システム、エラーチェックエラーチェックエラーチェック、規定回数終了、問題無し
手酷くやられた機体を引いて、御厨はレンズを動かした。動く視界が一度、グルリと反転でもするかのように真っ逆さまになって、一瞬後に正常に戻る
――限界が近い。その事が、嫌でも良く解る
(原型を留めなくなるまで撃ち込む…だと?)
何時の間にか、宣言されたカウントは始まっていた。10から始まり、数を減らしていく艶やかな女性の声には、やはり緊張感がない
御厨は、四肢に力を籠める。されど早急に動き出したりしてしまわないように、集まった自分の力を、それ以上の力で抑え込んだ。間接に設置されたモーターが、悲鳴とも咆哮ともつかぬ叫びを上げた
(ぐ…ぅぅ)――もっともっと、力を籠める(ぐぅぅぅぁぁ!)
御厨は荒れ狂っていた。人と比べれば、圧倒的に少ない御厨の間接。そこを基点にして体中を駆け巡る運動の力を、必死に御す。御し切れなければ御厨の負けだ
必死にもなろうと言う物だった。戦場で自分の良く知った人間が死ぬなんて、もう二度と御免なのだ。死なせたくない。例えそれが、どんなに難しい願いでも
だから、早く、レイニーを、探しに行かねば
不意に、ホレックの顔が記憶媒体に過る。一点の陰りもない、あの笑顔が。だからなのか今も、どんどん力が溢れてくる
それが満を辞し、例えるのならそう、何重にも縛られた鎖を嵐の如き力で引き千切ったとでも言うべきか
疾風怒濤。そんな破滅的な勢いで解き放たれたのは、女性の声が、丁度半分を数えた時だった
(言ったな歩兵! やれる物なら、やって見せろ!)
空間を裂くイメージ。飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ、風よりも、銃弾よりも早く
雄叫び一つ、御厨は急激な加速の力で前進した。いや、急激に、なんて言葉で片付けられる物では無い
疾風で以ってして烈風を割るその様は、軽快豪気な見た目と裏腹に、常人では一瞬で失神してしまう程のGを伴う。ダリア並みの胆力があって、初めて耐えられる代物なのだ
無論、御厨自身無事な訳がない。機械の身体を押し運ぶ翼は、ミシミシと呻き声を上げているし、大地を踏み切った御厨の左脚部は、間接が死んだ
だが、御厨はどうしても、例え己の身が弾け飛んだとしても、この加速が、鬼のような“突進力”が欲しかったのである
負けない為に。その一言を貫くには、勝つしかないのだから
『…! …なんでそんなに死にたがるのさ………この馬鹿! 狸! 死にたがりなんだね!』
普段ならば聞き取れないであろう、諸々の雑音に紛れての女性の声。しかし完全に戦闘に入り、感覚が鋭敏化した御厨は、その声を完璧に聞き取った
御厨の視界を流れていく景色が急に遅くなる。幻覚? いや違うと、御厨は首を振る
思考が加速していた。音を立ててチキチキと。この感覚に、御厨は覚えがあった。いつもいつも、戦場で感じる物だから
(死にたがりはそっちだ)
御厨は、己の進行方向に高速で飛翔する物体を見つけた。先程の声と同じく、通常ならば決して認識出来ないであろうそれは、鉛色をした三発の砲弾だった
(歩兵『だけ』の隊でメタルヒュームに喧嘩を売ったのだから。そんな無謀を冒して、…お前は、お前達は)
御厨は止まらない。空間を割って飛ぶ三つの砲弾は、御厨を脅えさせるどころか、尚一層奮起させる。段々と辺りの雑音が消えて、自分一人だけになっていく精神的な事実は、否が応にも御厨の神経をビンビンにさせた
(自分の力を過信した!)
御厨に肉薄した三発の砲弾は、機械の巨体と交錯した瞬間
その加速と御厨の振り上げた拳の勢いに負けて、在らぬ方向へと三発全弾が弾き飛ばされた
押し負けて陥没した腕部の装甲すら、今の御厨には些事だった
さぁ、思い出させよう。戦術の限界。奇策の限界。パワードスーツと、メタルヒュームの差を。今度ばかりは状況は逆なのだから。自分は相手よりも強いと、胸を張って言えるのだから
相手が策を弄すのならば、御厨はそれを叩き潰す
ロボットになった男
(どぉぉっせぇぇいい!!)
体当たりした。技も、勿論策なんて物もない、純粋な質量攻撃だ
だがそんな愚直な攻撃も、それには有効だった。燃え盛る町の炎に煌々と照らされる、図書館の外壁には
『わッぁきゃ!…、お、落ちッ?!』
御厨の視界を奪い逃れた歩兵は、遠くに逃げた様に見えて、その実直線距離は大した事も無い。御厨のような、メタルヒュームにしてみれば、だが
最初に飛んだ方向を選んだ要因は、完全に御厨の第六勘だったが、御厨を狙った火砲により、勘は確信へと変わる。間違いなく、飛翔する先に敵が居ると
そして予想通り屋根の上に敵影を捉えた御厨は、馬鹿正直に向かっていくのを止めた
強兵との戦闘に当たって相手の強みを弱体化させるのは、弱兵の基本だった
(奇策で結構、腰抜けで結構。だがな、戦場なんて場所で、全ての事象が自分の思う通りに運ぶなんて、思うなよ)
御厨は己の軟(やわ)な装甲が凹むのも構わず、図書館の薄い大理石で建造された外壁を貫き、その内部へと侵入する
そして大量の集蓄された本になど目もくれず、カルハザンから奪ったライフルを、マシンガンの如く連射した
連射、連射、連射。狙うのは天井部。しかし、屋根の上に居る敵が見えている訳ではない。狙いも何も無く、ただただ撃ちまくる
一発でも強力無比な貫通力を持つライフル弾が、石造りの屋根を遠慮なく、容赦なく貪っていく。一発が貫き、二発が砕き、三発が粉砕する
粉塵が舞い、小粒の瓦礫が落ちてきた。御厨の乱れ撃ちは、まるで止まる所を知らなかった
正に、「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」である。不意の行動に敵は場からの撤退すら出来ず、今は下から己の足場を貫いて飛ぶ弾丸のせいで、下手に動く事すらままなるまい
そして、四方に散らばっている歩兵達は、十秒そこらでは援護に来れないだろう。加えて周りを遮蔽物に囲まれているに等しいここならば、何の心配もせずに撃ちまくれる
(こいつらが確りと統制された『群れ』なら、頭を潰せば…!)
御厨は精神を高揚させながらも、敵への対応策を常に頭の隅で練り続けていた
ふと、その時、滅茶苦茶に撃ちまくっていた御厨の右腕に伝わる、撃鉄の降りきらない、不快感を催す感覚
それは既に半壊しかけている右腕でも、明確に感じ取る事が出来た。弾切れだ
御厨は何も考えないままにライフルを放り出すと、天井を凝視。時間はかけない、二秒たりともかけない
『じょ、冗談…、これはマジで死んじゃう』
天井は穴だらけになり、今にも落ちてしまいそうだった。寧ろ落ちた方が自然である。
その穴の開き方と言ったら、これ以上も無く酷い物だったからだ。柔らかいパンケーキを箸で滅多突きにしたら、こんな風になるのかも知れないと、御厨自身思うほどだ
壊れかけであるのなら、止めを刺してやろう。御厨がそんな事を考えたのは、この惨状を作り出した張本人として、当然の事だったのかも知れなかった
(まさか死んじゃいないだろう? 俺の目の前に立ったお前は、きっと俺が思うよりもずっと賢くて、ずっとしぶとい)
無理矢理脚部を動かして、無理矢理飛ぶ。そして御厨は、伸び上がる
ちいさな衝撃で良いのだ。切っ掛けは。非力な御厨でも、構わないのだ
「ほんの少し」で崩れだす。それは正に、砂上の楼閣である
――次の瞬間には、今にも瓦礫となりそうな天井を、鉄拳が貫いていた
移り変わる景色。ぼろぼろと辛うじて繋がりあっていた石が落ちる様は、まるで空に張り付いていた汚泥が剥がれ落ちていく様にも感じる
薄暗い図書館の天井から、炎に照らされる獄炎の空へ
そしてその先で、空中をゆらり、ゆらりとたゆたいながら、こちらをガンスコープ越しに睨みつける複数の人影、パワードスーツ
『ず、随分と攻撃的なんだね! 何か怒らせるような事、したかな?!』
『たいちょー…………今更何言ってんですか………』
見覚えのある唇の持ち主が、グ、と身体をしならせた瞬間
歩兵達は、最後の悪足掻きとばかりに、一斉に射撃を開始した
(その余裕、地面を這いずっても同じ台詞が吐けるか!!)
しかし、御厨の繰り出す鉄拳の方が早かったのは、多大なる不運だっただろう
まるで蝿か蚊蜻蛉のように叩き落され、地面に手酷く身を打ち付けた、彼女達にとっては
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<信じられないパイロットだよ……。自分の国の町で、こんな好き勝手に暴れまわるなんて………結構あたしのタイプかも…ガク>
<いや、ガク、じゃねえすよ隊長! あんた今の状況解って………! …クソ、仕方ねぇか…。総員転進! あのクソタイプSに見つからねぇように、散って逃げろ!! どうせ他の連中も引き上げてる頃だ、ボヤボヤしてっと回収して貰えねぇぞ!>
結果から言ってしまえば、御厨と相対した歩兵は、誰一人として死ぬ事はなかった
御厨には、それが良い事なのか、悪い事なのか、判別が付かない。ただ解るのは…
あの歩兵達は、最後の最後まで御厨の神経を逆撫でし、終いにはその逆鱗に触るどころか、特大級の鉄鎚で一撃していったという事くらいだ
<人をとことん愚弄して…!>
命を掛ける場であの態度、言動。とてもでは無いがまともな人間とは思えない
強かった。確かに強かった。だがしかし、人間と言うのは、それだけの物じゃないだろう。御厨は腹の底に冷たい塊を飲み込む
まるで、御厨ただ独りだけが空回りしていたような気にさえさせられるのだ。それがどうしようも無く口惜しくて、虚しくて、御厨は訳も解らずに泣きそうだった
<畜生め、畜生…!!>
御厨は辛くと言えども勝利した筈なのに、何故か喜ぶ事が出来なかった
――しかしそれも、終わった事
今、一つの倒壊しかけた倉庫らしき物の前に立つ御厨は、そんな昔の事は忘却の彼方へと吹き飛ばしていた
その倉庫は、周りの全てが紅蓮の炎に包まれている中、奇跡と言っても良い程に、無傷である
そしてその入り口横の外壁に、背を預けて気を失っている一つの人影
炎の色に染められて茜色にも見える金髪。いつも凛々しい表情を造る顔は、煤や血液に塗れて、今やグシャグシャである
体躯の傷も多い。浅くはあるが、数が尋常ではない。彼女のような若い女性が受けるには、余りにも惨過ぎる傷だった
(だけど、…生きている)
御厨は壊れかけた膝を着き、壊れかけた両腕を伸ばす。慎重に、慎重に抱え上げて、サラサラの粉雪を扱うよりも、注意して
そうだ。生きている。呼吸の度に胸を上下させ、その右手には、御厨の目の前で懐に仕舞い込んだはずのキャップを握り締めている。絶対に離さないぞと言わんばかりに、握り締めている
嗚呼、良かった。今の俺に、これ以上の戦果はない
(良かった…レイニー…生きていた。…嗚呼、本当に…)
御厨は探し出したのだ。レイニーを、恩人を
“やれる所までやらなきゃいけねぇ” どうだボルト、俺は、やれる所までやったぞ
御厨は、燃え盛る空に胸を張った。恥じ入らず、恐れ入らず、堂々と、胸を張った
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……べつに、更新が再開できる程状況が良くなった訳やないんですけど……。しかしまぁ、書ける時に書いとこうかと。
更新の感覚は酷く不安定になるかと思いますが、それでも皆さんに楽しんでいただけるのならば、僥倖ですじゃ。