<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

オリジナルSS投稿掲示板


[広告]


No.1501の一覧
[0] ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/23 01:02)
[1] Re:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 01:22)
[2] Re[2]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 23:42)
[3] Re[3]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 01:56)
[4] Re[4]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 23:32)
[5] Re[5]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/27 18:55)
[6] Re[6]:ヴァルチャー[喫著無](2007/09/28 21:34)
[7] Re[7]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/29 17:17)
[8] Re[8]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/30 21:57)
[9] Re[9]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/02 23:27)
[10] Re[10]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/04 19:01)
[11] Re[11]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/05 23:41)
[12] Re[12]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/06 21:23)
[13] Re[13]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/08 00:21)
[14] 番外 ヤナギ[ポンチ](2010/06/08 00:04)
[15] 番外 ツバキ[ポンチ](2010/06/09 21:00)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[1501] Re[10]:ヴァルチャー
Name: ポンチ◆ebd5b07d ID:440294e0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/10/04 19:01
 政治のことはよく分からない。
 どこかで命を握っているヤツがいる。ここに来てそれを理解した。






第十一話 いいから、あっちで、ね






 大神官グラハム、占星術師レド、監獄のまとめ役ホドリム・グレイ、それは全て同一人物で、神官を突如辞して出奔した後は占星術師を名乗る山師として、田舎貴族に詐欺を働いていた。わりと莫大な金額を詐取したらしいが、最終的にはバカ王子ことアーサー王子の元で治水事業を手伝ったのだという。
 占星術師を名乗るだけあって、その知識は深く充分に役立った。邪神の信徒やシアリス正教がやってくるのと時を同じくして何も言わずに消えたのだが、それまでの活躍はフーサーを大いに助けたと言っていい。
 アーサーとグレイは、粗末なテーブルで対面していた。エリザベートも行こうしたのだが、グレイに手で追い払われた。
 アギラはカザミと積もる話で盛り上がっているし、ギャングたちはアリスも含めて懐かしい顔を見つけてもめたり騒いだりしている。
 帰り道に関してはミデがいることで安全だ。エリザベートも懐かしい顔を見つけて、酒を振舞うことにしたようだ。
 カザミの指示で、亀の肉が振舞われることになった。ここでのご馳走と言えば、やはり地下大河に生息するバカでかい上に凶暴な岩カメである。知能が低く、罠で仕留められる上、産卵期でもなければ向こうから襲ってこないため、貴重な食料源となっているのだ。
 時刻の関係でも、夜にさしかかる所だったため、盛大に宴が始まることになった。
「そういう訳で、無実を証明してほしいのよ。ゾレルにあんたの安全も保障させるしね」
「ごめんだな、俺はここが気に入ってる」
「やっぱそういうこと言う訳ね。でも、ここは確かに素晴らしいわ。閉鎖環境ってこと以外じゃ満点かもね」
 人種と身分に差別はなく、宗教もない。ただ、ここにあるのは平穏と、少しだけの危険だ。定期的に大穴から落とされる果物や食物の種、日陰でも生きていける植物は、地下の大河近くで栽培されている。近く、カザミの発案で、大穴に土を運んで畑を作ろうとまでしている。
「ユウほど力はねぇが、あいつもバケモノだ。だが、役に立つ」
 カザミがきてから、子供たちは文字や算術を教わっている。女は共有財産という扱いではあったが、生まれた子供たちは外を知らずに生きている。カザミの教える算術や化学の知識は、子供たちをよい方向に導いているという。
「だったら、子供たちのためにも、外に行きましょうよ」
「ダメだ。俺が出たら全員逃がさなきゃならねぇ」
「だったら、成功した暁には全員恩赦で釈放ってのはどうよ?」
 そうなると、ここにいる百人近い者たちはどうなるだろう。今更外に出たところで何もいいことが無いというものも多い。外へ出て絶望するもの、もう一度やり直せるもの、絶望は八割だろうな、とグレイはつぶやいた。
「くっだらねー、こんな場所なんて捨てたらいいじゃないの。悪いけどね、これが成功してアタシがレミンデイアの王になったら、シアリスは追い出すし、異端認定も怖くはないわよ。だから、アンタの逃げは認めない」
「ケッ、お前らはまだあいらの力を分かってねぇ。シアリスの竜を見りゃ分かる」
「アギラは、邪妖精の女王に認められてるのよ。あ、ユウとセットでだけどね」
 そこで、グレイは口をつぐんだ。
 沈黙に支配されると、外の声がよく聞こえた。宴の声だ。
「本気か。シアリスにケンカ売るってえのは、また大戦争に逆戻りってことだぞ」
「だから何よ。あのクソ神は、ハジュラとレミンディアを手に入れるつもりでいるのよ。あんたはここで安穏にしてりゃいいだろうけど、アタシらは困るのよ」
「ここは、どうするつもりだ」
「そうね、ここと似たようなとこなら、アギラとユウの国になるわ。いつ滅ぼされるかわかんないけどね。でも、ハジュラに留まれないなら、多分あそこが唯一の楽園かもしれないわ」
「亜人に邪妖精、邪神の信徒の集まる砦で国を作れってのかよ」
「ええ、これからも山ほど難民がくるわ。本当にいくとこがなくて、本当に命しか持ってないような連中がね」
 そういう連中は街道で行き倒れるのが常だ。なぜなら、街に留まると命がないということを分かって、あてもなく街道へ出るのだから。街で、奴隷以下の生活で早死にするか奇跡を求めて外に出るか、後者ならばアギラとユウの国を目指すだろう。
「そうか、崖っぷちだな」
「アタシも崖っぷちで、ゾレルは断頭台の階段を上ってる最中ってとこね」
 そこで、アーサーは一度言葉をきった。大きく息を吸い込んで、グレイを見据えた。
「じゃあ分かりやすく脅迫してあげるわ。外に出たら、真っ先に教会に垂れ込むわ。権力の使い方と人の使い方を教えてくれたのはアンタよ。言質取れってのもね」
 グレイは「分かった」とだけ答えた。一つの嫌味もないというのは、彼がここを安住の地と半ば決めていたからかもしれない。
「一度でも、そっち側にいったヤツが、まともに暮らすなんてできやしねぇもんだな。王子も、ロクな死に方しねぇぞ」
「王族でまともに死ねるヤツの方が少ないわよ」
 ここでアーサーを殺したら、アギラは新顔の化物と大暴れするだろう。
「俺のことはホドリム・グレイでいい。本名だ」
 レドという名は、ひょんなことからリザードマンの名付け親になったことから、その時名づけた名を借りた。グラハムである自分は死んだ。ならば、名前をそれ以上つけるのはやめよう。逃げられなくなったのだから。






 所変わってバロイ砦。
 帰還したシキザと忍者たちがユウに襲い掛かっているところだ。
 夜空に輝く月の下、剣と剣のぶつかる火花が光る。シキザの放つ棒手裏剣を叩き落しながら、ユウは忍者の一人を蹴りで悶絶させた。死んではいないが、もう動けまい。
「流石、以前より強くなられましたな」
 エレルの一族と呼ばれる暗殺者一族。細作として、暗殺者として、五人でかかって勝てる気がしないというのは不覚である。
「シキザさん、ロイス伯はアタシたちが邪魔になったの」
「いやはや、政治の世界というのは複雑怪奇なもので、バロイ砦は人に落とせるものでないといけないのですよ」
 木陰に隠れて、位置を気取らせない発声法で答えたが、これでユウはシキザの位置を捉えただろう。
 仲間であるはずの、二人は裏切った。ユウの襲撃に参加するよう指示したが、バロイ砦に残留していた細作の半分が来ていない。
「砦の忍者さんたちは、あたしの味方してくれるって言ったけど、残ってもらったよ。シキザさん、裏切ってよ」
 そうか、人間に戻ったか。
 ここで死ぬのも悪くない、とシキザは思う。エレルの一族は、本来、王子を守るためのものだ。今はロイス伯の私兵にまで落ちぶれている。それも、当主たる彼自身の責任と言っていい。
「そうはいきませんな。依頼主は裏切れませんよ」
「アーサーは、あんたのこと好きなんだよっ」
「そう、ですか」
 棒手裏剣の雨をユウは両手の剣で弾き飛ばす。報告にあった異邦人の強さの中でも、ユウは異常だ。
「だとしても、我らの使命を果たすのみ」
「くだらねぇこと言ってんじゃねえ」
 動きを止めるはずの鎖分銅を飛んでくる気配だけでかわしたユウが、シキザの目の前に滑り込む。毒のついた短剣を突き刺そうとしたが、何かがおかしい。ひどく長い時間呆けていた気がするが、実際には数秒だ。右手が肩口から切断されていた。
「シキザさん、アーサーが戻るまで殺さない。忍者さんたちから聞いてるでしょ。だからさ、アーサーが戻ってからもう一度来て。あたしとアギラさんとアーサーが揃った時に、もう一度きて。どうなっても、ロイス伯は殺すと思うし、その時にまた返事聞かせて」
 ああ、この少女はヒトに似た形をした悪鬼だ。
 エレルの一族では、ユウのような心を持った者を悪鬼と呼んでいた。仲間を裏切ることも、使命を放棄するのも、彼らには理解できない心で平然と行う。そして、彼らは総じて強い。戦いの中で、教わる段階からためらいがない。彼女は悪鬼だ。
「それまで、私が生きていれば、また会いましょう」
「うん、またね」
 仲間に抱えられたシキザを、ユウは追うこともしない。百戦錬磨の細作が、ユウに怯えている。強さも、その言葉も、心を捨てた者に恐怖を持たせる。
「アギラさん、どうしてるかな。王子も、早く帰ってきてほしいなあ。こういうの辛いよ」
 半月の光を浴びて、ユウは小さくつぶやいた。
 バロイ砦には日々難民や得体の知れない連中が亡命を求めてくるようになっている。まだその数は多いとは言えない。邪妖精の宝石を狙う者のほとんどはその正気で自滅するが、どこかの細作と戦うことも増えていた。
 ユウはその首を刎ねるごとに、どこか冷めていくのを感じていた。亜人たちも頑張っているし、邪神の信徒たちもそこまで悪い連中ではない。それでも、孤独感が募る。
 アギラとアーサーは、特別だ。分からない、今まで生きてきた中で、特別はなかったはずだ。人は人形と同じ、勝手なことを喋る人形だ。
「おっかしいなあ。仲間とか、本気であたし言ってるし。なんでかなぁ」
「ユウ殿、見事だ」
 羽音で、それがガロル・オンのショウだと気づいた。
「ああ、うん、シキザさんがちょっとね」
「ふむ、それは王子から聞いていたが、これは納得いかんな。ユウ殿、我々は仲間ではありませんか」
「うん、あたしはそう思ってるよ」
 二本足のかぶと虫は、地上に降りてユウを見据えている。その殻より作り上げた刀を抜き身で握っている。
「嘘をついてもらっては困る。アギラ殿とアーサー殿以外をあなたは認めていない。彼らはあなたが孤立しないように気を遣っておられた」
「な、なによ、そんなことないって。みんなのこと手伝ってるし、これはあたしだけでよかったから」
「ユウ殿は、我らを下に見ている。力だけの狂戦士と呼ばれても、それでは否定できんぞ」
「……ケンカ売ってる訳だよね、これって」
「その通りだ」
 もういい殺そう。教師みたいなことを抜かす虫が一匹減った所で、何が変わる。あたしの世界は変わらない。
 剣を取った瞬間、足元から何かに体当たりを食らった。転がりながら、剣を振る。が、飛んできたのは弓矢だ。篭手の鉤爪で払うと、間髪入れずにショウが切り込んでくる。大地に下りて、その体重を生かした剛剣を、剣をクロスさせて受けた。
「ユウ殿、あなた無敵ではない。以前は、それを分かっていた」
「なにが、あたしはいつだって」
「以前のあなたなら、一人でこんなことはしなかった。見ていたが、三回は危ない瞬間があったぞ」
「うるせえっ」
 後ろに飛んで仕切りなおそうとした瞬間、今度は地中に隠れていたガロル・オンの剣士がきりかかってくる。カウンターで刺せば、ショウはその隙を見逃さない。一撃で致命傷を与えてくる相手とは噛みあわない。
 走りながら、無数に飛んでくる矢を斬り落とす。足に何かが絡んだ。砦に残った忍者の放った鎖分銅である。
「このっ」
 鎖を切ろうとしたが、それが失敗だった。腹をショウに殴られていた。息ができない。人間を越える力のガロル・オンのパンチ一発で死を予見できた。
「くそっ、こんなとこで、こんなとこで」
 涙が浮いた。いつ死んでもいいと思っていたが、死にたくない。また、会いたい。一人は嫌だ。
「ユウ殿、我らのことも仲間だと思ってくれ。山の民は感謝している。お前たちは、俺たちのために命をかけた。シキザのことも分かっている。俺たちだって、ああしたさ」
「なによ、いっつもあたしは蚊帳の外のくせしてっ。みんなあたしのこと嫌いじゃないっ」
「嫌いなヤツにこんな面倒なことをするかっ。ただでさえお前は強いのに、こっちだって命がけだっ」
「うっせぇっ。バカッ、あたしのことなんか、分かってくれない」
「分からんさ。ユウ殿は我らの戦士だ。誇り高く、倍の軍勢を恐れず、山の民のために戦った戦士だ。あと分かってるのは人間のメスだってことくらいだ。アギラもアーサーも、お前のことを隠した。俺たちは、お前を仲間だと認めている。隠さなくていい。危険なことくらい分かっている」
 何か分からないけど、涙が出た。
 しばらく泣いていたユウだが、殺気が消えてからみなそれぞれの剣を仕舞った。森の中に潜んでいた邪妖精とガロル・オン、ゴブリンにリザードマンにスレルのジ・ク。総出でユウと戦っていたことになる。
「ったく、こんな怖かったのは初めてだぜ」
 ゴブリンのトレル族長がおどけて言うと、皆が笑った。
「バカッ、みんなお腹壊せっ」
 よく分からないことを鼻声で言ったユウは、ヘルメットを外そうとはしない。
「顔を洗わないとダメよ」
 邪妖精がからかうと、手をメチャクチャに振り回す。
「泣いてなんかないもん」
 邪妖精たちにからかわれながら、ユウは砦に戻っていく。
「メスというのは厄介だな。我らには分からん」
 ショウが言うと、ゴブリンのトレルが下品な声を上げる。彼らもまた、ユウはやはり仲間だと思い直していた。






ハジュラの王城は二重の城壁に阻まれている。第一の門は跳ね橋と深い堀、第二の門は弓兵と警備兵たちの警護する門だ。どちらも、通るためには物々しいボディチェックを受ける。平民は跳ね橋を渡ろうとするだけで殺されても文句は言えない。
「あのさ、本気?」
 そんな城を見下ろすのは、ハジュラの城の北、城が小さく見えるほど離れた山の頂上付近である。
 アーサーは分厚い革製のヘルメットを被っている。
「ああ、一昨日試したが、アーサーくらいの重さを持っても大丈夫だった」
「ていうか、こんなことできるなら最初から言ってよ」
「気づいたのはこの前なんだ。仕方ないだろ」
 ミデと戦ったあの日、竜に飛びつくイーティングホラーは皆飛んでいた。あれの構造は分かっている。ごく自然に、羽を作れる。
「いいか、絡みつくけど、絶対暴れるなよ」
「いいんだけど、隣で控えてるミデちゃんはなんなのよ」
「投げるんだよ」
「ちょっと、なにそれ、待って」
「いいから喋るな」
 羽は、薄く作り上げて、十メートルを越える大きさになる。それを折りたたみ、胴体から発生させた触手でアーサーにからみつく。
「いいぞ、投げてくれ」
「うむ、これは最初のミデが考案した方法だ。これで幾多の竜を倒したものだ。じゃあ投げる」
「ちょっと、なに、本気」
「いいから喋るな。あと暴れるな。暴れたら血を吸うからな」
 返事を待たずに、ミデはその手にアーサーをつかむと、投げた。砲丸投げの形で放たれたアーサーは、悲鳴を上げる。ここはわりと男らしい悲鳴だった。
 ばさりと羽を広げたアギラは、滑空していく。その大きく広い翼は、闇夜の中で本当に飛んでいるのだ。
「うわ、これは凄いわ」
「あんまり喋るな」
 目的のハジュラ王宮西の塔、その頂上の出窓からは光が漏れている。何度か塔の上をぐるりと回った後で窓に突入して、触手で鉄格子を取り外した。飾りのようなもので、効果のあるものではなかったのが幸いして、個室の中に滑り込むのと、部屋の主が振り返るのは同時だった。
「ゾレル、久しぶりね」
「な、アーサー、アーサーかっ。どのようにして、いや、神のお導きか」
「神様ってのがシアリスを指してんだったら、悪魔か竜にでも祈るのが正解だわ」
 ゾレルは見事な赤毛の青年だった。アーサーが冷たい美しさを持つのとは逆に、ゾレルは筋骨隆々としており、このような軟禁生活の中でもトレーニングを欠かさないのだろう。その肉体は衰えていない。そして、幾たびもの貴婦人を巡る決闘の傷跡が全身に残されていた。美しくはないが、どこか愛嬌のある顔立ちとその肉体は実に魅力的といっていいだろう。
「彼はイーティングホラーのアギラ。彼の力でここまできたのよ」
「お初にお目にかかります、王子」
「おお、流石はアーサー、魔物を使役するとは」
「あのねえ、普通はアタシを偽者とか思うとこでしょ」
「お前を見間違えるものか。死んだと聞いたが、なぜか信じられんでな、そうか、やはり生きていたか」
 ゾレルはその逞しい腕で、アーサーを抱きしめた。すぐに離したが、そこには喜色満面の笑みがある。
「暑苦しいわね。さてと、ミレイユに乾杯しましょ。軟禁っていっても、ワインくらいあるでしょ?」
「おお、そうだったな」
 二人の初めての女、火あぶりにされた女に乾杯して、彼らは酒精を煽った。貴族のやることはよく分からない。
「さてと、近々あんたを脱獄させるわ。ゾレル、あんたが王になるのよ」
「ふむ、難しいぞ。ハーラル一家の財力と力に、我がハジュラの貴族たちの金玉を握る商人たちがそう簡単に頷くかどうか」
「分かってるだけでいいから、中心になってる商人と貴族教えて。破産させる方法があるのよ」
 ゾレルはニヤリと笑う。アーサーもいつもの人の悪い笑みだ。ああ、こいつに親友同士って自然だなぁ、とアギラは見ていて寒気がした。元の世界でなら、絶対に近づきたくないタイプだ。
 その後、専門用語の飛び交う密談は二時間以上続いた。アギラは見張りがこないか気配をさぐっていたが、どうやらドアが硬く閉ざされているせいか警備は緩いようであった。どのみち、下から入るとなると驚くべき苦労を強いられるだろう。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。それじゃあね、次会う時は本番よ」
「おう、任せておけ。委細承知した」
 帰りも窓から飛ぶのだが、高さあるといえ城の近くに降りねばならない。灯りの消えたスラム街に夜空を滑り降りていく。
 背中に殺気を感じたが、すぐにそれは消えた。これを見ていたヤツがいる。だが、アギラはそれをアーサーに告げなかった。それがなぜなのか、彼にも分からなかった。
 翌日から行動は開始された。いつものように、アリスが街中でハーラル一家にケンカを売ることから始まり、いつもの小競り合いが始まる。機人タキガワはシャルロットとエリザベートの警護に辺り、いつもの日常的な姿だ。
 準備は進む。一ヶ月が経った。
 一番簡単で確実な方法を取ることにしたが、これは後の世で虐殺扱いされてもおかしくない方法だ。ただ単純に、皆殺しだ。どうせ、それは商人の順番が入れ替わるというだけの話でしかない。騎士団も、今や商人とヤクザの資金力で動く傭兵だ。ハジュラは内紛に極めて弱い体質を持っている。だからこそ、資金力という面でシアリス正教がいとも簡単に次期王子の勢力を強めることに成功した。だが、定期的なお布施の催促には商人も頭を弱らせている。
 ゾレルが消えたのは、決行の三時間前である。
 アギラの作り出した翼で空を飛び、リンガー商会につくまでが二時間。時を同じくしてハジュラのシアリス正教大教会が炎に包まれた。
 ハーラル一家の本拠地も炎に包まれ、逃げ出す者たちをタキガワの機銃が蜂の巣にする。
 シアリス正教の騎士団は、到着できない。バロイ砦の亜人がハジュラ近くの街道警護の駐屯所を襲撃していた。彼らがかけつけた時には、炎と井戸に投じられた毒で、壊滅状態の駐屯所があるだけだ。亜人たちは撤退している。
 商人の私兵は、半分ほどしか動かなかった。利権さえ同じであれば、無駄に動く気など彼らには毛頭無いのだ。
 ヤクザ者の支配する夕闇通りラザンテ地区には、公式には騎士団が立ち入ることはできない。大門は閉ざされたまま、ハーラル一家は投げ込まれる火炎瓶などで死に体だ。
「気が進まないんだけどね」
 カザミの作り出した火炎瓶は、ラザンテ区を灼熱地獄へ変えていく。アリスが何か叫びながら、ハンマーを振り回して逃げるヤクザの頭を叩き潰していた。
 リンガー商会の強さは、汚れることを厭わないことにある。よく言えば、ハーラル一家は街を守るだけの任侠のようなものを持っていた。リンガー商会は、エリザベートとシャルロットの復讐のために作り上げられた飢狼の集団である。
 引きずられたハーラルは、少し前まで情婦であったエリザベートに、首を刎ねられた。
「いたた、斧って重くて、手首が痛いですわ」
 特に、エリザベートの胸には何も浮かばなかった。想像していたような達成感は無い。ただ、必要なことが一つ終わったというだけだ。
 ハジュラのシアリス正教大教会、それを束ねるカーマイン司祭は、この惨状に落ち着きなく歩き回っていた。正教本部よりやってきた細作によって助けられ、今は王城に避難しているが、与えられた個室で爪を噛んでいる。
「全て上手くいっていたというのに、なんたること。これでは猊下にどうお詫びすれば」
「カーマイン司祭、猊下は全てご存知だ。ハジュラの首が変わるという事態は、レミンディアを手に入れる布石にすぎない」
 細作は、黒髪黒目の長身の男は、なんでもないことのように言う。そして、テラスから外を眺めた。城の中庭は、何事もないかのように侍女と貴婦人たちが歩いている。
「ど、どういうことか。それに、猊下がご存知とは」
「猊下つきの細作と護衛のことは知っておられよう。私は猊下から密命を帯びている。我等がシアリス正教内部の不正を正すこと。そして、異形の抹殺」
「不正ですと、内通者がいると」
「ゾレル王子の御母堂、イシュルテ様を陥れた罪人、カーマイン司祭の断罪だ。その罪は、偉大なるシアリス様に詫びることだ」
 カーマインは、細作が部屋の隅にたてかけていた長い筒を手に取るのを、呆然と見ているしかできなかった。
「ま、待て、猊下がわたしを見捨てたというのか」
「ガザ、ハジュラ、ロイス伯爵領、バロイ砦、蜥蜴山脈、邪神の森、ガルナンディア大陸辺境の要、全てを手に入れられるのは猊下ということだ。それに、それは私にも都合が良くてな」
 次に司祭が口を開く前に、威力と銃声を抑えた魔銃が青い光を放った。外にいた衛兵と修道士が駆け込んでくる。が、衛兵も最後の懺悔の最中だと聞いていた。机の上には、司祭直筆の遺書と告白書がある。
「私は急ぎ本国へ戻る」
 銃士は言い捨てて、部屋を出た。何の表情もなく、大きな荷物を背負った長身の修道士にしか見えない彼は、顛末を見届けることなくハジュラを去った。
 ハジュラにシアリス正教は残る。商人の力は衰退し、アーサー王子と異形が暴れてくれるのは、シアリスを磐石に導くにちょうどいい祭りだ。そして、その磐石を求める行動が銃士の目的を達成させる要にもなる。
 金で裏切った傭兵たちの先頭に、アーサー王子とゾレル王子が正装で馬に乗っていた。
 ハジュラの民は、平伏して進軍を見送っている。
 跳ね橋では、必要なら下水道に潜んでいるミデとアギラを出してでも押し通る計画だ。力ずくだが、ゾレル派の貴族が王に書簡を届けるのに成功していれば、門は開く。
 戦いを前にして、鎧姿の王子二人を待ち受けていたのは、下がっている跳ね橋と平伏するハジュラの重鎮たちであった。
 馬を止めれば、並んで平服した重鎮たちの真ん中に、カーマイン司祭の首級がある。
「ゾレル王子、そしてアーサー王子、我らハジュラ貴族一同、お詫び申し上げる」
 ゾレルは、王子に相応しい態度と伝説になりそうな美麗字句で取り繕ったが、アーサーは無表情にそれを見ていた。
「ゾレル、一本とられたわ。どうにも、誰かの掌にいたみたい」
「……坊主共に用意されたというのが気に食わんが、今は祝うべきだろう」
 互いに囁きあって、彼らはゾルトール王の元へ通された。
 ゾルトール王は病にありながら、ゾレルを抱きしめて詫びた。第二王子以下の面子も、白々しいセリフを吐く。ゾルートル王は心底から、最も愛する息子に詫びていたが、他はそうではない。そして、ゾレルは王としての資質を、覇道を行く資質を持ち合わせている。
「ここに、第二王子と第三王子が私を陥れた証拠がある。父上、いや、ゾルトール王の前で決闘を申し込む」
 ざわついた一同の前で、王の顔に戻ったゾルトールは、「受けぬならば、国を消えろ」とまで言い放った。ここで首謀者が生贄になれば、この後に待つ粛清が少しはマシなものになることを理解している貴族たちに、王子を庇う者はいなかった。
 決闘は、第二王子が受けて、第三王子は追放を選ぶものになった。第二王子は、それなりの使い手だったが、ゾレルの一撃で胸を貫かれた。
「ここに、我は宣言しよう。我が子ゾレル・コカクに王位を継承することを」
 戴冠は略式で行われた。そして、アーサーの話になったが、ゾルトール前王とゾレル王が、旅の剣士殿である、と宣言したことで、アーサーをハジュラが擁護するというのが公的に宣言された。
 しばらくはゾレルの手伝いをするが、それも長く関わるのはまずいため、アーサーは専らリンガー商会と共に、色町の整備とホドリ監獄の恩赦についての打ち合わせをしていた。ぶち込まれていた罪人たちの三割は地下に残り、カザミも残ることになった。ホドリム・グレイと、監獄の中で生まれ育った子供たちは、ハジュラと、アギラとユウの国へ行くものに別れ、グレイについていくということで、三割ほどもアギラとユウの国へ向かうことになった。
「そろそろ、国って名乗っていいかもね」
「化物の国かよ。神官やってたころには、こんなことになるなんて思いもよらなかったな」
 シアリス正教の工作で、グレイの証言は必要がなくなっていた。しかし、彼は外に出ることに決めていた。どのみち、シアリスがハジュラにしぶとく居残ってしまったのなら、ここにいるのは危険だ。
 シアリス正教は、カーマイン司祭の悪事の侘びとして金子と謝罪文を差し出した。それだけだ。新たな司祭がやってきて、教会は規模を縮小して再建される。
「で、お前はどうすんだ。シアリス追い出してゾレルの助力も得れてって、そう考えてたんだろう」
「ここまでシアリスに出し抜かれると思ってなかったのよ。収穫はあったけど、連中の手の上っていうのは、ね。デキのいい弟が襲ってくるんだからさ」
「アギラとユウを捨てりゃあ、どっかの領主ぐらいには収まれるだろ。やんねえのか?」
「やんねえわよ」
 と、管を巻いているところに、エリザベートとシャルロットがやってきた。
 ゾレルの父であったコカク家当主のギリアム・コカクが自殺していたことを告げにきたようだ。シアリスの手で密葬されたが、その遺体には大きな穴が開いていたそうだ。同様に、イシュルテ婦人を陥れて火あぶりに追い込んだ連中は、全て不審な死を遂げている。
「シアリスの暗殺者共だな」
 ぽつりと、グレイはつぶやいた。グレイのことが表に出なかったのは幸いかもしれない。それすらも、用意されたものであるかもしれないのだが。
「王子、私はこれからどうすればいいでしょう。復讐も、ゾレル様の王位も取り戻せました。ゾレル様は、正式にラザンテ区の管理をリンガーに任されましたが」
「いいんじゃない。リンガー男爵家はリンガー商会を経営してるってことで、あんたならできるわよ」
「姉上、そうでございます。っていうか、貴族の礼儀作法とか忘れちゃったしさ。姉さんがいないと、あたしじゃ勤まらないもの」
 いい姉妹だ。この二人で今までも飢狼を統率していたのだ、今は少し気が抜けただけですぐに立ち直るだろう。
「エリザベート、あんたならやれるわ。どうせ、貴族の仕事なんて退屈だもの。アタシが王になったら、側室か、そうねえ……やっぱり王妃にしてあげる」
「は、本気ですか」
「冗談のつもりだったんだけど、それも悪くないって今思ったわ」
 グレイは『バカ王子が』と胸の中で毒づいた。そして、あの絵本を作ったのは正解だったな、と薄く笑ったのである。
 リンガー商会に用意させたのはミデを隠すための荷車と、バロイ砦にいく二十人ほどを乗せるための馬車数台である。
 ゾレル王からは、旅の剣士へこの度の褒章が渡された。
 出立の日、アリスらギャング一同から、ご禁制の麻薬などの密輸を頼まれた。それとは別に、酒や砂糖などの土産を渡されている。
 ホドリ監獄は、カザミが仕切ることになって、今も変わらず小さな村は発展を続けている。監獄の酒は、最近では一般に出回るようになっているという。地下で醸造された特別な酒は、独特の風味がある。新たに監獄へぶち込まれた処刑を免れた貴族たちが、カザミの指示の元で働かされているというのも妙な話だ。
「そういえば、魂の井戸はいいのか?」
幌付き荷車の中でアギラが尋ねると、鎧をつけて剣を背中に挿していたミデが答える。
「新しいミデが生まれているころだ。次のミデはイーティングホラーにも負けないミデになっている。ミデも鎧をつけることを覚えた、井戸のミデも覚えている」
 永遠に続くガーディアン。繰り返し、そこでミデは生まれる。
 強大な力を持つミデなら、ユウに殺されることはないだろう。しかし、絶対にユウはまたおかしなことを言い出す。
「口先で丸め込むしかねえな」
 小娘一人くらい、多分大丈夫だ。剣さえ抜かせなかったら、そう簡単にはやられない。
 三ヶ月ほどの旅になった。約束の二ヶ月は過ぎて、どうやって機嫌を取るべきかと考える。亜人に陽動を任せるために、日本語で文は送っているが納得しないだろう。
「どうしたものか」
「アギラはいつも何か考えているな。これでも食え。シニクには負けるけど美味いぞ」
「ああ、ていうか、これ土産だから勝手に食うなよ」
 砂糖を舐めていたミデは名残惜しそうに麻袋を閉じて、手についた砂糖を舐め取っている。
「うわ、ここの砂糖って味が違う」
 甘いものでもあげるのがいいだろう。小豆があればゼンザイくらいは作れる。随分昔、学生時代にバイトで作ったな、と懐かしい思い出が蘇った。大量に砂糖を使うため、ここで作ろうと思ったら驚くべき高級品になるだろう。
 帰りたい、と思う。だけど、それも無理だろう。ここはそんな魔法が存在する世界ではない。あったとして、どうやって見つけだせというのだ。
 順調な道のりで進み、バロイ砦が見えてきた。
 三ヶ月と少し離れていただけで、また外観が変わっている。収容人数が三百と少しだった砦は、砦を中心として粗末な町が出来上がりつつある。
「おーい、アーサー。なんだこりゃ」
「あらら、あれってガザとハジュラの商人に、流れの隊商までいるわね。それに、ゴブリンから何から、なんでもあるわね」
 粗末な小屋、と思っていたが、そのほとんどは何かの露店だ。普通の都市では確実に違法とされるものが軒を連ねている。さらに言うなら、盗品と思しきものや人買い人売りまでが青空の下で、威勢のいい声を上げていた。
 しばらくして砦につくと、ユウやショウたちが出迎えてくれた。再会の言葉よりも先に、アーサーがユウに詰め寄った。
「ちょっと、なんなのコレ。凄いことになってるけど」
「ええっとねー、織田信長のやった楽市楽座っていうの? 場所代とって、好きにしていいって言ったらさ、なんかこんなことになっちゃった」
たった二ヶ月で、ということである。元々、ハジュラとガザとロイス伯爵領を結ぶ要所だ。砦付近での売買というのは少ないものではなかったが、以前は細かい上に重い税金と、取り扱いの制限があった。しかし、今は場所代と適当な税金だけ。禁制の密輸もやり放題という状況で、ブラックマーケットが出来上がってしまったらしい。
「ていうか、凄いお化けがいるんだけど、なにあれ?」
ミデは、女の上半身と蟹百足の下半身。特に、下半身は大きな馬ほどもあり、高さだけでいうなら二メートルを越えている。見た目の威圧感からして、百七十センチのユウから見ても大きすぎる。
 露店だらけの道をノシノシと歩いてくるのを、人々は様々な反応で見守っている。神に祈る者もいれば、邪神の信徒はその場で感激のあまり失神したりと、アギラの時より騒ぎが大きい。
「ユウ、大丈夫だったか」
「アギラさん、約束より遅れたよね。でも、おかえりなさい」
 ここで、ただいま、とか言ったら確実にこの小娘は暴走する。
「あー、ありがとうな。あれはミデ、ハジュラの遺跡の中で仲間になったんだけど」
「だけど、何かな?」
「おい、変な目で見るな」
 アーサーは「ちょっと賑わいを見てくるわ」と、グレイと共に行ってしまった。
「ねえ、どういうこと」
「アギラ、あれ買って。金がいるとか言ってる」
 すでに商品らしい果物をかじっているミデは、ユウに全く気を遣わない。
「勝手に食うなよっ。ちょっと待て、ユウ、変な誤解すんな。それから、新しく仲間になったミデだ。仲良くしろよ」
「あー、よろしくね」
言葉とは裏腹に、殺気が高まっている。
「なんだお前、ミデと戦いたいのか。ミデはアギラに仕えている。アギラの敵じゃないなら相手しないぞ」
 ダメだ、話を聞いてくれない。
 ユウに宿った殺気は、すぐに霧散した。いつもなら、ここで本気で向かってくるところなのに、成長したのかもしれない。
「うん、なんかこの人天然っぽいから分かんないでもないけどさ。アギラさん、あっちでお話しよっか」
「いや、ちょっと仕事が」
「いいから、あっちで、ね」
 満面の笑みで触手を握ったユウは、アギラをひきずって砦に入っていく。
「仕事がんばってな。ミデは何か食べている。必要になったら呼べ」
 邪神の信徒たちが寄ってきて、店主に金を渡している。何かご利益があるのか、ミデの蟹百足を子供に触らせていた。
「ご主人様とか呼ばせてたら、殺す」
 笑顔で言うな。
 少しずつ、バロイ砦は繁栄を始めている。混沌に満ちてはいたが、それはアギラとユウには心地良いものだった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026285886764526