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No.13686の一覧
[0] 古書店『二度読み』[あ](2012/05/12 11:32)
[1] 月見酒[あ](2012/05/12 11:31)
[2] 妥協の産物[あ](2012/05/12 12:32)
[3] 不死蜻蛉[あ](2012/05/12 11:52)
[4] 甲虫旅記[あ](2012/05/12 12:28)
[5] 冷凍蜜柑[あ](2010/01/31 16:49)
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[13686] 古書店『二度読み』
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c4b08d6b 次を表示する
Date: 2012/05/12 11:32
黒羽市、人口10万人程のこの小さな街は特に目立った産業があるわけでも無く、
古くからの街道上にあるという立地条件によってのみ発展してきた城下町である。
そのため、大した観光資源のないこの街は、昨今の鉄道や高速道路の発達によって
益々、他の土地の人々に素通りされるようなり、緩慢に寂れていく道を歩んでいた。

そんな未来が薄暗い雲に覆われているような希望の少ない街であったが、
一応、それなりの人口を誇っていたので街の中心部を鉄道が通っており、
大きくは無いが、それなりの大きさの駅も一応あった。また、その駅前には地名を冠する商店街もあった。
最も、駅には殆ど特急列車が止まる事は無く、商店街はシャッターを閉じた店も少なくないなど、
街の中心たる黒羽駅前は、お世辞にも栄えているなどとは言えない風景が広がっていた。

当然、この先が見えない街には若者を引き止める力は無く、近隣の栄えた地方都市や遠方の都会へ飛び出す若者が後を絶たなかった。
そんな状況下では、商店街で店を構える人々の平均年齢は上昇を続ける一方で、
後継者不在を原因とする店仕舞いの増加は年々増えており、商店街が寂れる大きな原因になっていた。

そんな深刻な状況の中、商店街の店主達の平均年齢を大きく下げるのに貢献する
若い古書店店主が誕生したのは、桜の蕾が膨らみかける季節の頃であった。




「ただいま。一応、お前に頼まれた本はあったから買ってきたぞ。これでいいよな?」
 
「あぁ、悪かったな。これで間違いない。私の読みたかった本だ。ありがとう
 さっそく、読まさせて貰おう。修二、悪いがいつものように茶を一杯煎れて貰えるかな?」

「へいへい、何杯でもご用意させて頂きますとも」


古書店の主の柿本修二は、少し離れた町で開かれた古本市で手に入れた古書を自分の帰りを待っていた同居人に手渡した。
本を受け取った同居人は満足そうな顔で何度も頷くと、
修二に茶の用意をいつものように頼むと手に持った古本のページを捲る作業へと没頭していく。
こうして本の虫となった同居人には、人使いの荒さなどに対する不平不満を言っても全く効果が無い事を
これまでの同居生活で嫌というほど知っている修二は大人しく諦めて
ポットから茶葉を入れた急須にお湯を注ぎ、湯飲みにいれたお茶を同居人に差し出す。

「うん」

本から目を離すことなく頷く同居人に苦笑いを零しながら、修二も向かいに座って
自分で煎れたお茶を飲みながら寛ぎ始めたので、店のカウンターは誰も居ない状態であった。
もっとも、資産家の祖父が気まぐれで開いていたような商売気の薄い店で、
新しい店主もその伝統をしっかりと受け継いでいる影響か、滅多に客も訪れる事は無かったので、
店番を少しばかりサボっていても問題はなかった。



「中々、興味深い内容の本で一読の価値があった。ありがとう修二」

「どういたしまして。そんじゃ、ちっとばかし店番でもしてくるかね」

パタリと本を閉じた同居人は修二に礼を述べながら、読み終えた本を手渡す。
本を受け取った修二は真直ぐな礼の言葉が少しだけ、むず痒かったのか、
店番をするために表のカウンターへと、いそいそと足を向かわせる。
そんな、かわいらしい態度をみせた彼を、同居人は頬を綻ばせながら見送った。

「しかし、いつ見ても圧巻の風景だな。どうやってコレだけの本を積んだのやら
 カウンターに座ってる時に地震が来ようものなら、間違いなく本に潰されるぞ」

目の前に広がる異常な数の古本が作る光景を前に、修二は何度目になるか分からぬ溜息を吐かずには居られなかった。
祖父が集めたのか、この古書店に住処にする本好きの妖怪が収集したのか定かではないが、
狭い店内に置かれる様々なジャンルの古本達は、あるモノは窮屈そうに本棚に押し込まれ、
あるモノは床に無造作に積み上げられていた。

また、この膨大な数の本の全てを同居人が一度は目を通しているという話を思い出すたびに
修二は昭和臭い冬服の真っ黒な制服を纏った整った顔立ちの同居人が、
長い年月をここで過ごして来た人外の存在であると再認識するのであった。

「あのー、すいませーん!」

艶のある黒髪を腰近くまで伸ばした同居人が、何故ここに棲み付いているのか?
そんな、興味深くもどうでもいい疑問に没頭すること二時間半、
彼は気付かぬ内に眠りの住人となっていたらしく、
不覚にもお客さんに起こされるという失態を晒してしまう。

「ふぁっーすみませんね。あんまり暇だから寝ちゃってました
 お客さん、なにか見たい本とか、欲しい本でもありましたか?」

「ふふ、面白い店員さんですね。実は店員さんが幸せそうに寝るのに使っていらした
 その本を実はずっと前から探していまして、申し訳ないとは思ったのですが
 お目覚めになるのを待つのを我慢できずに起こしてしまいました。本当にごめんなさい」

「いえいえ、お気になさらずにお客様は神様ですから!この本ですね?どーぞどーぞ」

修二を起こした客の女性は彼と同じか、少し上位の年頃に見える美しい女性であった。
そんな魅力的な女性に甘い声で起こされ、笑いかけられたら気分が浮つかないほうがおかしいと言う物で、
普段とは掛け離れた非常にやる気に満ちた接客を修二は唐突に行い始める。
そんな店員の不自然なほどはりきりだした態度にクスクスと上品な笑みを零しながら、
客の女はお目当ての本を大事そうに受け取る。

「これです。この本です。ほんとに懐かしい。挿絵も同じだし、間違いありません」

彼女は本を受け取ると震える指を精一杯駆使しながらページを丁寧な手つきで次々と捲り、
本に書かれた内容を食い入るように読み進めながら、過去の記憶と照らし合わせていく。
そして、その結果は彼女の思い出にピタリと一致するものであったのか、
手に持った本を愛おしそうに抱きしめ歓喜の言葉を少し興奮した様子で次々と紡いでいく。

目の前で喜びを溢れ出させ笑顔の女性を間近に見ながら、同じように暖かい気持ちになっていた修二はある事に気が付いて、
その表情を一変させ、複雑な感情を浮かび上がらせていた。
彼は気付いたのだ。目の前の客が選んだ『本』が同居人の我侭で手に入れた本だという事に・・・


「お願いします。この本を私に譲って頂けないでしょうか?この本と同じものを
昔、父から貰って大切にしていたのですが、引越し際に誤って無くしてしまって
それ以来、同じ本が無いかと探し回ってていたのが、ようやくここで見つかったんです」

「おいおい、またかよ・・」 
「また・・?」

「いえ、こちらの話です。所でつかぬ事をお聞きしますが、依然お持ちだった本に
 貴女だけが分かるような目印のようなモノが何か付いていたりしませんでしたか?」

「えっ、目印ですか?そうですね、確かカバーに隠れた背表紙のところに
 無くなった父からのメッセージが書かれていました。はぁ・・、そう思うと
 失ったモノは戻ってこないんだって思っちゃいますね。まぁ、仕方ないですけど」

「分かりました。ちょっと、その本を貸していただいていいですか?」
「えぇ、どうぞ」

修二は本を受け取ると恐る恐るといった体で、その本のカバーを外す。
そこには案の定というか、認めたくない事実があった。
体中から力が抜けていくのを感じながら、不思議そうな顔をしてキョトンとしている女性に
カバーを捲ったままの状態で本を手渡し、本を裏返すように促した。


「うそっ、こんな事って・・、これ私が無くした本!?」

彼女が受け取った本の背表紙にはしっかりと父親からのメッセージが書かれていたのだ。
予想外の出来事にただ驚くばかりの女性に彼は古書店『二度読み』の店主として言葉を掛ける。

「どうやら、この本は由美子さんの下に戻りたがっていたようですね
 お代は結構ですので、どうぞお持ち下さい。二度読みしてやって下さい」

『そう言う訳には!』と言って、お代を払おうとする由美子であったが、
修二はその声を無視して、さっさと店の奥へ引きこもってしまう。
そのビックリな対応に彼女は驚き呼び鈴を鳴らしたり、声を奥の部屋にかけたのだが、
再び店員が姿を現す様子が無かったので『また来ます』と宣言し、
最後に大きな声でお礼を言って店を後にした。




「また来るか、良かったじゃないか。中々、器量も良くかわいらしい女性だったのだろう?」

「まぁな。けど、売上0の記録は更新しちまったけどな」

「何だ、払うと彼女も言っていたのだろう?お代を貰えば良かったではないか?」

「あの流れでカネなんか取れるかよ。それに俺があの人からお代を受け取ったら
 お前ぜったい怒るだろ。古本屋の怪異『五十鈴様』のお怒りに触れるような
恐ろしい真似をするような度胸は俺には無いね。お前だって分かってるだろ?」
 
「ふふ、これは酷い言い草だな。しかし、お前が聞き分けのいい
やさしい男でよかったと私は常々思っているよ。今日はご苦労だったな」


ちょっと拗ねた様な顔をした修二の頬を、白くすらりとした人差し指でつつきながら五十鈴はころころと少女のように笑う。
彼女は何だかんだ言いながら、自分の我侭を聞いてくれるお人好しの店主のことを気に入っていた。
それ故に、彼女は店主が代替わりしてもこの場所に留まりつけることを選んだのだ

我侭に付き合わされる修二の方はというと、一見して自分より年下の女の子にしか見えない
古書の精と称する彼女のことを手の掛かる同居人だと思っていたが、
『お化けだー!祟りじゃー!』と最初の頃のように恐れるコトはなくなっていた。
また、何だかんだいいながら、不思議な力を使って今日の女性客のような人々を喜ばす
彼女のことを快く思うようになっていた。
無論、年長者ぶって時折説教じみたことを言うのに腹を立てることも無い訳ではなかったが、
それが、すべからく自分のためを思っての好意の表れということが分からぬほど
彼はもう子共ではなく、煩わしくも暖かい彼女の言に最終的に従う毎日を過ごしていた。


「ほんと、見た目がまんま高校生に言い様に使われる店主って、傍目から見たら凄く
情け無さそうだな。このままじゃ、超セレブなのに嫁の来てがなくなりそう気が・・
そうだ!ここは五十鈴様の素敵な妖力でかわいいお嫁さんを連れてくるとかどう?」

「今日のお前の男振りは中々と評価していたのだが、下方修正した方が良さそうだ
 情けない姿を見せたくないなら、私が世話を焼く必要が無い一人前の男に早く
 なる事だな。そうすれば、靡く女も自然と増えるというものだ。まぁ、今のお前を
 見る限り、残念ながら、私の手から離れる前に棺桶に入る確率のほうが高そうだな」


下らぬお願いをする修二に五十鈴は心底呆れたのか、
先程とは打って変わって、意地悪そうな笑みを浮かべながら辛辣な言葉を投げ掛ける
これに、修二はぶーぶーと抗議をするのだが、お決まりの如くサラリと彼女に斬って流されていた。


どうやら、二人はこの古書店で数ヶ月間共に過ごす内に、
変に遠慮することもなく、お互い好きなことを言い合える関係になっていた。
本人達も何事も無ければ、この関係をずっと続けていくのだろうと考えていた。
そう思ってしまうほど、このゆったりとした同居生活は心地が良い物なのだろう。




「おはよう。もう、朝食の準備は出来ているから、さっさと着替えて一緒に食べよう」

「うぃ~、起きますかねぇ?」
「あぁ、早く起きてくれ」

ポッケにゾウさんマークを付けた『ふぁんしぃー』なエプロンを纏った五十鈴に起こされた修二は、
もぞもぞと布団から這い出て、眠たそうに瞼を擦りながら着替えを始める。
五十鈴が目の前にいるのを全くに気にした風もなく、トランクス姿を晒す。

そんな無頓着な同居人に対して、やさしく起こしに来た本の精は両手で目を
ちゃんと隠すような仕草をしていたが、指の隙間からしっかりと『朝』の修二のトランクス姿を凝視していた。

「そんじゃ、着替えたし、朝飯食いますかね?」
「やれやれ、まぁ、早くしないと味噌汁が冷めてしまうからな」


元気よく階段を二段飛ばしで降りる修二に困ったものだと言いながら、
五十鈴は自分の作った朝食を美味しそうに食べてくれる同居人のために早足で階段を降りたのだが、
その途中、わざと転げ落ちて一階まで降り切った修二飛びついてからかってやるのも一興かと
下らない考えを頭によぎらせたが、ちょっと手法が古典的過ぎる上に面白みに掛けるなと思い直し、実行に移すことはなかった。

一方、そんな下らないことを同居人が考えているとは思わない修二は、
階段の中ほどで足を止めた五十鈴を不思議そうに見上げた。黒ニーソと『黒』のブッラクコンボイだった。


「かっ、階段から思いっ切り顔めがけて飛び膝蹴りはちょっと酷すぎだろ!
 下手したら死んでたぞ!ほんと、加減一切無しでめちゃくちゃする奴だな!」

「五月蝿い!そもそも、お前が邪な考えを持って私を見上げるのが悪い
 まぁ、白目を剥きながら泡を吹いて動かなくなるほどしたのは、その・・
 さすがの私も申し訳なかったとは思っている。やり過ぎだった。すまない」

「いや、俺もあのアングルで見上げるのは軽率だった。ごめん」
 
予想外に素直な態度で謝る、いつもらしからぬ同居人の姿に面食らった修二は
真面目に死にかけたにも関らず、ついつい甘い顔をしてしまい五十鈴の仕出かした事を
お互い様だったと許してしまう。俯いて表情を見せぬ相手がニヤニヤしていることに気付くこともなく、
こういった遣り取りでは五十鈴は修二に対して、百日以上の長があるのである。

こうして、ごちゃごちゃ言いながら、結局は暖め直した味噌汁を仲良く啜りながら朝食を取って腹を満たした二人は、
早々に今日は店を閉めることを決定して、お出かけをすることにする。
古書店『二度読み』は店主や同居人の気分次第で休日が決まるふざけた店なのである。




「待たせたな」
「ほんと、待ちくたびれたよ!30分以上も何の準備してんだよ!」

靴を履いて外に出た修二は一向に出てこない同居人に文句をぶつけるが、
結果は暖簾に腕押しで、五十鈴から反省の言葉を引き出すことはやはり出来なかった。
それにしても、基本的に古臭い制服姿以外を見せたことが無い彼女が
お出かけの準備に何故こうも長い時間を要するのかは非常に大きな疑問を浮かび上がらせるが、
乙女の秘密とやらに引っ掛かるらしく、その答えを深海より深い海の底から浮かび上がらせる事は残念ながら出来なかった。


「こらこら、こういう時、男の子は『全然待ってないよ!今来たところさ』って
 答えるものなんだぞ☆そんな態度じゃ、女の子には嫌われちゃうんだからね♪」

「『・・ね♪』じゃねーよ。そもそも、一緒に住んでんのに今来たところって変だろ
 あと、そのムズ痒くなるような妙なキャラ作りはやめてくれ、頭が痛くなってくる」

「そうか?せっかく、独り身の修二君のためにデート気分を味合わせて
やろうと思ったのだが、まぁ、お前が止めてくれと言うなら仕方ないな」

最初から絶好調な同居人に『余計なお節介だ!』と罵声を飛ばしたい衝動に駆られた修二であったが、
何だかんだ言いながら、ウキウキした感じを隠せていない五十鈴の姿がかわいく見えたので何とか堪えることができた。
もちろん、見た目だけならかわいい女の子な彼女と対外的にはデートにしか見えない
お出掛けが出来ることに対する喜びが、彼の寛容さを大きく手助けしていた事を否定はしない。


「それで、今日はどこに行きますかねお嬢様?」

「ほぉ、修二も今日は中々ノリが良いではないか?もっとも聞くまでも無い愚問をする
間抜けさだけはいつもと変わっていないな。行き先はアソコに決まっているだろう?」


恭しくワザとらしいお辞儀をして、同居人の望む行き先を聞く修二であったが、
予想通りの行き先の答えに肩を竦めたのだが、
下手に都会の繁華街や遊園地に連れて行けと要求されるよりはマシかと考え直していた。
そんな修二に対し、既に歩みを進めていた五十鈴は『早く来い!』と急かして
一刻も早くお気に入りの場所に行こうとしていた。

こうして、黒羽市図書館の常連二人組みは今日も仲良く揃って、その場所へと足を向けることになったのだが、
その先で起こるある出来事について予知する力を五十鈴は残念ながら持っていなかった。
もっとも、この二人なら多少のことなら、ゆる~く乗り越えてしまいそうな気がするので
先を記す事も伝える事も無くても問題はないであろう。

その証拠に、古書店『二度読みは』いまでもちゃ~んと店を開いているのだから・・・




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