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No.1501の一覧
[0] ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/23 01:02)
[1] Re:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 01:22)
[2] Re[2]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 23:42)
[3] Re[3]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 01:56)
[4] Re[4]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 23:32)
[5] Re[5]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/27 18:55)
[6] Re[6]:ヴァルチャー[喫著無](2007/09/28 21:34)
[7] Re[7]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/29 17:17)
[8] Re[8]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/30 21:57)
[9] Re[9]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/02 23:27)
[10] Re[10]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/04 19:01)
[11] Re[11]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/05 23:41)
[12] Re[12]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/06 21:23)
[13] Re[13]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/08 00:21)
[14] 番外 ヤナギ[ポンチ](2010/06/08 00:04)
[15] 番外 ツバキ[ポンチ](2010/06/09 21:00)
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[1501] ヴァルチャー
Name: ポンチ◆8393dc8d ID:440294e0 次を表示する
Date: 2007/09/23 01:02
 いつもの毎日。
 冴えない毎日。
 明るくない未来。
 ほんの少しだけ忘れるために、色々やった。
 ギャンブル、風俗、麻薬、低価格な遊びの後、少し体を悪くした。早く終わっちまえよ、このクソ人生が。
 そんな時、ゲームセンターで見つけたのが、ヴァルチャー・オンラインだった。






 ヴァルチャー






 マニアの間で人気のゲームがあった。
 ヴァルチャー・オンライン。
 ゲームセンターの大型嬌態で、会員登録の後でネット端末型嬌態に乗り込み、専用のバイザーを被る。
 目の前で繰り広げられるのは、圧倒的にリアルな世界だった。
 ファンタジー世界で繰り広げられる冒険。
ハリウッド映画の製作に使われるCG作成ソフトと、超高性能コンピューターの処理によって可能になった、限りなく現実に近いゲーム。音と振動で大地の感触まである。それでも、それは機械の作り出したものだ。現実とは違う。
 それでも、そのリアルはマニアの間で熱狂的なファンを生んだ。
 一時間二千円。一万円分のチケットなら、十五分のおまけがつく。
 ヴァルチャーショップは、一部の大型都市でだけ稼動している。最初は長蛇の列だったが、金がかかりすぎるため、稼動して半年を過ぎると予約も楽になった。
 伊藤明、ヴァルチャーネーム『アギラ』は、冴えない会社員だ。そろそろ三十歳、冴えない女とも付き合っているけれど、さして好きでもない。もう少しだけ若いころは、人生に限界を感じて無頼のようなこともしていた。
 麻薬は、ゴミのようになった連中を見ていて、末路が見えていた。一度だけシャブをやって、三日間眠れないだけだった。ドラッグの先輩が死んで、シャブはその一度で辞めた。
 その後、マリファナとタマ(MDMA)を続けたが、あまりハマれなかった。
 ギャンブルはパチンコとスロットと、シャブの売人から紹介されたチンチロリンくらいだが、あまり嵌れなかった。
 どれも違う、と思っていた矢先、立ち寄ったゲームセンターでヴァルチャー・オンラインにハマった。
 有給を使って、ボーナスと貯金をつぎ込んで、廃人プレイヤーの道は、緩やかな破滅の達成感を感じられる麻薬だった。
 大丈夫、実家は金持ち。
 この先の人生は見えている。普通に破滅して、路上生活者に落ちるか自殺。その二つ。
 こんなはずじゃなかった、といつも思っている。
 自殺するだけの絶望はないけれど、怠惰に落ちるくらいの絶望は感じている。全て自分のせいだ。全て全て。
 ヴァルチャー・ニュースに、どこかの馬鹿が送った脅迫状が報じられていた。
 こんなゲームをやるヤツは根こそぎ殺す。
 どうせ、ヴァルチャー廃人で借金ダルマにでもなったアホだ。
 今日もゲームセンターに急ぐ。ヴァルチャーを開発した会社の経営する大型アミューズメント店の、会員制エリアへ向かう。
 ネクタイを緩めながら、入り口のガードマンに会員証を差し出した。ボーナス全額で一括払いをしたおかげで、残り百時間がプールされている。
 端末に入り込んで、バイザーを被る。
 伊藤明はアギラへと変身する。
 現在のホーム、ガルディアナ大陸、邪神神殿。
 パーソナルネーム、アギラ。種族、異形。属性、秩序・邪悪。運命、破邪星。
 通常、種族は人間やエルフといったヒューマノイドタイプだが、ゲーム中に特定の行動を繰り返すことで『異形』『化身』『魔人』『天人』『機人』などのレア種族へメタモルフォーゼすることができる。
 ゲームが稼動を始めて半年、今でもこのメタモルフォーゼ条件は謎が多い。レア種族は、外装が極端に醜いか美しい。天人などは、プレイヤー達の憧れだ。装備できるものが少ないものの、能力も高い。だが、一部のホームに入れなくなったり、特定の強敵がビルドアップ状態で襲い掛かってきたりと制約も多い。
 アギラは圧倒的不人気の異形である。
 対人戦を繰り返すのと、無差別の殺戮行為、とはいってもゲーム内で許される範囲のものだが、そういったことを好んで行っていたためか、通常ならば上級職へのクラスチェンジとなるはずが、異形へと強制チェンジされてしまった。
 異形はネットの情報によると、幾つか種類があるらしく、アギラはその中でも圧倒的不人気の『イーティングホラー』である。
 食鬼、ショクキとも呼ばれる、イベントボスモンスターとしても登場する種族で、クリティカル発生時に高確率でランダムに装備品を破壊する嫌らしい敵である。
 異形の特性、神聖属性の街への移動時、神聖属性NPCが敵対する。または、教会より放たれたハンターと呼ばれるNPCが襲い掛かってくる。妖精族などの管理するエリアではショップや回復施設の使用が不可能。神聖属性攻撃により200%ダメージを受ける。
 プラスの特性は、神聖属性の敵に150%ダメージ、アイテムドロップ率の20%アップ、暗黒属性エリア内でのショップ価格が10%下がる、邪神神殿でのステータス回復が無料。
 能力は高いものの、イーティングホラーは中距離と短距離の物理攻撃しかスキルが存在せず、通常の回復アイテムの使用ではダメージを受ける。暗黒属性神殿もしくは寺院でのみ販売されているダークポーションを使用するか、ザコ敵を倒した際に行う死体採食により回復は可能。
 レベル三十五でようやく覚えた『吸血』で、戦闘スキル兼回復スキルがようやく追加された。通常キャラクターであれば、こんな苦労はなかっただろう。
 アギラがオンラインにようやく接続された。
 プレイ時間の消費が開始される。
 目の前に広がるのは薄暗い森だ。
 ガルディアナ大陸の最南端。広大な熱帯雨林フィールド、邪神の信徒たちの聖域。神殿の最下層にはゲーム設定上の大ボスであるとされている邪神が復活の時を待っている。
 アギラは異形としてガルディアナ大陸の首都、通称初心者街、正式名称クリールの街を逃亡し、ようやくここに流れ着いた、ということになっている。実際は、異形としてクラスチェンジした瞬間、シアリス正教神殿内にいたプレイヤーたちにスクリーンショット機能で撮られまくったあげく、襲い掛かってきたNPCから逃げまくった。街の外に出るまで、名も知らないプレイヤーたちに回復してもらったりで、この辺りに来るまでも色々と助けてもらった暖かい道のりだった。
 設定上は、人間やエルフたちに追われる中で、人間であるという心は捨てて、ここから異形としての人生が始まる、といった具合だ。
 森の中には敵モンスターが多いが、襲い掛かってくるものは少ない。
 リアルなCGのワーウルフは、アギラに無反応だ。
 混沌・邪悪属性のモンスターでも、攻撃をしかけない限り襲い掛かってくることはない。通常キャラであれば、属性の如何に関わらず敵がわらわら向かってくるところだ。
 邪神神殿近くは、レベル二十五から三十五辺りまでの狩場だ。それもかなり危険な狩場になる。ドロップアイテムに良いものは多いが、敵が雪だるま式に集まってくる上、ドロップは美味しくても、それ以外は美味しいとは言えないザコ敵ばかりだからだ。
 邪神神殿近くのクリール軍基地もあまり使い勝手のよいホームではない。そのため、あまり人のいないエリアでもある。
 終電までの三時間、今日はレア敵を狩りにいく。異形とパーティーを組んでくれるものは少ないし、このエリアで他プレイヤーと出会うのも稀だ。一人でレア敵を狩るため、アギラはここで延々とレベル上げをしていたのである。
「この辺り、かな」
 一瞬目の前がブレる。
 ほんの一瞬の処理落ちの後で、遠くから何かが走ってくる地響きが伝わってきた。シートの振動機能なのだが、深呼吸して鼓動を抑えた。
「オォレ様の縄張りに何の用ダァァァ」
 アギラの身長は一メートル七十として設定されている。その倍以上、軽く見積もって五メートルの巨体。
 二足歩行のサイである。ネームマーカーにはバルガリエル、ライフは推定一万三千、ワーウルフ十五体分の数字だ。
「くせぇホラー野朗が、ここに入ったヤツはみんな餌だぜぇ」
 おっと、ここで特殊セリフ発動。普通なら、人間がぁ、みたいなセリフのはずだ。ネットに後で書き込まないといけない。
 アイテムスロットからワーウルフの背骨を選択。投げて攻撃を行うタイプの一発限りのマジックアイテムだ。近距離からの使用でダメージが大きくなる。邪悪属性のキャラにのみ使用可能。
 七つあった背骨を使い切って、ようやくライフマーカーの半分が減ってくれる。スキル接近攻撃を使いまくる。手に嵌めたグローブを動かすと、目の前でイーティングホラー・アギラの触手が伸びまくる。
 イーティングホラーは、人間っぽいシルエットの黒い塊だ。全身から触手が伸びるようになっていて、人の姿は擬態のようなもの、という情け容赦ないモンスター設定種族。プレイヤーキャラにするような種族じゃないよな、と苦笑する。
 頭部に攻撃を集中する。これはなんとなく。ゲームを始めた時からの癖だ。殴るのは顔がいい。
「死ねっ、死ねっ」
 上司の顔は重ならない。アギラになっている時は、現実は捨てている。
「ち、畜生がぁ、このバルガリエル様が異形なんぞに」
 膝をついて、バルガリエルが見つめてくる。
 攻撃マーカーが表示されない。
 システムメッセージが表示される。
『バルガリエルを殺害するならこのまま攻撃を続けて下さい』
 二秒迷って、再び現れた攻撃マーカーを、見つめてくるサイ男の画面にあわせた。触手がバルガリエルの額を貫いて、登場時より盛大な振動が伝わった。
 スキルスロットから採食を選択。ライフは限界に近い。
 ライフが限界まで回復してから、アイテムゲット。バルガリエルの使用していた腐敗の戦斧、それから四天王の護符。
 システムメッセージが表示される。
『邪神軍中将バルガリエル殺害により、邪神軍と敵対。属性に反逆が追加されました。称号に邪神の反逆者が追加されました』
「っておい、マジか」
 マップが更新され、黄色で表示されていたエリアが真っ赤に変わっているのを確認した。ここは危険地域のど真ん中だ。
 焦っていると、バルガリエルの死体が消えた後に、遠くから光が走ってきた。
「お、イベント発生」
『バルガリエルを倒した強き者よ、我はダークエルフ軍少佐のマリアーナなり』
 光がはじけて、軍服黒エルフのNPCへと変わる。
『強き異形よ、貴様を我が軍に招こう。いやだとは言わせぬ。どのみち、ここから逃げられる方法はないぞ』
 強制イベントだ。
 なんとかいうハリウッドスターに似た黒エルフによって、エリア移動のロード画面に切り替わる。なぜか、待ち画面は女司祭のイメージ映像だった。今じゃ敵なのに。
 ふー、とため息をついた。ネットに書き込む内容が増えた。
 なんとかいう人気声優の歌うイメージソングが流れている。人気キャラの商品が出ているらしい。
 歌が突然途切れた。
 なんだか懐かしい電子音が響いてくる。
 確か、小学生のころに一度はやっているあのゲームの音楽だ。
 呪われた時の音楽、冒険の書が消えた時の、あの音楽。
 なんだろうと思った時、バイザーの画面に踊る女司祭の動きが止まった。
 なんだか大きな音が響いて、意識はそこで途切れた。
 バイザーから流れた過電流が、伊藤明の脳細胞を焼き尽くしたのだ。
 翌日の朝刊で、サイバーテロ、なんて見出しがついた、ヴァルチャー廃人による無差別殺人。とにかく、伊藤明は死んだ。
 下らない死に方だけれど、数秒で死んだのだから、良い死に方かもしれない。
















 パチリと一瞬で覚醒した。
 伊藤明は、目の前に広がる現実の熱帯雨林で、パニックに陥った。ドラッグのフラッシュバックか、それとも何かの犯罪に巻き込まれたのか。
 ふと、体の感覚がおかしいことに気づく。
 あれ、手が真っ黒だ。
 ツルリとした触感の、触手。足で歩いているけれど、その足も、ただの擬態。
 イーティングホラー。






 第一話 世界なんて滅んでしまえ






 それから一週間が過ぎた。
 森の中で、発狂していると、色んなものに襲われた。
 未だ、人間とは会っていない。
「これは夢だ、夢、夢、夢」
 ワニに似た動物の肉を口でむしる。
 固定の器官は無い。目に相当するものも、口に相当するものも、触手と同じように作り出す。本能的にそれは行われる。幾つも作れるが、目は四つが限界。それ以上作ると自分がどこにいるのか分からなくなる。
 ワニに噛まれて痛んでいた場所は、触手で血を吸い上げると癒えていく。
「なんで狂わない、なんで狂わない」
 なんでだろう。
 狂う自信はあるのに、なぜか頭の中は狂ってくれない。
 アキラはアギラになってしまって、ここはどこか別の世界。ヴァルチャーの世界。
「お母さん……」
 ふと母親の顔が浮かぶ。涙は出ない。
 なんで、俺はそこまで苦しんでないんだ?
 考えてはいけない。
「誰かっ、助けてくれーっ、助けてーっ」
 叫んでみたが、鳥が飛び去っただけだ。
 CGの森ではない。どこが北でどこが東か。それも分からない。
 ただ、歩くだけだ。
 ワニを食べ終えて、また歩く。どこかで人と会えるかもしれない。会ったら、この姿だと悲鳴をあげられるかもしれない。殺されるかもしれない。それでも、人に会いたい。
 ワーウルフが茂みからこちらを覗っている。襲ってはこない。
 現実のここは、モンスターと呼ばれるものでも簡単には襲ってこない。こちらから手を出さない限りは見ているだけだろう。このイーティングホラーの肉体は、食べても美味しくなさそうだ。多分それが一番の正解。
 単体で動いていて知能の低い動物。群れているものを狩るのは危険。イーティングホラーはなんでも食べられる。
 分かっているのはそれだけだ。アギラのステータスは確認できない。
 どれだけ歩いただろう。
 こんなとき、誰か襲われている人がいて、それを助けるようなイベントが発生してくれるものだが、何も起こらない。
 獣の遠吠えが聞こえた。
 太陽の出ている時間に珍しい。
 何かあってくれ、と願って音のした方向へ歩を進める。どのくらい遠くにいるのかは分からない。
 夕暮れまで歩いて、途中、小さな獣を狩った。触手で貫いて、食べる。
 ふと、足を止める。危険を感じた。
 木が数本、大木と言っても差し支えない木がへし折られている。これを行えるだけの馬鹿力の何かが、近くにいる。
 何かが聞こえた瞬間、茂みに隠れた。
「くっ来るな」
 遠い、まだ少し先だ。
 そろそろと這っていく。
 人の声だ。危険でもいい。近くで、近くで。
「狩り場荒らしの人間を許すとでも思ってんのかぁ」
 それは、散乱する死体と、化物と向き合う女騎士。そんな分かりやすい図式だった。
 化物は二つの足で大地を踏みしめ、巨大な鎖帷子に身を包み、禍々しい戦斧を持ったバルガリエル。
「いいぜぇ、お前はなんで俺に向かってきた?」
「へ、な、何故と」
 バルガリエルはゲームと違って野蛮な喋り方ではなかった。
「オレの狩り場に勝手に入った挙句に、オレを殺すと叫んだのはお前だろう?」
 千切られたり潰されたりして散乱する死体。こんな化物に剣で突っ込むなんてどうかしてる。
「ぶ、武勲は騎士と貴族の、ほ、誇りだ」
 バルガリエルは返事の代わりに斧を振り上げた。
 止めるか止めないか、無理だ。バルガリエルに勝てるなんて思う方がおかしい。ゲームの中のデジタルなライフマーカーと、本物の彼は違う。こんなものを殺せるはずが無い。
「もう一度聞く、助かりたいか? おい、そこのクセェ異形っ、出てきやがれ」
 にらまれただけで、反射的に体が動いた。ずるりと隠れていた茂みから這い出す。
 何を言えばいい。この化物に何と言えばいい。いや、そもそも助ける気が、自身に存在しているのか。人と会えたのは良いことだ。だけれど、それだけの理由で死にたくはない。
「おい、手前はこいつの仲間かっ」
 バルガリエルの不思議と平静な声に口を作って開く。
「いや、偶然、ここに来ただけだ。関係ない、です」
「ほお、お前喋れるのかよ。変わった異形だな。で、こいつはどうしたらいいと思う」
 そんなことにどう答えたらいいんだ。
「わ、分からない」
「殺さない方がいいとか思ってんのか」
「分からない。けど、殺したら、また復讐に来るヤツがいるんじゃないか」
 バルガリエルは小さく笑った。
「よかったな、お前。どっかに消えろ」
 女騎士は何度もうなずいて、走り出す。
 この森を、一人で抜けられるのだろうか。
「おい、お前、なんで喋れる。お前も神官に産み出されたクチか」
「分からない、気づいたら突然ここにいた」
「ほお、俺はバルガリエル。お前は?」
「アギラ」
 バルガリエルは地面に座り込む、アギラもそれに倣った。
「ここがどこだか分かってんのか?」
「何も分からない。名前しか知らない」
 人間だと言ったら、ゲームの怪物は笑うだろうか。
「そうか、ここはガルディアナ大陸の邪神の森だ。人間風に言やあ、邪悪な森ってヤツだ。ここから北にいきゃあ多分お前が生まれた神殿がある。普通はあの中にいるもんだがよ、逃げ出したクチかい?」
「気づいたら森にいた。その前のことは、本当に分からない」
「まあいいや、言いたくないこともあらあな。ここに住んで始めての客だ。お互い行くとこもねえみてえだ、今日はメシくらいは食わせてやるぜ」
「ありがとう」
 心が動いた。
 なぜか、とても嬉しい。
 バルガリエルは、何も言わず立ち上がると、簡単な石の竈を作って火をおこした。数日前に狩ったという熊の肉を今は焼いている。
 焼いた肉は、美味い。あまり栄養にならないことは体が理解していたが、美味いものは美味い、そう感じる。
 真っ暗になっても、目は利く。それはバルガリエルも同じのようだ。
「何もしらねえなら、教えてやるよ」
 と、バルガリエルは語り始めた。
 この森は邪悪な生命の住まう邪神の土地で、数日も歩けば人間の世界との境界がある。何年か前には人間が森を焼こうとしたが、邪神の神殿を管理する悪魔たちに敗北して逃げ出したのだそうだ。
 バルガリエルは、邪神の神殿で生まれたが、並外れた知性を持ったことからか処分されそうになって逃げ出した。人間の住む土地に逃げ出すこともできず、森に住む内に追っ手はいつからかこなくなった、とのことだ。
 行く所がないなら、しばらくここにいてもいい、とバルガリエルは言った。多分、バルガリエルは会話をしたいのだろう。そう思った。
 三ヶ月ほどバルガリエルと共に住んだ。
 狩りの方法を教わった。この森に住む化物の対処の仕方を教わる。
 会話はそこまで弾まないが、互いにそれでいいと思っていた。
 焚き火に向かい合っていると、バルガリエルが先に口を開いた。
「お前、これからどうするよ?」
「森の外に出てみる」
「そうか」
 バルガリエルは、彼はそれ以上言わなかった。
「人間の特に魔術を使うヤツには気をつけろ。あいつらとは話ができるかもしれねぇが、罠も仕掛けてくる」
「分かった」
 いや、分かっている。人間社会はそんなものだ。そこで育ったアギラには、この森でバルガリエルと二人きりの生活はできない。だけれど、外に出てどうしろというのだろう。
 クズみたいな人生が終わって、今から始まるのはなんだろう。
 翌朝、バルガリエルが集めていた、今までにやってきた人間の持ち物の中から、地図と金らしきコインを集めて出立した。
「また、来いよ」
「うん、ありがとう」
 ゆっくりと歩く。
 何をしたらいいんだろう。原因が分からないなら、元の世界には帰れない。それに、帰れたとしたらこの体はどうなのだろう。
 考えてはいけない。
 人間に化けることもできない化物は、どうしたらよいのだろう。
 分からない。だから、歩くことにした。


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