「パンドラの壷の皆さん、我々を拾ってくれると言う話、大変感謝する。
我々は、どちらかと言えば残りカスじゃが、それでも拾ってくれると言うのであれば。
役に立ちたいと考えておる。
ただ我々が役に立つには、それなりの施設を必要とし、それ故に今まで行き先がなかったのもまた事実。
失礼じゃが、そちらのギルドはログアウト事件の後に開設されたばかりで、現在の人員も5名とか。
我々の必要とする施設を、用意出来るだけのギルド経験値を、貯めておられるだろうか」
ふむふむ、確かにギルドを異動した後で、施設を用意出来ませんでした…… では、彼らも困る。
「キール、その辺は大丈夫だと、言っていたよな」
「はい、皆さんの必要とする施設は、既に伺っています。
武器、防具、装飾品用の工房と、それらを販売する為の店舗。
これは共通のものを、使っていただく事になりますが、用意できます。
料理用の厨房と、ギルド外向けの食堂。
食堂はテーブル数10個の、小規模向けになりますが用意できます。
農業用と牧場用の農場と牧場。
これも小規模ですが、それぞれ用意できます。
それから各施設の拡大や、プライオリティが低い物の増設については。
他の施設との優先順位を考えながら、順次追加していければ…… と、思っています」
「ふぅむ。
確かにそれだけ用意していただければ、充分すぎるとも言えます。
ですが正直に言うと、信じ難いのです。
あなた方の規模では相当に無理をしないと、それだけの経験値は得られない筈。
この件で無理をさせているのであれば、申し訳ない気持ちもありますし。
それに拡大や増築の話もされましたが、それもかなりの無理が必要かと思われますが」
あー、確かに俺らだけじゃあ、用意するのは無理だしね。
「御説明しましょう。
その件に関しては、少しばかり皆さんにお願いがあるのです」
? 何、言ってんの? キール。
「実は僕たちの従属ギルドに、全日本巫女愛好会リーングラット支部と言うギルドがあります。
名前の通りのギルドなのですが、今回の話では、彼らの尽力があったからこそと言っていいでしょう。
そこで…… もちろんこれば強制ではないのですが、ギルド外向けに食堂を作るのですよね。
ウェイトレスを巫k 」
スッパァーーーン!
ミッシェルがキールの後頭部を、ハリセンで見事に叩いた。
どっから持って来たんだ?
「何、言ってるのよ、キール君!」
「いや、従属ギルドとしての彼らの働きに報いる為にも…… 」
パコーーーン!
今度は顔面にいった。
「と言うか、和服を着ることが出来るのは、浪人かサムライか忍者だけなんだろ?
彼女たちは着れないんじゃない?」
俺の言葉に、キールは何故か愕然とした様子で。
「…… 巫女服は和服扱いなのですか?」
「そうですよ」
とはチルヒメの答え。
「…… まあ、従属ギルドまで持っているのなら、経験値を用意できると言う言葉も頷けなくはない」
そして彼らは、一旦視線を交わしあい、頷きあった。
「それでは宜しくたのむ。
一応、先程は簡単に名前だけを紹介したが、技能も含めてもう一度、自己紹介をしようかの。
ワシはゴンザレス7世、皆にはゴンザレスとかゴン爺と言われておるな。
武器製造は片手武器を伸ばしておる。
それから後は”商売”スキルじゃな」
これは、さっきまで交渉役をしていた、おじいさん。
と言っても、筋骨隆々のおじいさんで、ゴン爺の名前は非常に合っている。
「俺は、あるるかん。
鎧製造と商売を取っている。
まあ、ギルメンには材料費だけで、鎧を提供させてもらうよ」
この人は、いちいちキザ? な動きをしながら話す。
ちょっと格好付けてるつもりで、ハズしてるタイプだ。
「俺はアルベストだ。
”畜産”と”酪農”スキルを修得している。
肉とミルクは売るほど生成できる…… つうか売るが。
ギルメンには只で提供するから、安心してくれ」
こっちは何ていうか、兄ちゃん、て言うタイプだ。
『ニイチャン』でなく『アンチャン』な。
「僕は与作です。
”耕作”を持ってます。
あと”園芸”も。
米とか野菜とか、任せてください」
何だかモサっとしてるな。
うん、彼は与作だ。
ここまでの4人が男性陣。
「私はエトピリカです。
ピリカって呼んでください。
技能は料理と商売です。
食堂の料理は、私が作る予定です。
あ、もちろん皆さんの料理は無償で提供しますよ」
この子は、素朴な感じの女の子だな。
何ていうか、うん、普通だ。
「私(わたくし)は美々子ですわ。
”裁縫”と”装飾加工”のスキルを修得していますの。
基本的に、商品は販売しますが、ギルドの皆さんの分は相談に乗りますわ。
よしなに」
うん、そうなんだ。
彼女、金髪縦ロールなんだ。
キラッキラのドレスを着てるんだ。
でも名前は和風なんだ。
「私はプシけです。
”釣り”と武器製造を修得しています。
伸ばしている製造スキルは、短剣です。
よろしくお願いしますね」
彼女は普通だな…… 格好はメイド服(エプロン付き)だけど。
しかもホワイトブリムには何故かネコミミが付いている。
「ああ…… よろしく」
ギルドアジトを改築したら、一気に立派になった。
表通りの左半分に、食堂の入り口が。
右半分はカウンターになっていて、武器、防具に装飾品の販売が出来るようになっている。
しかも食堂に入って右側も、カウンターになっていて、季節? の野菜や肉などが販売される予定だ。
店舗の奥に厨房があり、地下には工房がある。
上に行くと会議室や個室などの、ギルド員が使う部屋になっている。
そして1階の、ある扉を開けると、全然別の場所に出る。
そこは農場と牧場があり、月白やブラウン、バイオレット、桔梗たちも、狩りの無い時は放牧? することもできる。
でも、馬はともかく、狼や虎はどうなんだろ。
「すごいな」
「家畜は、前のギルドにあった奴を全部、持ってきたからな。
ちょいと手狭だが、仕方ねーよな。
けど、野菜や穀物は植え替えだから、大変だよ。
まあ、技能を持ってない俺らには、手伝えねぇから、与作に頑張ってもらうしかねぇがな」
「へー。
1人で大丈夫なの? 与作」
「大丈夫ですよ。
農業と言っても、かなり簡略化されてますからね。
直ぐに農場を、穀物や野菜で埋めてみせますよ」
「ほうほう、じゃあこの辺りは任せるから、よろしく頼むな」
アルベストと与作は大丈夫そうだ。
工房はどうかな。
「おお、マスターか、お主らが全員、片手剣を使わぬ事は残念じゃが。
その分、作った物を他の人間に売って、儲けてみせるからの。
楽しみにしていてくれ」
「本当に、まともな鎧を着ているのが、皮鎧のミッシェルさんだけとは……
まあ、いいでしょう。
巫女服や死神ローブの防御力を上げることができるか、職人の腕の見せ所ですよ」
「なあ、利益の3割をギルドに渡すって言ってたけど、本当にいいのか?」
「もちろんじゃ、まあ気にするなら店舗と工房の、使用料とでも思っておいてくれ。
それに自分のギルドの為じゃしな」
そう言うことなら、何かコトが起こった時にでも、使わせて貰うよ。
店の方は美々子が店番をしていた。
「やあ、美々子。
もう店を開いてるの?」
「当然ですわ。
前のギルドにあった在庫を、全部持ってきましたもの。
早く売らなければ、倉庫に入りきれなくなってしまいますわ」
「もう倉庫、埋まっちゃったの?」
「ええ、私達が毎日在庫を増やしていますもの。
売れなければ、破棄しなくてはならない物も出てきますわね」
「早めに倉庫の拡張をした方がいいんだろうか」
「作るほうを止めれば対処はできますが、売れるようになるのが一番ですわね」
ふうむ、製造系の3人には頑張ってもらうか。
厨房の方には、ピリカとプシけの他に、チルヒメとデス娘もいた。
「やあ、こっちはどう?」
「はい、明日からは食堂も開けますよ。
基本的には、私とプシけの2人で営業します」
「へえ、前のギルドでもそうしてたの?」
「いえ、前のギルドでは、ギルメンさんたちを相手にした営業でしたので」
「ああ、内部向けの食堂だったんだ」
「ええ、でも今回は外向けにお店を出させて貰ったので。
ギルメンさんたちの食事は、無料で提供しますよ」
「そりゃあ、ありがたいな」
「まあ、元々の材料は、農場組から提供されますからね。
プシけの釣って来る魚もありますし」
そのプシけはチルヒメと話している。
「プシけ、どうしてメイド服にネコミミを付けているのですか?」
「プシけの”け”はネコの意味なのです」
「…… ではプシは?」
「ニュアンス的には、ピリカと同じような感じで」
よく判らない話をしている。
だがデス娘よ、つまみ食いなんかするなよ。
まあ、新メンバーも再スタートは順調なようだな。
俺たちも頑張らねば。
と言う事で、幽霊船に来ているが、相変わらず骸骨がおおいな。
経験値は美味いが、BOSSも居るから気は抜けないしな。
「なあ、グラッチェ」
「ん、何だ?」
「BOSSって、俺らのレベルじゃまだまだ狩れないんだよな」
「狩れるやつもいるぞ」
「だよな…… ! いるのか?」
「ああ、低レベル狩場のBOSSなら、何とかなるよ」
「村長か?」
「いや、あれは無理。
村長は90代のPTでも死ねるから」
そうなのか。
「BOSS狩ってみたいな」
「ふむ、皆がよければ、明日行ってみるか?
手ごろな奴に」
「行きたいな、レアアイテムとか出るんだろ?」
「…… まあな」
やって来たのはきのこ岳。
「なつかしいな、でもここってBOSS出たか?」
「奥の方に山頂に続く道があるんだ」
「へー、知らなかったな」
「ここのBOSSは、BOSSと言っても弱めですからね。
もちろん、きのこが適正のPTには、強敵ですが」
とはチルヒメ。
弱いの? まあ、BOSSだし、物は試しだな。
しばらく狩りながら奥まで行くと。
「お、いたいた、あれだな。
一応タゲは俺が取るから」
「よし、いくぞ!」
普通のきのこは腰までの大きさだが、奴は人の身長ほどもある。
しかも笠が青地に白丸の斑点、毒きのこです、と全身で示している。
をををりゃぁあああ!
ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザシュ! ザクッ! ザクッ!
おれの連打に、後衛組もバシュバシュと矢を撃つ。
『ggguuuuuuggaaaaaaagyyyyiiiiiiii』
お、死んだ。
…… こんなもの?
「なあ、グラッチェ」
「ん?」
「レアは?」
「滅多に出ないからレアって言うんだ」
後ろからデス娘が、ポンポンと肩を叩いた。
「…… おつ」
…… あり。
その日は記念に、村長さんに自爆攻撃を慣行しました。
レベルが55を超えた頃、真九郎さんから連絡が来た。
ブルームーンライトで何かあったのかな?
『ヨシヒロ君、昨日オリジンが毒蜘蛛の森に戻って来た。
レベルも1になっていた事だし、因果も含めておいたから大丈夫だとは思うが。
一応報告まで』
ああ、そんな事もあったな。
真九郎さんに、ありがとうございましたと返しておく。
そのころ、ちょうどギルド内でもちょっとした問題が起こっていた。
またまた、巫女萌え会の奮闘で、施設を拡張できるくらいの経験値が貯まったのだ。
「だから牧場を拡張するべきだろ?
もう少し広くないと、現状は窮屈なんだ」
「でも、お肉は充分に供給出来ているし、穀物や野菜も、まあ足りている。
僕は庭園なんてどうかなって思うよ、ギルドのみんなにも憩いの場は必要だし」
「与作君、君は花を育てたいだけだろう。
今ギルドに必要なのは、何と言っても倉庫の拡張だよ。
店を移転したばかりでか、装備品の売れ行きが下がっていてね。
このままでは在庫で溢れてしまうよ」
「それこそ、製造量を抑えれば済む話では?
一番重要だと思うのは、この経験値が従属ギルドの皆さんのお蔭だと言う事です。
つまり、従属ギルドの皆さんが最も頻繁に活用されている、食堂の拡張こそが急務ではないかと…… 」
「いやいやいや、食堂を拡張するって事は、肉や野菜とかの食料がもっと必要になるって事だから…… 」
「肉も野菜も余っているのだろう?
それに食堂を大きくしても、人手が足りないではないか」
「ここは間を取って釣堀なんかを増設しては…… 」
「全然、間ではありませんわ」
まあ、白熱しているのは製造組だけだが。
そこにキールが割って入った。
「どうでしょう皆さん、現状は食材が供給過多なのは事実です。
アルベスト君と与作君の方は、もう少し拡張を待っていただいては。
それに倉庫の方も、現状は装備品の売れ行きが良くないと言うのも、移転だけが問題ではないと思います。
これは抜本的解決策が出来るまで、製造を見合わせてはどうでしょうか?
それに先程、ピリカさんも言いましたが。
経験値について最大の功労者は、全日本巫女愛好会リーングラット支部の皆さんです。
食堂が出来て以降、彼らが頻繁に訪れているのもまた事実。
パンドラとしては食堂の増築こそが現状、一番ギルドの利益に則していると思いますが」
ピリカは熱心に頷いているが……
「キール、お主の言う移転だけではない問題とは、なんの事だ?」
「人員の入れ替わりが、無くなった事ですね、ゲーム自体の」
むむぅ、と唸るゴン爺。
「今までは、ゲームからいなくなる人が居れば、所持アイテムも共に消え。
新しい住人は、製造職から装備を買う。
この流れが出来ていました。
しかし、人の移り変わりが無くなれば、装備品も売れなくなる。
最もいい物、満足する物を持っていれば、後は趣味的に集めるくらいですからね」
「なるほど…… 製造職にとっては辛い時代だね。
それで、君の言う抜本的解決策とは?
何かあるのかい?
流石に案も無く、俺たちに製造を見合わせろとは言わないよね。
俺たちにとっては、存在意義にも関わる問題だ」
「具体的にコレと言うのはありませんが。
先程も言いましたように、市場に良い物が溢れてしまえば。
後は趣味的な物だけが、生き残るのでは? と、考えています」
「つまり、ネタアイテムを作れと言いますの?」
「それも選択肢の一つと言う事で」
「…… なるほどの、それ以上を考えるのは、ワシらの仕事じゃろうな」
「だがよ、人員の問題はどうするんだ?
食堂の拡張となれば、ピリカとプシけだけじゃあ、手が足りなくなるぞ?」
と、これはアルベスト。
「そうですね、その為にギルド員を増員…… と言うのもなんですし。
アルバイトを雇うのはどうでしょうか?
採算は取れるのでしょうから」
「アルバイト?
そんなの来るやつ居るのか?」
「ゲームが”ゲーム”で無くなった日から3ヶ月以上。
狩りに疲れている人だっているはずです。
そうですね、ウェイトレスの募集ですから、女性に限るとして……
例えば、そう、例えばですが。
募集する職を、浪人かサムライか忍者のみn」
スパパパァアン!
「まだ言うかな、この子は」
ミッシェルがハリセンで見事な3連打を浴びせた。
ふむ。
「ピリカ、もし食堂を拡張するとして、アルバイトなり探して見つからなければ。
2人で対応する事になるが、大丈夫か?」
「頑張ります。
今は結構、食堂の外で待っている人も多いし、食べるのを諦めて帰る人もいます。
そう言う人たちに、少しでも快適になって貰えたら…… 」
ふむむ。
「どうだろう、皆」
「まあ、ここは引くかのぅ」
「食堂が廻り始めたら、次は食材の供給確保だしな」
「意見が纏まったのであれば、私達は…… 」
と、言う事で、食堂の拡張に決まったのだが。
「ヨシヒロ君、話があるのですが」
態々、伊達メガネを装備してキラリと光らせながら言うキール。
お前、懲りてないな。
うん、そうなんだ、キールに頼まれて主水さんに連絡を取ったんだ。
「おー、相談だって?」
「うん、実は主水さんのギルドで、アルバイトしてくれる女性は居ないかと思って」
「アルバイト? 何の?」
「食堂のウェイトレス」
「なんだ、お前の所、食堂始めたのか。
でも何で、俺の所に聞きにくるんだ?
人が集まらないのか?」
「いや、実は、ウェイトレスのユニフォームが巫女服になりそうなんだ」
「…… なりそうなのか」
「今、ギルド内に暗躍してるヤツがいてね」
「まあ、最近は狩りに熱心じゃないと言うか、疲れてきてるやつもいるからな。
声を掛けるだけはしてみるよ」
「ありがとう」
アジトに帰ると、キールが美々子と相談していた。
「何人分ですの?」
「まだ正確には決まってないが、拡張した食堂を切り盛りできる程度は集めないとね」
「まあ、2人では大変そうですものね。
判りましたわ、ユニフォームは私の方で用意致します」
「助かります」
着々と準備は進められていた。