隔離都市物語
10
姫の初恋
≪勇者シーザー≫
走る。走る。ただひたすらに。
ただ走り続ける。地の底に向かって。
「シーザー、まだなのカ?」
「もう少しだ……もう少しで……え?」
だが走り続けた私達を待っていた物。
それは水没した地下空洞などではなく、底に僅かに水溜りのあるただの洞窟だった。
「水が、引いている!?」
「それがどうかしたカ?」
……途中で水が引いた理由は判らない。
だがやる事は変わらないのだ、何の問題も無いだろう。
そう思いつつ剣の柄で杭を穴の下の壁に打ち込んでいく。
果たしてブルー殿が何時までもつのか。
それが判らない以上悠長な事はしていられない。
「フリージア殿は周囲の警戒をお願いする」
「うむ。心得たのダ」
既に矢玉の切れかけた武器を構え、フリージア殿は上層へと続く坑道に注意を向ける。
だが、例の箱の底まで手が届くまでに敵に補足されたら私達の負けだろう。
一本一本丁寧に、しかし出来る限り迅速に杭を打ち込んでいく。
「よっ、と」
互い違いに打ち込まれた杭を足場に、更に上層へと歩を進める。
そして、上層に打ち込まれた杭をまた足場にして更に上へ。
気の遠くなるような作業だが、遥か上の視界の先には小さな光が見える。
あそこまで辿り着ければ……光?
「宝箱の底にこの穴の入り口があるのだから明かりが漏れる訳が……まさか誰か箱を開けているのか?」
それに気付いた私は声を張り上げるべく大きく息を吸い込み、
「だお?」
「ぎゃあっ!?」
落ちてきた何かに押しつぶされて地面に叩きつけられたのである。
……。
「おーい。シーザー、生きてるナ?」
「う、な、何とか……」
「無事で何よりだお!」
後頭部から地面に再会し、悶絶する事暫し。
聞き覚えのある声にはっと顔を上げるとそこには、
すっかり馴染みになった小さな女の子の姿があった。
「アルカナだお!お迎えに来たお……下に居てくれてよかったのら。探す手間が省けたお!」
「だからって押しつぶす事は無いと思うゾ?」
「……そう言えば上に私が落ちた事を知っている人が居るのだから当然迎えの来る可能性もあるか」
ふと穴の方を見ると、私の打った杭に寄りかかるように上から降りたロープが揺れていた。
……アルカナ君はこのロープを握って落ちてきたのか。危ない事をするものだ。
「長いロープを探すのに時間が掛かっていたのら。無事でよかったお」
「ありがとう……しかし急いで戻らねばならない。済まないが最寄の軍の屯所まで案内して欲しい」
「ブルーが大変なのだゾ!」
「あるぇ?何でフリージアが一緒に居るのら?」
「そんな細かい事は良いんだ!いいから急いでくれ……!」
首をかしげている仕草は可愛らしいが、今はそんな事を言っている場合ではない。
急ぎ援軍を連れて行かねばブルー殿が危ない!
「私達を逃がすために危機に陥った騎士殿が居るのだ……魔王軍と戦える戦力が必要だ」
「でも、あのブルーが苦戦?ありえないお」
「足が折れているのダ……あれじゃあ流石のブルーでも危険だと思うゾ」
故に今は一刻一秒でも早く……、
……袖を引っ張るのは誰だ?
アルカナ君もフリージア殿も目の前に居るが。
「あたしら、です」
「ご苦労様であります。もう増援は手配しているであります……あたし等も行くのであります。じゃ」
「急ぐであります。回復薬はあたしが持ったでありますから急ぐであります!」
「あり姉やん、ガンバだおー」
えっ、と思って横を見ると、
何時降りてきたのかアリシアさんとアリスさんとアリスさんが上層目掛けて走っていく。
そう言えば彼女達は諜報部の指揮官だとかフリージア殿が言っていたな。
この事態を察し既に動いてくれていたのか?
「……ならば話は別だ。よし、戻って援護を!」
「だおっ!?せっかく迎えに来たんだお?帰るお!」
「いや、幼馴染が危ないのダ。のんびり帰ってる場合じゃないゾ」
状況が変わったようだ。
援軍を呼ぶと言う目的も果たした以上、地上に戻る時にはブルー殿も一緒に戻りたい。
ここは私達も合流し共に戦うべきだ。
「のんびり戻ってる場合じゃないのは確かであります、が」
「アリスさん?何時戻って来られたので?」
「いや、違うぞシーザー。この方はだナ……」
と思ったら、何故かアリスさんに引き止められた。
「急いで戻るであります。上でクレアが心配してるであります」
「いそいでかお、みせるです」
「クレアさんが?そうか、私は穴に落ちて行方不明になって居たのだよな」
成る程、彼女の性格から言って心配をかけてしまったのは間違いない。
ブルー殿への援軍は既に向かっているようだし、ここはクレアさんを優先させるべきか。
「では、戻らせて貰います。クレアさんに顔を見せて安心してもらう事にしますよ」
「そうする、です」
「言っとくけど、急いで戻るでありますよ?急いで……でありますからね?良いでありますか?」
「顔を近づけすぎなのだナ……」
「大丈夫なのら。上からロープをコタツが引っ張りあげてくれる事になっているからすぐ戻れるお」
「…………やくそく、です!」
「本気で急ぐでありますよー?もし寄り道したら生かしておかないでありますからねー?」
「それじゃあ、あたしら、いそがしいから、さきにいく、です」
パタパタと手を振りながら、アリシアさん達はまた行ってしまった。
アリシアさんとアリスさんとアリシアさんが……。
え?
「……アリシアさん、今……二人居なかったか?」
「それがどうかしたんだお?」
「変な事を言う奴なのだナ」
変なこと、か。
まあそうだ。人が増える訳が無い。
私の目の錯覚か、それとも魔法か何かだろう。
そんな事より上に戻ってクレアさん達を安心させねば。
「じゃ、上がるお!おーい、コタツーっ……引っ張るおーっ!」
……くいくいとロープを引っ張りながらアルカナ君が叫ぶが反応が無い。
「引っ張る、おーーーーっ!……ゼーハーゼーハー、反応が無いお?」
「声が届いてないんじゃないのカ?」
「……まあ、仕方ない。普通に登る他無いな」
仕方ないのでロープを頼りに垂直登坂を開始。
「じゃ、先に行って待っているのだナ!」
「クレアさんに宜しく伝えてくれ」
私が鎧を脱いでいる間にフリージア殿が先に登り、
その後、身軽になった私が登っている間に鎧をアルカナ君に梱包してもらう。
「では、鎧を頼むぞアルカナ君」
「頼まれたお!」
そして、アルカナ君に鎧をロープに吊るして貰い、
そこを私がアルカナ君ごと引っ張り上げるという寸法だ。
装備無しで身軽になって猿のように穴を遡り、
そして大きな宝箱から這い出すと、今度はアルカナ君を引っ張り上げる。
「ああ、あの時の坑道だ。トロッコも見える……」
「うむ!帰還成功なのだナ!」
「アルカナも帰ってきたお!シーザー、お疲れだお!」
そして生きて戻れた幸運をかみ締め、鎧を再び身に着けながら……違和感に気付いた。
居る筈の人達が、居ない?
「ところでクレアさんや牢人殿は?」
「それが誰も居ないのだナ。見回しても誰も居ないのだナ」
「おかしいお?アルカナが降りるまでは新(あたらし)のおじーやんたちも一緒に居たお?」
そう、周りに誰も居ないのだ。
牢人殿が引っ張り上げるのを嫌がって……までは予想していたが、
クレアさん達まで居ないのは予想外だ。
「コテツが逃げてそれを探しに行ったのではないのカ?」
「それは無いお。もしそうなら備(そない)のおじちゃんたちが引っ張り上げてくれる筈だお」
「……あのご老体まで来ていたのカ?だとしたらおかしいゾ」
そう言ってフリージア殿は周囲を見渡し……何かに近づいていった。
角ばった魔法陣?
何でこんな物がここに?
「これは……魔方陣なのだナ……むう、私は魔法に関しては専門外なのだゾ……」
「この四角い魔法陣はなんなのです?」
「うちでは大規模魔法使う時にこれを使うお。魔方陣で魔法使うのは平行世界でも珍しいらしいお」
大規模魔法……。
なんだろう、嫌な予感がする。
「何をする魔方陣なのかは判りますか?」
「さあ?でも多分召喚魔法だと思うゾ。陣を使うような魔法は大抵召喚術なのダ」
「でも何を呼んだお?近くになんにも居ないのら」
召喚とは対象を呼び寄せる術だ。
だと言うのに近くには何も居らず、逆に居る筈の人々が居ない。
……とりあえず可能性は二つ考えられるな。
一つは呼ばれたものが不可視の存在であると言う可能性。
もう一つは、呼ばれたのは"ここに"ではなく"ここから"である可能性だ。
「……これは、まずいかも知れない」
「何だと?どう言う事ダ?」
「もしかしたらクレアさん達がどこかに呼ばれたのかも知れない」
「でも、この魔方陣ずっとここにあったっぽいお?書かれてから随分時間が経ってるっぽい……お?」
「……それって、罠ではないカ!?」
そうだ、その可能性が一番高い。
誰が仕掛けたのかは判らないが、運悪くクレアさん達は罠にかかってしまったのではないだろうか?
「そう言えば、誰かが踏んづけた跡があるゾ……」
「……これはマズイお……おねーやんがピンチだお!」
「君たちがそう言うという事は、君達の国で仕掛けた罠ではないのだな?ならば時は一刻を争う!」
冗談ではない。
私を助けにきてくれた人々がこんなことで危険に陥るだと?
そんな事許される訳もないし、私が私を許せない。
「……踏んで発動する罠ならば、もう一度踏めば起動するかも知れない」
「まさか!?行く気なのカ!?」
「無謀だお!」
それは重々承知。
だが、ここで動かずして何が勇者か!?
「フリージア殿はアルカナ君を連れて今度こそ援軍を連れてきて欲しい」
「だおっ!?」
「一人で行く気カ!?」
それはそうだ。
明らかな罠に飛び込むのだ、そんなものは私一人で十分だろう。
「元々私達はブルー殿への援軍を頼みに行く予定だった。呼ぶ先が変わるだけだ」
「……むう……しかしだナ……」
「全員で突入して全滅したら本当に終わりだ。二人には万一の時に救出を頼みたいのだ」
「ううう……わかったお!急いで精鋭部隊を連れてくるお!」
「それが一番良いのだろうナ……それにしても、そうしているとまるでブルーのようだゾ」
その言葉を聞くと、私は魔方陣に向き直る。
そして一歩を踏み出し……、
一瞬の浮遊感と共にその場から飛ばされたのであった。
……。
ざわめきに満たされた広い空間。
壁の土質の違いを見るに相当遠くへ飛ばされたように思える。
前を見ると数多の背中が不気味に蠢いている。
……あれは人だ。
人の背中だ。
だと言うのに何故こんなに不快感を覚えるのだろう。
「来ないで下さい!」
「お前ら正気か!?カルマの野郎を本気で敵に回したいのかよ!?殺されるぞ!?」
「若いの。いい加減にしておくんじゃ……取り返しの付かん事になるぞい……」
クレアさんに牢人殿。竹雲斎殿も!
……隅に追いやられていると言う事は……やはり罠だった訳だな。
「五月蝿い!俺達は被害者なんだよ!」
「あのお目見えの日、見物に行った野郎どもはお陰で全員犯罪者扱いだ!」
「さもなくば病気だとよ!」
「俺達は何も悪い事はしていないんだぜ?あぁん?」
「それをそこのお姫様のせいで一生を棒に振ったって訳だ!」
「嫁に見捨てられた!」
「娘が口を利いてくれないんだよ畜生め!」
……そう言う、事か。
これで不快感を持たないはずが無い。
「この子のお目見えの日。力の暴走に巻き込まれた者達には一生の生活が保障された筈じゃが?」
「被害者面して寝て暮らせば良いご身分になったそうじゃねえか!まだ不満なのかよ!」
「「「「ご隠居!駄目です、こやつ等人の話を聞いておりませぬ!」」」」
「やかましいんだよ……」
「頭の隅でがなり立てるんだよ!その女をモノにしろってな!」
「笑い顔見ただけで人を狂わすなんて誘ってるようにしか見えねえんだよ!?」
「良いからさっさと姫様を寄越しな!特にコテツ。お前は俺達の同類じゃねえか!」
「流石に一緒にされたくねえ!つーかお前ら、あの日城に行ってない奴等が多数混じってないか!?」
「は?何言ってやがる!?」
「そんなの判る訳ねえだろ!」
「俺達はだな。ただ単に理不尽な理由で犯罪者呼ばわりされた過去を清算したいってだけ。判る?」
「第一先に仕掛けてきたのはそっちなんだからな!何されたって文句付けられるいわれは無い!」
「さあ、お姫様。判ったらさっさとこっちに来てもらおうか。なぁに。命までは取りやしねえよ」
「まあ色々お付き合い頂いて……最終的には国外旅行にお連れしますよ?」
「ギャハハハハ!それって好き放題した挙句に外国に売り飛ばすって言ってるのと同じじゃねえか!」
「ひ、ひぃぃっ!……嫌だ……来ないで……来ないで……!」
……私には、これが、被害者には、見えない。
例え最初はそうだったとしても、これは、もう、加害者以外の何者でもない。
不快だ。不愉快を通り越して不快すぎる!
「私、あなた方を不幸にしようなんて思っていません!こんな体質、望んだ訳でもない!」
「知るかよ!俺達はな?ずっと機会を伺ってたんだよ」
「へへっ、護衛も満足につけず坑道に潜るなんて話を聞いた時は思わず背筋に寒気が走ったぜ!」
「転移トラップの設置にも大金がかかってるんだ。さあ、元取らせてくれよな?」
「クックック、警備のシフトも把握済みよ。助けは来ないぜ?来るとしても夜中かなぁ?」
クレアさんは広間の隅に追い立てられ、牢人殿と竹雲斎殿に守られるようにへたり込んでいた。
その周りには備殿達がボロボロになって倒れている。
周囲を取り囲む連中は思い思いの武装をして下衆な笑みを浮かべ、
欲望丸出しで煽り文句と自己正当化の美辞麗句を並べ立てていた。
「……反吐が出る……」
彼女達を取り囲むその数は百人を超えている。
それでたった三人に対し暴力を振るい脅迫を行う。
……被害者だと言うのなら望まぬ体質で生まれてきてしまったクレアさんとて被害者だろうに。
弱者の痛みを知るはずの被害者という立場の者が、どうして弱き者を嬲り者にするのだろうか。
「仲間じゃないなら敵だな!あばよコテツ!」
「うぎゃあああああああああっ!」
「……コテツ、大丈夫なのかの!?」
「痛ぇ、痛ぇよぉ・・・…痛ぇよう……」
「ひっ!?剣が、背中から……!」
「はっ、それぐらいの傷で泣き言言ってるんじゃないぜ全くよ」
「良いざまだぜ?似合わない仏心なんぞ出すからそうなるんだ」
それを人の弱さゆえ、と断じてしまうのは容易い。
だが、それで済まされる域をあれは完全に逸脱していた。
あれはもう、弱者と言う錦の御旗の元に好き放題をする山賊の群れに他ならない!
「そこまでだっ!」
「ぎゃっ!?」
「シーザーさん!?」
有無を言わさず山賊の群れに背後から飛び込み我武者羅に剣を振るう。
敵を背中から斬ってしまうは騎士道に反するが構うものか。
この連中に敬意を表する意味を私は見出せん!
「私はアラヘンの勇者シーザー!腐った性根の者どもよ!我が剣の錆となれっ!」
「なめんなっ……あれ?」
敵は数を頼りに群がってくるが、その全てを切り伏せた。
残念ながら手加減できる余裕は無い。
「野郎!強いぞ!?」
「意様らのような輩にだけは負けられん!」
足元に倒れる死体が10、20と増えていく。
……凄惨な惨劇ではあるが、
今回ばかりは容赦する気も反省する必要も全く感じられない。
「ふむ。どうやらもう一頑張りといった所のようじゃな?」
「あはははは……何か助かったみたいだぜ……」
例え一対百でも、剣が届く範囲に入れるのは精々5~6人。
百人を一度に相手には出来なくとも、一対六を何度も繰り返すのなら不可能ではない。
第一この程度の素人に毛の生えたような連中に負けてやる気も、余地も無い。
幾度となく死にかけたあの日々に比べれば、これぐらいどうと言う事は無いのだ!
「やばいぜ?コイツ強ぇぇぇぇええええっ!?」
「何処の騎士団所属だよ!?」
「ちっ!仕方ねえ!全員散開!」
30人ほど切り伏せた頃だろうか。
流石に無理を悟ったのか山賊どもが私から離れた。
だが……賢明な判断だが意味は無いな。
近寄らねば私に斬られる事も無いが、私を斬る事も出来ない……。
「撃て!撃て撃て撃てえええっ!」
「オラオラオラオラ!」
「ヒャッハーーーーーッ!」
「……そ、それは銃!?」
……斬る事は出来ないが、どうやら撃つ事は出来たようだ。
取り囲まれた状況での一斉攻撃の前に防具はものの役にも立たない。
盾で防ぎきれなかった分の、鎧を貫いた鉛玉が私の全身にめり込み、血飛沫をあげていく。
「いやあああああっ!?シーザーさんっ!?」
「ひ、ひ……酷ぇ……」
「なんと言う真似をする……多勢に無勢にも程があるのじゃ……」
異物が全身に次々と埋め込まれていく感覚。
痛みはいつの間にかなくなっていた。
いや、感じ取る余裕が私の肉体にはもう無いのだ。
「が、はっ……」
「運が悪かったな、正義の味方」
口から血を吐き出しその場に倒れる。
私の体にこれだけの液体が詰まっていたのかと自分でも驚くほどに血液が流れ出す。
意識が混濁し、周囲と自分の区別が付き難い状態に陥って……、
「そら!さっさと退くんだよ!」
「年寄りを粗末にする奴は長生きできぬぞ!」
それでも必死に視線を向けたその先に映ったもの。
それは、
「そらっ、どきやがれ!」
「だ、駄目だお前ら!それはマズイ、やばすぎるんだ……げふっ!?」
蹴り飛ばされて部屋の隅に転がる牢人殿と、
後ろ手に縛られ転がされた竹雲斎殿。
備殿達に至っては当然のように踏みつけられている。
私はその光景を何処か別世界の風景のような感覚で見ていたのだ。
「こ、来ないで下さい……」
「それは無い」
「へっへっへっへ……」
「馬鹿な真似は止せよ?商品価値が落ちる」
「酷ぇ連中だぜケッケッケッケ」
……地下空洞の隅に追い詰められ、半分泣いたように怯えるクレア殿を見るまでは。
……。
「うおおおおおおおおおおっ!」
無意識の内に体が動いていた。
空気の流れを感じる事は出来ない。
目は霞み、意識は朦朧としていた。
だが、それでも体は動いて居たのだ、間違いなく。
「まだ動けるのか!?」
「ちっ、弾代が勿体無いが……」
鉛の粒が腹に叩き込まれた。
続いて腕、腰、足……。
その度に体が不安定に揺れる。
だが、それでも私は前に進む。
「ちっ!大した忠犬だ」
「少し、違う、な……」
クレアさんを助けねばならない。
それが私を突き動かしているのは確かだ。
だが、それだけではない。
「わたしは、わた、し、は……」
「なんだよ!?何で倒れない!?何で死なない!?」
「おい!お前らまた一斉射撃だ!次で止めを刺すんだ!」
「もう弾がねえよ!」
「折角奇跡みたいな好条件が揃ったんだ!こんな奴のせいで躓いてたまるか!」
私の人格のかなりの割合を構成する名誉と誇り。
だがそれは今や汚れ、穴の開いた無様な姿を晒している。
故郷も守れず、魔王打倒どころか四天王にすら届かぬ我が実力。
無力感に苛まれながらこの地にある今の私にとって、
私をこの地に召喚したクレアさんは数少ない守りきれている存在。
故にそれすら守りきれないのは屈辱を通り越し墳死ものの事態なのである。
それに、私が来なければ彼女がこの迷宮に足を踏み入れる事など無かったのは間違いないだろう。
彼女がこんな地下坑道をうろついていたのは他ならぬ私のせいなのだ。
だとすれば、私が彼女を助けるのは当然ではなく必然!
「だか、ら……!」
「「「「まだ動いてやがる!?」」」」
だから、腹に大穴が開こうが腕が折れようがそれだけは譲れないのだ。
クレアさんは守りぬかねばならない。己の誇りを守るためにも。
第一彼女のような優しい人がこんな目にあって良いはずが無い!
「だから、私は……お前らのやり方を、許さない……!」
「撃てえええええっ!」
全身にまた傷が増える。
血が流れすぎたのか、体の反応どころか頭の回転まで鈍い。
だが、一つだけ判る事がある。
「そも、この程度で倒れるようでは……最初から魔王を倒す事など不可能だっ!」
「「「ぎゃっ!?」」」
そう、この程度の連中に負けるようでは最初から魔王討伐など不可能であると言う事。
そして。
「私は、負け、ない……!」
「「「グアッ!?」」」
「何故なら私は……」
「や、止めろ……来るな!姫がどうなっても良いのか!?」
私は何処まで行っても。
「いい加減にしやがれーーっ!俺を破滅に巻き込むんじゃねえええっ!」
「う、腕が、俺の腕がああああっ!」
多分私としての人生を終わるその日まで、
「私は、勇者なのだ!」
「や、止めろおおおおおおっ!?」
私は勇者シーザーらしくあり続けるのであろう、と。
……。
鉛の弾丸に撃ち貫かれながらも、クレアさんに手をかけようとしていた数名の賊徒を切り伏せる。
途中クレアさんを人質に取ろうと目論む者も現れたが、
牢人殿が痛む傷を押さえながらも背後から切りかかったことにより、その試みは失敗に終わった。
「クレアさん……大丈夫、か?」
「わ、私は大丈夫です……でも……」
「お前の方が大丈夫じゃねえよ!?」
どうやらクレアさんは無事なようだ。
その後ろでは牢人殿が失血によりへたり込んでいる。
……とはいえ、これで問題が無くなった訳ではない。
「おい、どうする……」
「どうするって……どうするんだよ。もう弾も無いぜ?」
「もう、やめようぜ?そろそろ流石に時間が……」
「それ以前に俺達、勢いに任せてとんでもない事やる所だったんじゃ」
「馬鹿かよ!?もう何もかも遅いんだぜ?……いっそ、せめて……」
敵の半数はまだ無傷で残っている。
……まだ警戒を解く訳にはいかない。
クレアさんを背に隠すように振り返り、剣を構え……構え……か、ま……え……。
……。
≪サンドール王女 クレア・パトラ≫
暴徒と化した人々に取り囲まれた私達を助けに来てくれたのは、
私達が助けに来た筈のシーザーさんでした。
でも、彼は私達の前に仁王立ちになった後……そのまま糸の切れた人形のように倒れてしまう。
……何故か、この事態の原因となった事件の事を思い出しました。
昔、お披露目としてお城のテラスで微笑んだあの日、
私とそれを見に来て居た何人もの人たちの運命を変えてしまった忌まわしい出来事。
私の生まれ持った力が暴走して男性達が暴徒となり、
王女襲撃犯として犯罪者、もしくは病人とされた人々が多数出た忌まわしい事故。
今回の事はその時の事を根に持った方々が計画したのだと襲い掛かってきた彼らは言う。
……その割りに資金面や統率などが完璧すぎるのがおかしいと思うのだけれど。
「お、おいシーザー!?待てよ!俺はどうなるんだ!?」
コテツは出血が多くて歩けない。
「に、逃げるんじゃ……」
竹雲斎のお爺さんは長時間の戦いで全身痣だらけ。
しかも縄で縛られて転がされている。
「「「「……」」」」
シーザーさん、そして備のおじさん達は倒れたまま動かない。
……もしかすると、命を落とした方も居るかも知れません。
王国管理下の迷宮ならいざ知らず、このような所で亡くなられたとしたら蘇生も間に合わない。
それは即ち、ここで倒れた人達の何人かとは二度と会う事が出来ないと言う事。
私は、私が呪わしかった。
何故、こんな目に遭わねばならないのか。
何故、こんな目に遭わせねばならないのか。
私は誰も傷つけたくなんか無いし、誰にも傷つけられたくも無い。
ただそれだけなのに。
でも、現実は、
「……もう、起きねぇよな?」
「多分な。ああびっくりした」
「へ、へへ……姫様、騎士殿はお寝んねの時間みたいですぜ?」
私が居る限り人は傷つき続け、人は私を傷つけようとする。
お父さんやお母さん達は私を大事にしてくれるけど、
それは同時に負担をかけ続けるのとも同義。
それに私は一生この体質と付き合わねばならない……つまり一生家族に負担をかけねばならない。
……だったら、いっそ。
私など、居なくなってしまっても。
「ぎゃっ!?」
「こ、コイツまだ動くぞ!?」
「馬鹿な!生きてられる出血じゃない筈だぜ!?」
ふと、そんな風に何もかも諦めてしまいそうになった時。
良く知らない誰かの手が私の手を取ろうとしたその時。
あの人の手が、良く知らない誰かの足を掴んでいた。
……私を救うために。
……。
「…………」
「何だよ……大人しくしてれば生きてられたのによ」
シーザーさん。
どうして。
どうしてまた立ち上がろうとするんですか?
「……ぉ、ぉ……ぁ……」
「ゾンビかコイツは……!」
「まあいい、どうせ死にぞこないだ」
「くたばれ!」
何処かの誰かが突き出した刃物が、刃の部分が見えなくなるほどシーザーさんに食い込む。
もう、殆ど血も出ていない。だと言うのに彼は私の前に仁王立ちして動こうとはしない。
それが何を意味するのか……私、考えたくも無いよ!
「今だ!お姫さん逃げるんだ!シーザーの奴が時間を稼いでくれてるうちに!」
「そ、そうじゃ……お前さんに万一があったら童達が怒り狂う!そうしたら世界は終わりじゃ!」
コテツ達はそう言ってくれる。
多分、シーザーさんも同じ気持ちなんだろう……意識があれば多分そう思ってくれていると思う。
でも、足が動かない。
膝が笑って立っているのもやっと。
怖い。怖い、怖いよ助けて誰か!
「この野郎!?まだ……ぐはっ!」
「全員ひとまずコイツを八つ裂きにしろ!」
「生かしておけば何するか判りやしねぇ!」
無言で立つシーザーさんの全身に剣が、槍が、斧が。
無数の武器が次々と突き立てられていく。
遂に無理やり突き倒され、鎧の隙間からその心臓にシーザーさん自身の長剣が……。
「嫌。やめて、それ以上は本当に……死んじゃうよ……」
余りの凄惨な光景に、私は目を逸らしたくとも指一本動かせなくなっていました。
だってこんなの、酷すぎる。
へたり込んで手を伸ばすのが精一杯。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「化け物め……」
何時もアルカナがケチャップみたいになっている所は見慣れていたので平気かと思っていたのに。
全然、平気じゃなかったみたい。
私はこんなに血に弱かっただろうか?自分でも信じられない。
違う。アルカナの血には死の匂いがしない。
私は死の匂いにあてられているんだ。
「さ、さあお楽しみの時間だ!気を取り直そうぜ!?」
「駄目だな。もう取引先が来てる頃だ……このまま連れてくしかねぇ」
「なんだと!?畜生!」
ふわりと何かが落ちる音。
……誰かが私の覆面をとった、の?
「でもま、この美しいお顔が一瞬とは言え俺達の物になるんだ。悪くはねぇ」
「どうせ王に殺されるしな。礼金貰ったら死神のお迎えが来るまで精々楽しむとするさ」
「はん?俺は死なないぜ?逃げ切ってみせらぁ」
酷い人達の手が私の腕を掴み、引っ張っていく。
……私は売り払われるんだと思う。
相手の心当たりは幾つもあった。ただ、どう考えても幸せにはなれそうも無い。
それだけは確かだと思う。
お父さん、お母さん。そして皆。
嫌だけど……お別れみたいです。
でも何時か、私を見つけてくれる事を信じて……、
「……があああああああっ!」
「何だと!?へぶっ!?」
しーざー、さん?
なんで?もう動ける筈が無い。
なのに、なのに……?
「なんで、そこまでして……?」
「……だからだ……」
「え?」
「な、何故なら、私は…………」
返って来る筈が無いと思っていた答え。
けれど、彼の喉から時折苦しそうに漏れる呼吸音と共に紡がれた言葉は……。
「……君に、呼ばれたからだ」
「え?」
意外だった。
シーザーさんなら、勇者だからだ……って答えると思っていたのに。
敵に視線を向けたまま背中で語るシーザーさん。
私は呆然と見ているしかない。
「私は、君に、呼ばれた……君達を、助ける、為に……!」
「でも、だからって……!」
シーザーさんは自分の胸に突き刺さっていた剣を力を込めて抜くと、
血が流れ出すのも構わずに近くに居た暴漢を薙ぎ払う。
誰も、その気迫に近寄れず、三歩ほど後ろに下がっていく。
そして、敵の手が私に届かない位置に行った事を確認した彼は、息を整えて静かに語りはじめた。
「私は敗残兵だ。国を救えず流れ着いたこの国でも無力さを痛感するばかり。名誉すら守れずにいる」
「そんな、そんな事は無いです。シーザーさんは誰よりも頑張ってるじゃないですか!?」
「いや、それが事実だ。……だが幸いな事に君達はまだ守れている。召喚された者として」
「でも、その為に命まで捨てることは!こんな所では蘇生もしてもらえませんよ!?」
そう。ここで死んだらそれで終わり。
遺体が回収されないまま腐っては、誰にも気付かれずに土にかえってしまう。
……そうなったら本当に終わりなのに。
「そうだとしても私は君に召喚され、救われたのだ。……だから私は。そう、私は!」
そして、シーザーさんはもう動く筈のない体を引き摺って、敵の下へと突撃していきました。
ただ一つ、私の心を貫く一言を残して。
「私は君を護る!……私はきっと、貴方を救うためこの地にやって来たのだ!」
心の奥底に響く言葉。
きっと彼は意識などしていないのだろう。
まるでプロポーズのような言葉を恥ずかしげも無く披露して、
そのままゆっくりと。
そして、まるでロウソクの炎が消える一瞬のように激しく。
それでも……堂々とした姿で、死地へと向かって行ったのです……。
……。
その後はまるで台風が過ぎたかのようでした。
好戦的な敵、敵の頭脳になりそうな敵をまるで本能のような何かで見つけ出し、殲滅。
剣で切り裂き、盾で叩き潰し、剣が折れたら殴り飛ばし、首を折る。
それはまさに鬼神の如く。
ですが同時に、それが最後の輝きである事を私は否応無く理解していました。
「がはっ!ごほっ……ふ、ふ、ふふふ……もう、た、戦え、まい……?」
「「「「ひいいいいいいいいっ!」」」」
そして。
残ったのが怯える迎合者ばかりになったのを見て彼は何処か安心したように動きを止め、
その体は糸が切れるようにそのまま崩れ落ちました。
……今度こそ、自分の意思で。
「なんて、奴だよ・・・…」
「よく、やったぞ。残りの連中ならわしらで何とかできる。じゃが……」
コテツが竹雲斎のおじさんの縄を解いて私の前に出ます。
守ってくれているのでしょう。
きっと彼はそれを見たからこそ、安心して倒れたに違いありません。
でも、私はそれどころではありませんでした。
「シーザーさん!」
「おい!まだ敵が居るんだぜ!?」
「……いや、連中にもう戦意はないのう」
制止の言葉も聞いていられません。
思わず駆け寄り、その状況を確認し……、
私は絶望を禁じえませんでした。
「こんなボロボロじゃ、蘇生なんて不可能だよ……あんまりだよ……」
文字通りボロ雑巾のような姿。
切り裂かれ、叩き潰された体に、鎧の破片が殆ど一体化するようになっています。
……ありえないほどの損傷具合でした。教会でもこれを蘇生できるとは思えません。
でも、万一と言う事もある。それにお父さんや姉さんに頼めば大抵の事はどうにかできる筈です。
私はそこに賭けるしかない!
「……今、教会まで連れて行きますから。姉さんに土下座してでも助けてあげますから……!」
「それは構いませんが、貴方はこちらに来てくださいね?」
でも、そう簡単にはいかないようでした。
聞き覚えの無い声。
はっとして顔を上げると……魔方陣が光り、中から次々と武装した兵士達が現れてきました。
そして、その中に不相応な姿の青年。
彼の顔だけには私も見覚えがあります。
「……隣の大陸の方でしたね?何の御用でしょうか」
「おお、一度は求愛までされた相手に対し何と言う冷たいお言葉!」
その後彼は独りよがりな持論を展開していましたが、
要するに私を無理にでも国に連れて行きたい。
そう言う事みたいです。
……わざわざその為に私の行動を見張り続け、
この街に長期滞在している事を知るや否や、
警備が緩くなる機会をずっと探り続けていたとの事。
「これは運命なのですよクレア!さあ、僕の元へ来るんだ!」
比較的穏やかな言葉とは裏腹に、武装した兵士は私の周囲を取り囲みつつあります。
それにしても、彼は何故私にここまでこだわるのか。
いえ、確か父に書類選考で落とされたと言う婚約者候補の一人に彼の名もあったような気もしますが。
いずれにせよ、このままでは無理やりに連れて行かれてしまう。
……先程まではそれでも良いかと思ってた。
でももうそれを認める訳にはいかない。
私の安全云々ではなく、私を救おうと命を投げ出してくれた彼の為。
その想いに、私は応えたい。
応えねばならない。
……けど、コテツは大怪我。
竹雲斎おじさんも疲れが激しいし、これ以上迷惑をかけるわけにも行かない。
私も魔法を使うにはもう少し休む必要がある。
「駄目だよ、わがまま言っちゃ?さあ、怖い目に会う前においで?」
「……れ」
なら、どうすれば良いのか。
……答えは最初から判っていた。
「なんだって?その可愛い声をもっと聞かせてご覧?」
「……がれ」
生まれ持った私の力。
私を不幸にしかしなかった力。
「え?聞こえない……」
「下がれ、と言っている」
何人をも魅了してしまう……否、魅了"する"力を飼いならす。
それしか道は無い!
「な、何を言って……」
「控えよ下郎!小国の木っ端軍閥の跡取り如きが私と同格だと思うな!」
相手が呆然とした隙を突き、薄い笑みと共に蔑むように言葉を続ける。
それで男どもは傅くだろうと姉さんは言った。
……足りなかったのは勇気と気迫、そして一欠けらの自信。
それを補うべくなけなしの勇気を振り絞る!
「私の命が、聞けないのか?」
「「「「……は、ははぁっ……!」」」」
まるで水の波紋が広がるように、周囲の兵達が膝を付いた。
呆然とした目の前の男も、一瞬送れて膝を付く。
……怖い。
目の前の人達も、私の持っている力も。
でも。
譲れないものがある事を私は知った。
だから引かない。引く訳には行かない!
「では、言う事を聞いてもらいますよ……?」
「ははっ!何でもどうぞクレア、貴方の言う事なら」
「呼び捨てにしないで。汚らわしい」
「はっ!クレア様!」
だから恐怖を押し殺し、蔑むような笑顔で覆い隠す。
……こんな人達に優しい笑顔は見せてあげない。
それを心に刻んで。
「じゃ、言う事聞いてくれる?」
「ええ、何でもお言いつけ下さい!」
蔑まれ、命令され。
それでも。そしてこんな笑顔でも良いなら笑いかけてあげる。
……その代わり。
「なら、シーザーさんを神聖教団の施設に運んで。急いで?そして丁寧に、ね……?」
「「「ははーーーーっ!」」」
その代わり、シーザーさんを助ける力になってもらう。
相手の心を奪い、隷属させる力。
そんな物が正しいとはとても思えない。
でも、今回の事でやらねばやられると言う事実が良く判ってしまった。
自分だけの問題ではない、なんて言葉で判っていたつもりだった。
でも、まさかこんなに凄惨な事になるなんて。
……父さんも、人を斬る時こんな気持ちだったのかな?
そう思いながら、次々と指示を出してく。
急がないとシーザーさんの体が腐ってしまうから。
「「「えいほ、へいほ!」」」
「こらそこ!そんな雑に扱うとクレア様からのお叱りが飛ぶぞ!?……いや、それもまた……」
「!?……無能は嫌いよ」
「「「「そ、そんなああああっ!?」」」」
背後でぞっとするような会話が聞こえたので釘を刺す。
もうあんな目に遭いたくはないし、シーザーさんが雑に扱われるのも納得いかない。
だから出来るだけ酷い言葉を選ぶ。
怖い……でも、負けられない。
私がどうにかしなきゃ、この危機は乗り越えられないのだから!
「では、行きましょう」
「……何かお姫さんの性格、変わってないか?」
「一皮剥けたのじゃよ。いや、そう見えるだけかも知れんがの」
すっかり私の言う事を聞くようになった兵士達を従え、
坑道に戻り、地上を目指す。
……すっかり冷たくなってしまい、しかも挽肉のような姿になってしまった。
そんなシーザーさんの横にしっかりと寄り添いながら、私は一つ誓いを立てる事にした。
……弱虫な自分が出て来れないように。
「シーザーさん?貴方が私を護ってくれたように、私も貴方を守れるようになりますね」
勇者シーザー、私の騎士様。
貴方がそれを望まなくとも、私は貴方を助けます。
魔王ラスボスを倒すその日まで陰日向無く支えます、と。
それは誓い。
誰に知られるものでもない。私が私自身に対して課した責任。
人を無理やり召喚して苦難の道に叩き込んだ。
これはそんな私の贖罪であり……決して譲れない一線でした。
『シーザー、頑張ったであります』
『クレアもがんばった、です』
『必要なのは強さだよー。ようやく力に振り回されない意思ココロを手に入れたね。偉いよー』
『シーザーが、いいぐあいに、いのち、かけてくれて、ひとあんしん、です』
『まあ。あれで、ふんきしないなら、にいちゃのむすめ、しっかく、ですが』
『アオだと殲滅しちゃうから意味無いでありますしね……』
『それにしても条件を整える為の人材確保が大変でありました、はふー』
『危なすぎでも駄目、紳士過ぎても駄目でありますからね』
『……ところであの馬鹿の国はどうするでありますか』
『あたし等の家族に手を出した以上見逃す気は無いよー。煽った分は差っぴいて攻撃開始ー』
『あい、まむ。てきとうに、ききんでも、おこすです。おなかぺこぺこじごく、です』
『おつ、です!……それにしても、ひやひや、したです』
『……クレアも、おつかれさま、です……』
彼の手を取りそっと握り締めていると、
何処からかアリサ姉さん達の声が聞こえた気がしました。
……もうすぐ、地上に戻れる。
早く、シーザーさんを助けてあげないと……。
こうして心配のあまり異様に高鳴る胸を押さえつつ、
私達は坑道を後にする事となったのです。
幸い教団施設に姉さんが居たので蘇生は間に合いました。
でも、何でかな。
シーザーさんが助かってほっとした筈なのに。
…・・何故か胸の高まりが一向に治まってくれないよ……。
続く