さて、転職も一応は無事に済んだし、所持金も減ったし、狩りにいこうかな。
「まあ待て、まだあわてるような時間じゃない」
ネタか? NPCのクセにネタか?
俺を止めたのは道場主のNPC。
「お主には、この道場の使い方を説明しておらん。
折角400Gも払ったのだ、存分に使い倒すがよい」
「と、言うと?」
「先ずスキルの熟練度を上げる方法に付いてだが、使えば使うほど上がると思っていればいい。
刀の場合は斬れば斬るほど、弓の場合は射れば射るほど熟練度は上がる。
敵の強さに関わらずな。
つまり自分より極端に弱い敵を多く狩る事が、効率の良い熟練度の上げ方と言うものだ。
しかし、それにも問題がある。
弱い敵は簡単に倒してしまう為、充分に湧いていても瞬く間に殲滅してしまうだろう。
多くの敵を倒すには、多くの敵を見つけねばならん。
かと言って、倒すのに時間がかかるような敵は命が危ない。
そこで道場だ!
道場に備え付けられた案山子は幾ら斬っても倒れず、反撃もしてこない。
道場の庭にある俵に矢を射掛けるのもよい。
道場内では矢も無料支給しておる…… 外には持って行けないがな。
唯一の欠点は、経験値が上がらないことだが、些細な事だ。
なぜならば、スキルの熟練度が増すことで、同レベルでありながらも格段に強くなれる。
つまり、その後のレベルアップが格段に楽になると言うことだからな」
なるほど、確かにノーリスクで実力を上げる事ができるのはいいな。
サムライ…… と言うか、浪人の場合は刀と弓だけでなく、槍や騎乗のスキルも上げないといけないしな。
今日は転職で1日潰すつもりだったし、所持金も0になった訳じゃない。
このまま案山子を殴って、今日1日潰すかな。
俺が空いている案山子を殴っていると、隣の案山子を斬っていたサムライが声を掛けてきた。
「よー、無職の格好して、転職したばかりか?」
「あー、昨日レベル10になったばっか」
「災難だな、1stキャラは何レベルだったんだ?」
「いや俺、始めたばかりで、これしかキャラ持ってないし」
「何? マジ初心者か。
じゃあ始めたばっかで、こんな事に巻きこまれたんだな」
「ああ、始めた日に…… ね」
「…… じゃあさ、これやるよ」
そう言って何かを空中から取り出すようにし、差し出されたのは濃いこげ茶色をした服。
「これさ、浪人時代の装備なんだけど、サムライになったら着ないし。
中古っつっても、装備外したら新品同様だしな」
「え? いいの?」
「本当はさ、今のキャラ作り変えようと思って取ってたんだけど、要らなくなったしな。
未練になっても嫌だから、やるよ」
「ありがとう」
早速、俺は装備してみた。
おおおっ、こげ茶の和服は正に素浪人を思わせる姿に変身した。
「いいな、これ」
「それはサムライになるまで使えるから。
サムライになっても着る人いるけど、普通は上級装備に換えるしな。
じゃ、がんばれ」
そう言って彼は去っていった。
次の日、俺は午前中いっぱいをトカゲ狩りに費やした。
レベル10に成った上に刀スキルがあるから、トカゲも1撃で屠れる。
定石通りならば次は蜘蛛狩りなのだが、レベル10から先はデスペナがあるので、なるべくなら死にたくない。
俺は午前中で充分な生活費を稼いだので、午後からは道場で弓スキルを上げる事にした。
最初に払った400Gで刀と弓の稽古は無料なので、しばらくはレベルよりもスキル上げを重点的に行うことにした。
弓スキルの練習をして感じたのが、当たり前の事だが、矢を番える、弓を引く、放つ、と3段階の動作がいる。
流石に弓道の如く、足踏みから残心まで8段階などとは言わないが、矢筒から矢を取り出して番えるだけで時間がかかる。
これでは素人に連射など無理すぎる。
あれ? 弓職はソロがしやすいって情報だったはずなんだが。
…… ちょっと隣で練習している女の人に聞いてみよう。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん? 何?」
「弓って、矢を用意するだけで結構時間食いますよね。
連射できないからソロは無理なんですか?
それとも1撃で倒せるやつのみ狙うとか…… 」
「ああ、弓スキル取ったの初めて?
弓は熟練度が上がると”弓準備”って技を取得するんだけど、弓を引くだけで自動的に矢が番えられるの。
熟練度が上がればマシンガンみたいな攻撃も、できる様になるから問題無いわよ」
「ありがとう。
その弓準備はどの程度のレベルで覚えるの?」
「んー。
道場でのスキル上げとかあるから一概には言えないけど、30前後が普通ね」
「…… 弓職は後衛ではソロが楽な方と聞いてたんだけど」
「だから30超えた頃から凄く楽になるわよ。
魔法職に比べたら低レベルでも全然楽だし、特に回復職のソロなんて……
それに弓職は、レベル50近くになるとPTでも最強クラスの攻撃力を持つようになるし。
…… 難点と言えば魔法職は低レベルからPTを組めるけど、弓職は20過ぎまで需要がない事かしらね」
「つまり低レベルの弓職は罠ってことでFA?」
「いやいや…… 貴方、本当に初心者なのね。
例えばハンターは、犬とか狼とかのペットが持てるから、その仔たちを前衛にして狩ったりできるわ。
ペットだけで狩る人もいるくらいだし。
レンジャーは、最初は殆ど魔術師と変わらないし。
そうやってレベルを上げながら道場にも通って熟練度を伸ばすの。
それにレベル20を超えるくらいから、属性の付加された矢を使っても赤字にならなくなるし。
そうなったらPTに入っても魔術師と同じくらいの効率は出せるから。
第一このゲーム…… この手のゲームは大体そうだけど、ある程度レベルが上がってからが本番だしね。
それに30くらいまでは簡単に上がるし」
「弓が本職って言うアーチャーは?」
「アーチャーは、弓に関しては本当に優遇されてるのね。
属性の付加された矢を、普通の矢と同じ値段で購入できるから、初めから高効率で狩れるの。
ちゃんと属性の優劣を考えれば、普通の矢で狩るより2~3レベル高い敵を狩れるわ」
「…… じゃあ浪人は?」
「大人しく刀でレベルを上げることね。
弓のスキルは只管、俵を撃ってなさいな」
「…… そうします」
その日、俺は夕飯まで俵を撃ち続けた。
翌日、俺は朝飯を食うため、いつもの食堂へと入っていった。
「…… 今日は込んでるな」
他の人と相席になって座ってみると、道場で昨日、俺に弓職の事を教えてくれた人だった。
「あら、昨日の…… 奇遇ね」
「昨日はどうも、勉強になりました」
「貴方初心者なのよね、レベルいくつ?」
「今10だけど」
「? 10なのに浪人の服を持ってるって事は1stキャラじゃないの?」
「いや、これは俺が初心者って事を知った、親切な人から貰ったんだ」
「ああ、なるほど…… そうそう、名前も言ってなかったわね。
私はシークレット、レベル62のスカウトよ」
「あ、俺はヨシヒロ、見た通りの浪人」
ここに来て漸くキャラ名が出てくるとは……
「それで、スカウトってどんな職なの?」
「能力的には弓が使える盗賊ね。
このゲーム、複数のギルド同士が東西に分かれて戦う、合戦ってイベントが毎週あるんだけど。
それに参加するには城に仕えていないとだめなの。
で、盗賊職に就いたキャラが城に仕えるには、弓マスタリーを取ってスカウトになるしかないの」
「ふーん、じゃあその合戦に出る為にスカウトになったんだ」
「入ってるギルドで合戦やろうって事になってね」
そんなこんなで、彼女の合戦話を聞きながら朝食を済ませていった。
まあ、彼女は俺にとって最初のフレンド登録をしてくれたので、ちょっと嬉しかった。
さて、トカゲ狩りでもやりますかね。
俺は昼食を挟んで夕方まで木刀で狩りをし、夕食後に弓スキルを伸ばす為に道場へ通う事にした。
昨日、午前中も狩りをしていたので、今日は早い段階でレベルが11に上がった。
「おお、11になった。
どうするかな、蜘蛛に行ってみるかな、行くとしたら毒消し買わないとな…… 」
俺がもう少し安全マージンを取るか悩んでたとき、声をかけられた。
「おい、お前、低レベルのくせに生意気なんだよ」
…… は? 何言ってんの? コイツ。
え? ちょ?
声を掛けて来た男は、いきなり剣を振りかざして……
PK(プレイヤーキラー)だ!
はっきり言って、装備からして高レベルな男と、レベル11になったばかりの俺では、勝負になるはずも無い。
一撃で斬り殺されてしまった。
何なんだ。
「いいか、低レベルの分際でシークレットにチャラチャラ近寄るんじゃねーぞ!」
…… ナニソレ。
正直、理解できなかった。
確かに、彼女とは一緒に朝飯を食ったが、偶々相席になっただけた。
レベルが上がって直ぐなので、デスペナは考えなくても良いが、いきなりPKは無いだろ。
ちなみにデスペナは経験値-10%。
これは、レベルが上がる度に経験値は0に戻るので、レベルが上がって以降溜めた経験値の10%という意味。
先ほどの場合、レベルが上がって直ぐなので、繰り越した僅かな経験値の1割が消えたと言う事だ。
シークレットさんの彼氏だか何だかは知らないがムカついたとは言え、大した被害でもないので放っておく事にした。
俺は岩場に戻ってトカゲ狩りを再開する事にした。
流石にもうアイツはいないだろうし、このまま蜘蛛狩りに変えると逃げたみたいで嫌だったからだ。
「お前、目障りだって言ってんだろうが!」
まだ居たよ、アイツ。
「何なの? お前、バカなの?」
俺もちょっとアツクなって、挑発的に返した。
その瞬間、また斬りやがった。
何なんだあいつは。
流石に今回はシークレットさんに連絡を付けた。
事のあらましを彼女に話し、アイツは何がしたいのかと。
彼女に当たるのは筋違いかもしれないが、原因がアノ男と彼女らしい事は確かなのだ。
「ごめん、格好とかで大体検討付くけど、ソイツうちのギルメンだ」
「何なのアイツ、彼氏?」
「いや、全然違うから。
て言うか、正直イヤなヤツなんだよね。
ギルドの先輩で、私よりだいぶレベルが上なんだけど、押し付けがましいっていうか……
いつも上から目線で、何々してやるよ、とか言うタイプ。
実際、ギルドの女子メンには総スカン喰らってんだけど、本人気付いてないし。
でも今の話だと、私狙ってんのかな、まいったな……
とにかく、こっちで何とかするよ、迷惑かけてごめんね」
つまり、アイツの独りよがりか。
とことん迷惑なヤツだな。
「いや、そう言うことなら君のせいじゃないし。
つか、俺じゃ何もできないけど、ギルメンとかに相談して対応した方がいいかもよ。
今回は俺だったけど、他にもあるかもだし」
「うん、ありがと、とりあえず何とかするから」
今日は大人しく、弓スキルでも上げておくか。
明日には解決してるだろ。
いや、頑張ったね、俺。
新しい弓マスタリーの能力”弓攻撃+”を修得した。
弓での攻撃時に、攻撃力が追加修正される能力だ。
熟練度を上げていけば、どんどん弓の攻撃力が強くなるって事だな。
尤も刀の場合は初めから”刀攻撃+”が付いてたりするが。
まあ、明日は普通にトカゲを狩ってれば、刀スキルの能力も増えるだろう。
翌日、俺がトカゲを狩っていると、またアイツが来やがった。
「お前! シークレットにチクリやがったな! ふざけんじゃねぇぞ!」
「おいおい、ふざけてるのは、お前だろ?」
「俺は彼女がギルドに入った頃から、面倒みてやってたんだ!
何でお前みたいなのが、後から来て一緒に飯とか食ってんだよ!
大体、トカゲとかと遊んでるお前が彼女に近づくとか!
迷惑なんだよ! 彼女に悪いと思わないのか!」
ごめん、誰か通訳してくれ。
「結局何が言いたい訳?」
「2度と彼女に近づくんじゃねえって事だ!」
「お前、自分が彼女に嫌われてるって理解してないの?」
…… また殺されたよ。
さっきまで頑張って溜めた経験値が、パーって言うのは堪える。
仕方ない、毒消し薬を買って蜘蛛を狩りに行くか。
やって来ました、毒蜘蛛の森。
…… デカイな。
トカゲもデカかったけど蜘蛛もデカイ。
デカイ蜘蛛はグロイし怖い。
でも勝てる筈だよな。
ええい! 叩け! 叩け!
む? 後ろを向いた…… 逃げるのか?
うわっ! 何だこの液体!
あ、毒か。
毒消し、毒消し。
でも判ったぞ! 敵が後ろを向いたら、横に回って叩けばいいんだ。
蜘蛛も、森の奥に進まなければ数は少ない。
今日は入り口付近で少しずつ狩ろう。
「見つけたぜバーカ! お前みたいな低レベルの狩場は先刻承知だっつーの!」
こっちにも来たのか……
「バカはお前だ」
……またデスペナだよ。
しょうがない、またシークレットさんに相談するか。
「なあ、結局どう言う対応した訳?」
「ホント、ごめん。
今ギルドのマスター呼んでるから、何処かで話しましょう」
「んー、でもアイツ、どっかで見てんじゃね?」
「そうね、部屋でも借りようかしら…… 」
俺たちは彼女のギルドマスターと副マスターを入れた4人で、宿屋の1室で会議を開いた。
宿屋の部屋が模様替えで会議室になるとは……
「俺がギルド、”ブルームーンライト”のマスターで真九郎、こっちが副マスターのアッシュvだ。
この度は、うちのギルドメンバーのオリジンが迷惑をかけて、本当にすまない」
アイツの名前はオリジンと言うのか。
「アッシュvだ、アッシュと呼んでくれ」
「よろしく、ヨシヒロです。
正直、貴方たちを責めても仕方ない事は理解しています。
ただ、対応は取れないんだろうか。
実際、昨日から4回もPKされて、狩りにも満足に出れないし。
あの男がどういう心算かしらないけど、こっちはゲームから離れる事も、キャラを変える事もできないからね」
「実は俺たちも、今日この事を聞いたばかりで、正直対応に困っている。
実際、ギルドマスターと言っても、権限はギルドの除名くらいしかないし……
それでは問題の放棄にしかならない」
「ごめんなさい、私が昨日のうちに相談していれば…… 」
「いや、シークレットがどんな対応をしたかは知らないが、どの道いっしょだったと思う」
うーん、困った。
確かにギルドマスターと言っても、同じプレイヤーでしかない。
話し合いで解決できなければ、決別するしかない。
ゲームの仕様上PKを許しているのだから、防ぐ手段は敵より強くなるしかない。
…… 無理だって。
それから暫くの間、俺たちは話し合ったが結論は出ない。
「結局アイツのモラルとかマナーとかを、どうにかするしかないんだよな…… 」
しばらくの沈黙の後、アッシュさんが口を開いた。
「こっちから出来る最大の対処は、因果を含めた上での追放と言う事になる。
それから、こういう問題では無いのだろうが、君には迷惑料として10000Gを払う」
「おいアッシュ、それは問題の放棄にしかならないと言っただろう」
「それじゃヨシヒロ君に問題を押し付ける事になりますよ、アッシュさん」
2人とも反対してくれたが、これ以上有効な処置を取れないのも理解できるしな。
「いや、アッシュさんの言うとおり、俺もそれ以上は無理だと思う。
お金は申し訳ないけど、ありがたく頂きます。
多分しばらくは狩りに出られないでしょうから。
しばらく道場に通って、町の外にでなければ、アイツも諦めるだろう」
俺は1週間ほど道場通いを続けた。
その間、オリジンは現れなかったので、流石に諦めたかと狩りに出る事にした。
まあ、スキルの熟練度は、刀・弓共に上がったので、無駄にはならなかったから良しとするか。
お、流石に道場通いの成果が出てるな。
1週間前と比べて蜘蛛に対する攻撃力が、かなり上がっている。
まあ、1週間もあればレベルも3つ以上は上がってただろうけど、さらに高レベルになったら地味に効いて来るはず。
俺は夕方まで狩りを続けて……
をを、やっとレベルが12になったよ。
さて、今日は夕飯を食って道場で弓スキルを上げるかな。
「…… 見つけたぞ、貴様がっ! 貴様のせいでギルドから追放されたんだぞ!」
ああ、オリジンだ。
「許さねぇからな! 絶対にだ!」
「なあ、お前、自業自得って知ってるか?」
「ふざけんな! 全部貴様のせいだろうが!」
おそらく真九郎さんたちは、充分この男に言い聞かせたはずだが、反って恨みを募らせたんだろうな、この調子じゃ。
「で、何がしたいんだ?
PKなんかやっても、低レベルの俺じゃあ直ぐに取り返せるし、意味ないぞ」
「毎日だ! 毎日見つける度に殺してやるよ!
そうしたらお前はレベルが上がらなくなる。
意味はあるだろ?」
そしてヤツはまた俺を殺した。
これ以上はシークレットさんやブルームーンライトの人たちを頼っても迷惑になるだけだな。
その為の10000Gだったんだろうし。
何か対策を考えないと。