「へえ。結構活気のある街なんだなー」
「そうなんですよー。特に今の時期は、祭りが近いから旅人さんも多くてですね」
「カキヤー。あそこのくしやきたべたいー」
喧騒あふれる人ごみの中。
3人の男女が、世間話をしながら、のんびりと歩を進めていた。
組み合わせは少々変わっていて。
一人は如何にも冒険者風の男性。人の多い町なら必ず見かける風体である。
一人は身なりの整った女学生。立ち居振る舞いから、その育ちの良さが窺える。
一人は銀髪の幼い少女。とてとてと歩くその瞳は、周囲の出店に囚われている。
ひとりひとりなら、それほど違和感のない者達だが。
三人揃うと「どうして一緒に?」と首をかしげてしまう。
そんな三人組だった。
男は言う。
「で、リシトアーキの実家って、この近くなのか?」
女は答える。
「はい。向こうに見える山が、私の実家です」
そしてこっそり、幼女が言う。
「……カキヤ。はやくそいつかえして、つぎのところいこー……」
男は純粋な興味関心から遠くの山を見上げ、
女はそんな男をちらちらと熱い目で見たりしつつ、
少女はそんな女をジト目で見上げていたりした。
ここは、「蛇竜信仰」の街、クロウラベ。
冒険者カキヤは、道中で知り合った女性を実家に送り届けるため、
同行者ノユキの反対を押し切り、大陸の端にある辺境の街までやって来ていた。
どうしてこのようなことになったのかというと。
「カキヤさん、助けてくださってありがとうございました! 何かお礼でも」
「いや、成り行きで助けただけだし、そんなに気にしなくても」
「いえいえそんな! 命を助けて頂いて、お礼のひとつもできないなどとは蛇竜の名折れ!」
「とはいっても、旅してる女の子からお金を貰うってのもなあ」
「女の子……! あ、すみません泣いてもいいですか?」
「ちょ!? 何故に!」
「それはそうと、確かに私も手持ちはそれほど豊かではありませんので……ううん」
「まあ、お互い次の街まで一緒に行くことになるだろうし、それまで話の相手でもしてくれれば」
「次の街……カキヤさんは、どこかに向かわれてるのですか?」
「ん? 別にこれといった目的地はないけど。……前の街からそこそこ離れてればどこでもいいし」
「で、でしたら、私の故郷に行きませんか!? そこでなら色々とお礼もできると思いますので!」
「故郷? って確か、お祖父さんが守護神やってるとか何とかの?」
「はい! 千年以上前から蛇竜の長として、眷属を統括している祖父が、ヒトたちと一緒に暮らしている場所です」
「……あの爺さん、陰でそんなことしてたのか……」
「はい? 何か仰いました?」
「いや別に何も。それより、その地域には少し興味あるから、行ってみるのはありかもしれないな」
というやりとりがあったりしたわけで。
ちなみにその裏ではノユキがひたすら、
「やだー! カキヤはわたしとふたりでいくのー!」
「カキヤにはわたしのハダカがあればいーのー!」
「わたしはべつのまちにいきたいー!」
「カキヤー! ほかのとこにしよーよー!」
「やだー! やだー! ぬぐー!」
と喚いていたが取り入れられなかった模様である。
そして当然のごとく脱ぐのは止められていた。あと説教されていた。
そんなわけで。
カキヤ達は、大陸の中でも稀有な存在である、竜族信仰の地へ足を踏み入れていた。
冒険者として様々な地域を旅していたカキヤであったが。
実は竜族を崇める地域に訪れるのは初めてだったりする。
なので、竜神亡き今、人類と敵対していない高位竜が、どのような存在になっているのか興味があったりする。
(というか、蛇竜の長って、あの9本首のジジイだよなあ。
代替わりしたって話は聞かないし、あの頑固爺が裏で人を守ってたとか、その実態見てみたいな。
変なことしてたら懲らしめればいいし、いいことしてたらほくほくさせてもらおう)
ちなみに。
竜神の生まれ変わりであるカキヤだが、前世の記憶については、イマイチあやふやだったりする。
知識としてはかなりの量があったりするが、自身や周りの者に対する「感情」は。
実は、ほとんど残っていなかった。
どのような竜がいて、特性や能力は何を持っているのか、等は覚えているのだが。
その竜が自分にとってどのような存在で、どんなやりとりをしていたか、等はほとんど覚えていない。
数少ない例外の一匹が、実は件の「蛇竜の長」であり、
前世では自分の右腕的な存在で、それなりに頼っていた、ような気がする。
(確かに、穏健派だった昔の俺と気が合ってたし、人を保護してたとしても不思議じゃないよなあ)
竜神という絶対王者に秘密にしていた、ということには少々首をかしげざるを得ないが、
だとしても、高位竜がヒトを蔑にせず、逆に守護しているという話は、この世界にとってとてもありがたい話なのではあるまいか。
高位竜などの上級の魔物が人類を守っているという話は、
物語や伝承などではよく聞くが、それらはあくまで御伽話の域を出ていない――というのが世間一般の考えである。
しかし、カキヤの目の前には、紛う方なき蛇竜のお姫様がいて。
その祖父が、実際に守護しているという話を聞いてしまったら。
それは、かなり信憑性があると言えるだろう。
「でもさ、リシトアーキ。俺みたいなのが、急にお祖父さんのところに行ってもいいのか?
そりゃあ一応縁のある者ではあるが、なんの連絡もなしにずかずかと入りこむのは迷惑じゃ……?」
「そんな! 気にしないでください! むしろ、祖父も喜ぶと思います!
カキヤさんの前――っとと、竜神様のことを、祖父はよく誇らしげに話していましたから。きっと、大好きだったのかと」
「……そ、そっか。でもまあ、俺の正体のことは伏せておいてくれると助かる。
一応、上級の魔物連中には秘密にしてるからな。できるだけ、例外は作りたくない」
「カキヤさんがそう仰るなら……」
渋々と頷くリシトアーキ。
彼女としては、祖父と“竜神様”の再会を願う気持ちもあるのだろう。
しかしそれ以上に、カキヤは「命の恩人」なので、あまり強くも出られない模様。
「それより、リシトアーキの家ってどこらへんにあるんだ?
この街はかなり大きいみたいだけど、あの山まではなさそうだし……山の中とか?」
「あ、それなんですけど、あの山のふもとに集落があってですね。
そこが私たち一族が生活する場所になってます。歩いて半日といったところです」
「そうか。じゃあ、今日はそろそろ日も暮れるし、この街で宿を取っていくか。
――おーい、ノユキ。とりあえず色々蔑にしたお詫びに、好きな串焼きをおごって……ってこら! 走り出すな!」
「あれとあれとそれはぜったいにたべるのー!」
カキヤの提案を受けて駆け出すノユキ。
それを慌てて追いかけるカキヤ。
そんな2人を、リシトアーキは微笑ましそうに見つめていた。
「いいなあ……ふふっ」
浮かべる微笑みは、とても優しげなもので。
ちょっぴり頬が赤くなっていたりして。
ばたり、と。
――それを見かけた通りすがりの男性が、そのまま地面に倒れこむように寝入ってしまった。
「あわわわ、いけない!? また気が緩んじゃったみたい……!
どうしたのかな……? なんか最近多いような……」
倒れて熟睡してしまった男性を介抱しながら。
リシトアーキは、最近うまく制御できていない自分の能力に、はてなと首を傾げるのであった。
(つづく)