今日はカニDこと、海岸西ダンジョン。
多くの大カニと若干の魚が襲ってくる、数階建てのダンジョンだ。
B1FからB5Fまで、下に行くほど強敵が出る。
ここの最下層を卒業する時は、レベル40を超えるという段取りだ。
普通は、そんな上げ方をしないそうだが。
それも多くの日数を使って、臨時PTで様々な相手と、様々な狩場に行く時の普通である。
固定で1日中狩っている、今の状況なら、この方がいいと言われた。
「まあ、実際はここ、40~50のソロ狩場なんですがね」
とはキール。
「だが、今の状況ならば、狩場の常識もどんどん変わって来るんじゃないか?」
「そうは言っても、これまではソロの狩場と認識されていた所です。
あまり邪魔にならない場所で狩りましょう」
グラッチェとチルヒメも、流石に慣れた調子でズンズン進んでいく。
まあ、このPTで勝手が判らないのは、俺だけなんだが。
「この辺でいいかな?
湧きも悪くないし…… うりゃっ!」
おおおお!
1度の発射で、矢が連続で敵に刺さっていく。
「ミッシェル、何だ? それ」
「これが追走矢だよん。
今は実体の矢に、1本の追加が付いただけでも、熟練度を上げれば、最大5本の追加があるんだよね。
弓準備と併せれば、切れる事なく連続で撃てるって訳」
「SUGEEEEEEE!」
「とは言え、MPが続く限りだけどね。
チルヒメちゃんが修得すれば、ずーっと撃ち続けられるかもね」
「MPの回復量的に、常に打ち続けるのは難しいですね。
それでも、単体に対する攻撃力としては、水の大魔法より大きいでしょうが」
ふむふむ。
しかし、みんな凄く強くなってる。
グラッチェは装備を更に硬いものに替え、盾マスタリーの技術、パーリングなども修得して、正に鉄壁。
当然、攻撃力もスキルの熟練と共に上がっている。
チルヒメは桔梗のレベルも上がり、充分な戦力に。
本人も、弓の熟練度を上げつつ、湧きのいい場所には水の範囲魔法、アシッド・クラウドで殲滅力強化。
デス娘は何と言うか、高い回避力と高い攻撃力で、バッサバッサと斬り倒していく。
例えるなら、スパロボのビルバイン(夜間迷彩型)で、気力150と言った処か。
ミッシェルは先程の追走矢が光る。
て言うか、ブラウンさんパねぇっす、カニを次々と引き裂いていく。
キールはPTヒール(全体回復魔法)を覚えて、偶にかけてる感じか?
他に幸運を上げる魔法や、魚の毒に対する抵抗力を上げる魔法をかけてくれている。
…… そして俺。
確かに攻撃力が上がっている。
キールの幸運上昇魔法と併せて、偶に出るクリティカルは、装甲硬めのカニすら1撃で倒せる。
回避力も、それなりにプレイヤースキルで上がってはいる。
でも、地味なんだよね、活躍が。
早く40になりたーい!
次の日、朝飯を食いながら、皆に相談してみた。
「もっと活躍したい」
「充分だと思うが?」
「何か俺が、一番地味な気がするんだ」
「積極的にアクティブな技を使ってはどうですか?」
「刀のアクティブ技と言うと……
一瞬で数歩先に移動しつつ、横凪に敵を斬る”一閃”か?
決まればメチャメチャ格好いいぞ?
あまりつかい処のない、ネタスキルだが」
「あれは囲まれた時の、退避に使うと良いんですよ」
「たしか、刀を振ってカマイタチの様な攻撃が出来るんですよね。
”斬波”でしたか、あれはどうでしょうか」
「チルヒメちゃん、それ使うくらいなら、素直に弓持った方がいいって」
「後は敵の動きを、一瞬だけ止める”一喝”があったな。
あれは便利じゃないか?」
「…… あれはちょっと恥ずかしい」
何しろ、大声で文字通り一喝するのだ。
「じゃあ、サムライのスキルを修得するまでは、我慢するしかないな」
「ううむ、仕方ないか」
「…… 釣り」
釣り? おお、デス娘も、偶には良いことを言う。
「釣りか、そうだな、それがあった!」
俺は釣りの為に、弓を持ってダンジョン内を歩き回る。
狩場近くに、湧きポイントを2箇所程見つけ、そこと狩場を行ったり来たり。
戦力には、なっていないが、昨日より仕事をしている気になるのは気のせいだろうか。
釣りはPT内では、俺が一番適している。
チルヒメやミッシェルは、お供が釣りを理解せず、その場で狩り始めるので、釣りにならない。
グラッチェは守りの、デス娘は攻めの要だから、回復役のキールを抜くと俺になる。
熟練度は上がり難いが、狩りの効率も大幅に上がるので、良しとする。
夕食の後は、道場に通って熟練度上げだ。
槍と騎乗は、合戦と移動以外は殆ど使わないらしい。
なので刀を中心に上げていく。
弓も偶に上げるが、次に取る予定の見切りスキルを修得すれば、前衛としてかなり強くなるはず。
俺が道場で延々と案山子を斬っていると、声を掛けられた。
「なあ、君、もしかして前に浪人の服をあげた人?」
「? あ、ああ、あの時はありがとう、すごく助かりました」
そう、彼は俺に浪人の服をくれた、あのお兄さん。
「やっぱりそうか。
もうサムライになったの?
スゲー早くねぇ?」
「あー、イン率100%だし、固定PTあるから。
ログアウトの事件以前より、全体的に成長早いみたい」
「あー、なるほどね。
今レベルいくつ?」
「今は36、そっちは?」
「俺は58なんだけどさ、いや、本当に早ぇって。
そうだ、40過ぎたら、俺らのギルドに来ねぇ?
サムライONLYギルドなんだけど、合戦とかもやるし」
「ああ、実は俺ギルドに入ってる…… て言うか、ギルマスだし」
「え? だってお前、それ1stって言ってたじゃん。
何でギルマスになれんの?」
「いや、それが、固定PTのメンバーのお蔭?」
「良く判んねぇな、何てギルド?」
「パンドラの壷っつって、ギルメンは俺入れて5人なんだけどね」
「ああ、PTギルドな。
それ、アレじゃね?
面倒くさそうなマスターを、押し付けられたとか」
「うーん、それに近いような」
「ふーん、じゃあさ、ギルド同士の同盟とかは組んでないんだろ?」
「いや、レクイエムと花鳥風月、それにブルームーンライトと同盟してる」
「…… をいをい、そんなハッタリ意味ねえじゃんか」
「え? ハッタリって?」
「ブルームーンライトはよ、俺んトコ、”戦国乱世”と同ランクのギルドだし、ありえるよ。
けど、レクイエムも花鳥風月も、超有名ギルドじゃねぇか。
お前は初心者って言うから、知らんかもしれねぇが。
どっちか1つとなら、絶対にありえんとは言わんよ。
だが、その2つは不倶戴天の敵同士。
実際に争ってた頃を知らない俺でも、その2つが同じギルドと同盟を組むなんてありえねぇって判る」
うっひゃー。
その2つって、周りからは本当に怨敵同士だって思われてるんだろうな。
まあ花鳥風月は、そんな感じみたいだけど。
「いや、本当なんだけどね」
「まあいい、しかし既に入っているなら、ギルドには誘えんな。
そうだ、フレンド登録しねぇ?
俺は主水ってんだ、お前は?」
「俺はヨシヒロ、あらためて宜しく」
「俺のいるギルドはよ、サムライ専用なだけに、刀鍛冶とか槍鍛冶とかいるからよ。
もっとレベルが上がったら、相談にのるぜ。
格安って訳にはいかねえけどよ、希望通りの武器を手に入れるには、製造職と懇意にしてねぇとな。
露天巡り歩いた挙句、イマイチの武器を結構な値段で買うハメになっちまう」
「悪いな、助かるよ」
「ナニ、製造職のやつらも、冒険してるやつらと繋ぎ取んなきゃ、仕事にならねえんだ。
特にレベル10でレベル上げ止めてたやつらは、日々の生活の為にも武器売らなきゃいけねぇしな。
このゲームは、武器が耐久度で劣化したりしないから、製造職にはちょっと厳しいんだ。
特に熟練度も低いやつらは、かなり生活が厳しいかもな」
「そうなんだ……
でも刀はレベル50からの持ってるから、頼むとしても他の武器かなぁ。
まあ50くらいじゃ、一品物を買うのもどうかと思うし」
「レベル50?
何持ってるの?」
「千鳥って言う刀」
「千鳥か、クリティカル率に補正が付くやつだよな」
「うん、後は実体を持たない敵や魔法を斬れるって能力」
「魔法はともかく、実体を持たない敵を斬るってのは属性剣なら普通だって。
例えば弓で属性矢を撃っても、実体を持たない敵は倒せるし。
魔力附与魔法でも、攻撃が当たる様になる。
鍛冶職にも属性武器は作れるしな。
上位のレア武器は、属性武器が多いし、千鳥も雷属性じゃなかったっけか?
まあ、実体を持たない敵自体が、あんま居ないけどな」
「そうなんだ。
じゃあ魔法を斬れるってのは?」
「ああ、それは珍しいかもな…… ネタだけど」
「ネタなの?」
「お前、火マジのファイアーボール見た時ある?
あれが自分に飛んできて、斬る自信ある?」
「…… 無理?」
「まあ、実際には剣の達人とかでなくても、振りゃあ当たる可能性はあるし。
野球のデットボール打ち返す様なモンじゃね?
10割打者が居たらTUEEEEできるかもな。
でも実際には、ファイアボルトとかは連打で飛んでくるし、範囲魔法には意味ないし。
運が良ければ、ダメが減るくらいに思っとけばいいんじゃね?
それでも乱戦だと、魔法斬るくらいなら敵斬ってろって感じだし」
「微妙?」
「無いよりはましかな。
あ、魔法で障壁を張るような敵には有効だな…… それも滅多に居ないけど。
それに千鳥の真価は、クリティカルにあるから。
サムライは見切りと斬剣法でクリティカル率を上げることができるから、更に価値が上がるしな」
「斬剣法?」
「ああ、公式のスキル表も見れねぇから仕方ねぇか。
サムライのスキルで、見切りはアクティブな技は持たないが。
攻撃力、命中率、回避率、クリティカル率、攻撃速度などが上がる。
パッシブな地力が上がる有効なスキルでな。
まあ、サムライにとっては必須スキルだな。
”斬剣法”は素早く斬る攻撃の技を修得する。
連撃技が多くて、攻撃速度やクリティカル率が上昇するスキルだな。
”豪剣法”は1撃の重さに重点を置いた技を修得する。
まあ、一撃必殺だな。
攻撃力や攻撃成功率が上昇する。
”烈剣法”はアクティブな技の多用を前提にしたスキルだ。
MPを使う分、全体的に高い攻撃力を維持するが、MPの最大値が高くないと意味がない。
攻撃力やMPの回復力と最大値が上昇するスキルだな。
この4つの中から2つを修得する事で、更に上のスキルが取れるんだが。
普通は見切りと、もう一つ好きなやつだな」
「なるほど、ありがとう」
「何、公式も見れないんじゃ、誰かが教えなきゃ、仕方あんめぇ」
そうだな、こうやってネットゲームは自分達の世界を広げて行くんだろうな。
俺も誰かに教える立場になりたいけど、プレイヤーの増加はもうないだろうから、無理かな。
次の日、狩りに行くと狼が増えていた。
「へっへー、この仔はバイオレット、よろしくねー」
「今度は茶色なのにバイオレット?」
「まあ、いいじゃん」
「でも、戦力が増えるのは歓迎ですよ」
とはキール。
「んー、でも暫くはおすわりかな」
桔梗の時もそうだったが、レベルが追いつくまでは経験値を吸うだけの存在だ。
「ミッシェル、自分の分の経験値は大丈夫なのか?」
「それは大丈夫。
ペットが増えても、入ってくる経験値は変わらないし。
それに増えた分の経験値は、あたしに入ってくる経験値の半分が、あたし自信に。
残り半分と同じだけの経験値が、ペットそれぞれに入るの。
つまり1000の経験値が入ったとして、500があたし、500がブラウン、500がバイオレット。
あら不思議、1500になっちゃった…… てね」
「それは便利…… なのかな?」
それから1週間、今日はPT狩りはお休みになった。
俺は最近、釣りばかりなので、刀スキル上げの為に道場へ行く。
グラッチェは、槍と騎乗スキルを上げると言っていた。
合戦前提のキャラだから、その2つは必須らしい。
チルヒメはミッシェルとペア狩りに行くそうだ。
彼女たちは、ペットや召喚獣に経験値を吸われているので、若干成長が遅い。
こういう時に取り戻すのだろう。
特にチルヒメは、最近使ってない回復魔法のスキルを伸ばすとか。
デス娘は隠身スキルを伸ばすとか。
キールは、前のキャラで友人だった人に会う、とかで出かけて行った。
さあ、案山子を叩こう。
「上がったよー」
おお、ミッシェルがレベル40になった。
「これで全員レベル40になったな。
少し早いが、今日はこれで終わるか」
「明日はみんなスキル修得だろうから、PT狩りは休みかな」
「じゃあ明日は、夕方パンドラのアジトに行くよ。
次の狩場を決めないとな。
それに皆が、どんなスキルを取ったか知りたいし」
グラッチェが言うと、みんな頷いた。
そうだな、見切りスキルを取った後は、夕方まで熟練度上げかな。
「で、何処にする?」
「グラッチェ君、その前に皆が何のスキルを上げたか聞きませんか?
それで狩場を、変える事もありますし」
「そうだったな、俺は今回”鉄壁”スキルを取った。
ちなみに次は”突撃”を取るつもりだ」
鉄壁は、防御力や抵抗力の強化、HPの自然回復力や最大値の上昇スキル。
突撃は、騎乗した状態での攻撃力、命中率の上昇、衝撃による落馬(獣?)率の低下、それにアクティブな突進技など。
合戦の騎乗戦で有利なスキル…… だそうだ。
「なるほど、僕は”洗礼”です」
洗礼は、MPの自然回復力や最大値の上昇、”幸運神の祝福”スキルの効果増幅。
ちなみに幸運神の祝福は、幸運神の司祭になる時に取るスキルであり、キールはレベル30の時に取っている。
「俺は見切りだな」
と、これは俺。
「私は軽身を修得しました。
元々は、30の時に修得する予定でしたので」
これはチルヒメ。
「あたしは隠身スキル取ったよー。
ハイディングと言うより、敵探知が欲しかったからね」
ミッシェルは、シーフのスキルを取ったようだ。
「…… 短剣」
短剣マスタリーを取ったデス娘は、ついにアサシンになった。
今後は、暗殺術に磨きをかけるのだろう。
「つまり、全体的に防御力が上がったと言う事だな」
「でも、まだ修得したばかりですし、過信はできませんよ」
「うーん、出来るならダークエルフ狩がいいんだが」
「無理だと思います。
少なくともレベル45は、要るはずですよ。
デス娘なら狩ることも出来るでしょうが。
グラッチェさんでは中てるのも難しいのでは?」
「うーん、やっぱり無理か」
「そうですね、ヨシヒロ君や後衛2人なら、中てる事はできても、避けれないでしょうから。
ここはサンドゴーレムを狩るのはどうでしょうか。
効率は悪いですが、お金は貯まります」
「いいかも知れないわね。
このPTは普通に狩ってても、効率が良すぎるから、どんどん上のモンスターを狩に行っちゃう。
結果、レベルは上がりやすいけど、お金は少なくなる。
まあヨシヒロ君以外は、元トップレベルプレイヤーばかりだし…… 実際キール君もそうなんでしょ?
お金は何とかなるにしても、熟練度が追いつかなくなるかもね」
「うーん、それもそうかな。
じゃあ、レベル45までサンドゴーレム。
それからダークエルフ……
ヨシヒロはどう思う?」
「おれはそんなに詳しくないし、皆にまかせるよ。
まあ確かに、レベル50くらいで武器を一新したくはあるな」
「では決まりですね」
サンドゴーレムは砂漠にいるモンスターで、非アクティブ。
最初にタゲを取った人が死ぬまで、タゲは変わらない。
めちゃめちゃ硬い上にHPもあるので、1匹づつ全員でフルボッコしながら狩を進める。
ダゲは当然、グラッチェ。
1度デス娘が「…… 避ける」とタゲを取ったが、2匹目で殴られてしまい、1発昇天。
更に攻撃中だったバイオレットに、タゲが移って瞬殺。
次にタゲが移った俺も、1撃で死にそうになった処を、グラッチェがブロッキングでタゲを奪取。
大変危険な敵だった。
「流石にグラッチェでもHPが、ガンガン減るな」
「まあ、このくらいでないと、僕も熟練度が上がりませんしね」
「MPが無くなったら、回復変わりますね」
ああ、このまったりした狩りは、猪狩りを思い出すな。