俺は最近PKに悩まされている。
しかも俺だけを狙った悪質なやつだ。
でもゲーム内からは、運営に連絡して助けてもらう事はできないし、キャラの変更もできない。
自分で何とかしろって事だな。
俺は考えた。
ヤツのモラル改善に期待が持てない以上、ヤツの恨みから来る情熱を冷ましてやるしかない。
ヤツが飽きるまで殺され続けてやればいいのだ。
俺はヤツが、さっき俺を殺した毒蜘蛛の森まで戻って行った。
「もう戻ってきたぞ?
無駄だったな、いや、歩いた分疲れたかもな、ご苦労だったな」
ヤツを挑発してやった。
「じゃあ、もう一回戻ってこいよ」
ハイ、また殺された。
だが、これはもうヤツからの攻撃と言うだけの事ではない。
ここから先は、俺とヤツの根競べなのだ。
俺は何回も戻ってヤツの目の前に現れる。
ヤツは俺を切り殺す。
分の悪い勝負になるが、レベル差がある以上は仕方ない。
日が暮れる頃、漸くヤツは言った。
「今日はこれくらいにしておいてやる。
けど、これで終わりじゃない。
判ってるよな、明日も今日と同じだ。
お前はもうレベルを上げる事はできない」
「バカか?
ここに居る以上はお前もレベル上げできねぇって。
それとも蜘蛛狩って上げるつもりか?」
「バカはお前だ。
いいか? この世界にはもう人は増えない。
今いるヤツらが新しいキャラで1から始める事も無い。
お前と同じタイミングで始めたヤツは何人かいただろうさ。
でも、この10日くらいで完全にお前は置いていかれたぞ?
お前が追いついて、PT組んでもらえる様になるのはいつになるかな?
もちろん、まだまだ差は開くぞ!
俺が飽きて普通に狩り始める頃には、お前みたいな低レベルは誰も相手にしてくれないよなぁ」
確かに、他の人たちとは差が付くだろう。
だが結局は目の前のバカが諦めない限りはどうしようもない。
俺は精一杯の嫌味を言うくらいしかできない。
「確かに時間はかかるだろうさ、でも俺は時間さえかければ取り返せる。
お前がギルドを放逐された事は、何時間かけようが取り返しはつかないけどな」
「…… じゃあ、また明日な」
そして俺はまた斬られた。
それから2日が過ぎた。
正直あまり考えてなかったが、ゴブリンを狩ってた頃は結構周りに人がいた。
今、同じように蜘蛛を狩ってる人はあまりいない。
それに俺の事を見かねてオリジンに注意してくれた人もいたようだが、斬り殺されたそうだ。
これでは周りの人も遠のいていくだろうと思ったが、とばっちりで斬られた人の中に、かなり影響力の強い人が居たようだ。
夕食の時に俺は声を掛けられた。
「なあ君、オリジンに斬られてた浪人だよね」
「ん? ああ、そうだけど」
「いや、俺さ、レベル16の戦士でグラッチェって言うんだけど。
あいつが君を斬ってるの見て注意したらさ、俺まで斬られちゃったよ」
「災難だったね、俺はヨシヒロ、レベルは12」
「とりあえず、俺の1stキャラが作ったギルドの仲間に、仇を討ってもらったけどね。
で、あいつの居たブルームーンライトの連中に話を聞いたんだけど、君もすごい災難だね」
「そうなんだよね…… どうしたらいいのか」
「とりあえず、仲間にあいつの噂を流して、高レベル帯の皆からハブにしといたから。
今は直接君を助ける事ができないけど、あいつが諦めたらレベル上げくらいは力になれるよ」
「ありがとう」
いつのまにか、俺は泣いていた。
案外、俺の心も折れかけてたのかな。
「でも高レベルの人たちからハブにするなんて、できるの?」
「これでも影響力の高いギルドのマスターだったんだよね。
まあ、廃人なんて自慢にならないけど。
それに、まさか作り直したばかりのキャラで、こんな事になるなんてね」
「なるほど、それも災難だね」
「どうだろう、フレンド登録してくれないかな?
レベルも近いし、オリジンの件が済んだらPTでも組んで狩ろうよ」
「ありがとう、いつになるか判らないけど、決着が付いたら連絡するよ」
次の日も俺とオリジンの戦いは続いた。
「貴様! どう言うつもりだ! 低レベルのくせに、廃人なんか雇いやがって!
俺をPKするとか! 俺の経験値は低レベルのお前と違って…… 10%がどう言うことか、判ってんのか!」
「だから、自業自得って言葉を調べろよ、辞書でも引いて。
あー、辞書無いか」
多分、殺ったのはグラッチェのギルド仲間だろう。
まあ、一々教える事もないか。
その日も夕方までPKの繰り返しが続いた。
「よお、大変だな、頑張れよ!」
「ありがとー」
俺は昨日辺りから、知らない人から励まされる事が多くなった。
”毒蜘蛛の森での粘着PK”は結構有名になっているらしい。
…… あれ?
食堂に行く途中で、自分の所持品にアイテムが増えている事に気が付いた。
これは……
「よ、お待たせ」
「すまない、グラッチェ、昨日の今日で呼び出したりして」
「気にするなよ、それで相談って?」
「実はレアっぽいアイテムを手に入れたんだ。
”弱者の呪い”って言って、1ヶ月以内に同じ相手から100回以上PKされると出るらしい」
「へえ、初耳だな。
どんな効果なんだ?」
「うん、このアイテムを使用後、更に同じ相手からPKされたら、相手にペナルティーが課せられる」
「いいじゃないか、使っちゃえよ」
「それが……
アイテムの説明には、相手のステータスを全て初期化した後に、3ヶ月間アカウントを停止します。
って書いてあるんだ。」
「ステータスの初期化って、レベルが1になってスキルもスロットごと全消し?
キツイな…… でも同じ相手に1ヶ月で100回のPKなんて、自業自得だしな」
「それにステータスって事は、ゴールドや装備品もロストかもしれない」
「所持品全て…… どころか銀行内のアイテムと金、全てをロストしたって適正だと思うね」
「でも、それ以上に問題なのが、アカウント停止って事なんだ。
通常ならゲームが出来ないだけって事で済むんだけど…… 」
「…… なるほど。
でもさ、削除じゃなくて停止なんだから、消えはしないんじゃないかな。
今でも1週間毎に周りが暗くなって、時間が飛ばされるじゃないか。
あれは多分定期メンテナンスだと思う。
多分使えば、PKされた瞬間にオリジンは一時的に消えると思う。
でも3ヵ月後にレベル1の状態で復活するだろう。
オリジン自身は、自分が3ヶ月消えた事を認識できないんじゃないかな」
「使ってもいいものかな…… 」
「俺は彼自身に罰を与える為にも、使うべきだと思うね。
君をPKしている彼の言葉を聞くだけでも、彼自身が考え違いをしているのが判る。
ハッキリ言って、彼の今後の為にもこれくらいの罰は必要だよ」
「でも今の俺たちには、この世界はゲームじゃない。
現実の世界として見たときに、これまでの全てを失わせる事がどれだけの事か……
正直デスペナの-10%、それもレベルが上がった後の10%を失うだけで、結構きついのに」
「それを彼は強制的に君に課した。
一方的な言い掛かりで、だ。
100回以上だ。
…… こう言う言い方は卑怯かもしれないけど、決めるのは君だ。
でも俺なら使うね」
「判ってるんだ、本当は。
多分、使わなければ明日も明後日も、ヤツはPKを続けるだろう。
今使わなければ、いつか俺は衝動的に使うと思う。
だから、俺は自分で決断して使う事にする」
その後、俺たちはブルームーンライトのギルドアジトへと向かった。
グラッチェが言うには、追放したとは言え長い付き合いのあった連中だから、話を通しておいた方がいいと言うのだ。
例え彼を嫌う者がいたとしても、彼が長くギルド内に居たということは、仲のいい相手もいた筈である。
今回のペナルティーは厳しいものになるので、逆恨みがないとも限らない。
と言うより、オリジンは間違いなく恨むだろう。
その上で仲がいい相手と組まれたりしたら、反って面倒な事になりかねない。
そこで元ギルドの承認も得ておくことで、ギルド員も周知の事としておくのだ。
ヤツのギルド外の繋がりまでは判らないが、そこまでは仕方ない。
この訪問も、あくまでも念のためなのだ。
「ちょっとさ、流石にキツくない?」
「でもさ、ヨシヒロだっけ、彼は明らかにとばっちりじゃない、使ってもいいと思うよ」
「自業自得だな」
「死ぬ訳じゃないしさ、そっちのグラッチェってメルスィーの中の人と同じ人なんだろ?
俺、彼女のファンだったのに男だったの? ちょっとショック…… てのは別にして。
彼? だってレベル1からやり直しなんだし、他にもメインキャラじゃないやつなんて幾らでもいるだろ。
別にレベル1に戻ったって、やり直せばいいんだよ」
「つっても、別キャラで1からと育てたのが無になるのは違くねぇ?」
「だからヤツはそれだけの事をしてんだろ?
そこのヨシヒロ君にさ」
ブルームーンライトの人たちも意見が割れている。
元々オリジンを嫌ってたと言う、女の子たちから否定的な意見が出ることもある。
人数が多いせいもあるが、纏まりそうにない。
するとマスターの真九郎さんが口を開いた。
「みんな聞いてくれ、ヨシヒロ君は最初にアイテムを使うつもりだと言っている。
つまり使うのを前提として、承諾を取りにきたと言う事だ。
本来、俺たちはギルドの総意でオリジンを追放した訳だし、承諾云々を言い出せる立場ではない。
にも関わらず、彼がアイテムを使う前に知らせてくれたのは、純粋に彼の厚意からだ。
俺は彼がアイテムを使うと判断したのだから、それに従うべきだと思う。
それだけじゃない。
俺は弱者の呪い、などと言うアイテムは聞いたこともない。
もちろん今回の様な粘着PK自体、あまり聞かない事態だが。
俺はこのアイテムを、運営がヨシヒロ君の為に用意した救済策ではないかと思っている。
もちろん、運営側が俺たちをテストケースとして観察していると仮定して、だ。
例えそうでなくても、アイテムが用意されていると言う事は、それが運営側が考える相応の罰と言う事だ。
と、俺は考える」
これで情勢は一気に決まりつつあった。
だが、ここでアッシュさんが口を開いた。
「待ってくれ。
確かに真九郎の言ってる事は正しいと思う。
しかしオリジンも、ずっと俺たちの仲間だった。
自分たちで追放したとしてもだ。
理屈では理解しても、感情が納得できないこともあるだろう。
そこで1度だけチャンスをやって欲しいんだ、彼に。
確かに彼は、空気の読めないヤツだ。
女性陣からは元々敬遠されてたし、男にだって毛嫌いするヤツはいる。
俺も正直に言えば好きじゃない。
でも、あそこまで曲がってしまったのは、ログアウトできなくなった事件の影響も大きいのではないだろうか。
もちろん、だからと言って、彼がヨシヒロ君にした事は許される事じゃあない。
だが、そのアイテムの効果は大きすぎる様にも思う。
だから1度だけでいいんだ。
もしそれで彼が改心するのであれば、彼に相応の保障を払わせて終わりにしたい。
彼が改心しないときは、アイテムを使ってくれてかまわない。
その時はギルドの総意として、アイテムの処置に承諾したと思ってくれてかまわない。
どうだろう、真九郎、ヨシヒロ君」
「その、具体的にチャンスとは、何を指してるんですか?」
「俺と真九郎で、もう一度だけ君と一緒にオリジンと会う。
話をして解決できれば、それが一番いいんだ」
「だったら、もうアイテム使ってもいいんじゃないの?
効果が現れるのは、ヨシヒロがオリジンにPKされた時だけだし。
オリジンが本当に改心するのなら、使っても影響はないよね」
そう言ったのはグラッチェ。
彼はオリジンに制裁を加える気、満々だ。
「…… 判った。
ヨシヒロ君にはアイテムを使ってもらうが、明日の朝は俺とアッシュが彼に付き添う。
そこでオリジンと会って説得する。
出来なかったら、オリジンの自業自得と判断する。
これをブルームーンライトの総意とする。
ヨシヒロ君、いいだろうか」
真九郎さんの言葉に俺は頷いた。
「皆も意見はないな!」
ブルームーンライトのみんなも納得したようだ。
「…… ごめんなさいね、元々は私が原因なのに。
まさか100回以上も貴方を殺すなんて……」
「いや、シークレットさん、もうこれは俺とオリジンの問題だから、気にしなくていいよ。
それに、どう転ぶにしろ明日で解決するし」
そう、オリジンがPKを諦めるもよし、諦めなければ3ヶ月後にはレベル差が逆転しているので、PKされなくなる。
まあ3ヶ月、俺がサボってれば別だが。
「ヨシヒロ、明日は俺も付いて行くよ。
顛末は知りたいし、どうせ解決するなら、そのままペア狩りでもしようぜ」
「ああ、ありがとうな、グラッチェ。
ずいぶん骨を折ってもらって」
「気にするなって」
翌日、食堂で待ち合わせた俺たちは、弱者の呪いを使用して、毒蜘蛛の森へと向かった。
「なあ、アッシュ」
「ん?」
「お前、オリジンの事を嫌ってたと思ってたけど、そうでもなかったんだな」
「いや? 嫌いだよ」
「…… じゃあ何で最後のチャンスをやるんだ?」
「チャンス? お前オリジンが改心して反省するとでも思ってる訳?」
「…… いや、在り得ないけど。
じゃあ何で?」
「言ったろ? 頭で判ってても感情はそうじゃないって。
昨日は元々アイツを嫌ってたヤツらでさえ、アイテムの罰が厳しいって言ってたんだぞ?
そのまま使ってたら、ヨシヒロ君に蟠りを持つヤツが出るかもしれない。
それ処か肯定したヤツらと否定したヤツらで、揉めないとも限らない。
もう嫌だろ? オリジンの事でゴタゴタするのは」
「…… お前、本当に嫌ってたんだな」
…… 何か真九郎さんとアッシュさんの会話が、黒く聞こえるのは気のせい?
「そういえば、グラッチェ」
「ん?」
「お前、1stキャラって女だったの?」
「ああ」
「て事は、中の人は…… 」
「ヲイヲイ、俺らにはもう、中の人なんかいないだろ?」
「…… そうだったな」
でも、中の人と性別が違った人たちは…… 災難だな。
俺たちの会話を聞いて、真九郎さんとアッシュさんも話題を変えた。
「なあ、アッシュ」
「ん?」
「今回の原因ってシークレットだったよな」
「そうだな」
「彼女の中の人って…… 」
「中の人などいないさ」
「…… そうだな」
そんなこんなで森に着いた。
「おい、今度は真九郎とアッシュを連れて来たかよ」
オリジンは俺たちが近づくなり、そう言った。
「オリジン、もうバカな真似はやめるんだ。
お前がこんな事したって、何にもならないんだぞ。
前にも言ったが、彼とシークレットは関係ないんだ。
大体、お前は町で噂になってるんだぞ。
これ以上やっても、自分の首を絞めるだけなのが何故判らない」
真九郎さんは真剣に、オリジンを止めようとしている。
「オリジン、ヨシヒロ君に謝るんだ。
いいか? 俺たちはお前の為に、間を取り持とうと来たんだ。
今ならまだ取り返しがつく。
今まで彼の邪魔をしていた分は、何らかの別の形で保障すれば許してくれると言っている。
とにかく今は、誠心誠意謝るんだ」
…… アッシュさんは完全に挑発モードだ。
「ふ・ざ・け・る・な!
お前らはもう、ギルマスでも副マスでもねぇんだ!
お前らが追放したんだからな! 俺を!
お前らなんか、今更のこのこ来た処で、何の意味もねぇんだよ!
死ね!」
そして俺は斬り殺された。
噴水の前に戻った俺は、また森へ向かった。
「…… どうなりました?」
「おかえり。
君と同時にオリジンも消えたよ。
次に会えるのは3ヶ月後だね」
「じゃあこれで俺たちは帰るよ。
オリジンの件は、結局君に丸投げする形になってしまったな。
せめてもの後始末だ、アイツが3ヵ月後に戻ってきたときに、俺たちの方で経緯を説明しておくよ。
何かあったら、いつでも訪ねてくれ、代わりと言うわけではないが力になるよ。」
「ありがとう」
2人は帰って行った。
「ヨシヒロ、それじゃあPT組もうぜ」
「ああ、そうだな」