはそうだ。かつての祖国への愛着が消えた訳ではないのだから。
ただ、今は"ご恩"を受けているのが此方と言う事もあり、奉公先の違いで優先度が変わっただけ。
だから、かつての古巣に対して、最後の大規模援助&転移門完全封鎖を提案したのだ。
……生き延び得るだけの物は与えた。後はアラヘン国王陛下の手腕次第だ。
だが流石にその後までは責任を持ちきれない。何せ、私はもうシーザーではないのだから。
少なくとも、今の私なら同じ状況に陥った場合アラヘンの陛下でも切り伏せているに違いない。
「姫様が陛下にどれだけ大事にされているのか……アレは本当の意味では理解していなかったのです」
「それを知っててあんな事をしたのなら、おとーやんが本気でぶち切れてたお」
「……そ、そうなの?」
それはもう。ファンクラブどころかクレア様を信仰対象にしたカルト教団まで存在するくらいだ。
なお、私も数百回襲われているが、あそこ出身の精鋭も多いのが悩ましい。
因みに陛下から合法化にGOが出てしまった事もあるという恐ろしさである。
まあ、そうなる前に色々とやって潰したのだが。……私が。
「ともかく、全ては終わりました。姫様も強くなられた。まずはハッピーエンドではないでしょうか?」
「……ふん、だ。何がハッピーエンドなの?ブルーなんか知らない!馬鹿ぁっ!」
「あ、おねーやん。待つおーーーっ!?」
……また殴られてしまった。頬に紅葉のようなカタが出来る。
だがあの方にしでかしたことを考えるとこれぐらいで済んだだけで僥倖なのだろう。
もう二度と相思相愛となる事は無いだろうが……それでも私は。
「あ、ブルーだ。ふふ、ほっぺたに赤い手形が付いてるね。この色男?」
「困ったものですね。クレアも事情を理解はしているのでしょうに」
「それが人の心と言うものです。それが理解できるように務めてください。殿下」
「……(こくこく)」
その時、第二王妃様とグスタフ王子殿下、そしてガーベラ殿下が現れた。
私は王子に苦言を呈し、ガーベラ様には特に深く御礼を申し上げた。
今回の事でガーベラ殿下は一ヶ月の長きに渡りクレア様の傍に付き添う事になった。
後々の仕事に響いてくるだろうにその優しさと友情には頭が下がるばかりだ。
「それにしてもさ。ぶーちゃんがまさかそんな重い過去を持ってるとは思わなかったよ」
「いえ。私の事など細かい事です」
「言われて見ればブルーの言動の節々にライオネル節があるんですよね。良く隠し通したものです」
「……はぁ(父親と似てないから仕方ない、のポーズ)」
第二王妃様と私の縁は深い。
私は兵舎を中心に行動しているし、三王妃の中で第二王妃様は軍事が専門。
元傭兵と言う肩書きは伊達ではないのだ。
とは言え、その親交は普通の上司と部下と変わりなく、特に目立ったエピソードなど無いのだが。
「と、言う訳でぶーちゃん発見。じゃ、カルマ君の所に行こうか?」
「はっ。陛下が私をお探しですか?分かりました、すぐ参ります」
「じゃあ僕らも帰りましょうか……あれ?ガーベラ……僕の腕を引っ張って何処に行くのですか?」
「……(恋する乙女の目+いっぺん死んで来い馬鹿と言う視線)」
相変わらず仲の良い王子殿下達に一礼し、私は主君の元へ向かう。
そして。
「まあ、言いたい事は色々有るが……まずは長きに渡る任務ご苦労、と言っておく」
「はっ!」
「と言う訳で吹っ飛べ」
「は?」
殴り飛ばされた。
壊れないよう衝撃を殺しながら天井に張り付き、床に降り立つ。
「……どう言う事でしょうか?」
「にいちゃ、おこってる、です。……がく」
「やっぱり、くーちゃんがお怒りで話もしてくれないから悲しんでるのでありますよ、イタタタタ」
玉座の周りには簀巻きにされたアリシア様達が泡を吹きながらコロコロと転がって居る。
ああ、やはり案の定報いの時が来たか。
陛下に隠し事などしたからこうなる。ならば私も覚悟を決めねば。
「分かるか?手塩にかけた娘に口も利いてもらえない父親の悲しみが……え?」
「はっ。申し訳ありません!我が首を」
と覚悟を決めたら何故か陛下の怒りが頂点を迎えた。
しかもどこか怒りの焦点が違う気もする。
一体何が悪かったのか……。
今回の一件。アリサ様達も陛下を想って行った事なのは分かっておいでの筈だが?
「お前まで殺したらクレアだけでなくレオにまで口利いて貰えなくなるわボケエエエエエエッ!」
「まあまあ、伯父上落ち着くのだナ」
荒れる陛下を尻目に私はフリージア殿に引き摺られていく。
陛下は怒りのやり場を無くし震えているが、
自分の行為が八つ当たりだとは気付いているのだろう。
私達を呼び止める事もしない。いや、出来ないで居た。
最強の力を持ってしても……いや、だからこそ解決できない問題もあるのだ。
私はアオグストゥスになってからそれを学んだ。
「はっはっは、クレアにふられたのだナ!?ブルー」
「仕方ありませんよ。それだけの事をしでかしていたのですから」
さて、それは兎も角私は何処に連れて行かれるのやら。
いつの間にか城の入り口まで来ているのだが。
「うん、どうせブルーも色々あって落ち込んでいると思ってナ!どこか遊びに行くべきだと思うゾ!」
「……承知した。フリージア殿の温情に感謝する」
「じゃあアルカナも慰めるお!」
首をフリージア殿に掴まれ、足には降って来たアルカナ様をぶら下げ、
私は何処かへと連れて行かれる。
私とシーザーが同一人物だと知られてから、お二人の私への扱いが酷いような気もするが、
まあそれも止むを得ない事なのだろう。
私は罪人、彼女達を傷つけた罪は一生かかっても償わねばならないのだから……。
「ところでアルカナ?クレアの様子はどうなのダ?」
「相変わらず不貞腐れてるお!」
「ふむ。ならばその内に私がブルーを貰ってしまっても構わんよナ?」
「おねーやんが要らないなら仕方ないと思うお?」
天には今日も眩い太陽が登り、燦々と大地を照らし出す。
「でもじっさい、ブルーは、だれと、くっつく、です?」
「あーちゃんの勝率が三割とだけ言っておくであります」
「10年間勝負が付かなかった場合だけどねー」
「なあ、俺の振り上げた手は何処に行けば良いんだ?簀巻きの妹達よ……」
「しらない。です」
「て言うか許してでありますにいちゃ。そろそろおなか減ったであります!」
素晴らしき日々が続く事を私は願う。
リンカーネイトに栄光あらん事を。
そして……神よ。
我が姫君達に幸福を与えたまえ!
「あ、クレアがこの状況を嗅ぎつけたゾ!?」
「逃げるお!フリージアはブルーを引っ張るんだお!アルカナはこのまま足にしがみ付くのら!」
「……行ってらっしゃい」
「ルーンハイムの姉ちゃん。いいんすか?……いやそこで不思議そうな顔をしないで欲しいっすよ!?」
……段々とリンカーネイト流とでも言うべき、
何処か締まりきらない空気に染まっていく自分を感じながら私は姫様達の幸福を祈った。
ここから先の未来は決定されていない……筈だ、多分。
だが今後もより良い未来の為に、私は尽力して行こうではないか。
そう誓いながら、私はフリージア殿に引き摺られていくのであった。
ああ……今日も、良い天気だ。
我が太陽達よ、永遠なれ。
……。
幻想立志転生伝外伝にして蛇足・隔離都市物語
これにて、終幕
≪蛇足の蛇足≫
「妹どもの幸福?当然だ。わらわを誰と心得る?」
「……そう言えば神は貴方様でしたね……」