あの後はつらい逃避行だった。この世界では夜間行軍をしないのは分かっているので、ニ交代でぶっ通しで走り続けた。
夜間の明かりはL型ライトに赤色フィルターを付けて馬を引き、昼は焚き火を炊かず、バーナーで暖めた数少ない米軍レーション、
と言う悲惨な食生活だった。(付属のヒーターはろくに温まらないので使わなかった、飲み水は大事なのだ)
しかし馬の扱いには手を焼いた、水はえらい飲むし、餌もやらないといけない。ニアは馬の扱いは巧みだったが俺、苦手なのよね。
「あの鳩野郎、この借りは絶対に返してやる、恨みの利息に法定利息なんて無いのだと言うことをたっぷり教えてやるぜ、ふふふふふふ」
田中敬一郎22歳、この頃危険な事ばかり考えている漢の中の漢。
「なにせメイド連れてるんだからな、全世界25億のメイドスキーが涙した!だな」
遠い国から 第七話 「破綻」
強行軍につぐ強行軍で迂回した後、俺達はこの国の首都、王都「アリンソール」にもぐりこんだ。
昔から言われる通り、木を隠すなら森の中、人を隠すには人の中、と言うわけである。
無論ここが目的地では無い、経由ポイントなのだ。
行軍には十分な補給と情報、それに目的地までの安全性が必要なのだ。が、いかんともしがたい事に三番目の安全性の確保だけは
非常に難しい、なにせ追われる身なのだ、無実だけど。
そこで補給と情報だけは出来るだけ完璧を心がけるために王都に来た。
ハトポッポの野郎もまさか堂々と王都にもぐりこむとは考えてないだろう、最低限の手配しかしてないはずだ。
ニアには自信たっぷりに説明し、衛兵に金を握らせて王都にもぐりこんだのだが、流石に門をくぐる時には
内心冷や汗ものだった。
一番の盲点であると思うのだが、流石に司法、行政府あたりは押さえられてると見て良いだろう。
無論駆け込む気もさらさらないが。
王都に来たのはあくまで情報と補給の為である、あとは安全性の代わりに偽装を施す・・と。
此処で裏に手を回して商人に成りすますのだ、「レジェンド」は既に考えてある。
エチゴの村出身のちりめん問屋「ミト・ミツクニ」とそのメイド「エマ」である、もし日本人が居たら一発である。
無論髪の色やカットを変えて、エマは髪を染めた後出来るだけ伸ばすように指示している。
最悪髪を切るのはどこでも出来るが、伸ばすのは鬘を被るくらいしか無い。あ、魔法があったか?
エマに全て指示を終えると
「なぜそんなに手馴れているのですかマスター」
と言われたが、ほめ言葉と受け取っておく事にする。
現代のオタクは偏った知識だけは履いて捨てるほどあるのだ。
最初はどこか落ち着かなかったエマも二月ほどすると慣れてしまったようだ。
やる事が無いと碌な事を考えないが、そういう時は考える暇が無いほど忙しくするのである。
エマの場合は徹底的なメイドとしての教育と言う事になる、軍の新兵訓練の応用だな。
情報の方も順調に集まり、今では商人達と酒場で
「今年は北の小麦の出来が悪いようで」とか
「南の方ではエールが高値で引き取られるそうで」など平気で話せるようになった。
手形の方も三日前に手配が終わり、後は商品を仕入れて目的地に旅立つだけになっている。
愛着は有るのだがロバと荷車を売り払い、残っているのは「商品」名目で預けてある「ヤバイ」荷物とかだけである。
此処まで一緒にやってきた戦友との別れはつらかったが、脱出時に見られていて足が付いたりすると最悪である。
またエマも教育だけでなく服装もきっちりさせた、黒のワンピースにレースつきのエプロン、レースのカチューシャ。
見えない所にも気を配り、下着はシルク、ガーターは銀細工職人に特注した。
ゴムが無いので伸縮性の一番高い綿生地を使用した物になったが漢の夢である、妥協できない。
全国1億のメイドスキーの同志はきっと解ってくれると思う、それで本望である。
合計で考えると金は恐ろしいほど掛かった、師匠から預かった金はすぐに消えたが、塔でこっそり持ち出した
宝石類(遺体から剥いだ訳ではないので勘弁してもらおう、鳩野郎に取られるよりマシだと彼らも思ってる、うん)
が良い値を付けたので、少々処理したら事足りた。
後で掛かった金額を漏らした時にエマに呆れられたのは内緒だ。
最後にコレも特注で注文を出していた度無しメガネをかけて完成である。
エルフ耳メガネっ娘メイド、ああ、漢の夢の集大成が此処にある・・・・神様、この為に私を此処に呼んだのですね・・・
エマも感激したようだ。
「・・・確かに、父上でさえ今の私を見ても私だと解らないでしょう、マスター」
こうして供としてエマを連れ回す頃には、回りは完全に俺を腕利きの商人と勘違いしていた。
身奇麗な供を連れ、その供は見る人が見れば一発で解るほど金を掛けている。
商いの情報にも詳しい(軍が動いているのは解りきっていたので小麦を買って寝かせるよう薦めた)上資金もある。
なにせこの二ヶ月、この町を訪れた商人から上質の綿生地を即金で市場より数%高い価格で引き取っていたのだ。
一度ダイセの町からの通信使とすれ違ったが見向きもされなかった。
集めた情報だとエルフ王国領と接している所で活発に軍を動かし、出入国取り締まりも非常にきびしいらしい。
後、一般には軍の意図がまったく不明な北の辺境で、軍を展開して臨時の関所まで作っているらしい。
その日の晩にエマと祝杯を上げ、走り回っているだろう鳩野郎を肴に飲みまくった。
「あの男が見当違いの荒野で必死に走り回っているのを想像するだけで溜飲が下がります」
「ま、彼にはもっと活躍してもらわないとな、道化として、ふふふふふ」
「好事魔多し」はるかな昔から言われていたこの言葉を味わう事になるとはこの時、露とも思わなかった。
数日後、良質の綿の反物を(エマの服の材料にもなった)纏めて大型の荷馬車に積み王都を旅立った。
門番は荷物はある程度調べたが、苦労して手に入れた手形は碌に見ず
「いってよーし!」の声とともに王都を旅立った、その後の旅も順調だった。
手形も碌に見ずに
「ようこそ、ようこそ、ご利用有難う御座います」と丁寧な出迎え、宿によっては知ってる商人も居たりして話の
相手に困る事もなかった。
ドワーフと王国の貿易は鉄製品、皮製品、金銀細工、塩が王国に流入し王国からは小麦、大麦なの消費物資
ばかりらしい、と言うかそれ以外ろくに売れなかったそうだ。
「俺はちりめん問屋だから綿の反物を持って行くぜ!」
と買い占めた後に言うと周りから大丈夫か?やばいんじゃないのか?等の声が多かったが王国で当初以上
に軍の行動が長引き、小麦や大麦でさえ輸入した方が儲かる目が出てきている状況では他に商品が無かった。
正直鳩野郎を恨んだが、軍を率いてる彼も出費が嵩んでいるだろう、ざまあみろ。
馬の扱いはエマの方がはるかに上手かったので一任し、俺は見張り専門で旅を続けた。
そして付いたのが最後の難関、ドワーフ氏族連合との国境関所である。
今でこそ言うが当初エマはこの計画に乗り気でなかった、ドワーフとエルフは余り仲が良くないらしい。
ま、戦争やってるわけでもないし、今のエマなら大丈夫と踏んでここまでやってきた。
流石にコレまでのなあなあの検査と違い数量、手形を徹底的に調べられた。
エマの出自も相当聞かれたが、あらかじめの打ち合わせ通りに答える。
しかし止めは「人間がエルフのメイドを雇っている」と言う事だったのだろう、異例の速さで許可が下りた。
もしこれが護衛や共同出資者だったら徹底的な調査を食らっていただろう。
そうして俺達は「ドワーフ氏族連合国」首都ポルソールへ向かった。
実は出立前に、王都で師匠宛の手紙を村長宛で出していたのだ、3人の手を渡った後に通信使に託され返信は
五つの酒場と間に逃げ足の速そうな子供を挟んだ挙句、氏族連合の首都ポルソールに有る逗留予定の宿屋、
「兎帽子亭」着付けになっている手の込んだものだ。
エマも親父さんに送ろうかと思ったらしいが、制限を食らってる国境で彼女の父宛の手紙など敵に宣伝するのと一緒だと
言うことで諦めさせた。
そうして国に入ってしまえばもう追いかけて来る者もいない、のんびり旅を楽しみながら首都に入り、兎帽子亭着付けの
返書を受け取ったのだ。
取り合えず食事の前にあてがわれた部屋で手紙を読む事にする。
先にざっと目を通してくると言ったマスターが、2時間以上立つのにまだ戻ってこない。
念のためアリンソールに逃げ込んだ時から外していた剣を腰に掛け、部屋をノックした。
「マスター、おられますか?料理が冷えてしまうと宿屋の主人が言っておりますが?・・・・」
返事が無い、今までの浮ついていた心を引き締め剣を抜き放ってから部屋に飛び込んだ。
「マスター!」
マスターは獣脂の明かりで手紙を読んでいた、まったく動かないので不安になって肩に手を置くとマスターが震えてるのがわかった。
「どうなされたのです、マスター?」
「・・・・・・・やられた」
一言つぶやいたマスターは呼んできた手紙を足元に投げ捨てた。
とりあえず拾って読むと、実際にマスターの師匠が書かれたのではなく、村の村長が代筆で書いた手紙の様だった。
内容はサバドフ師が三月程前に亡くなった事、代わりは自動的にマスターになった事、ただ塔の事件が有るので早急に
王国首都の王宮に出頭するよう要請が来ている事などが書かれていた。
「サバドフ氏が亡くなられた、まさか奴らが?」
する事にこと欠いて、とうとう暗殺まで始めたのだろうか?いや、実際私達を消そうとしたのだ。あの外道、もしかして父上も!
「君の父上に居場所は隠して無事を伝えろ、そして師匠が死んだ事、命の危険がある事を伝えろ」
マスターは椅子に座ったまま力なくそういった。
「サバドフ師が亡くなられたのは痛恨事です、ですがうちの父がまだおります、大丈夫です、挽回可能です。
手紙にもその様に書いて身辺を気を付ける様に注意を促します、お任せください」
マスターにその様に答えたのだが何時もの元気がまるでない。
今までは状況を有る程度楽しんでいる様にさえ見えたマスターが、だ。
「マスター?」
表情を見るがおかしい、絶対に何時ものマスターではない。
「どうなさったのです?マスター?」
マスターは暫く躊躇った後言った。
「・・・・君との約束は必ず果たす、必ずだ、しかし俺にも目的が有った、故郷に帰る事だ」
そう言った後、振り返って話を続けた。
「しかし、故郷に帰るためにはザバドフの力が必要だったんだ、くそっ、もっと早く知らせるべきだった、くそっ、くそっ!」
そう言ってマスターは机の上の水差しを壁に叩きつけた、この人が物に当たるのは初めて見た。
「鳩の野郎、気付かないうちに俺に止めを刺しやがった、俺はもう故郷に帰れない、ただの迷子だ!」
その言葉を聞いて解った、今までなぜか彼に引っかかる物を感じていた、だが今ようやくわかった。
この人は塔を守ってた頃の私と同じなのだ。
「マスター、故郷に戻るためにサバドフ師の何が必要だったのですか、魔力ですか、知識ですか?」
椅子に座ってるマスターに近寄って方膝をつく。
「知識ならば何か残されてるでしょう、魔術師とはそう言う者です、魔力が足りなければ揃えれば良い、私も協力致します」
そして手を取って言った。
「元より私は貴方の物、私で足りなければもっと集めれば良い、方法は有ります、私がマスターと出会ったように」
マスターが私を見た、そうだ、この人にはこんな姿は似合わない。
「貴方の望みは私の望み、ご命令を、マイマスター」