スコットは目の前の人影を追いつつ王城の門を出る。豪奢な飾りの馬など自分には要らぬと思いつつ、身形を整える事の大事さは知っている
しかし、自分の目の前を行く人物の更に豪奢な成りはどうした事か。スコットの知る彼は徹底した実益主義者で、公ではない場や、民の目に触れぬ場では、何時も質素な服を着ているのだが
それほどこの外交を重要に感じてくれているのだろうか。スコットはそう思いつつも、回りを守る衛兵にも憚らず、どんよりとした声を発した
「我が君」
そう、スコットの前を行く、豪壮な衣に高潔な気風の感じられる白のマントを羽織る人物こそ、ユイカ国王、ルルガン・ホワイト・ユイカであった
「このスコット、蒙昧の徒ではありますが、レゾン国との友好が如何に重要な物か、それは理解している心算です」
「うむ、そうだろうなぁ。お前はとても頭が良いからな」
クルリと馬上で振り向きつつ、まだ二十台半ばであろう黒髪の青年がニヤリと笑う
いけしゃあしゃあと言う物だとスコットは苦笑いした。ただの苦笑いでは無い。スコットの胃はキリキリと痛んでおり、頭痛は既に二日前から止まらぬままである。そんなスコットの苦笑いが、安く流されて堪る物か
「ですが…! 私は我が君がやれと言うから、矮躯に鞭打って馬民族との交わりを成そうと駆けずり回っておるのですぞ! 今日とて氏族の長との会見があったのです! 幾らレゾン大使の持て成しの為とは言え、その苦心をあっさりと延期なさるようでは、国家の大計は成せますまい!」
そう。レゾン大使の接待に自分が出席するなど、スコットにとっては突然の事態で、正に仰天の類だった
「文句があったのか? では早々に申し立てればよかったろうに」
「我が君が私を避けておられたのでしょうが!」
スコットの憤懣は爆発した。馬民族氏族長との会見を延期せよと通達されたのが二日前。当然スコットはそれを取り消して貰う為にルルガンに申し立てを行おうとした
だがルルガンを尋ねたスコットは、一言物申す事すら許されぬまま門前払いを食らった。政務に忙しい故、と言うのがその理由だった
それだけならまだ言い包められても良いと言えよう。事実なのだから。しかし問題なのはこの、器量がどでかい癖に賢しく小手先の技を好む君主だ
スコットは門前払いを食らった直後、己の執務室に担ぎこまれた膨大な量の羊皮紙に、忙殺される運びと相成ったのであった
「馬鹿者。要事は全て密議でこなせ。格好だけの会見ならばいっその事取りやめてしまっても俺は構わんのだぞ」
「………」
スコットが悔しいのは、ルルガンの言う事が強ち外れていないと言う所だった
態々日時を民衆に知れ渡るようにして行う会見では、重要な取り決めは殆ど行わない。会見などはただの格好つけで、全てを裏でひっそりと決めていくのがスコットの流儀だ
大体事ある毎に話し合いやら親書やらが必要なのだ。一々大仰な護衛を引き連れて行うよりは、隠れながらの方が遥かに効率はよかった
「うぐぐぐ…簡単に言いなさるが、形式も必要で御座います」
スコットはがっくりと項垂れた。どうせ何を言おうとも、我が君はお聞き入れ下さるまい
元々スコットはルルガンと親しい訳ではない。確かにユイカ国王として忠誠は尽くしているが、寧ろ関係は疎遠な方だ
交わる機会が無かったと言えばそれまでであろう。“ユイカ国王”の玉体は一つしかなく、そしてその身がこなさねばならない仕事は、それこそ数多くあった
「はっはぁ、スコットは普段、弁と奸智を抑え、謙遜と礼を持ち、己を低く見せようとしているな」
「唐突に何を言われるのですか。………からかっておいでですな?」
「いーやいや、だが今はスコットの、その冷えた弁舌と奸智が要るのだ。よく俺を手伝ってくれ」
オリジナル逆行9
寝室で、ドロアとカモールとカシムが、額を寄せ合った
「カシム殿、策を」
頭に黄色い布を巻いた男は一度頷く
カシムはドロアに請われてここに来ていた。ドロアの依頼によって、此度の事件に力を貸してくれるのだ
漸く痺れ薬の抜けたカモールが耳を欹てる。一言一句聞き逃すまいとして、彼女は身を乗り出した
「概略を話す。ルルガン国王の一行は今日の昼に劇場に到着する。人目など考えて、襲撃はそれ以降。時間としては些か余裕があろう」
「襲撃の方法は?」
「ルルガン王の護衛は敵側と見て良い。そうなれば暗殺者に人数は要らぬ。少数の手練が、初めから劇場に潜んで居ると考えるのが妥当だな」
カシムがルルガンの入る劇場の見取り図を取り出し、舞台袖と部屋隅、そして二階のテラスを指で示す
光が漏れず、入らずの造りだ。中で松明を燃やすのだろうが、それでも人が容易に隠れられるくらいの薄暗さであろう
「しかし少数とは言っても、こっちよりは多いです。私の所の部隊長に事件の事を言ってみたんですけど、信じてもらえなくて…」
カモールの言葉にカシムがさも面白そうに笑った。カモールが首を傾げる。自分は何か面白い事を言ったのか?
カシムは首を振って答えた
「いや、カモール殿の上司はそうでも、同僚は違ったぞ。カモール殿が命がけで国に尽くそうとしていると言ったら、皆息巻いて協力を申し出てくれた。直ぐに駆けつけてくるだろうさ。…………相当に信頼されているな」
カモールは一瞬唖然とした顔となり、その後に照れながらも、嬉しそうな顔になった
因みに協力を取り付けたのはドロアだ。一応、「独断で動くのは命令違反になるぞ」と脅してみはしたが、その程度で怯む者達ではなかた。それにもし事件を解決すれば大きな功績となる。功を積めば、罪に問われる事は無い筈だ
「彼等はカモール、お前が指揮しろ。傭兵の類にしゃしゃり出てこられて、黙っているような温い兵達ではあるまい」
「え? は、はい!」
ドロアが言う間に、カシムがもう一枚地図を取り出す。それは劇場周辺の地図だった。カシムは劇場内の見取り図と周辺地図の写しを取り出すと、それをドロアとカモールに押し付けながら言う
「して、ドロア殿。貴殿はアルバート殿と友誼があるのだろう。伝えなくて良いのか?」
「状況を鑑みれば、此度アルバート殿は何も知らぬのが一番好ましい」
幾らか余裕があると言っても、アルバートを動かす程の時間は無い。ならば「知っていたが何も出来なかった」より、「最初から何も知らなかった」の方が受ける叱責は無い筈だ
そこまで考えて、ふとドロアは思い至った
そうならば、事が全て終わった後に、此度の件は全てアルバートの慧眼によって解決した事にすれば良い。幸いにしてカモールはアルバートの率いる軍団の兵。話の辻褄合わせも簡単になるし、何より独断行動の咎を受けずとも済む
そしてもし失敗した時は、何も先程も言ったように何も知らなかった事にしておけば良いのだ
ドロアは眉を顰めた。この期に及んで自分は何て下らない事に気を配っているのか
男が下がるわと吐き捨てつつも、ドロアは続けた。失敗などあってはならないのだから
「良いかカモール。今回の第一は、まずルルガン王とレゾン大使の身の安全」
流石に、ルルガン王の身を害そうとまでは考えて居ないだろうが、と胸中でドロア
「そして、レゾン大使に此度の件を気付かれぬ事。音も無く劇場の中に入り、闇に乗じて敵を屠るのが最上だ。……どうしようも無い時は、宴の剣舞と称して太刀回れ。極力注意しろ」
其処まで言ったドロアは、突如として馬の嘶きを聞きつけて、木窓を開け放つ
すると其処に、向こうの通りから十数騎もの騎兵が掛けてくるのが見えた。先頭を走るのは青い髪の男で、巨大な盾を背負い、長大な剣を腰に差している
ギルバートだった。ギルバートは顔を出したドロアを真正面から無視し、その後ろに居るカモールに向けて言い放った
「おぉし! ギルバート以下歩兵部隊推参! カモール、率いろ!」
ドロアは、今は騎兵だろうがと言う呟きを、無理矢理飲み込んだ
「すまんな、カシム殿。このような事を手伝わせて」
「何、義を見てせざるは、と言うヤツだ。それに、それがしなりの打算もあるのでな」
――宴の幕が上がる
……………………………………………………
劇場の中に揺れる松明は少なく、それが光と闇を滲ませ、かえって幻想的な空間を作り出している
そして舞台の上で細身の刃を持ち、舞い踊る女達。人数と配置、振り付けの全てが洗練された舞を舞う彼女達は、薄暗い光の中で淫靡に撓っていた
ルルガン王とレゾン大使は、一階客席の最後尾より少し前に居た。ルルガン王と大使の居る所だけは今日に限って椅子が取り外されており、些か広くなっている
ルルガン王と大使は、酒杯を交えて歓談していた。舞台も見事な物で、少しの問題も無い。その光景を客席最後列から見ていたスコットは、ひんやりとした声を出す
「…………何用か。今日この劇場には、市民の立ち入りは許されておらぬ」
「は。スコット殿にお渡ししたき書状があり、僭越ながらも闇に紛れ、参らせて頂きました」
何時の間にか、スコットの背後に一人の男が現れていた。頭に黄色い布を巻いた三十歳程の男で、恭しく下げられた眼前に、一枚の紙を捧げ持っている
男はカシムだった。スコットは油断なくカシムを睨みつけながら、腰の剣に手をやった
「誰の書状か」
何の、とは聞かない
「ドロア殿にございます」
スコットは一層眼光を強めた。このような時に、一体何用で書状が参るのか。本物ならば他愛も無い内容ではあるまい。そんな遣り取りをする程友好が深い訳ではないからだ。大体、本当にドロアの書状かどうかも解らない
スコットは半信半疑ながらもその書状を受け取り、封を切る
すると中から出てきた紙には、ただ一言のみ、こう書かれていた
『内患顕れり』
むう、とスコットは息を漏らした。カシムはその様を見届け、スコットの真横の席に座りながら言った
「これより先何が起ころうとも、宴の演出と言う事にしていただきたい。若輩者ではありますが、不肖このカシムもお手伝いしましょう」
何をのうのうと言っておるか。スコットは飽くまでも堂々としたカシムの態度に、眉を少し顰めた
……………………………………………………
劇場の回りを囲う高い壁からカシムと少数の兵を忍び込ませた後、ドロア達は馬首を返して裏門へと回った
劇場の内外に分散されている兵の数は、総勢八十名程。とてもではないが全てを相手にはしていられない。裏門に配置されている兵を、他の部隊に連絡を取る暇も与えないまま一撃で撃破し、劇場内に入り込むのが得策である
あと一つ角を曲れば敵と相対せん、と言う所に至って、ドロアは馬から飛び降りた。カモールとギルバート以下の兵達もそれに習う。飽くまでも静かに。決して音を上げないように
カモールが角から覗きこみ、裏門の兵達の様子を確認した後、抜剣。左手を掲げ、無言のままに振り下ろした
それに従ってドロア達は駆け出した。誰一人として声も気炎も発さぬまま、一本道を敵に向かって駆け抜ける
「ん…? な、貴様等いった――!!」
数は十人足らず。逸早く異常を察知し声を上げようとした兵を、ギルバートが己の背丈ほどある大剣で両断する
ドロアが二番槍とばかりに続いた。各々が一人の首を刎ね、裏門は瞬きする間に制圧されてしまった
「カモールッ、俺は左の通路から二階に向かう。お前は直接王と大使を救援に行けッ」
「解りましたッ、ギル」
ギルバートが施錠されていた扉を蹴破る。そこからカモールを先頭に雪崩れ込み、今此処に事態は決して後戻り出来ぬ所へと転がりだしたのだった
「どうかご無事で、ドロアさん!」
「生きてろよ、お前!」
ドロアは一言だけ言い返した
「誰に物を言っている」
……………………………………………………
豪壮な造りの廊下には真紅の絨毯が敷かれていた。ドロアはその絨毯が抉れんばかりに足を叩きつけながら、加速し続ける
幾許か走らぬ内に敵は居た。まずは五人。流石に異常に気付いており、ドロアを見るなり抜剣した
こうなっては最早仕方無い事と事前に想定している。ドロアは体制も低く踏み込み、直剣がそのまま真紅の槍になったようなそれを薙ぎ上げた
ドン、と、とても人体が発する物とは思えない異音が響く。右脇腹から左肩へ。人知の外側にある膂力と技で振るわれた刃は、敵の躯を鉄の鎧ごと真っ二つにした
「おんのれがぁッ!!」
まず一人。ブッ、と息を吐き、余分な身体の硬さを抜き取りながらドロア。振った槍を引き寄せつつ、尚も踏み込む
どれ程広い造りとは言え所詮は廊下。人が剣を振り回そうと思えば、どうしても横並びでは二人が限界だ
それではドロアを斃すなど出来はしない。五対一でも元々無い兵士達の勝算は、一対一、二対一を連続させる空間で、果てしなく無に近くなった
あ、と兵士達が喘いだ時には、その身体は二人纏めて輪切りにされた後。ドロアは恐慌に陥った残り二人の兵士をも情け容赦なく切り捨て、螺旋状の階段を駆け上がる
そして其処に現れたドアを開け、中に飛び込んでみれば、其処こそがドロアの目的地であった
(見つけた、ルルガン王…!)
視界の下方には美女達の剣舞を終え、戦の場を劇とした舞台
それを隣の男と歓談しながら見る、嘗ての主君の姿を、ドロアは見つけた
――ランク「正義のマザコン戦士」
……………………………
申し訳ないが、ここで切らせて頂く。これぞ視聴者をモジモジさせるコマーシャル。(・∀・)
モジモジさせた分だけ面白くなれば良いのに、とか思ったりする次第。身に余るご感想の数々、痛み入ります。
ドロアは暫くマザコン戦士のままで。っと言う訳で、また再来週にでも会いましょう。