■現在位置は東ウェリントン サザーン区 (G-8) です。■
■Welcome to East Wellington■
現状に対してよしおが最初に心配した事はこれからのことではなく、自宅のPCのハードディスクについてであった。
多くの男性がそうであるように自宅のPCのハードディスク内には二次元的あるいは三次元的機密データが保存されている。
よしおもこの例に洩れず、そのジャンルは広かった。
PCが極めて高い汎用性を持つと同じようによしおの脳内コンピュータもさまざまなジャンルに対する汎用性を持っているのだ。
一人暮らしであったので、パスワードなどもかけていない。
あの機密データが家庭内敵性分子に無断閲覧されると憤死できる。
地球へ帰還するにしてもその方法が分からないし、帰還出来るにせよ、それまで確実に時間はかかるであろう。
つまり、自分が行方不明とされた場合、自宅PCのハードディスクのデータが家庭内に流出する可能性が極めて高く、それはよしおの終焉といっていいだろう。
可及的速やかに現実世界へ帰還する必要がある。
現在の最大目標である。
だが、ここでよしおの優れた脳内コンピュータはもう一つの解答を導き出す。
シュレーディンガーの猫である。
要約すると不確定性原理においては、「観察されるまであらゆる可能性が不確定」であり、観察した瞬間にそれは一つの状態に収束するのである。
すなわち、自宅のPCの内容物が暴かれているという結果が観測されて始めてよしおの終焉は訪れるのだ。
自宅のPCの内容物が暴かれているという結果を観測しないためにはどうすればいいか。
最悪の場合、よしおはこの世界に骨を埋める覚悟をした。
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「アイアムヨシオ!」
「zefjwa dfe? safea ko eafey?」
「アイアムヨシオ!」
「Ai, aim osio?」
「イェスッ、マイネームイズヨシオ!」
「sushi? tenpura? geisya?」
「ヨシオだッつってんだろ、この豚野郎!」
取調べと思われる質疑応答は全く進展していなかった。
異世界転移という現象に対するよしお脳内コンピューターの計算した今後の予測では、銀髪でオッドアイでスタイルがよくてどっかの国の王女様で悪いやつらをやっつけるスーパー美人が「余の家来となるのじゃ!」なんて言って、よしおはめでたく生活基盤を手に入れる…はずであったのに、現実で目前にいるのは脂の乗った豚である。
現状は極めて厳しい。
言語の違いという壁は予想以上に高く、容易には乗り越えられないものである。
「豚インフルエンザ大丈夫なの?」
「自分の体で一番肉が美味しい部位はどこだと思う?」
互いを理解するため、こちらからもいくつか質問をしているのだが、まるで進展がない。
こんな調子ですでに1時間、進展しない状況に辟易としてきたところである。
結局、有意義な話し合いなど出来ず、よしおは自分の寝床となった冷たい牢屋へと戻された。
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え? これ何の肉?
留置所内で出された食事はパンとスープだったのだが、そのスープに含まれていた肉が見た目も味も豚そっくりだったのである。
あの豚人は食料としての役割もあるのだろうか。恐ろしい世界観である。
関門前で出会ったかつての友人である一匹のオーク、デイブ(仮)を思い浮かべる。
[俺を喰え…。俺は肉片と化そうともお前の糧となり、生き続けるだろう…]
スプーンにのった謎の肉がそう言っているように聞こえた。
「デイブッ…!俺の為にどうしてそこまでッ…!」
目の前の肉をデイブ(仮)と決めつけ、話しかけるよしお。
裏切ったと思っていた友がこのような姿になっても、自分の力となる為舞い戻って来てくれたのだ。
彼にもきっと何らかの理由があったのだ。
漢泣きに伏すよしお。
慣れない環境と連日の取調べによるストレスにより、ぶっちゃけよしおの精神状態はヤバかった。
「xgewo. sefgfw sew fepcvhu.」
「日本語でおk」
「fjewopajfewap」
「はいはい、ワロスワロス」
連日続く、進展のない取調べに対して、さすがによしおも対応がおざなりとなっていた。
そんな状況がしばらく続いていたが、よしおに転機が訪れる。
いつものように取調室へと連れられ、お互いが捕球しない言葉のキャッチボールを続けるよしおと豚。
しかし、見慣れない長身の女性が扉を開け、入ってきた。
銀髪にオッドアイ、スタイルが良くてどっかの国の王女様かどうかはわからないが悪いやつらをやっつけてくれそうな厨二病的な外見を持つ美人である。
(これは…やはり俺の考えは正しかったということか!)
「余の家来になるのじゃ!」なんて言われて生活基盤を手に入れる将来のビジョンが見える。
「cesoapei vceaop? feaopwew fewapo fefpse flsewe veapefj feefeip feajvv eafeaewpk fvewiop? fewapjvpewrepj!」
しかし、よしおにはやはり彼女の言っている事も全く理解できない。
「なげーよ、わかんねーよ」
「otintin land」
「おちッ!?今なんて言ったの!?ねぇ!?」
「otintin power」
長身の美人が発した卑猥な言葉に青年の未熟な心は平静を失ってしまう。
そんなよしおを尻目に長身の女性はこちらに手を伸ばし、ピアスのようなものを渡してきた。
「udontabetai@sobademoii.co.jp」
「え?これ耳につければいいの?」
長身の女性は指で自分の耳を指している。どうやらピアスをつけろということらしい。
ピアスなどというハイカラなものをつけたことがないよしおは手間取ったもののなんとか取り付ける事に成功した。
■トランスレーション ピアス を装備しました。■
「fswaepeゥ整中です。聞こえるかしら?分かるかしら?」
「うぉっ!聞こえます!わかりますっ!」
このピアスは相手の言葉を翻訳してくれるらしい。よしおにとって非常にありがたい物を頂いたものだ。
やはり、厨二成分を含むやつらはやってくれることは一味違う。
思わず、目の前の厨二女神に対し、賛美の言葉が溢れ出る。
「あなたが神か」
「申し訳ないけど貴方が何て言っているか分からないわ」
「神、いわゆるゴッド」
「そのピアスは一方的なものよ。貴方が私たちの話す言葉を理解を理解できても私たちが貴方の言葉を理解する事は出来ないわ」
あ、そういう事なのか。
しかし、相手の言葉が分かるようになっただけでも非常に助かる。
彼女には感謝してもしきれないだろう。
「あなたのお名前は何ていうのかしら?名詞だけで答えて頂戴。助詞や助動詞は要らないわ。」
「よしお!」
「そう…。貴方は桃色回路というのね。良い名前だわ」
え?何言ってんのこの人。怖い…。
「貴方の言葉を私達が理解する事は出来ない。だから、私の質問に対してYESなら首を縦に、NOなら横に振って欲しいのよ」
迷わず首を縦に振る。桃色回路なんて厨二病な二つ名で呼ばれた気がするが、それを気にするよりもよしおとしても自身の現状をより正確に理解したい所であった。
「貴方は致死斬鬼のスパイかしら?」
またしても出てきた二つ名っぽい固有名詞を耳にして、よしおは彼女の病気がもはや治療出来ないまでに進行している事を理解し、これからの取調べはもしかして言葉が分からなかったときよりも大変になるのではないかと不安に感じるのであった。
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設定
・トランスレーション ピアス
これを身につけた者は公用語を理解することが出来る。ただし、身につけた者が話す言語の公用語への変換は行われない。
よしおに渡された物は製造されてから6年経過したもの。故障している。
そのため、特定の国家や組織、アイテム名などの固有名詞が厨二病的な翻訳がされてしまう。
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あとがき
致死斬鬼(シームレスコラプション)は二つ名メーカーで自分の本名で生成したときにできたもの。
よしおは桃色回路(ストロベリースクリプト)。
これからは汚い忍者改め致死斬鬼(シームレスコラプション)と呼んでいただいても構わない。