拠点で狼煙を上げたシルバは、二つの洞窟を潜り抜けて今、三つ目の洞窟に突入していた。
「問題はこの地底湖をどうするかだよなぁ……」
ここまでの敵は、ネイトの心理障壁で退けてきたシルバである。
まあ、ここも札や針など、幾つか手がないでもないが……。
「シルバ、それならば私に妙案がある」
肩の上のちびネイトが、小さな手を挙げた。
「何だ?」
「右足が沈む前に左足を前に出し――」
「聞いた俺が馬鹿だった!」
大昔の錬金術師が語った、古典的な手法である。
ちなみに実行出来る心当たりに何人かいないでもないのだが、残念ながらシルバは自称・普通の人間である。
「最後まで聞いてくれないのか?」
「一般人の俺に、何を期待してるんだよお前は!?」
「逸般人?」
「響きが微妙だ!」
「そもそも、シルバが一般人というのは、私でなくても異議があると思うぞ? カナリー君辺りに言ってみるといい。確実に首を傾げるだろう」
本当にされそうなので、聞かない事にしよう。
そう、シルバは決めた。
「……肉体面で、一般人だ。これでいいか?」
「ならばしょうがない。私がどうにかしよう」
「どうにかって?」
「こうする」
ネイトの開いた手が前に突き出ると、正面の湖面が左右に分かれ始める。
「……おい、何か水が割れ始めたぞ」
「うん、心術で水の精霊が私達を嫌うようにしたのだ」
「一応理屈は通ってるけどさぁ、お前これもう心術とか関係なくね? あと、何か俺、すげえ疲れてきてるんだけど」
「当然だ。魔力を消耗するからな」
「今すぐやめろ! 俺が干物になる前に!」
ネイトは渋々と、手を閉じた。
それに連れて、水面はあっという間に閉じてしまった。
「残念だ。なら、そこらに倒れているゴーレムを利用させてもらおう。憑依はお手の物だ」
「……最初からそっちにしてくれ」
ふわりと浮かび始めるちびネイトを、シルバは恨めしそうに見た。
何だか無駄に時間を費やしたような気がする。
が、ネイトはゴーレムに取り憑くのをやめ、湖に再び視線を向けた。
「む、いやそれどころではないか。向こうから、誰か来る」
「新手か!?」
シルバは身構えた。
もっとも、武器になりそうなモノと言えば、篭手に仕込んだ針ぐらいしかないが。
その前に、ネイトが盾になる。
「ここは私に任せて、シルバは先に」
「俺の懐に札が入ってる時点で不可能だろそれは!?」
「まあ、味方だから問題はないのだがな」
スッと、ネイトは肩の力を抜いた。
「分かってるんなら、先に言え!」
「――主のツッコミはよく響く」
洞窟の奥から、声が響く。
湖の上を 走 っ て き た のは、シーラだった。
「…………」
「左足が沈む前に、右足を――」
「見れば分かるよ!」
ネイトの言葉を遮って、シルバは突っ込んだ。
そうこうする内に、シーラはシルバ達の目の前で急ブレーキを掛けた。
背後からの突風と水気が、シルバに吹き付けてくる。
「シーラか。……って事は、やっぱりタイランの近くにいたのは、お前だったんだな」
シーラは小さく頷いた。
「――タイランは逃がした。別の新手が存在している。詳しい話は必要?」
「当然だ」
……シーラから話を聞き、シルバはタイランの現状を把握した。
「……なるほど、ご苦労さんだったなぁ」
「――他に、方法がなかった」
「ん?」
微妙に申し訳なさそうなシーラに、シルバは首を傾げた。
それから、何をシーラが問題にしているのか、すぐに思い当たった。
「あ、タイランを鳥に預けた件か? いやいや、シーラが方法がなかったって言うんなら、実際他に手がなかったんだろ。トゥスケルの連中はどう考えてもきな臭いし、介入して正解だったと思う。先に行けないんなら、ひとまず戻って、タイランが無事かどうかを確かめよう。コインと地図で、分かるはずだし」
洞窟をUターンしながらシルバが提案すると、シーラが駆け出した。
「――今ならまだ、肉眼で確かめられる可能性がある」
言って、あっという間に先に行ってしまった。
もう姿も見えなくなったシーラに、シルバは呆れと感心が入り交じった溜め息をついた。
「おお、張り切ってるなあ」
「シルバが叱らなかったからだろう」
「? 俺は当たり前の事を言っただけだぞ? 俺がシーラの立場だったら、そもそも介入すら出来なかったし」
シルバには正直、叱る理由がなかった。
「……うん、シルバそれは素敵な朴念仁っぷりだ。私はいいんだけどな、別に」
ネイトは読めない表情で、深々と頷いていた。
洞窟から出ると、頭上から低い唸り声のような音が響いていた。
見上げると、青空を背景にシーラが宙に浮いていた。
足の衝撃波の出力を緩め、シーラが着陸する。
そして北を指差した。
「――鳥が飛んでいったのは、向こうの方。狼煙が上がっている」
なるほど、遙か彼方からうっすらと白煙が上がっていた。
シルバはジッと目を凝らし、狼煙のメッセージを読み解いた。
シルバが上げた狼煙にも、気付いてもらえたようだ。
「……あっちに飛ばされたのはカナリーとキキョウか。あの二人の組み合わせなら、心配ないな」
「逆に言えば、南の一組が心配となる。ヒイロとリフとは、珍しい」
「うん。戦闘力は俺より全然上だからいいんだけど、心情的に年下コンビだからなぁ……」
「保護者的な心配という所だな」
否定出来ないシルバだった。
まあカナリーなら、夜になれば飛行能力も目覚めるだろうし、帰還は難しくないだろう。シルバが札を貸してUターンしてもらえば、キキョウとも合流出来る。
後は、その二人にどうやって、怪鳥に乗った(引っ掛かったとも言う)タイランを回収してもらうかだ。
「…………」
悩んでいたシルバは、シーラがいまだ北の方角から視線を外していないのに気がついた。
「シーラ、どうした? ぅおっ、じ、地震か?」
唐突に地面が揺れ、シルバは周囲を見渡す。
「――爆撃音」
シーラが指差した先は、狼煙の上がった所だった。
うっすらと、黒煙が上がり始めていた。
「何が起こってるんだよ!?」
シルバの問いに答えず、シーラの眉がほんのわずかだけ、寄った。
「――そして、タイランが落下した。爆撃のあった辺り」
「うおおぉい!?」
※次回は、その爆撃のあった辺りとなります。
そもそも、タイランが自主的に落ちたのか、事故で落ちたのかとか。