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No.14030の一覧
[0] 死んで覚える迷宮探索(よしお→異世界)[汚い忍者](2010/01/07 01:11)
[1] 第一話[汚い忍者](2009/11/28 08:01)
[2] 第二話[汚い忍者](2009/12/02 10:41)
[3] 第三話[汚い忍者](2009/12/02 10:48)
[4] 第四話[汚い忍者](2009/12/02 11:11)
[5] 第五話[汚い忍者](2009/12/02 11:19)
[6] 第六話[汚い忍者](2009/12/02 11:32)
[7] 第七話[汚い忍者](2009/12/02 11:41)
[8] 第八話[汚い忍者](2009/12/02 11:47)
[9] 第九話[汚い忍者](2010/01/12 01:40)
[10] 第十話[汚い忍者](2009/12/07 00:32)
[11] 第十一話[汚い忍者](2009/12/10 02:08)
[12] 第十二話[汚い忍者](2009/12/26 10:00)
[13] 第十三話[汚い忍者](2010/01/11 00:27)
[14] 第十四話[汚い忍者](2010/01/13 01:32)
[15] 第十五話[汚い忍者](2010/04/03 19:09)
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[14030] 第八話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/12/02 11:47
地下四階に位置する拠点に到着したよしお達新入社員一行は、各々、怪我の治療や食事、睡眠など思い思いに休憩を取っていた。
さすがにくたくたに疲れたよしおも自身の治療を施した後、少しでも疲れを癒すため仮眠に入っている。



拠点でも社員から"死ぬにはいい日"とも称される“忘れられた地獄チェインサッドネス”発生日以外は食堂で食事を出来たり、さすがに電化製品の類は置いてないものの武器防具雑貨などの購入が可能である。

地下深くに潜ることが必須な迷宮探索部や一部の資材発掘部は、社内に戻らず拠点で寝泊りしたり、必要な物資を購入した方が効率が良いので、彼らで拠点は賑わっていることが多い。

また、社内に戻らずこちらで行動していても、拠点出口にも設置されている無線通信機によって社員証のデータを読み込み、社員がきちんと"出勤"しているかどうかも記録されている。


さて、そんな地下四階の拠点には出口が2箇所存在する。
一つは地下三階への階段へと通じる出口、もう一つは地下五階へと通じる出口である。
前者に比べ、後者の守りは大量のモンスター達が下層から押し寄せてくる“忘れられた地獄”という現象の対策の為、非常に堅いものとなっている。

地下五階へ通じる出口に設置されている門は"忘れられた地獄"発生時、鉄柵が降り、封鎖される。
とは言ってもこれは対モンスター用の物ではない。
いくら頑丈なバリケードを用意したとしても、物量で押し寄せてくるモンスターには数分間の足止めにしかならない。
では、何のための鉄柵か。
対社員用の鉄柵である。
社員の逃走防止用に設置されたこの鉄柵は、拠点防衛部社員に対し"全滅するか"、"全滅させるか"どちらか一方の選択を強要させるものなのだ。

そんな理不尽な扱いを受けてきた拠点防衛部であるが、犠牲を出しながらも拠点を長年守ってきただけのことはある。
設立されたばかりで戦術も何もない頃はとんでもない犠牲を出していたが、徐々に彼らの戦術も進化してきた。

地下五階へと通じる出口の先は広間が3つ連なっており、拠点に近い順に各々A、B、Cと名付けられている。 

現在の彼らの戦術は以下の通りである。

まず始めに、広場B方向への出口に設置されたバリケードで広場Cにモンスターを封じ込める。
続いて、モンスターが貯まりに貯まってバリケードが破られる寸前に広間Cに設置された貴重な部の予算から降りた志向性対人地雷のリモコン操作による一斉起爆を行い、モンスター数の減少を図る。
勿論これだけで殺しきれるほど生易しいものではない。


続いての広間Bではこれまた貴重な部の予算から降りた弾丸と2丁の重機関銃により出口に作られた十字砲火点に敵を呼び込み、更なるモンスター数の減少を狙う。
そして、弾丸を撃ちつくしてからがいよいよ最も死傷者の出る白兵戦である。
各々がモンスターへ突撃し、殺し殺される地獄となる。
そんな広場Bは最も拠点防衛部の数多くの戦友が散っていった場所でもあるため、別名“墓場”とも呼ばれていたりする。

広間Aでは広間Bで討ち漏らしたモンスターの処理を担当する。
所謂最終防衛線である。
しかし、広間Bと比べると安全なので、拠点防衛部に配属されて間もない社員がここを担当ことが多く、頼りない防衛線となっている。
すなわち、実質広場Bで大半の敵を抑え切れなかったらゲームオーバーというなかなかシビアな仕事場なのである。
勿論、広場Aを担当する社員の給与は広間Bを担当するものより安くなる。


予算がもっと増えれば、犠牲が少なくなることは明らかであるが、新入社員が次から次へと入社してくるこのブラック企業は、"利益>社員の犠牲"が方針として成り立っており、最低限の予算しか遣してくれないのである。




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よしおが熟睡している頃、藤吉郎とユーマは拠点の休憩室の中で寛ぎつつ会話していた。
議題は彼ら共通の友人であるよしおについてである。


「けどよ。あいつって確かに凄い奴だけど…結構謎の男でもあったりするよな」


「謎の男って…。まぁ、よしおは言葉が話せないから僕らも彼の事は殆ど知らないけどさ」


そう言って、藤吉郎は自動販売機で購入した120マネーのコーヒーの入った紙コップに口をつけ、うぇっ、なんだこれと呟いた。
この男、三度の飯よりコーヒーが大好物であり、金のない今こそは節制して一日一杯の制限を取っているものの、以前はコーヒーを水でも飲むかのようにガブガブと消費していた中毒者である。


「いや、それもあるけどよ。あいつって見た所純粋な古代種だろ?古代種って言えば数も少ないし、他国ではどうか知らないけどこの国では皆、“学会”所属のお偉いさんだったりするし…」


「あー、確かに…それに黒髪黒目だったよね。」


「こう言っちゃ何だけど…古代種にしては地味だよな」


銀髪やオッドアイ、整った美貌などこの世界で確認されている古代種は須らく特徴的な容姿を持つ。
対して、よしおは黒髪黒目で至って平凡な容姿であった。
黒髪黒目の古代種など藤吉郎もユーマも見た事も聞いたこともなかった。


「それにあいつはよ、連中みてぇに偉そうにしたりしないし」


「泣きながら感謝された時は驚いちゃったよね」


「あれには驚いたな」


その時の情景を思い出して二人の口元に笑みが浮かぶ。
よしおは変な奴だ。変な奴だけどそれ以上にいい奴だ、と二人の意見は一致する。


「それに昨日助けてくれたお礼をした時も頭を何度も下げられたなぁ」


まさか古代種に頭を下げられるとはとあの時も驚いたものだ。


「少なくともこの国出身ではないよな。あーっと、8人だっけ?」


「7人。4年位前にトメ評議員が病気で亡くなってる」


この国で確認されている古代種は現在7人。
全て"学会"という組織に属しており、重要な役職に就いている。
その7人の中に黒髪黒目の男が在籍しているなど藤吉郎は聞いた事がない。


「学会…ね」


「連中の言ってること信じるか?」


「信じてない。あいつらの理論は科学と魔導を馬鹿にしてる」


"学会"の教えとは、"神が自身の姿をモデルとして人類を創造したのであり、その神の姿を最も色濃く受け継いだのが古代種である"というものである。
そこからはやれ"この銀髪とオッドアイは神に選ばれし者のみが持つ"だとか"魔導とは神の力による奇跡の一種"だとか"この神像を買えば来世は古代種として生まれ変わる"だとか胡散臭い教義ばかりを発している。
それでもこの"学会"という組織、古来からあるものであり、その信者数は少なくない。
魔導が衰退する前、そして科学が発達する前から存在していた組織であるためか、その影響力は現在においても多大なものなのである。


藤吉郎は紙コップの中のコーヒーと称されるには許可出来ない黒色の液体を一気に飲み干し、その苦味によるものなのか顔を顰めて言葉を続ける。


「しかも、こんな会社の株主だったりするしね」





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■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 地下四階 拠点 (H-7) です。■


空腹で目を覚ましたよしおは、食事をするために休憩室へ向かっていた。
休憩室に入るとそこには他の社員に紛れ、自分の友人である藤吉郎とユーマが座っていた。


「おっ、桃色回路ストロベリースクリプトじゃねぇか。ちょうどいい所に来たな。」


「起きたんだね。具合はどうだい?」


よしおを見つけるや否や、手を上げて笑顔でよしおに呼びかける友人達。
いつものように親指をグッと上げる事により、よしおは返信する。
彼らが陣取っているテーブルの正面の椅子に座り、購買で購入した某バランス栄養食のような簡易食料をモソモソとリュックから取り出す。


「桃色回路にいくつか聞きたい事があったんだよ」


聞きたい事?はて、何だろうか、と取り出した食料の包装紙を剥ぎ取りながらよしおは思う。


「桃色回路ってこの国の外から来た人だよね?見た所純粋な“錯覚微塵プラズマトリック”種のようだけど」


意味が分からない。
いつの間に自分は人類から“錯覚微塵プラズマトリック”種なんていう厨二病的な進化を遂げたのだろうか。
しかし、それは置いておいて、確かによしおはこの国の外から――厳密にはこの世界の外からだが――来た人間であるので頷くことによって答える。


「ほら、やっぱりな。そんで、お前は何処の国の出身なんだ?」


そういえば、自己紹介(あれを自己紹介と言っていいのかわからないが)で自分の名前しか彼らに伝えていなかった。
どうやら自分の事についてもっと知りたいらしい。
別に答えて困ることでもないのでよしおは素直に返答した。


「nihon」


「“脳髄錯綜ブラッディパラダイス”?聞いた事のない国だな。藤吉郎、知ってるか?」


「僕も聞いたことないよ」


(俺だって聞いたことないよ…)


よしおの出身国は何か物騒な名前の国になっていた。





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■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 地下三階 (G-5) です。■


よしお達新入社員一同は2時間ほど休憩を取った後、帰還のため拠点を後にしていた。
1時間半ほど歩き続け、何度かモンスターにも襲われているが、怪我人もなくその道中は今の所は順調と言える。

そんな時、先頭の同僚から声が上がった。


「前方にスライムの群れッ!緑色です!」


どうやら広間一帯にスライムの群れがこびりついているらしい。


「ガラス瓶誰か持ってるか!?」


「ないッス!」「ない!」「ペットボトルならありますけどこれじゃ無理ですよね?」


「緑って燃えたっけ?あ、燃えるの?燃えるんだってさ!燃やせ燃やせッ!」


「火ッ!誰か火持ってない!?」


そして、一人の新入社員が丸めた紙にライターで火をつけ、


「汚物は消毒だァーッ!」


それをアーモンド臭を放つプルプルしたゲル状モンスターに向かって投げつけた。

火のついた紙玉がスライムにぶつかった瞬間、スライムは見る見る燃え出した。
さらにそれを火元として、周りのスライムにも引火していく。


「全員下がれ!有毒ガスに注意しろ!」


轟轟と勢いよく燃え上がる炎は迷宮内を熱気に包む。
よしおもその熱気により、額から汗を垂らしていた。

燃え続ける事5分余り、程なく鎮火するに至ったが、スライムが燃焼した時に発生した有毒ガスが広間に充満している可能性がある、という意見によって別ルートで地下二階への階段を目指すこととなった。





緑のスライムは、非常に溶解性の強い溶液で構成されているとの事である。
動きは鈍いものの下手に触れようものなら、人間の体などあっという間に溶かしてしまう。
しかし、そんな危険な緑色のスライムは可燃性が高いのでマッチ1本あれば倒せてしまうモンスターでもある。
より下層には色の違うスライムも生息しているらしく、色によって燃えなかったり、粘度が違ったりと様々だそうだ。

よしおは藤吉郎とユーマより、先程のスライムについての説明を聞いていたのだが…


「つまり、緑スライムの溶液はその可燃性が高いという面を除けば粘度が低くて、かつ極性が非常に高いという相反した属性を併せ持つ夢のような資源なんだ。加えて非プロトン性も有していて電気分解性にも強い。ただ、スライムとしての体を安定させるのに必要な架橋成分がまだ見つかっていないんだ。スライムは死ぬと同時に粘度の低いただの溶液に変化して床に一面広がってしまう。そのことはこの架橋成分こそがスライムの本体であり、死ぬと同時に消滅するものであるということを証明している」


「つまりこのスライムの本体は何らかの物質を主軸とした三次元ネットワークで架橋された分子鎖で構成されているということだな。俺の考えだとこの分子鎖についてだけどまず耐溶解性を有していないといけないから間違いなく炭素では構成されていない。消滅するという現象から揮発性も必要なのか?"死んだ"という電気信号によって化学変化を起こす可能性は?」


「電気信号を発信させるコアが存在してそれこそが真の本体ってこと?という事は三次元架橋ネットワークもマクロ的な要素に過ぎないよね。それに架橋成分は電子伝導性を有していて、電気信号に反応して揮発する物質ってことになるのか…。いや、それよりも溶液自体を媒体として電気信号が伝わるという可能性もあるよね。だけど"移動する"っていう命令に対する電気信号との区別についても――」


(ヤダ…何?何か魔法の呪文唱えてる…モンキーマジック怖ぇ…)


いつの間にか藤吉郎とユーマが白熱した議論を繰り広げていた。

よしお脳内コンピューターが、"スライムの溶液→危ない→だけどお金になる"という3ステップの情報処理しか行えないのに対して、彼らはその何百、何千倍もの情報処理を行っているようだ。

こいつらこんな頭が良かったのかと思うと共に、脳内コンピューターの性能が、戦力の決定的な差であることを思い知ったよしおであった。




「ポチが前から来てまーす」


迷宮内の資源採集は何もつるはしで採掘するだけが方法ではない。
例えば、先程のスライムやアオジタリザードなど、特定のモンスターから資源採取も可能である。
それ故、迷宮内での資源採集をする者は、地図を元につるはしを用いた採掘により資源を得るだけでなく、特定のモンスターを狙い、その死骸から資源を得る事も覚えておいて損は無い。


「ポチ来まーす」


当然これまで採掘しか行ってきていなかった者が「じゃあ明日から特定のモンスター倒して資源の採取をする!」なんて言っても上手くいくものではない。
どのモンスターの部位からどんなものが採集できるか、という事をきちんと把握しておく事は当然であるが、資源を採集する時、専用の用具が必要になったり、慎重な取り扱いを要求されることもあるからだ。
例えばスライムから入手できる非常に溶解性の高い溶液はガラス瓶など溶液に対して溶解しない入れ物が必要であるし、触れると大変危険であるのでその取り扱いも慎重に行う必要があるのだ。


「ポチでーす」


「ポチUZEEEEEEEE!!」


とは言っても、ポチのような死骸から何も資源の回収が出来ない様な迷宮探索、資源採集に邪魔な存在にしかならないモンスターがほとんどであるのも事実である。


一行はモンスターに邪魔されつつも地上を目指す。





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■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 地下二階 (F-8) です。■


漸く地下二階へと辿り着いた一行。
あの広間さえ通れていたのなら、地下二階への階段は目と鼻の先であったのだが、有毒ガスの影響により来た道を引き返し、別ルートを経由したことで更に1時間半かかってしまった。


(疲れた…)


いくらか休憩を取りつつ進んでいるものの何時間も歩き続けている。
さすがによしおの顔にも疲労が浮かぶ。
同僚達の顔にも同様疲労の色が色濃く浮き出ていた。
疲れのためか誰も会話をしようとしない。
しかし、幸いな事に何故か地下二階では一体のモンスターとも遭遇せずに進めている。
このペースでいけば思ったより早く帰る事が出来るだろう。

"早く帰って休みたい"

新入社員一同はそんな思いを等しく胸に抱き、歩き続ける
――のだが、異変に気づき、歩みが止まる。




目前の広間にぶちまけられた赤色と共に何かが落ちている。

よしおにはそれが何か足首のような物に見えた。


「ッ…!足じゃないか…?」


「足だな…」


「足首だ…」


同僚達も足首に見えるようである。
果たしてよしおが足首のように見えた物は正しく"足首"であった。

問題であるのは"足首以外の部分は何処へ行ったのか"と言うことであるが。


「しかし、これだけ血の跡があるってことは…」


間違いなく生きてはいないだろう。それは確かだ。


別段迷宮内で社員の死体を見かけるのは珍しい事ではない。
最初は20名いた新入社員も今では生き残っている者は11名だ。

だが、何人も同僚が死んでいくのを見てきたとは言え、未だ入社三日目の新人である。
"千切れた左足首"を見てストレスを感じないほど心は擦れていない。

そんな時、迷宮内に突然音楽が鳴り響く。
よしおはビクリと肩を震わせ、一体何なんだ、と音楽のした方向に目を向けた。
見ると、スピーカーのようなものが天井の隅に設置されていた。


「夕方の五時半か…」


隣のユーマがそんなよしおの姿を見て疑問に答える。
地下四階までは各階層のあちらこちらにスピーカーが設置してある。
このスピーカーを用いて迷宮内の社員に連絡が伝えられるそうである。

スピーカーから流れてくるのは時刻を知らせる現実世界では"蛍の光"と名付けられた曲に似たメロディ。
何処となく眠気と夕方を意識させる音楽なのだが、現状が不気味さを感じさせる。

"蛍の光"に似たBGMが鳴り響く迷宮を一行はさらに進む。






「おい…」


「……」


胴体、右腕、右足、左足はある。

だが、果たして――頭部と左腕は何処へ消えたのか。

新人達の進んだ先には広間の壁にもたれかかり、強烈に自己主張する死体があった。


犯人がポチなのか桃色暴動なのかトカゲなのかなんて分からない。

だけどあまりにも雰囲気が妙だ。
さっきからモンスターにも一体も遭遇していない。

凄くヤバい
何がヤバいのかは分からないけど…
とにかくヤバい気がする

そんな不安感が新入社員一同を包む。


「引き摺り跡があるな。何を引き摺ったのか…予想がつくが」


何かを引き摺った跡がある。暗い赤色で示されるそれは"どちらの方向"に"何"があるのかのヒントを与えている。
このヒントは殆ど答えとなっているようなものだ。


沈黙が立ち尽くした一同を支配する。


「こっちの方向は…何かマズい気がする…」


引き摺った跡の方向に向いた同僚の誰かがそう言った。
よしおもそう思う。

そう思うのだが、地下一階への階段はこの先で、さらに一本道なので別ルートなんてものは存在しないのだ。


早く帰りたい。よしおは思った。


「早く帰ろう」


心の中で思った事に同僚の誰かが声を出して答えてくれた。






ブツッという音と共に鳴り響いていたBGMが突然止む。
新入社員達がここで何が起きたのかを知ったのは、この時である。

続いて女性の声が響き渡る。


―――業務連絡ー。業務連絡ー
―――こちら情報調査部ですー
―――現在、地下二階付近に"社員殺し"出没中との情報が入っておりますー
―――付近の社員は可及的速やかに避難するようお願いいたしますー
―――繰り返します―
―――こちら情報調査部ですー
―――現在、地下二階付近に"社員殺し"出没中との情報が入っておりますー
―――付近の社員は可及的速やかに避難するようお願いいたしますー


ブツンという音が鳴り、再度BGMが流れ始める。


「ちょっ…!」


声を出せたのはよしおだけだった。
よしおもその言葉を最後に黙り込む。

再度、新入社員一同は沈黙で満たされる。
沈黙を破ったのはパーティのまとめ役をしていた一人の同僚である。


「みんな。疲れてる所申し訳ないけど…拠点まで引き返そう」


皆疲れていた。
しかし、反対する者はいなかった。




----------------------------------------------------------------------------------




拠点まで戻るために地下三階への階段を目指す。


「あ」


と誰かが声を発したのは歩き始めてどのくらいたった頃だろうか。
その声を発した人物は後方を見ている。

その姿を見てよしおも後ろを振り向いた。

後ろを振り向いて分かったのは、巨大な"何か"がこちらを見ている事。
「あ」と声が出た。
"うわっ、超こっち見てるじゃん。とりあえずどうしよう"とか考えて、答えが出たよしおはまず隣の藤吉郎の肩を突き、こちらを向いた藤吉郎に後ろを見ろと指で促す。
後ろを見た藤吉郎も「あ」と声を発した。
それを聞いた同僚達が次々と後ろを向く。

全員が後ろにいる"何か"を認識した。
"何か"は四本の腕の内、二本にそれぞれ、"右足の無い下半身"と"頭の無い上半身"を持っていた。
それは自分を誇示するような鳴き声を出すこともなく、ただ静かに佇んでいた。


後ろにいる"何か"を認識しているのだが新入社員一同は時が止まったかのように動かない。
目の前の圧倒的な存在に現実感がついてこなかったのである。

いち早く現実感を取り戻したパーティのまとめ役だった同僚が小さな震えた声で言う。


「フーッ、フーッ、この道は、すぐ先が、フーッ、フッ、二又に、分かれて、る」


"何か"がいる向きとは逆の方向を震える指差して続ける。


「フーッ、自分の、好きな道を、フーッ、選べ」


よしおを含む新入社員達も徐々に現実感を取り戻す。
その現実感は等しく皆に眩暈、震えの症状を引き起こした。
だが、誰も声を発しない。
嫌なのだ。大声を発した瞬間、"アレ"がこちらに向かって走って来るのは。


二手に分かれる。効果は至極単純。

後ろの"アレ"が追いかけてこなかった方は助かり、

追いかけてきた方は 死 ぬ。


新入社員の誰の中にも俺たちならやれるだとか、エースのよしおがいるだとかそんなものは一切無かった。
そんなものはあの存在には何の意味もないことを理解していた。

"死にたくない"

それしかなかった。




そして、程なく後ろの"アレ"、社員殺しが動き、


「走れェェぇッッ!!!」


同僚の誰かが放ったその命令に従わなかった者はいなかった。




-------------------------------------------------------------------------------------





走る。

自分が左の道か右の道か選んだなんて分からない。
ただ目の前を走る名も知らぬ同僚の後ろをついて来ただけだ。
視界には他にも2人の同僚の必死に走る姿が見える。
こっちの道を選んだのは自分と目の前の同僚だけじゃなくて良かった、とよしおは妙な安心感を抱いた。
その妙な安心感のお陰でほんの少しだけ余裕ができたよしおは後ろを振り返る。



そして、後ろを振り返った事を後悔した。



鳴き声を上げることなくただ静かに
――社員殺しが後ろから追ってきていた。




―畜生畜生畜生畜生ッ!


そして、よしおの怨嗟は社員殺しがこっちを追いかけてきたことに対して向けられ、


―畜生畜生畜生畜生畜生畜生ッ!


目の前の道が行き止まりであるという視覚情報に対して向けられ、


―畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ッ!


自分が確実にここで死ぬ事に対して向けられた。



藤吉郎とユーマの姿は無い。よしおとは別の方向に逃げたようだ。
だが、なんでこっちに来たんだ、どうしてあっちに行ってくれなかったんだ!とよしおの心は叫び続ける。

大事な友人である彼らが無事で良かった、という考えも“共鳴無惨グロテスクハウリング”とやらからユーマを助けるため立ち向かっていった勇気も自身の確定された死に対する恐怖によって駆逐されてしまった。

よしお達はいよいよ行き止まりの壁に到達し、これで逃げ場は何処にも無くなった。


膝から力が抜けた。
しゃがみこみ、額を壁につけた。

自分をこれから殺すであろう相手の姿を見たくなかった。


「畜生…」


涙が溢れ出た。

異世界に来て泣いてばかりだ。

武器もない。盾もない。あってもどうしようもない。


なんで

なんで俺ばっかりこんな目に合う

憎い。あっちに逃げた同僚が生き残れて自分が生き残れないことが憎い。



そこに友人の二人もそれ以外も区別なんて無かった。

自分以外の全てを呪うよしおの無様な姿がそこにはあった。


そうして


無謀にも引き返して社員殺しの横を通り抜けようとした一人の社員は、二つの腕で敢無く胴体と足を掴まれ、更にそれぞれ反対方向に力を加えられ、バツンという音と共に、破れた腹部から腸を露出させて死に、

無謀にも震えながら手にした剣で立ち向かっていった一人の社員は、一つの腕で頭を掴まれてそのまま壁をヤスリ替りとして何度も擦り付けられ、頭部を削り落とされて死に、

無謀にも社員殺しを背に壁に向かってしゃがみこみ逃げようともしない一人の社員は、一つの腕によって胴体を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられた後、上半身を踏み潰されて死に、

無謀にも呆然とただ立ち尽くしていた最後の社員は"どれだけ人間という生き物は頑丈なのか"という実験を実践するかの如く、五体を一本ずつ引き千切られていき、頭と胴体と右足しか残らなくなった所でようやく死ねた。



よしおを含む4人の新入社員に対して、社員殺しは自慢の豪腕をもって一切の不平等なく、彼らの命を刈り取った。





■Game Over■
■ホームポイントへ帰還しますか? Yes/No■





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第八話 設定

古代種…別名"錯覚微塵(プラズマトリック)"種。厨二病要素満載の人種。厨二美人とかもこの人種。

日本…通称"脳髄錯綜(ブラッディパラダイス)"。外国人から「あいつら未来に生きてんな」とまで言われるその国家はある意味その二つ名に相応しい。


[よしおステータス]
名前:よしお
二つ名:桃色回路(ストロベリースクリプト)
職業:株式会社ブーヘンヴァルト強制収容所 社員 (元 致死斬鬼(シームレスコラプション)のスパイ)
出身;脳髄錯綜(ブラッディパラダイス)


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第八話 あとがき

ざんねん!よしおのぼうけんはおわってしまった!
難産だったー。
8話目にしてようやく死んだよしお。
ほんとはもっとコメディちっくによしおに「来いよベネット。銃なんて捨ててかかって来い」とか言わせて死ぬ予定だったのですが、それだとよしお君の心理が普通の人間のものから大きく外れてしまうような気がしたので急遽内容を変更。
おかげで後半はこれまでとはうってかわってシリアスになっちまった。どうしてくれる。こんなんでいいのか。
人間、ほんとに余裕がない時は自分の事しか考えられないものです。

主人公が死んでしまったので
次回からは新番組 魔法忍者ヌルヌル秀雄 が始まるよー



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