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No.1507の一覧
[0] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり[とどく=たくさん](2010/05/07 20:19)
[1] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     湯煙温泉編[とどく=たくさん](2009/10/24 13:51)
[2] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 1[とどく=たくさん](2010/04/20 19:30)
[3] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 2[とどく=たくさん](2010/04/21 19:58)
[4] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 3[とどく=たくさん](2010/05/07 20:33)
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[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 3
Name: とどく=たくさん◆20b68893 ID:c848d70a 前を表示する
Date: 2010/05/07 20:33




「おい、シャープス! 後始末は丁寧にやれっ!」

 ごろつきの中のごろつき、悪人の中の悪人として悪所街にその名を知られるレットーは荷馬車の御者台に腰を据えたまま、知謀担当の配下をぶっきらぼうに呼びつけた。

 彼の乗る荷馬車には、野菜や果物が山と積みこまれていた。さらに後ろには十数台の荷車が数珠繋ぎに並んでいるが、よくよく見ると積み荷の馬鈴薯がドロばかりでなく血のようなどす黒い何かで汚れていたりするから、これらがどのような方法で彼の持ち物となったかは想像に難しくない。

 傍らでは、手下に雇った六肢族が犯罪の痕跡を抹消する作業をしていた。
 六肢族は二対四本の腕を巧みに生かした槍技と、深く物事を考えない愚直な性向で知られている。小柄な体躯ながら臂力に優れており、彼らは自らをして蟻の子孫であると誇る。

 その男たちが車輪が壊れて動けなくなった荷馬車に群がると、崖へと向けて土を削りながらぐいぐいと押しまくり、オーク達は荷物を積み替えたり、行商人の死体から衣服や財布などを剥ぎ取るなどの作業をしている。

 これらを統率していたシャープスは、頭目のいらだちを隠さない呼び声に振り返ると言った。

「大丈夫です。こうやって谷底に放り込んでおけばバレっこありませんぜ」
「それでも気を配れと言ってる! 足がつかねえように、毛筋一本も残すんじゃねぇぞっ! 死体は谷に落とすよりどっかに穴掘って埋めろ。いいなっ!」

 ここしばらく堅気の商人を演じて農村地帯をまわっては品物を仕入れ、そしてそれをアルヌスで売るという忍耐の生活を続けていたがため鬱憤が溜まっているのかも知れない。いつも以上に細かい指図を受けたシャープスは閉口したように肩をすくめた。

「何がそう気に入らねえんですかい?」

 レットーは舌打ちするとぼやくように言った。

「ガストンの野郎、料理長様だかなんだか知らねぇが、出世したとたん手のひらを返したみたいに急によそよそしくなりやがった」

「ああ、あいつのことでしたか。奴が俺たちとの関わりを嫌がるようになったせいで、こんなせせこましいことから始めなきゃなんなくなったのは確かですが、予定が狂ったと言うほどのことではありませんぜ? 攻め手はいくらだってあります」

「そうかもしれねぇ。だが、あいつのことだけじゃねぇんだよ。前もっての心づもりがまるっきし無駄になっちまったじゃねぇか。そうなりゃあ実際にやれるこたぁそこらのチンピラ盗賊と同じで、力押しの雑(ざつ)仕事になっちまう。俺はそいつが気にいらねぇんだ」

「いやいやいや、無駄になんかなってませんって。ニキータを押し込んだんだって、向こうの内情を探らせるのに十分役立ちます。ガストンのことだって、詳しい話をする前だったから俺らのことを、仕事を大きくすることを焚きつけて儲けようとした腹黒な行商人程度にしか思ってないはずです。そして組合の幹部連中は仕事が増えて細かいことには目が行き渡らない。つけ込むなら今しかありませんって」

「だがよ……」
 レットーはそこまで言って自分の頭を指先でつついた。

「何かが盛大に囁きやがるんだ。危ないぞってな。慎重になったほうがいい」

「レットー、そいつは慎重じゃあねぇ。弱気って奴だ。一度でも弱気に駆られたら、俺たちの商売は張っていけねぇ。今からでも行商人にでも鞍替えした方がいいですぜ。俺らが言うのも何ですが、こんな手堅い商売なかなかありゃしませんからね。働いたら働いた分、実入りがあるなんて俺だって初めてだ。この味を知っちまったら誰だって手放したくなくなって弱気になってもおかしくはねぇ」

 実際、アルヌス生活者協同組合が自衛隊に生鮮食料品を納入するようになるとアルヌスに向かう行商人の数は飛躍的に増加していた。これまででもアルヌスに訪れる商人の数は少ないとは言い難かっただけにレットー達も驚いたほどだ。

 だが行商人を演じて見れば、これはさほど不思議な現象ではないことは理解できた。

 組合が食料品の買い付けを始めたことによって、往路までもが利益を生むようになったのである。組合に品物を納めた利益で商品を仕入れればよいから、多額の現金を用意する必要もなくなった。こうなれば確実に収入になると信じて仕入れをかけられる商売だけに、皆が一斉に靡くのも当然と言えば当然なのだ。

 シャープスが言うように、これまで演じて来た堅気の行商でも、慎ましく生活していくならばこれでもう充分とも言える。「働いたら、働いた分、報われる」というのはなかなかにないことなのだから。

 誤解してる人間が多いが「働いても、報われない」のは不幸でも何でもなく当たり前のことである。もちろんそれは理想ではある。だが、決して実現しないからこその理想であり、それはとても異常なことなのである。

 例えば農業。一生懸命田畑を耕し、タネを播いて水をやっても、なお作物が実るかどうかは判らない。天候が悪かったり突発的な虫の害があれば、一切合切がすべて無駄になってしまう。これは世の中の仕組みが悪いのではない。もともとの自然の摂理なのだ。

 だからヒトは出来る限りのことをした上で、豊作を神に祈願する。

 そして智慧の力で自然の仕組みをあばきたて、なんとか大自然から得られる割り前を安定して確保しようと努力する。それでも、期待する収穫を得続けることは出来ないのが現実である。さらに、自然への干渉のしわ寄せが、様々な形で姿を現すことになる。

 景気が悪くなり職を失った。いっそのこと農業でもしようかな、などと口にする者がいるが、そう言った者はきっと自分の運命を翻弄していたものが、「景気」だけでなく、これに「天候」「虫、獣害」が加わったことに嫌でも気づくことになるだろう。そちらの方が容易に機嫌を変え、はるかに厳しいのだから。

 物作りにしてもそうだ。一生懸命努力し、工夫し、困難を乗り越えて作った製品であっても世間から高く評価されるとは限らない。そうなれば全ては無駄になりはてる。
 商売もそう。良い品物を店頭に並べても、客が買ってくれるとは限らない。どれだけ良い品物であろうと欲しがる者がいなければ、不良在庫に陥って店をたたむしかなくなる。

 こうした損得の分水嶺を見越し、そしてその危険性を背負いながら品物を造り、商品を仕入れる。日々、腸腑がねじれ切れそうな重圧の中で賭けに勝った者だけが、その代価として豊かな生活を得る。それが現実なのである。

 行商人達はこの摂理を痛いほどよく知っていた。解っている。骨身に刻み込んでいる。遠路はるばる荷物を運んだのに持っていった先で商品が値崩れを起こしていて、泣く泣く大損を飲み下したという経験のない商人などないのだから。

 だからこそ、アルヌスへと向かう。
 農家から買い集めた菜根や馬鈴薯等を荷車に山ほど積みこみ、鮮度を落とさないようにできるだけ早くアルヌスへと持ちこむ。そして空となった荷台に、ニホンから来たという様々な品物を積みこんでは地方で売り歩くのだ。そして再び農家を巡ってからアルヌスへと向かう。この行商が利益を生む循環だ。

 だがレットー達はそんな生真面目な生活を負け犬根性、退屈と見なして軽蔑し、満足できない。だからこそ悪党などという生き方をしている。その心底には、働いても働いただけの見返りのない世界に対する拗ねた反駁があったかもしれない。世界は富に満ちているはずなのに、それが自分に回ってこないのはきっと誰かがズルをして横取りをしているからだという小児病的な幻想があったかもしれない。それでも、自ら選んで悪党になったという誇りがある。それをわずかばかりの実入りで真面目な生き方に靡いて、弱気になったなどと言われれば、誇りがいたく傷つくことになるのだ。

「舐めるんじゃねぇっ!」

 レットーは吠えるように怒鳴ると短剣の切っ先をシャープスの喉元に突きつけた。その驚くべき早さにシャープスは上体を仰け反らすことしかできなかったほどだ。

「さっきから黙って言わせておけば、随分と舐めたことほざくじゃねぇか。ヒト種風情がいい度胸だ。俺は、おめえがむつきもとれねぇような赤ん坊の時分からこの世界で幅を利かせてたんだぞ。お前ぇなんか使ってやってるのは、その小賢しいところが仕事の上で役に立つからだけだ。その小賢しさで俺様のことを心配なんぞしやがったら、ひねりつぶしてやるから覚えとけっ。わかったかっ!」

 その地鳴りするような声に肝を冷やしたシャープスは、額に汗をかきつつ二度三度と頷くしかなかった。

「わかればいいんだ。わかれば」
 そういうとレットーは短剣を鞘へと収めた。

「それでだ……これで全部だと思うか?」

 急に話を変えられてシャープスはしどろもどろになったが、どうにかレットーの問いに答えるだけの思考を保つことは出来た。
「い、いや、さすがに全部ってわけにはいかないでしょう。けれど、かなりの行商人を潰したはずですぜ」

「どうせやるなら慎重を期して、完璧にしたいところだぜ」

「いや。さすがにアルヌスに向かう行商人を全部つぶすってのは無理ですぜ、レットー」
「なんだ。無理か?」
 
レットーは「おまえがそういうなら、しかたねぇ。諦めるとしよう」あからさまに舌打ちしてみせた。要するにおまえの進言であきらめてやったんだと言外に念押ししているのだ。

「あんまり完璧にやりすぎて俺等だけが無事って言うのも、おかしな話ですからね。ほどほどが丁度良いんですよ。むこうで怪しまれないようにしませんと、話が進められなくなっちまう」

「なんだ。ずいぶんと弱気じゃねぇか」

「こいつは慎重って奴でさぁ」

「そうだな。それが慎重って奴だ。わかりゃぁいいんだよわかりゃあ。それにしても、堅気の真似は肩が凝るな。堅気生活なんざ頼まれたってやりたくはねぇぞ」
 肩をたたく姿も妙にわざとらしかった。堅気の生活に靡いていると言われたのがよっぽと気に障っているようである。

「その割には、行商人姿が堂に入ってますぜ」

「お前もな。商売替えをしても充分にやってけるんじゃねぇのか?」

「悪党ですからね」

「お前もか。俺もだ」

 二人とも必要とあらば堅気を演じるくらいのことは出来る。だからこその悪名ともいえた。

 堅気に生きるにしても悪党になるとしても、それなりに成功するにはそこそこの我慢と自己抑制が必要となる。そしてこの素養がないとどちらにもなれない半端者になり果てる。半端者のすることならば例えそれが悪事でも大したことにはならないが、逆に言えばこの素質の持ち主が悪党の側になるとやることも大きい。それは、いつ被害者になるかわからない善良に生きる人々にとっては間違いなく不幸なことなのだ。

 そうこうしている内に、荷物の積み替えを終え、犠牲者の埋葬が片づいた。

「よし、行くぞ」

 レットーは部下達の準備が整うのを確認すると出発を号令した。
 荷馬車の列は、なにかの追跡を恐れるように真っ直ぐアルヌスには向かわずに脇道にそれると鬱蒼とした森の中へと入った。

「よし。物を隠せ」
 レットー達は森の茂みに荷物と荷車のほとんどを隠すと、手下達にはこのあたりに居残って行商人達を襲ってまわるよう指示をした。

 自分達はと言うと、もともと自分達のものであった荷馬車5台ばかりを引き連れて森を抜け出すのである。そして半日ほど進むと異世界から来た軍隊が支配する地域に入る。

 このあたりになると、他の行商人の姿をちらほらと遠くに見かけるようになるが、もう盗賊仕事はできない。異世界から来たとか言う連中は、何かことがあるとすぐに駆けつけて来るからだ。

 目的地が同じなだけに、荷馬車に乗る行商人達はあえて近づこうとしなくてもだんだんと側に寄ってくる。そしたら「やぁ、景気はどうだね?」などと愛想良く手を挙たりして無害を装う。ついでに「どのあたりから来た?」と世間話のふりをして後日襲うための情報収集も忘れずに済ませておく。

 やがて荒野の真ん中にある小さな建物の前にさしかかると停止を命じられた。
 それは自衛隊の検問所であった。

 シャープスは、慌てて組合から出されている取引証明や数枚を紙を取り出して提示した。そこには何が書いてあるかはよく判らないが異世界から来たという連中は、これを見ると自分達を武装したままでも通過させてくれるのである。

 レットーとシャープスは、「武装は、剣と弓矢ですね」と、慣れない言葉を使って訥々と問いかけて来る兵士……自衛官に対して、努めて友好的に見えるよう頬を引き寄せて笑顔を作り「はい、そうです」と返事した。

 残念なことにその努力は、彼らという存在をかえって怪しい印象にしていたため検問所の自衛官は「ん?」と眉根を寄せた。だが自衛官は幾ばくか迷った末に、個人的な感覚から沸き上がる警声などより、既に何度か往来し普通に商いをしているという実績を優先する判断を下したようだ。

「はい。行って良いですよ」
「ありがとうございます。いつもいつもご苦労様です」

 そんな愛想の良い態度をとりながらも、レットーは検問所とその周囲をゆっくりと見渡した。

 目に見える範囲では、この検問所には二人ほどの兵士しかいないように見える。
 これならば制止を無視してつっきったり、脇道から抜けることもできそうに思える。だが、それを試みた者の全てが、途中で捕捉されてしまったことは既に知れ渡っていて、今では誰もが行儀良くして列を乱すこともない。

 実際、検問所の奥にある茂みには、全身に草や葉を纏ったヒト種が二人ほど隠れているのをレットーの鋭い嗅覚が見つけだしていた。その様子から、もっと連中がこの近辺を警戒しているであろうことは容易に予想できた。

 なかなかに厳重である。
 だが自分達のように手間暇をかけさえすれば、これを出し抜くこともできるのだ。

 相手の一枚上を行ったという満足感に浸ってレットーは笑みを浮かべた。「へへへ」と心の底から愉快な気分になって笑った。
 こうして木製の車輪が石ころや砂土を踏む、ガラガラザラザラという音を響かせながら、彼らはアルヌスの麓へと近づいたのである。










 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃっています。

 「商売繁盛編」      -3-










「デアビスの街に店舗と倉庫に使える建物を確保しました。中心街からは少し離れていますが、行商人が多く集まって来ることが予想されますから、敷地を広くとれる方がよいと考えました。倉庫も広めのものを借りることが出来そうです」

 事務所の机に置いた羊皮紙の地図と店舗の絵図面を指さしながら、トラウトはアルヌス生活者協同組合デアビス支店を開くのに必要な資金、設備、準備期間等についての計画を述べていく。

「主立った役職につける者については私の知人にふさわしい者がおります。声を掛けましたところ色好い返事がありましたので、身辺の整理がつきしだい来てくれるでしょう。皆それぞれに信用のおける者達ですよ。ただ、それだけだとどうしても働き手が不足してしまいます。貴重な商品を扱う仕事なだけに誰でも良いというわけにはいきません」

 レレイは肯いた。
「それについてフォルマル伯爵家に、働き手の紹介依頼を出すことにした」

「ふ~ん。いい感じねぇ」
 話が順調にまとまっていく様子が快いのかロゥリィも上機嫌そうに微笑んだ。
 レレイはいつものように無表情で図面を確認している。テュカは「これでここにやってくる行商人の数が減らすことが出来るわ」とホッとした表情を見せた。

「野宿の商人達が木の枝を勝手に伐ったり、水を汚したりするのがどうしても気に入らなかったの」

「それでしたら宿をお造りになればよかったでしょうに」

 商売に遠路はるばるやって来て、商談の前夜に野宿しなければならなかったトラウトは何度か恨みがましい気持になったことがある。自分一人ならまだしも妻も一緒なのだからせめて雨風野露がしのげる場所を提供しろと月に向かって吼えたものだ。なにしろ彼の妻は、嫌味を発する技術においては余人の追従を許さない域に達していて、それを聞きながらではいくら満天の星空を眺めていても、安らかな眠りが得られることはあり得なかったのだから。

 とは言え、こうして内情を理解できる立場になってみると、コダ村から逃れてきた難民達に宿を建てて経営しろと言うのも無理難題であったとわかってしまう。だから今は精々協力して組合の仕事を手伝い、ついでに組合の施設に泊めて貰える立場を得ることにしたのだ。それに支店の立ち上げと経営は、将来自分の店を持つための予行演習になるし、行商とは趣の異なる店舗経営の経験を得る良い機会でもある。人脈も広がる。良いことばかりだ。

「それと完全に行商人が来ないようにするならば、支店をログナンと帝都にも開くことをお勧めします。そうすれば、行商人は手近な支店へと向かってここまでは来ないでしょう」

 そうすればこのアルヌスは、日本から入ってきた品物を各地に発送し、各支店を統括する拠点としての役割を果たすだけでよくなるとトラウトは説明した。

「3箇所も必要ぉ?」
「そこまで仕事を大きくしたくはない。わたしたちだけでは捌ききれなくなった商売を肩代わりしてくれればよい」

 ロゥリィとレレイの言葉に、トラウトは呆れたように言った。

「欲のないことですね」

「急に大きくなったら手に負えない。人が増えすぎると目も行き届かなくなる」

「ですが、その為に高額な報酬で私を雇って下さったのでしょう? 細々としたことはお任せ下さい」

「別にぃ、そのためだけで支店をつくるわけじゃないわぁ」
 では、どんな理由? と問いたいげなトラウトの視線に、ロゥリィは肩を竦めた。

「あたしぃがここに行商人を寄りつかせたくないのはぁ、このアルヌスが戦場(いくさば)だってこともあるのよぉ」

 レレイもテュカも同意とばかりに肯いた。
 あまりにも平和なためについ忘れかけてしまうが、ここはいつ何時戦闘が再開されてもおかしくない場所なのだ。下手をすると、行商人達が巻き込これてしまう。それを恐れるのだとロゥリィは言った。

 だがトラウトはそんな心配は不要だと一笑する。

「聖下。戦士が戦場に倒れるのは本懐と聞きます。それは商人とておなじなのです。危険な道中をあえて進むのは利を求めてのこと。その結果命を落とすことになったとしても、それは商人として勇気をしめしたからにすぎません。案じて頂く必要はありません」

 それを聞いても、ロゥリィは心配そうに嘆息した。

「商人の魂はあたしの管轄外だからぁ冥福を約束できないわよぉ」

「皆それぞれに信じる神を抱いておりますので、ご心配には及びません。それに進んで危険な目にあいたいわけでもありませんから、それぞれに鼻を利かせて危ないことは避けるはずです。今、行商人達が寄って来るのは危険と利益とを秤に掛けて、価値があるからと踏んだからです。ご心配下さるのは光栄ですが、それも過ぎますと侮られていると思いたくなりますよ」

 戦士や兵士はどうしても商人という存在を一段低く見る傾向があるとトラウトは愚痴をこぼした。現実に、武器を突きつけられれば戦うこともなく逃げ回るだけだから、女子供、老人同様に庇護すべき対象として扱われる。もちろん、実際に庇護されるよりは襲われて全てを奪われることの方が多いのだが。

「聖下も戦神でらっしゃるが故に、我らを保護すべき存在と感じてらっしゃるのでしょう。ですが、我々も戦っているのです。ただ立ち向かうものが、槍や剣先ではないだけです」

 するとロゥリィはきょとんとした表情でトラウトを見つめた。まるで見直すかのように。そして軽く微笑むと彼の言を認めたことを肯いて示し「誇り高いのねぇ」と告げた。

「ご理解いただけて感謝します」

 トラウトは恭しく頭を下げると、本題であるところの自分の計画についての説明を続けようとした。この計画にはたくさんの商人が参画する。国王と取り引きする巨大商会が扱うような金額が動いて、なおかつ成功の見込みも極めて高い。一介の行商人に過ぎなかった彼の言葉にも自ずと気迫と力が籠もった。

「それで私の支店で扱う品物なんですが、品揃えについては……」

 だが突然の戸の叩く音に話の腰が折られてしまい、彼の意気込みは嘆息にとって変わられた。

「だれ?」とレレイ。

「ガストンです」

 料理長であった。ガストンは「話の邪魔をして申し訳ありません」と言いながらも部屋に入ってくるとレレイ達を前にして報告した。

「実は、(丘の)上に納める野菜が、まだ揃わないんですが……」

「え?」

 行商人は次から次ぎへと来る。だから品物の入荷が途切れたことはなかった。それだけに荷が足りないと言う事態が起こるなど考えられなかったのである。

 とは言え料理長がわざわざ冗談を言いに来ることも考えられないわけで、事実を確かめるべくレレイ達はトラウトらと共に、慌てて倉庫に向かった。そして現実を目にすることとなる。

 なるほど、見ればいつもは行列が出来ているはずの荷馬車が今日に限っては少ない。そのために倉庫に納められる野菜類も、必要量に達していなかった。

 テュカは倉庫を見渡した。
「全く入って来てないという訳ではないのね。でも、どうしたのかしら?」

 居合わせた行商人達に何か問題があったのかと尋ねてみる。だが、よくわからないと言う答えであった。ここに来るまでの道が塞がっているということもなく、自分達は問題なくここに来ることが出来たと言うのである。

「何か理由が考えられる?」
 テュカの問いにトラウトは腕を組んで眉根を寄せた。

「う~む。行商人達は別に綱で繋がれているわけではないのですから、好きなところへと行くことが出来ます。ですから皆が他の街に向かったのが重なったという可能性は確かにありましょう。ですがこのアルヌスは、行商人にとってはもっとも利益のあがる通商路です。その旨味を知っていて、なお他の道を行く変わり者がいてもおかしくはありませんが、皆が一斉にと言うのはとても考えにくいですね。街道が軍隊や、崖崩れなどでふさがれているのでなければ、別の何かかも知れません」

「別の何かとは?」

「例えば、行商人達が値を釣り上げるために、皆で語らって一斉に荷を運ぶのをやめた。あるいは、野菜の価格が高騰した。または、盗賊などの跳梁でしょうか?」

「荷の値を釣り上げるために皆が徒党を組むなんてことあり得るの?」

「ないとは言えません。けれどそれは結束力の強い団体でもなければ難しいことです。いずれにせよ、調べてみる必要があるでしょう。とは言え当面の問題は、原因などよりも納期の迫っている品物を早急に揃える必要があると言うことです」

 トラウトはそういって経営上の危機に陥っていることを指摘した。

 しかし、そうは言っても、近くの村や街へと往復するだけで1日以上かかる。売買交渉に手間取ればさらに時間を必要とするだろう。それに、実際に品物を仕入れようとしても、それをするだけの人手が現在の組合には存在していない。

 品物を自分達で買い集めるのではなく、行商人が持ってきた物を買うというやりかたの脆弱性が、暴露されてしまった瞬間であった。

「今日明日は在庫があるからなんとかなる。でも、この状態が明日以降も続くようならば、契約を果たせなくなってしまう」

 皆の間に重々しい空気が流れた。

「レレーナさん。どうでしょう、事情を説明して取引先に待って頂いては。その間に品物を掻き集めるのです」

 トラウトの言うとおりであった。それしか他に手だてはない。

 レレイとテュカはその足で丘を登ると柳田に面会を求めて、納品期限の猶予を頼むことにした。余計な仕事を増やすことになるだけに、了解してくれるとしてもきつい嫌味のひとつか二つ言われると覚悟してである。ところがどうしたことか、意外にもすんなりと肯いてもらえて拍子抜けである。

「このぐらいのことは織り込み済みだ。何しろここは戦地だ。物流が滞りなく行くなんて思ってないって。平和な日本だって電車がとまったり、事故が起こったりなんかしょっちゅうなんだ」

 物わかりの良い言葉に、レレイもテュカも安堵のため息をついてしまった。

 とは言え心配事がひとつ片づくと柳田にしては珍しいその温厚な態度が妙に気になる。この事態が彼にとって都合がよいのか、それとも何か良い出来事でもあって機嫌がよいのかと邪推したぐらいだ。

 だが話を聴いてみれば戦闘状態というものに対する考え方の違いが大きかったようである。

 日本を含めた門の向こうの世界では、戦争は産業基盤、道路、橋と言った施設を破壊することが多く、その状況下では注文した品物が指定した期日どころか、無事に到着するかどうかも怪しいと言うのだ。従って物資の調達に不都合が起きたとしてもおかしくなく、現地での物品調達では計画に余裕をもたせてあると言うことである。

 柳田の説明が進むに連れてレレイとテュカの二人に漂っていた重苦しい空気は取り払われていった。だが柳田が引き続き説明していくにつれて何とも言い難い不快感を味わうこととなった。

「中東の連中なんて期日は守らないわ、品物は揃わないなんて当たり前だったかんな。この特地でも似たようなもんだろ。しかも女子供に任せた仕事だから、あんましアテにしてないんだ。だから納期がたまに遅れるぐらいのことは堅苦しく考えなくていい。仕事を頼んだのだってぶちゃけた話、現地調達で経費の削減努力をしてますってポーズを政治屋に見せるためだったんでな」

 それは優しげな声色で語られたものであったが、何かこう高みから見下ろすような視線を感じさせる言葉でもあった。どうにももの凄く軽く扱われている気分である。貨幣の交換比率の不公平を是正するとか何とか言っていたくせに、そのあたりの理由はどこにいってしまったのだろう。

 それでも言い返すことが出来ないのが、実際に約束を果たせていない立場のレレイ達である。

 さらに柳田の言葉は続いた。

「そうは言ってもだ、これがまた遅れるなんてことになると、お前さん達ひとり1人の信用に関わるぞ。なんとか努力はしろよ。問題点はわかってるんだろう?」

 もちろん、レレイもテュカも自分達の弱点を克服する方法はわかっている。

 当面は、買い取り価格を釣り上げて行商人達を走らせるしかないが、今後の仕入れは行商人任せにするのではなく、自分達で……さすがに農村地帯を自分達が買い歩く時間はないから従業員を雇うことになるが、そうやつて品物を確保することが必要となるのだ。

 ただしそれだと、安全面での問題が気にかかる。

 自衛隊の支配域にある、このアルヌスとその周囲は大丈夫だ。だが、その外側の帝国支配域ではどうだろう。軍事力の喪失。治安維持能力の低下で、少し前のイタリカのように盗賊を生業とする者が出没していてもおかしくない。帝国軍もどう出てくるかわからない。そんな場所に従業員を送り出す以上は、不測の事態に備えて護衛ぐらいつけなければならない。

 トラウトはああ言ったが、それは心意気の問題であって雇う側が無策のままで良いと言うことでは決してないのだから。

 だが、護衛や従業員を雇うと言うことは給料を払うと言うことである。
 つまり毎月決まった日に、皆にお金を配ると言うことである。

 すでに料理長を始めとして仕事を手伝ってくれている皆に対しては既にやっていることであるが、その規模が増えれば増えただけのお金を安定して確保できる仕組みをつくらないといけない。その為には今よりももっと仕事を大きくする必要があった。そしてそれこそが、レレイが躊躇いを感じることであった。

 従業員を雇い入れればその生活を支える責任が生じる。その責任を果たすために、利益をとことん追求する。それはもう、コダ村からの避難してきた自分達が生活していくための商売とは、次元の違う話となってしまうからである。

 だが、ここまで来たらもう遅い。引き返すならもっと前であるべきだった。

「少し調子にのりすぎてたかも知れないわね」

 テュカの言葉に、確かに自重が足りなかったかもしれないとレレイは思った。





    *     *





 アルヌスに入ったレットーは後の仕事をエッドに任せると、シャープスと共に食堂へと向かった。

 そこには大工達や行商人達ががつがつと飯を喰らいつつ、日本から輸入された酒をチビチビと呑んでいるという活気にみちた混雑があった。

 かつてはこの食堂は組合の身内しか利用できなかった。

 だが、料理長の提案によって大工達に酒を出すようになったのをきっかけに一般開放され、作業員ばかりでなくここを訪れる行商人達も利用するようになっている。出される酒は少しばかり値段が張ったが、料理が美味いので大いに繁盛していた。

 堅気の商人を演じるならず者達は、空いている席を確保するとどっかりと腰を下ろし長年の習慣からかまず周囲を見渡した。自分達の安全を脅かすような者がいないか、逃げ出すとしたらどちらへ走るべきかの確認である。彼らの安全を脅かすのは捕吏や賞金稼ぎばかりでなく、粗暴にしてもトチ狂ったレベルに達している者とか、競合する同業他社などが含まれる。

 そして、とりあえず大丈夫とみなして初めて注文の声を上げるのだ。

 間髪置かず「あ、は~い」という甲高い返事が響く。

 それは店や町を覆う陽性の活気に影響を受けた明るい活き活きとした成分を含んでいる。退廃と猜疑の渦巻く悪所街では絶対聞くことができないような性質のものだ。その声の主である猫耳ウェイトレスは、レットーの顔を見ると凍り付いたように動きを止めた。

「あ、レットー、来たんだ……」

 緊張を孕んだ声に、男二人はニヤリと嗤った。

「よお、ニキータ。元気で働いているようだな。父さん嬉しいぞ」

「あ、う、うん……それより何にする?」
 見ての通り忙しいので早く注文して欲しい。

 ニキータは余計なことは言うまい、聞くまい、尋ねられまいとするかのごとく、注文だけを手早く取ると、忙しさを言い訳に逃げるように厨房へと走った。

 もちろん、そんなニキータの心底はレットー達にとってはお見通しである。

 いろいろと後ろめたい素性を隠しながらも堅気の店で働き、ささやかな幸せをつかみかけた途端に、過去を知る男にでくわした。そんな顔をしていたからだ。

「あいつ、自分を堅気だと勘違いしてやがったな」

 組合事務所から支払い受けとってきたエッドが、ニキータの背中から尻のあたりに視線を走らせながら腰を下ろした。

 テーブルの上には銀貨の詰まった袋が置かれた。シャープスはふんと鼻を鳴らして、手にとって重さを感覚で計る。

「いつもより多いな。さすがに品物が入ってこなければ値を釣り上げざるを得ないってことでしょう」

「そんなもん、はした金だ」

 レットーはその程度の額には興味がないと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 大金を稼いだように思えるが、この程度の儲けでは商品の買い付けやら手下連中への給金、旅程中の食糧費等をさっ引けば、半分くらいしか残らないからだ。その程度の利益では一日、二日豪遊したら終わってしまう。彼らの考える稼ぎとは、もっともっと大きなものなのである。そう一ケ月、二ケ月豪遊したとしても使い切れない程の。

 そんな不満足な気分だからだろう、周囲で食事をしている商人達を見渡すと口をついて出てくるのは愚痴ばかりである。

「もう少し閑散としているかと思ったんだがな。意外と集まってるじゃねぇか。もっとこの近くで仕事をしたほうが良いか?」

「いや。流石に不味いでしょう。丘の上にいる『あの』連中は、空から監視しているそうですからね。あっと言う間に見つかって追われちまいますぜ」

「はぁ……結局今やってることを地道に続けるしかないってことか」

「そのあたりは我慢しやしょう。それでエッド、組合の連中どんな様子だった?」

「流石に動揺を隠せない様子だったぜ。話ついでに倉庫を覗いて来たけど、いつもなら一杯になっている野菜もほんどなかったし。だからしゃかりきになって品物を集めようとしたぜ。破格の値段を約束して行商人連中に片っ端から声を掛けてる。俺も3日以内に品物を集めてくればこれまでの3倍は出すって言われたぜ」

「と言うことです、レットー」

「つまりは連中の尻に火がついたってことだ。ここでもう一押しすれば面白いことになるだろうさ。よし、ニキータを呼べ」

 聞き耳を立てられたとしても咎められない程度のぎりぎりの内容にとどめた会話をしつつ、男達はほくそ笑むのだった。



 一方、レレイ達は仕入れの全てを行商人に頼り切るのではなく、組合からも人手を出して商品の買い付けをすることにした。提案者はデアビス支店の責任者に内定しているトラウトであり、レレイ達は協議の末に彼の提案を受け容れた。

「これが私にとって、行商の仕納めになるでしょう。これまではここに座ることが私の日常ででしたが、これが終いと思って座るとなんだか感慨深い物がありますね」

 トラウトはそう言うと愛用の荷車を引き出し来ると御者席に座った。彼は自ら買い付けに行く言って志願していたのである。

 その隣には彼の妻が当然のように座っている。

「ミューティを護衛につけるわぁ」

 ロゥリィの言葉で、馬を牽いてきたミューティが一歩前に出る。急いで支度したのだろう、肩で息をしていた。その武装した姿は元傭兵だけあってなかなか様になったものだ。

 ところが妙齢の女性を護衛につけると言われたトラウトは、何か都合の悪いことでもあるかのように、微妙な顔つきとなった。

「折角のお申し出ですが、結構ですよ」

「雇い主の言うことにはぁ従っておきなさいぃ」

「ですがその、あの……私にもいろいろと都合がありまして」

 ちらちらと隣にいる細君の顔色を伺う様子は、この夫婦の力関係を微妙に表しているようである。男は声を低く下げて言った。

「実は私の妻は、女性と道連れになるのをものすごく嫌がりまして……」

「それは綺麗な女が傍らにいるとぉ、誰かが脇見してしまうからではないのぉ?」

「そ、そんなことはありません」

 彼の妻は、声を張り上げて否定する夫を無言のまま見つめた。
 それはただの無言ではなく、ある種の圧力というか重圧を被害者に感じさせる迫力に満ちた無言であった。

 本当か? その言葉は本当か? としきりに問いかけているかのようであった。

「そこまではっきり言うなら大丈夫よねぇ」

 ロゥリィは身を乗り出すと、いたずらっぽい笑みで彼の妻へと話しかける。

「…………」

 トラウトの妻はチラと視線をミューティの肢体に走らせると、再び無言のまま夫の背中を見つめなおす。なんで女が、何で女が、なんで女がという無言の愚痴が、トラウトのみならず皆の耳にも聞こえてきそうな程である。

 すると包みを抱えたニキータが食堂からやって来ると、トラウトに「はい。食事です」と食料を差し出しながら問いかけた。

「どちらの方角に行くんですか?」

 何気ない問いであったために、心理的にいっぱいいっぱいだったトラウトも何気なく答えた。

「折角ですから、イタリカ方面に向かってみますよ」

「気をつけてくださいね」

「はい」

「本当に、気をつけてくださいね」

 ニキータのその言葉にはなんとも言えない思いのこもった響きがあった。
 これがまたトラウトの細君にどのように受け取られたかは、言うまでもないことであって、隣からの無言の圧力が耐え難いまでに高まったトラウトは逃げるようにして手綱を降るのだった。

「え、ええ。じゃ、じゃぁ言ってきます」

 それはこの場を立ち去ることで、自分が陥っている危険な状況をやり過ごすことができると硬く信じているかのような慌ただしさであった。

 あっという間に遠ざかっていく。

「帰って来たら支店の話をしますからねっ!」

 振り返って必死に叫ぶ姿には、レレイやテュカもかけるべき見送りの言葉を発し損なってしまったほどである。

「ちょっと虐めすぎじゃないですか?」
 そんな事を言いながらミューティは馬に跨った。

「いいのよぉ。もう二人きりの生活ではないのだから馴れて貰わないとねぇ」

「ウチ、なんだか悪いことしてるみたいな気分です。完全におじゃま虫ですよね」

 するとロゥリィは心配そうにミューティの膝に手を当てた。

「くれぐれも言っておくけどぉ、寝取っちゃだめよぉ。それともあたしぃがついて行くべきかしらぁ……」

「聖下が、赴かれるほどの仕事じゃないですよ、任せて置いてください。ウチがいくら惚れっぽくても、妻帯者にまで手を出したりしないですよお」

「じゃあ、任せたわよぉ」

 ミューティは馬の首を翻させると鞭を当てる。

「行ってきますっ!」
 そしてこう言い残すと先行したトラウト達を追うのだった。



    *    *



 伊丹指揮する第三偵察隊は、今日もアルヌスを離れ、近隣の住民との接触や周辺情勢把握のための偵察任務にいそしんでいる。

 とは言え、帝国皇女ピニャ殿下の協力を得て帝国との交渉にとりかかろうとしている今の段階では、自衛隊側から帝国の支配領域奥深くに分け入って進む必要性も少なくなって、彼ら第三偵察隊に与えられる任務はフォルマル伯爵家との連絡業務が主たる物となりつつあった。もちろん、地元住民との交流にはじまる情勢把握が軽んじられているわけではないが、コダ村からの避難民がアルヌスで生活を始めると、それにともなう形で特地の情報がどんどん入って来るようになったから、その必要性が相対的に低下したのである。

 ならばこれで伊丹達の……いや、彼の仕事が楽になったかと言うとそうでもなく、今もイタリカからの帰り道に高機動車は後方に軽装甲機動車と73式小型トラックを置き去りにする形で悪路を爆走していた。

 土煙を上げ、道なき道を突き進むその様子は何かに追われているか、はたまた困難にあった人を救わんとして現場に駆けつける緊急車両のごときであった。

 凸凹の激しい悪路を高機動車はものともせずに走り抜けていく。

 車体は弾むようにして大きく跳ねた。そしてその度に後席からは、女性の悲鳴にも似た叫び声が響く。

 助手席の伊丹は何度も振り返ろうとした。

 だが席から投げ出されないようにつかまっているだけでも精一杯であった。せめて言葉だけでもかけようとするのだが、車体が上下に激しくゆすれるために口を開くと舌を噛みかねない。ために歯を喰いしばって衝撃に耐えることしか出来なかったのだ。

 運転する倉田は額に冷たい汗を流しながら必死になってステアリングを操り、床を踏み抜くほどにアクセルを踏みこんでいる。

 伊丹はその様子を横目で見ると歯の根をあわせたまま、唸るようにして叫んだ。

「く、くらた。倉田! もっとゆっくり……」

 だがそんな伊丹の声を背後からの悲鳴が覆い隠してしまう。そればかりか倉田をせかすように叫ぶのだ。

「きゃぁぁ! 凄いっ、凄いっ! もっと速くっ!」

「任せておいてくださいパナッシュさん。行きますよっ!」

「違う。わたくしの名はパナシュだっ!」

「た、頼むよぉ。もっとゆっくりって言ってるじゃないかぁ!!」

 どうやら呻りをあげるエンジン音にかき消されて、倉田の耳には伊丹の懇願は耳に入らないようであった。

 そう。今は、連絡業務のついでという形でフォルマル伯爵家から託された荷物……例えばピニャ・コ・ラーダ皇女殿下からアルヌスに派遣された語学研修生とか、そのお着きのメイドさん達に届ける手紙とか、同じく彼女たちの私物といった物をアルヌスに運んでいる真っ最中なのである。

 特に今回は、語学研修生のお嬢様そのものが連絡員として乗り込んで来ている。その名もカルギー男爵の一人娘、パナシュ。彼女はピニャ率いる騎士団・白薔薇隊の隊長であり、その美貌と凛々しさから騎士団内では男女を問わない人気を集める憧れの君でもある。

 その彼女も、最初はとてもおとなしくしていた。

 おとなしいといっても、それは物静かで落ち着いていると評するべきのものであり、男装の麗人と呼ぶにふさわしい端正な物腰に付随する物であった。

 なのにそれが桑原に「こちらに腰掛けてください」と案内され高機動車に乗り込んだ途端、物怖じして小さくなっていると表現するしかないぐらいに縮こまってしまったのである。

「どうしたんです?」

 フォルマル家のメイドの一人ペルシアに「また来ますからね」と再会の約束を済ませ、運転席に座ろうとした倉田三等陸曹は、パナシュの姿に気づくと初めての乗り物に緊張しているのかなと思って声をかけることにした。ペルシア達の冷ややかな視線が妙に気になったが、妙齢の女性がおびえたような姿を見せていれば、それが誰であれ声をかけないわけにはいかないだろう。これはもう男の本能、いや義務なのだから。

「いや、その、実は……」

 訥々と事情の説明を始めるパナシュの姿はまるで何かにおびえた少女のようであった。いや、事実として怯えていた訳なのだが、いったい何に怯えていたかは程なく判明する。

「前に、イタミ様にその、あの、非道いことをしてしまって。まだ何もお詫びも……」

 パナシュは伊丹を捕虜にした上に、帝国の習慣に従って虐待した責任者の片割れでもあった。

 自分のしたことがどれほど状況を悪くさせる行為であったかは、激怒したピニャにボーゼスが額に怪我を負わされてしまうという出来事があったことから理解できる。さらに事態の解決のためにボーゼスや自分に下された命令も、死んでこいと言われたに等しいほどの、非常に重たいものであった。

 その問題も、今では伊丹が寛恕したという形で一応の解決を見たこととなっている。だがそれによってピニャには返すあてのない負債が残ってしまった。その原因を作った一人としては、伊丹の姿を見て恐縮するなと言う方が無理と言えるのだ。

 しかも、ピニャから下された命令は実のところ解除されていない。ピニャとボーゼスの日本行きとか、その前後のドタバタであやふやとなってしまったが、ボーゼスとパナシュの二人に下された「身を挺して伊丹を籠絡せよ」というピニャの厳命は生真面目なパナシュの中では未だに生きていたのだ。

 だから「籠絡しなきゃ」と考える。だが年下の女性相手ならまだしも、対男性の経験は不足……と言うより全くなかったことから、どんなことをきっかけにして言い寄るべきか手管がわからずに悩んでしまい、さらにそれに伴う複雑な心情とか義務感とか、罪悪感とかが綯い交ぜになってますます身動きつかなくなってしまったのである。そしてパナシュのそんな様子が、倉田からは何かにおびえているように見えたと言うわけである。

 もちろんそんな胸中の全てを、目の前にいる伊丹に聞かれるわけにもいかないから、倉田の問いに対しては、伊丹に対する申し訳なさから縮こまっていると説明するしかない。つまりは伊丹のせいとなってしまう。

「隊長。だめですよ、こんな美人を怯えさせちゃ」

 助手席に座って「俺たち、宅配便じゃねえんだけどなぁ」と託された荷物の目録とにらめっこしていた伊丹は、倉田の言葉に初めて顔を上げた。

「え、何? 俺がどうしたって?」

「だから、パナシュさんを怖がらせていることですよ」

「俺、別に何もしてないよ」

「いいや、怖がらせてますね。でなきゃ、こんなに怯えるはずないでしょう」

「えっ。でも、俺、ホント知らないよ!」

 そんな言い訳をしながら伊丹はよっこらせと振り返った。するとパナシュは彼の視線を恐れるようにビクッと首をすくめたのである。それを見て倉田は勝ち誇ったようにホラと指摘した。

「隊長」

 倉田三等陸曹は、伊丹二等陸尉の肩をポンとたたくと言った。

「反省してください」

「反省も何も、俺なにもしてないもん」
「いいから、パナシュさんに謝ってあげてください。でないと俺は隊長が女性をいぢめたって報告しないといけなくなりますよ。主にロリっ娘とか、魔法少女とか、エルフっ娘とかに……」

 それは怖い。

 こうまで言われると、自分に非がなくてもつい謝っちゃうのが日本人の悪い癖である。察しと思いやりの精神と和を尊ぶという美徳が、事態を解決し相手の心を満たすために自らをして一歩退かせてしまうのだ。

「どうも済みませんねぇ。なんか怖がらせちゃったみたいで」

 頭をパリポリ掻きながらぺこりと頭を下げる伊丹。もちろんパナシュにはそんな日本人の美徳はよくわからない。自分が謝るべきところなのに、伊丹の方が謝ってくるという理解の出来ない状況に、ますます申し訳ない気分となってさらに恐縮してしまったのだった。

「わ、わたくしの方こそ申し訳ないと……」

「いや。それはもう済んだ話でして」

「でもそれではあまりにも申し訳なく」

「いやいやいや」

 こうして数十分間にわたって伊丹が謝り、パナシュが小さくなり、それを見てさらに伊丹が謝るという連関が続くこととなった。しかも、お互いにこんな調子なのでいつまでたっても終わらない。

 端から見ていてさすがに焦れたのだろう。桑原が「隊長。そろそろ行きませんか?」と割り込んでくれた。

 おかげで「お、おう。そうだな速く出発しないと」と、どうにかこの状況を解消することは出来た。そう解消である。解決ではない。故に車内には、パナシュの発するウジウジとした空気が漂いつづけることとなったのである。

 ところがである。

 高機動車が動き出し、速度が乗ってくるとパナシュの様子が変わった。

 重苦しい空気が払拭されて、まるで小さな子供がはしゃぐように身を乗り出したのだ。

 表情も、ぱあっと輝いて実に良い。美人の笑顔というのは何というか、男の気分を晴れやかにしてくれる効果がある。

 この娘は速い乗り物が好きなんだ。

 そう解釈した伊丹は、パナシュが喜ぶならと普段なら絶対にしないような命令を下した。

「よし、倉田。許可する。パナシュさんに高機動車の性能を体験させてあげなさい」

 こうして伊丹らの乗った高機動車は、砂煙をたなびかせて荒野を疾駆し始めたのである。

 あんまり速度を上げたら怖がっちゃうかなと思ったが、日頃から馬で野山を駈けめぐるパナシュにとって、この程度の揺れはさしたる苦痛ともならないようで、キャアキャア騒ぎつつも後部座席から、もっともっとと囃し立て運転している倉田を妙に張り切らせてしまこととなったのだ。

 程なくして、伊丹は自らの判断に修正を迫られることとなる。

 この娘は速い乗り物が好きなんてレベルじゃない。スピード狂だ!

「んじゃ今度のカーブでドリフト走行。いきますよっ!」

 滑ってる! おい、倉田。滑ってるって!

「うわっ、凄い凄い。これって横にも走るんだっ!」

 走らない。断じて走らない。車は普通横向きには走らないものなのだ。

 伊丹はそう怒鳴りたかった。

 だが迂闊に口を開くと舌を噛みそうになるので押し黙ったままだった。

 倉田とパナシュの二人が平気でしゃべりまくれるのが大いなる不思議である。
 ちなみに後席の桑原は、倉田がアクセルを踏み込んでからずっと無言である。おやっさんもそれなりの年齢なので、ちゃんと生きているかが気になる伊丹であった。

 ところがである。突然、後部座席から前に身を乗り出したパナシュが、伊丹の顔をのぞき込むと叫んだ。

「イタミさまっ。あれを!」

「危ないですよ。席に座ってください」

 激しい揺れにさらされる中で、伊丹はパナシュに座るように叫んだ。だが、パナシュは進行方向左側の方に指さすと繰り返して言う。

「あそこに何かがっ!」

 言われるままに目を向けても平原が広がるばかりで何も見えない。

「何か見えますか?」

 パナシュは今度は倉田に速度を下げて、車の進行方向を指さす方に向けるように促している。倉田は首を傾げながらもブレーキを踏むと、車の速度を少しずつ巡行速度まで下げていった。

「あれは……」

 伊丹や倉田には何も見えなかったが、パナシュには何かが見えているらしい。

 アフリカとかモンゴルとかには視力が5とか、6とか、下手すると8.0まで行く人がいると言う。もしかするとパナシュもその類の人かもしれない。

 しばらく進むとようやく伊丹達にも何かが見えてきた。

 だがそれは、馬が一頭、ゆっくりとこちらに向けて進んで来るようにしか見えなかった。

 それでもパナシュは言う。

「誰か乗ってます。しかも手傷を負っているっ!」

 やがて伊丹達の前に現れたのは、背中に矢を受けて気を失いつつも馬の背にどうにかしがみついているミューティだったのである。






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どうも全4話では終わりそうもないですね。
まぁ、終わるまで書けば良いだけだから、それはそれでいいか。





それと報告があります。











炎龍編出版決定。
スケジュールは調整中とのことで、私にもまだわからないです。









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