無断欠勤を二日続けて行ったよしお。
もう一度無断欠勤を行えば、“電気椅子”直行という想像を絶するペナルティを与えられてしまう。
友人二人と別れた後も、よしおは焦りながらこれからの事について考えていた。
少なくとも退職するまでは、彼は休み以外の日は毎日迷宮に潜らねばならないのだ。
そんな状況下で如何にして退職するまで生き残るか。
それが彼の課題である。
必死に頭の中で考えを巡らすよしお。
迷宮内に潜らないという選択肢は最早取れない。
ならば、迷宮探索で自身の生存確率を少しでも上昇させなくてはならないだろう。
その為に必要な事は何か。
最も重要なのは団体行動を取る事であると今のよしおなら答える。
“仲間との絆を大切にして欲しい、そんな思いを込めてパーティ制度を採用しています!”などとこの会社は謳っているものの、仲間との絆云々の前にパーティ単位で行動しないと普通に死ねる。
基本的に敵の一撃を喰らえばほぼ死亡、あるいは行動不能にさせられることが多く、また多数の敵との戦闘も頻発するので単独で迷宮に潜るというのは自殺行為なのだ。
よしおが一時期嵌っていたゲーム、“不審なダンジョン ポルネコの大冒険”で例えるならば
①敵を倒しても経験値を得られない
②ダンジョン内に自分が有利になる便利なアイテムが落ちていない
③1対1になるよう敵を呼びこめる通路がない
という縛りで、プレイするようなものである。
友人に聞くところによると、昨日と今日の迷宮探索では幸いなことに死者は出なかったそうだ。
20名居た新人たちも今では自分を含め8名まで減ってしまったが、生き残った者達は短い間だが苦難を共にしてきた仲間だ。
彼らは十分すぎるほど信頼するに値する。
団体行動するという面では問題は無いだろう。
では、次に大切な事は何だろうか。
それは防具であるとよしおは考えた。
前述したように迷宮内のモンスターは当然人間よりも力が強いモノが多く、その攻撃を喰らえば一撃必殺となってしまう場合も多い。
モンスターの攻撃は基本受けてはならない。死刃は全てかいくぐるべし。
即ちモンスターの攻撃は基本的に全て回避するというスタンスが重要である。
それでも、どうしても回避できない場合に盾などの防具を持っていれば、モンスターの一撃を喰らっても助かる場合もあるのだ。
事実、よしおも3日目の探索で“共鳴無惨”からの一撃を青銅の盾で防御し、辛うじて生き長らえた実経験がある。
(そういえば…)
そこまで考えて、よしおはある事を思い出した。
よしおの青銅の剣と青銅の盾は3日目の探索でその“共鳴無惨”と相打ちとなり、両方とも壊れてしまっていたのである。
武器防具無しで迷宮に挑むというのも極めて危険である。
“不審なダンジョン ポルネコの大冒険”のように迷宮内で武器防具を拾えるという訳ではないのだ。
早速よしおは購買センターで自分の新しい武器と防具を見繕いに向かうことにした。
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社内購買センター内の武器防具販売店。
武器はナイフや片手剣、斧などの近接武器からボウガンや拳銃、自動機銃などの遠距離武器、手榴弾や志向性対人地雷などの爆弾類、
防具は盾、皮鎧、鉄鎧など古来からあるものは元より、暗視スコープや防刃ベスト、現代軍隊が採用している様なインターセプターボディーアーマーなんていう物まで存在して、その品揃えは非常に豊富だと言える。
その店内によしおの姿はあった。
よしおがまず見繕おうとしているのは盾である。
“共鳴無惨”の凄まじい一撃から破壊されながらもよしおの命を救った青銅の盾。
それは、よしおに盾こそが迷宮探索において最大に頼りになる防具であるという認識を与えていたのだ。
盾と一言で言ってもよしおが使っていた青銅の盾や鉄製の盾、真鍮の盾など様々な種類が販売されている。
よしおは店内で販売されている盾を見て回ることにしたのだが…
(530000マネーって…)
よしおが今見ているのはジュラルミン製の重厚な大盾である。
文字の読めないよしおが知る由はないが、“当店イチオシ!7.62mmライフル弾を耐弾(耐弾レベル3)!”などと宣伝文句が張られていた。
よしおはその盾を持ってみたが、非常に重く少なくとも重量10kg以上はありそうだった。
確かに防御力の面で見れば最高レベルの物かもしれない。
しかしながら、移動が前提である迷宮探索においてはこのような重すぎる盾はデメリットが多すぎる。
それに取り回しも難しいだろう。
そして何よりも値段が凄まじい。フリーザの戦闘力と同じなのである。
限定的な範囲でしか使用が難しいと思われるこの盾は価格と汎用性の面でよしおから不合格の烙印を押されてしまった。
次によしおが注目していたのは透明かつ軽量のポリカーボネート製防護盾である。
銃弾とかも防げて機動隊とかでも採用されている盾だったよなー、とよしおはテレビか何かで見たのを思い出した。
(これいいなぁ…)
よしおはその盾を手に持ってみて、重量もかなり軽く、負担になりにくそうだという感想を持った。
グリップが二つと肘掛も付いているので片手でも扱えるし、両手でしっかりと盾を保持することも可能である。
しかし、
(38400マネーか…)
新入社員であるよしおではとても買えるような値段ではない。
非常に心惹かれる盾であったが、断念せざるを得なかった。
その他にも色々と見て回ったのであるが、結局全て価格面で諦めざるを得なかった。
最初に使用していた青銅の盾すらよしおの財布の中身では買えなかったのである。
(ポルネコの大冒険とかでは300Gとかで買えてたのに…)
もしかしたら某ゲームと同じくらいの値段かもしれないとほんの少しの期待も持っていたのであるが、現実はやはり非情であった。
その後、武器についても見て回ったのだが、よしおの所持金で買えるものは刃渡り100mm程度の小さいナイフだけであった。
(……不安すぎる)
流石にこんなものでは、モンスターに対して武器になるかと問われれば首を傾げてしまう。
(死んじゃった同僚の剣と盾を拝借すれば良かった…)
過去のことを思っても仕方がないのである。
結局よしおは武器防具は何も購入することなく、簡易食料だけを購入して購買を後にすることとなってしまった。
■現在の 所持金は 2570マネー です。■
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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 迷宮前 (D-9) です。■
翌日となり、いよいよ迷宮探索に向かう時間である。
よしおは集合場所である迷宮入り口にいた。
しかし、社員殺しに襲われた恐怖が未だ癒えていないよしおは当然、気が気ではない。
自分がどうやって社員殺しから生き延びたのかも謎のままだ。
しかし、そんな都合のいい事は二度も起こらないだろう。
また社員殺しと遭遇してしまうのではないかと心配して、よしおは昨日は殆ど眠れていなかった。
しかし、いくら恐怖が癒えていないといっても迷宮内で脅えを見せてはならない。
迷宮内で脅えを見せていると、桃色暴動と出会ったとき、自分だけでなく同僚も危険な目に合わせてしまうからだ。
必死に恐怖を隠そうとしているが、体の震えは止まってはくれない。
周りから見てもよしおが怖がっているのは丸分かりであった。
そんな時、よしおの肩がポンと軽く叩かれた。
その感触に思わず「うぇぁ!」と驚いて叫んでしまったよしお。
慌てて振り返ると藤吉郎の笑った顔がそこにあった。
「はは、桃色回路。そんなに怖がってること隠さなくても大丈夫だよ」
ユーマもよしおの驚いた姿を見て、笑いを噛み殺していた。
「ふくく…!その通りだ、桃色回路。俺達だってあの後、全員震えが止まらなくてな!拠点から地上に帰る時は桃色暴動に襲われまくったんだぜ!」
社員殺しから生き残った同僚達も拠点から帰る道中は皆体の震えが止まらず、結果多くの桃色暴動と戦闘をする羽目になったのだ。
ユーマのその言葉に続き、
「そうだ、安心しろ、桃色回路。守ってもらってばっかだからな、今回は俺達がお前を守ってやる番さ」
「そうですよ、桃色回路さん。もしもまた社員殺しに遭遇しても今度は俺達だけでブッ倒してやりますよ!桃色回路さんは後ろでどっしり構えてるだけでいいんですよ」
「フッ、桃色回路の出番はない。既に紅炎検死官との契約は終了した。死魔殺炎烈光が今なら使える…」
同僚達もよしおに気にする事はないと慰めてくれている。
社員殺しを恐れるエースの姿を同僚達は頼りないと思うのではなく、むしろ自分達と同じであるという親近感を与えていたのである。
同僚達のそんな言葉にまたしても感極まって涙が出そうになってしまうよしお。
涙を零さないようにすぐ上を向いたが、覚えたばかりの“ありがとう”という言葉は涙声になってしまっていた。
泣いているのは同僚達にバレバレなのであった。
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今回の採掘は地下3階の階段近くの採掘場で行うこととなった。
この場所は地下1、2階とは違い、銀鉱が出る事があるのだ。
ただし、鉄鉱石は出にくく、代わりに鉄鉱石も安い銅鉱が出やすいとの事である。
採掘場までの道中では、社員殺しの恐怖を忘れられないよしおは歯をガチガチと鳴らすほど怖れを見せていた。
そんな時にポチやトカゲの他に桃色暴動とも遭遇したのであるが、こちらが見つかる前に同僚達が先手必勝であっという間に皆殺しにしてしまった。
よしおへのフォローは完璧であった。
同僚達の冷静かつ迅速な行動により、誰一人怪我人も死者も出すことなく地下三階の採掘場まで辿り着くことが出来た。
よしおとユーマだけでなく同僚達は皆、よしおを見捨てて逃げたことに罪の意識を感じていた。
俺達のエースに対して償いをしたい。
そんな同僚達の思いはよしおを傷つけさせまいとする彼らの行動に反映され、確かによしおのトラウマ克服に貢献していた。
(こいつら凄ぇ…)
頼りになる同僚達の姿は、よしおにも多くの安心感を齎していたのである。
■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 3F (D-11) です。■
地下3階の採掘場で採掘を続けて5時間。
よしおの採掘の戦績は以下の通りである。
石つぶて × 15
鉄鉱石 × 3
銀鉱 × 2
銅鉱 × 12
採掘は話に聞いていた通り、鉄鉱石は出にくく、銅鉱が出やすかった。
しかしながら銀鉱も2個掘り当てることができた。
確か銀鉱は1個600マネーで売れたはずである。
少なくとも地下1、2階で採掘するよりは良い成果なのではないかとよしおは思う。
そして帰還する時間と相成った。
帰還する頃にはよしおの恐怖も完全に消えたわけではないが、随分薄くなっていた。
「それにしても桃色回路はやっぱり幻術力学だねぇ」
「全くだな」
(幻術力学って何ですか…)
帰還の道中、藤吉郎とユーマはよしおを何かの厨二病的固有名詞で表現し始めた。
「桃色回路も自分の事を幻術力学だって思うでしょ?」
(そんなん聞かれても困るよ…)
藤吉郎がこちらに質問を投げかけるが、幻術力学が何なのか分からない。
少なくとも自分はそんな厨二病的固有名詞で表現されるような男ではないのでとりあえず首を横に振った。
「クク…!自分ではそう思っていても他人から見れば幻術力学に見えるもんだよ」
ユーマが笑いながら言った。
なんと、よしおは他人からみても幻術力学に見えるらしい。
驚愕の事実であった。
桃色回路は何となくわかる。いつも頭の中のシナプスとかいう神経回路でいつもピンク色の妄想をしているとかそういったアレだろう。それは別に否定しない。
だが、幻術力学とは一体何だ。意味が分からない。
「確かにお前は幻術力学だ。だけどよ、そんな幻術力学なお前が誰にも負けない勇気を持ってるんだぜ!」
ユーマが力強くよしおの肩を叩く。
「幻術力学なのに勇気があるっていうのはある意味矛盾してるのに桃色回路らしくもあるよね」
藤吉郎も笑いながらユーマの発言に同意している。
何やら自分は褒められているらしい。
ポカンとした顔のままで二人の会話を聞いているよしお。
分かったのは、よしおが勇気ある“幻術力学”であるということだけ。
結局、肝心の“幻術力学”がどういう意味なのか分からないまま無事地上に帰還したのだった。
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無事に仕事を追えたよしおは同僚達と別れた後、早速総務に向かう。
今日採掘した資源を提出しにいったのだ。
だが、そこに待っていたのは余りに理不尽すぎる総務の非道であった。
石つぶて × 15 = 75マネー
鉄鉱石 × 3 = 600マネー
銀鉱 × 2 = 1200マネー
銅鉱 × 12 = 600マネー
減給補正-80% = -1980マネー
計 495マネー
余りの衝撃に口を開けて唖然となってしまうよしお。
迷宮内に潜っていた時間は9時間。
時給55マネーというあまりにも冒涜的な給与である。
2日間の無断欠勤の代償は2ヶ月間給与80%減給という凄まじい罰則であった。
(否…!これは…罰則じゃない!すでに処刑は始まっている…!?)
自分を飢えさせて処刑するのが目的だろう。なんと残酷な奴らか。2日間の無断欠勤で処刑を図るとは、げに恐るべき会社である。
あまりの暴虐に温厚なよしおでさえも怒りを感じてしまう。
(だが…負けん…!俺は必ず退職して生き残ってみせる…!)
奴らの掌の上で踊ってやるものか、
小銭を強く握り締め、決意した表情を見せるよしお。
しかし、その“退職”がどういう意味を持つのか彼は分かってはいない。
■現在の 所持金は 3065マネー です。■
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よしおの最優先事項は退職届の提出である。
しかし、総務窓口での給与問題、これはよしおに新たな副次目的を迫る結果となった。
その副次目的とは一体何か。
マカライト鉱石の入手である。
手持ちの金銭だけで退職届を提出する日まで生活することができればいい。
しかし、それだけで足りない場合、近い内に人として拙い状態に陥ってしまうだろう。
マカライト鉱石は10000マネーで買い取ってもらえる。
給料8割カットだとしても2000マネー。
中々悪くはないのである。
マカライト鉱石が1個取れれば3日は食費に困らない。
このまま取れなければいざとなれば友人達に泣きつくという選択肢もあるが、これまでも多くの迷惑を彼らに掛けてしまっている。
彼らの負担をこれ以上増やすのは憚れる。できれば御免したかった。
よしおは自分の相棒であるつるはしを握り締めた。
マカライト鉱石を必ず掘り当ててみせる、
十分な気合を胸に秘め、よしおは決戦の場へと向かった。
本日も昨日と同様、地下3階の階段近くの採掘場で採掘を行う。
よしおの社員殺しへの怖れも大分薄くなっていた。
仲間達といれば大丈夫、そう思えるようになっていたのだ。
ところで、武器も盾も“共鳴無惨”との戦闘で破壊されてしまったよしおであるが、彼は満足に武器を買うお金すら持っていなかった。
では、よしおが手ぶらで迷宮に挑んでいるのかと言われるとそうではない。
実は彼は採掘に用いるつるはしを武器として使用していた。
実際に使ってみるとこれが中々強いのである。
鋭い嘴に一転集中される力は、柔らかな皮膚を持つモンスターは言うまでもなく、比較的堅いトカゲの甲殻も難なく破壊してしまえるのだ。
ただし、青銅の剣のような片手剣ほど使い勝手が良いという訳ではないが。
「桃色回路!右からポチが来るよ!」
藤吉郎のその大声にも慌てはしない
よしおはこれまで採掘を行う時に何度も繰り返してきた動作を行う。
即ち、上方につるはしを振り上げ、ポチが射程内に入るタイミングに合わせて、つるはしを振り下ろす。
つるはしの鋭い嘴はポチの頭頂から顎を貫通して、一撃で絶命させた。
ポチの死体に足を掛けて、力を込めてつるはしを引き抜く。
「ふふっ、桃色回路も大分勘を取り戻してきたみたいじゃないか」
確かにその通りである。昨日は迷宮探索に必要以上に脅えていた節がある。
しかし、同僚達のお陰で既によしおは迷宮探索でのトラウマを克服しつつあった。
今回の迷宮探索でで このよしおに精神的動揺による失態は決してない! と思っていただこうッ!
グッと親指を上げて、藤吉郎に返事をする。
藤吉郎もそれを見て嬉しそうに笑って親指をグッと上げてみせた
■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 3F (D-11) です。■
道中も特に問題なく、順調に地下3階へと到達したよしお達一行。
早速採掘を開始した。
一振り一振りに自分の魂を込めてつるはしを振るうよしお。
そんな熱い男の背中は歴戦の鉱山夫のオーラを醸し出していた。
自分のコンディションだって悪くない。
―――マカライト鉱石が掘れそうな気がする!
よしおは何故か妙な期待感を得ていた。
そんなこんなで1時間程経過した頃のよしおの戦績は以下の通りである。
石つぶて × 6
鉄鉱石 × 0
銀鉱 × 0
銅鉱 × 2
正直かなり悪い。
(まだ慌てるような時間じゃない)
まだ、採掘を開始して1時間だ。後4時間は掘れる。
よしおはスロースタータータイプなのだ。そうに違いない。
さらに1時間経過後のよしおのスコアは下記のように変化していた。
石つぶて × 9
鉄鉱石 × 1
銀鉱 × 0
銅鉱 × 3
(小手調べはここまでだ…)
まだ、採掘を開始して2時間だ。後3時間は掘れる。
まだエンジンが温まってないだけなのだ。問題ない。
そして更に1時間、3時間経過後のよしおのスコアである。
石つぶて × 12
鉄鉱石 × 1
銀鉱 × 0
銅鉱 × 6
(次から本気出す)
まだ、採掘を開始して3時間だ。後2時間は掘れる。
漸くエンジンが温まってきたところだ。そんな感じがする。
4時間経過後のよしおのスコアである。
石つぶて × 17
鉄鉱石 × 2
銀鉱 × 0
銅鉱 × 8
(諦めるな…!自分の感覚を信じろ!)
まだ1時間も掘れる。
ドラマは最後に待っているのだ。逆転劇は近い。
彼の目は諦めた者のそれではない。
ギラギラと輝く獣のようなその眼差しは唯一点、つるはしを振り下ろす位置にのみ向けられている。
愚直につるはしを振り下ろし続けるよしお。
すでに残り時間はあと2分――。
だが、よしおには十分すぎる時間だ。
その2分の間にドラマが待っているはずなのだ。
石つぶて × 18
鉄鉱石 × 2
銀鉱 × 0
銅鉱 × 11
本日のよしおの戦績である。
結論から言えばドラマは起きなかった。
換算すると1040マネー。
減給補正-80%で計208マネーとなる。
時給換算で23マネー。
口に出すのも憚られるあんまりな結果によしおは呆然となっていた。
(馬鹿な…こんな事が…許されるとでもいうのか…)
否、許されてはならない。
“GS美髪”の横川忠夫の1/10以下という時給など許されてはならないはずだ。
だが、総務にはそんな横暴を許容してしまう狂気があるのだ。
恐ろしい、この会社はなんて恐ろしいんだ。
よしおの命を最も危険に晒している最大の敵は迷宮内のモンスターではなく、この会社の総務なのであった。
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採掘を終えた一行は帰還の途につく。
たまに行く手を阻むポチ、トカゲ、桃色暴動。
しかし、何度も戦闘していい加減慣れてしまっている一同はあっという間に殲滅してしまった。
このまま何事もなく無事に地上に帰ることが出来るだろう。
しかし、よしおの表情は暗い。
脳裏に食堂の食券販売機で150マネーの食券しか買えなくなる未来が見えるのだ。
時給23マネーという今回の結果はよしおに将来の不安をまざまざと感じさせていた。
そんな陰鬱な雰囲気のまま歩くよしおを見て、他の同僚達も心配そうである。
それでも順調に、地下2階の登り階段近くまで辿り着いた一行。
あとはこの大きな広間を過ぎれば登り階段はすぐそこである。
そんな時、ペタペタと小さい足音が聞こえた。
俯いていたよしおは顔を上げ、何気なく聞こえた方向を向いた。
「…あ」
よしおの目に入ったのは一匹の桃色暴動。いや、“一匹で行動している”桃色暴動。
その桃色暴動は自分達のことが目に入っていないのか、自分達の進む方向とは全く別の方向へ立ち去ろうとしている。
桃色暴動は基本的に群れで行動する習性がある。
これまで出会った桃色暴動も皆群れを成していた。
一匹で行動してるなんて珍しいなー、なんてそれを眺めていたよしおであるが、よくよく見るとその桃色暴動は何かを抱えているようだった。
目を凝らしていたよしおだが、その何かの正体が分かった時、彼の纏う雰囲気は一転攻撃的なものへ変化した。
桃色暴動が持っていたのはマカライト鉱石であったのだ。
迷宮探索初日によしおのマカライト鉱石を盗み去ったアイツに違いない。
『…お前かッ!!』
よしおは一瞬でハイになった。
その桃色暴動も怒号に驚いて、声のした方向を見ればそこには鬼面のようなよしおの表情。
それに怖れをなしたのかよしおの顔を見た瞬間、桃色暴動は全速力で来た道を戻り始めた。
よしおのいきなりの大声に同僚達も皆驚いていた。
そんな同僚達を置いたまま、つるはし片手によしおはその桃色暴動を追いかけ始める。
迷宮探索において団体行動することは原則である。
しかし、目の前の桃色暴動にハイになっていたよしおはそんなルールは頭から吹き飛んでいた。
「ちょっと…!桃色回路!どこ行くのさ!」
そんな藤吉郎の大声も聞こえていないのかよしおは桃色暴動を追って通路の先へと消えていってしまった。
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彼は後ろから笑いながら追いかけてくる化け物に心底恐怖していた。
足が震えて躓きそうになる。だが、躓いたときが自分の最後だ。
あの化け物は手に持った鋭い武器で倒れた自分を滅多刺しにして殺すだろう。
仲間と合流しなければならない。そうしないと自分は間違いなく死ぬ。
「はははは!」
もう少しだ…あと少しで仲間達と合流できる…。
そうすれば助かる…!
この通路さえ抜ければ……!
「はははははは!」
直後、自分の右脚に鋭い痛みを感じる。
右脚が灼けるような凄まじい痛み。
だけど倒れない、倒れたら死ぬ。
走り続けろ、じゃないと死ぬ。
後少しなんだ…!
「 は は は !」
意識が朦朧とする。
それでも足を一歩前に出す。
一歩出した足には鋭い嘴が貫通していた。
あの化け物の持っていた武器だ。
武器を投げたのか…?
いや、そんなことより進まなくては…
左足!左足を前に出せ!
「つかま た」
左足が前に出た!次は右足だ!
あいつの声がもうすぐ後ろから聞こえる!
右足を前に…!出ろ!
しかし、右足が前に出ない。
どんなに力をこめても右足は痛みしか発信してくれない。
思わず右脚を見た。
相変わらずアイツの武器が貫通したままだ。
だけどその武器の柄に誰かの手が掛けられていた。
そして、すぐに自分の喉から叫び声が出た。
いきなり右脚から鋭い嘴が引き抜かれた痛みによるものだ。
思わずバランスを崩し、倒れてしまった。
だけどチャンスだ…!右脚を固定していたアイツの武器はもう無い!
今なら右足だって前に出る!
立て!急いで立て!アイツに追いつかれる前に!
腕と足に力を込めて立ち上がろうとしたが、
腹部に灼熱のような痛みを感じ、再び倒れてしまった。
痛い!一体何が…!
さらに腹部に進入した何かが引き抜かれていく感触を感じた。
それに引っ張られ体が浮き上がり、体内から何かが抜けたと同時に落下して仰向けに倒された。
視界が霞んでいる。
しかし、目前の獣のようにギラつく眼と悪魔のように口元を釣り上がって笑う化け物の顔を確かに認識した。
そして、化け物があの鋭い武器を振り上げる。
それが彼の最後に見た光景だった。
彼の頭蓋に鋭い嘴が突き刺さり、彼の意識を持ち去ったのだ。
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殺った!
よしおは一仕事を終えて満足した顔で額の汗を拭う。
遂によしおは宿敵を倒したのである。
マカライト鉱石も回収できた。
採掘の結果は残念だったが、こうしてマカライト鉱石を手に入れることが出来るとは非常に幸運だった。
ご機嫌で手にしたマカライト鉱石を自分のリュックに入れようとしたとき、
「あぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
この先の奥から叫び声が聞こえてきた。
何だか人間っぽいものであった。
(何よ…)
声の聞こえてきた方向は真っ暗。幽霊でも出そうな不気味な雰囲気であった。
(うぁあ…超怖ぇ…)
そういえばマカライト鉱石泥棒を追いかけてよしおは単独行動をしてしまっていた。
当然一人で向かうのは危険である。
(絶対行きたくねぇ…)
よしお自身も奥に進むのは遠慮したかった。もし社員殺しがいたら最悪なのである。
社員殺しに遭遇した時の恐怖が再びぶり返してきて固まってしまうよしおであった。
続いて複数人が走ってくる足音が逆の方向から聞こえた。
同僚達が自分を追っかけてきたようだ。
「おい、桃色回路!単独行動は危険だぞ!」
無謀にも単独行動を行ってしまったよしおだが、運よく無事に仲間達と無事合流ができた。
ユーマの注意もよしおにとっては安堵を与えるものとなっていた。
「ひぎぃーーーーーッ」
再度奥から悲鳴が聞こえてくる。
「あん?」
どうやら同僚達にも聞こえたようである。
一体何と戦っているというのか。
「成る程。桃色回路はこの悲鳴を聞きつけて助けに向かおうとしたんだね」
「クク…そういうことか。全く、お前は正義のヒーローみたいヤツだな」
藤吉郎とユーマの言葉を聞いて、同僚達も桃色回路さんスゲェ!だとかパネェ!だとか褒め讃え始めた。
意味の分からない流れになってきた。これは良くない流れだ。
付き合いが短いとは言え、彼らが次に言いそうな言葉は容易に想像できる。
「よし!ちょっくら俺達も正義の味方と洒落込もうじゃないか!」
「「「ウオオオオー!!」」」
(馬鹿なの?死ぬの?)
そんなよしおの思いを無視して雪崩のごとく奥に向けて特攻していく同僚達。
物凄く行きたくなかったが、そのまま置いていかれそうになったため、慌てて皆の後を追いかけるよしおであった。
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結論から言えば、社員殺しはいなかった。
奥にいたのは単なる桃色暴動の群れであったのだ。
今のよしお達であれば敵ではないだろう。
だが、桃色暴動が相手をしていたのはよしお達ではない。
むしろ今のよしお達は桃色暴動に悲鳴をあげさせる側である。
では、誰が悲鳴をあげていたのか。
答えは迷宮探索初体験の、即ち本日入社した新入社員達だったのである。
なんとこの会社1週間に1回のペースで新入社員が入社してくるのである。
生き残っている新入社員は全部で13名くらいだろうか。
対して桃色暴動は9匹。
ある者は恐々ながらも剣を持ち、戦おうとし、
ある者は余りの恐怖に泣き叫んでいた。
よしお達が桃色暴動と初戦闘した時と同じ状況であった。
よしおはもしかしたら社員殺しがまた現れたんじゃないかと戦々恐々としていたが、実際奥にいたのは桃色暴動だったので拍子抜けしていた。
しかし、周りを見渡すと中々死体が多い。
桃色暴動の死体ではない。新入社員と思われる者の死体だ。
7、8名は死んでるんじゃなかろうか。
よしお達も桃色暴動との初戦闘では多くの死者を出したので大声でいうのも何なのだが、今に思えば桃色暴動程度で良くこんなに死者出せるよなぁと思ってしまうものである。
やはり慣れるというのは重要な事らしい。
それは兎も角、急いで彼らを救出せねばなるまい。
同僚達は各々、桃色暴動に立ち向かって行く。
よしおもそれに遅れず、戦闘行動を開始しようとしたのだが、その目に変わった桃色暴動の姿が映った。
よしおの目に映ったその桃色暴動はマシェットナイフと呼ばれる大型ナイフをその手に持っていたのである。
そういえば、桃色暴動の中には殺した社員の剣を奪い、それを武器として使用する固体もいるという説明を聞いた事があった。
あの武器を遠めに見た感じ、新入社員達の使っている青銅の剣より何だか強そうな気もしなくもない。
対して、よしおの使用している武器はつるはし。
これはこれで強いのだが、ちょっと使いにくい。
(あれいいなぁ…欲しいなぁ)
その桃色暴動をじっと凝視していたよしおだが、その口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
選んだ選択肢は勿論「殺してでも奪い取る」である。
ジャイアニズム精神を胸に、よしおはその桃色暴動に立ち向かっていった。
程なくして桃色暴動達は全滅した。
マシェットナイフを持っていた桃色暴動もよしおの足元にて穴だらけとなって絶命している。
(おぉ…)
よしおは奪い取ったマシェットナイフを周囲に気をつけながら振り回す。
(これいいなぁ)
奪い取った獲物は中々の物なようだ。
刃渡りは50cm程度あり、先端も尖っている為、刺突も有効だろう。
多分鋼で出来ているようだ。青銅の剣より丈夫そうである。
鞘は無いが、適当な布に包んで持ち運べばいいだろう。
満足げな顔で手に入れた戦利品を眺めるよしお。
最初はどうなるかと思ったが、結果的にマカライト鉱石も新たな武器も入手出来た幸運な日であった。
敵性分子を排除して一息つけた皆々。
話を聞くと教官は「じゃ、俺ここで休んでるからあとヨロシク」なんて言って初日から新入社員だけで迷宮探索に向かわせたそうである。
相変わらず教官は使い物にならない。
頭を下げて助けてくれたお礼を言う新入社員達。
そんな彼らに「礼なら桃色回路に言いなッ」と少し離れたよしおを指差して丸投げするユーマ。
他の同僚達もそれに同意するように頷き、あの人はスゲェ!ヤベェ!パネェ!の三拍子揃った凄いヤツなんだとよしおの武勇伝を後輩に語る。
マジで?桃色回路さんスゲェな。
マジヤベェ、マジキてんな!
パネェ、あの人はマジパネェ。
こうして後輩からもスゲェ!ヤベェ!パネェ!と尊敬を一心に受けてしまうことになったよしお。
当のよしおはそんなことも知らず、ニヘラニヘラと戦利品を見てにやけていた。
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設定
・幻術力学(ミラージュエコー)
“泣き虫”という言葉が誤変換されたもの。よしお君はちょっとしたことで泣いてしまう泣き虫という設定。
・紅炎検死官(ジャッジメントプロミネンス)との契約による死魔殺炎烈光(ディアボリック・デスバースト)の使用について
別によしおのピアスが誤変換しているわけではない。リアル厨二病患者が編み出した究極の必殺技。相手は死ぬ。
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あとがき
初めての略奪。
それはマシェットナイフで、よしおはつるはしを装備していました。
その性能はきっと凄く、こんな素晴らしい武器を奪えるよしおはきっと素晴らしく運がいいのだと感じました。今ではよしおが所有者です。
選んだ選択肢は勿論「殺してでも奪い取る」。
なぜならよしおもまた、ジャイアニズム精神を胸に宿しているからです。