その日は同僚達も帰ってきたばかりという事もあって、よしおへの追求は夜へと回されることとなった。
藤吉郎とユーマもその事をよしおに伝えた後、眠そうな顔をしながら、よしおの部屋を後にした。
多分夜には色々と聞かれる事になるんだろう。といってもそれについて自分が答えられるものは言語的な理由を含めなかったとしても殆どないだろうが。
一人になったよしおは暫く自信の迂闊な行動を後悔し続けていたが、冷静を取り戻した後、今一度、昨日の出来事について考えていた。
同僚達の様子から、どうやら自分は迷宮に潜っていた…らしい。
だとすると、更に状況は訳が分からなくなってくる。
一体この左腕はどうなっているのだろう。生えてきたのか?
まさか自分自身はナメック星人だったというのか。
それと食堂でのユーマの発言、「消えた」とはどういう意味なのだろう。
こちらから聞き返す前に虎次郎に落とされたので、その明確な意味が分からない。
眠いから、詳しい事は夜に聞くからと言って、藤吉郎もユーマも戻っていったし、聞くタイミングを逃してしまった。
まさか、自分自身が文字通り煙の如く消えたという意味なのか?
さすがにそれはいくらここが異世界だからといって非現実的だろう。
では、一体何が消えたのか?
年金?魔球?涼宮ハルヒ?
何かの厨二病的な刻印とか?例えば、パルスのファルシのルシの刻印を持つ者はコクーンでパージ?
よく分からない。
とりとめのない事をつらつらと考えるよしお。
結局、解答は得られずその内、ブルマーは何故消えたのか、と考えが脱線してきたところで、叱られていた虎次郎が戻ってきた。
「桃色回路さんっ!」
よしおを見るなり、涙を浮かべて近づいてくる虎次郎。
近づいてくる虎次郎にまた筋肉の海で溺れるのは嫌だ、とちょっとビビるよしお。
しかし、虎次郎も叱られて冷静さを取り戻していたのか、食堂でやったような過激な行動はなかった。
「あの…そ、その…桃色回路さん…申し訳ありませんでした」
深く深く頭を下げる虎次郎。
気絶させてしまった事を謝っているのだろうか。
気にするな、と顔に笑みを浮かべ、よしおの虎次郎の肩に手を掛け、顔を上げさせようとする。
それでも俯いたまま、涙を床に零して咽び泣く虎次郎。彼は顔を上げようとしなかった。
単に自分を気絶させただけだというのに、この反応はちょっと大げさすぎるような…。
そう考えていたよしおだが、虎次郎が謝るもう一つの理由が思い当たる。
そうだった。今回の迷宮探索で同期の死者が出たのだ。
イタクラの事を思い出し、心が痛くなるよしお。
それでも顔に笑みを張り付けたまま、それが表情には表さないようにした。
確かに今回の一件は虎次郎にも責任の一端はある。
虎次郎の行動によって、イタクラが命を落とす結果となったのは事実だ。
それでも、よしおは虎次郎を褒めてやりたいと考えている。
虎次郎が自分から行動を起こして、あのカマキリの化け物をやっつけたのも事実なのだ。
それは、生き残ったパーティメンバー全員を救った事に他ならない。
それに虎次郎は自分に言ってくれたのだ。臆病者は卒業すると。自分の力を信じると。
よしおはそれがどうしようもなく嬉しかった。
その時のことを思い出し、少しの嬉しさがよしおの心の中に生まれると共に、今この時、虎次郎にかけてやれる言葉を自分自身が学べていないことに、よしおは逆に申し訳なさすら感じてしまい、顔に出した笑みも苦笑のものへと変わってしまうのだった。
長い時間が経ち、ずっと頭を下げて咽び泣いていた虎次郎も落ち着いた頃、虎次郎の口から一つの質問が出た。
「あの……桃色回路さん。どやって地上に…?」
この質問に対しては、よしおも首を傾げざるを得ない。自分自身でもその理由が全くわからないのだ。
そんなのわかりません、といった様子のよしおを見て、虎次郎は次の質問に入る。
「あの、じゃあ帰還中に桃色回路さんはどうして消えたんですか?」
出た。「消えた」という単語。しかし、話しの流れからすると、よしお自身が消えたということになる。
(え?俺自身が消えたの?リアル話?)
衝撃の事実に驚愕を禁じえないよしお。
まさか自分自身がリアルでプリンセス・テンコーイリュージョンマジックをやっていたとは思ってもみなかった。
「桃色回路さん自身にもわからないんです?」
虎次郎のその言葉に頷くよしお。
不思議ですねー、という虎次郎の言葉を聞きながら、よしおは今回の一件が更なる泥沼に浸かっていくのを感じてた。
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夜である。
よしおとその同僚達は会議室に揃っていた。
九郎が総務に会議室使用の申請を行っていたらしい。抜かりない男である。
後ろのホワイトボードにはよしおには読めないが、ミミズのような文字が書かれている。
それを見つめる同僚達の視線。
「…」
「…」
「九郎、字が汚いよ…」
「すまん…。直そうとしているんだがこればっかりは直らないんだ…」
「この字で書かれた申請書…総務の奴ら理解できてるのか?」
書き手が藤吉郎に代わり、書き直される。
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[今回の迷宮探索におけるよしおの消失、及び、同人物の無傷での帰還について]
1.よしおの消失について
帰還中において、よしおの唐突な消失。
その時分、左腕が欠損及び、胴体部に重傷あり。
2.よしおの無傷での帰還について
パーティーが地上に帰還時、よしおは食堂に在していた。
左腕欠損なし。胴体部の怪我も見られない。
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(同じミミズ文字じゃん…)
しかし、字のわからないよしおには藤吉郎の書いたものと九郎の書いたものの違いすらわからないのだった。
その後、よしおへの追及が始まる。
しかし、よしおは言葉が話せないため、中々議論は進まない。
渾身のよしおの全身を使って表現されたメッセージも、「なにそれ。雨乞いの踊り?」と言われて終わった。
極めて遺憾である。
そんなこんなである程度内容に纏まりを得るまで、3時間もかかってしまった。
「言葉を話せない奴から聞きだすのがこんなに大変だとは思わなかった…」
ユーマのその言葉に、全員が同意する。
言葉の分からないよしおはYes/No形式の質問にしか答える事は出来ない。
何処で目覚めたか、などは会社の地図を持ってきて指を差して答えるようにしてもらっていた。
誰も彼もが疲れていたが、特に色々と聞きだされていたあったよしおは満身創痍で机に突っ伏している。
この3時間の議論において判明した事実や推論が、ホワイトボードにもびっしりとミミズ文字が書かれている。
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[判明事実]
・気がついたら医療室だった。時刻は7時45分頃。
・その時から、既に腕は付いており、怪我自体が消えていた。
・焼肉定食を二膳食べた。
[仮説]
・妖精説→力尽きると消える。地上のお花畑とかで再生する。花の蜜が主食?(焼肉定食は副食)
・クローン説→クローンが20000体くらいいる。ヨシオネットワーク。レベル6への進化?
・スタンド説→よしお自身が何らかのスタンド。よしおの奇妙な冒険。遠隔自動操縦型?本体が攻撃を受けた?もしくはダメージによってスタンドパワーが消失。
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ホワイトボードに書かれた内容はかなりカオスである。
要するに、何が分かったかというと、何もわからないということがわかった。
「この中で最も可能性があるのは…スタンド説だなっ!」
ユーマが何故か興奮冷めやらぬ様子で熱く語る。
どうやら、よしおはスタンドというモノらしい。
それなんてJOJO?、という顔をしていると、ユーマに「ご存知ないのですか!?」と何故か敬語で言われる始末。
スタンドとは古い昔、ARAKIと呼ばれる者が生み出した伝説の魔導の概念なのだという。
長々とユーマは更に熱く説明を続けているが、よく分からない。なんか現実世界で似たような設定を聞いた事がある気もするけど分からない。
「だけど、それ、確かユーマの好きな小説で出てきた設定だよね」
藤吉郎のその一言で、よしおスタンド説は一気に破綻した。
「まぁ、よしおが妖精だとかクローンだとかスタンドだとかどれも信憑性がないけど…少なくとも不思議な存在であることは確かだね」
「全く不可解な奴だな」
藤吉郎の言葉に九郎が同意する。
そうして、3時間続いた会議は結局何も得る事が出来ないまま終わったのである。
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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■
部屋に戻ったよしおはよほど疲れていたのか、すぐにベッドに倒れ、そのまま眠ってしまった。
会議の内容がどんなものだったのか、新たな発見が何かあったのかどうか聞こうとしていた虎次郎も少し残念に思いながらも、日課の筋トレを終えた後、すぐに眠りについた。
虎次郎の目が覚めたのは夜中、小さく啜り泣く声によってである。
それは、小さくて聞き取りにくかったが、間違いなくよしおのものだった。
どうして泣いているのだろうか、その答えはすぐに思い浮かぶ。
きっと同僚のイタクラが死んでしまった事が悲しくて泣いているんだろう。
昼頃、自分がその事を謝罪したとき、顔に隠そうとしていたけれど内心で悲しんでいるのはバレバレだった。
それでも、よしおは虎次郎を許した。イタクラは自分が殺したようなものなのに。
イタクラは自分が殺した、その事実に虎次郎は胸が張り裂け、重圧に潰れそうになる。泣きそうになる。
それでも、よしおに誓った言葉が脳裏に過ぎる。
勇敢になることを。
自分の力を信じることを。
先輩達に言われた言葉が脳裏に過ぎる。
これからは危機に瀕している人がいたら、お前の力で助けてやってくれ、
それがお前を助けるために命を落としたイタクラが望む最大の供養になるんだ。
今にも涙が出そうな眼を強く瞑る。泣き声が出そうな口を、歯を食いしばって閉じる。
そして、恩人に報いるため、自分の犯してしまった過ちを償うため、今一度誓う。
虎になる。
啜り泣く声は決して二つには重ならなかった。ただ暗闇の中でも燦爛と光る二つの眼が生まれた。
心に住んでいた臆病者はこの瞬間確かに死んだ。殺したのは勇猛な目をした大きな虎である。
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翌日も休みである。
余りのハードワークとシビアな状況が続いたため、休みという概念すら忘れ去っていたよしお。
そんな彼が休みに行うこととは何か。
それは勿論、購買の展示テレビの前に立ち、テレビ番組の音声を録音すること以外にあり得ない。
外で健康的に運動…、それは今のよしおにはあまりに致命的である。
132マネー。
これが命のロープ。あまりに脆く頼りないそれを最大限駆使して、最大の結果を生み出さなくてはならないのだ。
所持金132マネーのよしおにとって、運動によって消費されるエネルギー量は致死量。
エネルギー損失を極力少なくなければならない。
しかし、今のよしおの目は昨日のように狂気を含んではいない。
湖水の如く青く澄み渡っていた。それは『覚悟』を内包した漢の目である。
決して、狂気が一回りして、澄んだ目に見えるというわけではないはずだ。
いつものポイントに佇むよしお。すでに戦いは始まっている。
またお前か、という店員の迷惑そうな視線。
そんなモノではよしおにダメージを与えられない。
今のよしおは山の如く、ハシビロコウさんの如く動かない。
そうして、2時間が経過する。
よしおの腹の音が鳴り続けていた。昨日の晩も食べていないのだ。仕方の無い事なのだろう。
いくら動かないからといって、時間というものは否応なしによしおにエネルギー消費を強要する。
やはり、動かないというだけではエネルギー消費を抑えきれないようだ。
(草…)
そうだ、草食おう。
かなりヤバげな考えによしおが至ったところで、一つの言葉が展示テレビから流れた。
『…若者の退職率が著しいものとなっており――』
(……あれ?今退職って…?)
急いで、ボイスレコーダーを取って確認を取るよしお。
『…若者の退職率が――』
「おおぉっ…!」
確かに、『退職』という言葉が録音されていた。
遂に念願の言葉が録音出来たのだ。
ついに退職届を作成する条件が揃った。
この会社での退職届とはどういうものか――それを知らずに嬉しさから、エネルギー消費のことも忘れ、ヒャッホーイと飛び回るよしお。
「これでこの会社辞められる…、そう思っていた時期が僕にもありました」
後年のよしおの独白である。
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「えっと…退職、書類…?もしかして退職届のことですか」
(やった…!計画通り…!)
よしおの他の人に退職届を書いてもらうという目論見は確かに成就したのである。
平成の孔明とは此処に在り。
よしおは虎次郎に向けて何度も首を縦に振る。
「タイショク、ショルイ、クダサイ、クダサイ」
「…」
瞼を閉じて、暫く考え込む虎次郎。そして、よしおの目を見て、言い放つ。
「流石です。桃色回路さん。その度胸…敬服します…!」
何か虎次郎は訳の分からないことを言っていた。少し怪訝に思ったもののよしおは気にしない事にした。
今回の行動で最も致命的だったのは、おそらく藤吉郎やユーマに退職届の作成を依頼しなかったことだ。
よしおは藤吉郎やユーマを探してみたものの会う事は出来なかった。
そこで、部屋内で筋トレをしていた虎次郎に退職届を書いてもらおうと思った訳なのだ。
以前にも述べたが、退職届という書類が、すぐにでも「退職」できる最大の激戦区である”探索部への異動願”と同義とみなす慣例がある。
これは、社員達、いや、この国においては公然の事実であり、その為、退職届を出そうなんて度胸のある者は全くといっていいほどいないのである。
藤吉郎やユーマであったならば、以前、無断欠勤がどういうものかよしおが理解していなかったということを知っていることもあり、「あ、コイツもしかして退職届の意味、取り違えてね?」と考えただろう。
しかし、虎次郎は違う。
虎次郎はよしおが減給処分を受けていることを知っているが、よしおが無断欠勤についてちっとも理解していなかったということは知らないのである。
つまり、虎次郎はよしおが退職届を出す理由が、以下のジョースター卿理論によるものだと考えたのだ。
即ち、
なに?よしお。
減給処分を受けて、その日食事をしていくだけのお金すら稼げない?
よしお、それは浅階層で採掘を行っているからだよ。
逆に考えるんだ。
「深階層で採掘してもっと稼げばいいさ」
と考えるんだ。
という理論である。
深階層に潜る為には?→迷宮探索部に入ればいい
迷宮探索部に入るためには?→退職届を出せばいい
そういうプロセスを経て、虎次郎はよしおさんはなんて度胸のある人なんだ…!と改めてよしおの凄さを思い知ったのである。
「任せてください、桃色回路さん」
そう言って、虎次郎はさらさらと退職届を作成してくれた。
出来上がった退職届を虎次郎から嬉しそうに受け取るよしお。
しかし、
自分一人が退職する事を決意してしまい、虎次郎以外の誰にも相談していないこと、
それと、大切な仲間と別れる事になってしまうこと。
それが、よしおの心をチクリと痛めていた。
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退職届を手に、総務窓口の前をウロウロするよしお。
いざ、退職届を出そうとするものの、やっぱり心に残った罪悪感がそれを躊躇わせてしまう。
そのまま、その場で1時間くらいウロウロするよしお。
退職届はもうこの手にある。いつでも辞められるのだ。急ぐ事はない。せっかくの休みを堪能してからでもいいじゃあないか。
結局尻込みしてしまったよしおは、そんな言い訳を心に思い浮かべ、踵を返して、その場を後にするのであった。。
■現在位置ブーヘンヴァルト強制収容所 広場 (C-2) です。■
「止まってください!それ食べられないですから!」
(そんなのやってみないとわからないじゃないか!)
その日の夜、空腹に耐えられなくなったよしおは広場の草を食おうとしていた。なんていったってタダなのだ。そこがミソだ。
それに、プッチ神父だってこう言っていたのだ。
「最初にキノコを食べた者を尊敬する…… 毒かもしれないのにな…… ただの幸運なバカがたまたま食べたら大丈夫だったのか…………? それとも………飢えで追いつめられた必死さが切り開いた発見なのか?」
自分は後者だと信じる。飢えで追い詰められた必死さが切り開いた発見なのだ!
今の自分も同じ状況だ!ただキノコか草かの違い!先人達に習って、自分も新しい発見を切り開くのだ!
しかし、その挑戦も今現在虎次郎によるトライアングルサブミッションを極められ、邪魔されている。
虎次郎は広場でランニングしていてよかったと心底思った。部屋で筋トレしていたら、この事態を見逃していただろう。
草むしりしているのかと最初は思っていた虎次郎も、よしおが草を口に入れ始めたあたりから急いで止めに入った。
しかし、よしおの身体は関節技で止められても、彼の心を止める事は出来ない。
自分が関節技を解けば、彼は草を食うだろう。間違いなく食う。あの目は食う。
(仕方ない…桃色回路さん、すみません)
よしおの頚動脈洞を圧迫し、頚動脈洞反射を引き起こさせ、脳に酸素が行き届かないようにする。
「ひぎょん」
カエルのような声を上げて、よしおは動かなくなった。
虎次郎がよしおの意識を締め技で落としたのだ。再起動したら正常に戻ってくれるよう願いながら。
「はい、2000マネーくらいしかなくって申し訳ないんですけど」
「ゴメンナサイ。アリガトウ」
結局、虎次郎からお金を借りる事になった。
米つきバッタのようにヘコヘコ頭を下げる。
気にしないでください、と笑いながら虎次郎は言っていたが、よしおは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
(マジ何やってんだよ俺…どうかしてたわ…)
草を食うとかありえない。手に握る現金の感触は、確かによしおを狂気の淵から掬い上げていた。
少なくとも虎次郎にお金を返すまでは退職届を出すのは止めようとよしおは心に決め、懐から退職届を取り出し、ベッドの上に置いた。
しかし、よしおが知る由のない事であったが、実は虎次郎も減給処分を受けている。
それは何故か。
昨日、無事なよしおの姿を見て、暴走した虎次郎は食堂のテーブルを破壊していたからである。
減給処分はよしおと同じく2ヶ月。
ここで、2000マネーよしおに貸すという行為は、減給処分中の虎次郎にとってはまさに身を削るようなものである。
しかし、虎次郎に後悔は無い。
いざとなれば、自分もよしおの後を追って、迷宮探索部へ行けばいい。いや、必ず行く。
そう考えていたのである。
クワセロォォー、クワセロォォォー
よしおの腹から食べ物を食わせろという抗議の音が鳴り響く。
それを聞いた虎次郎は笑って、「桃色回路さん、行きましょうか」と恥ずかしそうに顔を赤らめているよしおを食事に誘うのだった。
その15分後くらいであろうか。
よしおの部屋にノックする音が鳴り響く。
ノックの音はどんどん激しくなっていき、ドアノブはガチャガチャと音がなり、その内、ガチャン!と鍵の外れる音がした。
「入るぞー」
ドアを開け、入ってきたのは、入社の時からちっともお世話になって居ないあの無駄に熱い教官であった。
(何だよー、いないのかよー、あはぁ~ん)
よしおと虎次郎はついさっきまで居たのだが、今は食事に出かけており、留守であった。
教官がよしおの部屋を訪ねた理由。
それは、よしおが“帰還した”という報告データが今になっても送られておらず、現在も迷宮に潜ったままという記録がされており、また、死亡届も出されていないため、よしおの状態について総務から確認を取ってこいと言われたからである。
減給処分中で辛かろうと思って差し入れ(しじみ)まで持ってきたというのに、まさか留守だとは。
(同じパーティの他の奴に聞いてみるか…)
そう思って、部屋を出ようとした教官であったが、ベッドの上の白い書類が目に入る。
遠目からでもその書類のタイトルを確かに教官は認識し、一気に熱くなる…!
「おおおおおおおおおおッ!!」
熱きパトスが口から溢れ出る。
なんとそれは退職届であったのだ。
例の慣例については知っていたが、まさか実際に作成する輩がいたとは…!
60年…!いや、70年ぶりか…!?
熱い…!なんて熱い血を燃やしているんだ!
流石の教官もこの退職届の作成者の熱さには感嘆を禁じえない。
しかし、退職届がなぜこんな場所にあるのか!?
退職届はこんな場所に置いてあっていいものではない!
あるべき物はあるべき場所へなくてはならない!
つまり、総務へ!
教官はその事について、興奮した頭で考える。
もしかして、退職届を出そうかどうしようか今更迷ってんじゃないですか?
なんとなく生きようとしてんじゃないんですか?
イキイキしたい?簡単ですよ。
過去のことを思っちゃダメだよ。
何で無断欠勤しちゃったんだろ…って怒りに変わってくるから。
未来のことも思っちゃダメ。探索部で仕事なんて大丈夫かな、あはぁ~ん。
不安になってくるでしょ?
ならば、一所懸命、一つの所に命を懸ける!
そうだ!今、退職届を出せば、きっとイキイキするぞ!!
もっと熱くなれよ…
熱い血燃やしてけよ…
人間熱くなったときがホントの自分に出会えるんだ!
だからこそ、もっと!熱くなれよおおおおおおおおおおお!!!
展開される俺理論。
教官はよしおの退職届を掴み、熱く叫び声を上げながら、走り去っていった。
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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■
翌日、よしおの元に例の教官が訪ねてくる。
(出たっ…!マツオカ教官…!)
この人が来ると、ホント碌な事が起きない。
何の用で来たんだと目を半目にして訝しむよしお。
しかし、教官の用件はよしおの脳の許容範囲を超える壮絶なものであった。
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王国暦653年7月3日
㈱ブーヘンヴァルト強制収容所
人事総務部
よしお殿
辞令
王国暦653年7月4日付けで、探索部第三課勤務を命ず。
以 上
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「は?」
「世間はさぁ、冷てぇよなぁ。
みんな、君の熱い思いを感じてくれねぇんだよ。
どんなにがんばってもさ、何で分かってくれねえんだって思うときがあるのよね。
俺だってそうよ。
熱く気持ちを伝えようと思ったってさ、お前熱すぎるって言われんだ。
でも大丈夫、分かってくれる人はいる!
そう!探索部の奴らなら分かってくれる!!!
明日からお前は迷宮探索部配属だ!!」
教官が引き攣った笑みを浮かべながら呆然とするよしおに何かわからない事を言っている。
「悔しいだろ、分かるよ。
思うように行かないこと、たくさんあるよな!
減給処分で、目の前においしそうなカニがあったとしても食べれない!
我慢しなきゃいけないときだってあるんだよ!
人生、思うように行かないことばかりだ!
でも迷宮探索部で頑張れば絶対必ずチャンスが来る!
頑張れよ!」
よしおは崩れ落ちた。
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あとがきという名の脳内設定
よしおの奇妙な冒険
本体名:よしお
スタンド名:ストロベリー・スクリプト
能力タイプ:自動操縦型
破壊力:超パネェ
スピード:超パネェ
射程距離:超パネェ
持続力:超パネェ
精密動作性:超パネェ
成長性:超パネェ
能力
・このスタンドは死んでも特定の場所で何度でも復活する。
・復活する際、それまでにスタンドが負ったダメージはすべて回復する。
・このスタンドはしばしば墓穴を掘る。
※これは作者がよしおがスタンドならこんなんだろうなー、と思いついたモノであり、何一つ作中に反映されるものではありません。