翌日。
『杯』の札を持ったシルバ、ナマズの仮面を装着したキキョウ、カナリーによって防水処理を施されたタイランの三人は、三番目の洞窟の地底湖の湖底を歩いていた。
見上げると、十数メルト頭上にゆらゆらと揺れる水面と、群れになって泳ぐ魚達が目に入る。
「水着とかだと、またイメージが違うんだけどな」
シルバは小さく吐息を漏らした。
残念ながら、今回は遊びではなく偵察の仕事である。
「むぅ……某は、刀を差す場所がなくて困ってしまう。だ、第一、某は身体にあまり自信がない」
「そうか? 割と自信持っていいと思うけどなぁ」
「そ、そそ、そうであろうか?」
尻尾を揺らすキキョウは、普段の着物姿だ。
仮面はある程度、自分の身に着けているものも保護する力場が働いているらしい。
そうでなければ、服が身体にまとわりつき、動きにくいことこの上ないだろう。
「……ただ、そのお面が割と台無しだと思うけどな」
どれだけ照れても、厳ついナマズのお面を着けていては、かなり不気味であった。
「……うぅ。便利ではあるが、見た目が本当に残念なのだ」
キキョウは耳と尻尾をへにゃりと垂らした。
「……それを言ったら、私の立場は……」
タイランも、ガクンと肩を落とす。
うーむ、とシルバはタイランの巨躯を上から下まで眺め回した。
「その甲冑に合う水着は難しそうだな」
「い、いえ、鎧の上からなんて着ませんよ!?」
「結局、タイランはその甲冑に、足底スクリューを付けなかったのか」
「き、機動力はこの無限軌道で充分です……カナリーさんの話を聞いた限りだと、足に穴を開けたりしたら、荒れた地面で岩とか噛みそうでしたし」
「……まあ、しょうがないか。出力もかなり必要になりそうなイメージだもんな」
「は、はい」
「ま、その辺のデメリットを無視できれば、船のように進むタイランってのも見たくはあったけど」
「そ、そういうモノですか?」
「うん、その辺はこう、男の浪漫的な感じだ」
両足のスクリューを激しく回転させながら、水面や水中を驀進する重甲冑。
想像するとちょっとワクワクしてしまうシルバであった。
それからふと、全然関係ないことを思い出した。
「あ、そうそう、キキョウ。そもそもそのナマズってのは、どういう魚なんだ? タイラン、知ってる?」
「いえ、私もよくは……」
困ったようにタイランは首を傾げる。
「む……そういえば、こちらにはあまり伝わっておらぬ種類であったか。まあ、某も生態自体はそれほど詳しくは知らぬ。だが、東方にはこの魚に伝わる有名な俗説があってな……」
キキョウが説明をしようとし、ふと言葉を切った。
同時に足を止め、刀の柄に手をやりながら腰を落とす。
「……その話は、後になりそうであるな」
キキョウの気配に、シルバ達も警戒する。
「敵か」
「うむ。それも複数……」
すぐに、地面を振動が伝わってきた。
遠く、水の向こうにゆっくりとこちらに近づいてくる厳ついゴーレムの姿を、全員が認めた。
なるほど、シルバの見た限りでも三体はいる。
「……普通は、こういう場所だと魚系の敵なんだけどな」
「……水底でゴーレム戦って、シュールですよね」
斧槍よりも拳の方が効率的と考えたのだろう、タイランは自分の武器を背中に背負った。
「キキョウも、刀が傷むから困るだろう」
「…………」
シルバの問いに、キキョウは何か考え事をしているのか、答えなかった。
「キキョウ?」
もう一度問いかけると、ようやくキキョウは我に返ったようだ。
「ぬ……そ、そうであるな。とはいえ、ただでさえゴーレムの重い身体が、この水の中では……」
ゴーレム達が足を止める。
三体が両手を前に揃える。
指先、肩部、胸部、腹部が開き、何やら細い円柱状のモノがいくつも出現した。
そして、空気を吐き出す音と共に、それらが一斉に発射された。
「なんか飛んできたーーーーー!?」
いわゆる魚雷であった。
湖の手前でシルバ達の帰りを待っていたヒイロ達は、突然発生した水柱に、当然ながら仰天した。
「わひゃあっ!?」
かなり遠くだというのに音が響いてくるということは、それだけ大きな何かが発生したということだ。
「な、何だ!? 三人とも大丈夫なのか!?」
カナリーも身を乗り出し、心配する。
「心配はない。動揺は伝わってきているが、全員無事だ」
カナリーの肩の上でちびネイトが言うと、リフは尻尾を逆立て、いつでも飛び出せるように腰を落としていた。
「にぅ……見えないの不安」
「…………」
少し距離を置いて、シーラも金棒を軽く振るっていた。
そしてシルバ達はといえば――三人とも無事だった。
通常の水中活動だったら、おそらく回避は間に合わなかっただろう。
だが、『杯』の札の加護を持つシルバは地上と変わらず走れたし、タイランは無限軌道を起動させて、魚雷を回避。
キキョウに到っては、まさに魚同然の動きで余裕を持って敵の攻撃から逃れることが出来ていた。
だからといって、シルバ達が落ち着いていたわけでもない。
「いやいや、ビックリした! 二人とも、ちょっと水流乱すぞ」
シルバは『杯』の札に魔力を込め、目の前の水の流れに干渉する。
魚雷の影響で既に充分に荒れているその流れを、ゴーレム達の方へ送り込むと、彼らの重そうな身体もさすがにグラリとバランスを崩す。
それを見逃さず、タイランも自分の右腕を前に突き出した。
「は、はい、私も――ロケットナックル!」
ワイヤーアームが射出され、ゴーレムの一体の頭部を粉々に破壊した。
重い音と共に、湖底に土砂を巻き上げながら崩れ落ちる。
「動きが鈍いのが救いであるな。ゆくぞ――斬鉄っ!!」
滑るような走りで水中を駆け抜け、違うゴーレムに迫ったキキョウの刀が一閃する。
ゴーレムの首に一本の筋が走ったかと思うと、ゴトリ、と頭が水底に落下した。
残るは一体……と言いたい所だったが、新たなゴーレム達が土煙を上げながら起き上がり始めていた。
どうやら今まで湖底に眠っていたらしいそれらは、キキョウが認めただけでも六体はいる。
そして、キキョウの感覚は、まだそれ以上の数がいる事を伝えていた。
こうなっては敵わない。
いくら今のシルバ達の動きが、通常の水中活動より幾分素早いと言っても、モノには限度がある。
大量の魚雷に加え、中には自分の巨体ごと飛来してくるゴーレムまでいた。
どうやらカナリーがタイランの改造を断念した水中スクリューのような原理で、突進してきているようだった。
「い、一体誰がこんなに造ったんでしょうね……」
「よっぽどこういうのが好きな奴なんだろうな。それに、いちいちまともに相手にしてたら、キリがなさそうだ」
シルバの判断は早かった。
「今回は偵察だし、一旦引くか二人とも」
「いや……」
珍しく、キキョウが異論を述べた。
「うむ、意外にいけるかもしれぬ」
「キキョウ?」
「……全員が足をついていないときついが……いや、水にもアレは伝わるか。おそらく問題ない」
何やらぶつぶつと考えているようだが、その表情はナマズの仮面に隠されていて、シルバには分からなかった。
キキョウは、シルバの方を向いた。
「シルバ殿の十八番を、今回は某が使わせてもらうとしよう」
そして、簡潔に自分の考えをシルバに伝えた。
湖面が荒れているのは、地上待機班から見ても明らかだった。
気が気でなかった彼女らの前に、シルバとタイランが飛び出してきた。
「シルバ!?」
「あ、あれ、タイラン、キキョウさんは?」
戸惑うカナリーやヒイロに構わず、シルバは天井を見上げた。
「それは後! ええと、やっぱり針よりも直接の方がいいなこりゃ。ヒイロ、盾貸してくれ」
「え、何?」
疑問に思いながらも、ヒイロはシルバに盾を渡した。
「ちょっと待っててくれ」
言って、シルバは盾に乗った。
盾に組み込んでいた浮遊装置が作動し、シルバの身体が地上から離れる。
高い天井に手をつけたかと思うと、そのまますぐに戻ってきた。
「せ、先輩、一体何してたの?」
「……その、何してるって言うか……これから起こるはずというかですね」
タイランは陸に上がる前に聞いていたので知っていた。
洞窟の天井は意外に脆く、ちょっとした振動で鍾乳石が落ちてくる。
だから、シルバは天井を御使いヴィナシスから受け取った『金』の指輪で、鉄に強化したのだ。
「全員、何があってもここから動くなよ? ここが一番安全なんだからな」
何が……とカナリーが質問するより早く『それ』は訪れた。
ぐらり、と地面が突然大きく揺れたのだ。
「来た……!」
揺れは次第に大きく、踏ん張っていないと足が浮かんでしまいそうだ。
「な、な、何!? 何が起こってるのシルバ!?」
地震には不慣れなのだろう、怯えたカナリーがシルバの腕にしがみついて怯えた声を上げた。
「に。あわてない。ただの地震」
「れ、冷静ですね、リフちゃん……」
タイランは素直に四つんばいなって、揺れに耐えていた。
鉄製の天井に換えられたこの辺りは大丈夫だが、湖の方は大変な事になっていた。
天井の鍾乳石が次々と湖面に落ちては、派手な水飛沫を上げていた。
「うひゃあああ。揺れる揺れる! すごいすごい!」
一人、やたらテンションが高いのが、ヒイロであった。
「君は君で楽しそうだねえ、ヒイロ君」
「この震度にこの強度ならば、崩落の心配はないと思われる」
ネイトとシーラは、割と冷静だった。
揺れは数分続いて、ようやく収まった。
「お、終わった……?」
「みたいだな」
目をつぶりまだ自分の腕にしがみついているカナリーに、シルバが頷き返した。
「うむ……」
足元からそんな声が聞こえ、二人がそこに視線をやると、地面からナマズのお面をかぶったキキョウの頭が上半分だけ出現していた。
「ひゃあっ!?」
カナリーが再び、腕に力を込める。
「むぅ……カナリー。ドサクサにまぎれて、そのスキンシップはどうかと思うのだ」
地面のキキョウが、不機嫌な声を上げる。
が、さすがにこれはカナリーを責めるのは酷というモノだろう。
「キ、キ、キキョウ、君、一体どこから」
「……うむ。というかこのお面をつけたままでは、地上では呼吸が困難故、しばし待たれよ」
ズルリ、と地面から全身抜け出したキキョウは、ナマズのお面を外した。
人心地ついたのか、大きく息を吐き出す。
最初に察したのは、同じ東方出身のリフだった。
「に……ナマズのお面。そゆ事」
「うむ」
と言っても、シルバらにはピンと来ない。
納得しているのは、仮面を撫でるキキョウとリフぐらいのモノだった。
「ナマズは我が国の方では、地震の源とも呼ばれているのだ。……つまり、この呪力を帯びた面は、水と共に地を泳ぐ力が使えるようだ」
「……地面透過……ああ、ルリの能力そのままだ……」
七番目の妹の能力を思い出し、シルバが納得した声を漏らす。
「なかなかに興味深いお面であるな。シルバ殿の妹御に感謝である」
「……開眼しやがった」
「うむうむ。シルバ殿も、うまくやってくれたようで何より。……それはともかく、いつまでシルバ殿に抱きついているのだ、カナリー」
キキョウの白い目に、ようやくカナリーは自分の体勢に気がついたようだ。
「や、こ、これは……」
慌てて、カナリーはシルバから離れた。
「今の地震と、上からの鍾乳石の落下で、ゴーレムたちはあらかた片付いた。何やら推進力のあったゴーレムを捕獲すれば、向こうに渡れるのではないかな」
「なら、船を作る必要はなさそうだな」
※水着も考えたのですがーがー、結局こういう方向に落ち着きました。
まだ仮面には色々あるのですが、それはまた別の機会。
……それにしても、キキョウが活躍しているのに、一番おいしいめにあってるのがカナリーってのはどういうことだこれ。