毒蜘蛛の森を抜けると、そこは猪の森だった。
いや、本当は繋がってるんだけどね。
「猪はノンアクティブだし、一度タゲ取ったら変わんないから。
俺がタゲ取るまで、絶対に手はださないで。
変わりにアクティブのハエは、俺じゃなかなか当たらないから、ヨシヒロに頼むわ」
「了解」
レベルが高く、体力を特化させた上に盾装備のグラッチェは、猪の攻撃にも充分耐えれる。
反対にハエは俺でも1撃で倒せるが、回避力が高くてグラッチェでは中々ヒットしない。
でも器用度と敏捷度特化の俺なら、確実に中てる事ができる。
ここはハエが湧く事もあって、ソロだとレベル18~20の狩場だが。
16のグラッチェが壁をしてくれるので、12の俺でも楽に狩れる。
午前中だけでグラッチェはレベル17に、俺は14に上がった。
「早いな、グラッチェのお蔭だよ」
「いやいや、俺だけじゃ、ハエに集られて死ぬしね。
火力もヨシヒロの方が高いし、ソロじゃ狩りきれないんだ」
「それにしても猪、旨いな」
「偶にドロップする、ぼたん肉も食って良し、売って良し、の良品だしな」
「食うって、料理スキルいるんじゃね?」
「結構いるよ? 一般スキル取るやつ」
「そうなんだ」
「一般スキルは結構金になるんだよね。
センスのあるヤツはもちろん、無くても稼げるスキルも多いし。
一般スキル専用のキャラ持ってるヤツは多いよ。
まあ、運が良いのか悪いのか、そういうキャラであの日を迎えた人も、それなりに居るしね」
「それは、災難だな」
「いや、そうでも無いと思うよ。
彼らは確かに大抵がレベル10とかだけど、稼ぐ事だけを考えるならね。
廃レベルたちの財布キャラって考えれば、有用性は判るよね」
「…… なるほど、でも何でレベル10が多いの?」
「一般スキル1つと、商人スキルを兼用するからね。
作ったものを売る屋台は、当然必要だし。
逆にそれ以上、上げないのは意味がないから。
とにかく1つのスキルを集中して上げるのが一番稼げるからね」
「ふーん、なるほどね」
俺たちはそんな話をしながら町に帰って、いつもの食堂で昼食を取ることにした。
「なあ、グラッチェ」
「ん?」
「食堂とか見て思うんだが、最近混んできてないかな」
「利用者が増えたって事じゃない?」
「何で? ログインしてるユーザーが増える、とかあるの?」
「もうすぐ1ヶ月だからね、あれから。
流石にあの日は町中、どころかフィールド上でも騒いでる人が多かったけど。
次の日とかは、みんな宿とかギルドのアジトとかに、引きこもったりしたしね。
そう言った連中が徐々に出て来たんだろ」
「…… そう言えば、あの日はもっと人がいたもんな」
「俺はさ、キャラは変わってもギルドのマスターだし。
みんなと色々、会議とかしてるうちに落ち着いたんだけど。
ヨシヒロは入ったばかりで、1人だったんだよね。
実際、すごく立ち直るのが早い方だよ」
「立ち直ったっつーかさ。
1日飯食って宿に泊まるのに、ゴブリン30匹くらい倒さないといけない訳だし。
レベル上げないと生活ままならないしね」
「ああ、自分が貯えあるから気付かなかったよ」
「そう言えば、このゲーム餓死とかするのかな?」
「試した人の話は聞かないな」
連打! 連打! 連打! ザク! ザク! ザク!
「流石に浪人は火力高いな」
「スキル上げたからじゃないかな」
「それが一番の理由だろうけど、ヨシヒロは初期ステータスで敏捷度も上げてるんだろ?
攻撃の速度が速いんだよ」
「その分グラッチェは硬いじゃないか」
「そうなんだけどね」
「そう言えば、騎乗と槍はどっちを先に取った方がいいと思う?」
「うーん、普通は槍だね。
刀は騎乗すると片手持ちになるから、攻撃力が落ちるんだ。
槍も同じなんだけど、槍スキルの技に”騎乗槍”って言うのがある。
それを修得すると攻撃力が落ちないし、熟練すると返って騎乗時の攻撃力が上がっていく。
早いうちに修得するから、槍スキルを道場で上げつつレベル30で騎乗、が普通かな。
ただ君の場合、お金持ってるじゃない。
高レベルの2ndキャラとかに多いんだけど、先に騎乗取って高ランクの騎獣で戦うってのもあり。
騎獣とかペットもレベル上げれば、どんどん強くなるしね。
騎獣を育てるなら、当然スキルの修得は早い方がいい。
まあ、サムライとしての格好を気にするなら、馬かその系統がいいけどね。
普通に移動手段として使うなら、レベルは低くてもいいし」
「ふーん、騎獣か。
でも、あんまり見かけたことないよ」
「この辺りには殆どいないと思う。
元々PT狩りには向かない…… と言うより、嫌われるし。
高ランクの騎獣持ちは、ノンアクティブモンスターばかりを追ってソロ狩りが主流だしね」
「猪もノンアクティブだけど?」
「ここはハエがいるから……
もう少し上のレベルにいる大猿が人気かな」
「それって面白くないんじゃあ…… 」
「だから、2nd以降で手っ取り早くレベルを上げたい人向けだね」
「なるほど…… まあ、俺は普通に槍でいいや」
「そうだね、俺も次は槍を取るし」
「…… 槍戦士になるの?」
「いや、騎士になるためだね。
騎士もサムライと同じように、4つスキル取らないといけないんだ。
片手剣と盾、槍のマスタリーと騎乗だね。
遠距離攻撃はないけど、盾スキルの技で”騎乗盾”を修得すれば、槍と盾を持って騎乗できるし。
まあ、結局は硬さが勝負かな」
「なるほどねぇ」
結局、猪狩りを夕方まで続け、グラッチェはレベル18に、俺は16に上がった。
俺たちは食堂で夕食を取りながら話していた。
「ヨシヒロ、これからどうする?」
「んあ? 俺はこの後、道場で弓スキル上げるし、お前はギルドで会合とか言ってなかったっけ?」
「いや、今日の事じゃなくて、明日以降だよ。
ペアなら明日も猪がいいし、もっと人を募集してPTなら、もっと上の狩場にいけるしね」
「PTって、普通にずっと組んでいくのか?」
「いや、普通は臨時で毎回違うPTを組むんだ。
この町なら、公園の掲示板で募集してるな。
恒久的なPTを組みたいなら、ギルドを作るのが一般的だね。
まあ、ログインする時間がそれぞれ違うから、自然とそうなるんだけど。
これからは、それも変わるかもしれないな」
「なるほど……
でも、そうなるとグラッチェは、今のギルドの仲間と狩りに行けないよな。
別に作るの?」
「いや、うちのギルドは合戦ギルドでね。
通常はレベル80くらいから入れているんだけどね。
司令塔としての位置づけもあるし、多分元のギルドに入り直すかな。
ヨシヒロならレベルさえ上がれば、是非うちに入って欲しい処だけど」
「うーん、グラッチェのギルドなら入ってみたい気はするけど。
ブルームーンライトの件とかあったし、今はそんな気分じゃないよ。
考えるとしてもまだ先の話だな」
「そっか……
それで、明日はどうする?」
「一度PTの募集に、行ってみるのはどうだろう。
集まらなければペアで狩ればいいし」
「じゃあ、そうしよう」
俺は道場で弓を引いていた。
シュパッ! …… キリ、キリリ …… シュパッ!
ん? 技の修得?
「お、弓準備、キター!」
ふむふむ、矢を番えていない弓を引くと…… おお、矢が出現した。
キリリ、シュパッ! キリリ、シュパッ! キリリ、シュパッ!
をを、速い速い。
もちろん刀の回転速度に比べれば遅くはなるが、今までの速度から考えたら驚く程の連射速度だ。
更に熟練度が上がれば、弓を引く抵抗が少なくなって、更に回転が上がるそうだ。
後に覚える”追走矢”という、撃った矢の後から分身の矢が放たれる技を修得したら、まさにマシンガンの如くとか。
明日のPTは弓で行くのも悪くないかもしれないな。
「ふーん、ここが掲示板の公園か、結構人がいるね」
「ああ、公園内なら何処からでも掲示板の情報を、読み書きすることができるから。
わざわざ、あそこにあるオブジェに近づく必要はないよ」
「なるほど、まんまネットのBBSみたいに使えるんだ。
募集のスレ立てる?」
「いや、最初は〆てないスレを見て、俺たちが入れないか確認するんだ。
タイトルで対象レベルとか募集職種が書いてあるから。
ちなみに、対象レベルも書いてない募集スレは、イベントなんかで集めている物以外は無視した方がいい」
「そうなの?」
「立てた人が慣れてないだけの事もあるけど、大抵がトラブルになる」
「そ、そうなんだ」
「後、見つけても、いきなり書き込まずにレスの内容を見て、どういう人たちが集まってるか確認するのも重要だ」
「判断は任せるよ」
「まあ、直ぐに慣れるさ。
あえて早いうちに失敗しておくのも手だが、狙って失敗するのもバカらしいしね。
…… いいのは無いようだね、スレは俺が立てるよ」
「宜しく」
うーむ、PTの募集一つにも色々ノウハウがあるのか。
まあ、グラッチェに任せた方が問題ないだろう。
ん? レスが付いた。
ネタキャラ2名ですが、かまいませんか?
「ネタキャラってどうなんだ?」
「悪いとは決め付けられないな。
通常はネタでPTに入るのはマナー違反ともいえるが、この状況の事もある。
困っているのかもしれない。
それに使えるネタキャラを目指す人もいる。
そう言う人たちは、自分がネタキャラなのを自覚しているだけに、普通よりマナーが良かったりするからな。
もちろん、勘弁してくれってヤツも多いが」
「じゃあどうするんだ?」
「先ずはキャラの特性を聞く」
…… ふむふむ、レベル17で後衛の出来る回復役と、レベル16で攻撃特化の前衛か。
「前衛は間に合ってるんだけどな、最初にそう書いてあるのに」
「でも俺は弓を使ってもいいぞ?
一応、矢は用意しているし」
「うーん、回復役は逃がしたくないんだよね。
まあ、今のレベルじゃ前衛も攻撃特化なら、後衛と同レベルの火力は出せるか。
よし、一応会ってみよう」
「おおっ! おにゃの娘ですよ! グラッチェ先生」
「慌てるな、中の人はいなくても、DQNやスイーツ(笑)、そしてオタクは実在するんだ。
第一、見ろ、彼女たちの格好」
「ネタって…… こう言うことなのか? ちなみに俺は、おKだぞ? 全然」
こそこそと、彼女らを見て囁き合う俺たち。
彼女たちの格好は、一言で言うと、巫女と死神。
黒髪美少女の弓を携えた巫女さんと、銀髪美少女の大鎌を抱えた死神様。
「なあ、このゲームの職って巫女さんあったのか」
「いや、無い。
だからネタなんだろう。
衣装は裁縫技能で作ったんだろうな。
和服を装備できるのは浪人と、そこから派生するサムライと忍者だけだ。
たぶん彼女の職は、お前と同じ浪人だな。
もちろん死神なんて職もない」
「とりあえず声をかけるぞ」
「ああ」
「君たちが、木花知流比売(コノハナチルヒメ)さんとデス娘(デスコ)さんですね。
俺がグラッチェで、こっちがヨシヒロです、よろしく」
「よろしく」
「木花知流比売です、回復魔法と弓を使えます、宜しくお願いします」
「…… デス娘」
俺はグラッチェに目で訴えた。
『デス娘は間違いなくキャラを作ってるぞ!』
グラッチェは目で俺に、こう返した。
『このゲームはRPGだ! だからロールプレイをするのは正しいんだ!』
…… たぶん。
「えっと、木花知流比売さん…… 」
「ああ、名前が長いですよね。
知流、とか知流比売で結構ですわ」
「ああ、じゃあチルヒメさん、君は浪人なんだよね?」
「身分としては、そうなりますわね。
弓マスタリーを道場で得て、浪人の身になった上で、神殿で回復魔法を修得しました」
俺の質問に、彼女はそう答えてくれた。
そんな事もできるのか……
「じゃあ、デス娘さんは戦士?」
「いいえ、この娘は戦士の道場で”長柄武器マスタリー”を修得したシーフです」
答えてくれたのは、またまたチルヒメさん。
「シーフ…… そうか、アサシンになるんだね」
グラッチェの確認にコクリと頷くデス娘。
うん、明らかに作っているね。
まあ、中の人はいないのだから、こういう娘だと納得しておこう。
「戦力的には、俺が後衛に回れば前衛2と後衛2で内1人が回復もできる。
いいんじゃないか?」
「そうだな、じゃあ狩場を決めようか」
決めた狩場はレベル20前後が適正の、通称『北ダンジョン』。
「本当は少し早いんだけど、狩れない事もないからね」
「適正外で入るのは、本当は良くないのですが」
「適正って言っても、俺たちプレイヤーが勝手に、この位のレベルなら美味く狩れるって決めてるだけだし。
PTが崩壊しないように、キッチリ狩れば問題ないさ」
ううむ、熟練者たちの会話だ。
「じゃあ作戦通り、デス娘と俺が前衛でヨシヒロとチルヒメが弓で援護。
後衛のタゲは主に俺が引き受ける。
チルヒメはデス娘の回復優先で。
ヨシヒロ、狼は黒い奴から優先でな」
自然とグラッチェがリーダーみたいになる。
流石はギルマス経験者と言うところか。
ここの敵はイモ虫と毒イモ虫、狼が黒と茶色それから蝙蝠。
イモ虫系がちょっと硬めで、他のが素早いタイプだ。
敵1体を考えるならば、どれも猪より若干、楽に倒せる。
だけど湧く量が、パねぇっす。
「すごいですね、ヨシヒロ。
もう弓準備を修得しているのですか」
デス娘に回復魔法をかけながら、チルヒメが聞いてきた。
「昨日、修得したんだ。
ちょっとスキルの熟練を、優先して上げたんでね」
「私はネタキャラなので、敏捷度も最低なのです。
器用度は最高に上げてますが、殲滅力が違いすぎて申し訳ないですね」
「いやいや、回復魔法を使えるだけでも、充分にありがたいから。
修道士と比べても火力高いし」
「そう言って貰えると救われます」
狩りは順調に進んだ。
デス娘は、黒狼やモンスターの群れ湧きを見ると、突っ込んでいく。
チルヒメはPTの中心で回復しながら、主にデス娘の援護。
グラッチェは俺たち後衛の護衛に専念する。
俺はPTに寄ってくるモンスターを、いち早く退治する。
途中、ダンジョンの外で携帯食を食って、更に狩り続けた。
「ヨシヒロさんは、あまりチャージ・アローとか使わないんですね」
「ん? 弓を狩りに使う事自体が初めてなんだけど、使ったほうがいいの?」
「弓攻撃+や命中率+と言ったパッシブな能力は、弓で攻撃するだけで熟練度が上がりますが。
チャージ・アローやピンポイントと言ったアクティブな技は、それぞれ使わないと熟練度が上がりません。
私はMP(メンタルポイント)を回復魔法で使うので、弓の技は積極的に使いませんが。
そう言う事情が無いなら、積極的に使ったほうがいいですよ。
まあ、道場で熟練度を上げるのもありですが」
何と! じゃあ刀スキルとかのアクティブな技もそうなのか。
「ありがとう、ちょっと使ってみる」
ダッ! ダッ! ダッ! ダッ! …… MPが切れた。
「MP少なすぎて、あんま使えないよ」
「今は少しずつでも、使ったほうがいいと思うのですが。
まあ、これも好みですしね」
「なあグラッチェ、お前も技とか使わないよな、その辺どうなんだ?」
「ああ、実は今日は地味に”ブロッキング”と言う技を使ってたりする。
これはPT内の他人から、タゲを強制的に奪うものなんだが……
昨日はペアでやってたから、その辺りの話題に気が付かなかったな、すまん」
「いや、それはいいんだけど…… そっか、使った方がいいのか」
「あ、いや、一概にそうとは言えないと思う。
刀にしても、弓にしても、もっと熟練度を上げればいい技が出てくる。
特に弓なんかは、追走矢1択と言っても良いほどに、追走矢の技が使い勝手がいいからな。
今、態々他の熟練度を上げても、結局は使わないだろうから…… 」
「あら、チャージ・アローはかなり有効ですよ?
ソロでもPTでも」
「確かにチャージ・アローは敵を弾いてタゲを無効化するから、有効ではある。
ソロでチャージ・アローを駆使してノーダメージで狩る人もいるし。
PTでは後衛に付いたタゲを落とすこともできる。
でも俺やヨシヒロみたいに、精神力を最低値にしているなら。
アクティブの技より、パッシブの地力で勝負した方が…… 」
「MPが少ないからこそ、イザという時に1撃が有効になるように、熟練度を上げて…… 」
「だからこそ、もっと良い技を修得してから、それ1本に絞って熟練度を上げないと…… 」
「いえ、それは高レベルになった人の結果論ですわ、低レベルには低レベルで必要な技が…… 」
「それはそうかもしれないけど、パッシブスキルの地力で充分に…… 」
ああ、延々と口論になってしまった。
何がすごいって、この2人。
論理的っぽい口論を延々と続けながら、的確にPTメンバーとしての役割を完全にこなしていく。
グラッチェはPTの壁として後衛を着実に守り、チルヒメは回復と援護を効率的にこなす。
彼らのプレイヤースキルは、見習うべきものがたくさんある。
でも狩りが終わって夕食の時も、議論し続けるのは勘弁してほしいかも。
ちなみに、デス娘は無言で黙々と夕食を平らげる。
…… 彼女も只者ではないな。