今日のPT狩りは休みになった。
グラッチェがギルドの会議と言う事で、ミッシェルも付いて行った。
チルヒメは水魔法のスキル上げに行くと行っていたし、キールは辻ヒールをしに行った。
ちなみに辻ヒールは、神聖魔法のスキル上げに回復職が好んで行う作業だ。
訓練用のデコイにヒールをかけるより、楽しみながらできるとか。
デス娘は相変わらずなので、よく判らないが、スキルでも上げているのだろう。
俺はこの機会に、山門へ行く事にした。
月白に乗って、駆け抜ける草原。
非常に気持ちがいい。
偶にアクティブモンスターが反応を見せるが、月白は構わず駆け抜ける。
全てをぶっちぎる。
「いやー、騎乗スキルっていいな」
しかも騎獣の場合、敵を倒さなくても騎乗して走るだけで、経験値が貯まっていくのだ。
もちろん経験値を得るのは騎獣だけだが、乗っている者は騎乗スキルの熟練度を得る。
一気に山門へ向かって駆けていく。
「おおー、正に江戸って感じだな」
時代劇の映画村より本物っぽい。
いや、比べるだけの知識なんか無いが、そんな感じがするのだ。
俺は早速、武器屋へ入っていった。
「おや、おサムライ様でございますな。
本日はどういった御入用で」
「ああ、サムライの服が欲しいんだ」
「さようでございますか。
ご一緒に鎧などはいかがでしょうか?」
「お、和式の鎧兜が売っている。
…… 高いな。
とりあえず服でいいよ」
「さようでございますか。
では、どう言った色に致しましょうか」
む、色か。
そう言えば、この町にいるサムライはみんな色々な色の服を着ているな。
俺は薄い青系統の裃にした。
武器の新調も考えはしたが、刀は千鳥があるし、槍や弓も千鳥を使える頃に一緒に替えることにした。
さて、どうするかな。
ホームまでは、夕方までに帰ればいいし、少しこの近くで狩りでもするか。
そうだ! 折角この間、騎乗槍を修得したんだ。
この際に練習しておこう。
この辺りの敵は、子鬼と鎧鬼、レベルはソロで30前後の狩場と言うから、ちょうどいいだろう。
月白を駆けさせ、槍で突き刺…… 外れた。
Uターン。
今度こそ…… 突き刺す!
おお、1撃で殺した。
子鬼は1撃で殺せるのか。
じゃあ鎧鬼に行ってみるか。
ガスッ!
お、当たったが、1撃じゃ死なないな。
うわっ! 後ろから、やめろ!
Uターン、ターン、ターン。
えい!
突き! 突き!
「…… ふう、やばかったな」
ソロは久しぶりだったから、気を抜きすぎた。
ここでホームに死に戻りも、ちょっと情け無い。
うむ、1撃くれたら、充分距離を走って、Uターンだな。
ガスッ! …… ターン。
ガスッ! …… ターン。
ガスッ! …… ターン。
ガスッ! ……
かなり効率悪いな。
うむ、敵の前で止まって、連突き。
これだな。
ガスッ! ガスッ! ガスッ! ガスッ! ……
馬に乗ってる意味あるのか?
…… 道場で熟練度上げた方が速いな。
ホームに戻るか。
ちょうど昼飯時か。
俺がいつもの食堂に行くと、チルヒメとデス娘がいた。
彼女らも昼飯かな。
でも、知らない人たちと話をしているな。
一応声だけでもかけとくか。
「よお」
「あ、ヨシヒロさん、いい所に来て下さいました」
「ん?」
「実は、この方々は私達の別キャラが所属していたギルドの、マスターと副マスターなのですが。
少々誤解があるので、それを証言していただきたいのです」
「誤解?」
ふむ、とりあえず俺は同席した。
そこで紹介された2人が口を開いた。
「俺は、ギルド”花鳥風月”のマスターで、バーリンと言う」
「僕は、副マスターのマイトだ。」
「…… マイト(まいと)」
デス娘がボソリと言ったのは、マイトさんの登録名か?
マイトさんが、チラリとデス娘を見て口を開く。
「君は君達のPTのリーダーが、元レクイエムのギルドマスターだと言う事は知っているか?」
「…… グラッチェがリーダーかどうかは知らないけど、彼の1stキャラがメルスィーって事は聞いている」
「ふむ、では我々のギルド名に心当たりは?」
「初耳ですね」
「彼は、ログアウトの事件が有った日に、初めてゲームを始めた初心者なんです。
ギルド間の事は、殆ど知りません」
チルヒメがフォローを入れてくれた。
「なるほど、では簡単に言うと、我々のギルド、花鳥風月とレクイエムは……
そうだな、明確に敵対している訳ではないが、内心は敵同士だと認識している間柄だ。
特にこちら側はな」
マイトさんの言葉を継いで、バーリンさんが自嘲するように言った。
「正直、今のレクイエムがどこまで俺達を、意識しているかなど……
大して、していないとは思う。
こちらも、こう言う関係になった原因が、うちにあったのは認識しているのだ。
今更、表立ってどうこうと言うことではない。
ただ、な。
見る者が見たら、花鳥風月の中心プレイヤーが2人、レクイエムのマスターに引き抜かれた……
とな」
ふうむ、良く判らんが。
敵対ギルドのマスターであるグラッチェが、チルヒメやデス娘とPTを組んでいるのが、気に入らない…… と。
「チルヒメとデス娘は、元のギルドに戻るのか?」
「いえ、そのつもりはありません。
私もデス娘もネタキャラですし、合戦ギルドの花鳥風月に入りなおした処で、意味はありませんし」
「じゃあ、バーリンさん達は2人がギルドから抜けるのが、許せないと?」
「いや、彼女達がギルドと無関係になる。
と言う話は、前に聞いてあるし、了解もしている。
問題なのは、彼女らがメルスィー…… 今はグラッチェか。
彼のPTにいる事だ」
「それが判らない。
今の彼女たちは、貴方たちのギルドにいたキャラと別キャラで、もうギルドに登録しているキャラに戻る事はできない。
プレイヤーが同じだったとしても、俺達にはもう中の人はいないんだ。
それに、花鳥風月が合戦ギルドだから戻れないと言うのなら、レクイエムだって同じでしょう。
あそこも、合戦ギルドだから」
「勘違いしないでいただきたい。
僕やバーリンは、彼女たちがレクイエムに入るとは思っていない。
だが、彼女たちがこのPTにいる事で、そう思う人たちがいる。
それが問題なんだ」
「どう問題だと?」
「うちのギルドは、レクイエムと敵対した事件で、1度崩壊しかかっている。
それを初期メンバー数人で、なんとか盛り返して来た。
彼女たち以外にも、ログアウトの事件以降、ログインしていなかった者も、脱退した者もいる。
残っても、キャラが替わった者もいる。
ここで彼女たちが、レクイエムに寝返ったなどと言われたら、折角頑張ってきた苦労が無に帰る」
「ちょっと、寝返ったとか、おかしいんじゃないですか?」
「先程も言った通り、そう思う人たちがいる…… と言う事だ。
現に、この件を僕達に知らせて来た者は、2人が裏切ったと騒ぎ立てていた。
2人は前の、ギルド崩壊時にも残ってくれた初期メンバー。
影響力が大きいんだ。
彼女たちが、花鳥風月を見捨てたなんて言われたら、今度こそ終わってしまう」
「待ってくれよ、さっきから聞いていたら、自分達の都合ばかりじゃないか」
「その通りだ。
だが彼女たちも、元はうちの中心メンバーだったんだ。
その程度の事は、考えてPTを組んでもらいたかった。
と言っては言いすぎかな?」
「グラッチェさんが、メルスィーと同一人物だと知ったのは、PTを組んで暫くしてからの事でしたので…… 」
ミッシェルが入った時だろうな。
「俺としてはバーリンさん達が、自分の都合を押し付けるだけなら。
チルヒメたちも自分の都合だけ考えて、ギルドは無視してPTに残ればいいと思うよ」
「…… そうする」
デス娘の心は固まったようだ。
「待ってくれ、脅す訳じゃないが、既に誤解している者が出ていると言っただろう。
このままだと、逆恨みする者が出ても不思議じゃないんだ。
それだけ我々の、レクイエムに対する蟠りは深い」
脅しじゃねぇか。
「そう言う事なら、他のPTメンバー3人も呼びましょう。
グラッチェも居ないと、話が進まないようだ」
俺は3人に連絡を付けた。
「なるほど、話は判った。
だが俺は、今の今まで彼女たちが、そちらのギルド員だったことは知らなかった。
もちろん、彼女たちが合戦に出る気が無い以上、勧誘する気もない。
第一、俺はこのPTのリーダーと言う訳でもない」
「周りの人は、そう見ないと言う事ですよ。
特に我々のギルドは、貴方のギルドに偏見と言うか、拘りを持つ者が多い」
「…… では、どうしろと?」
「できれば2人を、PTから外して貰いたい」
「出来ないわね。
第一、あの合戦はレクイエムとの問題と言うより、貴方たちの内部問題じゃない。
合戦を吹っかけて来たのも貴方たち、自爆したのも自業自得。
違う?」
グラッチェは冷静だが、ミッシェルは、かなり喧嘩腰だな。
「確かにその通りだ。
だが、ここに及んで、この状況で2人にレクイエムに付かれる、と思われる行動は…… 」
「元々それが誤解なのですから、誤解を解く努力をしたらどうでしょう」
とはキールの発言。
「既に彼女たちに、誤解だと言う回答を貰って、ギルドのみんなに説明はしている。
その上で納得して貰えなかったから、こうやって頼んでいるんだ」
「ではどうでしょう、彼女たちに別のギルドに入ってもらっては。
こうなっては花鳥風月に戻るのも、お互いやり難いでしょうし。
あなた方は2人が、レクイエムにさえ入らなければいいんですよね。
チルヒメさんも、デス娘さんも。
このまま花鳥風月の皆さんに色々言われ続けるよりは、その方がいいのでは?」
「しかしキール、簡単に言うが当てはあるのか?」
「新しく作ればいいでしょう、狩りギルドにでもして。
マスターはヨシヒロ君でいいですか。
そうしたら、ついでに僕も入っておきますか」
「あ、だったら私も入れてよ、もうレクイエムには戻らないし。
合戦は弓職だと、あんまり面白くないんだよね。
みんな並んで、撃てーーーーっ! だし」
「ふむ、俺が入れないのは残念だが、いい案では?」
「そうですね、それで問題が解決するのならば、私は構いません」
何だか、俺がギルドを作ることで、話が纏まってきているんだが?
デス娘もコクコクと頷いてるし。
「どうする? 花鳥風月の。
こちらが譲歩できる上限だと思うが」
「もちろん、ギルドを新規に作成するとしたら、必要な物は提供していただきますよ。
こちらは本来、ギルドを組む必要も、そちらに配慮する必要もないのですから」
キールも中々抜け目ない。
「判った。
即答は控えさせてもらうが、その方向でギルド員を説得してみる。
もちろん、ギルドを作るとしたら、必要な物資は提供させてもらう」
そして彼らは帰っていった。
「…… なあキール。
なんで俺がマスター?」
「こう言うのは前衛の方が似合いますからね。
それにグラッチェ君では意味が無いです。
仮に新しいギルドを立てても、返って彼らの言い分を肯定する様なものです。
その意味ではミッシェルさんでも、レクイエムの支部扱いをされる可能性があります。
チルヒメさんやデス娘さんでも良いですが、当事者ですからね。
第3者のギルドである方が望ましいでしょう。
僕ですか? 僕には似合いませんよ」
面倒だし。
と、後に続きそうな勢いでキールが言った。
「その時は、お願いします」
チルヒメにも頭を下げられてしまった。
「ま、まあ、花鳥風月の出方しだいだね。
それで納得するとも限らないわけだし」
「納得しなかったら、無視すればいいだけだよ。
その時はレクイエムがバックに付くし」
バックって…… グラッチェ。
3日後、新しくギルドが設立される事に決まった。
マスター…… 俺。
「これがギルド設立申請書だ。
これに必要事項を書いて、城に提出すれば、ギルドアジトを与えられる」
バーリンさんが、そう言って紙を渡してくれた。
「結構な金額と、ギルド設立用のレアアイテムを消費して、得られる物だからな。
課金アイテムでも設立はできるが、今ならそっちの方が貴重だから。
どっちにしても、それを用意するくらい切羽詰ってたって事か」
グラッチェが解説してくれたが、かなりの貴重品らしい。
「一応、こちらの条件としては、2人の加入したギルドと花鳥風月との同盟だ」
「同盟?」
「簡単に言えば、ギルド間の協力体制を敷くと言う事だ。
同盟の他には、従属と言う関係もあるが、これは各ギルドが盟主となるギルドの支部みたいな扱いだな。
しかし、俺がPTに居る関係上、レクイエムとしても同盟を望むが?」
と、グラッチェ。
「それは、そちらのギルドが判断する事だ」
バーリンさんの答えは、それでも構わないと言う事…… か?
まさか、ウチと同盟結ぶのにレクイエムと同盟とか、あ・り・え・な・い。
判ってんな! ゴルァ。
って事じゃないよな。
「問題ないでしょう、申請書はありがたく頂いておきます」
お、キールがサックリと承諾した。
「では、ギルド設立後に同盟の申請をしておいてくれ」
そう言って彼は帰って行った。
「問題ないんだよな?」
「と言うより、彼らは我々とレクイエムの同盟を、望んでいるでしょう。
つまり、そろそろ関係を修復したいから、我々に間に立て。
と言う事でしょうね」
「…… え?」
「大丈夫ですよ。
それは、あくまでも花鳥風月の思惑。
それもただの推測にしかすぎません。
実際にどういう関係を築くかは、これからのお互い次第でしょうね」
「やっぱり、お前がマスターになった方がいいんじゃないか? キール」
「いや、僕みたいなタイプは、頭にならない方がいいんですよ」
そう言うものかね。
「じゃあ、副マスターはどうする?」
「チルヒメさんがいいでしょう」
「キールさんは、副マスターになる心算はないのですか?」
チルヒメが聞いてきた。
「貴方やグラッチェ君のようなタイプがマスターであれば、僕が副になってもいいですが。
ヨシヒロ君の様なタイプには、副は貴方の様なタイプの方がいいと思いますよ」
「あたしやデス娘は、どっちにしろ向かないから、そっちの決定に従うよ」
「判りました。
それでは、私が副マスターを、勤めさせていただきます」
「ふむふむ、ホームはここでいいか?」
「どうでしょう、狩りギルドなのですから、高レベルの狩場近くの方が、後々便利なのでは?」
「しかし今現在、我々は低レベルなのですから……
それに高レベル狩場付近から、低レベルの時にこちらへ移動するのは大変です。
逆はそれほどでもありませんが」
「ねぇねぇ、マスターはサムライだし、副マスは浪人なんだから、いっそ山門か水門にするってのは?」
「ふむ、山門はともかく、水門はいいかもしれませんね。
ここからも比較的近いし、港町だから船で各地方に行ける」
「港町を選ぶのであれば…… 」
「それなら、いっそ…… 」
正直、未だに知らない地域がたくさんある俺には、ついて行けない。
結局、この世界の中心地である場所。
つまり、ここにアジトを建てる事になった。
「じゃあ申請してくる」
新しいギルドが立ちました。
名前は”パンドラの壷”。
俺達は、ゲームと言う壷の中に残された物。
出るとゲームの運営側には、最後の災厄となる様な存在。
そんな皮肉を込めて付けた名前だ。
ま、それはともかく、ギルドアジトができましたよ、と。
「へえ、ここが俺達のギルドアジトか」
「まだまだ小さいですが、ギルドレベルを上げればどんどん大きくなります。
もっとも、大きくする必要があるかは、話し合って決めなくてはいけませんが」
キールがそんな事を言う。
「大きくなると、どうなるんだ?」
「例えば、今は2階に個室が10個あります。
これは、そのままギルド員のプライベートルームで、ギルド員の最大数でもあります。
これからは、宿屋に泊まらずとも、ここで寝起きができますね」
「なるほど、それが増えるのか」
「もちろん、それだけではありません。
アジトの中に訓練所や武器屋を配置したり、製造職がいれば、工房などを作るのもいいでしょう。
外向けに店を構えて、ドロップ品などを、他のプレイヤーに売ることもできます。
ギルド員が、共有で使える倉庫の保存数も増えますし、他にも色々」
「それは便利だな」
「ただ、まだ先の話ですね。
今は僕たち自身の、レベルを上げた方がいいでしょう。
僕の意見をいいますと、レベルが上がり難くなってくる80代からでも、遅くはありません」
「今の段階で、経験値の一部をギルドに廻すより、高レベルになってからの方が、効率いいですし」
「ふーん、そう言うもんか」
「まあ、今は宿代が要らなくなっただけ、とでも思っていればいいですよ」
こうして、俺はギルドマスターになった。
…… あまり、何も変わってないな。