自分の約3メートル後ろを付いてくる二人に、少しばかり意識を裂きながらも、アズライトは探索を進める。
普段はその時の気分で行く階を決め、そこを中心としてモンスターと戦っているのだが、今回はユウキの見学も兼ねると言う事で一階からとなった。
フリードリッヒの戦闘を見せたい、と言う言葉に合わせるようにその階で5回戦闘を行ったら次の階に行く、という方法を取り現在は地下三階であった。
そして、ここまで淡い笑みを浮かべたままのフリードリッヒと、視線と態度が段々鋭く、冷たくなっていくユウキとの会話は殆ど無い、と言うよりも後方にいる為に会話自体が余り生じなかったのだ。
もっとも、アズライトがその事を気にするあまり気を散らすと言うことは無かった。
というのも、基本的に全方位に注意して居るからだ。
頭上・足元・前後左右、その階の形状にも寄るが全方位に注意を向けていないと奇襲を受け、命に関わる為である。
もう三階なので足元から襲ってくるリトルバグは用心しなくてもいいものの、頭上より攻撃してくるブラッディバットは存在する。
1・2階は極端な事を言えば『田』の形の様な注意すべき箇所が決まっていたり見通しもある程度良い構造であったが、3階からは少し複雑な構造となっており、行き止まりなども存在し始める。
だから、今回はフリードリッヒが後方にいる為に気にしなくても良いかもしれないが、バックアタックや頭上・左右よりの挟撃等と、あらゆる方向に気を向けていなくてはいけない。
余談ではあるが、兜の様な頭部全体を金属等で保護する防具は殆ど存在しない。というのも、そのような防具を身につけると直感や、感覚が鈍くなり死亡率が高くなるという統計が出ている為だ。
何故、死亡率が高くなるかは解っていないが、神は我等を遙かなる高みより見ていらっしゃる。だから、神が最も見るであろう頭部を隠すという事は神の恩恵を損なう事になるのでないか?というのが俗説的ながらも最も受け入れられている説である。
あまりの会話の無さにフリードリッヒは剣士とノービスの格差を見せる為に来たのか、とか、いつまで経ってもノービスでいる俺を反面教師として見せるためにユウキを連れてきたのか、等とネガティブなことを考え出していた時、足を止め前方に意識を集める。
「ギシャア!」
それから五秒ほど後であろうか、一体のモンスターが棍棒を振り回しながらこちらに向かって来る。
緑色の肌をもち、毛が数えられるほどしか生えていない頭部、縦に細い瞳を目一杯開いて赤く長い舌を出している小柄な者、コブリンだった。
「っふ!」
コブリンがある程度近づいてきた所で、こちらからも走り寄る。右手に持った棍棒を横殴りしてきたタイミングで、一歩バックステップを踏みその攻撃を空振りさせる。
「ギィ!?」
空振りしたために伸ばされたままの右腕の手首を狙い、構えていたブロードソードを振り上げ斬り付ける。
手首の痛みの為に悲鳴を上げたのを聞きつつ、視線がこちらに戻ってないのを確認し、一歩踏み込んでから今度は首を狙いブロードソードを走らせる。が、
ガッ!!
「ちぃっ!!しまっ!!」
ドゴスッ!!
棍棒を間に入れられ、棍棒には傷を付けたものの、首への一撃か完全に防がれてしまう。
その上、剣を弾かれ体勢が整っていない所に振り戻された棍棒が、横腹へと叩き付けられる。
このままではまずいと感じたアズライトは、痛みを無理矢理無視し、後ろへと下がる。
「ゲシャシャシャシャシャ!!!」
「っふっふっふっふっふ・・・・」
こちらに手傷を与えたからであろう、笑い声を上げるコブリン。それに若干の苛立ちを覚えながらも痛みを抑えるよう浅い呼吸を繰り返すアズライト
数秒ほどそうして痛みを紛らわすと、改めてコブリンへと駆けていく。
「ゲキャア!!」
それを、今度は棍棒を上段に振り上げて迎え撃つコブリン。
「ギギャア!!」
ゴッと鈍い音をたてて床に振り下ろされる棍棒、アズライトは自分に向け振り下ろされた棍棒と接触する前に後ろへと大きく跳び躱す。
そして着地した足が後ろへと滑るのも気にせずに大股で前へと走り、先ほども傷つけた右手首へと斬撃を落とす。
ドシュ
「ギッ!」
その勢いを殺さぬまま、左足でその右手首を思い切り踏みつけると、直ぐさまブロードソードを両手で構え、そのままコブリンの首目掛けて突き入れた。
短い断末魔の悲鳴と共に、口よりゴボリと血を滴らせたコブリンは、その数瞬後に光りの粒となり、棍棒と薄紅色の血晶石を残し消え去ったのである。
「んっ・・・・・・ふぅ・・・」
棍棒と血晶石を偉大なる麻袋の中に入れ、それと交換するように小瓶回復薬を取り出したアズライトは、蓋を開け一気に飲み干す。
先ほどから感じる軽い疲労と、激しい横腹の痛みが薄れていくのを感じ思わず溜息をついていた。
その後、その場で後方の二人に許可を取り、軽い休息を取るとまた先を進みだす。
「どうかな?ユウキ君」
今までずっとアズライトの様子を見ていたフリードリッヒが、横にいるユウキに声を掛けた。
「どうといわれましても・・・正直、落胆していますね」
その問いに、硬い表情と冷たい視線をアズライトに向けたまま、ユウキはそう答えた。
「と、いうと?」
「・・・彼がファーストマスターとか言われてる変人だとは知ってます
ですが、ここまで無様な戦い方しかできないとは」
「無様な戦い、ねぇ」
こちらに視線を向ける気配すらないアズライトを鼻で笑う。
そんなユウキに冷たい視線を一瞬だけ向け、反対も肯定もせずにフリードリッヒは口を閉じる。
ユウキにとってはアズライトの戦闘の仕方は、無様な戦いそのものであった。
1.2階で出て来たリトルバグは態々蹴り上げて、ひっくり返り藻掻いている所に剣を突き刺していた。
ブラッディバットに対しては向かってきた所をしゃがみ込んで躱し、回り込む、もしくはそのまま下より斬り付けていた。
今のコブリンにしてもそうだ、武器を持つ手を狙いあまつさえその傷口を踏みつけて倒すなど、ユウキの考える戦闘とはかけ離れていた。
戦いというのもはもっと、正々堂々と相手を打倒するものである。
戦いというものはもっと、正面より受け、返し、相手を圧倒するものである。
戦いというものはもっと、優雅で綺麗なものである。
こそこそと足元より襲ってくるのであれば、剣を振り下ろし断ち切ればいい。
こちらの死角を伺って襲ってくるような奴は真っ向から立ち向かい、一刀両断にすればいい。
武器を持ち、襲ってくる奴にはこちらも武器で応じ、上回って勝てばいい。
これがユウキの考える戦闘であった。
ユウキの家は、元々はサードネームを名乗れる貴族、それも騎士団の一つを任されるような家だった。
しかし、不手際があり家もサードネームも財産も無くし、今は亡き祖父のつてを頼って訪れたのがスカンディアであり、救いの手をさしのべてくれたのがガーディー家である。
幼い頃から騎士のなんたるか、貴族のなんたるかを教えられ、冒険譚に心振るわせ、英雄に憧れた。そんな生活を過ごしてきた。
そんなユウキにとって、誇りと象徴とも言えるサードネームを奪われ、己の輝かしい未来の職場であった騎士団での地位は奪われ、尽くす様いわれた国すら奪われた。
だが、ここスカンディアには冒険者達がおり、クラスとして『騎士』がある。
それを目指す事はユウキにとって当然の事だった。
もう名乗れぬはずの騎士を名乗り、サードネームはなくとも貴族のような暮らしもできる、その上、機会があれば国こそ違えどもまた貴族となれる。そう考えたのだ。
新天地での生活であったために安定するまで時間が掛かり、17歳からのスタートとなったが、ユウキは焦りなどはなく、自信があるのみだった。
自分は血筋にしても知識にしても一般の者達とは違うのだと、自分が冒険者になればそこら辺にいる冒険者達なんぞはすぐに追い抜ける、それが当然であると。
何の確証もない自信だったが、ユウキにとっては疑うべくもない確信だったのだ。
そして、その思いを増すように、フリードリッヒが自分の初探索に付いてくると言ったのである。
剣士が、初心者のノービスの探索についてくる。
それは自分に早く騎士になれと、強くなれと言ってると同じではないか。
そう思ったのだ。
そして今朝、紹介したい人がいると、その人の探索の仕方を見て欲しいと、言われた。
その相手がアズライト=ノールであった。
ユウキはその名前を聞き、軽く落胆した。
フリードリッヒが紹介してくれる人ならば素晴らしい人に違いない、自分の役に立つ人に違いない、そう思ってたからだ。
ユウキとて、今まで何もしてこなかった訳では無い、空いた時間に冒険者としての知識を集め、自分の知識との違いを埋め、実際の冒険者がどのようなものか伺う為に酒場へと行った事もある。
余談ではあるが、スカンディアは成人した16歳より飲酒が許可される、つまり16歳以上なら酒場に入っても何の問題も無いのである。
そして耳に飛び込んできた、ファーストマスターという変人の話。
曰く、騎士にすらなれるレベルなのにノービスを続ける愚か者。
曰く、ファーストダンジョンに一年以上通うベテランノービス。
そして、アズライトがノービスであり続ける理由を言わぬ為に広がった、悪意のある噂。
あいつは臆病者である、強い敵の出るニブルヘルムに潜りたくないためにノービスのままなのだ。
あいつは守銭奴である、冒険者の義務としてノルンに納める上納金を満額納めるのが嫌な為、上納金が少なくてすむノービスのままなのである。
それらの話全てを、ユウキは鵜呑みにしてしまった。
その噂の矛盾を全く考えもしなかったのである。
強い敵と闘いたくないのなら、クラスチェンジしてからファーストダンジョンに通えばいいのである。
ノルンは、クラス持ちのファーストダンジョンの探索を禁止していないのだから。
なにより、ノービスなのだから別の職業に就けば敵と戦う必要すらなくなる。
守銭奴であるというならば、クラスチェンジしてニブルヘルムに潜ればいいのである。
敵の落とすアイテムの質は上がるし、血晶石の買い取り額が二倍になるのだから。
ユウキはそれらの噂を疑うだけの経験をもっていなかったのである。
ちなみに上納金というのは正式名称ではなく、ノルンは毎月「大神殿施設利用費」と言うものを冒険者より徴収する。
これを一般的に上納金と言っているのだ。
払えなければ大神殿への立ち入りを禁止され、三ヶ月滞納すれば冒険者の資格を剥奪される。強引に。
一次職は月に金貨5枚で、二時職・三次職は更に増える。
だが、ノービスは月に金貨3枚を納めることとなっているのである。もちろんノービスは収入が少ないための措置である。
しかし、フリードリッヒが紹介してくれる人なのである、なにか意味があるのだろうと思って黙って見ていたのだが、結局は何もならなかったと、ただただ噂通りの人物であったのだとさらに落胆したのだ。
もしかしたら、この様な冒険者にはなるなと、そう言う意味合いがあって今回の様な事をしたのかもしれないと、そのような考えすら浮かんでいたのであった。
もちろんそれは勘違いである。
フリードリッヒは、理想の騎士という偶像に憧れるユウキに現実を見て欲しかった。偶像は偶像でしかないと知ってほしかったのだ。
たしかに「いつかは」理想とする騎士となれるかもしれない、だが「今は」理想の騎士ではないのだと、目指せる立場でもないのだと、そう解って欲しかったのである。
もちろん、このたった一回の見学で劇的に変わるわけではないだろうが、何か感じて欲しいと、理想と現実の間にある矛盾に少しでも気付いて欲しいと思ったのだ。
それと同時に、同等以上の敵との戦いというものを知って欲しかった、モンスターと戦うというのがどういう事なのか感じてほしかった、フリードリッヒはユウキの事を危ういと感じている。
というのも、ユウキは負けを想定していない、その上、逃亡すら想定していないのである。
いつでも自分が勝つと、どんなに苦戦しようとも五体満足で勝つと思い込んでいるのである。
ここ、ファーストダンジョンのモンスターといえども、どれだけノービスだと苦労するのか、慣れた者ですらどれだけ苦労するのか、それに気付いて欲しかったのだ。
だが、それらを察した様な気配は全くない、これは下手すれば直ぐに死ぬかもしれないと思ったが、そんな考えは一言も口に出さなかった。
フリードリッヒにとって、ユウキはどうでも良い人物だったからだ。
父から言われた為に面倒を見てはいるが、恩を与えた覚えはあっても、恩を貰った覚えなどはない。
これからの付き合い方で変わるかもしれないが、現状ではユウキの事を手間の掛かる客人としか思ってないのである。
それとは逆に、アズライトに対しての印象はより良いものとなった。
最初は気まぐれだった、右も左も解らない初心者と一目でわかったが、気になる事があり思わず声を掛けた、それがアズライトであった。
しかし、彼には見栄や欲望が見えなかった。それは貴族として様々な人と付き合ってるフリードリッヒにとってとても新鮮に映ったのである。
孤児院育ちと貴族、その大きすぎる育ちの差がみせた新鮮さだったのかもしれない、だがアズライトは物覚えが良かった。
アズライトとしては、フィーメリアを担当官とした事もあり少しでも早く冒険者として上に行きたいと思ってた所に運良く現れた『先生』だ。
知りたい事、知らない事、気付いてもいなかった事を教えてくれたのだ、感謝し、教わった事を真剣に必死になって覚えるだろう。
その後、何度かファーストダンジョンを故意に訪れ話をしたが、どれだけ経っても尊敬の念を薄れさせずに慕ってくれるのだ。
だから、フリードと、愛称で呼ぶことを願ったのである。
そして先ほどのコブリンとの戦闘、あれは普通のノービスではまだ気付けない位置からコブリンに気付いていた。
一瞬、百戦錬磨のスキルを得たのかと思ったが、それには到底及ばないし、何よりまだノービスではないかと苦笑を零しもしたのだ。
百戦錬磨、その効果は感知距離の延長、直感・第六感の上昇、そして疑似数値で敏捷の200アップである。
なお疑似数値というのは平均的な成人男性の能力値を100として、レベルアップでだいたいどれぐらい強くなったかを知らせるためにノルンが開発した数値である。
実際に計ることはできないが、基準を作り擬似的に数値化したものであり殆ど実際の成長値との誤差は無いと言われている。
百戦錬磨を得ているとすれば、先ほどの戦闘ももっとスムーズに進んでいるためだ。
敏捷が上がっていればあんな大降りの攻撃はくらわない。もしくは、直感によって身体が自然と避けていたかもしれないが、それは百戦錬磨のスキルを持たぬフリードリッヒには思いも浮かばない事であった。
実際に百戦錬磨のスキルを持つ冒険者の戦闘を見た事があるために、アズライトの敏捷性が変わってないと解ったのであるが。
(あれぐらいなら、百戦錬磨じゃなくて十戦錬磨ぐらいかなぁ)
等と考えて微笑みを浮かべていた。
もちろんの事だが十戦錬磨等というスキルは発見されていない。
しかし、ノービスの身で多少とはいえ感知距離を延ばすのがどれだけ大変なことかは、剣士となった自分でも苦労している事なので、想像すらできないものだ。
だからフリードリッヒはファーストマスターと呼ばれてるアズライトを馬鹿にしたりしないし、ある種の尊敬の念を抱いている。
故に、彼はアズライトの知り合いとしては珍しくどうしてクラスチェンジしないか?と尋ねない人物であった。
冒険の仕方は人それぞれだと割り切っているし、彼ならば何かしてくれるのではないかと微かに期待しているために。
そして、自分にはできぬ事をやっている彼を尊敬しているために。
そんな、それぞれ違った方向に物思いにふけっていた二人であったが、フリードリッヒの感覚に触れるものがあった、こちらに向かって飛んでくるもの、つまりブラッディバットがいることに気付いたのだ。
隣のユウキを伺うが全く気付いていない、それも仕方ない事と溜息を一つつくと腰の武器へ手を伸ばし接近するのを待つ。
「フリードさん!!」
アズライトがブラッディバットの接近に気付き、慌てて振り向きながらこちらに向かってくるが
「大丈夫だよ」
一言そう告げたフリードリッヒが腰の武器、特殊剣ドウジギリ(量産型)を振り上げ、一瞬にして真っ二つにした。
「はい、君も気付いてたし、僕はいらないからね」
「え!?あ、ありがとうございます」
今のアズライトの反応でやはり感知距離が延びていることを確認したフリードリッヒは、表情は変わらぬが心の中でも同じように微笑みを浮かべ、ご褒美だともいわんばかりに血晶石とコウモリの牙をアズライトへと渡したのだった。
こちらに頭を下げてくるアズライトへと向ける笑顔を深くして。
後書き
どうもK・Yです。
約二ヶ月も音沙汰無しですみませんでした。色々と忙しかったもので・・・
やっぱり三月に近づくと忙しくなりますねぇ。
でも、四月になったら落ち着く訳でもない・・・不思議!!
これからも時間が空く事はあるかも知れませんが意欲は失ってないので、見捨てないでもらえるとありがたいです。
コンゴトモヨロシクw