隔離都市物語
20
自称平和な日々
≪勇者シーザー≫
あの悪夢のような条約締結から更に一週間が経過している。
私は魔王軍壊滅よりの2週間を訓練と傷の養生に当てていたが、
正直な所その後の行動をどうするべきか測りかねていた。
装備の修復も間も無く終わるが、例の条約が気になっていたのだ。
「と言う訳でブルー殿、和平条約とはいかなるものかお教え下さい」
「シーザー。心配するな、お前がラスボスと戦うのに支障はあまり無い内容だ。細かく言うと……」
私は例の射的屋の奥でブルー殿と木剣をぶつけ合いながら話をしていた。
直接迷宮に潜れないなら鍛錬に精を出すほか無い。
……やはり、時間を無駄にはしたくないのだ。
「……と言う訳だ。私としてはこの条約案に大きな穴があると思うがシーザーは、どう!思う?」
「ぐっ!……条約内容は"魔物"に限定されています。つまり私は条約の想定外、かと!」
"どう!"の部分で繰り出された一撃を受け流し、私は答えた。
ついでに"かと!"の部分で反撃も繰り出しておく。
魔王間和平条約はどうやら一言で言えば相互不可侵条約に近いものらしかった。
ラスボス側はこの世界から出て行く。代わりにハイム様はそれを追わない。
……端的に言えば決められ事はそれ一つだ。
無論、例外はある。
「そう、だ!……ただし私は駄目だそうだ。守護騎士ブルーは魔王討伐禁止、などと小手!先の技を」
「ぐはっ!?……そ、れはまた、高く評価されたものです、ねっ!っぐあっ!?」
私の稽古の相手をしてくれているこのブルー殿がそうだ。
魔王ラスボス側はこの強力な騎士が魔王討伐隊に加わるのを何とかして阻止したい、
そう申し入れてきたらしく、ハイム様もそれを二つ返事で引き受けたのだとか。
因みに今、ブルー殿が"だ!"の部分で踏み込んできたのをまともに食らってしまい、
挙句に"小手!"で文字通り小手を叩かれ、剣を取り落としてしまっている。
……胴、打、小手……次に何処を狙うかまで親切に教えてくれているのに私ときたら……!
「ふーん。要するによ……姫さんの魔物さえ来なけりゃ負けはしねえぜって事かよ」
「だから人間の精鋭が必要な訳だな?ふふふ、まあ俺は金次第で引き受けるが?」
牢人殿と戦士殿が部屋の隅に座り此方の話を聞いている。
そしてその脇にはフリージア殿が壁に背を預けながら立っていた。
牢人殿は有名税とやらで街中を歩くと怪しげな団体に寄付を強要されるようになったそうで、
最近は何かあるとここに避難してくるようになった。
そして戦士殿は拠点の街を捨てさせる羽目になってしまった為、
責任を取る形で引き続き私が雇用している。
最初は金に煩い彼を疎みたくなる事もあったが、実際は職業意識が高く優秀な人材だ。
因みに命まではかけてくれないらしく危なくなったら自己判断で逃げると言われていて、
それ故に傭兵とは名乗らないと彼は言っていた。
ともかく途中で逃げると言う宣言は確かに問題だが、私としてはその正直さは美徳だと思っている。
「ところでよ……マルク……良い儲け話があるんだけどよぉ?」
「いらねえよコテツ。お前の詐欺っぷりはフローレンス先生が警告出すレベルだぞ?」
何にせよ、以前の連中のように背中から刺される心配が無さそうなのが何より助かるが、
彼らと共にラスボスと戦うにせよそうでないにせよ、この世界に迷惑をかける訳にも行くまい。
ともかくもう一度条約の内容を頭に叩き込んでおこう。
実際の文面はもう少し言葉を飾ってあるが、簡潔に言うと以下の通りだ。
1、下記に魔王ハインフォーティン(以下、甲)と魔王ラスボス(乙)間の取り決めを定める。
2、甲と乙はお互いの保有する魔物の軍勢に対し以下の条文を守らせる義務を持つものとする。
3、甲と乙は戦争状態を解消し、以後条約が破棄されるまで両者間での戦闘行為を禁止する。
4、乙は甲の領域である世界から奪い取った領土を即時返還する。(履行済み)
5、甲は乙が条約調印時に保有している軍隊に対し食料10年分を手配する。(履行済み)
6、甲と乙双方とも条約違反があった場合魔王の誇りに賭けて以下の罰則を受け入れるものとする。
7、条約違反の魔王は、腹に刃を突き立て背中まで貫く事によりセップクをするものとする。
8、なお、守護騎士ブルーに関しては本条約内での分類では人ではなく魔物として扱う事とする。
まあ、要するに"ラスボスは帰れ、お駄賃はやるし追わないでおいてやるから"と言う事らしい。
ラスボスにとっては屈辱的だろうが、あれだけの負け戦の後の条件としては破格らしく、
顔面蒼白、かつ汗だくでうなだれながらも書類にサインする他無かったらしい。
……そんな魔王の姿は見たいような見たくないような……。
「それで、穴とは……つまり2番の"魔物の軍勢"の部分ですね。つまり人間なら問題ない」
「そうだ。……隙あり!」
「そんな訳で"魔王軍に所属する人間"の私は余裕で攻め込めるのだナ」
「……しかも、それの支援に関する禁止事項も無い……何ともズボラな契約書だ。正気ではない」
戦士殿(名はマルク)の言うとおり何とも緩い縛りの契約書だと思う。
これなら私が攻め込むのであれば何の問題も無いのではないか?
……私はそんな風に思うのだ……強烈な突きを受けて転ばされながらだが……。
「いや、シーザー。これはな……ラスボスはお前を誘っているのだ」
「……私を?」
鍔迫り合いをしながら私は疑問を呈する。
「流石に向こうの世界に入ってからはハイム様もお前を支援できない」
「それは戦闘行為に当たるのですね?」
「そうだ。ラスボスはお前を血祭りに上げる事でせめてもの溜飲を下げるつもりだろう」
「……そこを逆手にとって魔王を討ち取るのが私の役目、と」
ブルー殿が頷く。
「そうだ。敵地での味方への補給は戦闘活動に定義されかねん。出来るのは諜報や工作活動程度だ」
「手出しは厳禁だが自軍領域で軍外の輩に援助するのは自由、か」
成る程、それなら私にも存在意義が出てくるというものだ。
私が負ければ祖国はそのまま魔王ラスボスの物となる。
だが勝てば祖国解放。
うん。判りやすいではないか。
「それにな。穴は一つでは無いぞ?……色々あるが一つだけ教えてやるか。5番だ」
「これは……ハイム様はラスボスに食料を渡したのですか?」
「そうだゾ。やつらにはもう食い物が無いからナ……暴走させない為のセーフティなのダ」
成る程、理に適っている気がする。
しかしそれの何処に穴があるのだろう?
「ヒントをやろう。既に食料は一括で10年分引き渡された」
「……そんな量を一度に用意できたのですか!?……あ……」
「なあシーザーよぉ……連中壊滅してなかったか?」
「雇い主。うちの先生によれば向こうに帰れたのは一個小隊程度だった筈だぜ?」
「と言うか、噂のシスター情報網はまだ健在なのカ……恐ろしい話だナ」
そうだ。無論アラヘン側にも守備隊や残してきた兵士は居るだろう。
しかし、広大な占領地を維持する、と言うか占領地から一気に収奪する為に、
兵の大半をこちらの世界に連れて来て、挙句にその殆どを失ったらしい。
撤収できたのは魔王と四天王、そして近くに居た数名の側近のみ。
残りは条約締結までの一週間の間に、
この時を待っていたかのような奪還部隊により、占領地全域のほぼ全部隊で各個撃破された。
流石の魔王もあの状況では新たな転移門を開く事も出来ず、
歯噛みしながら見ているしかなかったらしい。
それでもラスボス側も魔王軍。腐ってもその兵は全軍で3万名程度も残っているとの事。
だがその殆どは文字通り本当に腐っている……つまりアンデッドで水増ししたと言う話だ。
……待てよ……アンデッド?
「条約締結時の"生きている"魔王軍兵士は僅か2000名。それなら余裕だろう?」
「アンデッドは食事をしませんからね……魔力補給は必要でしょうが……」
ブルー殿はニヤリと笑う。
「姫様が準備すべきはあくまで生者の為の食事であり"備品"の整備用物資は別問題だ」
「……アンデッド兵をあくまで備品と言い張りましたか……恐ろしい……」
2000名を10年食べさせるだけの食料。
確かに大量な事は変わりないが、そのレベルならばハイム様達ならば容易に準備できるだろう。
大幅な譲歩のように見せかけ、内実はお粗末……大した役者だ。
「……ふふ、シーザー。まだ二つ目の条約の穴は全貌を見せていないぞ?」
「まだ何か?」
「なあ、シーザー。10年も保存できる食料品を何種類くらい思い付く?」
「……ここで知った缶詰とやらに……干物?……あれ?」
そう言えば。例え穀物でも10年の月日を腐らずに耐えうるのだろうか?
いや、例えそうだとしてもただ黙って腐らせはしまい。
腐る前に食べきってしまうか兵数を増やすかするだろうから嫌がらせにも……ん?
「食料が10年分あっても、結局どう足掻こうが10年はもたないのでは?」
「だから一括で渡したのだ。奴等にはそれを元手に増やすと言う事が出来ないからな」
「向こうは補給に疎いからナ。倉庫が空になるまで何故不足したのか気付かないと予想されているゾ」
嫌がらせと言うレベルではなかった!?
無いものならばあるもので工夫するだろうが、あると思えば無くなるまでは使われるだろう。
そして、あると思っていた物が無いとなれば……。
「それだけではなく、もし話が長引いた場合、敵側の結束を乱す効果も期待されている」
「倉庫番は災難だと思うゾ?」
……軽く考え付くだけで嫌な予想が頭を埋め尽くした。
これはきつい。少しばかり人間不信になりそうだ……。
「隙が大きすぎるぞシーザーっ!」
「ぐはっ!」
そんな風に考え、かぶりを振った所を木剣で手酷く打たれた。
頭頂部にヒリヒリと痛みが走る。
考え事とは言え、鍛錬中に気を抜きすぎたか……。
「……今日はここまで。他にも穴は幾つもあるが、それは良く考えてみると良い」
「はい!」
稽古の終わりを宣言された私は剣や木人を片付けはじめた。
ともかく私にもまだ出番はあると言う事だ。
それが判っただけでも幸いだったと言えよう。
「よっと。じゃあ俺は行くぜ……もう英雄ごっこはこりごりだ」
「コテツは相変わらず腰抜けだナ」
「結局俺に英雄様は似合わなかったってだけよ……ま。忘れ去られるまでは稼いだ金でお茶を濁すわ」
「では代わりに俺が稼がせてもらうぞ。この戦いは結構な金になりそうだ」
去る者が居れば新しく来た者も居る。
何にしてもその縁を大事にしたいと思うようになった。
不思議なものだ。
故郷で暮らしていた頃は、牢人殿のような輩は反吐が出るほど嫌いだった筈なのだが。
「……マルク。金で敵側に転ぶなヨ?」
「そりゃあ先の見えない3流のやる事だ。信用を無くしちゃ次の仕事が来ないからな」
ぴたりと牢人殿が止まった。
何か言いたい事でもあるのだろうか?
「悪いが最後に言わせて貰うけどよ。お前の先生も酷いもんだったんだぜ?」
「ああ。先生は金貸しとしては一流、聖職としては二流だが人としてはな……ま、報いは受けたがね?」
「俺もまだ夢に満ちてた冒険者時代、最初に組んだのがあの人だったばかりに……かゆ、うま…」
「ああ、牢屋に何年も入って若い時代を無駄に過ごしたらしいな。けど、その後を考えると謝らんぞ」
「……何があったんだ……!?」
まあ、多分余談だ。
余り関わらない方が賢明だ、
「ごにょごにょ、です」
「シーザー。この話はここまでにするであります」
「所詮は暫く前に思いついた本当にただの後付裏設定なのですよー?」
と、私の耳元で囁く方々が煩いので止めておく事にしよう。
最近分かって来たが、彼女達を敵に回すのが一番危険らしいしな。
まあ……もしかすると、これこそ勇者失格なのかも知れないが。
「それよりシーザー。明日には装備の修復も終わるのではなかったか?」
そんな風に考えていたせいだろうか。
まるでブルー殿が気を使って話題を変えてくれた様に思ってしまったのは。
「はい。流石にそろそろ行動を起こしたいと思っています」
「私は知っての通り向こうから警戒されている。せめてお前の成功を祈らせてもらうぞ」
最近、ブルー殿も一度魔王ラスボスと戦い、しかも勝利を収めていると聞いた。
何にせよ、私としても今や師であり最も身近な目標でもあるこの偉大な騎士の期待に応えたいと思う。
「はい。クレアさん達も暫く忙しいらしいし、暫くはこの三人でアラヘンへの道を探そうと思います」
「そうするのだナ!転移門はこっち側においてあるから奴等はもう手出しできないのだゾ!」
「探し出せたら特別ボーナス頼むぜ」
そんな訳で、クレアさん達が復帰するまでの間は無理はせず、地図作りに奔走しようと思う。
最早、危険な時に都合よく誰かが助けに来る事など無いのだから。
幸いラスボスの設置した転移門はこちら側の世界にあり、
こちらの世界に魔物達が来る事自体が条約違反の為最早敵には触れる事も出来ない。
そもそも、奴等は私が来るのを待っているらしいし、間違いなく故郷へ帰れるのは確実になった。
……後は慌てず勝てる体勢を整えてから進む事にしよう。
……。
「ガルガン殿。と言う訳でまた迷宮に潜れる事になったのだ」
「それは良かったのう。わしとしちゃお前は無理しすぎだからもう少し休めと言うのが本音じゃが」
その日の夜の事だ。
私は首吊り亭に戻るとガルガン殿に迷宮に潜る旨を伝えていた。
……思えばここに来てから暫く経つが、今やここも私にとって帰るべき場所と言っても良い。
そう思える事の何と幸せな事か……。
そんな風に感慨にふけりながら安酒を煽っていると、不意に誰かが店に入って来た。
「む?客か……いらっしゃい……っておお!元気じゃッたか!?」
「よおガルガンさん。シーザーも元気そうだな?結構なお手柄だったじゃないか」
え?と思って思わず振り向いたその視線の先には。
「久しぶりだなシーザー。まさか俺の顔を見忘れたか?」
「こんばんはシーザーさん……えーと。お客さんです」
「国王陛下!それにクレアさんも!?」
何とリンカーネイト王その人とクレアさんの姿。
……正直驚いた。こんな場末の酒場に……違うな。
そう言えば王にとってこの店は思い入れのある場所と聞く。
それに今は何やら大事な使節を歓待するためにこの街に泊りがけだと言うし、
時間が取れてもおかしくは無い。
クレアさんはそれに付いて来たと言う所だろう。
「ところで私に客ですか?……正直新聞記者はもう勘弁して頂きたいのですが」
「あー、違う違う。さて、使節殿……入られよ」
そしてどう言う訳か私への客人を連れて来たらしい。
しかしこの世界であえて客と称さねばならないような知り合いが居ただろうか?
もし面識が無い方だとしたら、あまり良い思い出が無いのでお引取り頂きたい所なのだが。
「有難う御座います国王陛下……元気そうだな、シーザー」
「……ふむ。見事な街だがここは勇者の宿泊地としては少々安普請……いや品が足りないか」
「兄さん……それにあの時のミノタウロス殿?」
しかし、その背後から現れた者に私は驚きを隠せなかった。
……何故ユリウス兄さんと、先日一騎打ちをしたミノタウロスがここに居るのだ?
すると私が目を白黒させているのを見て、国王陛下はニヤリと笑ってこう言われたのだ。
「魔王ラスボスよりの使節団だとさ。どうやらお前に言いたい事があるそうだ」
「……魔王が、私に?」
「ま、今日の俺はうちの魔王から要請を受けた案内役と言う所か……そら、手紙だとさ」
「リンカーネイト王が御自ら案内役を?」
「良く知らぬが人間の王らしいな。ハインフォーティンも気を遣ったと見えるね……ではこれだ」
何事か、と思っていると店内を狭苦しそうに歩いてきたミノタウロスが一通の書状を差し出して来る。
彼を良く見ると私の付けた傷を包帯で覆い隠してその上に上着のようなものを纏っていた。
やはり、マケィベントの一騎討ち連戦で戦ったあの牛頭の戦士その人のようだ。
兎も角書状を受け取りその内容を確認する。
「……ふむ。つまり魔王は私との決戦を望んでいると?」
「そう。魔王様は転移門を残しておくゆえ見つけ次第かかって来て構わないと仰せだよ」
「ただしシーザーに動きが無ければ人間のまま残っていた賊徒兵どもをぶつけると言っている」
内容はある意味驚くべきものだった。
簡潔に言うと魔王同士の戦いは終わったから、準備出来次第かかって来い。
だが早くしないと大変な事になるぞ、と言う意味の文面だ。
「賊徒兵?ああ、人間のまま魔王に隷属した連中ですか兄さん?」
「そうだシーザー。そいつ等を件の洞窟内に放されるとの仰せだ……」
「合意案での扱いで、人間は一部を除いて条約対象外。怨むなら無能な交渉担当者を怨んでほしい」
……私は無表情のまま硬直する事にひとまず成功していた。
これはまさにブルー殿たちが言ったような展開だ。
仕掛けた側が違うだけでお互い本当に譲る気など無いらしい。
「賊徒どもはこの世界に侵入し荒らし回る事だろうね。わたしはああ言うのは嫌いだが仕方ない」
「シーザーよ。済まん……今の私にはお前に死地に飛び込んで来てくれとしか言えんのだ」
「……ま、脅迫だな。今更ハイムにも調印内容は変えられん。対処は出来るが面倒な作業になる」
二人より前に立ち、国王陛下はニヤリと笑った。
……悪辣だが、効果的だと思う。
敵の策に乗せられたふりをして実際の流れはこちらで掴んでおく、と言う事だろう。
しかし、そもそもなんで国王陛下ご自身が使節団の案内をしているのか?
魔王軍同士の条約にこの方は関係ないだろうに。
……何かおかしい気もするが。
「私が戦いに赴けば族の流入は止まるのか?」
「いや。ただ魔王様がある限りあの世界からは厄介者ばかりが現れるだろうな……」
兄さんが済まなそうにこちらを見ている、と思う。
どちらにせよ嫌がらせは止めん。悔しかったらこっちまで攻めて来い、と言う事だろう。
……まあ、何にせよやる事は変わらない。
「いいだろう……私がラスボスの所に辿り着く日が来たら……その時こそ決戦としよう」
「いいのか?言っておくが向こうでハインフォーティンの力はあてに……」
「デスナイト卿!それ以上言ってはなりますまい?」
ただ、これだけは言わせて貰っておこう。
流石に私とて好き放題言われっ放しは面白くないのだ。
「……それにしても。魔王ラスボスともあろう者が随分弱気な事だ」
「まあ、言ってくれるな。魔王様も今回ばかりは堪えたご様子だ……ふふふ」
「わたしもあの方にお仕えして長いが、これだけ酷い状況は生まれ故郷以来らしいのでね」
多少目を逸らしながら二人は答えた。
兄はどこか愉快そうに、牛頭の魔物は眉間に皺を寄せて。
効果的ではあったようだが……私は勇者だ。論客ではない。
余り舌先に頼るのも違う気もするしここまでにしておこうか。
そう考えていると、不意に兄さんが口を開いた。
「しかし、この街は……豊かだな……」
「わたしもそう思うよ……ハインフォーティンはかなりのやり手のようだな。敵わない訳だ」
「いや、別にここは俺の街でもハイムの街でもないのだが」
本当にやるせなさそうだ。
一体どうしたと言うのか?
「いや。同じ魔王に支配された土地だと言うのにこの差は何だろうと思ってな」
「デスナイト卿、今の暴言は聞かなかった事にする。それがわたしの最大の譲歩だとは思わんかね?」
兄さんの呟きをミノタウロスが押し止める。
その瞳には心底心配したような色が見えた。
「ほぉ……なるほど。ミノタウロスはそう言う役目か。大変だな」
「四天王主席殿からのたっての命令でね」
「ははは、信用されていないのだな。まあ、当然だが」
人に近い精神を持つが故に交渉には向くが、人に近すぎて信用も出来ないと言う訳か。
その穴埋めにこのミノタウロスが必要だった訳だ。
そんな者を重く用いねばならないとは魔王側の人材枯渇も相当なものだと思う。
「ともかく、元気そうで良かったよ……最早こうして話をする機会も無いだろうからな」
「僅かな時間ならある、魔王様に不利にならない程度で兄弟の親交を暖めると良いと思うがね?」
だが、それだけでも無いと言う訳か。
片目をつぶったミノタウロスは意外なほど気さくな態度で店の隅に腰を降ろす。
監視の任務はあるが、それに抵触しない程度なら羽目を外してよいと言う事らしい。
多分だが個人的好意のような気がする。こんな事をラスボスが許す筈も無い。
「人で無くなってから良かったと感じた数少ない事だ。彼らにも人格者は居るのだと知った事はな」
「……お互い、積もる話もありますよね兄さん……ガルガン殿。少し高い酒を頂けるか?」
「ほいほい。ふっふっふ……これはわしの奢りじゃ。そこの牛さんは何か要るかの?」
「仕事中なのでね。そうだな……新鮮なサラダはあるかね?」
「ガルガンさん。俺はステーキ……を、ポークで」
「もう、父さんってば……私にはいつものネクタルをお願いします」
そして私達兄弟は一晩かけて何名かの友人と共に久方ぶりの会話を楽しんだのである。
深夜から朝日が昇るまで取りとめも無く話は続く。
ガルガンさんも、今日ばかりはそれを諌める事は無かった。
ただ……これが最後だと思うと色々と感慨深いものがあったが……。
……。
「う、ううーーん」
「シーザーさん。もうお昼ですよ?」
「良いから寝かせとけ。昨日は随分楽しんだようじゃからのう」
「……むぅ。でも……せっかく父さんも使節を送って行っちゃって、私も今日は自由時間が取れるのに」
「はっはっは。構って欲しいのは判るが部屋に戻れないほど泥酔しておるのだ。期待は薄いぞ?」
……ん?何か騒がしいな。
「ここは……酒場のカウンター?」
「おはようさん。シーザー、お前昨日はそのまま寝ちまったんだぞい?」
「あ、シーザーさん。ふふ、お早う御座います」
クレアさんに差し出されるまま水を飲む。
そして昨日の事を思い出した。
……既に店内に兄さんやミノタウロス、そして国王陛下の姿は無い。
「夢だったのか?」
「楽しい一時でしたね。私あんなに楽しそうなシーザーさん初めて見ました」
どうやら夢ではなかったらしい。
確かにそうでなくばどうしてここにクレアさんが居るというのか。
「……そうだ。今日からまた迷宮に……」
「二日酔いで無理だってフリージア達には伝えておきました!無理しちゃ駄目ですよ?」
……確かにそうだな。
こんな状態で迷宮など潜れるはずも無い。
「迷宮下層階からその、賊徒兵?が来てもどちらにせよ中途リアル迷宮は越えられませんし」
「……え?」
「守護隊は兵を引いてますけど、そもそもあのフロアの罠って本来下層からの敵に対する迎撃用なので」
「……道理で入ったばかりの割に本気で殺しにかかっていると……」
衝撃の事実に一気に目が冴えた。
あの初見殺しにそんな意味もあったのか……。
しかし、同時に今日は突然暇になってしまった事にも気付いた。
……とりあえず装備は取りに行くとして、その後はどうするか?
ブルー殿は確か大使館に出頭するとか言っていたから鍛えてもらう事も出来ない。
ならばどうしたものか。消耗品でも買い足すか?
そんな風に頭を捻っていると、クレアさんから声がかかった。
「あの、シーザーさん。お願いがあるんですけど」
「クレアさん?どんな用事なのだ?」
クレアさんは太陽のように笑う。
思わず脳を突き抜けた感覚を必死に押し殺しながら務めて静かに返事を返す。
すると彼女は更に嬉しそうに話を続けた。
「お芝居のチケットが手に入ったんです。一緒にどうですか?」
「お芝居?観劇は確かに嫌いではないが……」
しかし、私にそんな暇は許されないのでは……?
「今日中に使わないといけないんですが、他にあても無くて」
「……はぁ」
何故かカウンターにもたれかかる様にしながら話をするクレアさん。
それを見ながら私はどうしたものかと頭を悩ませていた。
「使わないのも勿体無いですよね?(って言えば良いんだよね……?)」
(うむ!そうなのだナ!頑張るのだゾ!…………で、フリーになったブルーは私が頂くのだナ……)
「む、う」
(ありがとうフリージア。ところでブルーがどうかしたの?)
(……何でもないのだナ。じゃ、カウンターの裏は狭いから私はもう行くゾ?)
「どうしたものか……」
少しばかり騒がしい周囲の喧騒から逃れるべく自分の内側に篭って考えてみる。
……自分の為に時間を使う暇は無い。
だが、考えてみればせっかくクレアさんが誘ってくれたのだ。
アラヘンの常識に当てはめると、断るのはむしろクレアさんに恥をかかせる事になる。
正直あれだけ世話になっておいて殆ど恩を返せてもいない。
ならば……たまにはレディのエスコートも悪くは無いか。
「判った。お供しよう」
「!……はい!宜しくお願いします!」
差し出した手を両手で包み込むようにして喜ぶクレアさんを見ているとこちらまで嬉しくなる。
ともかく、そんな訳で私はクレアさんと出かける事になったのであった。
……。
大通りの中ほどに劇場があるのは知っていたが入るのは初めてだ。
軽くクレアさんの手を引きながら席までエスコートし隣の席に陣取る。
演目は『レキ大公妃の降冠』と言うらしい。
史実を元に作られた涙無しでは見られない感動巨編との事だ。
どれ、いかなるものか。まずはお手並み拝見……。
……。
「何と、何と気高きお后様なのだろうか!?感動だ、確かに感動だ!」
「……あは、は……そ、そうですね……」
とりあえず一通り鑑賞しての感想だが……。
うむ。娘と家臣を救うため、己を犠牲にするなど中々出来るものではない。
しかも周囲の人々がお后様を救うべく奔走し、
常識では考えられない解決策を見出すまでの物語も、私はとても美しいものだと感じた。
これが史実だと言うのだから大したものだ。きっと当時の人々が感動して劇にしたのだろうな……。
「だおっだおっだおー♪あるっかなっだおー♪とってもぷりちーな歌姫なんだおー♪」
ただ……次の演目がアルカナ君の独演会なのが気にかかるが……。
いや待て!?何故一国の姫君がこんな所で歌って踊っている!?
「アルカナは歌うのが好きだから……」
「……そうなのか」
「「「「「「ふぉぉぉおおおおおっ!可愛いぞ姫様ぁぁーーーーーっ!」」」」」」
「「「うぜえええええええええええっ!帰れーーーーーーーーッ!」」」
「「「「「「「「「「「「「両方五月蝿い」」」」」」」」」」」」」
しかも色々な意味で大盛況だ。
「だから出し物に乱入するんですよ。いつもの事です」
「……乱入?」
はて?今クレアさん、何かとんでもない事を。
「あーっ!またぷちっこい方の姫様がっ!?」
「お帰り下さい!いや、楽屋に連れてけ!」
「……あの、私達の演目はどうしましょ?」
「とりあえずちょっと待ってくれ!」
「むしろ持ってくれ!俺は脚を持つ、あんたは脇を!」
「は、はい!」
頭に疑問符を浮かべていると、物凄い勢いで舞台脇から裏方と思われる人々が乱入。
そして乱入者を抱きかかえてそのまま去っていった。
「あたしはあたしはーちゅねー、はちゅねっぽい何か♪今日も元気だよはーちゅねー♪」
「痛筋怪速楽屋へGO!……急げッッ!」
「それと王妃様、誰でも良いから呼んで来い!」
「えーと、それでは本来の……ではなくサクリフェス交響楽団による一時をお楽しみ下さい!」
小脇に抱え込まれながらも何一つ気にもせずに歌い続けたまま楽屋に消えていくアルカナ君。
そして冷や汗を拭いながら運び込まれるオーケストラ用の楽器郡。
……その上何事も無かったかのように再開される出し物に空いた口が塞がらない。
しかも観客のほぼ全員が何一つ動揺していないだと!?
「ふふ、でもアルカナが乱入するのは次の演目の準備が遅れてるときだけですから」
「……成る程」
だが、だとしても迷惑には変わりないような。
「……もう、皆諦めてるんです。鋼鉄製の檻に入れてもいつの間にか出てくるし……」
「はぁ」
「おねーやん!また怒られたお!」
アルカナ君が戻ってきた。
いや、正確に言えば私達を見つけてやってきた。
うん。アルカナ君は確かに何処まで行ってもアルカナ君だ。
「最近劇場の人たちが容赦ないお。マグナムで脳天ぶち抜かれたお」
「あらあら。でも迷惑かけるからよ?後で母さん達にも叱ってもらうからね?」
それを聞いてアルカナ君が目の幅の涙を流す。よほど嫌なのだろう。
ただし、脳天から噴水のように血液を巻き散らかしながらだが。
……いかんな。
「だおぉ……おかーやんに殺されるお!それだけは勘弁だお!」
「だぁめ」
本当にいかん。目の前の二人が微笑ましく見えてしまう。
普通は大惨事そのもの以外の何物でもないのだが。
なにせ血で出来た赤絨毯を作り出しながら子供が歩いているのに誰も反応しないし、
私自身いつもの事か、と一瞬思ってしまっているではないか。
「そ、そうだお!?逆に劇場のおじやん達も一緒に殺されるかもしれないお!」
「あ、そっか……じゃあ今回は黙っててあげる。でも今後は人様に迷惑かけちゃ駄目だからね?」
そう言ってお仕置きのつもりなのか、
クレアさんは銀貨を一枚取り出すとアルカナ君の目に突き刺した。
「痛いお!でも儲かったお!お饅頭食べに行くおーーーーーーーっ!」
「夕飯までには帰ってきてねアルカナ?」
一陣の風になってアルカナ君は去っていく。
背後にはオーケストラの素晴らしい合奏。
「今日は平和だねぇ……」
「南のチビ姫もあんまり暴れなかったからな。まあ流石姫様って所か」
「これで平和?」
「「「「YES!」」」」
思わず口をついた言葉に劇場内全員が一斉にいい笑顔で頷いた。
……そうか。ならいいんだ。もう良いんだ。
しかし何時になったらこの世界の常識と私の常識のすり合せが終わるのか。
全く予測がつかないのが困るが。
……。
ともかく劇場の演目を一通り観て、私達は街に繰り出した。
市場でペルシア製だと言う絨毯を見つけて一喜一憂してみたり、
城壁に上り、海を眺めてみたり。
……こうして見るとクレアさんも普通の年頃の女性に見える。
「ひ、姫ええええええっ!」
「……下がれ」
時折迫ってくるクレアさんの笑顔にやられた人々を軽くあしらいつつ、
と言う事を除けばだが。
ともかく私達は言葉も無く街を歩き……そして、お互いどちらとも無く話を始めていた。
「思えば、不思議な縁ですよね」
「そうかも知れない」
野犬の群れに襲われたと言う理由でこの世界に召喚されて数ヶ月。
気付けばいつの間にか私は魔王軍四天王相手に勝てなくとも戦えるレベルにまで至っていた。
故郷のように一か八かで魔王と僅かな護衛しか居ない城に忍び込んだ時とは雲泥の差だ。
そして、雲泥の差と言えばクレアさんも。
「ううーん!気持ち良い……こうやって顔を出して街を歩く事が出来る日が来るなんて、夢みたいです」
「私がその役に立てたなら、幸いだ」
クレアさんは自分の持っていた能力に折り合いを付けた。
今では正気を失って迫ってくる者達を軽くたしなめる事が出来る。
「こらーーー、ドロボーっ!」
「アルカナは盗んでないお!?」
クレアさんはそれが私のおかげだと言う。
……私はクレアさんが自分で乗り越えただけだと思うのだが、
それでもそのきっかけを私が与えたのは変わらないと皆が言ってくれる。
もしそうだとしたら、私も嬉しい。
「けどな、姫様……うちの商品をあんたが盗んだのは変わりない!」
「知らないお!?本当だお!?」
「コケッ!……げぷっ」
思えば私達はお互い恩を受けてばかりだと言っている。
考えてみればおかしな関係だ。
本当はどちらに恩があるのかが、これではさっぱり判らないではないか。
「クレアさんのお陰で私はここまで生き延びた……感謝している」
「え!?いえ、わ、私こそ何度もお世話になるばかりで、何も返せてないのに……」
横目でクレアさんをそっと覗き見る。
……目が合った。
「……うっ、いや、これは……」
「あの、えーと。そのですね」
お互い苦笑い。クレアさんの頬には赤みまで差している。
全く、何をやっているのだ私達は。気恥ずかしい。
「ここは名探偵アルカナに任せるお!アルカナはアルカナの無実を晴らすお!」
「へーぇ?じゃあその名推理とやらを見せて下さいよ……っておうあっ!?」
「ココッ!……ガツガツ」
……第一彼女はただの淑女ではない。
リンカーネイト王国第二王女にして、次期サンドール王国女王となるお方だぞ?
異国の者、しかも社会的地位は一介の騎士でしかないこの私が……。
「つりあう訳が、無い……」
「え?」
静かに、何でもないと答えを返す。
何時から?……等と言うのは細かい事だ。
これだけの女性と出会えただけでもこれ以上無く幸いだった。
ましてや共に戦っているのがそもそもの奇跡。
これ以上を望める訳も無い。
「最初から咲き誇る訳も無い恋の花、か」
「花?何の花ですか?」
おっと、いかん。口に出していたか。
「犯人が盗んだのはとうもろこしの粉!しかも袋は穴が小さく開いてるだけだったお!」
「ふぅん……それで?と言うかね?盗んだ、じゃなくて"盗んでいる"ですよ?この違い判る?」
「ガツガツ……コケッ!」
「犯人は!ピヨちゃんだお!謝るお!」
「……コケッ?」
「そんなのみりゃ判るだろうが!?」
「オホン……アー、店主さん?そこから先はこのオドが……」
……そうだな。……ああそうだ、良い例えがある。
私にもウィットに富んだ言い方が出来れば良いのだが……。
「向日葵だよ、クレアさん」
「ヒマワリ?ひまわりなんてこの辺にありましたっけ?」
「いや、私にもし似合う花があるとしたら向日葵かも知れないと思いまして」
「ふふ、なんですかそれ。男の人が自分を花に例えるなんて」
いや、実はそうそう間違ってはいないのだ。
「プリーズ。賠償金です、色を付けておきましたので姫様に関しては……」
「あー、判りましたよ。でも大きくなってあの売国奴みたいになったら困ります。教育のほうは」
「イエス……マナ様の二の舞にはさせません。このオド=ロキ=ピーチツリーの名にかけて」
「頼みますぜ本当に」
クレアさんは太陽の国の姫。その存在は彼の国の民からすればまさしく太陽そのものだと言う。
それも、砂漠を照りつける灼熱の火の玉としてではなく、
ここ20年で急速に増えたと言う田畑を優しく照らす天の恵みの化身として。
「……シットダウン!姫様、座ってください。貴方は何が悪いか判りますか?」
「全然判らんお!アルカナ何もして無いお」
「ノンノン……ピヨは貴方のペット。その行動は主君たる貴方が責を負わねばならないのですよ?」
「……それは盲点だお!?」
私は向日葵だ。決して天には届かない。
だがその顔だけは常に太陽のほうを見ている。
無論、太陽が地べたから見上げる一本の向日葵の事等知りはしないだろうがね?
……やれやれ、何を気取った事を考えているのか。
我ながら休暇だからと言って気の抜きすぎではないか?
「ひまわり、かぁ……大使館の庭でブルーが何本か育ててましたよ。ついでに見に行きません?」
「え?そうだな……お姫様、お供いたします」
「ふふ、だったら共に戦ってる時だけでも良いですから、私の騎士様になって貰えます?」
「魔王ラスボスを打倒すれば私は国に帰らねばならない。それまでで良ければ……」
私の言葉を聞いて、クレアさんは嬉しそうに肩を寄せて来る。
そして私達は歩き出した。
気恥ずかしいが、ある意味ありがたい。
……真っ赤になった顔などクレアさんだけには見せられないからな。
「でも、ピヨちゃんお腹すかせてるお……迷惑かけちゃ怒られるから一度お家に帰るしかないかお……」
「イエス!そうしてくだされば……」
「その必要はありませんオド団長……ピヨ君、ヒマワリの種だぞ?」
「コケッ」
「あ、ブルーだお!流石はTASだお。行動に無駄が無いお!」
「こうなると思って種を収穫しておきました。さあ、存分にお遊び下さいアルカナ様」
「ココッ」
「アー、ユー、スペシャル……相変わらず姫様達の事になると甘いですね貴方は……」
二人で歩く街並みは、一人で歩く時とも皆で歩く時とも違って見える。
……魔王を倒した時はこんな時間も失われてしまうのか。
いや、それを惜しんでどうする。
私は勇者シーザー。魔王ラスボスを倒すのが私の使命だ。
故郷の為にも一刻も早く魔王を倒さねばならない。
だが、今日くらいはその事を忘れても罰は当たらないだろう。
大使館の向日葵か。
季節外れの気もするが……いや、この世界ではそうでもないのかも知れん。
「シーザーさん。なんだか……デートみたいですよね」
「……そう言われると意識してしまうのだが……」
何にせよ、精神にも休息は必要だ、と言い訳させてもらう事とする。
たまには綺麗な花を見て、心和ませてもらう事としよう。
「クエスチョン!ところでブルー、なんで花など育ててるのかと思ったんですが……この為に?」
「ええ。向日葵は良いですよ。大きくて見栄えはするし、それに」
「それに?」
「……花の時期が終わって刈り取られても、その実は糧になりますから……きっと」
なお、大使館の向日葵は種を収穫する為に刈り取られていた。
刈り取られたまま地べたに転がされた枯れ果てた向日葵の花。
何とも不吉極まりない。
……私には、それが私の未来を暗示しているように見えるのであった……。
続く