薄闇の中でもその姿ははっきりと見えた
言ってしまえば、御厨によく似たフォルム。されどその威容は、御厨を一回り大きくしてもまだ足らない
頭部で閃くのは、身が竦むような威圧感を放つ、黄金色のモノアイだ
それは機体の体格、設計による機動力を殺さぬまま、剛性を高めたその威容に、擬態した虫でもこうは行かぬと言える程、よく馴染んでいた
何より、機体の各部に走る線
肩、腕、腰、足。隠していても解る。あれらは、展開式のガンバレルだ。この分では、ウイングバインダーの設置された背部にも、何か仕込んでいるに違いない
それに加えて、油断無くこちらを狙う右腕のライフル
一見スマートに見えて、その実は重武装だ
敵戦力の即時殲滅を目的としたオールラウンドな機体は、正に死神の乗機として相応しかった
これほどの存在が、薄闇程度に掻き消えてしまう筈がないのだ
混じり気なき鮮烈な赤の死神は、その鎌を振り上げながら、確かにそこに居る
そしてその、暗い光をたたえた一つ目で、間違いなくこちらを狙っていた
「スパエナの・・・・死神ラドクリフ・・・・」
ダリアが、展開されたウィンドウに向かって唖然と呟く
そこに映るのは白みがかったノイズだけだ。波長の合わない通信機では、声は届いても映像までは映せない
それが尚更に、ラドクリフと言う男の不鮮明さを掻き立てる
得体の知れない目の前の存在に、ダリアと御厨は、口に出さずとも解る確かな恐怖を抱いていた
地下基地での出来事など、大した事ではないと思えてしまう。この男の前では、全ての事象は「何てことのないもの」に成り下がってしまう
そう、死神ラドクリフと言う男は、「何よりも命の危険を感じさせる」
(この前の機体じゃない・・・・・。けど、プレッシャーは段違いだ)
息苦しさに押し潰されそうだった
比喩ではない。御厨は、本当に己が潰され、砕かれ、踏み躙られ、この世から消し飛ばされるような気がした。既に無い筈の心臓が、縮み上がる感覚を覚えた
ウィンドウの向こうから声が聞こえてくる。低いダークトーンだ
『まさか、本当に見つかるとは・・・・・・・・・・・・・・・。ダリア・リコイラン少尉、貴官の事は調べさせて貰った。中々興味深くはあったな』
奇妙な言い回しだった。しかし、言葉そのものに他意は感じられない。純粋に、己の感想を語っている、と、そう感じられる
御厨は吐き捨てた。ストーカー野郎め
御厨には、ラドクリフの意図が読めない。何故単独なのか、何故御厨に感知できなかったのか、いや、それ以前に、何故ここに居るのか
結局、今出来る事は、向けられる銃口に、全神経を集中させる事だけなのである
ダリアの肩が、一度だけ微かに震える。彼女は喉を絞るようにして、漸く言葉を捻り出した
「・・・・・・・何が言いたいの?」
ノイズの走るウィンドウを凝視した。まるでそこから、魔力や妖気の類が流れ込んでくるような感覚さえ、今の御厨は感じていた
呑まれかかっている。そうは解っていても、止められない
体の奥深い部分が、今も御厨とダリアに向けられている殺気を察知し、体を凍りつかせているのだ
(動いたら・・・・今動いたら、一瞬で撃ち抜かれる・・・)
そんな御厨達の事など、知ったことかとでも言いた気に、声は返ってくる
だが、ラドクリフの返答は、質問に対する答えではなかった
『良い見つけ物をした。作戦の遂行には、君の協力が必要なのでね。・・・・確保させてもらう』
次の瞬間、日の沈む荒野に、閃光が走った
ロボットになった男 第三話前編 「死神の思惑」
ラドクリフの初撃を、いとも簡単に避ける。死の風穴から打ち出された弾丸は、身を屈めて突進した御厨の頭上を、風を切りながら飛んで消えた
御厨が意図した訳ではない。動いたのはダリア
御厨が殺気に射竦められている中、彼女は持ち前の覇気で、束縛を振り切ったのだ
(・・・・なんて胆力だ)
御厨は驚きながらも、機械の体に力を乗せた
ラドクリフの動きを見る。動いていたのは御厨達だけではない。あの死神もだ
ラドクリフは機体に体を引かせ、銃を前に突き出していた。回避運動は取っていない。真正面から御厨を迎え撃つ構えである
ダリアは構わずレバーを倒した。御厨の走行速度が、僅かに上昇する
『良い判断だ!』
開かれたまま隅に追いやられたウィンドウから、ラドクリフの声が響く
余裕の見える声色だ。それが腹立たしい。余裕を持っていても、油断はしていないのだから、尚の事性質が悪い
そしてラドクリフが次弾を発射する。御厨は、ここで漸くバーニアを吹かせた。散々に壊れていたその機能も、今では完全に修復されている
使用して初めて実感が湧くのは、そう不思議な事ではない筈だ
弾が発射されるより早く飛び上がり、しかし視線はラドクリフから外さない
腰部から突撃銃を抜き取った。あの死神を相手にするには少々心許ないが、無いよりはマシだ
そのまましっかりと狙いを定める。空中で止まれば今度こそ回避手段はない。御厨は、ラドクリフを飛び越えるようにバーニアを吹かしながら、突撃銃を撃ちまくった
「うっ・・く」
急激なGにダリアが苦しげな息を漏らす
無理もない。パラシュートを着込んで御厨に乗り込んだダリアは、対加重服を着込んでいない。パイロットスーツだけでは、役不足なのだ
しかしダリアは、それをまるでちっぽけな物とでも言いた気に、気合をこめて跳ね飛ばす
更に加速する事を解っていながら、レバーをこれでもかと倒しこんだ
(このっ!)
御厨はダリアを褒め称えながら、突撃銃の照準を、一ミリとてラドクリフから外さぬ様にして、必死に弾丸を浴びせ続けた
しかしラドクリフは、今まで一度も狙いを違えた事のない御厨の弾丸から、平然と逃げ切る
僅かな、本当に僅かな差
弾丸が突き立つ瞬間のコンマ0.1秒前に、その赤い機体は着弾地点から逃げていく
御厨はゾッとした。ラドクリフが今、どこを見ているのか、感覚で理解してしまった
レンズだ。御厨の目とも言えるべき場所を、じっと見ているに違いない。それでいて、この芸術的とも言える回避を見せ付けている
死神と呼ばれる男は、弾丸を避けるのに、銃口を見ているのでも、射角を予想している訳でもない
一睨みでこちらの全てを暴きたて、理解しているのだ。どこに弾が放たれるか、を
(・・・・怖い・・・・)
隙を見せぬよう、ラドクリフの方に身を捻りながら降り立つ
恐怖で身が硬くなるのではないかと懸念した。それ程までに、目の前の存在は圧倒的だった
しかし、どれほど恐怖しようとも、何故か、心の奥から、わき上がって来る物がある
押し潰されそうな重圧感は、今の一瞬で、塵と霧散していた
(怖いけど、・・・・・怖いけど僕・・・・・・・)
思考が加速を始めた
空から大地に降りる瞬間は、どんな物にでも隙が出来る。普通のメタルヒュームは空を飛ばないだろうが、空を戦術に組み込む御厨には、致命的な弱点だ
それはダリアも理解しているだろう
案の定、着地の瞬間を狙って、視認できない速度の弾丸が撃ち放たれた。だが、むざむざと当たってやるつもりはない
勢いそのままに体を中空に投げ出し、足を振り上げる。地面と水平に機体を宙へと泳がせる
御厨だからこそ出来る挙動だ。ただのプログラムが制御する機体では、こうは行かない
ダリアはそれに合わせるようにして、硬い大地に、御厨の腕を叩きつけさせた
地下基地で大蜘蛛の砲撃を避けたのと、全く同じ回避動作だった
(何だか、物凄く、興奮し始めてる)
不思議だった。撃たれる前より、撃たれた後の方が気持ち良い
今の一瞬は本の何秒だったろうか。おそらく、三秒にも満たないだろう
だと言うのに、たったそれだけの時間で、熱くなり始める鉄の体と、心
本当に不思議だった。これを小説に例えるなら、符合性も道理も常道もない、窮めつけの駄作に違いない
世界は矛盾して、何より自分が矛盾している。いや、矛盾ではないか。ただ神経がおかしいだけだ
だけれど、ただただ、御厨と言う存在が、燃え上がる
今の御厨は、どうやっても噛み合わなかった歯車が、快音を立てて機能するような、そんな充足感に満ち始めていた
銃を向け合い、視線を交え、再び対峙する
「・・何だろう。何か・・・・何か・・・・・・・・・・・・・解らない。何だろう・・・・」
ダリアが、頭を振りながら呟いた
弱弱しい声音とは裏腹に、レバーを握る力だけは、どんどん強くなっていく
彼女は何故か、救援を呼ぼうとはしなかった。先程から通信を妨害されている為、呼んでも無駄ではあったろうが
「何だっけ・・・あぁ、確保するとか・・・・・・・・。何の為?作戦?・・・・必要・・・協力?何だっけ・・・・・・・・・・駄目・・・・・解らないよ・・・・・・・頭の中が・・・焼ける」
(・・・・・・ダリア?)
支離滅裂な言葉の乱れ撃ちに、御厨は何故だかドキリとした。興奮なんて、一瞬で冷めた
ダリアに何か起こっている。彼女にとって、何か良くない事が
そう思うと、居ても立ってもいられなくなった
死神の乗機と繋がるウィンドウから、こちらは訝しげな声が聞こえてくる
『何を・・・・言っている?』
「アナタは何も言わないじゃないか。・・・・ばかぁ」
ラドクリフの疑問を、そう言われてしまえば納得してしまいそうな反論で、一蹴するダリア
苦しげに眉を寄せたかと思うと、右手で頭を抱える。パイロットとしての意識は残っているのか、左手までは離さない
ダリアの座るパイロットシートを通して、彼女の熱を感じた気がした。熱は温度を上昇させて、上昇させて、上昇させて、御厨は、自分の中に溶岩でも内包している気分になった
その時、唐突に、本当に唐突に、ダリアがレバーを倒した
目標は目の前のラドクリフ。その動作に迷いは無く、怯えも硬直もない
いきなりだった。ラドクリフどころか、動かされた御厨ですら、突然の事態に反応しきれていなかった
だが、御厨の機械の体は、忠実に命令を遂行しようと動く
一瞬にして肉薄。ラドクリフは、こちらに牽制弾を撃つ事すらできなかった
(うっわ・・・・ぁああ?!)
体が振り回される。御厨は思考の追いついていかない事態に、心のそこから恐怖を覚える
まるで、ジェネガンの格納庫で目覚めた当初のようだった。何も解らず、体は言う事を聞かない
右脚部の情け容赦のない回し蹴りが、赤い機体に向かって放たれた。ラドクリフは流石に見ているだけでは無く、機体全体を駆使して、その衝撃を受け止める
ダリアの追撃。敢えて足を大振りにする事で、反動による隙を少なくして、更に繰り出される勢いの乗った左の打拳
ラドクリフは、それをも見切り、両腕を交差させて受け止める
「まだ・・・・・・・」
ダリアは呟き、そしてその通り止まりはしなかった
一瞬で右腕を制御すると、モーションプログラムに添ってそれを動かし、銃を腰部に収める
そして、無理な体制からの、威力の乗らない打拳
元より期待していなかったのか、左腕を外したラドクリフに、あっさりと受け止められた
奇しくも、力比べの体制になる
(馬鹿な・・・・なんて貪欲なんだ。闘争心の一言で、言い表せる物じゃない)
飽くまでも、攻撃的な姿勢。隙あらば一撃を狙い、機とあらば攻撃を狙う
もう、御厨の中に、新米パイロットのダリアなど居はしない。そこに居るのは、人間の枠を外れた闘争心を誇示する、別の何かだった
『似ている・・・・なぁ!ダリア・リコイラン・・・。お前は・・・・やはり・・・・!』