***** 下ネタメガ注意 *****
2-1
馬車の中。
がたんごとんと、路面の凹凸が腰に響く。
客室内には4人の男女。
10人は座席に座れる中型の馬車なので、室内にはかなりの余裕がある。
次の街まであと半日はかかるので、それぞれが自分なりの時間潰しに勤しんでいた。
一人の女性は、揺れに身を任せながらすやすやと寝息を立てていた。
癖の強いセミショートが、窓からの陽光で鮮やか翠に輝いている。
年の頃は20に届くかどうかといったところか。
仕立ての良い襟付きシャツを着ているところからすると、旅行中の貴族学生の可能性が高い。
長旅の疲れからか、はたまた時間の潰し方が思いつかないからか、その眠りは深く、容易な刺激では起きそうにない。
一人の男性も同じく深い眠りに就いていた。
焦げ茶に近い、明るめの黒髪。
鍛えこまれているがっしりとした体格に、造りのしっかりしている旅人服。
武器こそ携帯していないが、見る者が見れば経験を積んだ冒険者だとよくわかる。
こちらは、純粋な疲労から熟睡に沈んでいる模様。
閉じた瞼の下には、明らかに憔悴したであろう疲労の跡が見て取れた。
座席に深く腰掛けて、腕を組んだまま微動だにしない。
こちらも、容易な刺激では絶対に起きそうになかった。
寝ているのはこの2人。
あとの2人は、それぞれの事情により、眠りに落ちることなくそれぞれの時間を過ごしていた。
そのうちの1人はというと。
ガン見していた。
(……うわ、わわわ……ひえぇ……!)
心の中で悲鳴を上げながら、頬を染め、口を半開きにして。
ちょっと信じられない光景を、呆然としながら見つめていた。
ぽっぽと顔を真っ赤にしているのは、中堅薬師の少女――ベラウである。
隣町の商会から商品鑑定の依頼があったので、こうして乗合馬車で移動中、なのだが。
まさか、このような場面に遭遇することになろうとは。
最後の1人。
こちらは、座席に座っていない。
広々とした客室の座席、その上に寝そべっていた。
まあ、これだけならまだいい。
どうせがら空きの室内なのだ。多少マナーが悪くても、困る者はいないので咎められることもない。
だが。
きらきら輝く白銀の長髪。
体つきはまだまだ幼く、年の頃は十代前半といったところか。
馬車に乗り込むときに見た顔は、将来を想うだけで陶酔しそうな、発展途上の美しさを顕していた。
そんな、人目を惹き付ける美少女が。
――熟睡している男の股間に、顔をうずめていた。
膝枕してもらっている、とかそんな生易しいものではない。
女の子は、明らかに男の中心部へ顔を向け、顔を思いっきり押しつけていた。
(うわ……! ぐりぐり顔を押しつけてる。……くんかくんか吸ってるよねアレ……!?)
何度か、止めようとした。
ベラウは良識ある一般人である。
年端もいかない少女が、いかがわしい行為に走ろうとしているのなら、止めに入るのが常だろう。
しかし、そのたびに、少女にもの凄い目で睨まれた。
「うるさい、だまれ」とまで言われた。
なんか命賭けてるっぽかった。
いったい何が、少女をあのような変態行為に駆り立てているのだろうか。
まさか男の股間が、ヒトを陶酔させる香しさを醸しているわけでもあるまいし。
(……というか、カキヤさんもどうして起きないんだろう……?)
男――カキヤの方は、ベラウもよく知っていた。
先日の一件は、記憶から消去するにはあまりに印象深すぎる。
魔物――しかも高位の竜族に襲われたときは、正直なところ死を覚悟していた。
それほどまでに絶望的な相手を――カキヤはあろうことか撃退してみせたのだ。
途中、全裸になったりもしていたが、命を救われたのだからベラウとしては文句を言える立場でもない。
機会があれば何らかの形で謝礼するつもりだった。
しかし、あの事件以後、カキヤは街の宿に引きこもり、表に出てくることはなかった。
ベラウとしても、引きこもっている相手の所まで押しかけるつもりはなかったので、冒険者協会に仲介を依頼して、そのまま待っていたのだが。
結局、カキヤは誰にも知られないように、こっそりと馬車で街を出ようとしていたのである。
(理由は……まあ、想像つくけど……)
カキヤは竜族の少女を全裸で撃退した。
確かに見た目はアレだったが、それでも命を救われたことに変わりはないので、ベラウも別に彼を蔑視したりはしなかった……つもりである。
ただ。
その後が不味かった。
少女に逸物を突き付けて泣かせた後、カキヤは全裸のまま、ベラウを抱きかかえ、走り去ったのだ。
そしてそのまま、街へと帰還した。
当然、服は置いたまま。
驚いたのは街の住民たちだ。
年頃の女の子を全裸で抱きかかえた青年。
変態扱いされたのは言うまでもない。
滅茶苦茶傷ついた風なカキヤがベラウを降ろし、別れようとしたところで。
とにかくお礼を言おうと呼び止めたベラウであったが。
振り返ったカキヤの股間が見事に屹立しているのを見て、つい退いてしまったのは仕方のないことかもしれない。
結果、誰にも報われることなく、街中から変態扱いされる青年が出来上がった。
(……まあ、もともと旅してたみたいだし、出て行くのには抵抗ないのかもしれないけど……。
…………でも、あれだけ凄いことをしていて、何もないってのは可哀相だよねえ……。
――うん、決めた! 次の街に着くまでには、絶対にお礼を言おう!)
少なくとも自分は、命を救われたのだから。
そう思い、カキヤの寝顔を見ながら決意するベラウだった。
ただ、問題があるとすれば――
「……? ぎろり」
カキヤの方を見るだけで、怖い顔して睨み付けてくる銀髪の女の子。
そう言えば、座席に座るときでさえ、カキヤの方に他の人が近寄らないよう、牽制していた気がする。
……あの少女の防壁を破り、カキヤにお礼を言う。
結構な難題のような気がしたベラウだった。
ノユキは不満だった。
頭の下には弾力のあるカキヤの太股。見上げれば眠りに落ちたカキヤの顔。
カキヤは疲れに疲れ切っていて、そう簡単に起きはしない。
というのも、滞在していた街でも露出狂だという噂が広まり、居たたまれなくなっていたからなのだが。
そのような些末事は、ノユキにとってはどうでもいい。
ハダカを厭う低俗な連中など、気にかけるだけ無駄なのだから。
それよりカキヤだ。
心優しいカキヤは、低俗な連中の精神攻撃により疲弊しており、自分が大胆なことをしても大丈夫なくらい熟睡している。
これは絶好のチャンス! のはずなのに。
『馬車の中で服を脱いだら、その場で降ろされて次の街には行けなくなるからな』
と、カキヤに厳しく言われていたので、渋々だが膝枕で妥協していた。
服越しでは竜神の気配が感じられず、せいぜいカキヤの体臭を嗅ぐのが精一杯だが、馬車を降ろされては敵わないので我慢するしかない。
だというのに。
ノユキ的には最大限譲歩している現在の行為ですら、咎めようとしてくる悪者がいたりするので、現実は残酷である。
しかも、あろうことか、その悪者はカキヤに色目を使いそうな雰囲気すらあるのだから侮れない。
ちらちらとカキヤの寝顔に視線を送っているし、一度は彼を起こそうとまでする始末。
接近してくるたびにとりあえず視線で威嚇しているが、何故か諦める気配がない。
自分に竜神の力があれば、今すぐ全裸になってけちょんけちょんにしてやるのに、と内心で憤慨するノユキだった。
悪者といえば、もうひとり。
カキヤと同じくすやすや眠っている翠髪の女も、ノユキ的には要注意かもしれなかった。
翠髪の女自身は特にこれといっておかしなことはしていないが。
カキヤの方が、妙に女を意識していたのが気に食わなかった。
馬車乗り場で少し驚いたような表情をしていた。
馬車の中でも、女が先に眠りに就くまで、それとなく注意を払っていた。
カキヤ的には隠していたつもりだったのかもしれないが、常にカキヤ第一のノユキから見ればバレバレだった。
……なんだか、もやもやした。
そりゃあ確かに、顔立ちは整っているし、シャツの胸元を押し上げる双丘も見事なものだ。
しかしノユキも美しさという意味では負けてはいないと思っている。
とある事情で育てられたことにより、外見は一級品を保ち続けるように教育されているので、そこらの“美少女”よりレベルが高いことも自覚している。
今でこそ、体格面では余所の馬の骨に負けてしまうこともあるが。
成長して大人の肢体になれば、誰よりもカキヤの隣に相応しい、全裸の美女になれるに違いない、はず。
(……いいもん。そのうちカキヤは、わたしのはだかでめろめろになるんだから。……かくごしてろ)
そのためにも。
充分な栄養と運動を欠かさず、己の美貌を磨き続けなければ。
というわけで、まずは精神面での栄養を補給すべく、カキヤの竜神様をくんくん嗅ぐ。
(……やっぱり、ふくのうえからだと、りゅーじんさまはおいかりにならないなあ)
やはり全裸にならなければ。
早く次の街に着き、宿へ入らなければ。
(はやく、つかないかなあ……)
次の街(の宿屋)へと期待を膨らませながら。
とりあえず、このまま次の街まで平穏無事にニオイを嗅ぎ続けていたいなあ、とノユキは思っていた。
――しかし、その願いは叶わなかった。
(つづく)