さて、よしおが不本意ながら賃金を殆ど食費に費やして灰になっていてもこの星も地球と変わり無く回り、時間は流れ、集合時間と相成った。
新人研修2日目である。
■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 迷宮前 (D-9) です。■
結局、迷宮探索用のアイテムなどを用意することも出来ず、嫌々ながらも集合場所へと到着したよしおであるが…
すでに集合場所に到着し仲間内でガヤガヤと騒いでいた同期の皆はよしおを見つけるやいなやその声をピタリと止め、続いてボソボソと小声で何か話し始めた。
何やらよしおをみて仲間内でコソコソと話す面々。
よしおは皆から少々離れた位置にいたこともあり、その内容を把握する事は出来なかった。
どうにか“桃色回路”という単語は聞き取れた事から同僚達は
えー!?桃色回路ぉー!?キモーイ!!厨二病が許されるのは中学生までだよねー!!
見ろよ…あの顔。なんだか昨日の桃色暴動に似てない?桃色回路とは言ったものだよなー
ぐぅッ!――この痛みは…共鳴だと!?まさかヤツは俺と同じ刻印を持つ選ばれし者だというのか!?
なんてよしおを馬鹿にしているのではないかとよしおは思う。
(母ちゃん…社会は辛いけど…それでも俺は頑張っています)
だが、実際はよしおが知る由もないが同僚達は
おい…来たぞ…
“桃色回路”…俺たちのエース…!
メイン盾来た…!これで勝つる…!
“桃色回路”はワシが育てた
と、よしおの事を褒め称えていたのである。
唯でさえ自身の切り札を失って凹んでいたというのにさらに憂鬱となるよしお、そんな彼に近づく2名の影がある。
藤吉郎とユーマである。
「おはよう、“桃色回路”。何だか元気がなさそうだけど大丈夫かい?」
「よう、“桃色回路”。しっかりしてくれよな。何だって俺たちのエースなんだからよ!」
俺をその名で呼ぶんじゃねぇ!と思ったが彼らも“呻く残響”だとか“鮮血鍵盤”なんて自己紹介をした猛者である。
(これはアレか?スタンド使いがお互い引かれ合うように厨二病患者同士でもそれが適用されるのか?)
そりゃかつてはよしおの中にも学校に攻め込んできた謎のテロリスト集団に学校が占拠されちゃったりして教室のテロリストの隙を見て銃とか奪ってふんじばっちゃったりして、
スティーブン・セガールが如く奪った銃でテロリスト達を全員やっつけちゃったりなんかして、よしおのお陰で無事学校は開放されちゃったりして、その事について警察に表彰されちゃったりして、
「君のような勇敢な男を警察は欲している!」なんて勧誘されちゃったりして、「いえ、俺はどこにでもいるただの学生です」なんて格好良く辞退しちゃったりして、
[その後、よしおの姿を見た者はいない]なんてエンドロールが流れちゃったりする妄想をした中学生の青い自分が存在したことは確かだ。
修学旅行でバスが横転しちゃって当時好きだったクラスメイトの女子と自分しか生き残んなくて、しかも横転した場所が何故か樹海だったりして遭難しちゃったりして、
必死に二人で生き残ろうとして、なんかその時の自分は凄く頼りになっちゃったりして、女の子に「俺がお前を守ってやる」なんてこと言っちゃったりして、
女の子がポッって頬を赤らめちゃったりして、二人に愛が芽生えちゃったりして、無事生還してハッピーエンドになっちゃったりするシチュエーションで妄想した事は日常茶飯字だった。
それどころか、母が実は天使だったりして、自分は天使と人間とのハーフと知らず育てられちゃってて、学校から帰る途中いきなり「貴様の持つその力の源を戴くぞ!」って悪魔に襲われちゃって、
「やめろ!それは母さんに貰ったペンダントなんだー!」って取り替えそうとしちゃったりして、「ええい!小賢しい!食らえ!暗黒絶憐衝!」なんて謎のダークパワーを食らっちゃって、
そんな時、「体が熱い!ぐわぁぁー!」って言ってよしおの未知なる光のパワーが覚醒しちゃったりして、「これは…まさか暴走!?」なんて言ってた悪魔をこてんぱんにしちゃって、
ちなみにダークパワーっぽいのはよしおが持つと光と闇が両方そなわり最強に見えちゃったりして、暗黒が持つと逆に頭がおかしくなって死んじゃったりして、
おかんが現れて「ダメねぇ、この2500円で買った掃除機。吸い込み悪いわー」なんて倒れた悪魔を掃除機で吸い込んじゃったりする妄想だってした事もある。
だからと言って、よしおはそんな青臭い自分をもう何年も前に卒業しているのである。
しかし、よしおは彼らが厨二病患者だからといって距離を置くことはしない。
確かに自分が何も知らない異邦人であり、頼れる人が彼ら以外に居ないという打算的な部分もある。
だが、何より彼らは厨二病患者であるが、言葉の分からないよしおを差別することなく友人となってくれたとてもいい奴らなのだ。
そんな彼らに対して、助けられるばかりでなく、友人として彼らが困っている時には手を貸して上げたいとよしおは思っている。
厨二病?それがどうした!と、彼らと友人であり続けることはよしおにとって決定事項なのである。
彼らに対し親指をグッと上に立て、問題ない事を伝える。
それを見て、微笑む猿と馬。
いよいよ新人迷宮探索2回目の開幕である。
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2日目の迷宮探索では教官は同伴しないとの事。
とは言っても、昨日の教官であれば居ても役に立たないであろうが。
本日の研修では新入社員のみで昨日と同じ地下2階の採掘場にて6時間採掘を行ってこい、という課題であった。
さて、よしおの架空の10000マネー札の劇的な変化のように、新入社員達のそれも劇的であった。
各々はポチやトカゲに遭遇しても冷静な対処にて、危なげなく勝利した。
さらに採掘場までの道中、昨日多くの死者を出した原因ともなった“桃色暴動”にも出会ったのであるが、その時の同僚達はそれはもう凄まじいものだった。
遭遇した桃色暴動は8体。
昨日よりも数は少ないものの同僚達が昨日と同じ精神状態に陥ったのなら、人死には避けられなかったであろう。
事実、遭遇を果たしてよしおは内心では凄くビビッていたのだが、恐怖に負けて目を逸らすと襲われる!と考え、外見では恐怖を見せまいとするのに必死であった
――――のだが同僚達は違った。
彼らが昨日と同様の精神状態に陥ったのではない。むしろ逆である。
同僚一同揃いも揃った桃色暴動とのガンのつけあい飛ばしあいである。
他校同士の不良達が出会った時に発生するような喧嘩勃発寸前特有の険悪な雰囲気があたりに流れ始める。
「お?やんのか?やんのかコラぁ!?」
「こっちにはエースの桃色回路さんがいらっしゃんだぞ!てめぇら…覚悟出来てんだろうなぁ、オイ!」
「マジで親のダイヤの結婚指輪のネックレスを指にはめてぶん殴るぞ!」
「桃色回路さん、こいつ等俺らの事舐めてますよ。やっちまいましょうよ」
(いや、俺に訊かれても困るよ…)
余りの同僚達の変貌振りに戸惑いを内心に覚えるよしお。
(なにこいつら。マジ怖ぇ…)
桃色暴動達同様に、同じ新入社員の同僚達に対しても恐怖を覚えたのであった。
結局、余りの同僚達の変貌振りによしお同様恐怖を覚えたのか、桃色暴動達は"チッ、今日は勘弁してやらぁ"とでも言うように踵を返し、撤退していった。
「さすが桃色回路さんは格が違った」
「超冷静だったからな。しかも見たか?桃色回路さんのあの目…」
「ああ、冷酷な目だった…。桃色暴動達に対してまるでゴミを見るかのような目つきだった…あんな目で見られたら…俺だとブルッっちまって漏らしちまうよ」
「そこに痺れるッ、憧れるゥ!」
「マジ半端ねぇな…!桃色回路さん」
よしおは外見は冷静(内心では凄くビビッていたが)に唯立っていただけであり、他の同僚のように桃色暴動に対して威嚇などしていない。
にも拘らず初日の迷宮探索での活躍補正もあり、よしおの同僚達の間での株は更に上がっていくのであった。
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■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 地下2F (E-2) です。■
地下2階の採掘場に到着したよしお達一行は早速採掘を開始する。
そして採掘を開始して2時間が経過した。
(石つぶて8個、鉄鉱石1個…)
よしおの掘り上げた成果は芳しいとは呼べなかった。
(ただでさえ50マネーしか持ってないのに…)
帰りのことも考えると採掘できるのは後2時間程度であろう。
自身の生活費のためにもつるはしを一心不乱に振るう。
(お!マカライト鉱石かな!?あぁ…普通の鉄鉱石か…)
石つぶてよりはマシなもののそう高い物でもない。
さらに1時間掘り続けたが、それから採掘できたのは石つぶて5個であった。
(このままだと…飢え死してしまう!)
迷宮探索中の危険とは別の要因で死んでしまいそうである。
そんな焦り始めたよしおにいつの間に近づいたのか後ろから藤吉郎が話しかける。
「どうだい、桃色回路。今のところの採掘の結果は」
手を休め、後ろを振り返り、自身の友人である猿顔を視界に入れると、よしおは芳しくない旨を首を振ることで答える。
「じゃ、これ」
藤吉郎が手に抱えているものを差し出され、落とさないよう慌ててよしおは受け取る。
見るとそれは青い輝きを放つマカライト鉱石であった。
「さっき偶然掘り当てたんだ。昨日助けてくれた恩とは釣り合わないけれど…よければお礼として受け取ってくれるかい?」
美しい友情がそこにはあった。
(おぉ…心の友よ…!)
よしおは藤吉郎にむけて何度も頭を下げ、感謝の意を伝える。
"ありがとう"と日本語でしか話せないことがなんともどかしい事か。
この得がたき友人に自身の思いを言葉でも伝えられるよう、よしおは寮に戻り次第、公用語の"ありがとう"という言葉をまず初めに勉強をすることを決心したのだった。
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時間となり、よしお達一行は採掘作業を追え、帰還の途につく。
あの後、運よくよしおはさらに鉄鉱石3個を掘り上げることができた。
そして、帰りの道中でも桃色暴動達に遭遇したのであるが、行きの道中とは打って変わってよしおは昨日の様にマカライト鉱石を取られまいと鬼気迫る表情で桃色暴動達を睨み付ける。
それを目撃した桃色暴動達はあからさまに恐怖の表情を浮かべ、我先にと逃げるように撤退していった。
その余りの迫力は敵に恐怖を与えるだけでなく、味方からも畏怖と尊敬を一身に受けることとなり、さらによしおの同僚達の間での評価を上げる事になるのは言うまでも無かった。
あとがき
よしお第六話を記念してオリ板に移動。
こんなSSでも受け入れられるのか!?
頂いた感想で"予言詩メーカーも見てみたら、よしおの行動が微妙に予言に沿った流れだった"との意見があったので実際に見てみると時系列を考えないで読むとまさにそうだったw
以下その予言
1日〜7日
気が狂いそうな青空の下で
過去の亡霊は全てを例外無く許すだろう
女は塔に登るだろう ←厨二美女がよしおを騙した事を示唆?
——男は大きく迂回をする ←よしおがブラック企業に入社した事を示唆?
8日〜14日
あなたは口を塞ぎ続ける ←よしおが言葉を話せないことを示唆
(意識が改革される)
自然の声に耳を傾けなさい ←食券販売機の声?
真剣に望んだ希望は叶えられる ←食券販売機の声のおかげでよしおは貨幣の価値を知ることが出来た。
15日〜21日
武器を開発するのはやめたほうがいい
心に対立するのはいつも心なのだから
妄想・知識・自我
あなたは忘れていたことを思い出すだろう
22日〜末日
絵描きは誰かがついた嘘を美化する
そして男は海流を観察する
誰かがあなたに期待してしまう ←ここはあきらさまですねw
あなたは高いところに登るだろう ←ここもw