東の空、まだ低い位置にだが、太陽がある。朝を知らしめるその光は酷く白色で、目に刺さるように痛かった
とは言っても、今の御厨に痛覚はない。これはモニターの最適化を揶揄しての事だ
見回せば辺りは草木一本も見当たらない、荒涼とした大地が続くばかりだった
なるだけ反動をつけないように飛び上がり、土の地面に着地する。御厨は八メートルサイズだがそれでもかなり重い。不用意に力を込めれば、踏み台になる輸送車など過負荷で真っ二つだ
御厨は視界に、自分が積載されていた物と同じ輸送車を三台見つけた
その内二台は御厨の乗っていた物と同じように開かれ、中からのっそりと鋼の巨人が姿を現している所だった
恐らく、開かれていない残りの一台が何らかの物資だろう
たった一台分とはシケた物だが、無いよりはマシだと、御厨は思った
出てきた鋼の巨人達は二体とも同型で、御厨よりも大きい。カルハザン形と比べると本の少し小さいが、がっしりとした感じで頼り甲斐がある
平べったい胴体部に長方形が連結したような形の脚部、二又に分かれた爪先が特徴的な機体だ
どれも青を基調とした色でペイントされており、ダリアの駆る御厨とは大違いだった
(・・・・・・・・・・・?通信?)
御厨とダリアが随分ゆっくりとした巨人達の起立を待っていると、通信が飛び込んでくる
発信元はダリアから見て遠くにある機体から。その機体は、二機の内で逸早く立ち上がっていた
モニターに表示されたそれを見て、ダリアは迷わず御厨に接続を命令する
前部モニターに、少々くたびれた感のある金髪をした、三十歳ほどの男が映し出された
『よぅダリィ。大分メタルヒュームの扱いになれたみたいだな。まぁ、無理矢理実戦を経験すりゃ、嫌でも慣れるか』
男はカラカラと笑いながら、ヘルメットをカポ、と被る
生気の溢れでる、整った造詣の顔が、くたびれた金髪といやに対象的だった
何ともまぁ気の抜けた男だ、と御厨は思った。彼の記憶が正しければ、今は大夜逃げ中の筈である
神経を張り巡らして、疲弊して、そんな状態が正しいと思うのであるが、ウインドウの中の男はどうか。目の下に隈があるダリアなどとは全く違う
緊張するどころか軽快に笑ってすらいるではないか。ボルトと言いこの男と言い、肝の太い男たちである
通信を聞きながらダリアは頭に巻かれた血塗れの包帯を引き千切っていた。その動作と平行させて、パイロットシートの横からヘルメットを取り出す
確かにあの包帯は、頭部に密着するヘルメットを被るには邪魔だろう
一動作でヘルメットを装着し終えたダリアは、それに内蔵されていた通信機を開いた
「・・・・・・・・・・・・・・アンジーさん・・・・いい加減止めてくれません?その・・ダリィっての・・・・・」
ダリアは少々照れ臭いようだった。ヘルメットに阻まれて届かないのに頬を掻こうと指を伸ばし、それがかなわないと分かると、頭を抱える動作をしながらレバーを支えに突っ伏す
ヘルメットを被ったせいでくぐもっているのに、ダリアの声が上ずっているのが解った
男・・・・アンジーはと言えば、相変わらず笑いながら『純情だねぇ』等とほざいていた
『まぁそう言うなよ。俺は花が好きじゃないんだ。一々ダリアなんて呼んでいられんさ』
「理不尽ですよ・・・・それ」
(理不尽だよ・・・・・・それ)
舐めた事を言う男だと、御厨は思う。しかし先程まで強張っていたダリアの肩から、どこか力が抜けたような気がする
もしかしたら、狙ってやったのか?御厨は思うが、下手な勘繰りをするまでもなくそうなんだろうな、と納得してしまった。だって、アンジーは如何にもそんなタイプに見えたから
新しい通信が飛び込んできたのは、丁度その時だった
『お前等、無駄口はその辺にしとけ』
無意味に威圧的な口調だと、御厨は直感的に思った。それと同時に、御厨の処理していた交信情報が2.5倍くらいにまで跳ね上がる
アンジーと呼ばれた男のウィンドウ、その横に新しく表示されたウィンドウの中
そこに、ヘルメットではなく黄色のバンダナを着けた男の姿が見えた
肩までしか見えないが、着ているパイロットスーツはアンジーの物と違う。何と言うか・・・・肩や腰などに少々アクセントがある。恐らく、特殊な地位を示すものである筈だ
ダリアはパイロットスーツに着替える間もなく出てきたが・・・・まぁ女性用と違うのは当たり前か
御厨は勝手の違う、複数の交信に四苦八苦しながら、それでも男の声に耳を傾けた。気づけば最後の巨人も、既に立ち上がっているようだった
『今こうしてる間にも戦局は動いている。戦機を逃すような無様な真似は俺が許さん』
『戦局ったって・・・・・SOS信号でしょう?戦機を逃すと言われても・・・・』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『す、すみません、ってか申し訳ありませんでした!』
どこか飄々とした感のあるアンジーの突っ込みは、バンダナの男の一睨みで叩き潰されてしまった
しかし謝罪の言葉にすら流れる気のあるアンジー。悪いとは思っていないようである
バンダナの男もそれは解っているのか、やれやれと溜息をつくばかりだった
『遊んでいる暇はないんだ。これ以上グダグダ言うんなら、コックピットごとお前の脳漿をぶちまけてやる』
男がウィンドウの消し際に吐いた言葉は、半端じゃなく物騒だった
しかもやり切れない程の本気の念が感じられる。少なくとも御厨は、逆らいたいと思わない
男が乗っているメタルヒュームは、御厨とダリアに背を向けると、次いで高速で走り出す
「イチノセ隊長!?わ、わ!待ってください」
『やれやれ・・・・・。ダリィ遅れんなよ!』
男・・・・・イチノセを追って、アンジーもすぐさまメタルヒュームを走らせ始めた
武器も持たず・・・・と思ったら、支援時用データの中にあの巨人型の情報がある
タイプR。Rとはランサーの略だ。するとこれがシュトゥルムなら、タイプSとなる訳か
表示される性能はシュトゥルムと段違い。機動性ではシュトゥルムが大幅にリードする物の、機体剛性やら装甲やら白兵戦能力やら、兎に角圧倒されている
何より固定武装があるようだ。近~中距離に対応でき、バランスがよかった
(うぐ・・・・・・なんか悔しいね)
「もう!なんでこんなに勝手な人達ばっかりなの!」
コックピットのダリアから指令がくる。悔しがっている暇は塵程もない
御厨は指令通り身をかがめて、あの七発しか弾のないキャノンとそのカートリッジを掴むと、直ぐに走りだした
走る視界の先はやはり荒涼とした大地で、御厨でなくとも気がめいる
だが行かねば。何より命令だし、もし戦闘に入ればそんな事は気になりはしないだろう
向かう方角は・・・・・・・南西!
「・・・・・っつぅ!・・・・・・・・まだ少し痛むかな・・・・・・頭・・・・・・」
ロボットになった男 第六話 「人間の選択。軍人の選択」
SOSの発信元を視認するのに、それほど時間は必要なかった
指示された方角に進んでいくと、派手な銃撃戦が行われていたからだ。SOSを出していたと思われる味方は、御厨の乗っていた物と同型の輸送車一機に、タイプRが一機
輸送車を先行させて逃がし、その背後をタイプRが守っている
対する敵は、三機だった
なんと言う型なのだろうか。昨日御厨とダリアが戦ったカルハザン型よりも、一回り小さい
しかしその体躯にはどことなくカルハザン型の面影があり、嫌でも無骨な機体に威圧される
地形は御厨達から見て、なだらかな丘を背にした典型的な扇状地だ
敵機が激しく発砲している背後には、これまでの荒涼とした大地が嘘のような、青々とした森林が広がっていた
先発したイチノセとアンジーに御厨とダリアが追いついた時、二人は丘の切れ目に身を伏せ、様子を窺っていた。ジッと、ジッと、思わず御厨は焦れる
二人の機体は微動だにもせず、味方が危険な状況にあると言うこの場では、酷く神経に障った
ダリアの指令で二機に接近しながら通信を開いた御厨は、思わず面食らった
「何してるんですか!早く助けに行かないと!」
そう半ば怒りながらも、ダリアは二人の背後につくように御厨を操縦する
ダリアの怒声を受けたイチノセは、わざわざタイプRで“待て”とでも言うように片手を挙げた
『少しは頭を使え。この直情バカ』
一も二もなく、帰ってきたのは罵声だった
御厨は立脚バランスを安定させると、今尚戦闘が続いている前方へとズームレンズを向けた
状況は悪い、が、三対一と言う事を考えれば、寧ろ非常に良い状況なのかも知れない
輸送車を守るタイプRは、何とか三体もの敵機と渡り合っているようだ・・・・・とそこまで想像して、御厨は違うと思い直した
(違う・・・・・。あの三機、嬲ってるんだ・・・・・)
空抜けた音を立て、輸送車を守るタイプRのショルダーシールドに、敵のライフル弾が命中する
シールドはイチノセやアンジーの機体にはついていない物で、どうやら換装した物のようだ
敵のライフルは射角さえ読めれば避けられる程度の弾速だったが、それでも完全によけるのは至難の業だ。それを輸送車を守りながら防ぎ続けられる訳がない
だから解る。あの三機は輸送車を守るタイプRを、まるでネズミを追い詰めた猫のように嬲り者にしているのだ。急所を外し、致命傷を避け
そう理解した瞬間、御厨の精神は瞬間的に沸騰した
味方の危機に焦るダリアは、イチノセに食って掛かる
「あたしのバカはこの場と関係ないでしょう!このままじゃ味方が危ない!」
『だから待て。俺等は何だ?敗残兵だ。そして奴等は?追撃だ。・・・・たかだか三機な訳がないだろう。迂闊に出れば、あっと言う間に包囲されるぞ』
イチノセはそう言いながら、タイプRの指先を森の方へと向ける
伏兵があるならあそこだ、と知らせているのだろう。確かに、普通に考えれば至極当然な話だ
イチノセの言を補うようにして、アンジーが通信用のウィンドウを開いた
『罠って訳だな。ゴキブリホイホイの虫寄せ剤みたいなもんだよ、あのランサータイプと輸送車は』
御厨は内部のカメラを使ってダリアを見る
ヘルメットに覆われたダリアの顔は幾分冷静になっていて、御厨はその事に少なからず安堵した
しかし、冷静になったと言ってもダリアは納得した訳ではなかった。彼女はモニターに一度、ヘルメットで頭突きをかますと、唸るように声を絞った
「そんなの・・・・・じゃあどうしろって言うんですかぁ・・・」
イチノセの返答は、飽くまでも無情だった
『決まっている。速やかにこの場から離脱するぞ。敵に補足される前に司令達と合流して、そのまま撤退する』
「見捨てるって言うんですか」
か細い声だった。まだ若い少女には、辛い現実だったか、と御厨は思う。彼自身も、納得できない物はあるのだ。だがイチノセの言う理屈は解る
罠と解っていて掛かる必要はない。何よりも危険だ。それにイチノセには、隊長と言う重責もある
部下に「死ね」と命令する事はできても、不必要な危険に晒させる事はできないのだろう
彼とて出来るのならば助けたい筈だ。誰が見捨てたいなどと思うものか
しかし、状況がそれを許さない
眉間に皺を寄せて呟いたアンジーの声が、耳に残った
『・・・・・仕方ないのさ・・・・・』
その言葉を合図に、二人は戦場に背を向け、ゆっくりそろそろと機体を前進させ始めた
敵のパッシブソナーに知られてはいけない。そう考えると、ダリアの操縦はかなり危ない物があったが、幸いばれてはいないようだ
ダリアは御厨を動かそうとしなかった。レバーを握る手には異常なまでに力がこめられ、ヘルメットの奥には頬を伝う水滴が見て取れる
御厨とダリアのリンクした視線の先には、今も尚必死になって敵弾を防ぎ続ける、タイプRの姿があった
装甲は所々焦げ、破壊され、肩部は大破してしまっている
それでも勇敢に輸送車の背後に仁王立ち、反撃を続けているのだ
憎い、憎い、と、ダリアの声が聞こえるようだった
憎いのだ。敵が憎い。こんな悲しい、悔しい思いをさせる、敵が憎い
何故こんな目に合わねばならない
何故あのような勇敢な戦士が死なねばならない
御厨には不思議と解った。今、自分とダリアは、まったく同じ事を考えていると
心が、ダリアに呑まれるような感覚だった。何故こうも、彼女は味方と言えども見ず知らずのパイロットに固執するんだ?・・・・答えは出ない
或いは、ダリアだからか。ダリアだから、こんなにも必死になれる
空気を震わす大音量が聞こえたのは、丁度その時だった
発信元は輸送車を守るタイプR。年若い男の声で、疲労が聞いて取れるのに、果てしない力強さがある
男は気付いていまい。己の叫びが、全方位に発信されているなんて
敵弾を弾きながらのその声は、至極単純だった
『死んでたまるか!・・・・・死んでたまるかあああぁ!!!』
御厨の巨躯は、自然と動いていた
ダリアがライフルを持ち上げさせ、姿勢を安定させる。御厨がそれをリードした
ダリアがガンプログラムを切り替え、狙いを付ける。御厨がそれをサポートした
当然の如く、通信から怒声が聞こえてきた
『馬鹿野郎!そんな事をしたら、あっと言う間に包囲・殲滅されるぞ!内線作戦で対抗できる戦力差だとでも思っているのか?!』
「御免なさい!罰なら受けます!銃殺刑でもなんでも!」
『いや、銃殺刑の前に俺等ここで戦死ってのが一番ありがちなんだけど・・・・』
アンジーの呟きを無視して、ダリアと御厨は狙いを付ける
距離はハッキリしないが、かなり遠い。まともに当てるなんて不可能な距離だ
しかし、御厨ならばできる。いや、御厨とダリアならば、できる
次の瞬間、ブロックキャノンの砲身から放たれた砲弾は、敵機の内一機の頭部を、正確に貫いていた
――――――――――――――――――――――――
唖然とする輸送車を守っていたタイプRを尻目に、二機目に狙いをつけた所で、それは起こった
ダリア達が身を隠していた丘の切れ目が、急に爆発したのだ。それと同時に強烈な熱風と衝撃が起こり、思わず御厨は吹き飛ばされた
象と同じくらいの重量があるメタルヒュームを吹き飛ばしたのだ
その衝撃は並ではない
(迫撃砲・・・じゃない。もっと強力な、超大型質量弾!)
恐らく敵は、一瞬でこちらの狙撃位置を見切ったに違いない。僅か一瞬、味方がやられてから五秒とかからない内に
恐ろしい。質量弾も恐ろしいが、平然とそれをやってのけた敵が恐ろしい
しかし、賽は投げられた。逃げ場もなければ時間もない。今度はこちらが奪われる側だ
これ以上の狙撃は不可能。足を止めれば、質量弾の連射で撃破されてしまう
ならば高速で味方機と接触し、敵機を牽制して離脱する。口にするのは随分簡単だな、と御厨は思った
コックピット内のレバーが前に倒される。前進の合図だ
そう、それで良い。前に出るんだ。御厨はダリアの命ずるままに浮き上がり、ホバー移動を開始する
『クソォ!大馬鹿め!』
『待つんだダリィ!』
通信は無視した。扇状地に丘を高速で降り、突撃銃を構える
例のタイプRは何が起こったのか解らないのか、まともに動けていなかった
しかし、一機撃墜された敵機達は違う。御厨に向き直り、猛然とライフルを撃ち込んでくる
「当たる・・・もんかぁぁぁぁ!!」
ダリアがレバーを倒しながらキーを叩く。途端に御厨はホバー状態のまま大地を蹴り、真横にステップした。ライフル弾が横をすり抜けていく
背部のバーニアで制動を取った。揺れた視界が安定し、敵機を正確に映し出した
今度はこちらの番だ。ダリアがトリガーを引き、連結したシステムが突撃銃の引き金を引く
それはまるで、ヘリのローター音のように乾燥していた。カルハザン型に似た敵機は、胴体を庇うように腕を組んで、横に飛んだ
良い回避の仕方だ。突撃銃とは元よりばら撒かれる為の物であり、実質的な威力は、メタルヒュームの装甲の前では、大した物でもないのだろう
だが狙ったのはダリアであり、放ったのは御厨だ。一部の隙も在りはしない。一部のブレもありはしない
一度に放たれた突撃銃の弾丸、計四十二発は、吸い込まれように敵機の腰部間接に打ち込まれた
見事なピンホールショット。並ではない。一、二発のレベルではないのだ。これを魔術と言わずして、この世の何を恐れればいい
御厨はそのまま動きを止めた敵機に肉薄する。冷静に照準を合わせたそこは、コックピット
ダリアは考える間もなくトリガーを引いた。突撃銃が連射を開始する
一秒、二秒と撃ち続ける。三秒経った時点でダリアは飛びのいた
シュトゥルムの突撃銃の秒間射速は平均四十七発。三秒で百四十一発の計算だ
流石にそれだけ撃ち込まれては、コックピットないは無事では済むまい。中身の人間は、今ごろミンチだ
御厨とダリアの予想通り、敵メタルヒュームは機能を停止した
・・・・人を、殺した。そう実感したが、何も考えられなかった
残った一機を相手にしようと、視界を巡らす。しかしそれは無理矢理中断された
激しい衝撃に襲われたのだ。恐らく、敵機に気をとられていた隙に、もう一機の接近を許していたのだろう
御厨は大地に伏してから、漸く自分が殴り倒されたのだと気づいた
間接を駆使して転がり、仰向けになる。敵が見えた。右の拳を振り上げ、今にもコックピットを叩き潰さんとしている
(やられる!)
御厨がそう思った瞬間、敵メタルヒュームの頭部が吹き飛ばされ、視界から叩き出された
代わりに映ったのは、輸送車を守っていた、あの傷だらけのタイプRだった
構えた銃からは煙が上がり、そのタイプRが救ってくれたのだと、嫌でも解る。情けない所を見せた
そのタイプRが通信を試みてきた。当然だろう。ダリアの指令のまま、ウィンドウを開く
現れたのは、黒いぼさぼさ髪の、まだあどけなさが残る青年の顔だった
『あ、あんた・・・・・助けに来てくれたのか・・・・・?』
「・・・・・・・まぁね」
御厨の受難は、流石に辛い物になってきていた・・・・・・・・・