「現在、プレイヤーの皆様がログアウトして後、一週間が経過しております。
メンテナンス時に行った調査の結果、皆様のデータを残す事が決定されました。
これはゲームの基幹部分に影響を及ぼさずに、皆様のデータを消去する事が困難であるとの結果を踏まえての処置です。
尽きましては、本コンピューターのテスト領域を、皆様の活動区域として開放いたしました。
本ゲーム稼動中は、皆様もプレイヤーと同様にゲームの中で生活していただけます」
一週間経った?
さっきメンテナンスのアナウンスがあったばかりじゃないか。
とにかく、町の中に入ってみよう。
俺は町の中心である、噴水の所に来ていた。
ここは人が多く集まる場所だけに、何か情報が入るかもしれないと思ったのだ。
いや、後になってそう結論付けただけで、ただ人の多いところに来たかっただけなのかもしれない。
ん? 人がいきなり現れた。
ここは”帰還の扉”の魔法で、始まりの町を指定した時に戻る場所だから珍しくは無い。
今、続々と人が増えているのも、慌てて町に帰っているプレイヤーたちだろう。
プレイヤー? 運営が言う事を信じれば、俺たちはプレイヤーじゃないんだっけ。
バグで出来た、ただのゴミデータってか……
その帰ってきた人たちに声を掛ける人がいる。
「なあ、お前ら死に戻り?」
「ん? いや、扉で帰ってきた」
「なあ! 誰か死に戻りいるか?」
…… ああ、なるほど、ここはゲーム内で死んだ時に、この町をホームに指定している人が戻る場所でもある。
死に戻りの人がいたら、デスゲームではないって事だ。
「ああ、俺さっき死に戻った。
一週間経過したってアナウンスの後に死んだから。
運営が言うのが本当か嘘かは知らんが、デスゲームじゃないんじゃね?」
「そ、そうか」
そうか、死んでも生き返れるって事か。
「安心してどうするんだよ、もし運営の言うのが本当なら、死ねないって事じゃん。
ゲームだから年も取らないし」
「…… 何? ゲームの中で不老不死とか、そんなオチ?」
「不老不死? こんな問題起こしたクソゲーとか、直ぐに運営停止すんじゃね?
そしたら俺らも消える事になるだろうな。
ま、アナウンスが事実ならな」
2人の話を聞いていた人が、話に割り込んできた。
「なあ、問題起こしたっつーけど、もし話が本当だと過程してだ。
ログアウトしたプレイヤーは、普通にログアウトしたと思ってんだよな。
もしかしたら仲間内と話して不審に思うやつが居ても、実際にはログアウトできてる訳だし。
運営が沈黙したら無かった事になるんじゃねーの?」
「…… だとしても、1年か2年寿命が延びるだけだろ。
いや、実際は俺、信じてないし。
ありえないだろ?」
「でもさ、ログアウトできないのは事実じゃん」
「知らねぇよ、運営に言えよ」
確かにその通りだ。
みんな色々と集まって話をしている。
同じギルドやPTで会った友達同士だろうか。
まったく初心者の俺には、輪に入り辛いな。
「もういや!。
自分が自分じゃないなんてありえない!
死んでやる!」
女の子が叫んでる。
パニックになったのかな?
隣にいた男が宥めている。
「落ち着けよ、このゲーム自殺なんてできないんだから」
「じゃあ貴方が殺してよ!」
「町中じゃあPKだって出来ないだろ?」
「だったら町の外でやればいいじゃない!」
哀れ、引っ張っていかれる男の人。
暫くして、死に戻って来た彼女は、噴水の前で泣いていた。
発作的に爆笑する人もいたが、俺にはちょっと笑えないな。
俺は居た堪れなくなって噴水を後にした。
…… 腹が減った。
このゲーム、腹が減るし、眠くなるんだよな。
とりあえず食堂に行くか。
「流石に混んでいるな」
「ごめんなさいね、お客さん、相席でいいかしら」
ウェイトレスのNPCが聞いてきたが、誰かと話したい俺には望むところだ。
まさかこの状況で飯だけザックリ食って帰る奴も珍しいだろう。
ま、だから混んでいるんだろうが。
「失礼しますね」
「ん? 無職って事は初心者? それとも2nd?」
隣の席にいる男の人に、いきなりそう聞かれた。
「初心者だよ、右も左も判らないのに、こんな事になって何が何だか」
「それは運が悪かったね、いや、お互い様か」
「ねえ、君はどう思う?
運営の言ってる事、本当だと思う?」
今度は女の人だ。
「正直、信じたくはないけど、後で実は嘘でしたって…… ありえないと思う。
デスゲームみたいに、実はログインしっ放しで現実の俺らの意識が戻ってないって方が…… 」
「まだ望みはあるよね、でも運営は現実には1週間過ぎたと言っている」
「それなのよ、いったいいつ1週間も過ぎたって言うのかしら」
俺は料理を適当に注文して、彼らの話を聞く。
「それなんだけど、強制ログアウトのカウントが終わって、一瞬だけ周りが暗くなった気がしなかった?」
「あ、したした」
「したかしら? したような気もするわね」
「うん、僕もしたし、ギルメンも大体肯定していた。
もし1週間の空白があるとすれば、その時だと思う。
タイミング的にもメンテナンスの告知直後だしね」
なるほど、言われてみればそんな気がする。
「じゃあ俺たちは本来、そのメンテナンスで消されてたはずって事か」
「運営側の主張を信じればそうなる」
「まいったわね、本当の事がどうだろうと、ログアウトできないのは同じ…… うーん違う?」
「運営の話が本当なら、元に戻る可能性は無いって事じゃね?
何しろ、元はログインした時に出来たコピーなんだから。
つか、俺らが消える事が元通りって事?」
「そうなるね。
さっき君が言っていた様に、現実で本体が意識不明とかなら、国を挙げて解決するだろうけど。
運営の言う事が本当なら、削除する事ができないと言う話も、眉唾ものだと思えるね」
「どう言うことよ」
「これはあくまでも推測でしかないんだが、ログアウト時の障害があったのは事実だと思う。
でも俺たちみたいな可変データが、システムの基幹に影響を及ぼすなんて、有り得ないよ。
じゃあ何故、俺たちは残されたのか。
覚えているかな、アナウンスで俺たちに開放したと言っていた領域が、テスト領域だって事」
「何それ、私たちはテストの為に残されたってこと?」
「実際、このゲーム…… いや、このゲームに限らず。
MMOはオープン後にサービスの追加や変更が、当たり前だという認識になっている。
そして追加や変更がある度に、大騒ぎになる。
大型アップデート後はバグがあって当たり前だとか、仕様改悪だ何だと叩かれる」
「で、俺たちにリリースして落ち着いた頃に開放ってか?」
「有効だと思わないか?」
「思わないね。
例え俺たちを踏み台に仕様改善した処で、外の連中はその事実を知らない。
知らせる訳にはいかないだろうからな。
だったら、結局はリリースされた仕様を基準に批評するだけだ。
改悪だって言ってな」
「それでもバグは潰せるし、仕様についても反応を見る意義は充分にあるさ」
「どっちにしろ、面白くないことには違いないわね」
「まあ、これは僕たちギルドの推論に過ぎないからね。
どちらにしてもログアウトできない以上は、この世界に付き合って行くしかない。
最長で、このゲームのサービスが終わるまで…… ね」
俺は夕食後、宿屋に泊まって寝る事にした。
「夢じゃない…… か」
さて、今日は何をするかな……
狩りに出なきゃな。
食堂の食事代が1回、最低の品で5G(ゴールド)。
少し良い物で10~15G。
宿屋代が最低で50G。
ゴブリン1匹のドロップが3G(その他稀にドロップ品10G相当)。
30匹も狩れば暮らせるか。
その日暮らしから脱するには、せめてレベル10以上にならないとな。
ザク!
ザク!
ザク!
うむ、レベルを5に上げてて良かった。
とりあえずゴブリン殿を30匹倒したし、コボルト氏にリベンジ行ってみるかな。
ザク!
む、1撃で死んだ。
レベルが5に上がったからか?
と言う事は……
1撃で倒すと、リンクモンスターでもリンクしないはず。
ザク!
ザク!
ザク!
ムッハーッ!
俺最強伝説キタコレ!
レベルが6になりました。
人間、中の人が居なくなっても向上心が大切だと思う。
と言う事で、やってきました。
草原エリアを抜けて岩場エリア。
コボルト氏の次はオオトカゲ君がターゲットだ。
「おお、あいつらだな」
お、おお? コイツらアクティブだ。
「ぬぅおおおお!」
『gugeeeegu』
『gugaeeeee』
「まだだ、まだ沈ま…… 沈んだ」
死に戻りですね。
いや、自分自身がちゃんと死に戻れるか、体を張って確認したかったんだ。
ホントだよ?
しかしトカゲはちょっとキツかったな。
やはりコボルトを虐めよう。
ザク! ザク! …… あれ? もうレベルが上がった。
そうか、トカゲが旨かったんだ。
だったら死んでも元が取れるな。
デスペナはレベル10までないしな。
よし、突っ込もう。
トカゲは1匹なら、攻撃を剣で払いのける事もできる。
つまりノーダメージで倒せるのだが、アクティブなのでどうしても囲まれてしまう。
3匹くらいならギリギリ倒せるが、4匹目が来たらアウトだった。
「くっ、一時離脱!」
俺は岩場から草原に退避し、HPを回復させる。
「なあ、さっきから何やってんだ?」
「ん? 何って、トカゲ狩りだけど」
「何で一々ここまで戻ってんの? ポーション持って無いの?」
「初期特典で貰ったのがあるけど、勿体無くて」
「いやいや、使わない方が勿体無いから。
ぶっちゃけ初期特典のPOTは(小)だからレベル20までくらいしか使わないし。
トカゲは1匹15G落とすけどPOTは1個10Gだから、1匹倒せばおつりが来るのね。
で、レベル10くらいになったらスキルの事もあるけどPOT要らなくなるし。
君見てたらレベル7か8でしょ?
POT使って一気に10まで上げた方が得だから」
「へえ、知らなかった。
ありがとう」
「がんばって」
ふむ、なるほど。
ゴブリンの時はPOT使うと損だと思ってたけど。
トカゲはPOTよりドロップの方が高いから、1匹1個なら損でもないのか。
よし、突っ込もう!
漸くレベル10になったが、今日はもう夕方だから終わりにしよう。
雑貨屋でPOTを補充して、明日は1日転職で終わるかな?
今日は転職する日だ。
確かスキル関係は武器屋が教えてくれたよな、行ってみるか。
「む、弓職に転職したいか。
弓職と言っても色々あるが、代表的なものはアーチャーだな。
彼らは弓のエキスパートだ。
城に行って志願兵に応募するといい。
配属希望を弓兵隊にすればアーチャーになれる。
君が魔法も使いたいのならレンジャーになるといい。
彼らは魔法と弓を使う森の特殊部隊だ。
城に行って志願兵に応募するといい。
配属希望を特殊弓兵隊にすればレンジャーになれる。
兵隊になるのは嫌だ? それならハンターになるんだな。
彼らは森の狩人だ、弓の他に罠や動物使いの技術に精通している。
ハンターギルドに入会すればハンターになれる。
今、言った3つは弓の専門職だが、道場で”弓マスタリー”スキルを修得する事もできる。
弓を使う戦士や盗賊などだな。
そうそう、サムライなども弓を使うな」
俺は知力を落としているので、魔法を使うつもりは無い。
選択はアーチャーかハンターだな。
とりあえず専門職と言うアーチャーの事を聞きに城へ行ってみるか。
城は町の奥にある。
今まで奥の方には行ってなかったけど、この辺りも色々あるな。
ん? 弓を引く音が聞こえる。
この壁の向こうで、かなり多くの人が弓を使っているようだ。
そう言えば道場でも弓のスキルを取れるんだったな。
ここの事かな?
入ってみると、道場主らしきNPCがやって来た。
「わかる! わかるぞ!
君はサムライになりに来たのだね!
刀! 槍! 弓! そして乗馬! 全てを使いこなす究極の戦士!
ま・さ・に・ァアルゥティメットゥオ・ウゥオォーゥリャァアアア! SA☆MU★RA☆Iに!
成りに来たのだね!」
訂正、ヤバイ人だった。
そうか、ここはサムライになる為の場所か。
そう言えばサムライも弓を使うって言ってたっけか。
俺も日本人だ、サムライと言う職に心引かれるのもまた事実。
「サムライについて聞いてもいいですか?」
「もちろんだとも!
君の質問に、す・べ・て・答えよう!」
…… 要点をまとめると。
サムライは筋力の代わりに、器用度が攻撃力に影響するタイプの戦士だ。
同じく器用度が攻撃力に影響する弓と、非常に相性がいい。
軽戦士と同じように攻撃をかわすタイプで、刀は両手持ち武器。
乗馬時には槍を持って、遠距離の相手には弓で攻撃。
接近戦も戦士並みに強いとすると、ソロもやりやすいだろうけど……
パラメータ的にも俺に合ってるし、考慮に入れてもいいかな。
元々、弓職にしようと思った理由は、このゲームの職毎に立てられた掲示板を見たからだ。
このゲームは様々な職があるので、見たのは代表的な幾つかの職のみだが。
前衛はソロが楽だが、PTでは壁に徹するのが常道だと書いていた。
逆に後衛はソロが難しい職が多いが、PTでは高い火力で敵を倒す役だとあった。
そこで俺は、PTで高火力でありながら、比較的ソロが楽な弓職にしようとパラメータを振った。
魔法使い系はソロがキツイと書いてあったし、魔法に魅力は感じるが、慣れてからでもいいかと思っていたのだ。
回復系は…… 苦労が好きな人のやる職だとあったので、パス。
普通に考えれば前衛も後衛もこなすと言えば、実際には両方こなしきれない罠職だ。
しかし、別キャラを選択できない以上、マルチ職は意味を増してくるはずだ。
ソロの時は刀を持って、PTでは弓を使う。
前衛が足りなければ刀に持ち替えてもいいし、騎乗して槍を持ってもいい。
スキルの熟練度を上げるのは遅くなるだろうが、問題ないだろう。
なにしろゲームを抜けることができない以上、稼働率100%なのだから。
ちなみに、このゲームではスキルの重要度はかなり高いらしい。
スキルを修得する事で、能力の+修正や、攻撃や防御の技、さまざまな魔術といった能力を修得する。
スキルは熟練度に応じて、その能力を増すが、熟練度が一定以上になれば、追加の能力を修得する。
例えば、弓マスタリーのスキルを得たら、基本スキルとして弓の攻撃力に+修正が入る。
更に熟練度に応じて、”命中率+”や”チャージ・アロー(敵を弾き飛ばす攻撃)”などを修得する。
つまり、レベルが低いモンスターばかり狩っていると、レベルは低くても多くの技を持つキャラが出来上がる。
逆にスキルの熟練度を上げなければ、レベルが高くても技を持たないキャラになる。
なので、高レベルに(経験値寄生で)育てられたキャラなどは、返って役立たずになると言う。
廃な方々の中には、あえて自分より低レベルな敵の狩場にしか行かない人もいるとか。
ここでサムライ道場に来たのも天啓かもしれない。
「サムライになるには、どうすればいいんだ?」
「うむ!
サムライになるには、先ず”刀マスタリー”、”槍マスタリー”、”弓マスタリー”、”騎乗”の4スキルを得る事だ。
その上でワシの推薦状を持って城に行けば、サムライとして登録される」
「…… あの、最低でもレベル30超えるんだけど」
「SA☆MU★RA☆Iになるのだぞ!
その道が辛く険しいのは当たり前ではないくわぁっ!。
先ず最初に取るのは、刀マスタリーを推奨する!
刀はサムライの魂だしな!
だが馬に乗りたいと言うのであれば、騎乗と共に取るのは槍マスタリーがいいだろう。
馬に乗っては刀の攻撃が届きにくい。
弓と騎乗を併せるのは、騎乗の熟練度が上がって”乗馬弓”の技を修得してからだな。
騎乗だけ取って武器のスキルを取らないのは、お奨めできんぞ」
「じゃあ刀と弓で」
「うむ! 併せて400Gだ!」
「…… 金取るのかよ」
「当たり前だ、ここは道場だぞ」
この期に及んで400Gは痛い出費だが、払えなくはない。
「…… でも刀と弓も買わないといけないんだよな」
「心配はいらん! 入門した以上は木刀と練習用の弓が支給される。
木刀でも刀スキルは使えるぞ!」
「まあ、最初は仕方ないか……
でもサムライになれない裡は無職のままなのか?」
「いや、ワシの道場の門下生として、身分は浪人だな」
無職と浪人、どっちがマシか…… って本来は同じ意味か。
今日俺は、無職から浪人に転職した。