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No.16894の一覧
[0] 隔離都市物語(完結)[BA-2](2010/07/10 14:34)
[1] 01 ある勇者の独白[BA-2](2010/03/02 23:23)
[2] 02 とある勇者の転落[BA-2](2010/02/28 20:44)
[3] 03 隔離都市[BA-2](2010/03/16 20:54)
[4] 04 初見殺しと初戦闘[BA-2](2010/03/08 22:41)
[5] 05 過去の過ち[BA-2](2010/03/16 20:55)
[6] 06 道化が来たりて[BA-2](2010/03/28 22:23)
[7] 07 小さき者の生き様[BA-2](2010/04/15 16:09)
[8] 08 見えざる敵[BA-2](2010/04/20 15:46)
[9] 09 撤退戦[BA-2](2010/04/20 15:52)
[10] 10 姫の初恋[BA-2](2010/05/09 17:48)
[11] 11 姫様達の休日[BA-2](2010/05/09 17:53)
[12] 12 獅子の男達[BA-2](2010/05/09 18:01)
[13] 13 戦友[BA-2](2010/05/26 22:45)
[14] 14 形見[BA-2](2010/05/26 23:01)
[15] 15 王達の思惑[BA-2](2010/06/16 08:08)
[16] 16 マケィベント戦記[BA-2](2010/06/16 08:09)
[17] 17 名声と弊害[BA-2](2010/06/16 08:10)
[18] 18 連戦[BA-2](2010/06/12 16:12)
[19] 19 まおーと勇者[BA-2](2010/06/15 18:33)
[20] 20 自称平和な日々[BA-2](2010/06/18 23:45)
[21] 21 深遠の決闘[BA-2](2010/06/23 23:24)
[22] 22 最後の特訓[BA-2](2010/06/26 12:14)
[23] 23 故郷への帰還[BA-2](2010/06/27 22:44)
[24] 24 滅びの王都[BA-2](2010/06/29 20:34)
[25] 25 これがいわゆる"終わりの始まり"[BA-2](2010/07/01 19:18)
[26] 26 決着[BA-2](2010/07/03 20:59)
[27] 27 勇者シーザー最期の戦い[BA-2](2010/07/06 18:37)
[28] エピローグ[BA-2](2010/07/10 14:33)
[29] 魔王召喚したら代理が出て来たけど「コレ」に頼んで本当に大丈夫だろうか[BA-2](2018/04/02 23:28)
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[16894] 16 マケィベント戦記
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/16 08:09
隔離都市物語

16

マケィベント戦記


≪勇者シーザー≫

無銘迷宮到達より一週間が経過した。

私達一行はフリージア殿が存在を知っていた何個目かの秘密の小部屋で休息を取っている。

なんでも、洞窟を掘った時に作業者の休憩用として作られたものらしいが、

来客者に見せると萎えるだろうからと言う理由で隠されていたスタッフオンリーの楽屋、らしい。

……何を言っているのかは判らなかったが、

とにかく便利だし、隠し部屋でもあるので安全と言う事もあり、

私達は幾つもあるというこの小部屋を渡るように先に進んでいた。


「あ、シーザーさん?お風呂空きましたよ」

「クレアさんか。判った……しかし寝室はおろか浴場まで付いているとはな」

「だって汚いの、やだお」

「そうなのだナ……あ、排水溝の毛など拾うなヨ?」


拾うものか!破廉恥な!?

私を誰だと思っているのだ?


「私は勇者シーザー。そんな真似などするものか!」

「じゃあ、人の家でタンスとかも漁らないのかお?」


「漁る訳無いだろうアルカナ君!?何でそうなるのだ!?」

「だお。立派な勇者も居たもんだお。これはアレだお、縛りプレイなのら」


……縛りぷれい?とは一体何なのだ!?

それはともかくとして、この世界において勇者と言う称号は嘲笑の対象になっている気がする。

まったく、この世界では勇者とはどういう扱いになっているのか!

そもそも他人の家でタンスを漁るなど、それは勇者ではなく盗賊ではないか。


「伝説の五大勇者が一人、マナお婆さまは結構そう言う方だったようだがナ……」

「何なんだその人間のクズは!?」


む。アルカナ君が袖を掴んで引っ張っている?

しかも、涙目!?何故だ!?


「シーザー。うちのおばーやんをあんまり悪く言わないで欲しいお……事実だけど辛いお」

「マナ様は精神的なご病気だったんです……あの方が悪い訳じゃない、って母さんは言ってました」

「厳密に言うと、あの方だけが悪い訳じゃない、だがナ」


う、これはしまった。

アルカナ君やクレアさんのご縁者だったのか。

しかも心に病を抱えた方?だとしたら仕方ないのかも知れない。

……きっと、魔王との戦いで心を病んでしまわれたのだろう。


そう言えばこの地の魔王……ハインフォーティンと言ったか。

一体どんな魔王だったのだろう……。


リンカーネイトの国王陛下もその五大勇者の子孫と聞いた事がある。

あの方の祖先でもなくば敵わぬ様な魔王だとしたら、

それはどれだけ強力な存在なのか……恐ろしい事だな。


「……魔王ハインフォーティン、一体いかなる魔王なのか……?」

「突然どうしたお?」

「ふむ?知りたいのカ?今更?何でダ?」


ふむ。彼女達も知っているようだ。

一度聞いてみるのも良いかも知れん。


「いや、その50年ほど前に倒されたハインフォーティンなる魔王は一体どんな魔王だったのかと」

「違うゾ。それは先代なのだナ……ハインフォーティン様は伯父上が名付けられたのダ」


なんと、国王陛下が?

しかも名付けたとは一体どういうことなのか。

いや、それ以前に先代魔王?と言う事はこの世界において魔王は世襲制なのか?


「そもそも、この世界の魔王様は、代々先代を殺した輩の子孫として転生するのダ」

「自分より強い者の遺伝子を取り込むことで更なる能力向上を図るらしいですね」

「……そうなると……我が子が魔王として生まれる事があるとでも?」


皆はいっせいに頷いた。


「そうだナ。一時期のマナリア王国では生まれてきた赤ん坊が魔王だと判るや殺す風習まであったゾ」

「酷い話なのら」


恐ろしい。魔王を倒すだけでは終わらない。

いや、それこそが始まりだと言うのか!?

我が子が魔王だと知った両親の苦悩やいかなるばかりだろう。

……殺しても無意味、そんな恐るべき魔王に打つ手はあるのだろうか?


「まあ、魔王なんてほっとけば良いお。ホットケーキでも食わせてれば満足するお。お安い女だお」

「こら。アルカナ、幾らなんでも失礼でしょ?……怒られるよ?」

「と言うか、ホットケーキで満足するのはルン伯母上のだからなのだナ……アレは絶品なのだナ」

「いやちょっと待ってくれ!?」


ま、満足とは何なのだ?

その話からすると、まだ見ぬ第一王妃様はホットケーキで魔王を封じているとでも言うのか!?

……ありえん!


「第一、ホットケーキ一枚で魔王を封じられるものなのか?」

「一枚じゃ無理だお。二枚重ねがデフォだお」

「ルン母さんのホットケーキはすごく美味しいんですよ」

「後、満足していただくには上にたっぷりとメープルシロップを塗り、バターを乗せねばナ……」


……やめよう。

こんな話を聞いていたら私の精神衛生上良くない。

今にも胃に穴が開きそうだ。


「わ、判った。この世界の魔王はホットケーキで封じられているんだな?うん。判った……」

「違うゾ?そんなものでどうにかできる方ではないからナ?勘違いするナ」

「……そうですね。一言で言えば、魔王の矛を収めさせたのは……愛の力、でしょうか」

「だお。おとーやんもおかーやんも無駄に偉大なんだお!」


愛!?愛の力!

そうか、そうなのか!

良かった!

ホットケーキで魔王を封じる、より愛の力で魔王を封じる、のほうがよほど理解しやすい!

ホットケーキとは愛の一つの形、と言う訳か。

良かった、本当に良かった!

私の常識が通じる事があって本当に良かった!


「ふう、驚いた……この世界の魔王が一瞬とんでもない間抜けに思えてしまった……」

「基本的にお間抜けだお?そんでもってパンツは白と水色の縞々がお気に入りだお」

「こ、こらアルカナ!何を言ってるのいきなり!?」


いや、魔王の下着の色を言われてもどんな反応をしろと言うのか。

……ふう、ともかく風呂に入ろう。

この世界に来てから湯に浸かると言う風習を覚えたが、これが中々気持ちが良い。

故郷が解放される日が来たら、屋敷に浴室を作るのも良いかもしれんな。


……。


そして翌日。私達一行は隠し部屋の扉を出て迷宮に戻った。

……迷宮の中は異様なまでに静まり返っている。


「不気味だな……」

「おかしいじゃねえか。昨日までは流石に敵の気配まで消える事なんか無かったはずだぜ?」

「敵軍の最大の利点はその数だからナ。常に増援が来ててもおかしくない筈だゾ」


「それと牢人殿。一体何時から、そして何時まで付いてくるつもりなのだ?」

「え?いや、名を上げそうなやつに付いていけば俺の名も勝手にあがるとか考えてないぜ?」

「コタツ……語るに落ちたお」

「相変わらず狡い奴なのだナ……呆れるゾ」


牢人殿が居心地悪そうにしている中、

クレアさんの凛とした声が周囲に響き渡った。


『来たれ……備の名を知る者達よ!』


「おお、次の直が来たぞい。では交代するのじゃ」

「「「「「「お早う御座います」」」」」」

「「「「……では某達はこれにて」」」」


私達が軽い会話をしている間に、クレアさんが補給物資を持った新しい備殿達を召喚している。

更にその後、昨日の担当だった備殿達が送還され消えていく。

……迷宮の中で物資の心配が要らないとは何とも便利な時代になったものだと思う。


「さて、では準備は出来たな?……敵が居ないなら好都合、奴等の侵入口を探す事にしよう」

「へへっ。見つけたら潰すもよし確保するもよし、か」

「お馬鹿を言わないで欲しいおコタツ。シーザーの目的忘れたお?」

「見つかれば良いですね。シーザーさんの故郷に繋がる道が……」

「まあ、敵がそこから侵入している以上、道があるのは確実だゾ。良かったじゃないカ?」


そう。フリージア殿の言うとおりだ。

迷宮の奥に進み、魔王ラスボスの尖兵を倒す。

そしてやつらがこの世界に侵入する為の、そして異世界間を行き来する為の何かを確保するのだ。

そうすれば私はラスボスの元に戦いに赴けるし、故郷にも帰れると言う訳だ。


……道筋は見えてきた。それでも先はまだ暗闇の中一筋の光が見える程度のものだ。

だが、私は進む他無い。

何故なら私は、勇者なのだから……!


……。


≪同時刻 隣の大陸にある魔王ラスボス占領地・マケィベント近郊≫

この日、三方向を小高い丘に囲まれた名も無き平原に、

おびただしいまでの人影がひしめいていた。

ラスボスの手によりマケィベントと名付けられてしまった都市を取り戻そうとする連合軍と、

それを粉砕せんとする魔王軍との戦いが今まさに始まろうとしていたのだ。


平原の中央に円陣を組んでいるのは魔王軍。

魔王ラスボス以下10万の大軍だ。

それでも全軍には程遠いと言うのだから恐ろしい。


それに対するは三方の丘に陣取りし人の軍隊。

近隣はおろかリンカーネイトから見て逆の別大陸からの援軍まで存在する連合軍である。

30を超える諸侯による、数の上では魔王軍を上回る12万の軍勢が、

魔王ラスボスの軍勢を取り囲むように対陣している。


アルファベットにすればOとUの戦い、と言った所だろうか。

数の上でも、地形を考えても人間側が有利。

だが、兵の質を考えるとラスボス側に軍配が上がる。

……この戦いの行く末はこの時点ではまだ見えていない、かのように見えていた。


「ふふふ、思い出すな……」

「魔王様、いかがしました?」


魔王軍本陣。何重にも組み合わされた円陣の中央にそれはあった。

周囲を忙しそうにワーウルフが動き回る中、

魔王は四天王を従え、三方を取り囲む敵の陣を眺めていた。


「いやなに。10年前の戦を思い出していたのだ……まあ、あの時よりは楽な戦いになるだろうがな」

「はっ。所詮は人間、烏合の衆で御座いましょう。今回は魔王様の溜飲を下げて差し上げられます」


四天王主席・竜人ドラグニール。

上位爬虫類系亜人種ドラゴニュート族の長にして魔王最大の側近。

人を侮る悪癖こそあるが、それでも魔王軍が軍の体裁を整えられているのはこの男のお陰。

10年前のハイムとの戦いで四天王が壊滅した後は殆ど一人で軍を維持してきた魔王軍の重鎮である。


「人類を舐めてはいけない……お二方は人の底力を舐めているのではないか?」

「ふん、やはりお前は何処まで行っても人間気分が抜けないのだなデスナイト。哀れな事だ」

「止さんかドラグニール。デスナイトよ、気持ちは判るがそれでは軍の士気が維持出来ぬ。控えよ」


「…………はっ」

「婆さんも大変じゃのう?」


四天王第二席・死霊騎士デスナイト。

生前はアラヘン王国の騎士だったが初戦で敗北し生ける鎧(リビングアーマー)にされた元人間。

人であった頃の技量はそのままに、魔物の能力を手に入れた。

望まぬままに魔王に忠誠を誓ったが、一度誓ったからにはその誓いを守ろうとする愚直な男である。

なお生前はシーザーの実兄、ユリウス・バーゲストその人であった。


「まあ、騎士様ともあろう者が裏切る事も無いだろ。別に良いんじゃないの?」

「おお、ナインテイルか!良く来た」

「見た事の無い婆さんじゃのう」


「んー。お前が首無しかい?いや、顔なしだったかねえ?俺はナインテイルだ。ヨロシクな!」

「おうおう、そうかいそうかい。婆さん宜しくのう。ところで家の婆さんは見なかったかの?」


「……貴殿が。お初にお目にかかる……死霊騎士デスナイト。新参者の分際で……」

「はいそこまでな。デスナイトよぉ、俺は席順なんて気にしないのさ。それより期待してるぜ?」


「はっ!」

「お堅いねぇ。ま、俺は適当にやらせてもらうわ」

「ナインテイルよ。お前はもう少し真面目にやればこんな元人間などに第二席を取られる事も……」


「おいドラグニールのオッサン。俺達はもう仲間なんだよ……仲間信じないで誰を信じるんだヲイ?」

「む。そうだな……流石はナインテイル。鉄蠍族最強を誇る、誉れ高き九尾の蠍よ!」

「……ナインテイル殿……貴殿は……」


四天王第三席・九尾の蠍ナインテイル

かつての第三席、デモンズゴートの部隊で戦っていた。

超硬質のアダマンタイト製の殻の上に、更にオリハルコンの装甲を着込んだ巨体の装甲蠍である。

突然変異で猛毒を分泌する針の付いた尻尾を9本も持つ、人呼んで九尾の蠍。

10年前の敗戦後、全身に深い傷を負い失意のまま故郷に戻っていたが、

この度ようやく全快し四天王に抜擢される事となったのだ。


「壮観じゃのう……」

「ところでよ、顔無し……その、お前の婆さんは」


「婆さんが何処か知って居るのか!?教えてくれ、婆さんは何処じゃ!?」

「うわっ!?お、落ち着けや!お前の婆さんはもう居ない!とっくに死んでるって話じゃねえか!?」


「ああ、覚えとる。わしの目の前で無残に殺されたんじゃあ……じゃが、きっと何処かで生きておる!」

「んな訳無いだろが……」

「止せ、ナインテイル……それにはもうとっくに正気など無い。便利だから使っているが、ぐっ!」


「だからよ、オッサン。アンタが推薦したんだろ?もう少し言いようがあるんじゃないのか?ヲイ」

「落ち着かれよナインテイル殿!?竜人殿の首を吊り上げて何とするか!?」

「ふう。ナインテイル、お前は熱い男だな……だが所詮コイツ等は元人間。我等とは違うのだ」

「もうそこまでにしておけい。ドラグニール……気持ちは判るが今回はナインテイルの言う通りだ」


「は、ははっ!確かに言いすぎました。申し訳ありません!」

「はぁ……これさえ無けりゃ良いオッサンなんだがな……おい、お前らもあんまり気にすんなよ?」

「かたじけない、ナインテイル殿」

「……婆さんはどこかのう?」


そして……四天王第四席 顔無しゾンビ

かつて勇者シーザーと共に魔王ラスボスと戦った老魔道師、の成れの果て。

享年は驚きの130歳。老いらくの恋で70年前に16歳で娶った妻は魔王軍の侵攻で死亡している。

……生前の夢は故郷に妻を連れて行く事。

フレアさんと共に異世界に飛ばされた一人で、元の世界に帰還するため魔法を極めようとしていた。

だが皮肉にも彼の帰郷は死んだ直後に叶う事となる。

……生前の名は、ソーン。

かつてはアラヘンの大臣を務めた事もある重鎮であった。


以上四名が、現在の魔王軍四天王である。

そして彼ら全員がこの地に集結しているという事実が、ラスボスの本気をうかがわせる。

そう、彼らは……本気なのだ。


「我は魔王ラスボス!我に逆らう愚か者どもに鉄槌を浴びせよ!」


「魔王ラスボス様!万歳!」

「……はっ」

「ガチガチガチ!ハサミも絶好調。じゃあ始めるか!」

「婆さんは。婆さんはあっちにおるのかのう……?……故郷の風が、吹いておるのう?」


魔王の号令と共に、全軍が一斉に動き始めた。


「我は正面を叩き潰す!ナインテイルはデスナイトと共にこの場を死守せよ!」

「へーい。じゃあ好きにしろって事だよな?俺は前線で暴れるからここは頼むぜえ?」

「はっ。お任せを」


デスナイトは陣の中央で周囲の兵に指令を出し始める。

それを見るとナインテイルは喜び勇んで前線で暴れだした。

結果的にそれは遊軍となり、危険な状態に陥った遊軍を次々と救っていく。


「ドラグニール!右側は貴様が行け……お前なら兵は一万で出来る筈だな?」

「いえ、我が一族さえ居れば兵は五千で結構!魔王様のご期待に沿ってご覧に入れます!」


ドラグニールは己の眷属、すなわちドラゴニュート族千名を中心とする5千の兵で突撃していく。

凄まじい突破力で丘の陣地を貫いていく魔物の群れに人類は何も出来ず混乱するばかり。


「首無しゾンビよ。左舷の敵を討て。兵はいかほど必要か?」

「…………はぁ。向こうの婆さんをどうにかするには……5万。最低でも三万五千は必要ですな」


「よし、五万を連れて行け!だが必ず落とせよ!?」

「はい。婆さん」


首無しゾンビが率いるのはごく普通の魔物や従属した人間の部隊だ。

それ程見るべき所の無い軍隊であり、この方面だけは人類優勢の戦いが続く。

……だが、それも僅かな間だけだった。


「な、なんだこれ!?」

「ヲヲヲヲヲヲヲヲッ!」

「おい、お前、どうして俺に剣を、うわああああっ!?」


倒された筈の死体が起き上がる。

首無しゾンビとしての力。それは即ち死霊術だった。

敵味方無く、この場で死んだ者達は即席のゾンビとして蘇り、戦場を蹂躙していく……。

そして、


「我は魔王ラスボス!さあかかってくるがいい!」

「うわああああああっ!?」

「来た、何かキタアアアアアッ!?」


正面に突撃したのは他ならぬ魔王ラスボス。

魔王の通る所草木一本残らず……結果、三方の陣地はあっという間に蹂躙されていったのである。

一度乱れた陣形を立て直すのは難しい。

ひとつの軍隊ではなくそれぞれ思惑の違う連合軍なのだからそれは尚更であった。


「くっ!体勢を立て直す。一時後退だ」


「おい、なんか撤退してる奴らが居るぞ?」

「置いてかれてたまるか!我が方も撤収を!」

「なんだ!何故一斉に崩れる!リンカーネイト軍は何をやっているのだ!?」

「いえ、あの国からの援軍。気に入らないって貴方様が断ったんでしょうが!?」

「黙れええええええっ!」


主力であった一軍が陣形を立て直すため一時後退を開始した時、崩壊は起こる。

一時的な後退を撤退と勘違いした小粒の諸侯が蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのだ。

そしてそれは全軍への不安と恐慌として伝播し、12万の大軍はあっという間にただの大群と化した。

組織的に動けなくなった軍隊が弱いのは言うまでも無い。

まさにドラグニールの言うとおり、それはまさに烏合の衆以外の何者でもなかったのである。


勝敗は一日を待たずして決した。

諸侯は算を乱して逃げ出していく。

無論、ただで逃がしてもらえよう筈も無かったが。


……魔王軍は指揮官ごとに二万づつの部隊に分かれ、何処までも追撃を続ける。

幾つもの村や街、そして城までもがあっという間に魔王ラスボスによって制圧されていった。

人々は恐怖した。世界は闇に包まれたり包まれなかったりするのではないかと。

唯一、隣の大陸の大国と繋がりのある者達を除いて……。


……。


およそ一ヵ月後。

魔王軍本陣に戦果の報告の為四天王と魔王が集まっていた。

海に面した大きな街……かつてはかなり大き目の国の首都があった場所だ。

近くにあった一番大きくて豪華な城と言う理由で魔王自らの猛攻を受けあっさりと陥落していたが。


元の名は意味が無い。今では第四魔王殿と呼ばれている。

そしてその城の大広間……巨体の魔王の居室と化したその場所に彼らは集まって居たのだ。


「うむ。皆見事なまでの大戦果だったようだな?では報告を聞こう」


魔王ラスボスも満足げに樽をグラス代わりにワインを飲みながらくつろいでいる。

その眼前に平伏する四つの影は席次の順にそれぞれの戦果を報告していった。


「ドラグニールです。魔王様……私は三つの城と二つの街を襲い、全てを破壊し尽くしました」

「……全てを、破壊?」

「気にすんなデスナイトよう。このオッサンは人間嫌いなんだよ……どうせ遅かれ早かれ皆殺しだ」


デスナイトの後方には大量の金銀財宝や美術品などが並んでいる。

無論略奪品だ。

彼の軍勢の行く所は廃墟しか残らず、生きている人間はまるで見当たらなかった。


「うむ。見事だドラグニール。流石は我が側近中の側近よ!」

「ははーーーっ!」

「……ぬぅ……何と言う、事なのだ……」


もしデスナイトに顔が残っていたら苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていたに違いない。

だがそれが自分の現状なのだとかぶりを振って、デスナイトは続いての報告を行う。


「……私は12の村々と7つの街を攻め立て、降伏させる事に成功いたしました」

「降伏?手緩いなデスナイト……所詮は元人間か」

「酷評は少し待てドラグニールよ。それで、理由はあるのか?我は殲滅を命じたはずだが」


それに対し、ドラグニールは背後に並んだ穀物を中心とした食料の山を指差して続けた。

……占領地からの献上品だ。


「はっ。彼の地は今後の恒久的な物資供給地となり得ます。我が軍の弱点を補うに相応しいかと」

「なるほどなあ。腹が減っちゃ戦えねえわな。ま、手緩いのは確かだがそれも良いんじゃないかね?」

「流石は婆さんじゃわい」

「……屁理屈をこねる奴だ……本当は人間どもを救いたいだけだろう?」

「そうか。まあ物資調達に難があるのは確かだ……手に入れた領土も広い事だしな。良くやった」


続いて一歩前に出たのは巨大な鉄蠍。

オマケにその後ろにはこれまた巨大なナメクジのような何かが並んでいた。


「よっしゃ!次は俺だな?俺は並み居る敵を探し出して潰していったぜ!今までで三万は潰したかな?」

「そうらしいな。見事な戦果よ……時に、お前の後ろにだけ献上品が無いようだが?」


言葉どおり、他の四天王の後ろには略奪品や献上品が並んでいた。

だがナインテイルの後ろにだけはそれが無い。


「いやぁ。戦ってるうちに時間が過ぎちまいまして。部下を食わすのが精一杯でした!」

「占領地無し!?阿呆かお前は!?」


「いやいや、俺がそんな奴なのはとっくの昔にご存知でしょ?俺は戦えりゃそれで良いんですぜ」

「さっすが大将!」

「後先考えなくてカッコイー!」


魔王は流石に呆然としていたが戦果の大きさに気を取り直し、

額に拳を押し当てながら言葉を発した。


「ええい!確かにそうだったなお前は!それとヒルの息子ども、悪い所は真似んで良いからな?」

「「「「は~い」」」」


先代の四天王第四位、ヒルジャイアントの息子……。

と言うか再生した欠片達を引き連れたナインテイルは大戦果を上げたのは良いが、

当のナインテイルに肝心の占領地の拡大を行う気持ちは無かったらしい。

彼は戦えればそれで良かったのだ。

怒られてもまるで懲りていないかのように彼らは下がって平伏した。


「では次はわしの報告ですな婆さん」

「……頭を潰したのは我自身だが……本当に誰も彼も婆さんに見えて居るのかこ奴は」


最後は四天王第四位、顔無しゾンビである。

顔が無い=脳味噌の無いこの男にまともな作戦遂行能力があるのかと少し不安になりながらも、

魔王ラスボスは威厳を保ったまま静かに報告を続けさせた。


「ふう、で。お前はどれだけの戦果を上げた?」

「はい婆さん。まずわしは各地の教会や墓地を占領しましたですじゃ」


痛々しい沈黙が場に広がる。


「いや待て顔無しゾンビよ!そんな所を占拠してどうなると言うのだ!?」

「……物資供給では知識があるから見所はあると思って居たのだがな。所詮は人間か」

「だからオッサンが推挙したんだろが」


「で、そこでアンデッド兵を増やして次は古戦場に向かったのですじゃ」

「……何?」

「古戦場……まさかソーン殿は!?」


「そこで3万の軍勢を追加し再編成した軍勢で南を攻めましての。略奪品は表においてあるのう」

「なん。だと……?」


顔無しゾンビの後ろには確かに結構な量の"略奪品"が並んでいる。

だが、その量はドラグニールの半分ほど。

とはいえ、とんでもない量であるのもまた事実だ。

だがそれだけではない、と聞いて……魔王は窓の外を覗いて、絶句した。


「一応この大陸の南半分、10の国を制圧いたしました。基本的に戦争は数ですぞ、婆さん」

「何だとオオオオオオオオオオッ!?」

「すっげえな顔無し!今度一緒に戦場に行こうぜ!?」

「……流石は元アラヘン宰相……略奪品が城の高さを上回っているではないか……」

「は、ははは……人間に、負けた?この、私が!?」


「殲滅しろとの事でしたので捕まえたうち幾らかは処理しましたからのう。骨の兵士は5万ほどに」

「は、はははははは!よ、良くやった!良くやったぞドラグニール!」

「え?は、はあ……あ、有難う御座います魔王様……?」

「……何故ドラグニール殿が?」

「さあな?わっかんねえ。あ、推挙したのがオッサンだからか?」


段々と場が混乱し、混沌とした空気に包まれる。

そんな中、狂気の中にあると言うアンデッドは気にもせずに話を続けた。


「生かしておいた分で労働力になる者達は子供や親と引き離して強制労働に従事させておりますじゃ」

「……ソーン殿?」


デスナイトが硬直した。

何か嫌な予感を感じたのだ。


「人質を取っておけば良く働くし反乱防止にもなりますからの」

「おーい。顔無しー?何か不穏すぎじゃないのかそれ?」

「人間の反乱など恐れるに足りんぞ?心配しすぎだ」


「と言う名目で引き離した者達は後方策源地となったマケィベントに移送してありますじゃ」

「……あー、何故だ?」

「流石に俺も引くわ……」


「一箇所に集めておいた方が管理が楽ですからのう」

「……そーん、殿……?」


鎧の怪物がガタガタと震え始める。

ほかの者もその視線を顔無しのアンデッドに集めていた。

今、この場の主役は間違いなくこの死した老人であったのだ。


「なお、残った者達には相互監視体勢をとらせ、さぼりや反乱を起こした者を通報させてますじゃ」

「馬鹿な。人間どもがそんなものを守るとでも」


遂に耐え切れずドラグニールが立ち上がった。

しかし顔無しゾンビは特に気にもせず先を続ける。


「いえ。それで功あった者には特権階級として生活できると触れ込んでおきましたので」

「待て。顔無し……お前にそんな権限は認めておらぬ。我の名代として偽りは許さぬぞ?」


「問題ありませぬ。通報に功あった者達はアンデッド化処理をしておりますからのう」

「な、成る程な。我等魔物となれば人間どもと比べれば特権階級、なの、か?」

「いや顔無し、それはちょっと無いんじゃないか?酷くね?」

「……あぁ……あぁあああぁぁぁぁっ……あ、貴方はもう……本当に正気を!?」


部屋の気温が段々と下がっていく。

流石の魔物の親玉たちも、余りの内容に段々と血の気が引いていった。

例え人間の事を家畜程度にしか見ていない者達でも、

涼しい顔で語られる"家畜"への虐待に空いた口が塞がらない。


「も、もういい。お前が有能なのはわかった。これ以上は我でも飯が不味くなりそうだ……」

「さ、流石は私が推挙した男、だ……に、人間どもへの扱いが、わ、判ってるではないか」

「びびってるじゃねえかオッサン!?どうすんだよ!コイツ頭のネジが外れちまってるぞ!?」

「……駄目だ、私が、私がしっかりせねば……!」


そしてどんよりとした空気が最高潮に達したその時、

当のゾンビ自身が口調を変えた。

極めて軽い口調でこう切り出したのだ。


「判りました婆さん。それはさておき大戦果の記念に宴の支度をさせておりますじゃ」

「ほ、ほう?……空っぽの頭にしては中々気が効くではないか」

「ん?……うっしゃ!飯だ飯だ!騒ぎまくるぜーーーーッ!」


「よし、ではこれより宴会としよう……占領地はそれぞれが責任を持って管理するように」

「「「「ははっ!」」」」


何事も無かったかのように再び平伏する顔無しゾンビ。

その表情を読めるものは誰も居なかった。

いや、そもそも顔自体が無いのだが。

ともかく少々グダグダにはなったが、それで報告会は終わりとなったのである。

無論、大戦果だったことは言うまでも無く、

その日は夜遅くまで狂乱の宴が繰り広げられる事となった。


……。


そして、その日の夜遅く。

周囲のものが寝静まった中、城のテラスに二つの広影があった。


「良い風じゃ……海風に乗って故郷の風も運ばれてきておる……」

「ソーン殿、ここは異世界。であればソーン殿の故郷の風など吹く訳がありますまい」


二体のアンデッド。顔無しゾンビとデスナイトである。

既に死んだ身の上ゆえ睡眠の必要が無い彼らはそのまま夜間警備をする事になって居たのだ。


「婆さん。ところがそうでもないのじゃ……ああ、この風の中におると頭が冴えるのう……」

「は、はぁ……まあ、そう感じるならそれも宜しいか」


デスナイトは困惑しつつも、悲しかった。

現役時代の故国を支えた名宰相が、このような状態になってしまった事が。

そしてこの地より南の民が受けたであろう苦痛について、異世界の事ながら苦悩して居たのだ。

……それと同時に、指揮官としての疑問もあった。


「それにしても、あの短期間に10もの国を制圧するとは……ソーン殿はどうやって?」

「あ?そんなの簡単じゃ……軍を率いて城門まで行って降伏勧告、で終わりじゃよ」


「え?後はどうされたのか」

「その後は予め定められていたように、女子供や老人を馬車に乗せてマケィベントに移送したが?」


「……?」

「後は向こうが勝手に略奪品をこの城まで運んでくれたぞい。まあ、根回しの成果じゃな、婆さん」


デスナイトの顔は兜だ。表情など無い。

だが、きっとかれは狐につままれた様な顔をしていた事だろう。


「ま、手紙のやり取りは重要じゃ、と言う事だのう……それにしても……ああ、なんでもない」

「良く判りかねるが、予め降伏勧告を手紙で行っていたと?」


それには応えず、顔無しゾンビはじっと海の方を見つめている。

……そして、一言呟いた。


「今少し、わしの目覚めが早ければの……」

「ソーン殿?」


だが、デスナイトの追及はここで止まる事となる。

片目が飛び出したアンデッドのカラスがヨロヨロとテラスに飛び込んできたのだ。


「……何事か?」

「伝書鳩じゃよ婆さん……ふむ。マケィベントが落とされたようじゃの」


……ピシリ、と周囲が軋むような音がした。


「何だと?」

「魔王様!」

「おや婆さん、起きられましたかのう?」


先ほどまで玉座でいびきをかいていた魔王ラスボス。

だが、凶報を耳にした途端に目を覚ましたのだ。

その辺は流石と言う他無い。


「一体どういうことなのだ!?確かに守備隊は500もいなかったが……だからと言って!」

「まあ、大した事ではありませんぞ婆さん。所詮は略奪しつくされた街一つ、惜しくはありますまい」

「そう言う事ではなかろうソーン殿!?そも何故第一報が敵襲ではなく陥落なのだ!?」


それに対し、顔無しゾンビは特に気にした風も無く言う。


「指揮官ばかり狙って襲撃を受けたそうですな。兵のみでは烏合の衆なのはこちらも変わりませんぞ」

「我には理解できぬ!兵を無視して指揮官のみを狙う事など不可能ではないか!」


「ああ、勇者の攻撃を受けたらしいですじゃ……街の中から」

「なん、だと!?」


そして、次の瞬間より城は、そして街は騒然とした雰囲気に包まれる事となる。


……。


≪勇者シーザー≫

迷宮から敵が姿を消しておよそ一ヶ月。

私達一行はおよそ一週間周期で撤収と再挑戦を繰り返していた。

敵の残した残滓から拠点を探し出し、迷宮の地図作りと探索を続けた。


そして、迷宮の奥深くで遂に見つけたのだ。

……淡く輝く巨大な光の輪を。


「綺麗だお」

「……明らかに大きな魔力を感じますよ、シーザーさん」

「周りの空木箱や机に椅子、ゴミ。うん、明らかに生活の跡があるゾ」

「ぬ?光が増したぞ、隠れた方が良いのではないか?」


……竹雲斎殿の言葉に従い周囲の遮蔽物に隠れると光の輪が輝き、

荷物を担いだ人間達がワーウルフに率いられて現れ、今度は迷宮の奥に消えていく。


「ガウガウガウ!」


「わ、判りました……怒らないで下さいよっ!?」

「お、奥に行けば良い、んだよな?」

「多分」

「ったく。ひとつで行き先が一箇所なのは良いが……せめて場所を纏めろってんだ!」

「文句言っても仕方ない……さあ行こうぜ、また鞭でぶたれる」

「畜生、何だってこんな事に……」

「さて、じゃあ次の転移門とやらに急ぎますか……はぁ」


人影が消えた頃、私達は物陰から出てくると今後の事を相談する。


「敵はワーウルフ一匹か……助けるべきだったか」

「いや、それは早計じゃ」

「何でダ?」

「頭悪ぃな。こっちの存在がばれるだろうが」

「……彼らは仕事を与えられている。と言う事はまだ殺されたりはしないです」

「だおだお!アルカナには判ってたお!馬鹿じゃないお!本当だお!?」

「「「アルカナ様……某達は何も言いませんぞ?」」」


確かにみんなの言う通りかもしれない。

今にも殺されそうなら話は別だが、彼らには今少し待ってもらおう。

……今は、この光の輪……転移門とやらの先がどうなっているのかを調べるのが先だ。


「……しかし、どうやって……む!?」

「だったら調べるお♪」

「アルカナ!?」

「転移門が光りだしたゾ!」

「馬鹿野郎!?不用意に踏み込む奴が居るかよ!?ああ、ここに居たよな畜生!」

「止むをえん!全員門の中に入るのじゃ。一人取り残されては格好の餌食じゃぞ!?」


そう思ったらアルカナ君がテケテケと歩いて光の輪に触れてしまった。

……あっ、と思う間も無く転移門に光が走る。

アルカナ君を見捨てる訳にも行かないし、彼女一人にしておくのは色々な意味で危険だ。

止むを得ず備殿達を残して私達も光り輝く門の中に駆け込んでいく。


「備大将!もしわしらが帰らなんだら軍に知らせてくれい!」

「「「「ははっ!」」」」

「じ、冗談じゃねえ!こんな所に叔父貴達と残されてたまるかよ!俺は行くぜ!?」


そして、私達は光に包まれていった……。


……。


光が収まった時、私達は教会の聖堂らしき場所に居た。

人影は無い。

歩き回ってみると教会中の金目のものが全て持ち去られた跡がある。

そしてその聖堂も荒れ果て、聖母像らしき残骸が転がっていた。

……ひどいものだ。


「この建築様式、隣の大陸のものではないかのう?」

「だお」

「……と言うか、来た事があるゾ?」

「私も。ここって隣の大陸にある街よね……名前は何ていったっけ?」


そして残念ながら、あれは私の故郷へ繋がる門ではなかったらしい。

だとするとここは……。


「つーかよ。ラスボスに占領された街ってここの事じゃねぇのか?」

「多分そうだと思うお」


「へっ。まともに移動するのが面倒になったんじゃねぇか?」

「その可能性は高いのう。定期的に行き来する為にラスボスが設置したのじゃろう」


以前話にあった、魔王に占領された街、か。

……時は夕暮れ時。

当たり前の世界なら今頃夕飯の準備の為に市場を人々が行き交っている頃だ。

だが、この街にはそんな活気は感じられない。


「人間の気配は沢山するゾ?だが出歩いているものは全然居ないようだナ」

「ううん。違うよフリージア……見て」

「パンを担いだおばやんがひぃひぃ言いながら歩いてるお」

「……食糧の配給か。しかし普通は男がやるような仕事の筈じゃが」


不気味だ。

……街はまるで廃墟のようなのに人の気配は凄まじい。

かと言って活気があるようでもなく。

これは一体……。


「まるで収容所じゃねえか」

「ふむ。まるでも何も、そのものかも知れんがな……」


……異常な雰囲気に私達は飲まれるようにゴクリと喉を鳴らした。

窓の外の夕暮れの光景はそれだけ引き込むような何かを持っていたのだ。

だからこそ、私達は誰も気付けなかった。


「コケッ?」

「どうしたお、ピヨちゃん」


「ガ、ガウ?」

「ワォン?……ガウ?」


教会の扉を開けてこちらを呆然と見つめるワーウルフの視線に。


……。


そして一瞬の後、先に動き出したのは敵側であった。

大きな叫び声が周囲に響き渡る。


「ガ、ガウウウウウウウウッ!?」

「ガオッ、ガオッ!ガオガーーーーーーーッ!」


「し、しまった!?」

「明らかに敵を呼ばれたぞい!」


気付かれた!

敵地だと言うのに私はなんと言う愚かな真似を!?


「くっ!この教会に立て篭もって応戦を……!」

「駄目だお!きっとその内後ろからも来るお!」

「……転移門か!畜生っ!?」


街を守るなら当然敵は守備隊程度の規模はあるだろう。

この人数でどうにか出来る物ではあるまい。

篭城するには後ろが不安すぎるし、手をこまねいていて居る訳には!


「ど、どうするんだよ!?一度転移門で帰ろうぜ!?」

「……これからが大変じゃがな」


逃げ帰るのも一つの手だ。

だが、次は確実に守りを固められているだろうし、

そもそも見つかった現状で無事に帰る事が出来るのかも不明だ。

……ならば!


「ならば、ここは打って出る!」

「正気なのカ!?」

「いや……そうでもないかも知れんぞ」


そう。こちらは少人数。

ならばそれを生かす戦術を選べば良い。

……幸い隠れる所は沢山あるだろう。

姿を隠しつつ敵の戦力を削り、敵将を狙い撃つ!

この地の人々を見捨てずに勝利する方法はこれしかない。


それに……流石に街一つまるごと見捨てて勇者を名乗れるものか。

それぐらいの矜持は私にだってあるのだ!


「無論、最悪私だけでやる!皆は戻ってくれ!」

「馬鹿言うなヨ!?」

「行けるよね、アルカナ?」

「無論だお!」「コケッ!」

「帰れる保証も無いじゃねえか!こうなったら自棄だ!付き合ってやらあ!」

「ほっほっほ。救援要請は恐らく大将どもがやってくれる……賭けに出ようぞ!」


全員で頷くと、既に数匹のワーウルフが集まって来ていた。

……剣を抜き、一度に二匹を斬り捨てる。


「一度近くの建物に逃げ込もう……出来ればかく乱の為にも裏口があれば」

「あのデカイ建物はどうダ?」

「市庁舎ですね。シーザーさん、私も悪く無い選択だと思いますが」


よし、決まりだ!

何を言う必要も無く、市庁舎の建物に向かって走り出す。


『来たれ、嵐よ!』

「「「「ガウウウウウウッ!?」」」」


クレアさんの召喚魔法で突風が呼び出され、

敵が混乱している隙に私達は市庁舎のドアを蹴り破って侵入した。


「ともかく奥に……ここにも敵が!」

「ガウウウウウッ!?」


市庁舎のエントランス付近で突然の侵入者に唖然としていたワータイガーの首を切り飛ばし、

私達は奥へと進む。

会議室だったらしい場所で暢気に食事をしていた数匹を打ち倒し、

トイレに篭っていた一匹を牢人殿が切り伏せ、

急いで武装してきたらしい一団をピヨ君が爪と嘴で蹂躙する。


「意外と守りが薄いな」

「そうですね。でも油断は禁物です!」

「今は奇襲だから相手も慌てているだけじゃ!」

「いずれは相手も本腰を入れてくるゾ!」


そうだ。それまでに敵将を探し出し、討ち果たさねば。

そうすれば、恐らく守備隊程度の敵ならば混乱する。

上手く行けばそのまま逃げ出してくれるだろう。


「一応念話で姉さんに増援を呼んで貰っておきますね」

「クレアさん、宜しく頼む」

「……そうじゃの。これなら備達を残しておかんでも良かったかのう?」

「馬鹿言うなよ旦那!叔父貴たちじゃすぐに全滅だぜ!?」

「だおだお!ピヨちゃん走るお!」「コケッ」


走り続け、裏口を蹴り破る。

……次は何処に移動するか。そう思った時である。

突然轟音のような叫び声が街全体を包んだ!


「何だ!?」

「凄い叫びだお。五月蝿いお……」

「10万、いや20万?それ以上かも知れん!?」

「ま、まさか敵の本隊が来やがったとか!?」

「……そんな。それじゃあ勝ち目なんか無いよ……?」


決着は、意外なほどにあっさりと付いてしまったのだ。

そう。驚くほどに。


「魔物が逃げていくよーーーーっ!」

「何だか知らないけど助かったわぁっ!」

「市庁舎にやつ等のボスの死体があったぞい!」

「助かった!私達助かったのよーーーーっ!」


「「「「え?」」」」


自分でも何だか判らないうち。

私達の、勝利と言う形で。

それは夕暮れから夜へと移り変わろうとするそんな時刻の、

まるで狐につままれたような……そんな不思議な遭遇戦であった……。


……。


ただ、この一戦が私にもたらした影響は決して小さな物ではなかった。


「――――――よって、シーザー・バーゲスト殿に名誉市民の称号と共に……」

「は、ははっ!」


翌日、私は英雄と呼ばれるようになっていたのだ。

臨時に選ばれた市長よりの感謝状授与に始まり、祝賀会。

国に戻れた人々と、何故か大陸南半分から集められていた人々による握手攻勢。


解放者、英雄、そして……勇者。

人々は私達を取り囲み、そんな声を上げている。

私は正直、色々と信じられなかった。


「……何と言うか、実感が……」

「いいじゃねえか!俺達ゃ英雄になったんだぜ!?やっぱお前に付いてきて正解だったぜー!」

「アルカナはぬいぐるみじゃないお~!モフモフしないで欲しいんだお~……」

「ほっほっほ。お前達、もう少しシャンとしとらんかい、まるでおのぼりさんじゃぞ?」

「全くだゾ……まあクレアみたいに恥ずかしがって隠れてしまうよりはマシだがナ」

「コケコケッ!」


後に知った事だが、この都市を巡る一連の戦いは"マケィベント戦記"と呼ばれ、

その記録は軍記物として大々的に発売される事となったそうだ。


そして魔王軍は大規模な勢力拡大により勝利を宣言し、

人類側も当初の目的……都市の開放が成し遂げられた事で勝利を宣言したと言う。


要するに私は。

そして私達は人間の敗北を隠す為の丁度良い偶像だったと言う訳だ。


「私、シーザー・バーゲストは魔王ラスボス打倒を目指し、戦い続ける事をここに誓う!」


「「「「「「おおおおおおおおっ!」」」」」」
「「「「「「勇者シーザー、万歳ーーーーっ!」」」」」」
「「「「「「人類に勝利をっ!」」」」」」


しかし、だからと言って私のやる事は変わらないし、

私の戦いがこれで終わった訳でもない。

急造の壇上で人々に求められるままに決意を表明したのもそのため。

壇の設けられた広場には入りきれないほどの人々が押しかけ、私の話に耳を傾けてくれる。

……故郷からの出立ですら見送りの無かった私としては感涙ものであった。


だから、その時寄せられた期待の眼差しを裏切らないように今後も精進せねば。

……私は密かにそう誓うのだ。


ただ、この一連の戦果に私は何か作為的なものを感じてしまっている。

敗戦を押し隠す様な社会的なものではなく、誰か個人の思惑のようなものを。

この世界に来てから色々ありすぎた。

それが故の杞憂であれば良いのだが……考えたら負けだろうか?

続く


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