俺たちは今、白Dこと、ホワイトボーンダンジョンに来ている。
白い骸骨風の壁が続く、このダンジョンの特徴は。
「…… 罠」
そう、今デス娘が先頭を歩いている理由にある。
全員が立ち止まり、デス娘の解除作業を見守る。
何故、態々こんな罠だらけのダンジョンに潜るかと言うと、この地下3階にある狩場が美味いからだ。
いや、俺は行ったことないんだけどね。
「1階と地下の1・2階は罠だらけだけど、地下3階は罠が無いからな。
解除系のスキルがいるが、奥の大蟻たちが、美味いんだ。
もうすぐ皆、レベル60になるし、63まではここで一気に上がる。
多分、明日はスキル取り休日だな」
「そんなに美味いのか?」
「この罠を抜けれたら、の話ですがね。
ここに限らず、罠や隠し扉の先にある狩場は、比較的レベルが上がりやすいんですよ」
「そうなんだ」
「盗賊系に対する救済策でしょうね」
チルヒメはそう言うけど、救済?
「デス娘なんか見てると、俺より強い様に感じるけど」
「デス娘は短剣以外の武器も持ってますし、盗賊系でも攻撃に特化したアサシンですから。
普通のシーフなどは、盗賊らしい活躍ができないのなら、職の存在理由が薄れますし」
そんなもんかな?
「普通のシーフとかローグだと、前衛には勝てないんだよね。
後衛とか支援職なら勝ち目はあるけど」
ミッシェルはそう言うが……
「そうなの?」
「まあ、デス娘は前衛として長柄物で戦っているがな。
本来、盗賊系は弓や投擲などの遠・中距離か、近距離でも短剣を左右持ちで、攻撃の回転力で勝負だからな。
特に高レベルのスキルは、アサシンや忍者以外は、搦め手の充実になってくるから。
攻撃力をガンガン増していく前衛には、ついて行けなくなる。
盗賊系は、あくまでも補助系の職と見られるな」
そういうものか。
「まあ、デス娘さんに限っては、並みの前衛じゃあ太刀打ち出来ないような育ち方をしてますからね。
最初から戦士系より強い盗賊系が、コンセプトなんでしょう。
格好も死神ですし。
プレイヤースキルも併せて考えると、ヨシヒロ君じゃあ勝ち目は少ないですね」
…… キール。
デス娘も、コクコクと頷いてるし。
よし、地下3階に到着だ! 狩りまくるぞ!
「…… なあグラッチェ」
「何だ?」
「敵が今まで以上に、気持ち悪いんだけど」
「かもな」
「いや、おかしいだろ?
白いワニって、白いだけならともかく、内臓透けてるじゃん!
何? あの血管はしりまくった白蝙蝠は!
あの白ねずみも、デカいし! 透けてるし!」
「…… 直ぐに慣れる」
「いや、デス娘! 無理、あれはヤバイって」
「大丈夫だよ、狩ってれば消えて行くから。
つか、ねずみはコッチで狩るから、ワニお願いね、ワニ」
「近づきたくないのでしたら、桔梗やブラウンちゃん達もいますし。
弓で後衛に廻ってはどうでしょうか」
「そ、それだ! よし、今日の俺は後衛だ!」
「まあ、仕方ないか」
「生理的にダメな人もいますからね。
まあ、弓で狩ってる裡に慣れるかもしれませんが」
お前は攻撃しないから良いよな、キール。
狩が終わって、アジトへ帰ってきた処で。
「ヨシヒロさん」
「ん? ピリカか、どうした?」
「一人、料理人の面接に来る人がいました。
ただ、名前を書いてないんですよね。
夜まで公園にいるそうですが……
まあ、こっちもギルド名を書いてないんで、警戒してるんですかね?」
「ふーん。
とりあえず一度、会ってみるか?」
「じゃあ、今から掲示板に書き込んで、来てもらいますね」
「いや、俺も公園に行くから、そこで会おう。
もし断って、その人がウチのギルドの募集だとバラシたら。
面倒になるかもしれないからな」
「でも、ヨシヒロさんが居れば、バレバレでは?」
「いや、名前は知られてるかも知れないが。
顔はまだ知られてないだろ?」
「そうですかね?
まあ、公園が良いのなら、そうしますか」
…… どうしよう。
「…… フッ、フッハハハハハッ。
まさか、お前の所だとはな」
「オリジン…… お前、料理人に?」
「判っているだろう、ヨシヒロ。
俺は全てを失った。
もう、まともに狩りをする事すら出来やしない。
ああ、昨日までレベル上げすらしてなかったのは、不幸中の幸いかな。
一般スキルを1つ取って、何処かのギルドに拾って貰おうと思ったのさ。
俺のことを知らないギルドだって、今ならまだあるだろうからな。
…… 満足か?
…… いや、お前にとってはそれすら、どうでもいい事なんだろうな。
判ってるさ…… 邪魔したな」
「…… なあ、オリジン」
「言っておくが!
…… 同情は要らん。
もうお前に突っかかって行く事はしない…… いや、出来ない、か」
…… オリジン。
「いやぁ、びっくりしましたね」
「何と言うか…… 何とも言えんな」
「まあ、明日もまた募集を続けますよ。
幸い巫女会の人たちが、しばらく手伝ってくれる事になりましたんで」
「そうだな」
今日はPT狩りの休日。
皆スキル取りに行く筈だ。
俺が取るスキルは、もちろん斬剣法。
とりあえず修得して、最初の能力は攻撃力+と”抜刀術”のアクティブ技。
ちょっと案山子で練習してみるか。
ん? 刹那さんがいた。
「こんちは」
「あ、ヨシヒロさん、こんにちは。
熟練度上げですか?」
「さっき斬剣法を修得したんで、抜刀術を試してみようと思って」
「…… 抜刀術使いになるんですか?」
「いや、試してみるだけですけど、何かあるんですか?」
「いえ、ある意味、抜刀術サムライは、究極のネタ職なんで」
「…… そうなの?」
「抜刀術の特徴は、使用者の全MPと引き換えに、敵単体に強力な1撃を与える技です。
MP1でも使えますが、MPの残量があればあるほど強力になりますし。
使用後はMPの自然回復が、5分間は開始されないので、普通は満タン状態で使います。
通常の攻撃力に、使用したMPに応じた倍率が掛けられますからね」
「それ、何てマダンt」
「単体にしか効きませんがね」
「でも、究極って程では無いんじゃないですか?」
「1回使用する毎に、5分+MP回復分のインターバルが必要ですからね。
刀を鞘に戻す必要もありますし。
熟練度の上げ難さは、他の技の比ではありません。
しかもゲーマーは、『だからこそ』熟練度を上げる人が、少なくないですからね。
しかも抜刀術って、何と言うか浪漫じゃないですか。
中途半端に上げてへたれたり、上げる心算は無いけれど、つい使ったりする人が多いんです。
つまり、よっぽど気合入れて上げないと、『その程度は普通に使える人居るよ』と返されます」
「つまりは少々上げても、皆使えるから、TUEEEEEできない…… と」
「まあ、それだけに、一定水準を越えると、尊敬されますね。
ある意味」
「ある意味、ですか」
「ちなみに、実は槍や弓でも使えるので、使ってみせると。
知らなかった人にはウケますね」
そうですか。
刹那さんは弓の訓練に行ったけど、俺は刀の訓練だな。
いいさ、1度くらいは使わないとな。
浪漫だし。
ズッパーン。
…… いいな。
でも5分に1度は辛いな。
次の日は…… また白Dか。
「グラッチェ、お前は何のスキル取ったんだ?」
「俺は”叙任”だな。
騎士用の”奥義”みたいなもんで、戦士スキルと騎士スキルの底上げをするスキルなんだ。
上位の技とかも覚えるしな。
まあ、ついでに言えば、身分が騎士から正騎士になったが、これは大して変わらん」
「ふーん、他の皆は?」
聞いてみると、チルヒメとミッシェルは、それぞれ魔法使いと弓術の奥義を修得。
キールも奥義に相当する”秘跡”を修得し、司祭から司教になっていた。
デス娘は”暗殺”で、ハイディング状態の時に、攻撃力や攻撃速度、クリティカル率などが上がるスキルを修得。
「もしかして、みんなスキルの底上げを取ってる?
俺だけ出遅れ?」
「いえ、デス娘の場合は、奥義は別にあります。
グラッチェさんやキールさんは、正統派スキル取りを一直線なので、このタイミングになりますが。
ヨシヒロさんやデス娘は、忍遁と長柄武器で、それぞれ1クッション置いてますから。
ミッシェルも隠身を取っていますが、罠系のスキルを捨てていますし。
私の場合は、基本から外れていますから」
「まあ、正統派のスキル取りが安定して強いのは確かですが、それが正解と言う訳ではありませんよ。
例えばデス娘さんは、短剣使いの正統派アサシンより強くなると思いますよ?
まあ、これまでの経験から考え抜いて選んだスキル取りでしょうから、当然かもしれませんが。
それにソロで一番効率を出せるのは、チルヒメさんになると思います」
「そうなんだ」
「まあ、弓と範囲魔法で高殲滅力だし、回復魔法で長時間対応だし、桔梗もいるしね。
経験値の半分を桔梗に取られても、ペア狩りと同じで、効率は上だしね。
あたしもブラウンとバイオレットが居るけど、チルヒメちゃんの殲滅力には勝てないし」
なるほどねー。
相変わらず、ここの敵はキモイけど、少しは慣れたので前に出る。
でも千鳥は使いたくないので、槍を使う。
「おお、その槍は火属性か、いいじゃないか」
「まあね、お前は属性武器使わないの?」
「銀行に幾つか預けてあるが、まだ装備できないし、買うのもなんだしな」
「あー、なるほどね」
よし、槍で抜刀術(?)を使ってみるか。
ズシャアァーン!
おお、1撃で倒せた。
「ヨシヒロ、それは熟練度上げないと、意味無いし。
そもそも、MOB相手に使う技じゃないから」
「いや、使ってみたかったんだって」
「いいじゃありませんか、使わなければ、熟練度も上がらないのですから」
「いや、だから熟練度を上げるにしても、あえて抜刀術は無いと思うが」
「でもヨシヒロさんは、そもそもアクティブな技を使いませんし…… 」
「だが、抜刀術が最も熟練度を上げ難い技なのは…… 」
ああ、グラッチェとチルヒメの言い争いも、何だか久しぶりな感じがするな。
狩が終わって、アジトへ帰ってきた処で。
「ヨシヒロさん」
「ん? ピリカか、どうした?」
「一人、料理人の面接に来る人がいました」
「…… 何だかデジャブが」
「今度は大丈夫だと思いますよ?
御名前はR・ノヴァさん、男性の方だそうです」
「じゃあ、また公園で待ち合わせにしようか」
「こんにちは、ピリカと言います、貴方がR・ノヴァさんですか?」
「ああ、俺がR・ノヴァ。
ノヴァでいい、宜しく」
「俺はヨシヒロです、宜しく」
「それで、君たちのギルドに入って料理をすると言う事だよな」
「ああ、実は俺たちのギルドは、低レベル…… と言っても、何とか60代までたどり着きましたが。
その狩りギルドなんです、規模としては、未だ12人しか居ません。
偶々、開いた食堂が思ったより繁盛したので、料理人を募集したのです」
「そうか…… だったら一つ注文があるんだが、いいだろうか」
「何でしょうか」
「実は俺はレベル100…… もうカンストしている。
戦士として狩りを続けて、レベル100直前で……
例のログアウト事件だ。
愚痴を言っても始まらないが、100になったら別キャラを作る予定だった。
こうなっては仕方がないが、レベルが上がりきって、今更狩りも…… と思ってな。
100の時に一般スキルの料理を取ったんだ」
「なるほど、それで?」
「正直、料理の熟練度は、まだ未熟と言っていいだろう。
だが料理人として募集に応じたからには、そう扱って欲しい。
俺なら、レベル60代の狩りを手伝うことも出来る。
もし君らが合戦に出ているのなら、それなりの戦力にもなるだろう。
だが俺は料理人として募集を受けた。
狩りや合戦がしたいなら、他にも知っているギルドはいくらでもある。
あえて、それらの伝手を頼らず、この募集に応じた訳を考慮して貰いたい」
「なるほど、俺は構わないが、ピリカはどう思う?」
「心配しなくても、狩りなんかしてる暇は1㍉秒もありませんよ。
最近スキルを取ったって事は、まだまだ熟練度が低いって事ですからね。
朝から晩まで、みっちりと、お料理の時間です」
「ふむ、それで構わないなら、俺たちのギルドに来てくれ」
「ああ、望む処だ」
ノヴァがギルドに加わった。
「ふむ、パンドラの壷か、最近どこかで聞いたような気もするが…… 」
「ああ、ちなみに食堂は巫女食堂って言われてるから、そっちの方が有名かもな」
「巫女食堂! 聞いた事があるぞ。
なるほど、あそこだったのか……
有名店って事になるのか?
俺で大丈夫だろうか」
「大丈夫ですよ、『早☆急』に熟練度を上げてもらいますから」
もしかして、ピリカって結構、厳しいのかな?
「う、うむ、精進する」
皆を集めて、自己紹介をしてもらった。
「R・ノヴァだ、呼ぶ時はノヴァでいい。
宜しく頼む。
俺は一応レベル100だが、このギルドには料理人として入ったので、戦士としてのレベルは忘r」
バキィ!
デス娘が、ノヴァの顔面を大鎌の柄でぶん殴っていた。
「お、おい、デス娘」
「…… 偉そう」
「いや、いくらなんでもそれは」
「ヨシヒロさん、実はノヴァさんはデス娘の前キャラの弟子だったんです」
「…… 弟子?」
「ま、まさか! お師匠様?」
ガタガタ震えてるよ、ノヴァさん。
「…… デス娘」
相変わらずな自己紹介のデス娘。
「ハ、ハハァ」
ノヴァ…… 土下座するなよ。
「お、お師匠様とはつゆ知らず、御挨拶が遅れて申し訳ございませんでしたぁっ!」
「チルヒメ…… デス娘って…… 」
「何といいますか、ノヴァさんは非常に要領の悪いところがあって。
初心者の頃、デス娘には言い表せない程に、お世話になっているのです」
「…… そうなんだ」
「今はPTの殆どが、元高レベルプレイヤーですし。
ヨシヒロさんも特にフォローを必要としない、プレイヤースキルなので目立ちませんが。
元々デス娘は世話焼きな所がありまして。
斯く言う私も、初心者の頃はデス娘に、お世話になったのですが。
ノヴァさんは『特に』が付く感じでしょうか」
…… そうなんだ。
「あー、判る判る、私もエミューの時に苦労させられたッス。
まあ、悪い子じゃないんだけどねー」
「エミュー…… って、まさかレクイエムの?」
「あー、そうそう、今はミッシェルって言うの、宜しくねー」
「宜しくお願いしまッス」
思ったより、すんなり溶け込めそう…… なのか?
「チルヒメさん、あの人、要領が悪いんですか?」
「あ、大丈夫だと思いますよ、ピリカ。
頭が悪い訳ではないので。
手順さえ間違えなければ、料理は熟練度でどうにでもなりますから。
ついでに言えば、聞き分けの無いときは、デス娘の名前を出せば解決しますから。
まあ、使わなくても大丈夫だとは思いますが」
結論から言えば、ピリカはデス娘の名前を使う必要もなかった。
「ピ、ピリカさん厳しい…… 」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ! ピリカさんが、俺の何倍も働いているのに、へたれている訳にはいかん。
何としても、一人前の料理人になってみせる!」
「ノヴァさん! 注文が3つ追加です! 2分で仕上げてください!
後、下がったお皿の洗浄をお願いします!」
「は、はい!」
ある意味、狩場よりも慌しい雰囲気だな。
この日、久しぶりにアナウンスが振って来た。
「運営からの、お知らせです。
2ヶ月後に大型アップデートを、予定しております。
アップデート内容は。
第一に、レベル90代以降を対象とした、高レベルマップを追加致します。
それに伴いまして、高レベルモンスターの追加、及びレア装備品の追加が行われます。
第二に、全装備品に耐久度を付加致します。
それに伴いまして、装備品の修繕NPCが追加されます。
また、武器製造、鎧製造、装飾加工の3スキルに付きまして、対応する装備品の修繕が可能となります。
それぞれの詳細は、各城の掲示板をごらんください」