『もしかして、特別なスキルが手に入るとか言われたの?でもノービスでは例外である1つのスキルを除いてスキルを得たって話は聞かないんだけど・・・』
アズライトの頭には先程言われた言葉が蘇っていた。
その言葉に彼は噂でも聞いたことがない、そう返したのだが・・・
「自分で・・・確かめたもんなぁ・・・」
過ぎ去った事だからだろう、苦々しい笑みを浮かべてそう一言呟いた。
『レアスキル』という言葉がある。
これはノルンが使い始めた言葉であるが、所持者人数が100人に満たないスキルの事を指す。
そして、そのスキルの中に『百戦練磨』というスキルが存在する。
取得条件は『一日の間に単独で100体の敵に打ち勝つこと』
追加条件として『同等以上の敵である事、パーティを組んでなくてもアイテム等を譲渡される・支援を受ける、預けていた分を返して貰う等の行為も単独では無いとする』という厳しいものもある。
それ故に条件を満たす事が難しく、レアスキルとなっているわけだが。
『このまま何か変化があるまでレベルを上げ、その間に彼女が奪われるような事になったら、冒険者を諦め別の職業を目指そう』
そう決めた後に変化を起こす為に行った事、それがスキルの獲得であり、狙ったのが百戦錬磨のスキルであった。
彼なりの考えがあったからだ、同等以上の敵とされているがノービスの状態では同等以下と言えるモンスターがいない、と考えたからである。
しかし、懸念が全く無かったか、というとそうでもない。
レベルである。
ファーストダンジョンの適正レベルは、10から20とされている。クラスチェンジ可能となるレベルの関係だ。
だが、アズライトはこの時にレベルが30以上となっていた。
経験値というものはレベルが低ければ低いほど多く、レベルが上がれば上がるほど低く得られるようになっている。
これはノービスとて例外ではない。
事実、レベル1のノービスは5体程倒せばレベルアップできるが、レベルが10ともなると20体倒していてもレベルアップできるかは解らない。
しかし、レベルが30だからといってファーストダンジョンのモンスターが弱いかと、同等以下かと聞かれると、答えは否である。
故に彼は諸々の道具を揃え、準備を整え100体斬りを達成しようとした。
『一日』という定義が、自分がダンジョンに入ってからなのか、その日の内なのか、それともモンスターと戦闘に入ってからなのか解らなかった為、万全を期して日付が変わってすぐにダンジョンに入り挑戦する、という事まで行ったのだ。
もっとも、後々『冒険者がダンジョンに入ってから24時間以内』という意味での『一日』であると解ったのだが。
100体斬りというのは、途轍もなく大変であった。
それを証明するように、アズライトは三度の失敗を経てようやく成し遂げることが出来た。
消耗品が足りず、集中力と緊張感が足りず、体力的に保たず、と、失敗を重ね、どうにか達成したのだ。
もっとも、達成した後は疲労と、筋肉痛にあわせ倦怠感等で一週間ほどファーストダンジョンには立ち寄りもしなかったが。
どうやって100体倒したかの確認は、血晶石の数である、血晶石の数=敵を倒した数であるため、間違うことは無い。
偉大なる麻袋は、表面に中に入っている物のリストと個数が浮かび上がる。その為、数え間違えるという心配もない。
レベルアップも、この時の為にと行わずにおいていたのだ。
そして意気揚々とノルンへと向かったが、結果として、百戦錬磨のスキルは得られなかった。
ノービスである為に得られなかったのか、懸念した通りレベルが高かった為に得られなかったのかは解らないが、原因がなんであれ得ることができなかったのである。
その時の落ち込み様は見ている者も悲しくなるほどであった。その時はフィーメリアは別の冒険者の対応をしていたため、空いているスタッフが担当していたのだが、アズライトとほぼ初対面である彼女が慰めの言葉を思わず掛けてしまうほど落ち込んでいた。
余談ではあるが、経験値が多く溜まっている時にレベルアップを行うと、一気に適正となるレベルまで上がる。
つまり、37から41へといきなりレベルアップすることも可能であり、この時にアズライトは41というレベルまで上がった。
この様な経験があるために『ノービスはスキルを得られない』と言う考えに至っており、事実ノービスの間にスキルを得たと言う話は例外を除き聞かないのである、どんなに難易度が低いスキルだとしても。
「ちょっと!!アズライト君!!換金は!?」
「えっ!?あっ!!は、はい!!」
少しばかり思考に捕らわれていたアズライトは、無意識の内に出口の方へと歩いていた。
それを、窓口にいたディアンナが気付き、思わず声を掛けたのだ。
「もう・・・何か考え事してたのか知らないけど換金を忘れるなんて・・・それに、換金しないにしても、せめて一言あってもいいんじゃない?」
「あ~・・・いや、その・・・ゴメンナサイ」
ディアンナのその声に、ようやく我に返ったアズライトは何も反論が出来ず、素直に頭を下げる。
アズライト自身も、換金をしなければいけないとは思っていたがすっかり忘れていた為だ。
「全く・・・換金所も今は人いないみたいだし、さっさと行ってきなよ」
「ああ、本当に声を掛けてくれてありがとう」
なにやら小言を漏らしながらも、ディアンナは手元の装置を何やら操作するとアズライトにそう言う。
換金所の様子を調べてくれたのであろうと察したアズライトは、それも含めて感謝の言葉を言うと、換金所へと足を向ける。
換金所の前に大きな待合室があるのだが、ディアンナが言ったとおりそこには一人の冒険者も居らず、そのまま続く扉を開け中に入る。
「すみません、換金をお願いします」
「また懲りずに薄紅色のを持ってきたのか・・・ご苦労なことだ」
雑貨屋という感じで物が乱雑に置かれ、一件の大きな店と同じ規模を誇る部屋。
それが換金所であった。
アズライトの言葉に皮肉な言葉を返してきた男、ベベス、彼がこの換金所のスタッフであり凄腕の鑑定士兼鍛冶師でもあった。
年齢は六十後半から七十前半と言った所で、背はそこまで高くなく160半ば程だろう。
体型はガッチリとしており、その肌は褐色だが、日に焼けた黒さが滲み出ていた。
髪の毛は年齢のせいか、元々かは解らないものの白一色であり、瞳は金色と見間違えそうながらも黄色である。
目つきは鋭く、掛けている眼鏡がその眼光を遮る要素とは全くなっていない。
その言葉に苦笑しか浮かべられず、黙ってカウンターの上へと換金して貰う品物を置いていく。
偉大なる麻袋は、袋の中に手を入れ、出したい物を思い浮かべるといつの間にか手に握られている、という方法でアイテムを取り出せる道具である。
故に、整理したり、探し出したりする必要もなく、今も売り払う物だけをスムーズに取り出していく。
薄紅色の血晶石×17個・錆び欠けた剣×2本・棍棒×3本
これが今日換金して貰う品物であり、血晶石以外のアイテムは敵が消えた後にも残っていた、いわゆるドロップアイテムである。
「何時も通り、剣・棍棒は一つ10銀貨だ
そして血晶石はファーストダンジョンの物だから半値の50銀貨・・・いいな?」
「はい、お願いします」
並べられた品を一別した後、ベベスはそう尋ね、返事を貰うと直ぐさま確認の為の鑑定を行っていく。
「後血晶石が二つあれば、金貨だったのにな、尤も本来なら金貨二枚分に近いってのにな」
「あはははは・・・」
その言葉に乾いた笑い声を返し、差し出された銀貨を偉大なる麻袋へと入れる。アズライトは財布も兼用して使っている。
こうすれば所持金もわかりやすいし、セキュリティの面でもマジックアイテムである為普通の財布を持つよりもしっかりしている。財布を持つよりも安全性が高いのだ。
ちなみに、基準となる一番小さな貨幣が1銀貨であり、1銀貨・10銀貨・100銀貨とある。
1000銀貨で1金貨となり10金貨・100金貨・1000金貨とある。ここまでが丸い形をした貨幣で、10000金貨で1金板となる。
この金板は長方形をした貨幣で、一番上の貨幣となっている。
ちなみにそれぞれ、銀貨(シルバー)金貨(ゴールド)金板(プレート)と呼ばれている。
「早く、小っこいままでも良いから真っ赤な石を持ってこい
いい加減薄紅色の石は見飽きた」
お礼を言い、部屋を出ようと扉を開けたアズライトの背中にそんな声が掛けられた。
「・・・・・・すいません」
それがベベスなりの心配からの言葉だとは解っている。だが、それにまだ応えられない為に顔を向けられないままに頭を下げ謝る。
「・・・ったく」
それに応えるかのようにベベスの口より漏れた、トーンは変わっていないものの気落ちしたような声を聞いてしまい、それ以上何も返せず静かに部屋を出た。
その後は、今すぐ結論が出ないことを理解しているアズライトはベベスとの事を考えないようにし、今度こそ用事は終わったとディアンナに一声掛けて外へと出るため出入り口をくぐる。
先ほども見た、外庭と呼ばれる空間、そこには不思議な物が建っていた。
高さ5メートル、幅2メートル、厚み90センチほどの黒曜石のような、真っ黒な長方形の石柱であった。
それは大神殿を丸く囲うように等間隔で並んでいる。
元は同じ形であったのだろうが、罅が入っている物や欠けてしまって長方形でない物、半分や半分以下に割れている物も多くある。
アズライトはその石柱を複雑な目で見た後、そのまま自分の寝泊まりしている宿へと向かっていく。
この石柱はモノリスと呼ばれる物で多くの物は黒一色だ。
だが、100以上並んでいる中に幾つかだけ白い文字が浮かんでいる物がある。
それらにはそれぞれ別の事が書いてあり、この書かれた内容は全て神託(オラクル)と呼ばれている。
『クラスネーム:戦士
必要レベル:10
必要条件:なし』
『クラスネーム:剣士
必要レベル:15
必要条件:獲得経験値の10%以上を単独で獲得』
『クラスネーム:騎士
必要レベル:20
必要条件:獲得経験値の20%以上を単独で獲得
:一度の探索での戦闘回数20回以上』
そう、モノリスには戦闘職のクラスチェンジに関わる事項が記されているのだ。
ノルンの歴史書にはこう記されている。
『モノリスは神託を広めるもの、神託を知るものが増えればモノリスにもより多くの事が記されていく』と。
何故かは解らないが、このモノリスは一般職等は記されていない。冒険者に関わる戦闘職だけが記されているのだ。
で、このモノリスであるが、そのクラスになった者が増えれば増えるほどその内容が記されていく。
具体的に言うと、初めてそのクラスになった者が出たときにモノリスにクラスネームが記され、三名になったときに必要レベルが記される。
そして、10名を超えたときより必要条件が記され、11人目、12人目とさらなる条件が記されていくのだ。
つまり、このモノリスに新たなる文字が刻まれた時、フィーメリアを獲得する権利を得た者が現れるかもしれない為に、アズライトは複雑な目を向けたのだった。
そして、アズライト自身も無自覚であろうが、自分自身が新たに記すのだと言わんばかりの熱く鋭い視線も含まれていた。
宿屋「生み卵」
ここはノルンと特別契約を結んでいる宿屋で、ノービスの間は宿泊費の割引が受けられる。
余談であるが、宿の名前はノルンとの特別契約を結んだ時に変えられている。
初心者、つまりヒヨッコの為の宿であることを前面に押し出そうとして、この様な不思議な名前となったのだ。
ノービスであるアズライトもその恩恵を受け、一年半ずっとお世話になっている所でもある。
ちなみにここは、ほぼノービス専用となっているために、ノービスでなくなったら出て行くのが暗黙の了解となっている。
立地的にも他の宿屋より不便が目立つ位置、ファーストダンジョンには近いが商店街等には遠い為に、クラスを得たら出て行く事に不満を告げる者は殆ど居ない。
ノービスでなくなれば割引が無くなる上に、ノルンからの勧告もあるからだ。
「お疲れさん、晩ご飯はもう部屋に運んでるからね、しっかり食べて明日に備えるんだよ」
故に他の冒険者が泊まる宿屋と違い、客の回転が速い、だから宿屋の従業員も客の顔をあまり覚えないのであるが、アズライトは一年半の長期滞在者であり不名誉ながらも有名人でもあるために、名前と顔を覚えられている。
「ありがとうございます」
その、少し乱暴ながらも暖かい言葉に笑顔を返し、自室へ戻るとまだ湯気を立てている夕食を頂き、頃合いを計って食器を下げに来た女将さんにお礼を告げ、探索の為の準備を済ませると装備品を脱ぎ去り、ベッドへと横になる。
「明日も・・・頑張ろう」
ギルドに行き、色々な人に心配されたり、声を掛けられたためであろう。
フィーメリアやベベスの顔と共に、心の中に浮かんできたモヤモヤしたものを抑えるよう、そう呟くとそのまま眠りについた。
後書き
どうも、K・Yです。
とりあえず、今回のお話でチュートリアル的な部分は終わったかな?
ひとまず、冒険後の流れと基本的な事は書けましたねぇ、これからも随所に説明は盛り込んでいきますが・・・
次回よりは、ようやく迷宮部分を書いていけるはず!!