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No.16894の一覧
[0] 隔離都市物語(完結)[BA-2](2010/07/10 14:34)
[1] 01 ある勇者の独白[BA-2](2010/03/02 23:23)
[2] 02 とある勇者の転落[BA-2](2010/02/28 20:44)
[3] 03 隔離都市[BA-2](2010/03/16 20:54)
[4] 04 初見殺しと初戦闘[BA-2](2010/03/08 22:41)
[5] 05 過去の過ち[BA-2](2010/03/16 20:55)
[6] 06 道化が来たりて[BA-2](2010/03/28 22:23)
[7] 07 小さき者の生き様[BA-2](2010/04/15 16:09)
[8] 08 見えざる敵[BA-2](2010/04/20 15:46)
[9] 09 撤退戦[BA-2](2010/04/20 15:52)
[10] 10 姫の初恋[BA-2](2010/05/09 17:48)
[11] 11 姫様達の休日[BA-2](2010/05/09 17:53)
[12] 12 獅子の男達[BA-2](2010/05/09 18:01)
[13] 13 戦友[BA-2](2010/05/26 22:45)
[14] 14 形見[BA-2](2010/05/26 23:01)
[15] 15 王達の思惑[BA-2](2010/06/16 08:08)
[16] 16 マケィベント戦記[BA-2](2010/06/16 08:09)
[17] 17 名声と弊害[BA-2](2010/06/16 08:10)
[18] 18 連戦[BA-2](2010/06/12 16:12)
[19] 19 まおーと勇者[BA-2](2010/06/15 18:33)
[20] 20 自称平和な日々[BA-2](2010/06/18 23:45)
[21] 21 深遠の決闘[BA-2](2010/06/23 23:24)
[22] 22 最後の特訓[BA-2](2010/06/26 12:14)
[23] 23 故郷への帰還[BA-2](2010/06/27 22:44)
[24] 24 滅びの王都[BA-2](2010/06/29 20:34)
[25] 25 これがいわゆる"終わりの始まり"[BA-2](2010/07/01 19:18)
[26] 26 決着[BA-2](2010/07/03 20:59)
[27] 27 勇者シーザー最期の戦い[BA-2](2010/07/06 18:37)
[28] エピローグ[BA-2](2010/07/10 14:33)
[29] 魔王召喚したら代理が出て来たけど「コレ」に頼んで本当に大丈夫だろうか[BA-2](2018/04/02 23:28)
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[16894] 15 王達の思惑
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/16 08:08
隔離都市物語

15

王達の思惑


≪リンカーネイト王・カルマ 執務室にて≫

その日の仕事が終わった時、既に時計は明日に片足を突っ込んでいた。

数年前からようやく一人前になった文官達の教育が終わり始め、

かつての三億分の一と言われる程に仕事量は減ったが、それでも未だ時折こんな日もある。


「……おつ、です」

「お前もな、アリシア」


死ぬほど眠そうな目でコーヒーを差し出してきたのは妹の一匹。

礼を言って受け取ってはみたものの、向こうも相当疲れ果てているようだった。

何せ、これから寝る男にカフェインの塊を差し出して来るくらいだしな。

目を開けて複眼を晒している事と言い、普通なら絶対にやらない失態だ。


「……しかしまあ、疲れもするか。クレアの為とは言え今回は相当に無理をしたからな」

「そう、です。でも、これが、さいしょでさいごの、ちゃんす、でした」

「くーちゃんの未来はお金で買えないでありますからね」


コイツ等の好みに合わせて殆どコーヒー牛乳と化したコーヒーの湯気を眺めながら、

俺はうちの娘の中で唯一しとやかに育てる事に成功したと自負しているクレアの事を考える。


「しかし。クレアがまさか、あんな異能持ちだったとはな……」

「とうじは、おおさわぎだった、です」


5歳の時、だったろうか。

お披露目でクレアに微笑ませたその時、集まった群集は暴徒と化した。

幸いレオの息子……アオが非番にも拘らず何故か駆けつけ、いち早く鎮圧してくれたが、

その時のトラウマでクレアは酷く怯えて引き篭もってしまった。


因みに当時まだ子供だったアオ一人で鎮圧した、と言うかなんで子供が軍に居るんだ!?

と言う事で、

たるみ過ぎとか色々、軍のあり方等が色々と議論になったものだが、とりあえず今は関係ない。


「ははは、俺達じゃどうしようもないと困り果ててたらアルカナが現れたんだっけな」

「そらから、どさり、です」

「ま、お陰でくーちゃんも、ねえちゃの自覚が出来て立ち直ったから良いでありますよ」

「代わりに、まだ生まれてない娘の登場でにいちゃ達相当に大慌てでありましたがね」

「いや、あれは、むしろ、ねえちゃたちの、せんそう……です」


その後、突然現れて周囲をかき回したアルカナのお陰で結果的にクレアは立ち直った訳だが、

それでも惹きつけた人間に怯えて、結果的に自らを危機に追い込む悪癖は残った。


で、長年苦しんでいたので見るに見かね……それをどうにかする策があるという妹達の言に従い、

異世界からの勇者召喚に合わせ、その行動の誘導と舞台準備をした訳だが、

その為に今現在、既に金貨10万枚近い金を使う羽目になっている。


「結果良ければ全て良しの精神で生きてると、その過程で苦労するよな」

「それで良くて生きてきて、今更何言ってるでありますか?」


これでクレアが治ったから良かったものの、

そうでなくば俺は文官団やら各地の代表者に突付かれまくる羽目に陥っていただろう。


……我ながら丸くなったもんだ。

以前の俺ならそんな連中容赦なく叩き潰していたもんだが、今はそんな面倒な事をする気にならない。


それに、奴等だって国家と言う巨大家族の一員なのだ。

余り無碍にも出来ない……と思うほどに俺の手は広がってしまった。

色々と、わずらわしい事に振り回される立場になってしまったもんだと思う。


「因果だなぁ……」

「因果といえば、例の連中どうするであります?」

「また、はいきゅうひん、ぞうがくようきゅう、してるです」


その言葉にはまたか。と思う他無い。

一部の識者と言うより指揮者とか扇動者の呼び名が相応しい連中が、

現在一日二食配給している食糧を増やせと言ってきているのだ。

応える事は出来るが、それをしたらすぐに次の要求を突きつけるような連中だ。


しかも、一般市民連中にいかに俺達のやり方がまずいかを屁理屈こねて言い放ち続けている。

それで飯を食ってるとは言え政情不安を煽って喜ぶそのやり方は勘弁して欲しいと思う。


「……黙らせろ。やり方は任す」

「はい、です」

「でもすぐに次の馬鹿が出るでありますよ?」


ま、最初から予想出来ていた事ではある。

第一世代は感謝するだろう。

だが、生まれながらに貰えるのが当然だった世代は、それでは不満を覚える。

そしてもっともっと、と要求し続けるものなのだ。


今は恩義を感じているまともな連中と、それに教えを受けた第二世代がそれを叱り飛ばしてくれるが、

次の世代辺りから屁理屈をこねる事に血道をあげる馬鹿が大量生産されるのは間違いない。

……とりあえず、俺達に害が及ばない内は放って置いても良いと思うが、

いつか増長した阿呆が背中から切りかかって来る事だろうさ。

ま、そうしたらさっさと国ごと捨ててしまえとグスタフには言い含めてあるが。


……その後、奴等は自分自身が困り果ててから反省して泣きついてくるだろう。

だが、そんな連中はまた何時か同じ事を繰り返す。

面倒だ。商会の財力と物資のみ手元に残して、後は捨ててしまうのが最善の選択だろうな。


グスタフはその点、結構ドライだ。取りつく島も無く追い払うだろう。

最初の暴動時、文句も言わず付いて来た奴等までは家族扱いして良いと俺は思う。

……それ以外は知らん。


「しかし、我ながら人間ってのもどうしようもないよな……」

「与えれば増長、与えねば憤怒。結局何しようが絶対満足し続けたりはしないでありますからね」


俺はこの世界に転生してから、神は居ないのかと何度も思った事がある。

そして気付いたのだ。

少し大げさすぎるが何故神様は人を救わないのか……その仮説だ。


人に幾ら幸福を与えても、それを最後には退屈と切って捨ててしまう。

だったら不幸を与えてそれを切り抜けた達成感を味わわせる方が楽。

人の幸や不幸は感じ方次第。

つまり人間は自分で勝手に不幸にもなるが、同時に勝手に幸福にもなり得るのだから。


要するに神様は全てを自分にとって都合の良い方向に考える人間の思考を逆手に取った、

極めて高度な統治法を採っているんじゃないか?って事だな。

無論これは俺の勝手な思い込みだが、そうとでも考えないと納得がいかない。


ま、神様が人間を愛して無いなら話は別だがな?

……何故なら。


「うおおおおおおおおおおっ!昼間外出したせいで仕事が終わらーーーーん!?」

「ったく。ハイム……足が出るなら一束貸せ。やってやる」


「父?父ーーーーーッ!?お願いする!助けたもれーーーーーっ!うわーーーん!」

「人を大事にしてる神様は死ぬほど忙しくてこの様だもんな……」


泣き喚くハイムから書類を一束もぎ取ると、コーヒーを飲み干して目を覚まし、書類に目を通す。

迷宮の修繕費の書類だ。半ば公費の私的流用であるが故に、これの決済を通すのは大変だろう。

僅かな間違いも許されまい……今日の仕事は徹夜を覚悟せねばならんな、常識的に。


……あ、そうだ。

ついでだからあの件の事をハイムにも聞いておくか。


「ところでハイム。シーザーの件なんだが」

「何だ父?助けられたゆえ多少の相談には乗るぞ?」


「いやな。クレアを助けて貰ったじゃないか。その礼はどうしようかと思ってな」

「……まあ、百叩きでも高速ストンピングでも父の思うようにやれば良い」


ヲイヲイ。

ハイムは何を言っているんだ?

家族の恩人に対して何を言っているんだか。


「どうやったかは知らんが、クレアはサンドール女王としてやっていけそうな感じだ」

「うむ」


「クレアのトラウマを除去してくれたシーザーに対して正当に報いるのは当然だろうが」

「だから父としてはこのまま切り殺してやりたいのだろう?命はとるなよ。クレアに怨まれる故にな」


……いや、だから何でそうなる。


「…………おい、姉ども!?……まさか何も言っておらんのか?」

「えーと。おなかすいた。です」

「夜食食べに行くであります!」


え?あの……もしかして俺、何か大事な事を聞いてないのか?

もしや何かあったのか!?

……だとしたら……。


「シーザーが、まさかクレアに何かしたというのか!?」

「のあっ!?父、止せ!力を解放するな!?」

「せかい、ほろぶです!」

「にいちゃ!激しく自重であります!」

「なんという、あくむ、です」


俺の怒りと連動し、天が揺れ、地が裂け、風が唸る。

そのまま周囲が帯電し、振動を始めた。

驚いて飛び出した警備の兵達が、俺の状況を見て大慌てで走り出した。


……このままでは無駄に付いてしまった力を抑えるための封印が一つ解けてしまうな。

これが無いと日常生活が送れないから仕方ないが、解除はともかく再封印は面倒すぎる。

しかしそんな事は関係ないのだ。

クレアの事が第一だ!場合によっては許さん!


「いや待て父、世界滅んだらクレアも死ぬぞ!?第一クレアは何も傷ついておらんわ!」

「そうそう、むしろうれしそう、です」

「!?……ならいいんだが」


全身に僅かに込めてしまった力を抜き、蟻ん娘を一匹捕まえ目を開かせて複眼を凝視する。

……どうやら嘘は付いていないようなのでそのまま解放した。

俺はコイツ等を信じている。

裏切られたとしたら最早仕方ないとも思うのだ。

ならば最後まで信じよう。蟻ん娘達は俺を絶対裏切らないと。


「いいだろう。お前らがそう言うのなら信じよう」


「う、む……まあ、この話はここまでだな父」

「はーちゃん、今後その話題は禁止でありますからね……」

「まだ、にいちゃには、とてもいえない、です。こそこそ」


さて、ではさっさとこの面倒な書類を片付けてしまうか。

どうせ明日も早いしな。

しかし、何か騙された様な気がするのは俺の気のせいなのだろうか……?


「……のう、父に何も話しておらんのかい」

「にいちゃが真実を知ったらシーザーが殺されるであります」

「それは、まだはやい。だから、まだ、いわない、です」


さて、じゃあ今日ももう少し頑張りますか。

可愛い家族達の為にもな。


……しかし仕事のストレスが溜まるな……今度適当に全時空ひとつ滅ぼしてくるか?

え?全時空ひとつって何ぞ、だと?

そんなの世界観ごとに全時空があるに決まってるじゃないか。

そうでなければ全時空最強とかが何人も居る筈が無いだろうに常考。

もっとも、住んでる連中が可哀想だから本当にはやらないけどな。


はぁ。俺は元々適当に贅沢さえ出来ればそれでよかったんだけどなぁ……。

まったく。どうしてこうなったんだか。


……。


≪魔王ラスボス 第三魔王殿にて≫

我はラスボス。八つの世界を破壊した魔王なり。

我はその八つ目の領土にて戦力を蓄え、九つ目の世界との戦いの真っ最中である。


街も幾つか手に入れたが、予想外に敵は手強い。

10年前の悪夢を見ているかのような被害状況の中、今日は望外の朗報が飛び込んできた。


「魔王様!ドラゴンです!ドラゴンが暴れまわっているんです!」

「ガルルルルルルル!」

「どうか奴を追い払ってください!」


ドラゴン。最強の幻獣。

我とて今までただの一頭しか手に入れる事叶わなかった究極の種ではないか!

この世界にも存在したのか。


……我は内心の興奮を抑えつつ、まず異様に動揺している部下どもを怒鳴りつけた。


「静まれい!奴は食い物が無く止む無く街まで降りてきたものだろう!」

「「「ははっ!」」」
「「「ガウッ!」」」


「何としても捕らえよ!我は配下にする為の準備にかかる!」

「「「「ギャウウウウウウン!?」」」」
「「「「えええええええええっ!?」」」」


そして我は外野からの声を完全に閉ざした上で精神集中を開始した。

手に入れば久々の大規模戦力増強となる。気合を入れていかねばな。


「ま、魔王様!?」
「きゅうううううん!」
「駄目だな、聞く耳持たれないようだ」
「覚悟、決めるガアアアアアッ!」


もう少し精鋭が手に入れば、人間を獣人やアンデッドに改造する必要もなくなるだろう。

そうしたらハインフォーティンを探して討ち果たし、屈辱を晴らすと共に奴を配下にするのだ。

そして、かつて故郷に突然現れ我に最初の敗北を与えた者どもへの反攻の第一歩とする。

……何処に居るかは判らんが、そこは何時か必ず何とかして見せよう!


【お前はまるでラスボスだな】

【ラスボス?とは何だ!?】


【……最後の敵、と言う所か】

【最後の敵対者……ラスボス!】


不可視の船に乗り圧倒的な戦力を見せ付けた彼の化け物ども。

あの連中との戦いにより我は異世界の存在を知り、世界を渡る術を盗み出す事に成功した。

そして……その制圧に乗り出す決意をしたのだ。何せ異世界は豊かなようだったからな。


我は奴等を倒す事を最終目標として、奴らの呼んだラスボスと言う名を名乗り続けている。

かつての屈辱を忘れぬように。

……異界の魔王ハインフォーティンなど奴等の前座に過ぎぬ。

そう、こんな所で停滞している訳にはいかんのだ!


……。


「ま、魔王様!」

「……竜を捕らえたのか?」


「いえ、侵入者です」

「追い払え。忙しいのだ」


「いえ、じつは、わたし、も、すでに、はいぼ、く……ぐふっ」

「……どうした!?」


一体どれだけ深く瞑想に入っていただろうか。

突然部下の一人が駆け寄ってきて話しかけてきた挙句、

与えた仕事の完遂どころか侵入者に負けたと言ってきたのだ。


何があったのかと感覚を自らの内面から外界に向ける。

すると……これは、どう言う事だ!?

街が、壊滅しているではないか!

いや、それは構わんが折角集積した物資が焼け落ちている!

これから敵地に攻め入るというのになんと言う体たらくか!


「一体、何事なのだ!?」

「……部下が侵入者だと言っただろう?」


……ふと気付くと、剣が宙に浮いていた。

いや、巨大な剣を人間が持っているのだ。


「ほぉ……中々良い素体だな。いい魔物になりそうだ」

「だろうな。だが、私を捕らえる事など出来はせん」


中々大した度胸ではないか。

観察をしてみるとその人間は全身を重厚な鎧で守り、

自分の数倍はある巨大な剣を肩に乗せ歩いてくる。

……とても扱いきれるとは思わんが、それでももしまともに振り切れると仮定すれば、

今の我になら十分に脅威となろう。


「……ふむ。貴様は勇者か?」

「否。私は騎士……リンカーネイトの騎士、アオなり!」


騎士か。

この国の騎士どもは大半が多少腕の立つだけの人間だったが、

中には素晴らしい素材も存在していた。

……特に現在の四天王第二席・死霊騎士デスナイトの素体となったユリウスとか言う男は素晴らしい。


何せ、死してなお主君への忠誠を失わず、あらゆる拷問に耐えきった。

従わせるには他ならぬその主君……ここの元王の存命を認めざるを得なかったほどだからな。

無論戦闘技術も人間にしては大したものだった。

更にリビングアーマーと化した今は、人間時代とは桁違いの力を得ておる。


こ奴もそれに近い素質を感じるぞ。

失った幹部の代わりになるやも知れん。

これは必ず手に入れねばならぬな。


「はっはっは!我は魔王ラスボス!我に逆らう愚か者よ……身の程を知れぃ!」

「身の程を知る、か。その方が良いぞ、魔王ラスボス……!」


それにしても全く動じないな。うむ、素晴らしい。

こ奴を捕らえたらアンデッドではなく獣人化させようか?

きっと見た事も無いような見事な獣が生まれる事だろう。


……それで思い出したが……まったく、デモンズウールの馬鹿者め。

10年前に戦死した四天王第三席デモンズゴートの息子だからと守備隊長に抜擢したにも拘らず、

敵をここまで通すどころか昨日辺りから行方を眩ませおって。

あの馬鹿羊め……四天王昇格は延期だな。せめて敵に即応してくれれば話は別だったのだが。


まあ、それもこれもまずはこの目の前の人間を倒してからか。

有能な配下は多ければ多いほど良いに決まっておる。


「さあ、何処からでもかかって来るが良い!」

「ならば正面から行かせて貰う!」


全身を躍動させ、明らかに人間の手には余るであろう巨大な剣を振り回す。

切り落としを横にステップして避けると、今度は返す刃で切り上げが襲ってくる。

振り回した力をも利用した二段攻撃か。


「だが甘い!我を誰だと思っておる!?」


避けられない事も無かったが、やられっ放しも不愉快な為、

迫ってきた剣を握り締めた。無論、切り上げの勢いが弱まった瞬間を狙ってだ。

刃が肉を切り裂き骨にまで達する……がそこで止まる。

手が血で濡れたが多少痛みを感じるだけだ。問題は無い。


「さて、中々やるようだが所詮は人間……我が軍門に下れぃ!」

「断る!」


そこで降伏を勧告してやろう。まあ、それで下るような根性無しならその場で踏み潰すが。

……そう考えながら口を開く、が敵の姿は既に無い。


「なっ!?剣の腹を――――――!?」

「私の本分は、盾と片手剣だっ!」


いや、この人間めは自分の剣を手放すと、己の手放した剣の腹を駆け上って来たのだ。

しかもその手には背中から取り出した盾と腰に下げていた普通の長剣が握り締められている。

……防御が、間に合わん!


「ぐっ!?喉をっ!?」

「はあああっ!」


奴は我の肩口に足をかけそのまま後方上部に駆け上るかのように跳躍する。

しかもすれ違いざまに我の首に一撃を加えてだ。

しかも我がそれに気を取られた一瞬の隙をつき、

壁を蹴って地面に戻ると股の間を通って巨大剣の柄を握りに戻り、

そのままズイ、と剣を我が手から引き抜く!


「ぐうっ!?」

「抜き身の刃を素手で握り締めているからだ……!」


深く切り傷を負った我の手を見る。

……手強いな。デスナイトの素体と戦った時を思い出す。そう言えば何処か似ている気もする。

だが同時にそれは、奴では我には勝てないという事実も示しているのだ。


「ふむ……中々やるようだが貴様も所詮は人。我の一撃には耐えられまい!……はあぁっ!」


全身に力を込めて衝撃波を起こす。

一斉に窓が割れ、壁・床・天井……その全てが一斉に打楽器のような音を奏でた。

どんなに身が軽かろうとも、避ける事がそもそも不可能なこの技には無力だ!

デスナイトも人間だった頃、これで体制を崩した所で詰んだのだぞ!?


「ぐっ!」

「……盾を構えて耐えたか。危険さを察知したのは優秀だが、守りでは勝てぬぞ!」


しかし、このアオとか言う人間は盾に身を隠して耐えきりよった。

……奴以上の逸材か!?これは楽しみだ。さっさと殺して改造してしまわねば!


構えた盾に目掛けて拳を振り下ろす。

経験から言って盾で防御を硬く固めた輩は、その防御に正面からぶち当たると受けに回る傾向がある。

防御しきれると言う自負がそうさせるのだろうが……我は魔王ラスボスぞ?

その盾ごと打ち砕いてやろう!


「おおおおおおっ!?……ば、馬鹿な!?」

「私の盾は特別製でな……特別に頑強なのだ!」


しかし、盾は……あの人間は耐え切った。

敵を砕ききれなかった拳には重い負荷がかかり骨にヒビの入る鈍い音がする。

しかしあの盾は健在だ。

いや、例えそうだとしても……何故我の腕力と体重に奴は耐えられるのだ!?


「陛下はラグビー……とか言っておられたな……」

「ぜ、全体重を盾にかけて凌いだだと!?」


腕だけでは足りぬと見て肩口から体当たりしてこちらの力と拮抗させたと言うのか!?

馬鹿な。

もし我が虚を突いて盾を引っ張るのに転じたら、そのままつんのめって無様に転ぶ所ではないか!

成功したから良いようなものの、何故そんな無謀な真似を!?


「……卑怯なら兎も角、姑息な小手先の技を使うとは思わなかった。お前は魔王ラスボスだからな」

「ふん。魔王の美学を解するとでも言うのか?思い上がりもいい加減にせよ!」


……最早、表のドラゴン捕縛どころではない。

目の前の人間は討ち果たすべき敵と認識した。

全身に魔力を漲らせ、万一の為に封じていた真の姿に戻る準備もしておく。

さて、久々に本気で戦うとしようではないか!


……。


しかし。現実は、この様だ。

我は無様に地に膝を付いている。

何故だ!?どうしてこうなった!?


「……な、ぜだ……何故、あらゆる技が、防がれる……!?」

「ラスボス。私はお前の手の内を全て知っている……ただそれだけだ、褒められた物ではない」


軋む体を騙し騙し立ち上がる。

相手はまだ軽く息があがっている程度だ。

だと言うのに、この我が……何故地面に膝など付いているのだ!?

せめてハインフォーティンとの再戦までは取って置こうとしていた真の姿すら晒しているというのに!

この不気味な、キマイラ(合成魔獣)としての姿を!


「舐めるな……我はラスボス……八つの、世界を……滅ぼせし……!」

「無駄だ!」


正攻法ではどうしようもないと指先からの閃光による奇襲。

だがあっさりとかわされ、逆に膝に飛び乗られて額に重い一撃を食らう。


「ぐうううううううっ!」


い、いかん。

我自身の血が目に入り何も見えん。

……これで、終わりだと言うのか!?

認めん!そんな事は認めん!


「止むをえん、な」

「……ほう。遂に切り札を切るか?」


心臓が、跳ねた。

いや。そんなまさか……我の切り札は故郷から出て以来使った事が無い。

使わなくとも勝てるように己を追い込むためだ。

あれを封印してからは痛みとの戦いを続ける羽目になったが、

そのお陰で強くなれたのは疑う余地も無い。


……眼前の人間を見る。

あの巨大な剣を大上段に構えていた。

用意するは防御を捨てた捨て身の一撃……それを見て我は悟る。


「……祖父から受け継いだ長々剣。いかなる防御をも貫いてみせよう……いかなる装甲もだ!」

「ふっ……本当に、知られているとはな」


力が抜けた。完全に、詰んだのに気付いたからだ。

我が切り札を知られ、対策まで取られていては話にもならん。

……我も魔王。余り無様には足掻くまい……。


「は、はははは!まさか、まさかこんな所で討ち果たされるとは!なんと、何と無様な!」


どうしようもない笑い声が喉の奥からとめどなく漏れ出す。

故郷での敗北も、10年前の屈辱も。

何もかも置き去りにこんな異郷の果てで果てるのか?

……まあいい。それもいい。我には似合いの死に様かも知れん。


だが、想定していた追撃は無かった。

奴は既に荒かった呼吸すら整えていたと言うのに。


「何故、殺さん?」


解せぬ。

誰かも良く知らんが、我を殺しに来たのは間違いないだろう。

奴の目には消しきれぬ憎しみの光。そして何故か哀れむような、または自嘲するような光が見えた。

我を逃す理由など無い筈だが。


「お前を殺すのは私の役目ではない」

「……何?」


「魔王ラスボスを倒すのは、勇者シーザーをおいて他に無い」

「千載一遇の機会だぞ?本気か?」


我ながら困惑に満ちた言葉だった。

彼の者はこちらに斬りかかりたい衝動を抑えるかのように武器を収める。

そして振り返って崩れかけた王座の間から去っていった。


「場を整えて待っていろ。……勇者は必ず、いつかお前の下に辿り着く!」

「……ほぉ。面白い……あ奴がか?あの未熟な勇者が我の命に届くと?」


既に奴は何も応えない。

唯一人、我は広間に残されたのだ。


……認めよう。


我は、見逃されたのだ!

下等な筈の人間から!

何たる屈辱、何たる侮辱か!?

我は、我は魔王ラスボスぞ!?


「ま、魔王様!ご無事でしたか!?」

「……ドラグニール、か」


暫し放心していると、肩口から血を流しながら四天王主席、竜人ドラグニールが駆け込んできた。

思えば、旗揚げ当初からの部下はもうこ奴しか残っておらん。

……我ながら、血を流しすぎ……いや、そうは思うまい!

さもなくば今まで我の後に続いてきた者達に申し訳が立たぬ!

奴等の挺身に報いる方法は我等の繁栄をおいて他には無いのだからな。


「は、はっはっは!我は魔王ラスボス!この程度の事で我が道を止められはせん!」

「魔王様?」


ドラグニールは怪訝そうにしている。

まあ当然か。


「よい。ところで……被害は?」

「はっ!兵の損失は不明ですが集積物資の約半数が消失……それと人間どもの一部が逃げ出しました」


人間が逃げた?

そうか。あの人間は他の人間を逃がすために戦っていたのか?

まあいい。

どうせ街に残っていたのはワーウルフにすらなれんような戦力外の者どもだ。


「それは構わん。それと他には何かあるのか?」

「……はっ。それが……城内奥に進入された形跡がありますが、何も無くなっておりません」


奇妙な。

奴等は一体何を考えている?

……不気味な不安感が我が内を駆け回る。


「ガウッ!一大事です!」

「ワータイガー?何事か?魔王様はお忙しいのだ、報告は迅速にせよ」


その時だ。

一頭のワータイガーが駆け込んできた。


「新規占領都市・新マケィベント近郊に人間どもの軍隊が集結しつつあります!街を取り戻す気です」

「なんだと!?この忙しい時にか!おのれ人間ども!」

「……静まれ」


そしてもたらされる凶報。

だが、お陰で我は逆に頭がすっきりとしていた。

……わからぬ事など後でよい。事は判りやすい方が良いのだ!

我は立ち上がり、拳を握り締めた。


「侵入者など最早構うな!主だった者どもを集めよ!戦の支度を始める!」

「はっ!」

「ガウッ!」


面白いではないか。

我を殺すのは勇者シーザー、だと?

ならば、抗おう。叩き潰そう。

我は何時だってそうしてきたのだから。


「我に逆らう愚かなる者どもを生かしておくな!魔王軍、出撃だ!」


我はラスボス。

何時もいかなる事をも力で解決をしてきた。

それは死ぬまで、変わりはせん!


……。


≪少し後、第三魔王殿最奥部にて≫

魔王ラスボスが配下の前で気勢をあげていたまさにその頃。

城の奥に進む少年と、それに追いつこうと足を速める青年の姿があった。

暗い廊下をランプの炎に照らし出されつつ彼らは進む。


「遅れました。ですがそろそろ連合軍の総攻撃が始まります、敵は私達に構う暇など無くなる筈」

「そうですか。アオ……時に我が国は連合軍に参加しなくて本当に良かったのですか?」


警護の兵を事も無く葬り去りながら、グスタフとアオは行く。

まるで無人の荒野を行くが如く。


「はっ……それで、いいのです」

「ラスボスは勝つでしょう。彼らの勢力が大きくなるのを黙って見ているのは合理的ではありません」


「……アリサ様のお言葉です。"この際だから膿を出し切るよー"との事」

「そうですか。成る程、僕にも判りました……道理で友好勢力が悉く連合に参加していない訳ですね」


コツコツと靴音を響かせながら。

彼らは己の存在を隠しもしない。


「グルルルルルルッ!」
「ガォオオオオオッ!」


「またですか?無駄な事を」

「殿下、ここは私が!」


通路の所々に赤いシミを残しながら彼らは行く。

その存在を察知して、生き延びられた牢番は居なかった。

誰もその存在を伝えられないのなら、それはある意味完全な隠密行動なのかも知れない。


「さあ、アラヘン王はこの塔の最上階です。殿下」

「随分、寂しい所ですねアオ?」


「……本来の用途は問題のある王族を隔離しておく為のものでしたから」

「王自身が使う羽目になるとは、皮肉ですね」


彼らは塔を登っていく。

目的はアラヘン王との対談。


……その塔は城の奥にあった。

王族とその護衛しか立ち入れない区画からしか入れないように作られた、隔離された塔。

それは権力闘争に敗れた王族の幽閉場所であった。

そして、今そこにはアラヘンの国王自身が閉じ込められているのである。

グスタフの言葉ではないが、それはまさに皮肉であった。

何故なら王自身がまさに権力闘争に敗れた者、そのものであったのだから。


「止まれ!この先におわすは、先のアラヘン国王陛下。貴殿らの害にはならぬ!」

「……看守?いえ、護衛でしょうか。王に対する敬意を感じますね」


そして、塔を登る彼らの前に現れるは重層鎧に身を包んだ一人の騎士の姿だった。


彼は奥に見える分厚い扉の前に一人立っている。

……だが、その声は妙に反響をしてくぐもっていた。

そう、まるで鎧の中身が無いかのように……。


「そうですか、ではさようなら……アオ?」

「王子殿下ここは私が。……失礼、魔王軍四天王第二席、デスナイト殿とお見受けする」

「いかにも。それを知って未だここを通りたいと言うのなら、それ相応の覚悟をして頂きたい」


無造作に腕を払おうとするグスタフ。

だが、それをアオは押しとどめ鎧の怪物の前で一礼をした。


「いや。私達は我が主君の名代としてアラヘン王に拝謁しに参ったのだ……通して頂きたい」

「お帰り願おう。今更この国に希望などあるものか……陛下にはせめて心安らかに過ごして頂く」


「話の価値を決めるのは貴殿では無いぞデスナイト卿!……それとも今は魔王のほうが大事なのか?」

「……私は魔王様に忠誠を誓ってしまったのだ。心ならずとも騎士は誓いを破ってはならない」


静かに、だが確実に場の雰囲気は鋭利な刃物のような鋭さを増していく。

だが、お互いまるで引くことも無く言葉に刃を載せて互いに向けて放ち続けた。


「では聞こう。アラヘン王はこの会談に否を突きつけたのか?」

「事前の約束もなしに王に謁見できると思わないで頂きたい!」

「……おかしいですね。先ほどの貴方はアラヘン王を"先の"王と呼ばれていませんでしたか?」


「ああ。大変遺憾ながらこの国の現在の王は魔王様なのだ」

「でしたら良いでしょう?彼に何をして頂きたい訳でもない。ご意見を伺いたいだけなのです」

「せめて王の意思を確認して頂けないか?……アラヘンの騎士、ユリウス殿」


その言葉に鎧の男はびくり、と体を震わせた。

そして暫し考え込むように固まっていたが、しばらくしてポツリと呟いた。


「……いいだろう。王にお伺いする、ただし」

「謁見を拒絶されたら私達はそのまま帰還と言う事で構わない。殿下もそれで宜しいですか?」

「ええ。会見拒否は即ち拒絶の意思表示に違いありません。僕もそれで良いです」


……鎧の騎士は扉を軋ませて奥に消える。


「アオ。部屋を見ましたか?」

「はい、王に対する扱いはどうやら悪くなかったようですね。安心しました」


「違います。部屋が豪華すぎるしワインセラーまで見えました。この期に及んで贅沢な事です」

「殿下。王としては贅沢どころか最低限の生活さえ保障されていないと感じている事でしょう」


「それは、まあ驚きましたね。何故か判りますか?」

「それまでが豪華すぎたのです。王も悪い方ではありませんが……そもそもの常識が違いすぎるのです」


「……判りました。僕はそれを念頭において交渉せねばならないのですね?」

「……はい。殿下、くれぐれもご自重を……」


扉の隙間から見えた王の生活。

部屋の中は豪華な装飾品と色とりどりの彫刻や絵画で溢れていた。

高価な酒瓶も切らさないようにされている。

……グスタフはそれが気に入らないようだった。

だが、交渉の為に務めてそれを腹の底に押し込めて表情を押さえる。


「待たせてしまった……陛下はお会いになられるそうだ。決して失礼が無いように」

「そうですか。では行きましょうかアオ。アラヘン王が僕らの提案を飲んでくれれば良いのですが」

「はっ」


そして、三人は扉を越え……囚われの王の寝室に踏み込んで行ったのである。


……。


豪華に見える部屋の中、かつて玉座だったものを椅子代わりにしてその王は居た。

着ている物は豪華絢爛、だが頬はこけ目の下には深いクマ。

豪奢であったろう口ひげすら伸びるがままのその姿はかえってみすぼらしさを感じさせる。

だがせめて威厳だけは失わないと気を張りつづける老人。

……それがグスタフ達が見たアラヘン王と呼ばれた男の姿であった。


「お会いできて光栄です。アラヘン国王陛下。僕はグスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ」

「今回我が主君から書状を預からせていただきました。私はアオグストゥス=リオンズフレア」


それに対しグスタフは片腕まで使っての深い一礼。

アオに至っては普段は偽名で過ごしているにも拘らず、

完全なフルネームで名乗った上、膝まで付いている。


「うむ。わしがアラヘン王……国名であり、わし自身を示す名でもある。此度は良く来たな」

「はい。我が父が貴国の苦難を知り、僕らに出来る事は無いかと思いここに参上した次第です」


「貴国の……苦難か。確かに苦境どころではないな。それにしてもあの魔物の群れをどうやって」

「蹴散らしました。城を汚した事をお許し下さい」


アラヘン王は笑った。

非常に愉快そうなその笑みは、久方ぶりに笑ったかのように大きなものだった。


「はっはっは!奴等を蹴散らしてか。面白い冗談だな」

「……いえ、陛下。彼らの言葉は本当です。城は今も大騒ぎで御座います」


それを冗談だと談じた王に対し、横から鎧の男が耳打ちをする。

王はそれを聞き、目を見開くと満足そうに笑った。


「ほう?ユリウスがそう言うなら真実なのだな……うむ。我がアラヘンもまだ捨てた物ではないのか」

「貴国の勇者から話は聞いています……ラスボス打倒は僕らの望みでもある、そう言う事です」


「勇者?確か勇者は全員魔王に殺されてしまった筈だが」

「生き延びて我が国に落ちて来た者が居るのです……彼は今もラスボス打倒を諦めていないそうですよ」

「その通りです!最後に旅立った勇者……覚えておいでですよね!?国王陛下?」


アオが何処か勢い込んで話したその言葉に鎧の男は震え、王はほぉ、と嬉しそうに呟いた。


「ユリウスの弟か!?そうか、あ奴め生きておったか!まだ諦めては居ないのだな?良い心がけだ」

「……シーザーが、無事だった……と?」


「そう。貴殿の弟は無事だ。勝ち目の薄い戦いだが諦めずに頑張っていると言わせて貰おう」

「そうか……無事だったか……!」

「良かったではないかユリウス!奴に授けた崩壊の剣なら魔王と刺し違える事も出来よう」


デスナイト、いやユリウス=バーゲストもアラヘン王も嬉しそうな顔をしていた。

彼らにとって、それは久方ぶりの朗報だったのだ。


「わざわざそれを伝えに来てくれたのだな?嬉しいがこんな所では満足に褒美も出せん……済まぬな」

「いえ、今回の本題は別にあります。アオ?」

「はっ!国王陛下……この書状をご覧下さい」


アオは王に一通の書状を手渡す。

それはカルマからのアラヘンに対する提案の書かれた親書であった。


「……リンカーネイト王国……それがお前達の名付けた国の名前なのか」

「はい。我が父はあなた方の国の奪還、及びその復興をお手伝いする用意があります」


「ふむ。だがただではあるまい?」

「条件は、その手紙に書かれたとおりです。いかがでしょうか?」

「国王陛下。本来ならば時間をかけて協議していただきたいのですが私達には時間がありません」

「……確かにそうかも知れん。我等がある限り警備の穴など二度は空くまいな」


手紙に書かれていたのは以下の通りである。

①リンカーネイト王国とアラヘン王国の国交の樹立。
②リンカーネイトはアラヘンの奪還と復興に力と資金を貸す事。
③上記にかかった費用は復興完了後、年1%の利子をつけてアラヘン側が返済する事。
④復興完了次第、難民の帰還を許可する事。ただし本人の意思次第ではその限りではない事とする。
⑤以上の契約が守られない場合、契約を破棄した側が実費の200%を損害賠償として支払う事。
追記1:復興完了とはアラヘンの税収がラスボス侵攻以前の8割にまで回復した時とする。
追記2:アラヘンの奪還が成らなかった場合、アラヘン側の支払い義務は生じないものとする。


「……ふむ。これは……」

「陛下。アラヘンの現状からすれば断りようの無い条件かと存じますが」


条件を見て唸ったアラヘン王にデスナイトが進言する。

これをよく読めば判るが、もし奪還に失敗した場合や税収が戻らなかった場合、

アラヘン側は一銭も支払わなくて良い。

負けて元々の現状からすればやるだけ得のように見えた。

だが、王はそれでも首を捻る。


「失敗した場合はわしの首がラスボスに飛ばされる、それだけで良いのだな?」

「はい。無論首が飛ぶかはラスボスが決める事ですが……お嫌なら亡命政府でもお作りになられますか」

「その場合はこのままこの地を脱出を。無論道中はこのアオが必ずお守りします」


「いや、わしは世界統一国家アラヘンの王……逃げ出したりだけはせん」

「そうですか。それで、申し訳ありませんがどうするのかこの場で決めて頂けませんか?」


……王は暫く沈黙した。

そして、静かに目を開く。


「グスタフとか言ったな。お前は全権を預けられた使者、そう言う認識でよいのか?」

「はい。そう考えていただいて結構です」


「では、一部だけ契約の変更をしたい……①番の項目の削除を頼めるかな?」

「……僕達の国と国交を樹立する気は無い、と?」


「うむ。そもお前達は何をしておる」

「何をしておる、と言われますと?」


「この非常時に乗じて己の国を作り上げた手腕は認めるが……それはな。反乱でしかないのだ」

「……何を仰っているのか判りかねます」


室内の空気に不穏なものが混じり始めた。

デスナイトは腰の剣に手をかけ、アオは悲しそうな、だが達観した顔で静かに一歩下がる。


「世界に存在する国家はアラヘンただ一つ!独立を認めるわけにはいかんのだ。わしの立場として!」

「王よ。貴方は勘違いしておられます。僕らの国は……世界の外にあるのです」


「……判っておる。わしが不甲斐無いばかりにお前達は自らの土地を自ら守る必要があったのだろう?」

「いえ。ですから」


グスタフは反論しようとするが、王はそれを遮った。


「何も言うな。無力な王であるのは承知の上だ……公のわしはお前達を認める訳にはいかぬ」

「……駄目ですね。聞いてくれません」

「殿下。国王陛下には異世界と言う概念自体が無いのです……まあ、判っていた事ですが寂しいですね」


「だが、個人としてはお前達の国を黙認しよう。それがわしの精一杯の好意だと思ってくれ……」

「……参りましたね、これは」

「出直しましょう。やはり、無理だったんです……」


お互いに、どうしようもない認識の差。

いや、これはある意味想定していた通りだ。

グスタフだって最初から無理ではないかと薄々感づいてはいたのだ。

実はカルマも親書こそ持たせたもののそれは名目でしかなく、

兄貴に呼ばれたので代わりに行って来い、が本題だったのだから。

……反乱者として討ち取れ!とか言われなかっただけマシだったのだろう。


「そうか、まあわしに独立を認めさせたいからこそ、こんな無茶を考えたのだろうしな……当然か」

「兎も角この話は一度白紙に戻します……とりあえず勇者への援助は続けますのでそこはご安心を」

「そうか……弟を、宜しくお願いする」


僅かに張り詰めつつあった空気が弛緩する。

お互いに妥協して最低限の取り決めが出来たからだ。

それは何か?

無論、基本的に相互不干渉と言う事をだ。

ただし片方の勢力は干渉不可能な状況であり……更に根本的な認識のズレがあったが。


「アラヘンに再度帰属してくる日を待っておるぞ。お前達に悪意が無いのは理解したからな」

「そう、ですか。ともかく僕らはこれで失礼します」


ともかく条約締結はならなかったのだが、

それなりに好意的な雰囲気のまま判れることが出来たのは幸運だったのだろう。

何故なら……これは根本的に価値観の違うもの同士の接触だったのだから。


グスタフは席を立つ。

そして帰ろうとすると王が呼び止めてきた。


「そうだ。折角ここまで来たのだ……土産の一つもやろうではないか」

「いえ。王に残された資産を奪うような真似はしかねます」


「気にするな。財宝などここでは何の役にも立たぬ。それより今日は久々に客人と話が出来たのだ」

「そう言う事でしたら、頂きますが」


そっとグスタフに手渡されてきたもの。

それは一本のレイピアだった。

銀で装飾の施されたそれは、熟練の職人が作ったものらしかった。


「これは?」

「これはわしが昔使っていたものだ……すまんな、褒美に出せそうな価値ある物はこれぐらいなのだ」


えっ、と思って周囲を見る。

……豪華な部屋だ。美術品や絵画で飾られている。

しかし、グスタフ達は気付いた。

その輝きが……あまりに安っぽい事を。


「絵や美術品は偽物や傷物ばかり……金色の輝きは真鍮だな。金貨はメッキ、宝石はガラス玉だ」

「……そう考えるとかえってみすぼらしく見えますね……」


「うむ。元々この部屋は嫌がらせの意味もあったからな……まあ我が一族の自業自得だ」

「リオンズフレアの末裔の名が泣きますね」

「いえ。マナリア時代の話を聞くとむしろフレア様達の世代が異常なのです……お爺様の血でしょうが」


恥を晒したせいで顔を顰めて少し俯き加減だった王だが、

……リオンズフレアの名で顔を上げた。


「ほほう!金獅子姫の伝説を知っておるのか?あの英雄譚は良いものだ!」

「ええ。故あって……それに先ほども言いましたがこのアオはリオンズフレア家の者ですよ?」


室内の視線が全てアオのほうを向く。


「そう言えばそう名乗ったな。しかし大仰な事だ……王家ですら遠慮する彼の家の名を名乗ろうとは」

「仕方ありませんよ。彼は本家筋ですから」

「本家筋は既に途絶えて久しい筈だが?……騎士階級以上なら血を引いている者は多……かったがな」

「父がリンカーネイトに分家を起こした時に引き続きリオンズフレアを名乗った。それだけの事です」


「ともかく、そんな大事な物でしたら尚の事受け取る訳には参りません。それは愛用の武具でしょう?」

「うむ。だが大事と言えるものでなくば褒美にはなるまい?」


つまり、運良く手元に残された愛用の武具を寄越そうとしていたと言う事だ。

流石に青くなったグスタフはレイピアを王に返却した。

流石にそんな大切なものを受け取る訳には行かなかったのだ。


「しかし。王が己の言葉を反故にする訳にもいかん。ワインセラーも中身は水だし、どうしたものか」

「……あの。でしたら国王陛下にお願いがあるのですが!」


とは言え、王としては自分の言葉を反故にしたくないようだった。

だが、グスタフとしても要求できそうな適当なものが無く困り顔をしていると、

突然アオが一歩踏み出して膝を付いたのだ。


「ふむ?今のわしに出来る事ならな」

「……でしたら、シーザーに……何か一言お言葉をかけてやって頂けませんか!?」


しん、と周囲が静まる。

リオンズフレア家に関する談義で妙に盛り上がっていた空気が一気に引き締まった。


「言葉、と言われてもな……わしはこの通り幽閉の身の上だぞ」

「手紙でも伝言でも構いません!異郷の地で必死に戦っている勇者に、何卒!」


……アラヘン王は暫し無言だった。

だが、突然机に向かうと一枚の羊皮紙を取り出し、ペンを走らせる。

そして己の指を噛むと血判を押した。


「……わしは、愚かだな。そんな事にも気付かんとは」

「いえ。差し出がましい事を致しました」


「アオ殿……」

「流石はアオです。これなら誰に対しても角が立たないでしょう」


差し出された手紙を大事にしまいこむと再びアオは王に一礼をした。


「有難う御座います……奴を鍛えた身としては、報われないアレが不憫でならなかったのです」

「いや、礼を言うのはわしの方だ。ユリウスの弟にも宜しく頼む」

「さて、遅くなってしまいました……僕らも早く撤収しましょう。アオ、行きますよ」


そして、グスタフと共に風のように去っていったのである。

……二人の消えた室内で、王はドサリと玉座に腰を降ろした。


「いつの間にか、わしも諦めきっておったのだな……まさかあ奴がまだ諦めておらなかったとは」

「はい……そうで御座いますね陛下……。そうか……あいつが……」


疲れたようにワインセラーから水入りのワインボトルを取り出す。

そして、王は欠けたグラスに二人分の水を注いだ。


「ただの水だが僅かにワインの風味がするぞ……ユリウス、付き合ってくれ」

「はっ……飲めないので口につけるだけで、で宜しければ」


「お前にも、苦労をかける」

「いえ。忠誠こそ騎士の本分なれば」


王は壁の絵画を眺める。

題は"巫女のボーナス"そして"モンクの叫び"と"ゲロニカ"

粗悪な贋作だが、今日はそんなものでも楽しく見れた。


「気持ちの良い男達であったな……謀反人にしておくのが惜しいくらいだ。まあ、わしの自業自得だが」

「……王が悪い訳ではありません!全ては我等騎士団があっさりと壊滅してしまった事によるもの!」


「何にせよ、全てが終わったら彼らの元へも討伐隊を向かわせねばならんのか」

「陛下……確かに王自ら法を破る訳には参りませんが……そもそも」


「魔王から国を取り戻せたらの話だがな?しかし無碍には扱うまい……良いポストを用意せねば」

「左様ですね。そういう事で悩める状態に戻れれば良いのですが……」


「王と言うのも因果なものだ。個人的には大層気に入ったのだが……ままならぬものだ」

「……無礼を承知で申しますが、その心配をする日は来ません。残念ながら」


コトリ、とグラスが音を立てる。


「ユリウスよ。時に本気で魔王に忠誠を誓う気か?わしのことなど気にする必要は無いぞ」

「いえ。不本意とは言え誓いがあります。私が魔王を裏切る事は無いでしょう」


「しかし、な。不本意ではないのか?」

「陛下……どうやら招集がかかったようです。暫くは別の者を寄越しますので」


ドアが軋みを上げて開き、そこに駆け込むようにデスナイトは姿を消した。

静まりかえった部屋。残された王は嘆きの声を上げる。


「辛くは無いのか?……命果ててまでわしに忠誠を捧げる必要など無いのだぞ、ユリウスよ……!」


アラヘンの王は偉大な王であった。

国を無難に治め、軍を無難に掌握していた。

魔王ラスボスの軍勢にぶち当たったのは、ただ運が悪かったからに過ぎない。

王宮はそれなりに腐敗していたが、それは長期安定政権のお約束だろう。


「しかし、他の国家か。アラヘンが力を失った証拠だな……嘆かわしい事だ。頼みの綱は勇者だけか」


……問題があるとすれば、王は根本的にカルマ達とは相容れぬ価値観の持ち主だったと言う事。

そしてもう一つ。


「勇者か……そう言えばユリウスの弟……奴の名はなんと言ったか?」


王に名前すら覚えてもらえないほど、シーザーは故郷から期待されていなかった。

と言う悲しい事実が存在する事である……。


続く





追伸:特に思惑が無いのでトレイディアの村正は端折りました。因みにあいつは今日も元気です。


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