■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■
「なぁ、君」
例年通りの死者を出した初迷宮探索も終了し、迷宮内での体験を思い出して自室の寮で布団を頭から被り、恐怖に震えるよしおは声をかけられて、布団から顔を出した。
そこに居たのは同じパーティに配属されていた猿男である。
その隣には同じくパーティを共にした馬男もいる。
「君さ、今日の迷宮探索中で桃色暴動に襲われていた僕を助けてくれた人だよね。有難う。君が居なかったらきっと今僕はきっと死んでいたと思うよ」
そう言って、よしおに頭を下げる猿男。
猿なくせして、妙に理知的な仕草をする男だ。はたして、よしおよりも賢いのではないか。
はて、助けたとは何だろう?
そういえばマカライト鉱石を持ち去ろうとするあのゴブリンを追いかけようとハイになっていたとき、尻餅をついた同僚に今にも襲い掛からんとしていたゴブリンが進路上で邪魔だったので切り伏せた覚えもある。
「俺からも礼を言うぜ。コイツとは長い付き合いなんだ。親友の命を助けてくれてありがとよ。」
隣に立つ馬男からも感謝を言われる。
言葉を喋る馬男の口の動きが余りに滑らかでリアルを感じさせる。
さすがファンタジー、とよしおは再度自身が居世界にいることを実感した。
「僕の名前は“呻く残響”。皆からは藤吉郎って呼ばれてる。こっちは“鮮血鍵盤”」
「“鮮血鍵盤”だ。ユーマって呼んでくれ」
あんまりな自己紹介につい、うわぁ…、と呟いてしまうよしお。
(どうやったらその厨二病の名前がそんな愛称になるんだよ…)
目の前の亜人種二人にあの厨二美人と同様の近寄ってはいけない雰囲気を感じるよしおであった。
猿は更に話しかける。
「君の名前を聞いてもいいかい?あの地獄の中で率先して行動して僕たちに勇気をくれたリーダーの名前を知りたいんだ!」
どうやら自分の名前を知りたいらしい。
リーダーの名前がうんぬんかんぬんと言っていることについてはよく分からないが、たぶんどこかの神界からのご信託を受信しているのだろうと厨二病特有の行動として片付けるよしお。
「…yoshiodesu」
「ヨシオデス?」
「no-!noー!matigatteru!」
首を振って、間違っている事を伝える。
「yo・shi・o!」
そう言って、自分を指差すジェスチャーをする。
どうやら分かってくれた様で猿は自分の顎に手を当て頷いた。
「なるほど…。“桃色回路”か…。珍しい名前だけど良い響きだね」
(ヤダ…何これ、新手の社内イジメ?)
命を預けあう同僚からもアレな二つ名で呼ばれ、よしおはあまりの世間の辛さに泣きそうになるのであった。
しかし、この出会いはよしおにとってかけがえのないものであった。
極めて奇妙な自己紹介の後、よしおは自分の耳に付けている翻訳機の役目を持つピアスを見せる事により、藤吉郎とユーマに自分が文字の読み書きと言葉を話すことが出来ないことを分かってもらえた。
そんな言葉のわからないよしおに対しても、彼らは「でもそんなの関係ねぇ!仲間じゃねぇか!」と差別することなく、よしおが困っている時は手を貸す事を約束してくれた。
異世界に来て以来、会う人殆どにロクな目しかあわされず、また初の迷宮探索にて人が死ぬ光景や自分の命が脅かされた経験で精神的にも酷く参っていたよしお。
そんな彼が同僚の温かい心に感極まって涙するのも仕方のないことであったのだろう。
いきなり泣き始めたよしおを目にして二人は最初は狼狽していた。
しかし、泣きながらも日本語で「ありがとう」と何度も呟くよしおの声を耳にして、その言葉の意味は分からないながらも彼らにも確かによしおの感謝の意は伝わったのである。
社会人になって厨二病という病気を患っているという欠点はあるが、こうしてよしおは種族や国家、言語を超えた真なる友情を育んでいくことになるのである。
-------------------------------------------------------------------------------------
■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 食堂(K-3) です。■
■Good Morning Yoshio! Enjoy your life of Konzentrationslager Buchenwald!■
さて、誠の友情を得たよしおは翌日の朝、手に入れた資源の提出の為、総務の窓口へ訪れていた。
窓口の職員に鉄鉱石6個と石つぶて12個を手渡し、紙幣が1枚、銀色の硬貨が2枚、銅色の硬貨が6枚を得る。
それが彼の初給与の全てである。
鉄鉱石(200マネー) × 6 = 1200マネー
石つぶて(5マネー) × 12 = 60マネー
計 1260マネー。
日本円に換算して1260円である。
昨日は初日とあって、実務労働時間は5時間と早く切り上げられたのであるが、時給に換算しても252マネー。
某霊能事務所のようなあんまりな時給である。
だが、よしおはこの国の貨幣についての知識はない。
あれだけの危険を冒して手に入れた初任給である。
1000マネー紙幣を、この紙幣は日本円で1万円くらいかなー、と暢気な考えをよしおは抱いていた。
ちなみにマカライト鉱石は10000マネーで買い取ってもらえる。
あの桃色暴動さえ逃して居なければ、よしおは自身が予想している金額とほぼ相違ない金額を得られていたであろう。
だが、現実は優しくないのであった。
■現在の 所持金は 1260マネー です。■
初任給は親のために使う、なんてジンクスがあるが、生憎よしおには現実世界に親は居てもこの世界に親など居ないし、現状を考えるとそんな余裕もないであろう。
そんなよしおが初任給をどこで使ったかというと食堂である。
昨日から何も食べていないよしおは空腹で目を覚ましたのだ。
ブーヘンヴァルト強制収容所では社員はシフト制で働いていることもあり、食堂は24時間営業である。
よしおは食堂へと足を踏み入れ、辺りを見回したが、早朝である故か人は疎らであった。
食堂では食券販売機にて食券を購入して、食堂のおばちゃんにその食券を渡して料理を作ってもらうというシステムである。
食券販売機の前に立つよしお。
よしおには全く読めないラベルが貼られたボタンが30個程有するその食券販売機は恰も
(坊やにはまだ此処は早いんじゃないのかい?)
と主張するかのように悠然と立つ。
坊やだなんて言わせない…!
よしおは自身の優れた脳内コンピューターを用いて、現在所持する貨幣、及び食券種類の検証作業へと突入する。
さて、初任給である紙幣1枚、銀色の硬貨2枚、銅色の硬貨6枚を現在よしおは所持している。
命の危険が当然存在する迷宮探索において、新人であるよしおは食費を抑えて救急キットや迷宮内での水分補給用の飲み物に費用を使う必要があるのは当然である。
その為、よしおが狙う食券の種類は、現実社会の食堂の多くに存在するコスト効率の良い"かけそば"、あるいは"かけうどん"的な料理である。
目的の食券の入手に向け、よしお脳内コンピューターはフル回転を始める。
手にした貨幣を元に現在の情報を整理する。
まずは銅色の硬貨が6枚。
以下にも価値の低そうなこの硬貨は"6枚"で渡されたことが注目すべきポイントである。
このことからこの硬貨が日本円で1円、10円、100円のいずれかの価値を持つ可能性が高い。
なぜなら、この硬貨が仮に5円玉であると考えると6枚で30円となるが、それならば10円玉3枚で支払われるのが普通だからだ。
50円玉で考えても100円玉3枚で支払えばいし、この貨幣が5の倍数の価値を持つ可能性は少ないだろう。
続いて銀色の硬貨2枚について。
まず銅色の硬貨が100円玉であると仮定する。
すると銀色の硬貨は500円玉である可能性が高くなる。
そうなると2枚で1000円となるが、それならば1000円札(札かどうかはわからないが)で払ったほうがいいだろう。
故に、銅色の硬貨が100円玉である事、銀色硬貨が500円玉である可能性は低い。
次に銅色の硬貨を10円玉と仮定。
これまでのことを踏まえて考えると銀色の硬貨が100円玉である可能性が高い。
最後に銅色の硬貨が1円玉であると仮定する。
そうすると、可能性があるのは銀色の硬貨が10円、あるいは100円の価値であることである。
整理すると
銅色の硬貨…1円、10円のいずれかの価値の硬貨
銀色の硬貨…10円、100円のいずれかの価値の硬貨である。
以上の情報を元によしおは検証を開始する。
まずはいかにも一番価値が低そうな銅色の硬貨を投入する。
1枚、2枚と続けて投入を行ったが6枚入れたところでも食券販売機のボタンに赤いランプは点らない。
一旦レバーを引いて投入した硬貨を回収。
続いて、銀色の硬貨を1枚投入する。
1枚目を投入したところでは未だ赤いランプは点らない。
2枚目を投入したところで左上の赤いランプが2つ灯った。
以上のことからよしおはこの硬貨が日本円で100円の硬貨であると認識。
続けて銅色の硬貨を投入する。
5枚投入したところで赤いランプが追加でもう一つ灯ったことから、10円玉であると推測。
それはまさしく正解である。
このよしお脳内コンピューターの計算はここまでは確かに正しかったのだ。
よしおは次のプロセスへと移行する。
いよいよ食券の選別である
検証の結果、小銭では110マネー、150マネー、250マネーの食券が選択可能であることが判明。
かけそば、あるいはかけうどん的料理の値段を150~300マネーの範囲で設定し、可能性が高い150マネー、250マネーの2つに絞る。
1/2の確率である。
よしお脳内コンピューターは更に回転を早める。
脳内の“桃色回路”はあまりの負荷にバチバチと火花をたて、今にもオーバーヒートしそうだ!
よしおは壮大な人類の歴史を振り返る。
古来より多くの者は"安価だから"という理由で多くの失敗を犯してきたのだ。
よしおの母の買った2500円の掃除機も1ヶ月で壊れたのだ。間違いない。
極めて論理的な考えに基づく状況の予測は常に正しいのだ。
せっかくだから、俺はこの赤のボタンを選ぶぜ!
一寸の躊躇い無く、よしおは250マネーのボタンを押した。
-------------------------------------------------------------------------------------
こうしてよしおは、枝豆のような何かを手に入れた。
美味い…確かに美味いのだが…腹も心も何か満たされないのだ。
全てを食したよしおが、振り返り、食券販売機を一瞥する。
“桃w色w回w路www”wwwwバロスwwww
厨二病患者は豆でも食ってろwwwww
奴がそう言っている気がした。
「フッ」
よしおはニヒルな笑みを浮かべる。
自販機風情があんなことを言っていられるのも今のうちなのである。よしおには切り札があるのだ。
この10000マネー札で貴様の息の根を止めてやる。
一番高い定食であっても1000マネーくらいであろう。10000マネー札が9000マネーになったからといってどうだというのだ。
食券販売機はすでにチェックメイトに嵌ったのだッ!
食券販売機の前に再び立つよしお。
(ここが貴様の終焉だ…)
手にした10000マネー札を食券販売機に投下する。
"ヴィィィー"と苦しそうな音を出しながら食券販売機がよしおの切り札を飲み込んでいく。
するとまるでよしおの切り札に無条件降伏するかの如く食券販売機のボタンは全て赤く染まったのだ。
(貧弱、貧弱ゥー!)
よしおは勝利したのだ。そして、敗者は勝者に搾取される存在と堕ちるのだ。
貴様の持つ最も高価なものを戴くぞッ!と一番下の段の左から2番目の赤いボタンを押そうとする。
定食とか高価なものは一番下のボタンに位置することが多いのだ。
そして、それは実際に正しかった。よしおが知る由もないが今まさに押そうとしているボタンは偶然にも食堂で最も高い焼肉定食であった。
やっ、やめてくれっ…!それだけは…!
食券販売機の声無き声を聞いたような気がした。
(なぁに?聞こえんなァ~~ッ!)
だがしかし、無慈悲にもよしおはボタンを押したのだ。この世は弱肉強食、敗者の戯言など聞いてやる道理はないのである。
"カシュンッ、ジャリジャリジャリ"
こうして食券販売機の断末魔と共に、よしおが10000マネー札だと思っていた紙幣は、焼肉定食の食券とたった4枚の銅色の硬貨へ変貌したのである。
そんな自身の切り札の劇的な変貌を目にして、真っ白な灰になったよしおの姿がそこにはあった。
以上が多大な犠牲と引き換えによしおがこの国の貨幣について正しく認識することができた経緯である。
■現在の 所持金は 50マネー です。■
-------------------------------------------------------------------------------------
第5話設定
藤吉郎…よしおの友その1。本名は木下 藤吉郎。二つ名メーカーでは本名は"呻く残響(サラウンドプリズン)"と変換される。頭が猿だが、理知的で頭がいい。当然モデルはあの人。
ユーマ…よしおの友その2。馬頭でちょっぴり粗暴だがいいヤツ。作者によって極めて適当に名づけられたキャラ。
馬→UMA(未確認動物)→ユーマ。未確認動物を二つ名メーカーで変換すると"鮮血鍵盤(シークレットクリムゾン)"。
本名?僕もしらないんです。
-------------------------------------------------------------------------------------
第五話あとがき
更新遅れます。なんていいながら最新話の提供。
よしおの日常編です。
文章量が安定しなくて申し訳ナイデス