「くっ、先輩ごめん! 失敗しちゃった」
敵は正面だけではない。
360度、すべてにドリルホーンがいる上、頭上からもバッドバットが迫っていた。
ヒイロは立ち上がると、骨剣を正眼に構えた。
その殺気に、ドリルホーンや頭上のバッドバット達がわずかに後ずさる。
シルバもゆっくりと立ち上がると、懐に手をやった。
「……いいんじゃないか? それも経験の一つだし、別にまだ死んだ訳でもない。それに、みんなを死なさないのは、俺の仕事。回復が使えりゃもっといい仕事が出来るんだが……」
言って、大きく息を吐き出す。
「先輩、何するの?」
「前にも、地下温泉でこのパターンあっただろ」
呟き、シルバはゆっくりと深呼吸を繰り返す。
ドリルホーン達は相手が襲いかかってこないと踏んだのか、逆に包囲網を縮めてくる。
「いぁ……ま、まさか」
洞窟の中、声の反射にヒイロも思いだしたようだ。
そう、『アレ』だ。
「そのまさかだ。ネイト、少しだけ溜め時間が欲しい。入り口にあった奴、出来るか?」
シルバの肩の上で、ちびネイトが頷く。
「問題ない。まあ、皆の元に戻るまででも可能だが、継続効果は魔力が勿体ないだろう」
「だな」
ドリルホーンらは後ろ足でゴツゴツとした岩の地面を蹴り始め、角の回転を速めてくる。
あと数秒もしない内に、彼らはシルバ達に突進してくるだろう。
シルバは大きく息を吐き、そして吸い込んだ。
ヒイロが叫ぶ。
「み、みんな、耳塞いでっ!!」
その声に反応して、ドリルホーン達も走り始めた。
高速回転する角が、八方から襲いかかってくる。
「――『心理障壁』」
直後、ネイトの声が響いたかと、ドリルホーン達はまるで感電したかのように一斉に後ずさった。
最前列の仲間の急ブレーキに、後ろにいたドリルホーン達も団子状態になる。何匹かは、前の同胞の尻に、己の角を刺していたりする。
そして、シルバの肺も準備を終えた。
「喝っ!!!!」
大音声が洞窟に響き渡り、周囲のモンスター達はもろにその衝撃を食らった。
頭上を飛翔していたバッドバット達がまとめて落下し、ドリルホーン達は目を回して気絶をする。
天井の鍾乳石がいくつか落下して、青白い円に吸い込まれるようにして消滅する。
かと思うと、背後で岩が砕ける音がして、シルバはそっちを振り返った。
「……ちょっと洞窟が脆いな」
少し離れたところに、砕けた鍾乳石があった。
どうやら、青白い円は転移の性質があると見て間違いないようだ。
「こ、今度から、もうちょっと加減をしてくれると助かるかな」
耳を塞いでも効いたのだろう、ヒイロが少しクラクラしながら言った。
「主」
ひっくり返ったドリルホーンを踏みつけ、シーラが近付いてくる。
「お、おう、シーラは無事だったのか」
「鼓膜も頑丈」
「……なるほど」
どうやって鍛えているのだろう。
シーラは周囲を見渡した。
遠くのドリルホーンやバッドバットはまだ無事のようだ。
金棒を振るう。
「戦闘の許可を」
「許可する。ただし、あの青白い円達には気を付けろ。別の位置に転移されるぞ」
「了解」
シーラは足から衝撃波を放ち、残っていたモンスター達を蹴散らしていく。
この辺りのモンスター達はほぼ全滅と見てもいいだろう。
まだ耳を押さえて悶えているキキョウらの元に歩きながら、ふとシルバは倒れているバッドバットに目を止めた。
――ふと、思いついた。
しゃがみ込み、柔らかな皮膜を摘む。
「やっぱ、実戦に踏み込んでみないと分からない事ってあるな」
「うん?」
同じように屈み込み、ヒイロが首を傾げた。
「いや、一匹ぐらいなら俺でも倒せる手があるなと思っただけだ。問題は着地方法が博打だけど……」
考え込むシルバの耳たぶを、ちびネイトが引っ張った。
「思案にふけっているところを悪いがシルバ。そろそろ戻らないと向こうの無事な奴らに襲われるぞ。心理障壁は持続で使っている訳ではないし、シーラ君も全部を相手に仕切れている訳ではない」
「だな」
話は後だな。
そう判断して、シルバはキキョウらに近付いた。
「シルバ殿、無事であったか」
「ああ、問題ない。ヒイロも大丈夫だった。それよりシーラの援護に行くぞ」
言って、シルバは今来た道をUターンした。
その横にキキョウが並ぶ。
「承知。気を付けるのだぞ、ヒイロ。相手の方が素早い場合は特に注意が必要だ」
「う、うん、分かった」
シルバの横をリフが追い抜き、先頭に立つ。
後ろに少し遅れて、タイランとカナリーが続いた。
「シルバ、どうする? どうも奥から新手が増えてきたようだけど」
「向こうの外から来てるんだろうな。とりあえずここを突破して、三つ目の洞窟を確認しよう。それから撤退」
カナリーへの答えに、タイランが怪訝そうな声を上げる。
「え……? て、撤退って、その、突破しないんですか……?」
「んー……」
シルバは金袋からコインを取り出すと、青白い円と見比べた。
青白く輝く円は、よく見るとボォッと門の絵と何やら古代文字が浮かんでいる。
「次の洞窟の見た目次第、かな」
シルバは小さく頷き、コインを金袋に仕舞った。
「多分、次は水が関わると思う」
そして第二の洞窟を抜け、シルバ達は第三の洞窟に到達した。
シルバは半ば予想していたが、入り口に掛けられていた心理障壁は第二の洞窟のモノよりも強いようだった。
ネイトの手により無効化されたそこを潜り抜け、下り坂を降りていくと、そこは第二の洞窟と同じように幅の広い洞窟になっていた。
天井が低い(それでも5メルトはあっただろう)代わりに、十数メルト先から洞窟は水に浸かっていた。
地底湖……だろうか?
敵の気配はなさそうだ。
「に!」
リフが尻尾を立て、目を輝かせる。
「……うん、川と違う魚がいるかどうかは微妙だぞ、リフ」
「にぅ……お兄、おみとおし」
「さすがに分からいでか」
リフの頭を帽子ごと掻きながら、シルバは左右を見渡した。
ぱっと見、迂回して奥に進む事は出来なさそうだ。
だろうな、とシルバは考える。
おそらく、この湖を渡る時が、本番となるだろう。
本当に岸にも、何もない。
となると、あそこを渡るには船を漕ぐか、泳ぐしかない。いや、ヒイロに預けている浮遊板を応用すれば、もっと楽かも知れないが……そうなると一度に全員は難しそうだ。
振り返ると、羨ましそうにキキョウがリフを見下ろしていた。
「……シルバ。何か気付いているだろ」
カナリーがジロッとシルバを見る。
「まーな。っていうかカナリーだって、似たようなモンじゃないのか?」
「まあね」
「よし。ひとまず今日はここまでだ。引き返しながら、話そうか」
シルバが踵を返すと、ヒイロが横に並んできた。
「先輩、あの地底湖は調べなくていーの?」
「それは明日から。傷の手当てが先決だ。それにあそこを渡るとしても、船を造る必要があるだろ? ……タオルも用意しないと駄目っぽいし」
言って、何となくヒイロの髪もガシガシと掻くシルバだった。
※次回、ちょっと説明回。
まあ、シルバとカナリーの考え的な。