***** 下ネタ超注意 *****
1-1
まぶたの向こうに眩しさを感じ、少しずつ意識が覚醒していく。
聞こえてくるのは朝の音。小鳥の軽やかな鳴き声が、ゆっくりと頭の中に浸透してくる。
「……ん……」
目覚めが進んで行くにつれて、奇妙な感覚が生じてくる。
寒い。でも暖かい。
相反する二つの感覚。
寒いのは、おそらく外気によるもの。
このあたりは、夜になると急激に冷え込む気候なので、肌を出して眠るのは少々辛いところがある。
……はて。確か自分は、しっかり夜着を身に付けてから、就寝した気がするのだが。
寝苦しくて無意識に脱いだのだろうか。
否、そのようなことがないように、自分はいつも、念入りにボタンを留めるのが習慣になっているはず。
ならば何故――
――そういえば、肩や背中にはひんやり空気がまとわりついてるにもかかわらず。
前面――腕の内側は妙に暖かいというか、温かいというか、柔らかいというか、というかむしろこれは、
「……むにゃ、りゅーじんさま……」
「……ッ!?」
がばりと跳ね起きた。
ころりと脇に転がり落ちる気配。
寝ぼけ眼を無理矢理こじ開け、横を向く。
そこには。
「……ん? もう、あさ? …………うう、さぶさぶ」
一糸まとわぬ裸の女の子が、朝の冷気に身を震わせていた。
年の頃は10代前半といったところ。
あどけなさが多分に残りながらも、少しずつ肉付きが良くなってきている、そんな歳。
流れる銀髪は白い肢体に絡みつき、目を瞠らせる幻想性を演出していた。
眠気にとろけた瞳が、こちらにまっすぐ向けられている。
含まれているのは信頼と親愛。混じりっ気無しの純粋な瞳には、此方の意識が吸い込まれそうで、
いや、まて。
飲み込まれちゃダメだ。
俺ハダカ。
こいつもハダカ。
「って、こら! なにやってんだノユキ!?」
「……? カキヤ、どうしたの? あさからおーきなこえ、うるさいよ」
「いやいや、ハテナ顔するところじゃないから。というか怒られてるからお前」
「……?」
「だから首を傾げながらくっついてくるなってーの! ああもう、とにかく! ――服を着てくれ!」
ヒトは裸で生きるものに非ず。衣服こそがヒトをヒトたらしめている。
だというのに裸の少女はまったく悪びれもせず、
「カキヤも、はだかだし」
などとのたまった。
全裸で胸を張ったりしている。どう見ても痴女だ。けしからん。ではなくて。
「お前が脱がせたんだろうが! そして離れてくれっ!」
「やだー。……ぎゅー。ぬくぬく」
反省の色は全く見えず、あまつさえより強く体を押しつけてくる始末。
俺はロリコンじゃないが、朝にこういうのは、その、ちょっと、
「…………っ!」
「……カキヤのここは、いやがってないのに-。むしろこれは、さそって」
うん、もう無理。
とりあえず、雷を落とすことにした。
「『寝ている人の服を勝手に脱がしてはいけません』 はい復唱」
「……うー。ねているひとのふくを、かってにぬがしては、いけません。
つぎからは、ちゃんとおこしてからぬがすね――あいたっ」
「『異性に裸でくっついてはいけません』 はい復唱」
「……で、でも、かきやだけはだかなのはかわいそうだから――いたいいたいごめんなさい。
……むー。いせーにはだかでくっついては、いけません」
「よし。もうやるなよ?」
「はーい」
唇を尖らせながらも、ノユキは一応頷いた。
しかしその約束はすぐに忘れ去られるのだろうな、と俺――カキヤは半ば諦めていたりする。
こんな朝のやりとりは何度目か。
数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらい、何度も繰り返されてきた。
というか、自分がこの少女を引き取ってから、毎朝繰り返されている気もするが。
何度叱っても、ノユキは此方が寝ている隙に、服を脱がして抱きついてきている。
そうする理由は承知しているし、ある意味仕方のないことだということも悟ってはいるのだが。
だからといって、年端もいかぬ可憐な少女が夜な夜な男の寝床に全裸で忍び込み、
服を脱がせてそこへ抱きつくだなんて痴的行為を見逃すわけにはいかなかった。
主にノユキの将来を心配して。
「……このまま放置すればエリート痴女間違いなしだもんなあ」
はあ、と重い溜息が漏れてしまう。
「むー。わたし、ちじょじゃない。くっつけられるのは、カキヤだけだもん」
「やってることは立派な痴女だってーの。……おいこら。褒めてないから。胸を張るところじゃないから」
「そんなことより、カキヤ。おなかすいた。あさごはん、たべよ?」
「はいはい。相変わらず反省の色皆無ですねふざけんな。
……はぁ。んじゃあ下の食堂から飯もってくるから、ノユキはさっさと服を着るように」
「あ! だったらわたしがあさごはんもってくる!
だからかわりにカキヤははだかになるやくということで!」
「いい加減諦めろっ!」
とまあ。
こんな感じで、いつも俺を脱がそうとしてる小娘と、旅なんかやっていたりする。
「それじゃあ、協会に行って仕事探してくるから、留守番よろしくな?」
朝食を取り、一息ついたところでノユキにそう声をかける。
俺の収入源は、主に雑用。誰かが何かに困っていたら、それを解決して謝礼を得る。そんな仕事である。
個人同士の契約もあるにはあるが、各国に存在する“冒険者協会”に仲介されてのものがほとんどである。
冒険者協会は大陸内の主立った国の大きな都市には必ずといっていいほど存在している。
“協会”という名ではあるが、別に義務のようなものは存在せず、あくまで仲介や紹介しかしていない。
要は「定住できないお前らのために仕事や求人まとめといてやったよ。その代わり報酬少し分けろ」といったところである。
ただの紹介屋と違うところは、横の広がりが強いので、近場だけではなく、違う都市や国の仕事まで探せるところだろうか。
「つぎは、どんなしごと?」
「そうだなあ。昨日までのは大仕事だったから、今度は安くてもいいから楽そうなのを――」
「えっ。ねこのうわきちょーさが、おおしごと?」
「次は猫に餌をあげる仕事がいいなあ」
「カキヤは、なまけものだ。……わたしは、こうはならない」
あ、地味にぐさっときた。
「ま、まあ、俺がいない間は気をつけろよ?
怪しい人が来たとき、無闇に扉を開けないように」
「じゃあ、カキヤはふくをぬいでから、かえってくるんだね」
「……………………」
「あ、ごめんなさい。うそです。ふくをきててもおむかえしま――いたいいたいいたい」
「おや、カキヤさん。もう出てきて大丈夫なのかい?」
「ども。何か新しい仕事ってありますか?」
「……あんまり、無理するもんじゃないよ? まあ、あるにはあるが、あんな仕事の翌日なのに……」
「ちょっと美味い飯をたらふく食わせてやりたいので、稼げるときには稼がないと」
「…………そうかい。じゃあ、これなんかどうだい?
ちょっとした護衛。拘束2日で、実入りはかなりいいよ。今朝入った依頼だ」
「あ、じゃあそれお願いします」
「というわけで、猫のお守りをすることになった。
2日ほど空けるけど食事はしっかり取るように。下の食堂には頼んであるから」
「ほんとにらくなしごとをとってきた……!?
あ、ねえねえ、ねこさんのおもりだったらわたしもいっしょに……」
「駄目。いいから留守番してろ。ほら、この前買ってやった本でも読んでろ」
「……しょんぼり。……いいなあ、ねこさん。カキヤのおっきなねこじゃらしであそびたいなあ」
「よしやっぱり飯は無しにしようか」
「あ、ごめん。いまはちいさいんだよね」
「……ホントにお前の将来が心配なんだが……」
(つづく)