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No.1507の一覧
[0] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり[とどく=たくさん](2010/05/07 20:19)
[1] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     湯煙温泉編[とどく=たくさん](2009/10/24 13:51)
[2] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 1[とどく=たくさん](2010/04/20 19:30)
[3] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 2[とどく=たくさん](2010/04/21 19:58)
[4] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 3[とどく=たくさん](2010/05/07 20:33)
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[1507] 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃってます。     商売繁盛編 1
Name: とどく=たくさん◆20b68893 ID:5eba37fb 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/04/20 19:30




 帝都悪所街 某酒房。

 薄汚れた酒場で、ならず者達が今にも壊れそうなほどに古ぼけたテーブルを囲んでいた。
 とは言っても、この店、いや少なくともこの街でならず者でない者などいない。何しろここは生き馬の目を抜く無法者の街なのだから。

 雑多な人種、獣人が混在して住み、数歩進めばスリが懐に手を突っ込んで来て、金目の物を持っていると見られれば、後からゾロゾロとおっかない連中が着いて来る。暗い路地に入ったら間違いなく強盗から声を掛けられるだろう。

 そんな場所であるが故に、屯(たむろ)するのも剣呑な風体の男達、殺気と狂気を混じらせた抜き身の刀剣のような風貌をしたヒト種、あるいはワーウルフなどの獣人、六肢族、オーク、ゴブリンなどである。

 隙を見せれば潰される。だから誰も彼もが舐められないよう、侮られないようにと爪を立て牙を剥いて四方八方に威嚇の殺気を放っている。そんなに他人を警戒し寄せ付けまいとするなら、孤高を気取って人の居ないところに行けば良いのである。だが、そんな風に生きられるほどは強くはない。どうしたって他人の存在を必要とする。そんな連中が傷つけられるほどには他人を寄せつけず、凍えるほどには離れまいと適度な距離をとって集うのがこの悪所街であり、そしてこの酒場なのである。

 それは、例え女であってもかわることはない。

 街娼が婀娜(あだ)っぽい視線を行き交う男達に向け、あるいは荒んだ雰囲気で魔薬の香りを漂わせた娘が、なにを見ているのかボーッと中空に視線を泳がせていたりする。皆、声を掛けられるのを待っているのだ。生きていくために。

 そういう職業ではない女は、男と同様に、いや男以上に刺々しさを身に纏って牙を剥く。

 こちらも種族は様々でヒト種あり、ボーパルバニー、キャットウーマン、犬耳、蛇、角が生えていたり、翼を持つハーピィなどの翼人達などなどだ。

 ところがである。このテーブルを囲む三人に関して言えば、暴力を感情的に振るう者が放つ安っぽい粗野さがなかった。利益の有無を冷厳に計って、必要な時に限って凶暴性を剥き出しにし、そうでない場面ではこれを隠しておく計算高さが彼らには備わってるようであった。その意味では、凶暴性を剥き出しにすることでしか己を保つことができないような者に較べ幾分かマシと言える。いや、より悪質と評すべきかも知れない。

 男達は、数札遊びに興じていた。

「おい、シャープス。どっかに景気のいい話は転がってねぇか?」

 ひげ面のヒト種とワーウルフの混血らしい男は、仲間にそんなことを問いかけながら積み上げた銅貨を押し出した。手札の彩りに視線を巡らせ、勝ち目大いにありと見たのだろう。

 一方、シャープスと呼ばれた痩身のヒト種は、しばし考え込んでいたがやがて勝負に応じると肯いた。

 対する三人目。犬耳男は、勝ち目無しと踏んだようで早々に勝負から降りると宣言した。

「なんだエッド、尻まくるのがずいぶんと早いじゃねぇか?」
「んなこと言ったってよぉ、見てくれよレットー。これで勝負ができるわきゃないだろ?」

 臆病者と挑発される前に、エッドは手札をテーブル上に晒すと降参するように両手をあげた。
 レットーもそれを見た途端「はぁ、しょうがねぇな」と、顎ひげを撫でながら嘆息した。

 勝負事は相手を屈服させての勝利が気持ちいい。だから勝算があると見た勝負で相手に逃げられるのは腹立たしい気分になる。だから分が悪いというだけで勝負から逃げるような輩は臆病者等々と大いに罵倒してやるつもりだったのだ。だが、見てみればエッドの手札に役が一つもないと来ている。これで勝負に応じろと強いるのは虐めでしかない。あまりに大人げないことなので気が抜けてしまったのだ。

 その間に傍らのシャープスは数札の山を捲って手札を交換しつつ、粗悪なゥォト銀貨を掛け金としてテーブルに積み増ししていた。そして「小耳に挟んだんですが」と前置きして話し始めた。

「どうもアルヌスのあたりが、景気良いみたいですよ」

 勝負の行方を見守ることなったエッドは、ウェイトレスの翼人娘を招き寄せて酒を持って来させながら訝しげに問いかける。

「おいおいシャープス、あんな何もないところに、どんな儲け話があるってんだ?」

 言葉を交わしながらレットーやシャープスが「俺にもちょっとくれ」とばかりに空となった杯を突き出したので、翼人ウェイトレスはちらっとボトルオーナーのエッドを見た。

 エッドは表に出さないように舌打ちしつつ、仕方なさげに肩を竦めウェィトレスに二人を優先するように合図した。
 こんなところに彼らの微妙な力関係が現れているようである。

 シャープスは、杯の中身をぐいっと飲み干すと、視線を手札からレットーへと真っ直ぐに向けた。

「あそこで大きな戦があったって話じゃないですか。拾い物に金目の物がどっさりってことですよ」

 戦死した兵士や騎士の鎧や武具、懐の財布、はぐれ駒、遺棄された物資。もし死に損なった兵士を捕虜にできればそのまま奴隷として売り払うこともできるわけで……戦場跡は金目の物でいっぱいだ。

 これを戦利品として回収するのは、本来は勝者の特権である。

 だが戦闘における勝利者が、いつまでも同じ場所に居座っていることはあり得ないので、たいていは取りこぼしがある。そして、これを狙う者がハイエナのごとく出没するのである。

 とは言っても彼らは落ちている物を探して、死体から金目の物を剥ぐという地道な作業を自ら汗水垂らしてやろうと言っているのではない。

 この手のことは近隣の農夫や、チンピラレベルの者が行う。彼らのような悪党は、その上前をはねて懐を暖かくしようとするのだ。そして似たような名案を思いついた者同士がかち合うと、ちょっとした血なまぐさい暴力沙汰が起きたりするわけである。

「だけど、あそこは異世界から来たとか言う連中がずっと占領してて、近づけないって話を聞いたぞ。ベッサーラの配下連中が追い返されたって、愚痴をこぼしていたぜ。夜陰に紛れて忍び込もうとしても、何故か見つかっちまうってことだ。行くだけ無駄さ」

 レットーはつまらなさそうに鼻を鳴らすと手札をテーブルの上に広げた。そして勝利を宣言するかのようにほくそ笑みつつ髭のはえた顎を撫でる。彼の九枚ある手札は、全てが同じ色で統一されていた。

 しかし、シャープスはそれを一瞥すると、残念でしたと言わんばかりの態度で自分の手札を広げた。そこには同じ色と符丁のものが三枚づつ三組存在していた。そしてテーブルに積まれた掛け金を抱き寄せるようにして我が元へと引き寄せたのである。

 場に弛緩した空気が流れる。レットーはふて腐れたように勢いよく杯を空にした。

 エッドはテーブルの札を回収して、新たに配るべく揃えはじめる。

 シャープスは、貨幣をじゃらじゃらと積み上げ、その中から品質の悪い銅貨の一枚を翼人ウェイトレスにチップとして放り投げつつ語った。

「そうなんですけどね。どうも行商人の噂によると女子供が異世界から来た連中に取り入ってかなり旨く儲けてるって話です。拾い物っていうのは雨の恵みと同じで、みんなが潤おってこそ公平ってもんでしょ? 拾い者をした連中から俺達が金を集める。そして俺たちが盛大に使って酒場や女達が潤う。それが世の中の金の流れってもんです。それを女子供が独り占めにして堰きとめてたら、まわりが干上がっちまう。そういう不公正があったら、それを正すのが俺たちの役割ってもんじゃありませんかね?」

 この言葉にレットーは「そうだな、それが道理だ」と大きく頷いた。金というのは流れるのが自然の姿である。それを無闇に堰き止める者が居るから、金がなくて困る者が出てくる。これがレットー達の信じる理屈であった。ちなみに詐欺師や泥棒に類する人間は、大抵はこの手のことを口にして自己を正当化するのでそれほど珍しい理屈ではない。

「で、どういう絵図を描いてるんだ? 相手は異世界からの軍隊に護られてるんだろ?」
「ええ。いつもやってる見たいに力尽くってわけにはいかねぇと思います。でもそれならそれでやりようってものがありましてね。まあちょっと聞いてください」

 こうしてレットーとエッドは、シャーブスの話に身を乗り出すこととなったのである。






 自衛隊 彼の地にて、斯く戦っちゃっています。

 「商売繁盛編」      -1-






 彼女達は、店を大きくしようという気はなかった。
 アルヌス生活者協同組合を大きくするつもりもなかった。全ては、自分達の必要を賄えれば良いと思っていただけなのである。






 レレイ・ラ・レレーナの一日は、アルヌスの山頂に駐屯する陸上自衛隊特地派遣部隊から聞こえて来る特地時間〇六時〇〇分の起床ラッパにて始まる。

 本日のラッパ手はどうも調子が悪いようである。それとも元からあまり上手ではないのかも知れない。乾いた朝の空気に金管の澄んだ音を響かせつつも、聞いていると妙に力が抜けてしまう微妙な音程の狂いがあって、快いまどろみから蹴り出されるような気分で目が醒めた。

「折角の清々しい朝なのに」

 レレイはカーテンの隙間から差し込む朝日の中で胸の空気をすっかり入れ換えるように「すうっ」と息を吸い、気合いを込めて大きくは吐きだした。白いシーツの滑らかな感触に包まれている肌を引きはがすようにして身を起こすのである。

 周囲に視線を巡らせて、コシコシと瞼を擦る。

 低血圧傾向のあるレレイは頭に血が循って意識が清明になるまでにいささか時間がかかる。寝台の上に座り込んで約2~3分ほど、ぼやっと過ごした。

「…………」

 就眠用の衣服をまとう習慣はレレイにはない。というより、就眠時の為だけにまとう衣服があるような贅沢な暮らしは、これまでしていなかった。ならば今の彼女は裸にシーツという麗しき姿かと思われるかも知れないが、残念なことにそれも違った。今、彼女が身にまとっているのは東京に行った際に買い込んだ純白のTシャツワンピに、ボトムは自衛隊から貰った廃棄扱い官品(かんぴん)ジャージを膝上でカットしたものだ。

 官品ジャージとは、国から隊員達に『貸与』されるジャージのことであり、総じてデザインは残念なことになっている。その廃棄品を貰ったのである。

 Tシャツワンピースはサイズが一回り以上も大きいせいか、襟首からほっそりとした右肩が鎖骨の下当たりまで露わになってしまった。その分、丈も長いので裾はしどけなく座り込んでいる少女の腿の真ん中当たりまで覆っている。そこから膝まではジャージで包まれていて、さらに下は鑞のように白い素足が伸びているという寝起き姿である。

 暫くすると頭に血が回り始め、レレイはその緑色の瞳に、緻密な知性を示す深い輝きを取り戻した。

 寝台から降りて、ベットの下に脱ぎ捨てたつっかけに爪先を乗せ、床頭にあったタオルを奪うようにしてとると仮設住宅の戸をカラカラとアルミサッシの引き戸を開く。そして小さく欠伸をしながら難民キャンプの共同水場へと向かう。そこで洗顔をするのが彼女の習慣なのである。

 ところが、水場に行くとそこには大勢の行商人達が集まっていて、レレイは呆然と立ちつくすしかなかった。

 この難民キャンプは、街や村落から離れている上に宿の類がない。だから商談でここを訪れた行商人達は、最低一泊は野宿する。夜道を無理に進めば獰猛な怪異や野盗に襲われる危険性が強くなるからだ。それだったら異世界から来たという軍隊が警戒しているこのアルヌスの麓の方がはるかに安全である。

 それに彼らは旅慣れている。焚き火を囲んで眠るのはむしろ日常といっても良いくらいなのだ。とはいえ朝になれば、食事、洗顔、口をすすぐのに水が欲しい。水筒の水を持ち合わせてはいても、新鮮で綺麗な水があるならばそちらの方が良いのだ。

 そう言った理由で野宿をしていた商人達が、この近辺では唯一とも言えるこの水場に集まってしまうのである。そして互いに顔を合わせればそこは商売人同士、挨拶やら、噂話、情報交換をしたりで話し込んでしまうのである。

 しかも最近は数が増える一方である。十人、二十人程度なら大したことではなかったが、五十人とか六十人になると、さすがに迷惑である。

 ここには小さな子供も生活しているし、体の不自由な怪我人やお年寄りもいる。だから水場を使うのはかまわないが、仮設住宅の敷地内にはあまり屯(たむろ)しないでほしいとレレイは注意を促していた。もちろん行商人達も「はい。わかりました」と快く受け容れてくれるが、実際はこの始末である。

 思わず、頭を抱えたくなった。
 彼ら相手に商売をしている以上、やむを得ないこととも言えるから、あまり口やかましくも出来ない。あまり口やかましくすると、だったら宿泊施設を何とかしろとか、それが嫌ならば宿を作らせろとか言われかねない。

「おはようございます。レレーナさん」

 立ちつくすレレイの姿に気づいた者が機嫌をとるような、しかしどこか引きつったような笑みの挨拶をして来た。そしてそれを合図に、行商人達が次々とレレイに声を掛けてきた。

 此処にいるのは一角(ひとかど)の商人、行商人達だ。成人と認められる年齢に達したばかりの小娘にここまで下手に出なければならないなんて、内心面白くないことだろう。それでも彼らはレレイに進んで挨拶をしてくる。これと言うのも彼らが喉から手が出るほどに欲しがっている商品を、アルヌス生活者協同組合が握っているからでしかない。

 そう、商人は利益のためになら頭などいくらでも下げるのだ。これで調子に乗って自分が偉い人間になったと勘違いしようものなら、きっと足を掬われてしまうだろう。

 自戒しないといけない。そう呟いたレレイは、ひとり1人に向けて言葉少なながらも「おはようございます」と丁寧に挨拶を返していった。

 とは言っても、今朝に限って言えば、皆、いささか頭を下げ過ぎるようなような気もした。機嫌を取ると言うより、何かに怯えているようにも感じられた。

 その理由はすぐに判明した。ふと見ると、水場の傍らに数人の男が縛られて「私は、泥棒です」と大きく額に書かれて転がされていたからだ。

 この人達は……たしか行商人だったはず。

 レレイの優秀な記憶力は、この男達の顔をしっかりと覚えていた。

 彼らはこちらで扱っている日本の珍しい品物を是非是非購入したいと持ちかけて来た。だが条件で折り合いが付かず、最終的にお引き取り願うしかなかったのである。

 そんな彼らが、何故に? しかし、その答えは彼らの額に大書されているのだからここは何故と問うよりは、どのような経緯で、と思考するのが正しいのかも知れない。

 男達はレレイを実に情けなさそうな表情で見上げると、他に言うべき言葉が見つからなかったのか、それとも商人としての習慣からか「お、おはようございます」と挨拶してきた。

「おはよう……ございます」

 レレイは、そんな彼らに対しても、無表情ながら丁寧に挨拶を返したのだった。



 洗顔を済ませて、食堂へと行くと既にロゥリィがいて、フォークで皿をつついていた。しかし何やら浮かない表情であった。

「おはよう」と挨拶を投げかけてみる。

 すると「おはよ」という抑揚に欠けた挨拶が投げ返されてきた。

 彼女の皿を見ると、薫製肉を薄く切ったものと、家禽の卵を崩さずに焼いたもの……古田によるとこれは「目玉焼き」あるいは「ハムエッグ」と呼ぶのだと言う。これに森で採ってきた山菜や豆を炒めた物を添えて、塩胡椒がふりかけてある。さらには黍(きび)の粉をこねてピザあるいはホットケーキのように焼いた、トルティージャと呼ばれるものが並んでいた。

 さらに果汁をコップに一杯。実に贅沢なメニューである。

 しかし見たところロゥリィはぼんやりとした表情で動作も緩慢、どうにも食がすすまない様子であった。ロゥリィはその小柄な外見に反して意外と健啖家である。いつもならこのくらいの朝食、瞬く間に平らげてしまうと言うのにいったいどうしたと言うことだろう?

 疑問があれば、速やかに答えを得ることが賢者の習性。レレイは単刀直入に尋ねてみることにした。

「何かあった?」
 浮かない顔をして。

「夜中に泥棒が出たのよぉ。とっつかまえて縛って転がしておいたからぁ」
 ああ、あれか。

 レレイは「見た」とだけ返した。

 ロゥリィの説明に寄れば昨夜未明、組合の倉庫で侵入者を報せる警報が鳴り、駆けつけると彼らが倉庫内の荷物を持ち去ろうとしていたので、これを捕縛したという。問答無用の現行犯逮捕であった。

「後でぇ、警衛隊に引き渡しておいてくれるぅ?」

「わかった」

 お陰で寝が足りないとロゥリィは呟いた。それに加えて、少しばかり欲求不満っぽいと愚痴を付け加えていた。

 ここ最近、現れるのはこそ泥ばかり。見つかったら居直って強盗に変身するとか、野盗団を引き入れて襲って来るような度胸のある悪党はいないのかと嘆いている。これが気怠そうな表情をしている理由のようであった。

 だが、死神ロゥリィを前にして、居直れるほどの強気の人生を送っている人間は、きっともっと別の人生を送っていると思うレレイである。それに、見付けたのがロゥリィでなく、年寄りとか女子供だったらそれこそ居直り強盗にかわっていたかも知れない。犯罪者の度胸の有無なんかよりも、そっちの方を憂いて欲しいと思う。
 商取引が上手く行かなかった行商人が、出来心にしても泥棒に手を染めてしまうという現状は大変望ましくないのだ。

「なんとかしないといけない」

 そんなことを考えながら、レレイはロゥリィの向かいに自分の席を確保すると、食事を貰いに調理場へと向かった。

 今日の朝食当番はテュカである。調理場の奥ではテュカが、子供達を助手にしてわいわいと騒ぎながら卵を焼いているのが見えた。傍らでは子供達がハムに胡椒をふりかけている。

 実のところ、コダ村からの避難民達の多くは朝食を摂るという習慣を持っていなかった。朝、昼、夜と、一日3回も食事を出来るほど豊かな生活をしていなかったからだ。

 味付けだって肉などの保存に大量の塩を使うから大抵の食事は塩味。調理と言ってもそれを濃くするか薄くするかでしかなかったのである。高価な香辛料を含む調味料なんて滅多に見ることはなかった。

 それが、ここでは食事の内容が充実している。いや充実し過ぎていた。
 お陰で皆、舌が肥え始めていた。

 塩、香辛料、唐辛子くらいはこちらでもなんとか手にはいるが、ソース、マヨネーズ、ドレッシング、さらには醤油。こうしたもののほとんどは日本から輸入しなければならない。その為に食費は高くつく。なのに、それらを湯水のようにふんだんに使ってしまうのだ。もう前のような食生活では、満足できない身体にされてしまったのかも知れない。

 これは自衛隊に保護されてから身に付いた悪癖とも言えるだろう。

 いずれはコダ村に戻ることになるが、その後になって、今のような食生活を棄てることが出来るかについてはレレイも自信がない。もし、今のような美食を続けるならば、それを支える収入を確保する工夫が必要となるのだ。

 なんとかしないといけない事ばかり。
 もう、自分達だけで、どうにか出来る範囲を超えているのかも知れない、とレレイは思った。

*      *

 朝食を済ませると、レレイはテュカと共に、自衛官達からは「PX」と呼称される日用生活品の売店に出勤する。とは言っても彼女の職場は店内ではなくて、その裏手に設けられた組合事務所だ。ここで続々とやってくる行商人達と商談をして、書類と睨めっこし、金勘定して、帳簿をつけるといった仕事をするのである。

 店の接客業務の方は、今は語学研修生のボーゼス達に付いてきたお付きのメイドさん達が、交代で手伝ってくれている。それが原因なのか若い自衛官の来客が日増しに増えて繁盛の度合いを増して、まだ店が開く時間ではないのに、もう開店待ちが集まっている。

 これが昼や、夕刻になるともっと凄くなって店は客で溢れかえる。この小さな店舗では、受け容れることの出来る客が限られているのだ。

「問題が起こる前に、店をなんとかしたい」

 ため息混じりのレレイの呟きに、テュカは答えた。

「いっそのこと、もう一軒建てちゃうってのはどう? お金ならあるんでしょ?」
「ある」

 住む家、生活の糧……必要な物は、もう充分に与えて貰った。
 これ以上は、イタミ達に迷惑を掛けるわけにはいかない。その意味では、テュカの提案は充分に考慮に値した。というよりすぐにやるべきだと思った。

「問題は、大工にアテがないこと」
「それは任せて置いて。伊達に森の管理はしてないわ。間伐材の取引でドワーフの頭領にコネがあるのよ」

 テュカは、得意げな笑みと共に耳をピクピクと振るわせて交渉役を引き受けた。テュカは父親の件になると若干おかしな所があるが、それ以外については非常に頼りになる女性である。

 ふと見れば、組合事務所の玄関前にも行列が出来ていた。

 行商人達が列を成してる。その長さに、レレイとテュカはうんざりとした色彩を帯びた顔を互いに見合わせ、自分だけが朝っぱらから疲れを感じているわけではないことを確認する。

「では、商談を始めます。最初の方からどうぞ……」

 こうしてテュカの合図で、日々の仕事が始まるのである。



 このアルヌス生活者協同組合にやってくる商人達は、組合の主力商品である『翼竜の鱗』目当てでやって来る。だがここに来れば便利そうな日用生活品や、雑貨などが必然的に目に入ることもあってかこれらも扱いたい、売って欲しいと言う要望が増えてレレイ達を悩ませていた。

 注文すれば商品は日本からどんどん運ばれて来るんだから、売ってあげれば良いと思うところである。だが実際に商売をしているとそうもいかず、限られた量しか扱えないのが現状であった。
 もちろん、これにはきちんとした理由がある。

 組合は、日本から輸入する商品の代価は日本円で支払う。これは当然の話だ。そして、この仕入れた品物は売店で自衛官達相手に日本円で売る。
『売上』から『仕入れ代金』を除いた金額が、『粗利』だ。

 通常はここに人件費とか各種の経費が含まれているので純粋な利益……つまり儲けはもっと小さくなるものである。しかし、そちらは特地の貨幣で支払わなければならないから粗利分となった『日本円』はそっくり、新しい仕入れの代価に充ててしまうのである。

 これに対して『翼竜の鱗』は特地の商人向けの品物である。代価は特地の金貨や銀貨といった貨幣で入って来る。

 『鱗』は丘に散在している翼竜の死骸から収集するので仕入れ代金の支払いがない。従って売上の全てが粗利となる。売店で接客を手伝ってくれるメイドさん達へのお手伝い料や各種経費を引いて残る純利益も膨大で、生活に消費する生鮮食料品などの買い出し費用を賄ってなお有り余る勢いで組合の金庫を満たしつつあった。

 ところが、日本から輸入した商品を特地の商人に売ってしまうとなると、少しばかり話は違ってくる。
 仕入れの支払いに日本円を使うのに、入ってくるのは特地の通貨だからだ。

 もう少し具体的に言うと、例えば毎月PXでの自衛官相手の商売で粗利が百万円あるとすると、月々百万円の範囲でしか日本からの品物を仕入れることができないのだ。

 もちろん、先ほど説明したようにPXは繁盛している。その粗利も日々増大傾向にあるから、輸入の支払いに充てることの出来る日本円も増えつつある。しかしそれでも、その範囲でしか輸入品を仕入れることが出来ないという制約は存在し続けるのである。従って日本からの輸入は、このあたりが限界になってしまう。

 ものすごい勢いで貯まっていく特地の貨幣を日本円に両替できれば話は早いかも知れない。だが、現状ではそういう仕組みが出来ていない。自衛隊や日本政府が、金貨に含有されている金の相場に応じた額で日本円と交換してくれるが、それとて頻繁にあることではないからどうしたって『日本円』が不足してしまうのである

「故に、ご希望の品をお売りすることは出来ない」

 レレイの説明を頷きながら聞いていた行商人、トラウト・ローレンツ氏は残念そうに頭を振った。

 応接テーブルの上に載せた両手を組んで、少しせわしげな感じで親指を動かしている。そして、小さくため息をつくとこう切り出した。

「レレーナさん。あなた方が、今のようなご商売のなさりかたをしていても、充分な利益を上げられることは承知しております。しかし、我々から見ると、それは損をしていると言わざるを得ません」
「損?」
「得られる利益を得ていないことを、我々商人は損と考えるのです」

 それは、そのように考えない貴女はまだまだ商人にはほど遠いと、遠回しに非難しているかのようであった。

「例えば、私のような行商人が翼竜の鱗を購入しようとしても、単価が高いために扱い量は知れています。荷馬車で遠い道のりをやって来ても、帰りの荷台は空に等しいでしょう。そして、まだまだ荷台に物を乗せる余裕があるというのに、遠い道のりを旅するのです。しかも、鱗の相場はここ最近あなた方が安定して供給をされているので若干ながら下がり気味。より利益を求めようとしたら遠くに運ばなくてはならない。これがどれほどの損と感じられるかは、お判り頂けるでしょうか? しかも、あなた方は支払いを必ず現金でとおっしゃる。そうなるとなおさらです」

 組合は、現在行商人相手の取引では手形や為替の類は受け付けていない。
 商法や裁判制度の整っているとは言い難いこの特地では、約束手形を受けるなど見ず知らずの者に、金を貸すのと大差ない行為なのである。残念なことに裁判は贈賄がまかり通って公平性が疑わしく、訴訟や取り立てのリスクが高い。これを避けるため、よっぽどつきあいの深い相手でなければ、現金での取引を求めるのは当たり前のことであって、非難されるようなことではない。

 が、しかし……ローレンツは言う。
「失礼ながら、事情に疎くらっしゃるようなので説明いたしますが、このところ帝国も含めた、この地域一帯では貨幣が不足しつつあります。非常に……そのためにまとまった額の貨幣を用意することが、とても難しくなりつつあるのです」

 ローレンツは以前からの貨幣不足が、最近になって如実にその度合いを増していると強調した。

 物は多いと価値が下がり、少ないと上がるという原則がある。従って貨幣が不足すると相対的に物の値段は下がっていくことになる。すると人々は、貨幣を手元に留めようとするので、ますます貨幣が不足する悪循環が起こるのである。

 大抵の国では、貨幣の鋳造量を増やすことでこれに対応しようとするが、新しく発行された貨幣が市場に行き渡るまでにはどうしても時間差が発生する。そしてその時間差が、時に大きな利益となって一部の商人を喜ばせ、逆に大部分の民には不利益となってこれを苦しめるのである。

 実を言えばレレイは、こんな説明を聞くまでもなく市場で貨幣が不足していることを理解していた。そればかりか主立った品物がいくらで取り引きされているか、その傾向までもちゃんと把握していた。その為に、イタリカの商人リュドー氏に、多額の料金を支払って市況報告を2~3日置きに送ってもらっているのだから。

 ただ、レレイが口を挟まず素知らぬ顔をしていると、相手の滑舌は立て板に水のごとく流れるので黙しているに過ぎない。レレイの経験が少ないと見るやほとんどの商人は、それにつけ込もうとする。一部に至っては言葉巧みに騙そうとして来る。そして、その実、全てを承知しているレレイから、手ひどいしっぺ返しを喰らうことになるのである。

 だがこのトラウト氏に関して言えば、例外的に正直な商人らしい。そればかりか、相手の不足をただしてあげようという誠実な男のようであった。

「わざわざ街から離れたこのアルヌスまでやって来て、商品は満足に仕入れることも出来ず空荷で帰るというのは、我々規模の小さな行商人にとっては損でしか有りません。つい、出来心が沸き上る気持もわからなくもないというのが、本音です。もちろん、それを実行してしまうのは許されないことですが……」

 だから、男の言葉はレレイにまっすぐに届いていた。

「せめて、こちらの組合で私どもが持ちこむ商品をお買い上げ頂けるならば、少しは話は変わってくると思うのですが、いかがでしょう。異界から参られた兵士の皆様に、この世界の特産品をお土産として売られては? あなた方に必要なのは、こちらの貨幣で仕入れて、そのニホンエンとやらで売ることの出来る商品の扱いを始めることだと思うのですよ?」

 こういって、やり手の行商人は持ってきた商品のサンプルを取り出したのである。

「それで、木彫りの民芸品を買ったという訳ぇ? 一個1クロウも払って全部で百五十個も買ったとぉ……」

 事務所の片隅に山積みになっているのは、それは各地の神殿街などで作られている神々の姿を象った様々な種類の彫刻であった。

 ロゥリィは「奮発したわねぇ」と呟きつつ、山積みになった民芸品の中から自分の姿を象った人形を見つけだして1つ手に取ってみた。

 造りは細かくて決して悪い品物ではない。

 ずしりとしていてスベスベとした感触は黒檀を材料にしているからだ。それでも、民芸品の人形1つでクロウ銀貨1枚と言うのは少々高価ではないかとロゥリィは呟いた。

 それを聞くと、実は横から口を挟んできた女性の売り口上につい乗せられて、百五十個で二百クロウも払ってしまった、とはとても言えなくなってしまったレレイである。厳密に言えば二百クロウ分の日本製タオルとの交換である。『タオル織り』という特殊な製法で仕上げられた日本製の生地は吸水性に優れている上に肌への感触も良いので、手ぬぐい、あるいは肌掛けに具合が良く、扱いたいと申し出てくる商人はとても多い。

 それでもレレイは澄まし顔で答えた。

「別に、商品だけを買ったわけではない」
「ふ~ん、アイデアにお金を払ったという事ねぇ」

 商人との『関係』も、金で買えるものではない。一度限りの商売ならば、いくらでも阿漕になれる強い立場だが、先々のことを考えると手加減も必要だと、カトー先生より厳しく言われている。

「そろそろ自衛隊や、日本政府へ、こちらの品物を売ることも始めた方がよいとは以前から考えていた。今回は良いきっかけになるかも知れない」

 いずれ翼竜の鱗は採りつくしてしまうだろう。そうなれば組合の主立った収入源はPXだけになってしまう。そして、それだっていつまでも続くわけではない。日本と特地間で交流が本格化すれば自分達なんか、あっと言う間に脇へ押しやられてしまうに違いないのだから。

 みんなが慎ましく生活をするならそれでも良いかも知れない。だが正直言えばほんの少し豊かな生活をしたいと思ってしまう。主に、食生活的に。

 だから今後どうなっていくとしても、組合の役割や信用を高めて行くことは意味があると考えていた。そしてその一つが、特地から日本側への物の流れを作ることと考えたのである。その最初の品が、特地の土産物であった。

「でも、これ……いくらにするの?」
「…………」

 商品のほとんどは仕入れ単価がはっきりしているので、これに若干の粗利分を足した額に設定している。(そのせいで、ほとんどの商品は日本国内で買うよりも安い)だが、こちらの品物を自衛官相手に売るなら、金額設定を最初から考えないといけなくなる。

 生活必需品なら既にPXで扱っている品を目安にできるが、こうした土産物の類は、いくらにすれば良いのか全く手がかりがなかったのだ。

 そこでレレイ達は伊丹に相談することにした。

 伊丹は、目の前に列ぶ品物にその瞳を輝かせながら、とある女神像を手にした。

「こ、これは懐かしい、ベ、ベル○○□ィ、他にもいろいろ……」

 どういう理由かはわからないが、女神や精霊の姿を形取ったこれらの像の中に、伊丹の記憶にある様々なキャラクターを連想させる、あえて言うならば非常に酷似している物が多数含まれていたのだ。いや、はっきり言ってそのものと言っても良い。

 おそらく偶然の一致か神々の悪戯に類するものだろう。サイズを無視するなら、表面が砕けて中から神様を自称する少女が出てきそうなものまであったのだ。

「土産物として売りたいので、値段を考えるのを手伝って欲しい」
「これを土産物として売る? 土産物?」

 伊丹は、大きく首を振って否定の意を表した。
 黒檀は日本では稀少品であり超のつく高級木材であることや、象られている美しい神々の姿を、そのへんにある土産物などとして扱うなど、言語道断であることを1つ1つ丁寧に述べていったのだ。

 そして、伊丹は女神の像1つ1つを取り上げて値段を付けていった。

「これは8000円、これは6000円、これは小さいから3000円ってとこか。おおっと惜しい。もうすこし動きの感じられる姿だったら7000円はいけたろうにポーズがちょっと残念だ、3000円」

 それはレレイが目を剥くような金額であった。いくらなんでも高すぎると思った。これまで日本の品物を特地に売っていてクロウ銀貨一枚がだいたい千円ぐらいに相当すると、見込んでいたからだ。

 伊丹は言った。「いや、ちゃんと売れるって」と。
 傍らでは、ロゥリィも固唾を呑んで見守っていた。

 彼女が真剣な態度をとっているのは、レレイとは次元の異なるもっと切実な理由が存在していた。そしてその緊張は、伊丹が手がエムロイの使徒、亜神ロゥリィ・マーキュリーの像に延びた瞬間最高潮に達し、彼の口から出る値段がどれほどのものなるかを聞き逃すまいと耳をそばだてたのである。

「う~む、2000円」
「へ?」
「2000円だね」

 彼を擁護するならば、理由はいくらでも掲げることができる。
 例えば像のサイズが小さいとか、造りの細かい部分が甘い、とか、1/1スケールの現物が目の前にあるのだから、それと比較できる分評価が厳しいのだとか、いろいろと言える。

 だが、事の当事者からしてみれば他の女神像につけた金額と、自分の像につけられた金額の落差にいろいろな意味での思うところと言うか、乙女心から発露される様々な感情が揺り動かされるのも致し方ないことであろう。ましてやここのところ欲求不満やいろいろが溜まっている。

 次第に、その場の空気が肌寒くなっていった。
 闇色の瘴気が組合事務室を満たしていくような気配がレレイにもはっきりと感じられて、思わず一歩も二歩も後ずさってしまう。

 勿論、発生源はロゥリィだ。

「くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす」

 ロゥリィの唇が、暗黒色のルージュを置いたかのような色彩を放ちつつ、禍々しく弧を描いた。裏設定だがここで明かしてしまうと、ロゥリィの唇の色彩描写は堂々たる戦いに赴く時と、罪人の首を吹っ飛ばす時とでは異なっていたりする。もし暇があったら本編を読み返して確認して頂けたら幸いである。

「ロ、ロゥリィ……」
「わかっているわぁ。死なない程度にしておくからぁ」

 黒い霧があたかもバルサンを焚いたかのごとく瞬く間に室内を満たしていくような幻覚に捕らわれたレレイは、つい反射的に部屋から逃げ出してしまった。

 値札付けに夢中になっていた伊丹も、ようやく事態の急変に気づいたようで「何?どうした急に?」などと言っていたがもう遅い。

「なんだ? 状況ガス! わっ、ロゥリィ、どうしたんだそんな怖い顔をして!!」

 後ろ手で扉を閉めたレレイは、悲鳴にも似た伊丹の声を聞きながらぎゅと目を閉じて、耳を塞いで彼の無事と平穏を祈った。

 伊丹とは既に三日夜の儀も済ませた仲だ。
 それを庇いもせず見捨ててしまうなんて、自分はなんて薄情な女なのだろう。だけど、こと今回に関しては貴方が悪いのよ伊丹。だから、せめて貴方が苦しまないように……と健気にも祈り続けていたのだった。



 結局の所、神々の姿を象った像の約1/3は、ネットオークションなどで伊丹の付けた値以上に売れた。そして男神やその他その像については土産物としてPXで売られ、大いに組合を潤すこととなったのである。

 また、ここしばらくいろいろな意味で欲求が不満していたロゥリィも非常に満たされた表情で、彼女の肌はとっても艶めいていたということである。

 ちなみにロゥリィの像は、2万円の札をつけたまま伊丹の居室に置かれている。



*      *



 一方、行商人に扮した男達が、七台の荷馬車を連ねてこれよりアルヌスへと向かって出発しようとしていた。

 ここ帝都では珍しい風景ではない。だが、たとえ帝都でもここが悪所となると少しばかり事情が異なってくる。真面目な行商人がこんなところに紛れ込んでくるなど、襲ってくださいと言うようなもので、あり得る風景ではなかったからだ。だから誰もがまず驚いたように目を向けるのだが、見れば、先頭の荷馬車では御者のとなりにレットーが隊商の頭よろしく腰掛けていて、「ああ、なるほどね」と、また彼奴等が何か仕事をしようとしていると納得するのであった。

 続く二台目にはエッド、そして最後尾ではシャープスが全体を見渡していた。御者や隊商の使用人としては彼らの部下達が扮している。とは言っても、強面の六肢族や、ワーウルフでは、ヤクザが真面目を気取ってるようなもので、発する雰囲気のちぐはぐさはどうも拭いきれず、人々の見せ物になってしまうのだ。

「なんだレットー、行商人に商売替えか?」

 行き会った顔見知りが驚いたように目を丸くしてからかってくる。が、当人は至って真面目な表情で「ああ。ちょっと堅気な商人をやってみようと思ってな」と、商売人を演じていた。

 その後ろでは、どうみても街娼にしか見えないけばけばしい猫耳娘が、気取った風体で座ってキセルをくゆらせていた。

「レットー。言っとくけどさぁ、約束の銀貨五〇枚はデナリ銀貨で間違いないだろうね? 後でゥオト銀貨でしたとか言われても嫌だかんね」

「少しは信用しろってんだ。それより商売人の娘を演じるんだから、薬はやめとけ」
 そう言ってレットーは娘からキセルを取り上げた。
 女は「ええっ! なんでよぉ」と不平を隠さない。

「どこの世界に、魔薬の臭いをさせてる堅気がいるんだ?」
「アルヌスについてからでいいじゃんかよお?」
「馬~鹿。薬っ気が抜けるのに時間がかかるだろうが。今から抜いて置くぐらいで、丁度良いんだよ」
「あたいさぁ、薬がないと頭が痛くなんのよね」

 ぶつくさ言いながら髪をガサガサと掻く娘。レットーはそんな娘に対して冷たく言い放った。

「嫌なら降りろ。女子供相手の仕事だから、女が居た方がやりやすいってことでお前に声を掛けただけだ。代わりなんていくらでも居るんだぞ」

 見渡せば、自分達を見ている街の娘達が大勢居た。皆、この街から抜け出したくてチャンスを待っているのだ。そしてデナリ銀貨が五〇枚もあれば……。

「ああっレットー。わかった、わかったよ」
「いいか、ニキータ。この仕事の間はな、俺のことは『お父様』と呼ぶんだ。シャープスとエッドは、お前の兄貴だ。いいな?」

「お、お……お父様?!」
 ニキータは素っ頓狂な言い方で、その呼び方が自分にも、そしてレットーにも似合わないということをアピールした。

「種族が違うし、無理じゃない?」

 だが、レットーは「訳ありの家族ってのはどこにでもあるもんだ。あからさまな方が相手が気をつかってかえって何も言わないもんなんだよ」と至極真面目に言ったのだった。








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