怪鳥が口を開き、次の瞬間、奇妙な音波と共に仲間達は消失した。
それが如何なる現象か、タイランにはよく分からなかった。
ただ、強いて思いつくとすれば魔術的な何かだろう、という事だった。絶魔コーティングを施された重甲冑に身を包んでいる自分だけが無事なのが、その証左だ。
仲間がどこに消えたのか、そして無事なのかは、今のタイランには分からない。
探しに行きたいが、それ以前に自分が一番大ピンチであった。
何しろ、自分の目の前で、巨大な怪鳥イタルラは緩やかに羽ばたきながら、ジッと自分を見つめているのだ。
ごくわずかな均衡が破れる事で、相手は自分を襲ってくるだろう事は間違いない。
……タイランは、背負っている斧槍にゆっくりと手を伸ばす。
その時だった。
「その子を襲われたら、敵いまへんなぁ」
そんな呑気な声が、横から聞こえてきたのは。
「え……?」
敵の目前であるにもかかわらず、思わずタイランはそちらを向いた。
そこには、丸い笠に狐色の商人風上下を羽織った男がいた。
「どーも」
くい、と男が笠を持ち上げると、年齢は20代半ばぐらいだろうか、黒眼鏡を掛けた軽薄そうな顔が現れる。
「ど、どなたですか」
「まいど、お初にお目に掛かります。ウチはキムリック・ウェルズ言います」
男――キムリックの挨拶に、タイランは思わず後ずさった。
「っ!? トゥスケルの!」
「はいな。その辺はご存じですわな。やあ、出来れば楽したかったんですが、せっかく高い金払て作ってもらったもん壊されたら意味ありまへんからなぁ。ちょいとお助けしましょ思いまして」
「け、結構です!」
タイランは拒絶する。
『高い金を払って作った』という部分が引っ掛かったが、それが何の事かまではまだ、頭が回らない。
「まあ、そない冷たい事言わんと。敵の敵は味方言いますやろ? ……まあ、あれは純粋に敵か言うと微妙なトコどすが……!」
言って、キムリックは怪鳥イタルラを指差した。
そのイタルラは既に臨戦態勢に入っており、口を大きく開けていた。
さっきと同じ、転移術――ではない――のが、口の中に宿る灼熱の炎で分かるタイランだった。
その横っ面を、巨大な岩の礫が張り飛ばす。
グラリ、とバランスを崩すイタルラ。
「油断をするな、キムリック」
新たに現れた、赤い少年――いや、少女が魔法を飛ばしたのだ。
羽根付き帽子に、赤いマントを羽織った、貴族風の服装の少女だ。
気の強そうな顔立ちで、一瞬、タイランは性別がどちらか見誤りそうになった。
……何だか、色を変えるとカナリーさんみたい。
そんな事を考えてしまう。
一方、少女は小さく鼻を鳴らすと、手に持った細身の剣を杖のように振るい、新たな岩礫をイタルラ目がけて放っていく。
何しろ、岩ならば掃いて捨てるほどあるのだ。
イタルラは小さく鳴くと、高度を取った。
そして大きく羽ばたき、巨大な竜巻を作り上げる。その竜巻に巻き込まれ、岩礫は高みへと舞い上がってしまう。
崖の上にも突風が吹き荒れているにも関わらず、キムリックと少女は平然としていた。
「やあやあ、まいど助かりますわラグはん。ほな、その子守ったって下さいな」
キムリックは腰の後ろに両手をやると、奇妙な意匠の短剣を引き抜いた。儀式用っぽい印象をタイランは受けた。
「……いいだろう。その代わり一つ貸しだぞ」
「まあ、見物料はロハにするちゅー事……でっ!!」
キムリックは軽い身のこなしで、怪鳥イタルラ目がけて崖から跳躍した。
「お、落ちちゃいますよ!?」
決して味方とは言い難い相手だったが、それでもタイランは心配した。
「{飛翔/フライン}を掛けてあるから、落下の心配はない。それよりも、そこは危険だ。こっちに来るんだタイラン・ハーヴェスタ」
キムリックにラグと呼ばれていた少女が、岩壁に身を寄せてながら手招きをする。
どういう短剣なのか、キムリックの短剣は竜巻を切り裂き、怪鳥イタルラに直に迫る。異様な鳴き声を上げながら、クチバシと鉤爪で怪鳥はキムリックを迎え撃った。
「あ、貴方も……お仲間ですね?」
崖の向こうから、刃と爪のぶつかり合う音が響く。
同じように岩壁に背をつけながら、タイランは尋ねた。
「ふむ、あたしの事を知っているのか」
「か、勘です」
ただ、ラグという名前には覚えがあった。
スターレイの街の司祭長・サイレンと結託した、トゥスケルの女性の名前が、確かラグドール・ベイカー。
ここで、トゥスケルのキムリックと一緒にいて、ラグという名前は偶然ではないだろう。
――という事を、タイランは彼女に告げた。
どうやら、当たりだったらしい。
「いい勘をしている。そう、アタシがラグドール・ベイカーだ。だが、そんな事はどうでもいい。まず君には重要な役割を果たしてもらわなければならない。他の仲間が散り散りになったのは僥倖と言える。大人しく従ってもらおう」
そして表情を変えないまま、いきなり細剣を突きつけてきた。
「い、嫌……だと言ったら、どうなるんでしょう?」
「無理だ。こう言っては何だけど、あたし達はそれなりに強い。特にスピードなら、君のその鈍重な身体では、逃げ切る事はまず不可能だろう。用事があるのはその身体だから、別に中だけ逃げてくれても構わないがね」
「か、身体って……」
タイランは自分の身体を見下ろした。
この重甲冑に何か重要な要素が……。
いや、と思い返す。
もう一つ、この身体には外装以外にも重要なモノがあった。
それを裏付けるように、ラグドールは言う。
「正確には、精霊炉さえあればいい。中にいるという疑似人格、そう、モンブランとか言ったか。あれも特にはいらないので、持って行ってくれても構わない」
「だ、駄目です……!」
タイランは即座に断った。
「む?」
「こ、この甲冑は一応、父のモノですし、無断で預ける訳にはいきません。……そ、それに……精霊炉を何に、使うつもりなんですか? これまでの、貴方達のやり方を考えると、渡す訳にはいきません」
すい、とラグドールは細剣で自分の後ろを指し示した。
「この奥にいる……」
二人の間に、足が割り込んできた。
一旦、イタルラと距離を取った、キムリックの足だ。
「ちょっとラグはん、あきまへんよ。あんさん、喋りすぎですわ」
怪鳥は羽ばたくとタイラン達と距離を取り、大きく息を吸い込んだ。
次の瞬間、イタルラの口中から巨大な火炎弾が吐き出された。
「ちょっ、あ、危ない……!」
「問題ない」
ラグドールは小さく呪文を唱えると、細剣から冷気が漏れ出した。
優雅な剣捌きで、迫ってきた火炎弾を細切れにしてしまう。
とんでもない腕前だった。
「キムリック、そいつをさっさと活動不能に追い込め。あたし達にはまだ、やるべき事がある。彼女の仲間に合流されても面倒くさい」
「そない言うんやったら、もうちょっと協力してくれてもええと思うんどすけどなぁ」
ボヤきながら、キムリックは再びイタルラと距離を詰めんと、岩壁を蹴った。
「いいだろ……ん?」
新たな呪文を唱えようとしたラグドールが、数メルト背後に跳び退る。
「っとぉっ!?」
空中にいたキムリックも、大慌てで身体を捻った。
その直後、タイランとラグドールの間で、爆発音が響き渡った。
濛々と立ち込める土煙の中から現れたのは、低い唸り声を上げる金棒を持った、黒髪のメイドだった。
「シ、シーラさん!!」
シーラはタイランを認めると、小さく頷いた。
「――助けに来た」
そして、背後を金棒で指し示す。
タイランが振り返ると、遠くに狼煙が上がっているのが見えた。
シルバの上げた狼煙であり、他の仲間達の無事や、今、こちらに向かっているという暗号も読み取れた。
ホッと安心するタイランだったが、現状はいまだ混沌としていた。
断崖絶壁の向こうでは、キムリック・ウェルズと怪鳥イタルラが空中戦を繰り広げ、こちらはこちらでラグドールという少女と敵対している。
その、ラグドールは表情を変えず、シーラを見て何かを思い出したようだ。
「ああ、第六層の戦闘用人造人間か。カーヴから聞いてる」
「――カーヴ・ハマーとの関係は」
「雇い主とその手下だ」
あれ? とタイランは思った。
確か、カーヴ・ハマーはルシタルノとかいう貴族に雇われていたのではなかったか?
しかし、それを尋ねる暇は、タイランにはなかった。
シーラが、タイランの腰を両手で抱えたのだ。
「――タイラン」
「は、はい?」
シーラの怪力は恐るべきモノだった。
超重量級のタイランの足が浮き上がる。
「――しっかり掴まって」
「え?」
浮遊感と共に、タイランは崖目がけて投げ飛ばされていた。
強烈に何かにぶつかった、と思ったらそれは怪鳥イタルラのゴツゴツとした脚だった。
「わわわわわ……!」
慌てて、しがみつく。
もちろん、怪鳥イタルラも落ち着いていられるはずもなく、高く鳴きながら、空中を無軌道に暴れ回った。
タイランは何とか振り落とされないようにするのに必死で、自分がどこに飛んでいくのか、見当もつかなかった。
小さくなっていく怪鳥イタルラ(とタイラン)を眺め、キムリックは小さく息を吐いた。
「あー、逃げられてもうたかぁ……」
さすがにあの不規則な動きには追いつけないし、何より{飛翔/フライン}の効果が持たないと判断し、彼は崖に戻った。
既に、シーラの姿はない。
第三洞窟の入り口が、瓦礫の山に埋まっていた。
どうやら、そちらに逃れたようだ。シーラを追うには当然、瓦礫を排除しなければならない。
「お前がしっかりしないからだ」
ラグドールは責めるような視線を、キムリックに向けてきた。
「……そこで、ウチのせいにされますか。洞窟の方を追うのはまずそうやし、どうしたもんかねぇ……」
※えらい混沌としてしまいましたが、タイラン(&シーラ)のターン終了。